白石から言われた通り、今日もネオン光る街並みを背景にぶらついていた所、チャットが入った。
『西口あたりのカフェの前で客が待っている。見た目は中肉中背、名前は鈴村、歳は30ぐらいだ。常連だからルールは弁えてる、ソイツに任せておけば流れはわかるはずだ』
了解しました。とチャットに返事をし、指定された場所まで戻る。
カフェの前まで来て、鈴村を探すためにあたりを見回していると、後ろから声を掛けられた。
「結城楓クンかな?」
「はい。じゃあ、あなたが鈴村さん?」
「ええ、そうよ。よろしくね」
鈴村の風貌は、くたびれた労働者というような感じだった。
よれたワイシャツに、擦り切れた革靴。
都会の喧騒に埋もれてしまいそうな、しかし確かに存在する普通の中年女性。
一見して未成年買春をするような人物には見えなかった。
「それじゃあ、入りましょうか」
鈴村は微笑んで、僕をカフェの中に連れ込んだ。
平日夜のカフェは都心といえど閑散としており、待たされることもなく窓際の席へ腰かけることができた。
近くの席に人はおらず、会話がきかれる心配もないだろう。
「私はコーヒーにしようかな。君も何か頼むと良いわ」
「ありがとうございます。じゃあ、紅茶を」
店員を呼び、鈴村が二人分のオーダーをする。
「弓弦クンから聞いたけど、君は今日が初めてなんだってね」
弓弦というのは白石のことだろう。
「はい。右も左もわからないんで、いろいろ教えていただけると助かります」
「そんなに畏まる必要はないよ。気楽にいこう。キミのことはなんて呼べば良いかな」
未成年の男を買おうとしているような人物が紳士的なのは一周回っておかしく見えてくる。
「楓で良いですよ。鈴村さんのことは何と呼べば?」
店員が飲み物を運んでくる。
カフェの店員からは僕たちのことはどう見えてるんだろうか。
親子?それとも援交をやってる不良少年とそれを買う変態?
紅茶を一口、口に含んでから答えた。
「できたらで構わないけど、先生と呼んでくれると嬉しいな」
教師なのだろうか?
だとしたらこの国の教員採用制度は腐っている。
「学校に勤めてらっしゃるんですか」
「いいや、違うんだ。恥ずかしい話が私のヘキというやつでね。楓クンのような可愛らしい男の子に先生と呼ばれると、どうにも気分が昂ぶるんだ」
さっきまで、どこにでもいそうな人間だったこの女が、急に得体のしれない変態に見えてきた。
淫行教師ではなかったのでまあ、良しとしよう。
大事なのは金払いだ。
「構いませんよ、先生」
「おお、そうかい。ありがとうよ楓クン。チップは弾むよ」
鈴村、改め先生は目に見えて気分が上がっていた。
疲れ切った労働者の瞳は鳴りを潜め、今は欲望にギラついている。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
しばらく雑談を交わした後、鈴村はそう切り出した。
いよいよ本番ということだろう。
「はい、先生」
そう呼んでやると鈴村は嬉しそうに会計に向かっていった。
そっと、ポケットに入ったお守り代わりの小銭を軽く握る。
カフェを出て数分歩いたところにあるホテルに入る。
鈴村はさすがに慣れてるようで、すぐにチェックインの手続きを済ませた。
部屋に入り、シャワーを浴び、体を重ねる。
2回目ともなれば、演技も様になっていた。
頬をなでて、先生と呼んでやると行為はより激しさを増した。
最高潮に達し、やがて終わりが来る。鈴村は僕の体を抱きしめながら、倒れこんだ。
「重いですよ、先生」
「ごめん、ごめん。楓クン、本当にウリは初めてなの?随分とノセられちゃったわ」
「先生が上手でしたから」
鈴村は気をよくしたようで、バッグから封筒を取り出すとそれとは別に、財布から3万円を抜き取り手渡してきた。
「封筒の中にはいつもの6万が入ってるわ。こっちはチップ、取っておきなさい」
「良いんですか?」
白石は高くて3万といっていた。
それを考えるとこのチップはかなり高額だろうし、ホテルと飲食代を合わせると鈴村は10万近く払っていることになる。
「いいのよ。そのぐらい楓クンを気に入ったってこと。それと封筒で渡されたときは、中身を改めたほうがいいよ。中にはちゃんと払わないやつもいるから」
「いろいろとありがとうございます」
身支度を整えホテルを出る。封筒の中には1万円札が5枚と、5千円札が2枚入っていた。
白石に渡すマージンを考慮してのことだろう。常連なだけある。
今日の鈴村の感じだと客層も良さそうだ。金に余裕がある奴はそうなんだろうか。
白石に終わったことを知らせると、昨日のクラブに来るように、と返信が来た。
「おお、カエデ。お疲れ。どうだった、初仕事は?」
クラブで落ち合って声をかける。
今日はカウンターで何かを飲んでいた。
「大家とヤッたときよりマシでしたね」
