シルヴァ家の忌み子は王になりたい 作:G.S.C
クローバー王国の王族は物心ついてすぐに魔力の資質を検査される。
魔力量と魔法属性。
魔法が全てのこの国において、この2つは最も重要なステータスと言っていいだろう。
そして検査の結果、私の魔力量は平均的な王族の1000分の1程度しかないことが判明した。
これは恵外界に住む下民と比べてもはるかに少ない魔力量だ。
魔法属性もどこでも見られるようなありふれた属性。
当然の如く、私は落ちこぼれの烙印を下されることとなった。
シルヴァ家の忌み子——ジゼル・シルヴァ。
王族シルヴァ家の恥。
大鷲を堕とした忌み深き悪魔。
検査が終わって、そのような噂はますます広がるばかりだった。
シルヴァ家もそのことを否定せず、私を庇い立てることはなかった。
むしろ彼らは率先して私を爪弾き者として扱った。
シルヴァ家の血筋の証たる銀髪も目立たないようにとばっさりと短く切られた。
この家にとって私は恥部以上に汚点であった。
そんな私が自分の家族でさえも疎ましく思うのもごく自然なことだろう。
『鋼鉄の戦姫と呼ばれた女が命を賭けて生き永らえさせたのが……よりにもよって下民にも劣る搾り
父とはそれから一度も目を合わせていない。
『オマエみたいな出来損ない、兄妹とは認めねぇからなァ〜〜〜!』
次兄はゴミを見る目でそう言った。
『アンタのせいでお母様は死んだ……! アンタなんか生まれてこなければよかったのに』
長姉にとっての私は親の仇だった。
『…………』
長兄とは会話すらしたことがない。
どいつもこいつも嫌いだ。
大嫌いだ。
吐き気を催す屑ばかり。
中でも私が1番嫌いなのは、双子の姉のノエル・シルヴァ。
あの女はあろうことか——
『ジゼル……大丈夫? 安心しなさい、お姉ちゃんはずっとアナタの味方だから!』
あろうことか、アイツはこの私を
度し難い侮辱である。
自分も魔力のコントロールができない落ちこぼれと揶揄されているにも関わらず、この私に手を差し伸べるなど!
それでは私はなんだというのだ。
まるで落ちこぼれ未満の惨めな存在のようではないか……!
誰も彼も大嫌いだ。
私だって王族だぞ!
本来なら
嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ!
腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ!
何よりも……そんな
心の底から大嫌いだ!!!
……そうして鬱屈した毎日を過ごしていた、6歳のある日のこと。
その日は年に一度の星果祭の日であった。
魔法騎士団の功績発表の式典。
今年は更に新しい魔法帝もこの場で挨拶をするのだとか。
私も王族として参列したが、その表彰台を暗い瞳でぼんやりと見上げているだけだった。
無気力だった。
これ以上、華々しい何かを見上げるのには疲れきっていたから。
気付くと、いつの間にか表彰は終わっていた。
そして団長達が退き、1人の男が登壇した。
「やあ、先代魔法帝コンラート・レトに代わり新しく第28代魔法帝に就任した。
——元〝灰色の幻鹿〟団長のユリウス・ノヴァクロノだ」
私は目を奪われた。
初めて目の当たりにしたその男は『魔法帝』。
王国最強。
軍事において国王と同等の権限を持つクローバー王国の剣にして盾。
圧倒的な強さとカリスマが彼にはあった。
はっきりと感じ取れた。
強きにして孤高の存在。
あれこそがこの国の頂点であると。
彼から目が離せない。
壇上の男は輝いて見えた。
広場の誰もが新しい魔法帝に釘付けだった。
そして私の胸には様々な感情が渦巻いていた。
それは憧憬であり、羨望であり、嫉妬であり、渇望であった。
それらがない混ぜになった後、一つになって残ったのは『欲しい』という感想だけだった。
