「いつもごめんね、テイオーちゃん」
「いいのいいの!だってボクたち、
僕には幼馴染みがいる。天才肌で、無邪気で、とても走るのが速い、そんなウマ娘が。
彼女の名前はトウカイテイオー。僕にとっての、太陽だ。
──────────────────────
「招もはちみー飲まないの?こんなに美味しいのに」
招。
「はちみーって飲んだことないんだよね。なんか甘々そうで」
「えー!はちみー飲まないなんて人生の三割は損してるよー!ほらほら、ボクの分ちょっとあげるから飲んでみなって!」
僕らの関係は生まれた頃から続いている。病院も一緒、幼稚園も一緒、小学校も一緒。さらには家も隣ときたものだ。交流が深くなるのも当然だった。
「えー僕はコーヒー派なんだけど──むぐっ」
口にストローを突っ込まれる。それだけで甘ったるい香りが鼻に飛び込んできた。
渋々飲み込んでみると──なにこれ美味しい。
「……美味しい」
「にしし、でしょ?」
──────────────────────
「やったー!百点だー!」
「……五十五点」
テイオーちゃんは百点、僕は五十五点。……悔しいなあ。これでもたくさん勉強したつもりなんだけどなあ。
小学校の時点で僕は勉学につまずいていた。では体育はいいのかと聞かれたらそうでもなく、体力テストではいつも下の方にいた。
テイオーちゃんは天才っていうのもあるけど、周りの人たちも低くて七十点だったりするからやっぱり僕は人より劣っている。
だったら追いつけるように努力をするのが当たり前。予習も復習もしたし、テストに向けてわざわざテイオーちゃんから色々と教えてもらったりもした。
だけど結果はこれ。こうなるのは一年生の時からそうだった。
「ねえねえ招、またボクのうちで反省会する?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
僕はこんななのに。テイオーちゃんは僕を見捨てようとしない。それはとっても嬉しいのに、彼女の厚意に応えられない自分に嫌気がさす。
──────────────────────
「ここの計算ミスが大きかったね。次は再確認するよーに」
「はーい……」
一度お母さんに遅くなることを伝えてからテイオーちゃんの家にお邪魔する。テストの度に僕たちはこうしていた。
今回は算数のテスト。失った四十五点は相応に重かった。
「よし、補習終わり!ゲームしよー!」
「……うん。いつもありがとう、テイオーちゃん」
テイオーちゃんは要点を分かりやすくまとめてくれる。この反省会のおかげでとりこぼした学力もなんとか補填できていた。
それが終わったら二人で夜になるまで遊ぶ。これが僕たちのルーティンだった。
──────────────────────
「ただいま……」
「おかえり招。テストどうだった?」
僕は刑の執行を待つ囚人のように、怯えながら点数を打ち明けた。
「そっかそっか、よく頑張ったね、招!」
「五十五点かあ。俺の学生時代よりいい点とってるぞ!」
頑張ったご褒美ということで夕飯は僕の大好物のエビフライだった。
……このように、両親は優しい。出来損ないの僕でも愛してくれている。だけど、それは僕に期待していないことなんじゃないかって、ひねくれた僕の頭は考える。
本当に、僕は不相応に恵まれすぎている人間だ。
──────────────────────
「おはよう……」
「おはよ、招!」
お母さんに朝の挨拶をしながらお父さんが読む新聞を取りに行く。寝起きの眼を擦りながらポストに入っている新聞を取り、ざっと全体を見渡す。
シンボリルドルフ、七冠達成。そんなことが書かれていた。
僕はレースへの興味が薄いが、テイオーちゃんはウマ娘ということで当然のように走りに対する渇望があった。シンボリルドルフ。確かそのウマ娘はテイオーちゃんが憧れている方だったと記憶していた。
「はい、お父さん、これ」
「ありがとな、招」
新聞を手渡すと同時に頭を撫でられる。今までは特に気にしなかったけど最近になってやけに恥ずかしく感じるようになった。人前でやらないだけいいのかもしれないけど。
朝食はスクランブルエッグとトーストとサラダ。この頃妙に食欲が湧いてきて、一枚だったトーストも二枚食べるようになった。
ニュース番組では例のシンボリルドルフさんについて特集が組まれていた。よく分からないけど、七冠達成というのは伝説級にすごいことらしい。
あくびをしながらカジュアルジャケットに袖を通す。最近肌寒くなってきた。防寒対策のためにカイロも持たされる。
「それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい、お父さん」
「いってらっしゃい、あなた」
僕より先にお父さんは仕事へ向かった。僕も大人になったらあんな風になれるだろうか。──こんな、小学校クラスの勉強もできない奴が。
「招?」
「っ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
僕がそう言うとお母さんは「朝眠いからね~」とカラカラ笑いながら食器を洗っていた。登校時間まで、あと二十分。
──────────────────────
「おはよ、招」
「おはよう、テイオーちゃん」
今日のテイオーちゃんはダッフルコートを羽織っていた。背丈はちっちゃいけれど、よく似合っている。
「今日の特集見た!?カイチョーが出てたんだよ!」
「カイチョー……?あー、シンボリルドルフさん?」
「そうそう!それでね、カイチョーの走りは──」
それから堰を切ったようにシンボリルドルフさんの話を始めるテイオーちゃんに相槌を打ちながら、僕は登校した。
