貞操逆転借金返済生活   作:しあっと

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9話

 あれから、透に家まで送ってもらい帰宅した。

 鏡で自分の顔を確認する。

 ひどい顔だ。

 殴られた痕に、切れた唇。顔全体がはれ上がっていた。

 口を開くだけでも、いろいろなところが痛んだ。

 

 これは今日や明日で何とかなりそうにはない。

 その間は、ウリに出ることはできない。

 そのことを含めて、弓弦には説明しておいたほうが良いだろう。

 

 気は進まないが外へ出ることにした。

 マスクとパーカーのフードで顔を隠す。

 ネオンを抜け、いつものクラブ『カルミア』へ。

 体は怠いし、気分は最悪。普段の道もいつもより長く、辛く感じた。

 

 店に入ると弓弦はすぐに見つかった。

 今日もカウンターに座っていた。

 マスクを取り話しかける。

 顔を見せたほうが早いだろう。

 

「どうした、その顔!」

 

「いろいろありまして。こういうことなんで、暫くウリは休みます」

 

「ああ、それは構わないが。それより、誰にやられたんだ。俺が話をつけてやっても良い」

 

「それは僕がやりますよ。必ず報いは受けさせます」

 

 どう殺してやるか、そればかり考えている。

 

「そうか、なら良いんだ。手が必要な時はいつでも言え、これでも顔はきくんだ」

 

「はい。その時はお願いします」

 

 弓弦と別れて引き返す。

 足取りは重いままだった。

 

 

 

 

 それから3日ほど経って顔の腫れが引いてきた頃、携帯に電話の着信があった。

 この番号は確か滝沢だ。

 何か不味いことをしただろうか。

 

「結城です」

 

『滝沢よ。今日の夜、時間を空けておきなさい』

 

「はぁ。構いませんが、なんのようですか」

 

『その時に説明するわ。今日の夜は家にいること良いわね』

 

「分かりました」

 

 返事と共に通話は切られた。

 なんのようなのだろうか。

 不穏なものを感じるが、逃げる訳には行かない。

 たとえ、大した用事では無かったとしてもそんな事をすれば難癖を付けられて何を要求されるか分かったもんじゃない。

 

 

 陽が完全に沈んだころ、戦々恐々としながら滝沢を待っていると、電話が着信を知らせた。

 

「結城です」

 

『外に出なさい。車が待ってるわ』

 

 それだけ言われ、通話が切れた。

 いよいよ、本当に不穏になってきた。

 

 外の廊下に出てみると、いかにもヤクザが乗っていそうな外車が停まっていた。

 近づいて行くと、サイドガラスが下がり、滝沢が顔を出した。

 

「どうしたの、その顔?まあ良いわ、助手席に乗りなさい」

 

 促されるまま、乗り込む。

 硬めのシートが背中を軽く押し返した。

 滝沢は無言でアクセルを踏んだ。

 

「何処へ向かうんですか」

 

「建部組の事務所よ。事情はそこで話すわ」

 

 滝沢の運転する車の窓はスモークされており、周りの車が遠慮しているのが助手席に乗っているだけで分かった。

 やがて車が停止し、降りるように言われた。

 

「ここよ」

 

 滝沢は2階建ての古いビルを顎で指した。

 よく見ると入り口には監視カメラが付いている。

 滝沢はインターホンを押し、何言か交わすとドアが開いた。

 

 滝沢に続いて中に入る。

 事務所の内部は病院にあるようなカーテンの仕切りがあり、首を伸ばすと任侠道と書かれた掛け物が高く壁に掲げられているのが見えた。

 

 仕切りを滝沢が開けると、そこにはガラスのテーブルと光沢のあるソファー、そしてそのソファーに触る壮年の女が腰掛けていた。

 その女の後ろには更に数人の女たちが控えている。

 

「あんたが結城か、まあ、座れ」

 

 その女は僕を一瞥すると、座るよう促した。

 

「失礼します」

 

 眼光鋭い女たちに見つめられるのは居心地が悪かったが、大人しく指示に従う。

 

「私は建部組、組長の千屋静香だ。悪いなこんな時間に呼び出して」

 

 千屋と名乗った女は1ミリも悪いと思っていなさそうな微笑で詫びの言葉を口にした。

 

