フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
救いがあるところには闇もある。
術師『天元』の教えは人々にさまざまな考えをもたらした。
彼女に信仰心にも似た尊敬の念を抱く者もいれば、彼女の存在を疎む者たちもいた。
超然とした天元の姿は、ひとえに彼女の在り方ゆえだろう。みだりに干渉せず、説いた教えで人々がどう考え、動くかを見守る。その有り様は人の上に立つ神のようでもあった。
しかし、彼女もまたヒトの子。
その人間離れした思考は、天元のこれまで経験した人生が反映されたものなのかもしれない。『不死化術式』という、力を生まれもったがゆえに生じる終わりのない人生。
死なぬということは、死ねぬということ。
その苦しみの中で、彼女は人間でありながら、人間とはかけ離れた思考を持つようになったのかもしれない。結局は、天元の内心は想像するしかない。
(……しくじった)
不死である彼女を狙う輩は昔からいた。永遠の命を求める者たちに、己が肉を食われたこともある。
痛みと苦しみの呪い。さらにそこには果てがない。
(痛い……)
痛みから自分を守るために、反転術式を覚えた。
そして痛みを受ける前に、自分を守る結界を作る術を覚えた。
やがて自分の「不死」の価値や、
護衛も付き添い、目立つ髪も布で隠して出かけていた天元。彼女は不意打ちを突かれる形で攫われてしまった。今は目隠しをされ、手足を拘束されている。口も布を咬ませられている。襲撃した者の肩に担がれるようにして移動しており、揺られる衝撃のせいで吐き気もある。
(やはり不用意に外に出ん方がよかったな…)
あの男が「運動をした方が良いぞ」と言うものだから、まぁたまには出かけてもよいか、と考えたのが間違っていた。茶葉を買う予定も狂ってしまった。
「………」
天元は公に自分の術式を明かしていない。それでも、調べればわかることでもある。「不死」というのはそれだけ価値があり、情報が飛び交うということだ。
また殺されるのだろうか。色鮮やかになってしまった感情のせいで、目頭が熱くなる。前ならこのようなことで涙を流すことはなかった。『人間』でいることは、天元にとって惨いことだった。
(はし、らま……)
はじめは本当に「こいつの意見を聞いてみたい」という気持ちだけだった。
しかし何度も会ううちに、あの大樹の如き温もりが彼女の内側に入り込んできた。それを彼女は拒めなかった。手放すには惜しいほど、その温もりは優しかった。
(あぁ…本当に、本当にふざけるなよ……)
普通、平然と乙女の肩を抱くだろうか? 許せん、と天元は思った。
お人好しな部分も、甘いところも許せない。
気の抜ける相手にはチョロすぎるところも誠に遺憾だった。
天元はその感情を思い出してしまった。一度火がつくと、手に負えなくなることもある炎だ。この責任を取ってもらおうとも思ったが、その時だけは見事に避けられた。
(それにお前が樹木になっていた時、歳をまったくとらなかったと言うのなら…)
柱間という男は、彼女の側にあり続けられるかもしれない。その可能性に気付いた時、天元の炎は赤い色に、黒い色が混じった。
(お前を好いているんだ、柱間)
その瞬間だった。ドッ、という衝撃のあと、体が宙に浮く感触があった。驚いた天元は目隠しの裏で、強く目を瞑った。
「…!」
地面に衝突する前に、体が何かに包まれる。心臓が早鐘を打っていた。
視界が塞がっている状況で、天元は耳を頼りにする。担いでいた者たちのものだろう、悲鳴が聞こえた。何か地面から土を押し上げる音も聞こえる。
「何者だッ!」
「ぐあああっ!!」
ボキボキと、骨の折れる音も聞こえた。わずかの間続いていた音が収まると、今度は不気味なまでの静けさに包まれる。
「出かけるにしては、遠出をし過ぎではないか? なぁ、天元」
「………ッ」
「お前が攫われたと聞いて、主人殿に無理を言って探しに来たぞ」
まず口元の布が外され、次に目隠しが解かれた。鬱蒼とした暗闇の中に、月明かりが差し込んでいる。その、天元の腫れた目元を見た柱間の顔が固まった。
「な、泣いておったのか…?」
「早く、手足の拘束も解け…!」
「わっ、分かった」
解かれた手首や足首は赤い痕になっていた。
「オレが治してやれればよいのだがな…」
「……反転術式なら、私も使える」