欲しい。欲しい。
あの立場が欲しい。
王族も、貴族も、平民も、下民も関係ない。
全てを見下ろす孤高にして最強の頂点。
私は思った。
その〝魔法帝〟という椅子は私にこそ相応しい。
あの高みからこの国の全てを見下ろすことができたなら……きっと。
——きっと、最ッッッ高に気持ちいいだろうと。
———
あの星果祭の日から9年の時が過ぎた。
15歳になり、私も自分の
シルヴァ家の屋敷に戻るのは久しぶりだった。
あの日からずっと自分の魔法の探究に掛かりきりで、遠出をして帰ってきていなかったから。
ほとんど勘当同然の扱いだったこともあり、連絡等もほとんどしなかった。
最後に屋敷に訪れたのは2年前、ハート王国に留学する際に身なりを整えるため立ち寄ったとき以来だ。
留学とは名ばかりの追放のようなものだったが、おかげで
屋敷の使用人どもは久しぶりに私の姿を見て驚きを露わにし、そしてすぐ嫌悪と侮蔑の表情を向けた。
シルヴァの忌み子がまだ生き永らえていたのかと。
相も変わらず醜悪な性質の愚物ばかりで吐き気を催す。
だが昔ほどの劣等感は感じない。
私はこの9年間、死ぬ気で生きて強くなった。
強さは私に揺るがない『自信』をもたらした。
魔法騎士にとって最も大事なものは強大な魔力量でも希少な魔法属性でもない。
魔法は自身がイメージできる範囲で世界の理に干渉する力だ。
ゆえに、天上天下我に敵う者なしと断じられる
無敵の
片腹痛いとはこのことだ。
「ジゼル!」
足を止める。
屋敷の廊下で私を呼び止めたのは長兄のノゼルだった。
「お声をかけていただくのは初めてになりますね、ノゼル兄様。私に何かご用でしょうか」
「……
「当然です。この国の人間であれば確認するまでもないことでは?」
「ならん。オマエのような者の出席は断じて認められない」
兄は冷たくそう言った。
初めての会話がこの有り様とは、やはり度し難い家庭だと自嘲した。
「それは私に掛けられた呪いのせいですか?」
「そうだ。『
式典を荒らすことは許されない。どうせオマエの魔力量では大した魔法など覚えられん。そもそも覚える前に死ぬ。であれば無駄な迷惑を我々にかけさせるな。忌み子とはいえ王族は王族だ。処理には多くの手間がかかる。シルヴァ家の風評もより悪くなる。
屋敷の隅でひっそりと命を終えるのが誰にとっても有益だ。何も成せないオマエは、何もするな」
兄はそう
常に言葉少ない冷徹な男としては、らしくない態度だ。
彼がこのような態度を取る理由には察しがつく。
「
「……」
「不器用ですね、最初からそう言えばいいのに。だからノエル姉様ともあんな風に拗れるんですよ」
このノゼル・シルヴァという男は冷たい見た目と言動に対して情に厚くて責任感が人一倍強い性質なのだとか。
私に呪いのことを教えてくれたドロシー様はそう言っていらした。
私との関わりをできるだけ避け、冷たい態度を取るのは自分の弱さが原因となったあの事件のことを悔いているからなのだと。
彼は彼なりに気を遣っているだけなのだと。
あり得ないほど不器用なだけで、本当は誰よりも家族を愛している人なのだと。
……本当に、馬鹿らしい。
「お気遣い痛み入りますが、なんと言われようとも授与式には出ます」
「なぜだ。出ればオマエは間違いなく死ぬというのに」
「だってあの程度の呪い、
「なん……だと……?」
初めて兄の顔が驚愕で歪んだ。
痛快だった。
あの澄まし顔をいつか思いきり崩してやりたいと楽しみにしていたから。
「……いや、ありえん。王国のあらゆる呪いに精通している魔法騎士でさえも解呪できなかった不治の呪いだ。それを克服するなど……」
「ありえない、と。お言葉ですがノゼル兄様。ありえないという言葉は物事に死ぬ気で取り組まなかった弱者の戯れ言です。
私は強くなった。冥府の悪魔だか何だか知りませんが、片手間にかけた呪い程度に命を握られるほど私の命は安くない」