「いえ。それで、組長さんが僕なんかになんのようでしょうか」

 

「僕なんか、なんて謙遜するなよ。一月で100万用意したんだって?そこらのガキがなかなか出来る事じゃないぞ。私はなかなか見所のある奴だと思ってるんだ」

 

「ありがとうございます」

 

 滝沢から伝わったのだろうか。

 だとしたら、いい迷惑だ。

 

「それでだ、そんなお前を買ってやって貰いたいことがあってな。お前にとっても悪い話じゃない」

 

 悪い予感しかしなかった。

 

「お前は矢野瑞樹の金魚のフンが差配してる売春クラブでウリしてんだろう」

 

「金魚のフンかは知りませんが、白石さんのとこでやらせて貰ってます」

 

「そう。その白石なんだがな。ソイツを私の前に連れてきて欲しいんだわ」

 

 やはりろくでもない話だった。

 

「そしたら、白石の売春クラブはお前にくれてやる。借金の返済も随分楽になるだろうさ」

 

「理由を聞いても良いですか」

 

「ちょっと話をして、建部組のシマから出ていって貰うだけさ。分かるだろう。裏の社会の込み入った事情があんのよ」

 

 おそらく嘘だ。脅す以上の事が行われるはずだ。

 考えろ、弓弦の身柄を確保する理由。クラブを僕の手に任せる理由。

 クラブは僕への飴を兼ねている、そしてトップをすげ替え弓弦からは取れなかったショバ代を取る腹積りだろう。

 おそらく他のキャストとは面識がないため、たまたま僕が選ばれた。

 

 本当にそれだけか。

 弓弦を排除するシャバ代以外の理由。

 白石弓弦。矢野瑞樹。ヤクザとの揉め事。消化不良の人間は多くいる。

 

「...握った拳の振り下ろし先」

 

 対面から舌打ちが聞こえる。

 

「おい、滝沢!お前、ガキに要らねぇ事を吹き込みやがったな」

 

「すいません!」

 

 滝沢が勢いよく頭を下げる。

 

「内部の事情をガキだろうが、カタギにペラペラ喋んな。だからお前はいつまでも、みみっちいシノギしかできねぇんだよ」

 

 コイツらは弓弦を売りとばすつもりだ。

 

「なぁ、結城。組織の上に立つためには何が必要だと思う。多少頭が回るんだろうが。考えてみろ」

 

「...金ですか」

 

「ガキにしては擦れた考えだな。それも確かにある。ただ、正解でもない。一番必要なのは信頼だよ。結局それがヤクザだろうが、カタギだろうが人を率いる上では、一番大切なんだ。分かるか?」

 

 千屋はタバコを咥えながらそう話した。

 後ろの女が慣れた手捌きで火を用意する。

 

「私は歳食ってようやくそれに気づいたよ。コイツについて行けば大丈夫そう。この人なら私を導いてくれるかもしれない。そんな奴らを増やさなきゃ、上には立てないんだよ。金を持ってるだけじゃダメだ、ばら撒くだけじゃ意味がない。欲しいものを与えてやらなきゃいけない。花束が欲しい奴に、車をやっても意味がないんだってな」

 

 千屋は紫煙を燻らせながら、僕をじっと見つめた。

 

「白石はソイツらにとっての花束さ。失われたと思っていた復讐の機会を私が与えてやるんだよ。そうすれば少しはウサがはらせるだろうし、なにより建部の組長は私たちを見てくれている、と思うだろう。そうなればいろいろと話がしやすくなるんだ。下からの突き上げってのは意外とバカにならない」

 

 千屋は煙草を灰皿に押し付けもみ消した。

 

「私はもっと上へ行く。そのためには、ソイツらの姉貴分じゃなく、私が与えてやって、信頼を得なきゃならない。どうするんだ、結城。売るのか売らないのか。二つに一つだと思うがな」

 

 確かに弓弦を差し出せば、今よりも金を手に入れる事ができる。

 しかし、弓弦には少なくとも恨みはない。むしろ、良くしてもらっている。

 簡単に売れる相手ではない。

 

「...少し考えさせてください」

 

「3日だ。明日から数えて3日以内に、私の前に生かして連れてこい。それ以上は待てない」

 

