もし君が作品のキャラクターに成り代われるなら、誰になりたいだろうか?成り代われるなら、だ。少し難しいかもしれないが。例えばバトル漫画の主人公。例えば探偵小説の助手。ファンタジーによくいる人外でも良いかもしれない。なんにせよ、自分が望んだものなら、きっと楽しいだろう。
「でさあ、その時のその子の顔がさ……」
さて、なぜそんなことを言うのかと言えば。端的に言うなら、望んだ者になれた人への嫉妬である。……いるのかは知らないが。そしてなぜ嫉妬しているのかと言えば、別になりたいとはあまり思わないキャラクターになってしまったからで。そしてそのキャラの出る作品が、私にとってはなかなかに過酷な世界だからだ。
その世界は銃が一般流通していて、しかもなぜかみんなの耐久力が高くて、それ故に喧嘩如きで銃を抜くような輩ばかりで、何故か生徒が学校やその周辺の運営をしていて、大人は悪辣な奴ばかりで、おまけに追加で魔法のような力があって、それのせいなのか世界の危機レベルの出来事が多くて……とにかく、ろくなところでは無いことを分かってもらえれば、今はそれで良い。
「ちょっと〜、聞いてる?」
ただ、それだけならまだいい。別に陰鬱な物語ばかりではなく、シリアスに関わらない人もいた。そういうゲームだった。…………遠回しな言い方が少しだけ本物に似てきた気がする。
そう、私が成り代わったキャラはガッツリシリアスに関わるし、なんならなかなかに酷い目に会うのだ。しかも、一部は今目の前にいる友人の手によってだったりする。
「ねえ!ちゃんと聞いてよセイアちゃん!」
「……ああ、すまない。寝てた」
「えー……」
それが私、百合園セイアというキャラクターである。
……誰か助けてくれ……
「なんか、いつにも増して気だるげじゃん?なんかあったの?」
と軽いノリで話すのは聖園ミカ。美少女と呼んで差し支えないが、頭が少し残念である。とんでもない怪力の持ち主で、壁をぶっ壊して戦闘に合流する描写もあった。そして、私にちょっかいをかける犯人の一人である。
「ミカさん、呑気なのはあなただけですよ。ただでさえ治安が悪化しているのです、普通なら気が滅入ります」
それを諌めるのは桐藤ナギサ。こちらも同じく美少女。ミカと違って頭がいい。ミカと違って。ロールケーキをぶち込むのが趣味だ。おそらく。この子も割と散々な目にあうが、命の危機までには至っていないので私の勝ちだ。まあそんなわけないが。というか、勝ち負けの問題ではない。
「まあ、そんな所だね。どうやら連邦生徒会長が失踪したらしいじゃないか。面倒ごとの後始末の量に沈んでいたというわけさ」
「へー。なんか予知夢で分かったりした?」
そして私、百合園セイア。自画自賛じみてしまうが美少女だ。すまない。二人より体が弱いがその代わりに予知夢という特殊な力がある。しかし予知の結果を変えることはできず、それ故に自分や周りの人間が不幸になる予知を見て諦めモードに入ってしまう……というのが本物のセイアだ。
が、私はそれを無しにしてもこの物語の流れを大体知っているのであまり意味がない。というか変えられないと本人が思っているだけで普通に未来は変えられるので、割とガバガバな予知夢を見せてくるこの能力をうざったく思っているのが現状だ。ちなみに、本人の病弱さは精神的なものもあったのか、私はもやしなだけでそれなりに健康である。
「ああ。どうやら、外から後釜が来るらしいよ。それも大人のね。大きな変数だ」
「外から……ですか?連邦生徒会長は一体……せめて条約の引き継ぎをしてくださっていればいいのですが」
「大変だねえ二人とも。頑張ってね、応援してるから☆」
「ミカさん?」
「だって私難しいことわかんないし〜」
私ら三人は学校のトップ、そのため前述の通り学校の運営をしていかなければならない。優雅に茶をしばいている暇はあまり無いのだ。特に最近は条約の件で忙しいわけだし。
エデン条約と呼ばれるそれは、私たちトリニティと呼ばれる学園と仲の悪いゲヘナ学園との間で交わされる相互不可侵条約のようなものだ。簡単に言うなら、仲良くしましょうということ。ミカはゲヘナの生徒が嫌いなのか反対しているが。それも無理のない。両校の因縁は深いのだ。
