湊からの連絡があったのは、あれから2日ほどたってからだった。元締めと連絡が取れたようだ。
相手は同じ高校に通っていた湊の2つ上の先輩の友人ということらしい。
湊が言うには、それなりに信頼できる人物だそうだ。
早速、顔を合わせることになったが、こちらは相手の顔も連絡先も知らされなかった。
代わりに、何駅か離れた都心にあるナイトクラブを指定され、そこで落ち合うことになった。
クラブなどに行くのは、品行方正だった僕には初めてのことで、何を着ていけば良いのかわからなかったので、数少ない自分の私服から精一杯頑張って大人っぽく見えるようにした。
自転車で駅まで向かい、そこから電車に揺られる。
電車を降りたら、携帯のマップを頼りにクラブを探す。クラブの名前は「カルミア」意味は知らない。
マップに従うまま歩いていくと、徐々にネオンの光が目立つようになってくる。
煌びやかな看板が目立ち、遠くからでもその存在を知らせる。
夜風が頬をなでる中、旅行客のように辺りの様子と携帯とを交互に見渡しながら進んでいくと、とうとう「カルミア」の看板が見えてきた。
この店で合ってるのか、携帯で何度も確認しながら意を決して店の中に入った。
ドアを開けると一瞬にして別世界へと引き込まれる。
カラフルなライトが天井から降り注ぎ、どこかから聞こえる重低音は耳と腹を揺さぶった。音楽は室内全体を包み込み、思い思いの格好をした若者が踊り狂っていた。
「あんたがカエデ君?」
しばし、初めてくる場所に行き場をなくして呆然としていると突然話しかけられた。
「はい。じゃあ、あなたが例の」
「そういうこと。場違いな格好しているからすぐわかったよ。俺は白石、よろしく」
白石と名乗った若者風ファッションの男はどうやら、僕の探していた人物らしかった。
てっきり、妙齢の女がまとめているのかと思ったが予想が外れた。
「知っているかと思いますが、結城楓です。どうぞよろしく」
「それじゃあ、落ち着いて話せるとこ行こうか」
そういって白石は先を歩き出した。僕もその後を追う。
VIPルームという奴だろうか。
白石と共に2階に上がると、そこにはパーテーションで仕切られた区画がいくつかあるフロアだった。
白石は慣れた動きでパーテーションを開け、僕を呼んだ。
「座りなよ」
パーテーションの中にはデコレーションされたソファーとソファーに挟まれる形でこれもまたデコレーションされたチェアが置いてあった。
促されるまま、白石の向かいに座る。
「俺のことはどのぐらい聞いてる?」
「まったく知らされてないです。名前どころか性別も今日知りました」
「マジかよ。しっかりしとけよな、アイツ。まあ、いいや。どこから話すかな」
僕は黙ったまま先を促した。
「まず、ウチのキャストは全員が高校生で、そんで客もそれを知ってて買いにきている変態ども。そしてどいつもこいつも冴えないツラした、男に全く相手されないような中年のオバサンなわけだが、お前はそいつらの慰み者になる覚悟はあんのか」
「あります」
躊躇はなかった。
ここまで来て尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。
「口では何とでも言える。お前、初体験はいつだ」
「先週ぐらいです」
「こんな仕事を始める前に、大好きな彼女に初めてを捧げましたってわけか?」
「いえ、家の家賃を滞納してたんで、それを帳消しにして貰うためにアパートの大家と寝ました」
白石の口から口笛が鳴る。
「いいねぇ、それなりの覚悟は持ってるわけか。そんで、その話から察するに金にも困ってる、と」
黙ってうなずく。
「いいだろう、合格だ。客を紹介してやる。そこら辺にいる小遣い稼ぎとしか思ってないような、頭スカスカのバカより随分マシみたいだしな」
「ありがとうございます」
肩が幾分か軽くなったような気がした。
「それで、取り分の話だ。基本的な料金は一晩で6万、俺のマージンが2万5千で残りがお前のものになる」
一夜あたりで3万5千円。
30日で105万。
少し心もとない。
「そんな不満そうな顔すんなよ。大体の客はチップを渡してくる、口止め料やら交通費やら見栄やらをまとめたな。それに関してはマージンは取らないことにしてる。その代わりに引っ張りすぎて揉めても間には入らないけどな」
「なるほど。具体的にいくら位が相場なんですか」
「客だったりその時の懐具合によって違うだろうが、最低でも5千、多くて3万ってとこだろうな。まあ、とんでもない変態プレイに付き合った時はその限りではないだろうけど」
平均で1万のチップだとしても、30万のプラスで135万。
これならまだ何とかなりそうだ。
しかし、高校の3年間で借金が全額返済できるとは思えない。
なにか別のアテも必要だ
「わかりました。ありがとうございます」
