フルフルニィ………「誰!?柱間って誰なのォ!!?」 作:アンディライリーのうさぎ
前の一件で、天元と顔を合わせづらくなってしまった。なぜオレに関わる女は速攻アタッカーが多いんだ? 四方をライオンに囲まれてしまったシマウマの気分だ。
そうこうしつつ、時が流れる。
以前オレが天元を攫った人間たちを捕まえた一件で、二つの派閥が明確に分かれた。
一方は天元の思想に同調する術師。そしてもう一方は、彼女の考えを「否」とする術師だ。
この二つの派閥が睨み合い、一触即発な空気になっている。この面倒なところは、彼らが術式を持った人間である点だ。もし火種がついた場合、被害がより大きくなる。
天元は自分を支持する側に諭しを与えている。オレもオレで、天元反対派の術師らの動向を追っていた。
天元とは色々あったが、やはり彼女はオレの友人なのだ。守ってやりたい。
それから、一つの事件をきっかけに、とうとう火種がついた。
天元派の術師に反対派の術師が襲われたと言い、二者の争いが勃発した。
非術師だろうと、術師だろうと争いが起こる。
この世はいったい、何なのだ。
◆◆◆
術師同士の争いが激化していく。その過程で、巻き込まれた非術師が命を落とすようになった。
渦中にいる天元は現在、安全を確保するため結界内から出られぬ生活を送っている。そんな彼女の元に、柱間が訪れた。着物に血が付着していた。いつも“陽”に満ちた男の表情は、“陰”に染まっている。心配の色を覗かせた天元は、柱間に声をかけた。
「大丈夫か、柱間?」
「……死んだ」
「…誰がだ?」
「助けようとしたんだ、オレは。でも、オレの腕で、まだ、小さい………っ」
「………おいで、柱間」
柱間はこの争いを止めようと奔走している。説得し、矛を収めさせようとしている。火種の原因である天元はしかし、今は動くこともできない。世の太平を願い彼女が選んだ選択が、まわり
「なぜ罪もない子どもが死ななければならないんだ? なぜオレはもっと早く現場に着いて争いを止めることができなかったんだ? なぜオレは、あの子どもを救ってやれなかったんだ?」
「柱間」
「目の前でオレよりも小さな命に死なれるくらいだったら、オレが死んだ方が良かった」
「………すまない」
「オレ、が……」
「すまない、柱間」
「……ッ、う゛」
「だが、私はお前に死んで欲しくない」
天元は子にするように、大きな体を抱きしめ、背中を撫でる。普段は泣くとすぐに復活する男の涙は、時間が経てども止まらない。柱間の心が深く傷ついている。それを天元は感じた。
「お前を愛しているんだ。だから、自分の命を軽く扱うような発言はよしておくれ」
「……オレの命の価値観は、お前とは違う」
「………」
「そして違うからこそ、争いが生まれてしまう」
オレはどうすればいいのか、と柱間は言った。
天元はその男の顔に触れる。涙と鼻水ですっかり汚れている顔を、手ぬぐいで拭ってやった。
「お前の行動はお前が信じるかぎりは、間違いにはならないよ。私もまた、私が選んで選択した行動を信じている」
「……天元」
「しかしお前が苦しいというのなら、この争いを私が止めよう」
「…でき、るのか?」
「あぁ、簡単な話だよ」
天元が反対派の手に落ちればいい。そうすれば目の前に現れた餌を前にして、彼らは喜んで食いつくだろう。天元は死なない。たとえ、何度殺されようとも。
この考えを、天元自身が「愚かな選択」だと言える。だが、哀れな愛しい男が、彼女に愛の呪いをかける。
「その選択を、オレが受け入れると思うのか?」
「いや、思わんよ。お前は優しい男だからな」
「ふざけたことを言うのも、大概にしてくれ」
「…お前は、
「………」
「私は柱間が、この天元だけに優しい男であって欲しい。しかしそれは……今は難しいと知っている」
天元は柱間の顔に自分の顔を近づけ、額に口付けした。一瞬、柱間の眉間にシワができる。
「私はまだ、お前の『友』である。ならば友として、今苦しむお前の痛みを私も受け入れよう」
「……だから、オレの頭を抱きしめているのか?」
「励ましているのだ、柱間のことを。試しにお前もその地面についている両手を、私の背中に回してみるといい。なに、怪しいことはせんよ。今回は」
「………わ、かった」
恐る恐る柱間の手が天元の背中に回る。すると、天元の心臓の音がよく聞こえた。手に感じる体温もぬくい。
次第に、柱間の瞼が降りていった。
「おやすみ、柱間」
翌朝、眠る天元の腕の中で起きた柱間は、「……!!?」と軽いパニックを起こした。
◆◆◆
争いはとうとう全面対決へと至った。
はじめは天元を信奉するか、はたまたその天元を邪魔だと思うかの思想の違いだった。