「ハッ、そんだけ言えるってことは大丈夫みたいだな。時々1日で投げ出すようなアホもいるんだ」
封筒から白石の取り分2万5千円を取り出し渡す。
「おう、確かに。センコーは優しくしてくれたか?」
センコーの言葉に思わず顔を歪めると、白石はこらえきれないように笑った。
「その顔じゃ、お前も気に入られたみたいだな。鈴村は自分のお気に入りには先生って呼ばせたがるんだよ。帰り際にチップを多めに握らせて、次からは先生って呼んでくれってな」
「僕はカフェで話してる段階で呼ばせられましたよ。君さえ良ければ、先生と呼んで欲しいって」
白石は笑いのトーンを一つ上げた。
「そりゃあ、相当気に入られたんだろうな。瑞樹もそうだったらしいぜ」
「瑞樹さんもウリをやってたんですか?」
「ああ。自分もやってみないと、客やキャストが何を望んでるのかわからないからってな」
少し意外だった。
イメージでは人を意のままに動かして利益を自分に集めている、恐怖の大王のイメージだったがそうでもないようだ。
「瑞樹さんの写真とかってあります?」
「ちょっと待ってろ」
白石は携帯を操作して、瑞樹の写真を探しているようだった。
「ほら、こっちの黒髪の奴だ。前から思ってたが髪色も相まってお前とちょっと雰囲気が似てるかもな」
写真は、白石と瑞樹のツーショットだった。白石は瑞樹と肩を組み、瑞樹は口元には涼しげな微笑を携えている。
少し長めの黒髪にすらりとした体型、整った顔立ち。およそ売春の元締めだったり、ヤクザともめ事を起こすような人間には見えない容姿だ。
それに、僕にそんなに似てるとは思わなかった。
「僕にはそんなに似てないように見えますけどね」
「こればっかりは雰囲気だからなぁ。儚げっていうか、気だるげな感じが似てるんだよ。瑞樹が生きてたらお前のことなんて言ったかな」
白石は楽しげに話した。
携帯の画面をもう一度見つめる。
矢野瑞樹。この世界でのし上がって、最後にはヤクザに強烈な攻撃を喰らわせながら死んだ男。
きっと僕は彼のようになりたいんだろう。
白石から聞いた瑞樹の様子は、あの日生まれ変わると誓った理想の姿に近かった。
なれるだろうか、瑞樹のように。
声さえ聞いたことがないにも関わらず、尊敬の念を抱いている。
なるほど、彼には間違いなくカリスマがあったのだろう。
「ありがとうございます。なんとなく、どんな人だったか分かりました」
「それなら良かったよ。今日の仕事は終わりだ。帰ってゆっくり休みな」
「ええ、白石さんもお疲れ様です」
軽く手を振って別れようとした時、白石に呼び止められた。
「弓弦でいいよ。もうお前は俺たちの仲間さ」
「ありがとうございます。ユヅルさん」
「ああ、明日も同じ時間に来い」
そう言って弓弦は店の奥へと消えていった。
今日だけで6万5千円の利益。幸先の良いスタートだ。
ただのバイトでこの金額を稼ぐためには、今日の十数倍の時間を働かなくてはならない。
売春を経験し、普通の生活に戻れない人間のことが少し理解できた。働くのが馬鹿らしくなってくるのもわかる。
ただ、僕がこの金額を稼げたのは、容姿やサービスではなく、きっと高校生というブランドの力だろうなとも思う。一回6万円は安くない。詳しくは知らないが、高い部類だろう。
未成年という希少さが値段を吊り上げている。法律を犯さなければ自分の欲求を処理できないどうしようもない変態が吊り上がった値段で未成年の男を買う。それで成り立っている。
となると、僕が楽に稼げるのは、今年を入れて3年の間だけ。
そこから先は僕の価値は年々と下がっていくだろう。しかし、生活費や学費があるなかで3年では到底借金を返しきれない気もする。
どうすればいいのだろう。
もっと大きく稼げる方法。
「瑞樹さんならどうしたのかな」
意味のない考えだ。
会ったことも、話したこともない死人に縋ろうなんてのは。
瑞樹は金を得るために売春組織を作り上げた。
僕には到底出来そうもない。客のツテもない、キャストのあてもない。なにより弓弦との競合になる。切り分けられるほどのパイはないだろう。
共同経営でもするか?
それも厳しい。そんなにすぐに信頼など勝ち取れない。
白石弓弦を黙らして、顧客リストを奪えば良い。そうすれば独り占めだ。
心の中の黒いモノが囁く。
それはできない。
弓弦は僕を気にかけている。どういう理由か知らないが、そう感じる。
そんな人間を裏切りたくはない。
鬼畜生にはなりたくない。
本当に?瑞樹はそうだったんじゃないか?話によると脅すだけじゃなく殺しもやってるみたいじゃないか。瑞樹みたいになりたいんだろう?
黒い妄想を頭降って思考から追い出す。
「瑞樹さんならどうしたのかな...」
呟きは薄暗い路地の中に吸い込まれて消えていった。
思った以上に評価を頂けてビビってます。