貞操逆転借金返済生活   作:しあっと

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13話

 それから日付が変わり、いよいよ運命の日となった。

 

「決行前に最後の確認をしましょう。事務所前で騒ぎを起こすのは午後10時30分の予定です。そのことはもう実際に動く面々には伝えてあります」

 

「ああ。俺の方も駅周辺をぶらつかせるやつらに連絡をしてある」

 

「僕たちが動くのは通報してから大体10分後。通報組には、問題なく仕事をやり遂げたら連絡を貰うようになっています。そこを目安に動きましょう。そこからはほぼアドリブです。駅までは発見された際逃げやすいように徒歩、そこから電車を頻繁に乗り換えて発見されないように北上。逃げる際の荷物は動きやすいよう最低限にします」

 

 監視がついているとすれば、車に乗っているだろう。

 徒歩であれば気づかれたとしても、車の入ってこれない道をつかえる。

 作戦がうまく機能していれば、監視以外の追ってはしばらく来れないはずで、人海戦術は使えないだろう。

 

「通報組で何か問題が起こった場合は?」

 

「時間までに成功の報告がなかった場合、失敗した、もしくはバックレたとします。その時は、二手に分かれて頑張って逃げましょう。片方ぐらいは生き残れるんじゃないですかね」

 

「その時は恨みっこなしだぞ。俺はたとえ形や場所が変わってもこのクラブを守らなきゃならない。アイツの生きた証を俺が消し去るわけにはいかないんだ」

 

 弓弦は神妙な面持ちでそう言った。

 

「ええ。そこはお互い様です」

 

 そこからは会話が途切れ、携帯を確認する時間が増えた。

 お互いに緊張しているのだろう。

 

 重苦しく、しかし進んで欲しくない時間が過ぎていく。

 その間も頭の中には不安が渦巻いていた。

 本当に逃げるべきだったのか、千屋に従うべきじゃなかったのか。

 もう意味の成さない思考だ。

 

 携帯の液晶に明かりがともる。

 染井からの着信。

 無意味に息をひそめながら通話をとる。

 

『通報した。これでいいんでしょ。約束守ってよね』

 

 染井の声は少し震えていた。

 安堵ともとれるような緊張ともとれるような微妙な声色だ。

 

「ええ。守りますよ。お疲れ様です。じゃあ」

 

 短く返して通話を切る。

 

「成功したのか」

 

「報告を信じるのなら」

 

 いよいよ、時が迫ってきた。

 手に汗がにじむ。

 5分ほどたって、また着信が入る。

 千屋からだった。

 

『おい。今日は事務所には来るな。分かったな』

 

「ええ、はい。でも、どうしてですか」

 

『悠長に話してる時間はない。話は終わりだ』

 

 通話が切られる。

 

「どうやら本当に成功したらしいですよ」

 

「よし、じゃあ行くか」

 

 千屋の電話からして事務所に警察が押し寄せてきたのだろう。

 今なら事務所に控えている人間は身動きが取れない。

 

「はい。逃げましょう」

 

 

 弓弦と並んで夜道に飛び出す。

 荷物は各々カバン一つ分。

 僕のポケットにはお守りと弓弦からもらったナイフ。

 弓弦はナイフの代わりに銃をいれているのだろう。少しポケットが膨らんでいた。

 

 車が通れない細い路地を通って駅に向かう。

 ヤクザを罠にはめたという高揚感とこの状況の緊張感でなんだか変な気分だった。

 路地を抜けては路地に入り、尾行者を確認しながら速足で駆けていく。

 

「これで撒けたんじゃないか」

 

「だといいんですが」

 

 ここから先は撒けたと判断して最短距離で駅を目指す。

 夜なのもあって人通りも少ない。

 人を探し回っているような不審者を見つけるの容易いだろう。

 先に相手を見つけてしまえば回避は可能だ。

 

 しばらくお互い無言で歩いていたが、目的地に近づくにつれ口数が増えていった。

 

「そこを曲がれば後はまっすぐ行くだけだ。上手くいきそうだな。駅はさすがに人通りがある、手荒なことは難しいだろうぜ」

 

 ここまで来ると僕の方もすっかりと気が緩んでしまっていた。

 あたりへの警戒心が薄くなり、歩みも緩やかになる。

 

 明かりが消えた寂れた個人商店を左に曲がると、歩道をふさぐようにしてバンが停まっていた。

 それを外側へ追い抜いて抜かそうとしたところで、後ろから来た同じようなバンが僕たちを隠すように、横付けした。

 

 この車の動きに一瞬、思考の間が空く。

 不味い。

 そう思った時には、2台の車から複数人の女が乗り出してきて、引っ張られ、押されながら、悲鳴を上げる間もなく車の中へと引きずり込まれてしまった。

 

「見失ったって報告を受けたときはヒヤヒヤしたが、素直に駅に向かってくれて助かったよ」

 

 車が走り出し助手席の方から声がかかる。

 確か、若頭の女だ。

 

 周りを観察する。

 乗っているのは運転手を含めて6名。

 弓弦は窓際、僕はその隣で、さらに隣には組員であろう女が控えている。

 窓際に弓弦を乗せたということは、中から開かない仕掛けでもあるのだろう。

 バッグは落としたのか取られたのか手元にはない。

 しかし、ポケットの中には武器がまだ入っていた。

 ただ、人数的にも力的にも制圧できそうもない。弓弦の銃があっても結局は人数で押されるだろう。

 