「…! そうか!」
だが、治すのは後ででいい。天元は目の前の男に飛びついた。その体がかすかに震えていることに気づいた柱間は、目を細めて天元の背中をあやすように叩く。
「安心しろ。もう大丈夫だ」
「………っ」
「お前が痛い時は、オレも泣こう。お前が楽しい時は、オレも笑おう。そして────どんな天元でも、お前はオレの友人だ」
「はし、らま」
天元は、この男に向ける自分の感情が、もう取り返しのつかないところまで沈んでしまったと実感した。
「柱間、私はな」
「あぁ、何だ?」
その黒い目をまっすぐに見つめ、天元は言う。
「お前のことを、愛している」
彼女は顔を近づけた。しかし、驚いた向こうが少し顔を逸らしたせいで、口の端に触れるだけになった。
10数秒経ったあと、柱間は「えっ?」と声を漏らした。
◇◇◇
天元からの思いもよらなかった告白を受け、月日が経った。
考える猶予をもらったオレは、悩んでいる。というか、向こうが攫われた後の状況で返事を返すのも違うだろう。
(まったく気づかんかったな…)
悩めども答えが見つからない。「愛とは何ぞや?」の心境だ。天元と話すのは楽しいが、やはり前世の感覚で言うと『友達』の認識が強い。あるいは姉だろうか?
その間に、『術師』の役割を明確にする上で設けられた、呪霊退治に向かった。まだこれは、試作段階のものである。お上が術師たちに、秘密裏に募集したものだ。前に知り合った術師から話を受け、やってみることにした。もちろん用心棒も続けている。
オレの『木遁操術』は地面さえあれば自由に戦える。呪霊を拘束することも、串刺しにして滅することもできる。
ただ建物の中だと少々面倒になる。今はないが、例えばコンクリートの建物だったら土がないため、地中から木を発生させることができない。(できなくはないが、それだと床を崩壊させることになる)
その場合、役立つのが肉体を木に変化させる力だ。この変化芸が無かったら、ブン殴るしかない。ただ、オレは呪力を込めて物理で戦うのが苦手だった。加減がきかずに呪霊どころかその周囲をぶち壊すことになる。
(その点、木を操るのだったら、自由自在に行える)
やろうと思えば針の穴に糸を通すこともできる。おそらくな。
それから、天元から「まだかい?」の催促が来た。オレは覚悟を決めないといけないようだ。
(「すまない、お前のことは大切な友人だと思っているんだ。だから…恋愛対象には見れない」)
言うことは決まった。これを言って、オレと天元の関係がギクシャクしてしまったら仕方ない。その時は、オレが歩み寄ろう。せめてオレが生きているうちは、孤独を忘れさせたい。
(それでももし、アイツが死にたいと願うんだったら……)
不死と言えども、細胞一つ残さず肉体が滅べば、そこにあるのは「死」だろう。
「………」
『その答え』は、オレにはまだ出せそうにない。
◇◇◇
「息災か? 天元」
「やぁ、柱間」
今日は初めて天元の屋敷に誘われた。貴族と何ら変わらない生活をしている。通された客間と思しき場所には寝台があった。
「天元は客間に寝台を置いておくんだな」
「ほら、私は顔が広いだろう? その流れで泊まっていく者も多いのさ」
「なるほどなぁ」
淹れられた茶は前のと風味が変わっていた。最近は薬草をブレンドしてみるのにハマっているらしい。その影響で、よく鬼まずい味になるとのこと。
「この茶はなかなか美味いだろう? 私のお気に入りだ」
「オレも好みだぞ。それで、天元」
「あぁ、何かな?」
オレはあらかじめ、準備していた言葉を言った。ジッとオレを見つめる天元は、目を逸らして「そうか…」と悲しげな声色で言う。
「ただオレは、これからもお前とは良き友でありたいと思っている」
「……柱間」
「だかっ────?」
体から力が抜けた。ドサッと音を立てた拍子に、わずかに茶が残っていた湯呑みをひっくり返してしまった。
「甘いなぁ、柱間」
視界が回り、暑くもないはずなのに体からびっしょりと発汗する。心臓も異様な音を立てていた。風邪か? いや、いきなり風邪になるわけないよな……。
「何……か、盛ったのか…!?」
「ちゃんと効いてよかったよ、柱間」
「てんげ……」
オレの上に跨った天元は、自分の着物をはだけさせた。着物でわかりにくかったけど結構デッッ────いかんぞオレ! 落ち着け!!