「じゃあ、最後にお前のことを教えろ。そしたら、俺も俺のことを話してやる。こんな商売やってると人をなかなか信頼できなくてな。自己開示は信頼関係構築の第一歩ってわけ」
そういうと白石はパーティションを開け、外に控えている店員に何かを注文した。
「僕の話ですか」
「ああ、そうだ。いきなり話せと言われても難しいだろうし、まずは私の質問に答えてくれれば良い。そうだな、まずはお前が大家とヤッた時のことを聞かせろ。何を思って、何を感じた?」
パーティションの外から声が聞こえ、店員が飲み物を運んできた。
2つのカクテルグラスには、薄い赤色の飲み物が注がれている。
「ほら、カエデ。お前の分だ。ノンアルだから安心しろ」
「どうも」
口をつけ、のどを潤す。
果実の匂いと甘ったるい風味が鼻を抜ける。
「大家の話でしたね。まず、誘ったのは僕からでした。その時にはもう、ウリでもしようかと考えていたので予行演習にちょうど良いなって思ったんです」
「なるほどな。抱かれたときはどうだった」
「あんまり気持ち良いもんじゃなかったですね。相手は母親と同じぐらいの年齢だし。手つきも吐息も不快でした。終わった後は結構堪えましたけど、最中は思考がどこかへ行って考え事してるうちに終わった、て感じです」
「大したタマだよ、カエデは。考えても行動に移せる人間なんてそうはいない。次は俺の話だな。何が聞きたい」
白石はグラスを傾けた。
「そうですね、じゃあ。白石さんは、なんでこの商売を始めたんですか」
必要なのは白石の情報。
もっといえば、売春斡旋の内部事情。
「話の流れ的に俺の初体験でも聞かれるかと思ったが、いいぞ話してやる。頭が回るやつは嫌いじゃない」
白石は慇懃に笑い、語りはじめた。
「言ってしまえば、金のためってやつになるな。本当はもう一人パートナーがいてな、このビジネスはそいつが考え出したんだ。お互い金に困ってて、だけども頼るやつもいねぇ。そんなときにアイツが売春の斡旋をやろうって言いだしてよ。頭が切れる奴だった」
『アイツ』のことを語る白石はどこか嬉しそうだった。
「どこからか金にある程度余裕を持ってるショタコンの変態どもを見つけてきてよ、俺にキャストを集めろっていうんだ。俺も必死になって人を集めてよ。あの頃は金はなかったが楽しかった。目標があったからな」
「それで、そのパートナーさんは?」
「今頃、どっかの山で木に養分をやってるか、魚のクソになってるだろうよ。2年ぐらい前にちょっとしくじってな、ヤクザと揉め事になったんだ。その時に拉致られて殺された。アイツがいなくなればキャストや客を纏めきれずに空中分解するだろうってな。だが、この通り今も続いてる。二人で作り上げたこの商売を守り抜くのが、今の俺の目標てわけだ。それが商売を始めて、今もまだ続けてる理由だ」
白石は少し気恥しそうに語り上げた。
やはりそこそこの危険は覚悟しておかなければならないらしい。
「さあ、次はカエデの番だ。そうだな、なんで金が必要なんだ」
「母の残した借金です。昔、ちっちゃな建築設計事務所をやってたんです。僕が小さいころに潰れちゃいましたけどね。詳しい理由は知らないですけど、きっと資金繰りに困った母が良くないところから借りちゃったんでしょうね。利息が払いきれずにどんどん膨らんでいって、とうとう最後は自殺です」
白石の表情が懐かしみを感じているような表情へと変わる。
金に困っていたのは、白石も同じできっと困った理由もそうなのだろう。
「それで、ヤクザに売られるよりは自分でウった方がマシだと思って今に至るわけです」
「分かるよ。俺もそうだったし、アイツもそうだった。ヤクザに自分の人生を決められたくないわな。次は俺の番だ、何が聞きたい」
「じゃあ、ヤクザとの揉め事について」
「見かけによらず大胆だな、普通この流れで聞けないぜ」
白石はグラスを空にし、店員に次の一杯を持ってこさせた。
僕にも次の注文を聞かれたが、まだグラスにカクテルが残っていたので、断った。
やがて、店員が新しいグラスを運んできた。
「今日は機嫌が良いし、話してやるよ」
グラスに口をつけてから、白石は話し出した。
「発端はヤクザどもが俺たちに首輪をつけようとしてきたことだ。今どきのヤクザは規制が厳しくなって派手に金を稼げなくなってきた。そこで奴らは俺たちに目を付けたんだ。ショバ代を払えとか言ってな。それを俺のパートナー、もう名前を出すが、瑞樹はうまく躱してな。手を変え品を変え、時には攻勢に出て黙らした」
白石は誇らしげに瑞樹と呼ばれたパートナーのことを話していた。
「だけどな、瑞樹は少しやりすぎたわけだ。粉をかけてきたヤクザの男をクスリ漬けにして目の前で殺したんだとよ。しかも1人じゃないぞ、少なくとも3人は殺したらしい。他にも恐喝や懐柔なんかもしてたみたいだ。そのお陰で完全にヤクザをキレさせちまって、あとは話した通りだ」
「その後はどうなったんですか。今は解決してるんでしょう」
