魔剣少女のトンチキ話   作:不破

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どこにあるのかもわからないトレーニングジム『ウィトレ』。
そこに偶然やってきたリットは今ならすべての費用が掛からないといわれて会員になることになる。


魔剣少女のトレーニング

 小さく鋭い音が一定の間隔で響いている。金属同士が小さく掠めあって動く音だ。

 人によっては耳障りにも感じるその音のほかに、室内には特に耳に残るものはない。

 そこは飲食店一つ分ほどの建物の中である。白い壁に覆われ、床には暖かさを感じさせる木色の絨毯が敷かれた室内には、鈍色の金属で作られている器具がずらりと並んでいる。

 その器具の一つ、下半身を中心に鍛えられるものが現在使用されており、その使用音が鋭い音の正体だった。

 

 「十七……!」

 

 その器具の使用者であるリット・グラントは自身の長い赤髪を頭の上でくるりと巻いてまとめた姿で、最後のセットを終えてゆっくりと脚を戻した。一セット十七回を最低三セットである。

 押しあげられて持ち上がっていた重りが丁寧な音をのこして着地する。

 するとトレーニングジム『ウィトレ』の店員たちが歓声をあげ拍手し、リットのトレーニング終了を祝った。

 最大重量更新おめでとうなのー! とリットと年頃が違わない店員が柔らかいタオルを差し出しながら祝福し

 はい。これは奢りだから。と普段は受付にいる双子の店員の男のほうがトレーニング後の水分補給にプロテインがはいったシェイカーを差し出す。

 

 「皆さん、ありがとうございます」

 

 本日最後のメニューを終えたばかりのリットは、トレーニングウェアを汗でびっしょりと染めながらも、店員たちの祝福に礼節を忘れずにきちんとお辞儀をした。

 タオルで汗をぬぐい、プロテインを摂取し、乾いた喉と身体を潤して一息つく。

 そして壁一面にかかった鏡でそんな自分の姿を確認する。

 黒いインナーの上に白い短パンとシャツという爽やかさと動きやすさだけを感じさせる自分の姿がある。

 そっと、そんな自分の二の腕の下を恐る恐る指先でつまむ。

 するとずっと感じていた違和感がどこか薄れたような手応えがかえってくる。

 

 「よし……!」

 

 思わず漏れた声はトレーニングの成果を感じたことへの喜びだ。

 はっと振り返れば『ウィトレ』の店員たちが親指を立ててにこやかに頷いている。

 ……こんなに効果があるなんて……

 初めてここに足を踏み入れた時は思いもよらなかったな、とリットは出会いの際に熱心に誘ってくれた店員さんたちに感謝を込めて、照れながらも親指を立てて見せた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 最初の違和感はクララの誘いでソフィアと三人で服を見立ててもらった後からだった。

 ……あれ?……

 『鴉の寝床亭』で借りている自室にてリットはその違和感を自覚した。

 用立ててもらった服と交互に着ていた母が縫ってくれた一張羅。

 それを着ていざ早朝訓練をと、セントラルの街並みが静けさに包まれている中、出かけようとして気がついてしまったのである。

 

 「う、動き、にくい……?」

 

 ここまで旅を共にしてきた大事な一張羅は母がリットに合うようにと縫ってくれたものである。

 これまで一度も動きにくいなどと感じたことはない。

 

 「クララが用意してくれたものが動きやすいから──」

 

 でしょうか、と続きそうな自分の声を自分の感覚が否定する。

 動きやすいものと比較して動きにくいのではない、これは動きを制限している。

 ……バカな……

 そんなバカな。

 ありえない、何かの間違い。そう寝起きだからだ。

 リットは少々足早に店を出て、いつもの訓練場所に向かう。

 点々と見える人影がいつもは気にならないのに少し気になった。

 一呼吸いれ、精神に落ち着きを取り戻し、さぁと基礎を繰り返そうとして動きが止まる。

 

 「……バカな」

 

 動きにくい。

 実際に身体を動かしてどこかつっかかるような、自分の身体がまるで一回り大きいような、そんな拘束にも似た感覚が気にかかる。

 わなわなとすこし震える指先は日が昇り切っていないから寒い、と言うだけではなかった。

 

 ぷに。

 

 「ひぃ」

 

 リットにしては珍しい、怯えのまじった声が漏れ出した。

 快適に着こなしていた服が着れなくなる理由に心当たりが一つあった。

 

 ──今日は拙の奢りですにゃん!