「逃げようなんて思うなよ。きっちり後ろにも車がついてきてる。ここから逃げたところで一緒だ。事務所につくまで大人しくしてるんだな」

 

「事務所には警察を呼んだはずだろう。今日はうまく誤魔化したとしても当分はマークされてんじゃないのか」

 

「元々警察なんて来てないんだよ」

 

「は?」

 

 弓弦は信じられないという顔でこちらに視線を投げた。

 

「私たちも一応お前らが何かやらかすんじゃないかって警戒はしてたんだ。そしたら、辺りをウロチョロしてるガキを見つけてな。これはと思ってちょっと脅してやれば、すぐに吐き出したよ」

 

 自分たちが何をやらされるのか突き止めようとして近づきすぎたのだろう。

 どうやら賭けに負けたようだ。

 

「しかし、お前が3人も4人も人を使えるなんて意外だったな。1人は誑かして、あとの3人は脅してたんだろ。なかなかのもんだよお前は。誑かされた奴は口を割らなかったしな。あの短期間でよく仕上げたもんだ」

 

 1人は誑かした。

 透も捕まったのか。

 最悪だ。

 

「捕まえたやつらはどうしたんです」

 

「さあな」

 

 僕たちも捕まり、透も捕まった。

 一番最悪のパターンだ。

 どうする。

 透だけでも助けないと。

 

「お前たちは何が目的なんだ。なんだってこんな回りくどい手を使いやがる」

 

「なんだ。結城から聞いてなかったのか。お前の身柄とクラブがいるんだよ。お前の方は正直、背格好が似てるほかの男の髪形を変えて、顔が分からなくなるまでボコボコにしてから、薬使って頭をバカにすれば最低限代用はできるが、クラブの方は別だ。大っぴらに私たちが運営しようとすると、長期的にはキャストが集めれないんだ。ガキとのつながりが無いからな。そんな訳で、私たちに逆らえないような人間をトップに据えるためにこんな面倒なことをやってるんだ。分かったか」

 

「俺だってこれからはあんたらに逆らわない。約束できる。カエデより俺の方がクラブについても詳しいし、ノウハウを持ってる。それで良いだろう」

 

「代用はできるって言ったけどな、結局本物を使うに越したことはないだろう。それに、死んだ人間がそのまま平然と同じクラブを運営するって訳にはいかないしな。それは最終手段ってやつだ」

 

「じゃあ今ここで、俺がカエデを殺せばその最終手段を使わざるを得ないってことか?」

 

 弓弦はポケットから銃を抜き取り、僕の方に向ける。

 弓弦と視線が交差する。

 追い詰められた人間の瞳だった。

 どうやら弓弦は本気で僕を殺すつもりらしい。

 最悪の状況にさらに最悪が覆いかぶさってくる。

 

「悪く思うなよ、カエデ」

 

「何考えてやがる。おい。車止めろ」

 

 無意識にポケットに手を入れお守りを握ろうとすると、ナイフが邪魔をした。

 瞬間、急ブレーキで体が浮き上がり、パンッと乾いた音が鳴る。

 

 痛みはない。

 急ブレーキにより狙いがずれたようだ。

 

 弓弦に体ごとぶつかり押し倒す。

 手にはいつの間にかナイフが握られていた。

 

「クソッ」

 

 弓弦が銃口を組み付いた僕に向けた。

 命の危機に反射的にナイフを弓弦の首に突き立てる。

 ナイフは弓弦の皮膚の内側にいとも容易く侵入し、脂肪と筋肉を引き裂いた。

 鮮血が吹き上がり、僕たちの体と車内を汚していく。

 その間も弓弦は銃口を僕に向けていた。

 

「ちくしょう。なんでだ。ツいてねぇ」

 

 手から拳銃が滑り落ち、弓弦の胸元に着地する。

 弓弦の持っていた拳銃をよく見てみると、排莢部に薬莢が挟まっていた。

 長年放置していたせいなのか、通常通りに排莢されず玉詰まりを起こしたようだ。

 

「おいおいおい。何やってんだお前ら。誰が殺しあえって言ったよ。ああ、クソ。おい、なにボーッとしてんだ、さっさとナイフを取り上げろ」

 

 ナイフを手から離す。

 むせかえる程の血の匂いと、人の肉を引き裂いた感覚に吐き気がした。

 弓弦は体を脱力させ、生きているのか死んでいるのか判断がつかなかった。しかし、たとえ今生きていたとしても助かりそうもないのは明白だった。

 首から吹き出す血は車内に大きな血溜まりを作っていく。

 

「ああ、問題発生だよ、畜生。取り敢えず工場の方へ向かうぞ。車の中で仲間割れ起こして殺しやがった。とんでもねぇガキだよ全く」

 

 周りの人間の声がどこか遠くに感じられた。

 

「すいません、千屋さん。結城が白石を殺しました。はい、すいません。とりあえず工場の方でバラします。その後は、いつものように処理場へ。えっ、そりゃあ構いませんが。はい、分かりました。では、工場で」

 

 

 バンは静かに方向を変え、人気のない工業地帯を進んでいく。窓の外には街の明かりが遠のき、代わりに暗闇が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

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