……?なんだろう。このモヤッとする感じ。
「それでねそれでね……って、招~?聞いてるー?」
「──っ、ごめん、なんだっけ」
「もー、ちゃんと聞いてよねー」
「ごめんごめん。……なんだろう。今日はやけにぼーっとするなぁ……」
「え、なになに体調悪いの?大丈夫?」
瞳を覗き込んでくるテイオーちゃん。何故か彼女と顔を合わせることができず、視線を逸らした。
──────────────────────
「この問題は~……誰に解いてもらおうかな」
先生の声を聞きながら僕は縮こまっていた。僕に当たったら解けるわけないからだ。
「じゃあー……招くん!」
心臓が跳ねる。突然の指名に喉は渇き、視界が空転する。
「…………あ」
「?」
うわずった声。答えを、答えを言わなきゃいけないのに、頭は真っ白になって何も考えられない。
「三分の七だよ」
「さっ、三分の七です」
「正解!」
気が抜けて倒れ込むように着席する。答えを教えてくれたのは隣の席のテイオーちゃんだった。
「……ありがとう」
「気にしない気にしない」
囁き合って、クスリと彼女は笑う。
──────────────────────
今日の給食は鮭のちゃんちゃん焼きと味噌汁にごぼうサラダ。デザートはフルーツ和え。
「「「「「「いただきます」」」」」」
今日は休みの人がいるから当然あまりが出る。今日の献立はどれも好物だから、いっぱいおかわりしようと思っていたのだけど────
「「最初はグー、じゃんけんぽん!」」
「……また負けた」
「相変わらず分かりやすいなー招は」
じゃんけんではテイオーちゃんにことごとく負けていた。ある程度僕の分も残してくれているけれど、優先権は彼女にある。
「テイオーちゃんってなんで招くんのことそんなに知ってるの?」
「えー?普通に観察してればすっごい分かりやすいよー?招、もっかいじゃんけんしよ」
「……じゃあ、じゃんけんぽん!──負けたー!」
「すごいすごーい!どうやって分かったのテイオーちゃん!」
「招って表情のこわばり方でどの手を出してくるかバレちゃうからね。まあそれ以外にも判別できる要素はあるんだけど」
沸き立つクラスメイト。やっぱりテイオーちゃんには敵わないなあ……。
──────────────────────
「はぁー……今日も楽しかった!」
「……そう、なんだ」
下校中のこと。
テイオーちゃんは毎日楽しそうに日々を送る。僕はといえばあの時こうしておけばよかっただとか、関わった人たちに迷惑かけてないかだとか、そんなことばかり気になってしまう。
夕焼け空が眩しくて目を伏せる。遠くの方ではカラスが遊弋していた。
「……テイオーちゃんは前向きだね」
「?だって後ろばっかり振り向いてたって何も変わらなくない?やっぱり前に進んでこそのウマ娘だからね!」
「……本当に、テイオーちゃんはすごいなあ」
「どうしたの?急に改まって。ま、ボクがすごいのはホントなんだけどねー!」
目を潰されるんじゃないかって思うくらいにまばゆい輝き。僕もいつか、こんな風に──なれるわけ、ないよ。
──────────────────────
「まーねきっ、海いこー?」
彼女は海に行く度に友達を増やしてくる。旅行者から元々住んでいた近隣住民まで、テイオーちゃんはどんな人とも友達になれる。
そして、海に行く時は必ず僕を誘ってくれる。
「テイオーちゃん、海好きだねー……」
「うんっ!ほらほら、早く行こっ、招!」
「ちょ、ちょっと待って──お母さーん!海行ってくるー!」
「分かったー!気をつけてねー!」
リビングからの返事を聞き取ってから、僕らは家を出た。
──────────────────────
「おい……来たぞ……浜の帝王だ」
「やっほー!」
海辺で遊ぶことが多いから付いた渾名、浜の帝王。彼女によく似合っているとは思うが、女の子なのに王なのか?とも思う。
「んお、ソイツは?」
「越雲招。ボクの親友だよ」
「そうか。よろしくな」
「うん。よろしく」
初対面の人と話すのは緊張する。だけど、テイオーちゃんが隣にいてくれると不思議にも勇気が湧いてくる。
学校でもプライベートでも、僕は彼女に助けられっぱなしだ。情けないと自戒する心もあれば、それに甘えてしまう弱さもある。
それからは数人で日が暮れるまで遊んだ。初対面の人とは仲良くなれたし、テイオーちゃんも楽しそうだった。
大人になんてなりたくない。ずっとこの日々が続けばいい。
いくらそう思っても時間は残酷なまでに過ぎていく。もうすぐこの黄金期は終わりを迎えることを、僕は知っていた。
──テイオーちゃんは、府中に行く。中央トレセン学園に入るからだ。
優秀な彼女のことだ。試験も余裕で突破するだろう。何もかもダメダメな僕とは違って。
──────────────────────
ボクには小さい頃からの親友がいる。
越雲招。招との出会いは誕生した頃まで遡る。
生まれた病院が同じで、家が近くで、ボクたちは頻繁に遊んだ。幼稚園の時は特に仲がよかった。
今が悪いってわけじゃないけど、小学校中学年くらいから招はどこかよそよそしくなった気がする。ことあるごとにボクを褒めて、自分を貶す。と言っても、直接自分を罵倒するわけじゃなくて心の中でそう考えてるって感じ。
どうしてそんなことが分かる?それは当然、親友だから。
だからそんなことないよって何度も言った。確かにボクは天才だけど、招だって負けないものを持ってるって。
ボクの言葉は届かなかったし、響かなかった。
……こう言うと歪んでいるようにも思われるかもしれないけど、それでもボクたちは親友だった。かけがえのない、唯一無二の友達。