 ──まぁリットさん、こちらも美味しいですわよ。

 ──あれ、リットこれ食べたことないの? じゃああげるよ。美味しいでしょ? ねー。

 

 自分に食事を勧めてくれる仲間たちの姿が瞬時に脳裏に立ち上がる。

 思い浮かぶシーンは数多い。ミオンは何かあれば食事を奢ってくれるし、クララは自分の食べたもので美味しいものがあればよくあーんと食べさせてくれる、ソフィアは知らない食べ物をよくおしえてくれた。

 結果、一日に食べる食事量は何リット分になるのか。

 

 「お、美味しいのが、美味しいのがいけない……!」

 

 セントラルの食事は何でも美味しかった。

 『鴉の寝床亭』でのマスターの料理が特別美味しいのもそうだが、露店なりなんなりで売っている物一つとってもいちいち目を見開く美味しさだった。

 以前のリットの暮らしでは考えられないほど豊富な美味の数々が当たり前に存在している。豊かさが生んだ豊富な調理の数々が日々リットを盛っていたのだ。

 

 「……このままいけば、着れなくなります」

 

 愕然としながらも基礎の訓練を終え、ほどよく腹を空かせながらリットはその空腹を戒めるように二の腕をつねりながら歩いていた。

 もうじき朝食だと思えばお腹はどんどんすいていく。そして美味しい食事で満たされた身体は日を増すごとに膨れ上がり、いずれは着れなくなるだろう。

 ……母様の縫ってくれたこの服が着れないなんて、許されません……

 つねった指により力をこめる。ぷにぃと柔肉が圧迫されて痛みを訴えてくるのが腹立たしかった。

 自然と俯く視線の先に、自分の踏み出した足先が左右交互にとびこんでくる。

 

 (旅の道中は当たり前のように歩き続ける日々でした……)

 

 クララのように移動手段が鉄道馬車だったわけではない。厳しい山をこえてリットはやってきた。

 その旅の運動量に比べて今はどうだろうか? 

 比較すれば雲泥の差になるだろうそれを二の腕に感じ、唇を噛みながらセントラルの道をすすんでいた時だった。

 

 「? ここ、は──」

 

 ──こんにちは。入会希望の子でいいのかな?

 ──冷やかしなら……ちょっと、大丈夫?

 唐突に道が途切れた、切り替わったように石畳から柔かな絨毯を踏みしめた。

 そうして迷い込んだ先が『ウィトレ』の入り口であった。

 双子の男女の受付に迎え入れられ、促されるままに話してみると、服が着れないかもしれないという話なら是非ここで、と妙に説得力のある言葉に頷いてしまう。

 そうしてリットは会員になり、日々の合間をぬって通うことになった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 そうして約半月が経った。

 リットは清々しい思いで『ウィトレ』をあとにして帰路についていた。

 ……身体が軽い……

 まるで羽でも生えたよう、とは言いすぎだとわかっていても軽い足取りは気分の良さを隠せない。

 腕を少し大きく、大袈裟に振って歩く。なにも違和感がない。

 踏み出した足を起点にくるりと回転して宙に舞い、三回転ほど決めてから足音をたてずに着地する。なにも引っかからない。

 確かめた違和感の無さに確信を持つ。

 ボディメイク成功や! と『ウィトレ』の店員が褒めてくれた気がした。

 いや、気がしたもなにも先ほど祝ってくれたのだが。

 

 「ありがとうございます。皆さん」

 

 最後まで支えてくれた人たちに感謝を伝えて去っていたリットは、なんとなくだがもう二度とあそこへ行けないような気がしていた。

 そもそもいつもどうやって『ウィトレ』に通っていたのかさえ分からない。

 気がついたらそこに入っていたという認識だった。

 

 「よし」

 

 『鴉の寝床亭』の入り口の前で、ぱちんと両頬を叩いてリットは覚悟を決める。

 この半月のトレーニングの日々を決して無駄にしないと心してこれから生きるのだ。

 

 「ただいま戻りました」

 

 もう夕食時だ。

 宿の中に入れば美味しそうな匂いが鼻から入り込んで胃袋を鷲掴みにする。

 しかし、ぐっとリットは我慢する。

 見事お腹はならなかった。

 よし、と自らの自制心に満足してリットはソフィアが手招きしているテーブルへ向かった。

 

 「お帰り。最近ずっとやってるけど、そんなにいいの?」

 「ええ。とても」

 

 ソフィアとクララにはいい鍛錬の場所が見つかったのだと説明しているからか、ソフィアが興味を隠すことなく尋ねてくる。

 

 「そんなにかー、ボクも行こうかなぁ、紹介してもらえる?」

 「ソフィアが行く必要あるのですか?」

 「いい練習になるんでしょ?」

 

 同性のリットからみても目を奪われるほど美しいソフィアが、その美貌に可愛げを浮かべてせがんでくる。友人の頼みであればむげにはしたくないので、少々無礼ながらもソフィアの腕をつまんでみる。

 

 「……」

 「な、なに? リット」

 

 半月前にリットの指先にあったあの憎たらしい柔かさなどみじんもない。

 あるのは手触りのいい、女らしい可愛げのある柔らかさだ。

 

 「紹介できません。ソフィア」

 

 何でさ──! と驚くソフィアをすこし恨めし気にリットは眺めていた。

 

 

 

おわり

 

 




十七を「じゅうなな」ってリットに言わせてみたかっただけです。

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