そしてその仲介を行なっていたのが、件の連邦生徒会長。テキパキと動き仔細を固めていくその様は、異名の通り超人に見えた。まあ失踪して知る限り再登場の見込みもないが。
そんな人物の後釜。端的に言うなら、この物語の主人公。その大人が組織に就任することで、話が始まるのだ。そしてそれは、私が酷い目に会うカウントダウンが迫っているということである。気だるげにもなるさ。
「ねえねえ、その大人の人って男の人?イケメン?」
「ミカさん……はしたないですよ」
「君というやつは……そこまでは見えていないから分からないが」
「なんだ、つまんないのー」
主人公はプレイヤーだから人による、なんてことは言えない。適当に誤魔化しておく。予知夢の不安定さは、しかしこういう時には助かる。大分もったいない使い方だとは思うが、流れを知っているせいでほぼ宝の持ち腐れなのは確定しているので許してほしい。
就任を経てアビドス、ミレニアム、そしてトリニティへと、主人公は渡り歩いていく。そして立ちはだかる問題を解決して見せ、私たち生徒に道を示すのだ。かくあれかしと。先に生きるものとして、見本を見せるのだ。そうあれかしと。
ともかく、これから始まるのだ。忌まわしくて、苦しくて、相手を疑うようで、それでいてただただ後味が悪い。そんな物語を、打ち壊すための物語。立ち向かい、勝ち取り、最後には笑えるような。そんな素敵な、青春の物語。
痛みを伴うそれは、演者には辛いものだ。それが死にかけるものなら尚更。それでも、糸は繋がっていなくとも、演じ切らなければならない。それが百合園セイアに課せられた役目なのだから。
「セイアちゃんは、知れてしまうことをどう思いますか?」
ざあざあ雨の降る中でも、茶をしばくのは変わらない。湿度の高い建物の中、私ら二人は机に茶菓子を揃えだべりあっていた。
久々に会った目の前の子は浦和ハナコ。まごうことなき天才で、ティーパーティ──学園の運営側──になることを周囲から期待されている。本人は嫌がっているが。期待は時に毒になるものだ。相当参っているようで、彼女の顔はひどく暗い。
知れてしまうこと。彼女にとっては頭の良さによって何でも分かってしまうことだろう。例えば、周囲がその能力しか見ていないことだったり。理解者がいないのは辛いことだ。孤独に苦しみ、最後は壊れる。ソースは私だ。
「正直、退屈だね」
そして私にとっては予知夢──とそれに見せかけた知識。大きく見ても小さく見ても、これから起きることが分かってしまう。口に出した通り、つまらないと感じる。これが制御できるなら、また話は違うのだが。
「これは昔の話なんだが……映画を見ようと思ったんだ。意外と楽しみにしていてね。明日に備えて早く寝ようなんて考えるほどには、心が舞い上がっていたんだ。………………あとはお察しの通りさ。しかも一番盛り上がる所だけ見せてきたんだよ。殺意が芽生えたよね」
「そ、そんなことが……」
ハナコはそれを聞いて困惑しながらも……想像してしまったのか嫌そうな顔をする。流石にいつも起こるわけではないが、それにしたってあの出来事はトラウマだ。久々に枕を濡らしたほどなわけだし。
「まあ、それもどうしようもないさ」
「そういう運命だから、ですか?」
「ああ」
私はよく、運命という言葉を使うらしい。定まった道筋。既定路線。予知とは違う、変えてはいけないものだと、私は考えている。割り切っていると言う方が正しいのかもしれないが。私は中途半端なのだ。
「私や君がトリニティに入ったのも運命で、散々な目にあって来たのも運命。そしてこれから起こることも運命だよ」
「セイアちゃんと話すと、余計に気分が下がりそうです……」
「元がネガティブだからね。すまないが、あまり期待しないでくれ」
悪いとは思うが、どうしても後ろ向きに考えることが多い。負け犬根性とはあまり言いたくないが、それが染みついているのも事実で。変なところばかり本物に似るものだ。そしてそんな私では、ハナコに気の利いた言葉をかけることも難しい。
「……セイアちゃん。何か、起こるんですね」
最近は輪をかけて暗いですから。そう続けるハナコには、心配の顔が見て取れる。知らなくてもいいことを、それでも知ろうとしてしまうのは、ハナコの悪い癖だ。しかし、私はそんなに顔に出やすいのだろうか。政治には向いていないな。