それが今や、互いに憎しみだけをぶつけている。当初の目的は関係ない。仲間を殺されたから。あるいは愛しい者を殺されたから。だから相手を憎み、殺意をぶつける。
骸が一つ、二つと積み重なる。
そんな中、天元派として戦いに参加していた男は、木に寄りかかるようにして倒れていた。腹は受けた傷で真っ赤に染まり、か細い呼吸を漏らす。
(俺はここで……死ぬの、か)
彼は仲間を殺された恨みを、敵にぶつけていた。俺が死ねば、他の仲間が自分の骸を背負うのだろうか──と考える。
「イテェ……イテェよ…」
腹が燃えるように熱かった。自分はもう助からない。腹の中に渦巻く感情が、男の目からあふれ出た。その涙が彼の目尻を伝う。
しかしその涙は、地面に落ちる前に拭われる。
「だれ……だ?」
おぼろげな視界を頼りに、男は視線を巡らす。ぼんやりとしたその視界には木々の緑が映っていた。その中に黒い影がある。よく見ようと何とか視線を合わすと、それは額に布を巻いた青年だった。自分とさほど歳が離れていないように見える。しかしどこか、天元と似たものを感じた。
「痛かったろう」
「……俺、死にたくねぇ…」
「………」
「でも、俺も………「死にたくねぇ」って言ったやつを、殺したからなぁ……」
だから己の命もまた、ここで散るべきなのだと、彼は頭の中でどこか考えている。死にたくないと、思う気持ちがあるにも関わらずだ。
「三途の川の向こうには、きっとお前の愛した者たちがいる。もし石を投げられた時は、泳いで戻ってくるといい」
「ハハッ……まるで、
「あぁ、あるぞ。だから、大丈夫だ」
「……そう、か」
「もう、大丈夫だ」
青年は、死にゆく男の手を強く握った。その瞳からは涙が溢れている。コイツは相当なお人好しなんだろうと、男は思った。
「なぁ、最期に……アンタの名前、聞いてもいいかい?」
死にゆく男の頼みを受けた青年は頷く。
「オレの名は『柱間』。この争いを終わらせにきた」
そうか、と男が呟いた。その直後、柱間が握っていた手からフッと力が抜けた。
涙を拭った柱間は、戦場へと視線を向ける。そして、手印を結んだ。
「──────『樹界降誕』」
その瞬間、あたり一帯に密林が生まれた。木々に絡め取られた術師たちは、天に向かってその体を持ち上げられる。
柱間は彼らを見下ろすように立った。先ほどの涙の痕跡を一切感じさせない、冷徹な表情である。
「貴様らは、なぜ争う? 殺し合い、そうして勝ったとして、何を得るのだ?」
彼は幾度と流れる血を見た。術師たちの血も、関係のない非術師たちの血もだ。
柱間はその中で、死んだ母の亡き骸にしがみつく少女を目の当たりにした。その少女の命もまた、風前の灯だった。
幼子は母の手を握り、母の名を呼んでいた。そして、死んでいった。
「オレは貴様らを説得しに来たのではない。もうその時期はとうに過ぎた」
これは警告である。従わぬのならば、という脅しだ。同時に、
友人を犠牲にせず、どうすればこの争いが終わるのかと、柱間は悩んだ。
その結果導いた自分の決断が、正しいのかはわからない。それでも進むしかなかった。もう、争いはごめんだった。
「争いをやめぬと言うならば、オレが貴様らを、今ここで殺す」
直後、術師たちを縛っていた木が解けた。それに驚いた者もいれば、いきなり横槍を入れてきた男に攻撃を仕掛ける者もいる。
「が、あっ……!!」
しかし術式を使う間もなく、先の尖った大木に腹を貫かれ、死んだ。
冷静に考えれば、あたり一面を密林にしたこの男の呪力量が規格外のものであると分かるだろう。ただ血の気がのぼり、興奮状態の者は冷静な判断ができなくなっていた。
「お前は天元様の味方ではなかったのか!?」
「関係ない」
「ふ…ふざけるなぁぁ!!!」
天元派も、その反対派も、この男に牙を向ける理由がある。
術式を行使する者がいた。あるいはあっけなく殺される同胞を前にし、戦意を失った者もいた。
その中で柱間を「殺す」選択をしたある男は、木々をすり抜けながら男へ接近する。互いの目が合った時、彼は言葉を失った。
(泣い、て────)
男が最期に見た青年の片目から、涙が流れていた。
あぁ自分は“選択”を間違ったのだと、気づいた時にはすでに、目と鼻の先に自分を殺す切先があった。
その日、天元派と反対派の間にあった争いが終わった。
恐怖によってその戦いを止めた男の名は、柱間。
その圧倒的な強さは、やがて術師の間で畏怖や畏敬の念を生んでいく。
対して改良を重ね、都を覆うように結界を張ることに成功した天元。これのおかげにより、呪霊の被害を極端に抑えられるようになった。(ただしある程度の力を持つ個体は、外から結界内に侵入できてしまう)
そんな、不死であり超常とした雰囲気を纏う天元は、次第に非術師から敬われるようになる。