天元の手が、次はオレの着物の前合わせに伸びた。女に盛られたことは何度もあったが、ここまで強いのは初めてだ。頭が沸騰した感覚になる。
「肌を合わせると、温いのだな」
柔らかい感触が腹に当たっている。当たる息もこそばゆい。オレってばこんな形で友人との垣根を越えるのか? いや、大丈夫だ。やればできる。気合いだ。
(『反転術式』……!!)
反転術式は毒も解毒可能だったはずだ。しかしそれには専門の知識が必要になる。オレにそんな学はない。
だから、自分の木になった生存本能に頼って、自力で当たりを引くしかない。
◆◆◆
しばしの間、天元は肌を合わせた状態でその体温に浸っていた。彼女よりも高い体温は、今さらに熱くなっている。
天元は自分の心臓の音を感じながら、荒い柱間の心臓の音を聞く。このままでいてもよかったが、本題は別にある。せっかく準備をしたのだ。この際、返事はどちらでもよかった。「YES」だろうが、「NO」だろうが、絶対に既成事実を作ると決めていた。
「柱間…」
体を少し起こした天元は、指を胸板から、帯の上へと滑らせる。そしてさらに下へ手を伸ばしたところで、名を呼ばれた。
「天ッ、元」
相当に強いものを盛ったはずであるのに、柱間は正気を失わない。自分の名を呼んだ口元を見つめる。そう言えば、と思い出した。
(あの時は、接吻ができなかったな……)
吸い寄せられるように顔を近づけると、彼女の髪が柱間の顔にかかった。そして寸前で、相手の口元が笑った。
「
直後、天元の視界が変わった。視界の隅に入れていた畳が、天井へと変わっている。仮に反転術式を使われても、そう簡単には解毒できぬよう調合したはずであるのに──と、目を丸くした。
「さすがだな。さすが、私が惚れてしまった男だ……」
「まったく、お前………は」
柱間の目が天元の胸の位置で止まった。たちまちその顔が赤くなる。
「〜〜〜!!!」
「何だ、女の体を見たのは初めてだったのか?」
「前を閉めろ!!」
なるほど。この手には弱いらしい──と天元はほくそ笑む。一向に前を閉めない彼女に、柱間は首を締めつける勢いで天元の前合わせを閉じた。
「……いいか、もうこんなことをするのはダメだぞ」
「許してくれるのか?」
「………許すか否かは別として、こういった行為は互いに同意がないといかんだろ」
「……フフ! とことんズレているなぁ、君は」
「オレはこれでも怒ってるからな!」
立ち上がった天元は、「悪かったよ」と話す。
「畳がこぼれた茶で汚れてしまったから、布巾を持ってくるよ」
「…わかった」
「あぁ、その間に、君のその下の処…」
「『黙れ』────と、オレに言わせるな」
「……すま、ない」
一瞬感じた重い圧から逃げるように、天元は客間から出た。
「この手が失敗したら結界で閉じ込めようと思ったが……今日はやめておいた方がよさそうだな」
しかして、懲りてはいなかった。
柱間細胞「毒だァーーーッ!!毒は俺が解析する!!」
反転術式「毒だァーーーッ!!なら治療は俺がやる!!」
~fin~
術式名は原作でもわりと自由な印象だったので、カテゴリーを意識してませんでした。プギウギとか。
今は呪術全盛期以前のお話を書いているので、今後あるものが無かったりと多少の差異が出てくると思います。時代背景も大まかには参考にしておりますが、実際と異なる点もあるかもしれません。
一応ひと段落付けるところまで書けたので、そこまで連続投稿していきます。