「……大丈夫さ。君には……まあ、関係あるかもしれないな」
近々、私は襲撃され死んだことになる。原因はだいたいミカのせいともいえるし、この面倒な能力のせいともいえる。実際に死ぬわけではないが、そのせいで私はしばらく表には出られなくなってしまう。私が生きていることが知られるとまずいのは言わずもがな。時が来るまでは動いてはいけない役回りなのだ。なんとも面倒だな。
「私も、巻き込まれるんですね」
「心配はしないでいい。悪いようにはならないさ」
私が死んだことになり、ミカは条約にあまり興味があるわけでもなく。それにより独りになったナギサが暴走してしまい、目の前のハナコを含む補習授業部を巻き込んだ物語が展開されていく、というのが前半の流れ。困難が立ちはだかるが、この子たちならうまくやれるだろう。ナギサの負担が大きいことは申し訳なく思う。
「セイアちゃんは、諦めているんですね」
「そうだね」
諦めと言えばそうだ。本人と方向が違うだけで、その言葉が当てはまる。なにもしていないのだから。
「ひどい人です」
「私が善人に見えるかい?」
そう、子を叱るような顔でハナコは言う。だが目の前の子を救おうとしない時点でお察しだろう。褒められた人間でないのは、自分が一番分かっているのだ。私は、そういう人間だ。
「とにかく。今言えることは……そうだ。やるなら、なるべく夜にね。何事も段階を踏むことが大事だ」
「…………」
顔を赤らめてジト目をそらされてしまった。すでに計画はしていたらしい。
月が映える夜。仕事を終えた私は、セーフハウスで睡眠をとることにした。しんと静まり返った室内で、緑茶を飲みながら準備をする。実は紅茶より緑茶の方が好きなのだが、いつも用意してくれるナギサには言っていない。申し訳ないのだ。ただ、ロールケーキは好きである。
「……そろそろだろうか」
さて、準備とは何かと言えば、死んだふりをする準備だ。予知夢によれば、おそらく今日起こる出来事。月の欠け具合を見るにそうだろう。
物語内では詳細は描写されていなかったため、私も細かいことを知っているわけではないのだが、とりあえず思いついたことを片端からやっているのだ。血の代わりを用意したり、重要な書類は金庫に置いておいたり。あとは、ふーみん(シマエナガ)を避難させたり。
コンコン
思案していると、ドアが二回ノックされる。入るよう促せば、ガスマスクを着けた、明らかな不審者が一人。白洲アズサが、影から姿を現した。
「ああ、待っていたよ。席も用意したんだ、お茶でもどうかな?」
「…………いらない」
「そうか……」
アリウス、という学校がある。およそ学校と呼べるような状態ではないが、便宜上そう呼ぶとしてだ。その学校はかつて我らトリニティによって排斥され、歴史の陰に葬られた者たちの末裔であり、エデン条約を取り巻く物語で登場する陣営の一つである。目的は条約を乗っ取ること。黒幕のそれとは少し違うが。
聖園ミカは彼女らと和解したいと願い、しかしその思いを利用されてしまう。まあ、私を襲撃する命令を出したのは彼女自身なのだが。小言ばかりの私を嫌うのは分かるが、少し脳筋が過ぎるね。ともかく病院送りにでもできればいいと考えているのだろうが、しかし聞くことになるのは死亡の連絡だ。
私を殺してしまったと勘違いしたミカは、止まれなくなった末にいろいろあって暴走し。最後の最後、黒幕を倒しに行く際のお邪魔キャラとして出てくるわけだ。……トップの三分の二が暴走しているじゃないか。君たち仲いいね。幼馴染というのもうなずけるよ。
ともかく、私の予知夢は悪だくみをする黒幕にとっては邪魔なことこの上ないのだ。陰でコソコソしているのが筒抜けかもしれないのだからね。だからといって襲撃を仕掛けるのは愚策だと思わないでもないが。そう来ることを私が知らないとも限らないし、もし徹底抗戦の姿勢を見せたらどうするのだろう。それでも襲ってくるのは、御しきれるという傲慢さ故なのか。
そして襲撃の下手人に選ばれたのが目の前の不審者。トリニティに最近転校してきたアリウスのスパイこと白洲アズサというわけである。
