平穏な日常に銃声がひとつ。それが響けば、途端に戦場に様変わりするのはキヴォトスの日常だ。
「全く、こんなに無法地帯な世界もあるのね」
その戦場を暴徒化したヘルメット団の頭を紫のペッパーボックスピストルのような銃をノールックで射撃して沈黙させる。
ピストルのもう片方でメガネをクイっと持ち上げかけ直し、ひとりの女が歩んでいく。
「あの子の頼み事の相手の近くに送るとは言っていたけど……」
女は自分が頼みを引き受けたことを少しばかり考え直す時間が必要だったかと考えてから、自分の性を思い出して嫌な顔をした。
この状況の説明のため、時は少し遡る。
女が目を覚ますと、そこは電車の中だった。ゆったりとしたワンピースに身を包み、眠っていたようだった。
「……どこかしら? ここは」
「こんにちは、セレッサさん。それとも、ベヨネッタとお呼びした方が?」
「あら、私のことを知っているの? ……そうね。魔女ベヨネッタは死んだわ。だから……セレッサでいいわ。今だけよ?」
女の正面に座っていた、制服に身を包んだ少女がその言葉を聞いて頷いた。
「わかりました、セレッサさん」
「それで、ここが地獄? 随分近代的なのね」
「いいえ、ここは地獄ではありません。堕ちるべき貴女の魂をこちらにご招待させていただきました」
「私がそれを恩に感じる質と思ってるのかしら?」
「それもまた、いいえとお答えします。ちゃんと然るべき報酬をご用意して、最後のアンブラの魔女に依頼をと思いまして」
女……セレッサはへぇ、と声を漏らした。それは歳の割に随分と弁えている、という感心と、そうならざるを得なかっただろう背景の想像による呆れ。つまるところ……
「学生よね? あなたの周りの教師はどんな教育をしているのかしら」
「……居ませんよ。キヴォトスに、教師は居ないのです」
「キヴォトス……随分と風変わりな世界なのね」
はい、と少女は頷いた。それから続けて口を開く。
「学園都市、キヴォトス。いくつもの学園があなた方の世界における公機関のような役割を果たして成立する、超巨大な学園集合世界です」
「それだけ聞くと政治が子供の手で行われているように聞こえるのだけれど?」
「事実、その通りです。私はその組織……【連邦生徒会】の会長でした」
ここに至って、セレッサもさすがに唖然とした。そんな世界があるのか、ではない。あって良いのか、である。しかし、世界の有り様はそれぞれだ。それを否定することはできない。自分の平行同位体を見て回ったセレッサだからこそ、有り様の多様性を認めざるを得なかった。
「……なるほどね。で、その連邦生徒会の会長サマはアンブラの魔女に何を望むのかしら?」
「『先生』が、先日キヴォトスに着任されました。私のお願いを聞いていただいた形です。あの方を、大人としての目線から支えること……どうか、お願いします」
「そうね、ひとつ願いがあるわ」
「聞きましょう」
セレッサは連邦生徒会長の方を鋭い流し目で改めて眺めやり、『条件』を口にした。
「次会えた時には全部の荷物を下ろした会長じゃない貴女と話してみたいわ」
「ふふ……わかりました。その時は、ぜひ」
「いいティーを忘れずにね?種類は問わないわ」
電車が止まる。セレッサは立ち上がった。なんとなく、ここで降りればいいような気がする、という感覚。それを見た連邦生徒会長はベヨネッタに向かって携帯端末と言葉を投げた。
「私の思う、一番上等なものを用意しておきます」
「ま、条件も呑んでもらったしあとは任せてゆっくりしてなさい。それとも見ていくかしら?」
「あとは、お任せします。私の観測している現在の状況はそちらの端末に。ではお願いしますね、セレッサ……いいえ、ベヨネッタさん」
返答はセレッサが左手で投げられた端末を受け取りながら、右手で指を鳴らすことで行われた。電車の扉を潜る前に、セレッサの前に紫の魔法陣が出現した。
アンブラの魔女は髪を魔法を用いるための魔力の源とする。魔力の供給源たる髪は長くしたいが、長すぎれば即ち戦闘の邪魔になろう。
Q.髪が長くないと魔力が不足します。長いと戦闘の邪魔です。どうしましょうか?