『招ー、遊び行こー!』
『ごめんね、今日は勉強したくて』
招はクラスの誰よりも真面目だった。掃除を丁寧にやるし、勉強時間は多分トップ。
それでも結果は振るわなくて、いつからかボクが直々に教えるようになった。
ボクたちは、これからも親友。たとえ離れ離れになったとしても。
──────────────────────
「イェーイ、ボクの勝ち!」
「て、テイオーちゃん強すぎるよぉ……」
休日の真昼時、ボクたちがやっていたのは対戦型ゲームでの今日のおやつを賭けた戦い。結果はボクの勝ち。これで四百三十勝二十一敗。
招がベットしたのはクッキー一枚。少なすぎる気がしなくもないけど基本ボクが勝つから仕方がないのかもしれない。
招は負ける確率が高いゲームでも全力で戦ってくれるからこっちもやりがいがある。そう、招は決して
「ん~♪やっぱり甘いものはいいね~!」
「……次は負けないよ、テイオーちゃん」
その目。ボクに挑み続けるその目が、招の誰にも負けない長所だと思う。それに乗せられるように、こちらも熱くなった。
──────────────────────
「なあ招。お前ってテイオーのこと好きなのか?」
「え?」
修学旅行の宿泊所。差し迫った就寝時刻に抗うように僕の同室は自然と恋バナへ移っていた。
「……好きって、なに?」
「そこからかよ~」
テイオーちゃんはいつも隣にいてくれて、僕を親友と認めてくれる。だけど『好きになる』というのがどういうことなのか分からなかった。
例えば花が好きとか、カレーが好きとか、そういう感情は恋愛のソレとは違うらしい。
「あんま招ばかりに言うのもアレだしお前も言えよ、好きな奴」
「えー俺ー!?」
悩んでいたら助け船が入った。ありがたい。
結局、それからも恋愛感情の詳細は分からずじまいだった。
──────────────────────
「「「「「合格、おめでとう!」」」」」
「わー!ありがとー!」
今日はテイオーちゃんのトレセン学園合格祝いということで僕と彼女の家族ぐるみでパーティーを開くことになっていた。
長テーブルには美味しそうな料理がずらりと並んでいる。間違いなく今日の主役はテイオーちゃんだった。
「いっただっきまーす!」
「招くんも遠慮しないで食べてね」
「はい。ありがとうございます」
とは言ったものの、テイオーちゃんの家はかなり大きい。召使いまでいるくらいだから、盛られている食材も″いいもの″が多く、緊張は中々抜けない。
一応何度も遊びに行った家だけど、豪華な料理を見ると箸を伸ばす手もそろりそろりとしたものになってしまう。
「おいしー!ほら、招も食べなよ!」
「うん」
手始めにビーフシチューを口に入れる。……うん。分かってたけど美味しい。
それからは双方の両親が談笑しているのを眺めながら、僕とテイオーちゃんは食事に熱中した。
──────────────────────
「招ー?どこー?」
「こっちだよ」
食事が終わった後。二人でゲームをしていたけど、僕は少し物思いに耽りたくてベランダに出ていた。
「よいしょっと……。どうしたの?急に考え事なんてして」
ベランダに折りたたみ式の椅子を出しながら彼女は問う。
答えるのは簡単だけど、僕の精神状態はそうさせてくれなかった。
……もうすぐ、僕たちは中学生になる。テイオーちゃんとも離れ離れだ。そう思うと胸の奥から痛みに近い熱が込み上げてくるのを感じる。
「招?」
「…………」
泣いちゃダメだと思えば思う程涙がせり上がってくる。視界は潤みだして、もうどうしようもなかった。
「……テイオーちゃんとは、もう別の道に行くんだなって思ったら……なんか……もう……」
拭っても拭っても溢れる涙。声は震えて、滑舌も怪しい。
「もーそんな泣かないでよー。今生の別れってわけでもないんだしさー。……ぐすっ」
「えぐっ、ひぐっ、て、テイオーちゃんだって、泣いてるじゃん」
「……うるさいやい」
それからは二人で座りながら泣き続けていた。いずれ来るお別れを憂いながら。いつかの思い出を抱きながら。
──────────────────────
「それじゃ、行ってくるね。必ず三冠ウマ娘になってみせるから!」
「……うん。頑張ってね」
とうとうその日はやってきた。卒業、そして新たな出会いの時。
と言っても、僕たちの繋がりが完全に途絶えるわけではない。
中学に上がるということでスマートフォンを買ってもらった。これでテイオーちゃんとも連絡できる。LANEは既に友達登録してある。
「ねえ招、これからもいっぱい連絡したいんだけど、いいかな」
「もちろん」
そう返すと彼女は表情を綻ばせた。
「じゃ、バイバイ」
「……うん。さよなら」
電車に乗り込む姿を見ながら、また涙をこぼす。もう中学生だ。泣き虫は卒業しないと。
──────────────────────
夏に着る制服は暑苦しくて堪らない。冬は着込めば解決するけど夏は本当に辛い。
「おはよう、母さん」
「おはよ、招」
今日の父さんは僕が起きるより早く家を出た。最近忙しそうだからなるべく迷惑をかけないようにしたい。
朝食を胃に流し込み歯を磨く。僕は基本十分以上歯磨きに時間を費やしている。
身だしなみを整え、忘れ物がないかチェックして、外に繰り出した。
「あっつ……」
学校までは徒歩二十分の距離。朝日の眩しさに目を瞬かせて、歩く。
話し相手はいない。もうあの頃のようにテイオーちゃんと通うことはない。
……テイオーちゃん、今どうしてるかな。
──────────────────────
「あの、先生。聞きたい所があるんですけど……」
「いいよ。どこ?」
誰かに話しかけるのは緊張する。一回り年上ともなれば尚更だ。
