翼さんが倒れた、幸いにも峠は越えたが今も眠ったままだ。
相手は完全聖遺物を纏った人間だったそうです、人為的にノイズを操れて、シンフォギアより遥かに強い装備を纏って、それでも立花さんを守る為に絶唱を使った結果のバックファイア。
かつて奏さんも同じ絶唱を使って死んだそうだ、けれど翼さんの方が適合率が高く、そしてアームドギアを介した絶唱だったのでどうにか重傷で済んだ……とのこと。
敵の目的は立花さんの拉致、シンフォギアよりも遥かに強い力を持っていながら彼女を拉致する目的はわからない。今回は退ける事が出来た、けれど次に仕掛けて来た時に翼さんが回復出来ていなければ……どうなるかはわからない。
私が、私達がするべき事、しなければならない事……それが今見えてきた。
「司令、訓練を付けてください。敵が人であるなら……ノイズとはまた違う戦い方をしなければなりません。悪意を持った者に立ち向かう為の戦い方を教えてください」
「……いいのか、君は」
「立花さんが狙われた理由は知りません、が同じ装者として私が狙われないという確証もないです。それになにより……誰かを助けるのに理由は必要ですか?」
「いいだろう!響くん共々、特訓だ!」
私も強くならなければならない、残念ながら人の悪意というものを嫌という程信じている。人質、破壊工作、あるいは無差別攻撃。それに巻き込まれて誰かが犠牲になる、それは……。
翼さんが悲しむでしょう、自分が倒れたばかりに救えなかった人が増えるのは。
少しばかり配信はお休み、ですね。
誰が言ったか戦いは苦痛から始まる、痛い想いをして、徹底的にぶちのめされて、何度も悔しい思いをして、それで強くなれると。
まるで格闘漫画やカンフー映画みたいな訓練を立花さんはこなす一方で私はずっと失敗続きだ。
立花さんとの組み手では0勝99敗、簡単に投げられてしまう……どうにか脱力とか小技とかで策を弄するも最大出力というのかパワーバランスが違うんですよ!力押しで負ける!
「凛音くん、ハッキリ言う。君の戦い方には俺の教えはあまりマッチしていない……君にはどちらかというと緒川の教える忍術の方が向いている」
「えっニンジャなんですか緒川さん」
知らんかった……まあ只者ではないとは思っていましたが……。
そして日を改め、翼さんが倒れた事で色々とスケジュールを変更した緒川さんに特訓をしてもらう事になった。
「この目隠しをつけて、この登山道を通って山頂を目指してください」
超スパルタだった。様々な障害物があった、引っ掛かっても痛いだけで大したダメージにならない仕掛けが山ほどあった。休憩できる筈の水飲み場すら罠だった、気配を感じて回避するもそれすらフェイントだった。
時間の経過の不安もまた敵だった、目隠しのせいで今どれぐらい経ったのかとかもなにもわからない。
そもそもちゃんと道なりに進めているかすら不安だった、何度も逸れそうになっては緒川さんに軌道修正してもらっていた。
虫の鳴き声、フクロウの鳴き声から夜が来た事がわかった。
ただ上へ上へと信じて進み続ける。
「到着です、加賀美さん。まさか音を上げる事なくやり遂げるとは僕も思っていませんでした……」
山頂で目隠しを外して最初に見たのは黄金の夜明けでした。
苦労がどうにか報われた、全身擦り傷だらけでもう立ってるのもギリギリでした。
ですがこれ後で降りなきゃなんですよね。
「忍びとは耐え忍ぶ者です、どんな苦難でも必ず未来があると信じて進み続ける。これはどんな事にも言える事ですが最後まで立ち続ける事こそが強さなんです。加賀美さん」
そして特訓最終日、立花さんとの組手の再戦……。
100戦目にして1勝をもぎ取る事ができました、分身とはこうやるんですね……。
「うえーっ!負けたーっ!前より強くなったのに!」
「響くんは搦め手への対策を怠った、それが敗因だな。凛音くんはやはり緒川に任せて正解だったな、どうだった忍びの修行は?」
「とんでもねー忍耐を要求されましたね、あいにく苦行には慣れていたのでどうにかなりましたが多分逆に立花さんが受けてたら心折れてたんじゃないでしょうか」
「そんなにーっ!?」
まさか苦行レトロゲーに助けられるとは思いませんでした……空間把握もですが先読みや分析力、そして咄嗟の場面でのアドリブ……とはいえ。これは立花さんが対策してなかったおかげの勝利……もっと鍛えないといけませんね……でも、もう忍者屋敷探索はこりごりですよ!なんですかあのクソゲーは!
