貞操逆転借金返済生活   作:しあっと

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7話

 HRが終わり、一時間目の授業が始まるころには、クラスの空気はある程度落ち着いていた。いや、正確には「落ち着いたふりをしている」と言ったほうが正しいかもしれない。誰も真正面から触れようとはせず、それでも隙あらば探るような視線が飛んでくる。

 

 板書を写す手を止めずに、ふと視線を横にやると、隣の席の女子がちらっと僕の方を見て、すぐにノートへと目を戻した。まるで「何も気にしていませんよ」とでも言いたげな、ぎこちない動作だった。

 

 そんなに気になるなら、いっそ聞けばいいのに。

 

 そう思うのに、誰も聞いてこない。拓夢ですら、さっきの会話で踏み込めずに終わった。

 妙な話だ。噂が事実かどうかを確かめたいのか、それともただ面白がっているだけなのか。

 

 

 昼休み。

 

 昼食を持って屋上へ向かう。教室で食べる気にはなれなかった。

 一人ではなかったが、お互いに干渉しようとはしないし、好奇の視線はない。教室より随分とマシだった。

 

 初夏の日差しが差すが、今日は風が冷たいのか暑さはそこまで気にならなかった。

金網にもたれかかりながら、食事を始める。

 

「カエデ」

 

 名前を呼ばれて振り向くと、拓夢が立っていた。

 

「なんでここに?」

 

「お前が教室にいないから」

 

 つまり、探しに来たということか。

 

 拓夢は僕の隣に腰を下ろした。

 しばらくの沈黙のあと、拓夢がぼそりとつぶやいた。

 

「...本当に、やってんのか?」

 

「どう思う?」

 

 さっきと同じ言葉を返す。拓夢は少し眉をひそめた。

 

「俺は、お前がそんなことするわけないって思いたいけど」

 

 思いたい、か。

 

「思いたいなら、そう思えば?」

 

 あえて突き放すような言い方をする。

 拓夢には話したくはなかった。関わってほしくなかった。

 拓夢がターゲットになってしまうのは耐えられない。

 

「でも、噂になってるってことは、誰かが言いふらしたんだろ?心当たりはないのか」

 

「さあ?」

 

 誰かが客のオバさんと一緒に居るのを見かけたんだろうか。

 誰が言ったのかなんて、どうでもいい。どうせ、そのうちみんな飽きる。

 

 それとも、飽きる前に、次の段階に進むだろうか。

 大方そうなのだろうなと思う。

 そのうち決定的な証拠が上がる事だろう。

 

 この学校の人間たちは、噂が事実かどうかなんて気にしない。ただ、「それをネタに何かする」のが好きなだけだから。

 

 拓夢は、僕のそんな考えには気づいていないようだった。ただ、心配そうな顔をしていた。

 

「俺は、何もしないほうがいいのか?」

 

 拓夢の言葉に、手が止まる。

 

 何もしないほうがいいか。それは、つまり僕を助けるべきなのか、それとも距離を置くべきなのか、ということだろう。

 

「何もしなくて良いよ。拓夢にはどうしようもないでしょ」

 

 わざと冷たく言い放つと、拓夢はぎゅっと拳を握った。

 

「...なんで、そんな言い方しかできないんだよ」

 

「拓夢を巻き込みたくないからって言ったら、納得してくれる?」

 

 正直に言ったつもりだった。照れ隠しも多分に混じっているが。

 拓夢は僕の顔をじっと見つめたまま、何も言わなかった。

 少しの沈黙の後、拓夢は小さく息をついて、握った拳を緩めた。

 

「納得できねぇよ」

 

 まっすぐな目でそう言われて、僕は思わず目を逸らした。

 

「友達だろう。少なくも俺はそう思ってるぞ、カエデは違うのかよ」

 

「僕もそうだと思ってるよ。でもさ、僕が本当に噂通りの事をしていたとしても、まだ友達でいてくれるの」

 

「当たり前だろ。ショックは受けるかもしれない。でもな、それでお前と縁を切るつもりはない」

 

 チクリ、と胸が痛んだ。

 きっと本当に拓夢はずっと友達でいてくれるのだろう。

 でも。だからこそ。遠ざけないといけない。

 僕のせいでこの得難い友人を傷つけてしまうようなことがあれば、僕は耐えられない。

 

「ありがとう。でもね、それだけで良いんだ。友達でいてくれるだけで。助けようなんて思わなくて良いんだ」

 

「なんでだよ...」

 

「言ったでしょ。巻き込みたくないって。何が起こっても知らないフリしといてもらえれば良いよ」

 

 拓夢は納得していないようだったが、それ以上何も口を開かなかった。

 

 

 事態が変わったのは、あれから1週間ほどが経った時だった。

 それまでは、好奇の視線にさらされながら、登校もウリも普段通りをよそおってこなしていた。

 

 しかし、今では僕の噂は尾ひれ、胸びれを獲得しながら学校中を自由自在に泳ぎ回り、知らない人はいないとまではいかないだろうが、学年も違えば、顔も知らないような人間からも認知されることになった。

 そうなった人間がたどる末路は一つ、いじめられっ子への転落だ。

 