だけどもう彼女はいない。授業で分からないことがあっても反省会はできない。
だから少しずつ先生に質問を試みるようになった。次の授業が移動教室だったら聞けないのが難点だけど。
「────っていうこと。分かったかな?」
「はい。ありがとうございます」
先生から聞いたことをノートに書き込む。授業の度に聞いて鬱陶しく思われてないか不安だったが、表情を見るにその心配は必要なさそうだ。
「越雲って真面目だよなー」
そう言ってきたのは、席が近くの男子生徒。
「そうかな。……本当に真面目だったら、もっといい点取られると思うけど」
「まあ確かに点数は俺の方が上だけどよ、積極的な姿勢はいいところだと思うぜ?」
友達……と相手が思ってくれているかは分からないけど話し相手ぐらいはできた。
小学校時代はテイオーちゃんを介してでしか他人と関わってこなかったけど、いつまでもおんぶに抱っことはいかないからなるたけ隣の席の人などに話しかけるようにしていた。
「来週は期末テストかあ~。はぁ……俺あんま勉強してねえのに」
「次は負けないよ」
「おう。次も勝つからな」
啖呵を切る。僕はいつでも本気だ。
──────────────────────
「うーん……」
机に向かい勉強してみるものの、どうしても分からない所が出てしまった。
一旦別の部分を学習し後に回すという手もあるが分からない問題を放置するのは心持ちが悪い。
意地でも解いてやろうと躍起になっていると、傍に置いてあった携帯が鳴った。
《今、電話できる?》
画面にはそんなメッセージ。送り主はトウカイテイオー。
他ならぬテイオーちゃんからの電話だ。粛々と取らせていただこう。
『もしもしー、招?』
「もしもし、どうしたのテイオーちゃん」
彼女とは一週間に一回程の頻度で通話している。曰く、『パパとママからはいっつも電話が来る』だそうだ。
行うのは大抵近況報告。今日もテイオーちゃんは元気だ。
「ごめん、ちょっと勉強で分からない所があるんだけど……」
『いいよ。ボクが教えてしんぜよ~!』
それからは分からない問題を解説付きで教えてもらった。この恩は良い点を取ることで返す。
『あ、そういえば招はどこの部活に入ったの?』
「陸上部」
『へぇー、いいじゃん。なんならボクの走りを参考にしてもいいんだよ~?』
「僕は人間だから……」
大して運動もできないのにどうして陸上部に入ったのか。それは自分でも分からなかったけど、心の深層にテイオーちゃんへの憧れがあったからなのかもしれない。
──────────────────────
「タイムどう?」
「……昨日より遅くなってます」
「そっかー。じゃ、仕方ないなあ」
人間の陸上部は斜陽にあった。
走るスポーツと言えば誰もが
だからなのか、一人しかいない先輩は昼行灯……って言うのは失礼だな。のんびりとした人だった。
新入部員は僕一人。陸上部は、廃部寸前。
「よし、じゃ一旦軽めのランニングしようか」
「はい」
先輩が一年だった頃はまだ人もいたとのことだが、このままでは僕一人だけの部活になってしまう。まあそもそも人間の徒競走が衰退しているのは隠しようのない事実なのだが。
「越雲くんは最近どう?」
「はぁ……はぁ……ふ、普通です」
この先輩はそこまで速くないけどスタミナがすごい。僕が貧弱なのもあるが、ウォーミングアップも実走も平気な顔でこなしてみせる。
「そっかー。越雲くんは真面目だねー」
「……そんな。僕は、大して」
正直、この人が先輩でよかったと思っている。言動はふわふわしているけれど、温和で優しい。こんな、人見知りで欠陥品な僕に対しても。
──────────────────────
「……くそっ」
答案を受け取りながら口の中で毒づく。
期末テストの結果は
他の教科も点数が低い。これじゃテイオーちゃんに顔向けができない。
「……どうだった」
「俺か?俺は三十七点。お前は?」
「二十五点」
「ほーん」
席が近くの男子生徒とは十二点も差をつけられていた。
……次だ。次こそは、勝ってみせる。
「……大丈夫か?」
「え?」
「歯ぎしり。音すごいぞ?」
悔しさに耐えかねて奥歯を食いしばっていたらしい。周りには聞かれてないだろうかと見渡してみると、周囲の人たちは心配そうに僕を見つめていた。僕は赤面した。
──────────────────────
「もしもし、テイオーちゃん?」
『招からかけてくるなんて珍しいね。どうしたの?』
「いや……最近どうかなって思って」
『順風満帆だよ。招は?良い点取れた?』
「…………ごめん。そこまで高得点じゃない」
『いいよ謝らなくたって。ボクたちの
「………………うん。ありがとう」
『……ひょっとして、泣いてる?』
「……………………いや」
『……そっか。じゃあちょっとボクの話聞いてくれる?相づちはいらないからさ』
「…………………………ありがとう」
──────────────────────
「はぁ……はぁ……」
あまりにも強い日光に目が眩む。汗は髪から滴り落ち、喉は渇きを訴える。
「お疲れ。はいこれドリンク」
「ありがとうございます」
先輩から飲み物を受け取り一気に中身を飲み干す。喉どころか五臓六腑に染み渡っていくのではと思うぐらいに心地よい冷たさだった。
全国高等学校総合体育大会、通称インターハイに向けて僕と先輩は追い込んでいた。もっとも、インターハイどころか支部大会すら勝ち残れない程の実力なのだが。
「お前らようやるな~、そろそろ休んだらどうだ」
「いえ、まだ行けます」
「越雲くんがそう言うなら、