しかし過酷な特訓も今日まで、明日にはどうしてもやらなければならない任務が出来た。
完全聖遺物「デュランダル」の護送、この間の「ネフシュタンの鎧」を纏った者の襲撃などから保管先を変える事を命じられたそうな……。
「で、立花さんは小日向さんに疑われてると」
「うん……どうしても秘密だし、巻き込んだりする訳にはいかないし……」
「そりゃあ……そうでしょうよ……機密ですもんね。とはいえずっと隠し通しは、立花さんの性格じゃ無理ですしねえ」
「どうにかならないかなあ……」
「いっそ司令に言った方がいいですよソレ、かなり親しい相手が心配し続けてるから明かせないかって」
立花さんといえば小日向さん、小日向さんといえば立花さん。それがリディアンでの認識だ、それが最近距離があるとなってみれば好奇心の対象になる。それが小日向さんの疑心を強くするの悪循環。
「リディアンではあんまり関わりがなかったから凛音ちゃんが疑われてるって訳じゃないんだけど、その……浮気してるんじゃないかって疑われてたり……」
「あーうん、そうですね。小日向さんはそういところありそう、はい」
リディアンに限らずだが、友情にしても重すぎる者はそこそこ居ると聞く。
重いのは悪い事じゃないけれど向けられる側にも事情があるのです、翼さんに恋心抱いてても告白して上手く行くとは限らないしそもそも翼さんは他に好きな人がいるかもしれないし、なんなら生涯通して奏さんに操を立てる可能性もウギギ……。
「正直な所、私も友人関係なんてリディアンに来てから出来たようなものですから。それまでネット越しでしか他人と関わる事がありませんでしたし」
「あーSNSとかだよね」
「そうですよ、ネットでの繋がりが基本だったので逆に身近な相手との距離ってどうするのかあんまり知らないのですよ」
「私は逆にネット上でどの程度の距離を取ればいいのかわからないから怖くてやってないや」
わかる、そういう人もいる。距離感バグって引かれる人!立花さんはその辺回避出来てるのエライ……でもそもそも立花さんは……そっか、そういえばあの惨劇の被害者だから……。
今でこそガッツリ消される様になったけれど当時は酷かった。消しても消しても出てくる誹謗中傷……人の悪意というのは底知れないのです。
「まあ悩んだらすぐ相談ですよ、今はそれなりに頼れる大人が近くにいるではないですか」
「……そうだね。そういえば凛音ちゃんはどうして装者に?」
「翼さんのファンだから」
「私もファンだよ、翼さんの」
「普段見れない翼さんが見れる特等席との事で、まあ最初はこうやって戦うのは契約外だったんですけれどね」
正体不明の襲撃者だとか。謎の新人だとかは予定外だった……それに翼さんが傷つくのも。
「極力、私も努力はしますが……攫われないでくださいね立花さん」
「もちろんだよ!翼さんが守ってくれたのを、無駄にはしたくない」
そう、それでいいんです。
護送当日、私は上空警戒担当となった。
当然の結果である、飛べる戦力としてイカロスはこの上ない適任なのだから。
訓練のおかげで長時間の活動が出来る様になって、4機のヘリと共にルート上を移動する。
あらかじめ人払いをして、その上で民間人に被害が出ないルートを通っている。迂遠とは言うが私達の守るべきは人なのだから。
この状況で仕掛けてくるなら、トンネルだろうと司令は予想していた。
だが敵は一歩上を行った、下水管だ。マンホールから噴き出す様にノイズが現れて護送車が一台巻き込まれる。
……人が目の前で死ぬのは、初めてだった。
スローモーションで爆散する車を見て、私は不思議なぐらい冷静だった。
「レーダーリンク、データを送信。ノイズは地下を通って襲撃してきます」