 机には程度の低い落書きがデコレーションされ、黒板にも同じようなことが起こっていた。

 更には机の中には、「いくら?」と書かれたノートの切れ端が入れられている。

 高校くらいは、出ておきたかったんだけどなぁ。

 そんな諦めの言葉を心の中で転がしながら、無言で紙切れを丸めポケットに突っ込む。

 

 いじめは「これはやっても良いことなんだ」という空気ができた瞬間から加速していく。

 きっと今がその時だろう。

 対処の方法なんて知らなかった。

 見かけたことや参加した事はあっても、止めた事はないし、止まった例を僕は知らない。

 

 机に落書きされるくらいならまだ良い。

 下品なことが書いてあるノートの切れ端が入れられるのも、まだかわいい嫌がらせだ。

 物を盗まれ、壊される、それもまだ耐えられる。

 

 しかし、その次は暴力だろう。

 抵抗がないことがわかれば、そういう人間として扱われる。

 抵抗すれば、晒しあげられる。

 何を選んでもどん詰まり。まあ、母が死ぬ前くらいからそうだったと思えば諦めもつく。

 

 ため息をついて顔を上げた。

 目線の先には拓夢がいた。

 心底、苦しそうな顔をしていた。

 

 お人よしだなぁ。ホント。自分には関係ありませんって顔しとけば良いのに。僕はそうしてきたんだし。誰も攻めやしないのに。

 

 拓夢と視線が交わる。

 僕は、無表情にのままそっと首を横に振った。

 

 関わらなくて良い。友達でいてくれるだけで、それで充分救われるよ。

 

 拓夢は唇をギュッと噛んだ。

 それでも、僕の意図は伝わったらしい。

 何も言わないまま、ただ拳を握りしめて、そっと目を伏せた。

 

 今日は教室にはいれそうにない。

 拓夢の事もある。

 さっさと消えたほうが良いだろう。

 だけど、このまま家に帰るのもなんだか、屈したような気がして癪だった。

 とりあえず、教室からは出ないと、と思って席から立ち上がって教室から去ろうとしたところで、数人の男子生徒に囲まれた。

 

「お前さ、マジでやってんの?」

 

 一人がニヤつきながら言う。

 

「なんのことだか」

 

 とぼけても無駄だとは知っていたが、そう言うしかなかった。

 

「とぼけんなって、みんな知ってんだからよ。お前がウリしてる淫売だって」

 

 別の男子生徒が僕の肩を強く押す。

 

「いくらでやってんの?安そうだな」

 

「学校でヤッたほうが儲かるんじゃないか?」

 

「サービスしてやれよ」

 

 下品な声が響く。

 

「どいてくんない」

 

 押し通ろうとしたが、肩を掴まれる。

 

「なあ、無視かよ。客商売なんだから愛想良くしないとさあ」

 

「オバさんにしてるみたいに、俺たちにも優しくしてくれよな」

 

 クラスの様子を伺う。

 誰もが興味深そうにこちらを見つめている。

 拓夢は今にも飛び出しそうな顔をしていた。

 

「もしかして、オバさんに呼ばれてるから急いでんのか」

 

「そりゃあ、悪いことしちゃったなぁ」

 

「ああ、そうだよ。呼ばれてるんだよね、お前の母親に」

 

 正面にいる男に語りかける。

 

「は?何言ってんだお前」

 

「旦那や息子のじゃイケないってさ。お前の代わりに相手してやってるんだよ」

 

「テメェ!」

 

 胸ぐらを掴まれる。

 反撃が来るとは思ってなかったらしい。

 

「離せよ、短小クン。父親に似てそうらしいな。良かったじゃないか、淫売の子供じゃないって証明できてさ」

 

 いい加減に見飽きてきた好奇の目が二人に注がれる。

 ボルテージが上がっているのは僕とこいつらだけで、周りの人間はまだ及び腰だ。

 教室の目線を一心に集めているこの状況を面白くないと感じたのか、服から手が離れる。

 

 明日から学校へ行くことはないだろう。

 よくて転校だろうが、こういう噂はどこへ行ってもついて回る。

 夜間学校なら、なんとかやっていけるだろうか。

 

「どうも」

 

 また、因縁を吹っ掛けられる前にさっさと教室から抜け出す。

 イライラする。全員殺してやりたいと思った。廊下を行く当てもなく歩きながら呪詛を心の内にくべる。

 この感情を家には持って帰りたくはない。発散するような場所はどこにもなかった。

 今日はウリの方も休みだし、何かに没頭するなんてこともできない。

 金がないと気を紛らわすことさえできない。

  

 足は自然と屋上へと向かった。

 直に授業が始まる。

 そうなれば屋上へと近づく生徒は少なくなるだろう。

 いたとしても、そういうやつらははぐれモノばかりだ。わざわざ面識のない僕に関わろうとするような人間は少ないだろう。

 

 それに、トオル先輩でも居るかもしれない。

 もし居たら、愚痴でも聞いてもらおう。

 なんでも最近は、屋上でのエンカウント率が高いらしい。噂好きの男子が言っていたのを小耳にはさんだ。

 

 かすかな希望を胸に屋上の扉に手をかけた。

 

 

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