夏休みだというのに顧問の先生は付きっきりで指導してくれている。陸上部の経験は無いらしいが元々スポーツマンだったこともあり体作りに関しては大いに参考になった。
繰り返すようだが陸上部は僕と先輩の二人だけ。従って男女の区別もついていなかった。
別に先輩が女性だからといって困ったことは無いが、向こうが気にする、もしくは嫌がるのではないかという懸念点もある。
しかし先輩は優しかった。異性の僕にも優しく導いてくれる。こんな良い環境なのにどうして新入部員が来ないのだろうと思う程に。
「──よし!流石にこれ以上はオーバーワークだ。お前らちょっと休め。俺はヤニ吸ってくるから」
「ぜえ……ぜえ……はい」
「はーい」
先生の言葉に従い小休憩を取ることに。日陰に座ってみたものの玉のような汗が頬を伝う。
「暑いね~……ところで越雲くん、夏休みの宿題どうしてる?」
「八割方終わらせました」
「えー、早っ!?」
先輩との時間は好きだった。否定も肯定もない、あるがままの姿を受け入れてくれるようで。
「はぁー、来年から私も受験生かー。勉強したくないなー」
その後は特に会話はなく。先生が戻ってくるまで二人で宙を見上げていた。
──────────────────────
学生生活は平穏そのものだった。クラスメイトは皆しっかり者で、いじめの影は欠片とも存在しなかった。
テイオーちゃんの方も健やかに成長しているようだ。実に喜ばしい。
僕は相変わらず『足りない』。テスト期間でなくとも毎日勉強をしていたし、ノートもしっかり取っている。勉強方法は趣向を凝らし、よさげな要素を取り入れ、できる限り集中して取り組んだ。
それでも尚、ついていけない。
だとしても、諦めてたまるか。
今に見てろ。どれだけ底辺に這いつくばろうと挑み続けてやる。最後に笑うのは僕だ。
そんな風に拳を握り締めていると、いつの間にか中学二年生になっていた。
──────────────────────
『それでね、ボクにも後輩ができたんだ!キタちゃんって言うんだけど──』
陸上部に後輩は入ってこなかった。来年もこのままだと間違いなく廃部になる。
「そうなんだ。ところでテイオーちゃんは……えーっとなんだっけ……本……本気化?」
『本格化のこと?』
「そう、それ。どう?僕はレースのことよく知らないけど、なれた?」
『ふっふっふー、実はね、もっと後に言うつもりだったんだけど……なんと!なりました!もっと言っちゃうとトレーナーが付いちゃいました!』
トレーナーが付いた。それはつまり、トゥインクル・シリーズに向けて本格的に舵を切るということだ。
「……テイオーちゃんはすごいね」
『えー?まだ始まったばっかりだよー?』
彼女は上機嫌に笑う。僕は目を伏せた。
──────────────────────
「はぁ……はぁ……」
息を整える。同じだ。何本走っても、どれだけ前を向いても。
「はぁ……はぁ……。……くそっ!」
勝てない。勝てない勝てない勝てない。
勝利のためにあと何がいる?いや、まず基本的な所を見直す必要があるのか?或いは──
「越雲くん」
「……先輩」
先輩は既に引退している。つまり、最後の支部大会は敗北に終わった。
僕は『陸上部を任せたよ』と言われた。なら、一歩分でも速く走るようにならなければ。
「……ごめんね。越雲くん、真面目だから。だから私の″お願い″も重く受け止めちゃったんだよね」
「……それだけではありません。僕は、勝ちたいんです。たとえこの身が人より劣っていようと」
「うん。やっぱり越雲くんは真面目でいい子だね。私は嬉しかったよ。越雲くんが後輩でいてくれて」
「……どいてください」
「退かないよ。そうしたらまた無理して走っちゃうでしょ?」
「…………分かりました。今日はもう上がります」
「うむ。それでよし」
「疑わないんですか」
「何を?」
「先輩が帰った後、嘘ついてまた走るって」
「ちょっと考えたけどそれはできないよ。だって越雲くんは越雲くんだから」
……テイオーちゃんは、メイクデビューを圧勝に終えた。現在はクラシック級?に向けて牙を研いでいるらしいけど、彼女ならきっと多くのレースを勝利に収めるだろう。
僕はと言えば幼馴染みでありながら、なんて体たらく。
唇を噛んだ。
──────────────────────
「ふぃー、満足満足」
今日もトレーニングをして、夕飯はいっぱい食べて、とっても充実した一日だった。
《今日はカフェテリアの定食を食べたよ。招はどうだった?》
メッセージを打ち込み、送信。既読はすぐについた。
《今日の夕飯はそうめんだった》
?なんだろう。いつもの招からは感じられない違和感が。
《招、疲れてる?》
送信ボタンを押してから──同室のマヤノがニヤニヤしながらボクを見ているのを感じ取った。
「テイオーちゃん、誰と連絡してるの?」
「前も言ったじゃん。幼馴染みの招」
「……ホントにただの幼馴染み?実は将来を誓い合ってたり……キャー!」
頬を赤らめているマヤノを見てるとなんだか気が抜けて笑ってしまった。
「招とはそんなんじゃないよ」
「ホントに~?赤ちゃんの頃から一緒なんでしょ?たまに会いたくなったりしない~?」
「……そういえば確かに、そうだね」
地元に帰るのは正月くらい……いや、今はトレーニングに集中したいからそれはまた後にしないと。
……でも、そうだなあ。また会いたいな、招に。
「……会いたいなあ」
「キャー!キャー!キャー!」
それからは消灯時刻までマヤノと話していた。一回スマホの方にメッセージが来ていた痕跡があったけど確認しようとしたら送信取消になっちゃってて見ることはできなかった。『どうしたの?』って送っても『なんでもない』って返ってくるばかり。……なんだったんだろ?