『了解よ凛音ちゃん!』
すぐさまイカロスのセンサーによって地下構造をスキャン、即座に櫻井先生と立花さんが乗る車にデータを送って、次のマンホールへ先回りしてミサイルを撃ち込む、火柱が上がり地下から黒い炭が噴き出す。
『各員へ、ここは加賀美くんに任せて離脱を』
友里さんからの通信で他の護送要員は「邪魔」にならない様に散開して撤退、一際開けた倉庫エリアに向かって「デュランダル」を移動、そこで敵を迎え撃つという事です。
殺気を感じて回避、私の居た場所を結晶の鞭が通過する。
軌道を見て即座に反撃のミサイルを3発撃ち込む、がそれも鞭によって迎撃されるけれどそれも想定内。中身は焼夷弾です。
「ちっ味な真似しやがる!甘ちゃんじゃねえな!」
さすがに炎を浴びるのは嫌なんですね、回避行動を取りました。
データで見た通り、あれがネフシュタンの鎧を纏った襲撃者なのでしょう。
「排除する……」
激情を極めて抑える、死んだ彼らの事なんて何も知らない。
けれど、胸に沸き上がって来るのは怒り。何事もなかったかのように振舞う敵への、憎悪。
だがそれに身を任せてはいけない、振らせるのは機銃を雨。これまで違って容赦はない、対象を破壊する。
しかしネフシュタンの鎧を貫通するには威力が足りない、がそれでいい。加熱した砲身をパージしてフライトユニットの左右からミサイルを発射。その間に次の砲身を形成。
距離は付かず離れず、空から一方的に撃ち降ろす。それだけで相手は無視が出来ない。
「ぐっ……厄介だなお前!ならこいつらの相手をしてもらおうか!」
取り出したのは銀の杖、これが話に聞くノイズを操る杖ですか!現れたのは飛行型ノイズの群……そして狙いは私じゃなく……!
すぐさまマイクロミサイルでそれらを撃ち落とすが……どうやら立花さんが間に合ったようだ、ギアを纏いノイズを迎え撃った。
安堵と共に背中に衝撃が走る、フライトユニットがネフシュタンの攻撃で貫かれたのが分かる。
「その大層な翼を奪ってやれば、お前なんか敵じゃない!」
「今、翼を奪うといいましたか」
フライトユニットを即座にパージして、自由落下で着地。
「それは許せませんね……やはりあなたは……ここで排除する……」
ホバーユニットを形成して「陸戦」形態に移行、オービタル軌道で攻撃開始。フライトユニットへのエネルギー配分を攻撃に転化すれば機銃の威力は先ほどと桁違いです。
ノイズの包囲を瞬く間にシュレッダーし、ネフシュタンへの直撃弾が増えていく。
「くそっ本当にお前は厄介だ!だからここで!」
二本の鞭が目にも止まらない速度でこちらに向かってくる、変則的な軌道ですがそれだけです。
結局の所は私に当てる事を狙ってるのだから最終軌道は見える……ですが一つ。
『まさか!?ギアの形成不全!?どうして!?』
友里さんの慌てる声が聞こえ、ギアからオーバーヒートのアラートが鳴る、アームドギアが、プロテクターが融解している。
回避したはいいものの攻撃手段が失われる。
「何だよ、欠陥品ってか!ならそこでノイズ共の相手をしてな!」
どうやらやはり目的はデュランダル……そして立花さん!
融解した部分をパージして新たに実体ブレードを形成しようとしたその時、体に痛みが走り、虚脱感が襲う。
『ギアのバックファイアまで!?凛音ちゃん!いますぐ離脱を!』
最後に聞こえて来たのは友里さんの声と、立花さんの叫び声……そして轟音だった。
次に目を覚ました時には、周囲一帯が瓦礫の山で……側には櫻井先生が居た。
「立花さんは」
「無事ね、ついでにデュランダルも」
「ならよかったです」
任務は失敗、ですがまあ……敵に奪われなかっただけよしと。
でも……失われた命は戻ってこない。