 きっと連れてくるだけでは済まないはずだ、何かしら手を汚す事を強いられる。

 そうやって共犯関係にし、罪悪感に漬け込み逃げられないようにする。

 ショバ代は千屋の言い値を払う事になるだろう。

 

 僕に連れてこさせるのは、おそらく僕に運営を任せクラブのアガリを得るためだ。

 クラブにどのくらいの収益があるのかは知らないが、僕が月100万を稼げたことから考えるとキャストと客の数にもよるが中々のものだと想像できる。

 内情を知らない人間よりも、幾らか分かっていそうな人間に働かせ上前をはねる。よくあるやり口だ。

 

 断ればどうなるだろうか。

 殺すほどの価値はないだろうが、ペナルティは確実にあるはずだ。

 内容は想像できないが。

 

「それと、連絡先だ。私と、あとはこいつの」

 

 そういって千屋は後ろの女を指した。

 

「こいつはウチの若頭だ。最低でもどっちかはつながるだろう。ほら名刺だ」

 

 名刺には株式会社建部電工の文字と取締役やらの役職が書かれていた。

 若頭の方は、玉野という名前のようだ。

 ダミー会社という奴だろうか。

 

「どうも」

 

「滝沢、送ってやれ。さっさとハラ決めろよ。私たちだって面倒事はできるだけ避けたいんだ。分かるな」

 

 千屋の言葉には答えなかった。

 

 

 行きと同じく滝沢の運転で来た道を引き返す。

 

「途中まででいいです。適当なところで降ろしてください」

 

「悪いけど、組長に送ってやれって言われからには、家に着くまでは降ろせないわ」

 

 融通の利かないやつだ。

 ヤクザらしいといえばらしいのかもしれないが。

 

「どうするつもり?」

 

「どうするも何も、選ばせる気なんてないでしょう」

 

「...そうね」

 

 実際のところ、心の内は全く決まっていなかった。

 良くしてくれた人を、騙して死地に突き落とす。そんな事、簡単には決められない。

 

「千屋さんはクラブのことについてどれだけ知ってるんですか」

 

「私とほぼ変わらないでしょうね。矢野瑞樹が創って、その友人だかが引き継いで運営してることと金になること以外は何も知らないと思うわ」

 

 メインはやはり、弓弦の身柄でクラブの方はあくまでついでなのではなのだろうか。

 

「変なことは考えないことね。組長はクラブの優先度が低いとは思ってないわ。クラブっていう箱を使ってもっと大金を稼ごうとしてるのよ」

 

 滝沢は僕の疑問を先回りした。

 

「どうやってですか」

 

「そこまでは知らないけど、大方、ヤクを売ったり接待に使ったりでしょうね」

 

 たしかに客は金を持っている人間が多い。

 薬物を買える余裕はあるし、セックスとの相性は良いだろう。

 

「あとは、単に情報が欲しいとかね。寝物語に色々聞くことがあるでしょう。それが案外金になったりするらしいわ」

 

「なるほど」

 

「だからアンタも逃げられない。運営には私らみたいなのが関わるより、同世代の人間がやったほうが人の集まりやノウハウの面で効率が良い。もともと、内部に居た人間なら尚更ね」

 

 何でこんなことになるんだ。

 だれか経験豊富なキャストを捕まえてきて運営をやれば良い。弓弦は千屋が自分でさらえば良い。

 そうなっていれば、今よりは幾分かマシだった。

 弓弦は消えたし、運営も変わった。どうやらヤクザが絡んでいるらしい。許せない、しかし自分にはどうすることもできない。

 それだけで終われた。

 

 自分の手は汚したくないし、人は裏切りたくない。

 僕の名前が千屋の耳に入ったばかりに。貧乏くじだ。

  

「従っておけばアメはちゃんと貰える。あの人はそういう人よ。借金もすぐ返せるわ。だから、心を殺してやりなさい。アンタのためにね」

 

 そんなすぐには割り切れない。

 どうすれば良い。何度も問いかけるが、答えは返ってこない。

 

「着いたわよ」

 

 ドアを開け車から降りる。

 自分の部屋に入った後、車が走り去る音が聞こえた。

 

 どうすればいいんだろうか。

 その問いには誰も答えてくれない。

 

 

 

 

 

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