──────────────────────
「…………」
勉強と部活の日々。それ自体は苦に思わない。
ただ辛かったのが、成長できている実感が持てなかったことだ。
タイムは縮まらず、点数は伸びない。例の男子生徒に勝てたことは一度もない。文武両方で。
……悔しい。
勝てない自分が、テイオーちゃんに釣り合わない自分が恨めしい。
「────ッ、あぁああぁああっ!!!」
鉛筆を投げ出して枕に口を押しつけて叫ぶ。こうでもしないと両親を心配させてしまう。そしてなによりこうでもしないと気が収まらなかった。
どうして僕はテイオーちゃんみたいに、″普通の人″みたいに上手くできないのだろう。何が足りないのだろう。あとどれだけ頑張ればいいのだろう。
「ッッッ……」
ないものねだりしてもキリが無い。今あるものを数えろ。僕の持ち札は……
「……やってやる」
執念。この、諦めの悪さしかない。
──────────────────────
《あけましておめでとう》
年を跨ぐと同時にメッセージを送る。テイオーちゃんも待っていたのか、すぐ既読になった。
《あけおめ~》
思わず頬が緩む。彼女と対話する時間は唯一……は言い過ぎかもしれないけど、貴重な安らぎの時だ。
《そろそろレースだっけ》
以前電話した際に
《若駒ステークス、録画でいいから絶対見てね!》
その言葉に対する返答は、少し、迷った。
──────────────────────
「すごいなあ、テイオーちゃんは」
「そうだねえ」
「あんなにちっちゃかったのに、よくここまで速くなったな」
迎えたなんとかステークスの日。録画してあった映像を家族三人で眺めていた。
テイオーちゃんは、誰よりも速かった。素人目から見ても圧倒的に強く、クラシック級で大いに化けることが予測されていた。
《見てくれた?》
ちょうど見終わり夕食も済ませた所で彼女から連絡が来た。
「ちょっと電話してくる」
「はーい」
「んー」
両親に断ってから席を立つ。携帯は既に着信メロディを奏で始めていた。
『どうだった?ボクの走り』
「……改めてだけど、すごく速いね」
『でしょでしょー!ま、これが帝王様の実力ってヤツだよ!』
「あはは……やっぱりテイオーちゃんはすごいや」
拳を握り締める。僕も──あんな風に。
──────────────────────
「はぁ──ッ!」
春休みに入り、部活外の時間でも練習するようになった。筋肉は中々付かないし最高速も一定のままだけどそれが足を止める理由にはならない。
「はぁ……ぜえ……い、一旦休憩」
汗ばむ体に春風が吹き付ける。坂路ダッシュに最適な公園のベンチに座り、携帯食料を取り出した。正直、味はそこまでだ。
ポカポカとした陽気にほんのり微睡む。そんな眠気を振り払ってから立ち上がった。
……もうすぐ、新学期、新一年生がやってくる。
これで人が来なかったら陸上部は廃部と聞いた。もしそうなったら、僕が最後の陸上部員となる。
もう中三か。時間が経つのは本当に早い。
受験に向けて勉強も欠かさずにやっている。その努力が結実するかは、僕の頑張り具合による。
「……もう一本」
──────────────────────
ボクの王道の足がかり、若駒ステークスは余裕で一着だった。
次はいきなりのGⅠだけど、自信はある。
「っていうわけだから、招もボクのレース見てよね!皐月賞!いい?皐月賞だからね!」
『うん。しっかり録画しとくよ』
ファンに褒められて、皆に褒められて、トレーナーに褒められて、そして招に褒められる。待ち遠しいな~。あの大歓声を独り占めできると思うと、今からでもワクワクする。
ボクの背中は招にちゃんと映ってるかな?親友として、かっこ悪い姿は見せられないからね。
「電話は終わった?」
「うん。それじゃ、ミーティングしよっか」
ボクとトレーナーの相性は抜群だった。気が合うし趣味も似通っている。
夢は無敗の三冠ウマ娘。道のりは順調だった。
──────────────────────
〈一着はトウカイテイオー!トウカイテイオーです!〉
「いい~……やっったあ~~!!」
ちゃんと見た?招。これがボクの実力だー!
まずは一冠。ここから日本ダービーも菊花賞も勝って、無敵の三冠ウマ娘になるんだ!
──────────────────────
皐月賞。
天才はいる。悔しいが。僕がいくら努力しようと追いつけない存在は確かにいる。
それでも、ここまで突き放されるとは思わなかった。
遠い、遠い世界に彼女は駆けていく。……いや。
自惚れも甚だしい。元より住む世界が違う。なにより、僕は陸上部を存続させることができなかった。
新入部員は入ってこなかった。これで正真正銘僕が最後の後継。
……ごめんなさい、先輩。ごめんなさい……
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『……足、折れちゃったんだ』
「……え?」
耳を疑った。彼女は今、何と言った?
日本ダービーを勝利に収め一路順風な旅路だった筈だ。それが、何故?僕の太陽が、『主人公』の足が折れる?
『一応菊花賞に向けてリハビリをするつもりだよ。……だから、そんなに心配しなくても大丈夫だから』
気丈に振る舞うテイオーちゃん。本当にそうなのかとは、聞けなかった。
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テイオーちゃんは菊花賞に向けて治療、僕は大会へ向けて修練を積んでいた。
彼女にはまだ″次″がある。しかし僕はこれがラストチャンスだ。気を遣う余裕は残念ながら無い。
「気張れよ。この学校ではお前が最後の陸上部員なんだからな」
「はい。行ってきます」
とうとう迎えた競走人生最後の大会。今度こそ、勝つ。先輩に任された身として、テイオーちゃんの幼馴染みとして。
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『どうだった?大会』
「最終的には負けちゃったけど、県大会までは行けたよ」
『へえ~すごいじゃん』
「テイオーちゃんは、どう?」
『……まだ治らないかな』
電話がかかってくる頻度は、今までは一週間に一回だったのが二回、三回と増えている。彼女の精神状態を察するに少しでも誰かに吐き出したいのだろう。とはいえ、テイオーちゃんから愚痴を聞けたことは一度も無いのだが。
僕の全力は、支部大会には通用した。全体的に見れば大したことではないのかもしれないけど、ようやくもぎ取った勝利を思い切り噛み締めていた。
部活動が終わり、次に見据えるのは高校入試。僕の学力で望んだ所に行けるかは分からないが、努力することを止めるつもりは無い。
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結局、菊花賞には間に合わなかった。復帰は来年に持ちこし。
約束したのになー……絶対三冠ウマ娘になるって。
「ビデオ持ってきたよ」
「うん」
まだ走れないから、最近はもっぱらレース学の勉強をしていた。
……ダメダメ!こんな辛気くさいボクは、ボクじゃない!