「……どうして?」
銃口を向けて、アズサがそう言う。何故逃げなかったのか。何故抵抗しないのか。そんなところだろうか。
「それが一番いいと信じているからさ。ああ、言っておくが君は真似するなよ。馬鹿のやる事だから」
ガスマスクをしているので見えるわけではないが、怪訝な表情をしているのを感じる。だがそれもすぐに飲み込んで、アズサは話し始めた。
「知ってると思うけど、私は聖園ミカから百合園セイア──貴方を襲撃するように言われた。そしてマダムはそれを利用して、貴方を殺すように私に命じた」
「ああ」
「……でも、私はそれには従わない。それは間違っているって、そう思うから」
少し籠った声で、しかし力強く、決意を表明する。ガラス越しに見えた瞳には、光が宿っていた。それでも腕が震えているのは、誰かに聞いて欲しかったからだろうか。まあ、それくらいは良いだろう。
「ああ。そうだな。大丈夫、君は間違ってないさ。そのまま進むと良い。そうすれば、最後は大団円さ」
「…………」
やはり怪訝な顔をされている気がする。私の言葉は、そんなにも胡散臭いだろうか。……胡散臭いかもしれないな。
死を偽装するために、この部屋を爆破するという旨の説明を受ける。私を回収する人にはアテがあることを話し、時間を少しでも多く確保するため先に血の代わりをベッドに塗っておくことにした。
「ケチャップは用意してあるが、使うかい?」
「いや、血糊は用意してある。ここに……少し少ないか」
「じゃあ混ぜるかい?」
「そうしよう」
そんな物騒なんだかほのぼのなんだか分からない会話をしながら、二人で作業を進める。慣れていない私と違って、アズサはテキパキと爆弾をベッドに敷き詰め、ケチャップと血糊を混ぜたものをだばだばとかけていく。
……多くないだろうか。そんなに血を流していたら普通に死んでいそうなものではと尋ねると、爆発である程度焼失する分のことも考慮していたらしい。なるほど、やはりそういう類のプロらしい。素直に感心した。……爆弾の量を減らせばいいのではという疑問は心に仕舞っておく。
「これでいい。少し離れていてくれ」
「ああ」
準備を終え、言われるがまま部屋の隅に縮こまる。瞬間、耳をつんざく爆音と共に衝撃が体を襲う。しばらくすれば、カラカラという音と共に小石が頭に降ってきた。肌寒さに目を開ければ、随分と外の景色が見やすくなっている。ぽけっとつっ立っていれば、倒れたタンスからアズサがぬるっと現れた。
「任務完了、帰投する。……百合園セイア、本当にいいのか?」
「ああ。ミネ……救護騎士団の団長が来ることになっている。心配はいらないさ」
「そうか。……私が言えることではないと思うけど、無事で」
そういった後、アズサは窓だった所から飛び去って行った。無事、か。襲撃の相手に心配をされるというのは、なんだか複雑な気分だ。
「……なんとまあ……」
目線を再び外に向ける。私の心と違い、夜空は澄んでいた。風通しの良くなった部屋の真ん中で、爆発の衝撃で折れかけたペンを手のひらで転がしながら、先ほどアズサが這い出てきたタンスに腰掛け、星空を眺める。
エデン条約の物語が本格的に始まるのは夏前からだ。私の出番があるのはもっと先、秋ごろ。死にかけるのもそのころだ。そして今はまだ四月。その間私がすることと言えば、生きてるのがバレないようにしつつ不貞寝をすることと主人公に夢を介してちょっかいをかけることくらい。身も蓋もないことを言ってしまえば暇なのだ。宿題はさっさとやっておくタイプである私は、だんだんと迫る命日(死にはしない)に怯えながら過ごさないといけないわけだ。大きく、ため息を一つ吐く。生まれてこの方ろくなことがない。そんな気分だった。
私は。この力が、この知識が、嫌いだ。
ド オ ン
その時、再び轟音が響く。驚いて振り向けば、入り口のドアが粉砕されていた。煙の中から、影が浮かび上がる。ミネは一度決めたら突っ走るきらいがある。急いできてくれたのだろうが、なにも粉々にすることは無いじゃないか。影が部屋の中に入って来て、輪郭がはっきりしていく。
「随分と派手な入室だな、ミ──」
「……良かった、生きてるね」
「…………カ!?」
……あれ???