私はそう言って兄に詰め寄った。
兄は背が高い。
見上げなければ睨みつけられないというのはたいそう不愉快だ。
だが、言いたいことは言わせてもらう。
「5年以内に魔法帝になります」
「なに……」
「魔法帝になって、私は私の最強を証明する」
最強にして孤高の魔法帝。
絶対的な血筋と王権。
2つを備えた真なるクローバー王国の王になる。
夢ではない。
あくまでこれは確定している予定に過ぎない。
これは私が死ぬ気で突き進むための、己に課した誓約だ。
「魔法帝になって、王権を手にする。クローバー王国の頂点に私が立つ。
ノゼル兄様。全ての元凶のくせに自分の罪にも立ち向かえず、逃げてばかりいる臆病者の弱い団長
目を見開く兄を押し退けながら私は宣言する。
「首を洗って待っていなさい! 私を見下してたヤツ全員
———
待ちに待った
王貴界にある
ちなみに出席に反対する家の者共は全員魔法で昏倒させて無理矢理参加しに来た。
バレないようにやったので問題はないはずだ。多分。
会場にいる他の貴族達は私の顔をほとんど覚えていないらしく、気付かれることはなかった。
まぁ、一部のヤツは気付いているっぽいけど。
「……」
「……」
いま私の隣にいるノエルもその一人だ。
ノエルとは彼女が私に差し伸べた手を振り払った時から会話らしい会話をしていない。
それゆえ隣り合っていてもお互い口を開くことはない。
私は会話をする気はないし、ノエルもきっと私と会話などしたくもないだろう。
私がわざわざこいつの隣に居てやっているのは余計なことを口走らないよう監視するためだ。
久しぶりに顔を見ようと思って近づいたらバレたわけではない。断じて。
沈黙が場を支配する中、
『この王貴界からは代々多くの王侯貴族が魔法騎士団に入り華々しい実績を挙げている。現在の魔法騎士団団長のほとんどが王族と貴族であることから諸君らには周知の事実であろう。
諸君らはこのクローバー王国そのものである。君達の未来の栄光を心待ちにしていよう。
それでは——
塔主の宣言により、壁一面の本棚から大量の
「これが私の
私の手元に降りてきた
しかもページが既に全部埋まってしまっている。
魔力が少ない私の魔法の将来性は少なく、限界まで鍛え上げた魔法の技術によってこれ以上の発展も望めないということだ。
残念ではあるものの、しかし予想の範疇だ。
既に限界に達してしまっているだと?
上等ではないか。
限界に至って成長できないというのであれば、更に限界を超えて成長すれば良いだけのこと。
私にとっては息をするのと同じぐらい自然なことだ。
むしろこれぐらい追い詰められた方が燃えるというもの。
チラリ、と横目にノエルを見る。
ノエルの魔導書も私ほどではないにせよ、とても王族とは思えないほどお粗末なページ数だ。
本人の顔も明らかに落胆を隠せていない。
「あの頃から何も変わっていませんね」
「っ! ジゼル……」
「口だけの強がりで
「ジゼ、ル……」
私の口撃にノエルはすっかり萎縮してしまっている。
情けない。
王族のくせに負け癖が付きすぎている。
やはり魔力ばっか多いヤツはダメだな。
「底辺で足踏みしてるだけで満足なら、今後二度と私の前に顔を出さないでください。
私は最速最短で魔法帝になり、この国の頂点に立つ。
着いて来れない弱虫はさっさと置いて行くので、ノロマな愚図はせいぜいそこで這いつくばって見上げていることです。
……それでは、失礼しますね。お姉様?」
軟弱者に用はない。
この程度の嫌味で心が折れるならそこまでの女だ。
泥に塗れているのがお似合いである。
しかし泥に塗れてなお、這いつくばりながら私の足を引っ張る根性があるのなら。
その時は。
「踏み潰してやる、ノエル……!」
完膚なきまで叩きのめしてやるだけだ。