A.全裸の上から髪を魔法で固定してボディスーツにしてしまえばクッソ長い髪を効率よく装備できます。
そんなわけで、セレッサのウェディングドレスのトレーン(後ろに繋がっている長いレース)も驚く長髪は、パフスリーブのミニワンピースのバトルドレスへと変化し、魔法陣を通り抜けたセレッサの身に纏われていた。
「また会いましょう、次は単なるレディ同士」
「えぇ、ぜひ」
そんなことがあって、ベヨネッタは今キヴォトスの裏路地に歩んでいるのである。
手元のスマートフォンでは地図アプリが立ち上がっており、事前にあの会長がマークしていたのだろう地点にピンが刺さっていた。
「ジャンヌがこっちに呼ばれてたら怪しかったわね、機械音痴もいいとこだし……あぁでもさすがにこの音は聞き逃さないわね」
そう思い出しながら軽口を誰に言うわけでもなく呟き、少しだけ速度を上げる。その方向から、重厚な
そして、ベヨネッタは跳躍する。壁を蹴り、宙を舞い、地上の喧騒を置き去りにして蝶の羽を背から生やし、なお上へ。
「見つけたわ……アレよね?」
ヘルメットを被った者たちを次から次へと薙ぎ倒し進む一団の姿を目視したベヨネッタは、その奥に一人の男を見つけた。
ベヨネッタからすると複雑な感情になる天使の輪をほぼ全員が頭に浮かべている中で、ひとりだけがその輪を有していない。
天使の輪を持つ者らはベヨネッタが呆れるくらいに頑丈だ。けれど恐らくあの男は銃弾ひとつで死んでしまうのだろう。よろしくお願いします、というけれど私が支えるべきは護衛もなのかしら? とベヨネッタは少し考えていた。
「まあ……いいわ。たぶんなんとかなるようになってるのでしょうし……ひとまず、あの戦車ね」
眼下、戦場へ急行する戦車の姿へと思考を切り替えれば、ベヨネッタはさらに空を飛び跳ねる速度を上げた。戦車はあと少しで連邦生徒会長から『先生』と呼ばれていた男であろう人物の指揮する戦場へと入るだろう。
今は有利でも、戦車の介入でもしかすれば五分や不利へ傾くのかもしれない。キヴォトスの人々の戦闘能力をまだ知らないベヨネッタは、ひとまずは自分の元の世界の戦力比で考えるべきだと考えた。
戦車が戦場へ入る。砲塔を回し、砲撃を放つべく照準を定める。
だがその時には、ベヨネッタと戦車の間にもはや距離はなかった。
「あなたたち、離れてなさい!」
先生は、その周りを囲んでいた生徒たちは見た。戦車がやってくるのを、砲塔がこちらに向くのを、そして……
「砕け散れ!!」
戦車の上に飛び乗った女の、その前に描かれた魔法陣から飛び出した黒い足が砲塔をへし折る様を。
そのまま戦車の砲塔をもう一度蹴りつけ、爆発させたベヨネッタは地上へ勢いのままに飛び降りる。そうして、眼鏡を右手の銃口で押し上げながら、魔女は笑う。
「もう……ひどい遅刻だわ。でも、これからたっぷり満足させてあげる……!」
一歩後退る不良たちの前に降り立ったアンブラの魔女に、先生はふと思った一言を口に出そうとして、辞めた。それは賢明な判断であったと言える……さすがに、初対面の女性にこう言うことは許されないと思ったのだ。
(……痴女かな?)
背中のぱっくりと開いたバトルドレスを見た一人の男の、迫真の所感であり、ハスミの例のスリットを見ての所感でもあり、そしてこれから幾度となく生徒相手に呑み込むこととなる言葉であった。