「え?なん……え?」
「無事?ケガしてない?」
「…………はぁ?」
「うわ、初めて見る顔してる……」
いきなり現れ、少し安堵したかのような顔をしながら無事を聞いてくる計画犯。私は一体どんな顔をしているのだろう。困惑と呆れと恐怖がごっちゃになったものがそのまま出ているかもしれない。なんせ、イレギュラーが過ぎる。今ここにミカが来たということは、私の運命が狂うことが確定したということなのだから。
「なんで、君がいるんだい、ミカ。徹夜は嫌いなんじゃなかったかい?」
「……こっちのセリフだよ、セイアちゃん。さっさと逃げればよかったのに。……こうなるんだから」
そう言って、ミカは自身の銃を私に向けた。
静寂が場を支配する。汗が頬を伝うのがはっきりとわかるほどに、私の感覚は冷えていた。
「分かってるんでしょ?襲撃を指示したのが誰なのか」
「ああ」
ミカの顔が歪む。あれは、理解できないものを見る目だ。アリウスとの和解の話を私にあしらわれた時と、同じ目だ。
「けど、私が来るのは分からなかったんだ?」
「そうだな。不便なものだよ、予知というのは。未来を見せてくる割に断片的で……しかも不確定だ」
銃口が額にくっつく。鉄の冷たさを感じたが、呑気なことに、この状況でも私の頭は回っていた。
まだ、リカバリーが効く。ミカに私を撃たせて、その後ミネに回収してもらえば、物語との差を限りなく埋められるはずだ。ミカに対する私の死の偽装は、別に必須級のものではないはず。前半の壁が大きくなる可能性はあるが、この程度ならば修正可能だ。
「……爆弾を使ってまでやれなんて指示はしてない、コレは誓うよ。でも、セイアちゃんは邪魔だから……少し怪我してもらう」
「知ってるさ。アズサも言っていた」
ミカの顔がさらに歪む。ただ、怒りの表情ではなかった。銃口をより強く押し付けられる。まったく、跡がついたらどうするんだ。
「……こんなことする子が、和解を語るなんて。滑稽じゃない?」
目の前の少女は、後悔しているような、迷っているような。そんな顔をしていた。最近こういったのが多いように感じる。そういうのは教会にでも行ってやってほしいものだ。私は懺悔室のシスターではないのだから。
「そうかもしれないな。……でも最後はまあ、悪くない結果になる。そう悲観するべきでもないだろう」
結局私は、また余計なことを言う。まるで胡散臭い占い師だ。思えば、こうして運命から外れたのも身から出た錆か。余計なことを言いすぎてしまったのだろう。やはり、私は中途半端なのだ。私は──
「……分からない」
「……君なあ」
「じゃあどうしてセイアちゃんはそんな目をしてるの?」
しかしミカは、なおさら分からないというような──憐れんだような目で私を見つめていた。……なんだそれは。目?
「諦めてないけど諦めてる。セイアちゃんは……何を見てるの?」
「…未来だ。私の知る未来。大勢が悩んで、苦しんで、それでも進んだ未来だ」
「変えられるって知っているんでしょ?そのための予知でしょ!?ならなんで足掻かないの!?」
「私の役目が、諦めることだからだ」
「意味わかんないよっ!言い訳じゃんそんなの!見たものよりもっといい結果があるかもしれないでしょ!?」
「悪くなるかもしれないだろう!変えてはいけないことだってある!これが安牌なんだ!」
「でも!!」
そのまま、胸ぐらをつかまれる。私の身体が浮つき、くしゃついたミカの顔が視界いっぱいに広がった。
「そのまま進んだ結果が、セイアちゃんの見た未来より悪くなるかもしれないじゃん」
そんなことは分かっている。だからそうならないように、私なりに努力をしてきたつもりだ。
……本当か?今だって予知から外れたことが起こっているというのに?余計なことを言ったというのに?
みんなが普通に過ごす中、私だけはズレた位相を歩いている。そしてそれを、否定も肯定もせず。
やはり。やはり、私は中途半端なのだ。私は──
「もし。もし、そうなったら……殺してくれたって構わない。私は、
「わかんないよーーっ!!!」
私の言葉を聞いてわなわな震えだしたミカは、頭を抱えて叫び出した。まるで夏休み最終日にひーこら言いながら宿題をやる小学生のよう。何時だと思っているんだ、近所迷惑だぞ。
喚いているのをダメな子を見るような瞳で見ていれば、そのまま衝動的といった様子で私を持ち上げ、空に向かって勢いよく飛び出した。
…………え?