前を向かなきゃ。招ならそうしてる。
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「ボクの方からかけといて言うのもアレだけどさぁ、大丈夫?勉強の妨げになってない?」
『いや、いいリフレッシュになってかえって集中しやすくなってるよ』
早いもので招はもう受験生だ。あんまりパカパカ電話をかけるのは邪魔になっちゃうかもしれない。そう思っても、やめられなかった。
「……ありがとね、招」
『どうしたのいきなり。そんなかしこまって』
正直、招に救われている部分がある。小さい頃はボクが手を引くばかりだったけど、離れて初めてどれだけ招に寄りかかっていたのか分かった。
ボクが三冠の称号を失ってもそこまで取り乱さずにいられたのは、招のおかげでもある。だって招はどれだけ負けても折れなかったから。
「じゃあもう切るね。おやすみ」
『うん。おやすみ』
スマホの画面を少しだけ眺めてから、自室に戻った。
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今日も勉強、昨日も勉強、明日も勉強。
母さんが作ってくれた夜食を頬張りつつ、答案用紙をチェックする。
……ダメだ。この程度では僕の求める高校へは行けない。
高望みをせずに、身の丈に合った場所を選んだ方が良いのかもしれない。どこまで行っても僕の器はそれほど大したものではないから。
それでも前を見て走っていたいつかの日のように、僕は僕の可能性を証明したいんだ。
普通の人より劣っていても、テイオーちゃんの親友に相応しくないとしても、挑戦……いや、走っていたい。
「招?まだ起きてるの?」
遠慮がちに部屋へと入ってきたのは母さんだった。夜遅くまでペンを走らせている僕を心配してくれているようだ。
「ごめん、もうちょっと勉強しときたいから」
「……招は頑張り屋だね」
むしろそれぐらいしか取り柄が無い。苦笑いを返してから、再び机に向かった。
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新年を迎えて、とうとう受験日がやってきた。手先が震えるのは寒さの所為か緊張の所為か。
「……行ってくるね、テイオーちゃん」
戦っているのは僕だけじゃない。彼女もまた、苦しい現実に向き合っている。
一歩、踏み出した。
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「合格おめでとう!」
『ありがとう』
照れくさそうに笑う招。ボクはどうだろう。ちゃんと笑えているかな。
復帰の目処は立った。次のレースは大阪杯。
だけど今はそれよりも志望校に合格した招を祝福するべきだ。自分のことのように嬉しい。これは嘘じゃない。
招はきっと、ものすごい頑張ったんだろう。小学校の時から努力家だったから、そこまでの道程の凄絶さは想像に難くない。
「……本当に、よかったね」
『うん』
あれ?これ、涙?なん、で。
『テイオーちゃん?どうした?』
「……あー、いや、なんでもないよ」
どうしてボクは泣いた?招が合格して嬉しかったから?置いていかれるようで悲しかったから?……前者がいいな。そんな身勝手な涙、流したくない。
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〈堂々とトウカイテイオー、一着でゴールイン!〉
「ハァ……ハァ……っ、よし」
勝負のカンは戻ってきている。このままトゥインクル・シリーズを無敗で進めたい。
次は、マックイーン戦だ。
「お疲れ、テイオー。早速だけど次に向けて話し合おうか」
「ちょっと待って、親友に連絡したいから」
《勝ったよ》
送った言葉はそれだけ。
メッセージはすぐに返ってきた。
《テレビで見たよ。すごかったね》
少しだけ笑う。やっぱり招はいつだってボクを見てくれている。
「お待たせ、トレーナー。次はマックイーンとの勝負、だよね?」
「ああ」
絶対に負けたくないライバル。それがマックイーンだ。
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〈一着、メジロマックイーン!〉
「…………」
テイオーちゃんが負けるところを初めて見た。いつも自信に溢れていたその背中は、どこか小さく思える。
天皇賞の……春だっけ。長距離のGⅠレースだ。
相変わらずレースのことはよく分からないけど、メジロマックイーンさんの強さは確かに伝わってきた。いつも電話で聞いていただけのことはある。
何を伝えればいいかは分からない。だけど彼女の再起を願って激励と慰労の言葉を伝えたい。
──その″次″が、無いとも知らず。
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……かっこ悪いとこ見せちゃったな。初めて、しかもライバルに負けて、二度目の怪我をして。
無敗でもなければ三冠でもない。こんなボク、招に見せたくなかった。それでも電話がかかってくる。
『何があっても、テイオーちゃんのこと見てるからね』
そんなことを言っていた。ちょっとだけ驚いた。だってこんなボク、嫌いでしょ?って思っていたから。
……見てるからね、か。
「はぁ……」
ため息をつきながら窓に目を向ける。ここはトレーナー室。門限まであと三時間。
「ココア買ってきたけど、飲む?」
調べ物をしてきたトレーナーに缶を差し出される。はちみーには及ばないけどココアは好きだ。
「ありがと。……ねえ、トレーナー」
「なに?」
「ボク、ちゃんと頑張っているかなあ」
「……ああ。当然」
トレーナーの目が陰る。ボクは何故か笑っていた。
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高校はかるた部に入った。記憶力を鍛えたかったのもあるが、この学校に陸上部は無かった。
学業面では七転八倒しているが概ね満足な学校生活。友人もできたし、部員との仲も良好。
心配なのはテイオーちゃんだ。ここのところ毎日のように電話がかかってくるし、声色も酷く沈んだものになっている。
彼女が僕を親友と認めてくれる限りは目を離さないつもりだが、向こう側から絶縁を下されると何のアプローチもできなくなってしまう。怖いのだ。お前なんか親友じゃないと思われることが。
彼女との友情を疑うわけではない。ただ、僕だけが恵まれていいものなのかと、妙な罪悪感が湧いてくる。
「招~、カラオケ行かね?」
「ごめん。今日は勉強しときたいから」
「っぱ真面目だよな~お前~」
せっかくのお誘いだが丁重にお断りさせてもらう。確かに勉強しときたいというのは本音だが、それ以上にテイオーちゃんからの電話にいつでも出られるようにしたかった。
彼女を傍で支える友達は……いるだろうな。僕の何倍もコミュニケーション能力があるのだから。
僕も、親友として何かできないだろうか。
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『何か、してほしいことはない?』
「ふぇ?」
思わず間の抜けた声が出る。してほしいこと、なんて。こうやって電話に出てくれることが何よりの支えになっているのに。
「これ以上招から貰っても返しきれないよ。いっつもボクの電話に付き合ってくれているだけで十分すぎるくらいだから」