「解決とはまた違うんだよ。瑞樹が死ぬ前に壮大な仕掛けをしたらしくてな。詳しくはわからんが組の内部で爆発が起きて、粛清や独立やらが吹き荒れた。今は少し落ち着いたが、まだまだ火種は燻ってる。そうなるとこっちには構ってられなくなるわけさ。拉致られる前に事が起きてれば、瑞樹はまだ生きてたんだろうな」
いずれ完全に落ち着いたときはどうするつもりなんだろう。
瑞樹というブレインを失った今、白石は対抗できるのだろうか。
「じゃあ、次だ。俺も普段は聞きづらいことにしてやるよ」
白石はいたずらっぽく微笑んだ。
「カエデ。お前にはすべてを打ち明けられるような頼れる友人だったりはいるか。ウリをすることを話せるようなさ」
「いませんね」
拓夢の顔が浮かぶ。
すべてを話せる気はしない。きっと軽蔑するだろうし、軽蔑した後もきっと気にかけてくれる。そんな優しい人間を巻き込みたくはなかったし、どうせなら見放してもらったほうが楽だろう。
「そうか」
白石は少し悲しそうな顔をした。
「俺には瑞樹がいた。まあ、向こうはどう思ってたか知らないがな。瑞樹がいたから俺はクソみたいな人生を変えられた。カエデにもそんな人間ができたら良いな。今のお前の顔はクソみたいな人生を送ってたころの俺と同じだよ。自分を含めてなにもかもを恨んでるやつの顔だ」
「そう見えますか?」
白石の言葉に軽くグラスを回しながら答えた。
「見えるね。当然だろ。親が死んで、借金を背負って、まともな選択肢がなくなってウリをしようってんだ。それが普通だろうさ。でもな、お前はそんなクソみたいな現状を変えようとしている。クソみたいな人生を甘んじて受け入れるような奴は、こんなとこまでこないさ」
白石の目は真っ直ぐに此方を見据えていた。
その目は僕を試すようでもあり、どこか共感を含んでいた。
「それはどうも。次は僕の番ですね、じゃあ、瑞樹さんのことを教えてください」
「攻めるねぇ。俺の話をするって言ってんのに、瑞樹のことを聞きたがるとは。まあ、いいだろう。ただし、俺から見た瑞樹の話だ。ほかの人間からの評価とはまた別になるかもしれないぜ」
白石は僕の顔をじっと見た後、ゆっくりと笑った。
「構いませんよ」
「本名は矢野瑞樹。性別は男で享年は二十歳。ここまでが全体の情報だ。俺が瑞樹と出会ったのは、高校の頃だった。なんのきっかけで話すようになったかなんて覚えていないが、境遇が似ていたのもあって仲良くなるのは早かったよ」
瑞樹が死んだのが2年くらい前だとすると、同級生だとして白石は22歳くらいか。
「そこからはさっき話した通り、瑞樹と一緒にこの商売をやり始めたわけだ。瑞樹の本領が発揮されたのはこの時からだ。アイツは何処か頭のネジが飛んでてな、冷静にスッと狂える人間だった」
白石は微笑を携えながら、饒舌に語った。
「最初の頃は正直、怖いとも思ったが、慣れれば誰よりも頼りになった。客とキャストが組んで俺たちの金を持ち逃げしようとしたことがあったんだが、アイツどうしたと思う?」
「捕まえて、拷問でもしたんですか?」
「7割くらいは正解だな。でも瑞樹はそれだけじゃなかった。『どうしてこんな事するの?俺たちのこと舐めてんの?』なんて事を言いながら客の指をへし折ったんだよ。許してくれって悲鳴を聞きながら真顔で4本も。結局、客は盗んだ金以上の額を払わされたし、キャストもそれ以降は大人しくなった」
「なるほど」
瑞樹という人物は思っていたよりもとんでもない人らしい。
「人を纏めるのも上手くてな、さっきみたいに恐怖で縛ることもあれば、お溢れを狙う連中には薬なんかを融通したり、アメとムチを使い分けてたんだ。その結果、アイツの周りにはいつも人がいたが、俺以外は誰ひとり瑞樹を信頼なんかしてなかった。近くに行けばお溢れが貰える、しかし抜けようとすると暴力が待っている、誰もが恐怖に足踏みしてアイツから離れられなかった」
白石は静かにグラスを傾けた。
「あれもカリスマってやつの一種なんだろうな。女も男も瑞樹に従ってた。俺は瑞樹の代わりにはなれなかった。あの事件からキャストも減ったし、揉め事担当の半グレみたいなのも消えていった。ままならないもんだよ」
そこまで語った所で白石の携帯が震えた。
「俺だ。分かったよ、すぐ行く」
白石は通話を終えると、僕に向き合った。
「悪いが、キャストの集金の時間だ。長く話しすぎちまったな。連絡先教えろよ、明日は早速客をつけてやる。明日もここら辺に待機しといてくれ」
「分かりました。じゃあ、今日はありがとうございました」
「おう、また明日」
白石に軽く手を振って店を出た。
思った通りにことは進んでいる。
しかし、瑞樹が創り、白石が継いだ体制には不安が残る。絶対的な王を失った王国。2年ほどは続いている事から、なんとか天秤を均衡させているのだろう。
均衡が崩れるのは、僕が借金を全額返済した後にしてもらいたいものだ。