「おいミカ!何やってるんだ!いったい何考えて」
「セイアちゃんがなに言ってるのか分かんないし!なんでそんなに諦めた顔をしてるのかも分からない!だから気に食わないの!!うじうじいじけちゃって、勝手に一抜けなんて許さないから!!」
「は、はぁ!?君そんな小学生みたいなこと言って、自分で計画した私の襲撃をやっぱやめたとかいうんじゃないだろうな!?」
「そーだよ!やっぱやめるの!悪い!?」
「悪いわァ!!」
コレが一体何をしたいのかが全く分からない!いや、ミカも分かっていないのかもしれない。だってバカだから、コレ。そんな考えがバレたのかスピードを上げて屋根上を疾走するバカ。すごいスピードでトリニティを疾走していく。夜風が寒かった。格好のせいかもしれないが。
しかしこれで、私の知っている展開は望めなくなっただろう。ミカが私の無事を知っている。ミネが私を保護し損ねている。何より、ミカのせいでアリウスにまで私が生きていることを勘付かれたかも知れない。それが一番まずい。
……まずいのだが。でもなぜか、そこまで焦る気にはならなかった。あまりにも予想とかけ離れたことをされたせいで、事態を飲み込みきれていないのだろうか。スピードが少し落ちて、風の勢いが弱まった。辺りは静かなもので、ミカの息遣いが聞こえるほどだ。
「……迷ってたの、私。アリウスと和解したいって言う私に散々文句を言ったけど、でも『無理』とか『無駄だ』とかは、貴方は言わなかったから。確かに邪魔ではあったけれど、でも……ここまですることは無かった。ごめん」
「……ミカ」
足は止めず、私を抱いたまま。どこへ行くとも分からない様子で、ミカはまたぽつりぽつりと喋りだす。それには、後悔の色が濃く表れていた。
「もしかしたら、セイアちゃんの思う通りに進んでいた方が、いいのかもしれない。無難な結末になるのかもしれない。でも。私、やっぱり諦めきれないよ。アリウスと和解したいっていうのも…………セイアちゃんと仲良くしたいって言うのも」
「……随分と、おめでたい頭をしているね」
「んぐぅ」
裏切られておきながら、そしてぶん殴っておきながらまだ仲良くしたいとは、なんとまあ阿保の考えだ。脳みそがクルミ程度の大きさしかないのかもしれない。しかし私は珍しく、その言葉をひどく素直に受け止めていた。呆れているだけなのかもしれないが。ミカにも、そして自分にも。とにかく、一周回ったのは間違いないと思う。
「それで。こんな場所まで逃げてきて、君は一体どうしたいんだい?」
ミカの足が止まる。トリニティからはすでに脱した様子で、周りの建物はよく見る現代社会のものになっていた。並び立つビル群の下、歩道に人一人いない中街灯がまばらについているが、それでも薄暗い。降ろされた私は、ミカを見上げて次の言葉を待つ。立った状態だと身長差が顕著に出るものだ。
「足掻くよ、私は。自分が納得いくまで、もう一度。目指すは貴方が見た未来を超えるハッピーエンド!……だからお願いセイアちゃん。これ以上過ちを犯さないために、手伝って欲しいの。……お願い」
彼女は言った。躓いても、それでも進むと。もう一回、正道を行きたいと。私の知識を超えると。だから私を巻き込ませてほしいと。私の目を見て、真剣に。決意が見てとれた。私には眩しい。けれども。
「……どうせもう、私の思い通りなんて無理だ。まさか、君が一番の変数だなんて思わなかったよ……だから」
思えば逃げていた。役に徹することで、言い訳の余地を作っていたのだろう。日和見主義で、自分で動くのが怖かったのだ。未来を変えてしまうことが、怖かった。
「こうなったらヤケだ。精々足掻いて、上振れを狙ってやろうじゃないか」
今でも怖いと思う。でも、崩れてしまったのなら。悔やむ暇はなく、必要もない。今目の前で起こっていることが、大事なことだと思ったから。だからようやく私は、一歩踏み出してみようと思えたのだ。
続きません。ただ、誰かの肥やしになれたらと思います。つまるところ誰か書いてくれということになります。