『……そっか』
こんなに心配してくれる親友がいるのはやっぱり幸せだなって、噛み締めるように思う。
……頑張ろう。まだボクには足があるんだから。
そして、三度目。
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トウカイテイオー、復帰は絶望的か。
新聞の見出しを見て目を剥いた。この前の通話ではただ『大丈夫』としか言わなかった彼女に三度目が訪れていたとは。まったく看破できなかった。通りで最近電話をかけても出てくれないわけだ。
衝撃が抜けないまま学校へ向かう。その日一日中何も身に入らなかった。
「テイオーちゃん……」
夕暮れを背に歩きながら彼女のことを思う。こんな時こそ、僕が支えにならなければ。
そして帰った僕が見たのは、
「久しぶり、招」
「……テイオーちゃん?」
トレーナーらしき人と一緒に僕の家の前で立っている、テイオーちゃんだった。
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「ボク、引退しようと思うんだ」
「……え?」
一番聞きたくない言葉を、一番聞きたくない相手から言われた。
僕の部屋で二人きり。トレーナーさんにはリビングで待機してもらっている。
「引退って……つまり……」
「やめようと思うんだ。走るの」
彼女がどんな表情をしているか、見ることはできない。俯いているから。
「じゃあ……じゃあ、なんで僕の所に来たの?」
「招は親友だから。いの一番に伝えたくて」
そこで初めて目が合った。すぐに下がってしまったけど、涙で顔中がくしゃくしゃになっていて、こちらの言葉は届きそうになくて。
僕はずっとテイオーちゃんに劣っていた。運動神経はもちろんのこと、頭脳も趣味もまるで敵わない。
あれだけ焦がれても届かなかったテイオーちゃんが、今、僕の前で項垂れている。
そんな、そんなの、最低なことなのに、なのに、僕は──
──やっと同じとこまで墜ちてくれた。
────────────────待て。
テイオーちゃんがこれで終わるのか?いつだって僕の前にいた彼女が。
違う。諦めるテイオーちゃんは、僕の憧れたトウカイテイオーじゃない。
辛いだろう。苦しいだろう。尚も前を向けだなんて、きっと酷な言葉だろう。
それでも、嫌だ。諦める彼女は嫌だ。
僕がテイオーちゃんの光になりたい。おぼろげで頼りなくとも、背中を押すのは僕でいたい。
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言いたいことは全て言った。なら後は帰って、引退の手続きを済ませる……だけなのに、ボクの体は動こうとしなかった。
「……諦めるの」
「…………」
「本当に、諦めるの」
「──ッ、ボクは招みたいに強くない!」
「強、い?僕の、どこが」
「……そういうとこだよ……!招のそういうとこ、ホントに嫌いだ……!」
どれだけ負けてもへこたれない。その芯の強さはボクにも真似できなかった。
「聞いて。テイオーちゃん」
招の声はどこまでも優しかった。それが溢れ出る涙をより増幅させた。
「僕はずっと、君の影に隠れるばかりで何もできなかった」
「何を、言って……」
「でも、君がいてくれたから、僕は頑張ろうって思えた。実らない努力も続けられた。──君は、僕にとって光だった」
「……!」
……それは、ボクの方が言いたい。招に励ましてもらって、褒めてもらって、支えてもらって。
「だから──走れ!トウカイテイオー!」
「ッッッ……!」
……だよね。
ボクの一番の親友がそう言ってるんだ。なら、頑張るしかないよね。
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引退は取りやめになった。そして、前を向くようになった。
あの頃みたいに走れなくても、招が憧れたボクでいられるように。
無理かもしれない。無様に這いつくばって落ちていくだけかもしれない。
だけど、そこから這い上がったのがボクの親友だ。なら、後は前を見据えて走るだけ。
どのレースに挑むかはトレーナーと悩みながら決めた。
有馬記念。年末の大一番。それにボクの夢を、希望を、懇願を、全てを賭ける。
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「テイオーちゃん」
「招……!?どうしてここに」
「トレーナーさんに特別に来させてもらったんだ」
控え室から地下バ道に向かう中、そこには招がいた。
……招が見てくれている。そこにいてくれる。それだけでいくらでも力が湧いてくる。
「見てるよ、テイオーちゃん」
「……うん。しっかり見ててね、ボクが本当に帝王になるところを!」
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……実はね、招。キミ以外にもう一人、親友と呼べるくらい仲良くなった子がいるんだ。
その子に誓ったんだ。必ず勝つって。
だから、
「勝つ……ッ!」
ラストスパート。泣いても笑ってもこれが最後の直線!
会場全体に地響きが鳴る程の大歓声が響き渡る。
残ったスタミナを全て使い切る形で走る。前にはビワハヤヒデの影。それさえ追い越せば……!
──?声が聞こえる。風に乗って、その声はハッキリとボクの耳に伝わった。
「テイオーちゃーーーーん!!!頑張れーーー!!!」
──うん。確かに、届いたよ。
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〈トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!トウカイテイオー!奇跡の復活!〉
────ああ。
かっこいいなあ、テイオーちゃん。
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「は、ぁっ、は、ハァ……っ」
……勝っ、た?
観客席に目を向ける。すると──
「……すっごい歓声」
その中には、きっとボクの二人の親友がいる。そう思うと、ようやく心の底から笑えた。
「優勝おめでとうございます」
「……ありがとう」
ウイナーズ・サークルに駆け寄る取材陣。ボクの手にはいつの間にかマイクを握らされていた。
「今日の勝利をどなたに伝えたいでしょうか」
「……二人いるんだけど、それはヒミツ」
会場がざわめき出す。一体誰だ?ここにいるのか?……そんな疑問が覆い尽くしていく。ボクは毅然として言葉を紡ぐ。
「あとね。もうダメだってなった時に、背中を押してくれた人がいたんだ」
胸を張って言おう。招に届くように。
「──ボクの、一番の大親友がね」
一応二つほど書くつもりですがどの話が一番見たいですか
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友愛カンスト大親友ルート
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恋愛覚醒恋人ルート
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湿度爆発独占ルート
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全て