正しさとはなんだろうか?
何がいけないことで何がいいことなのか。そんなことは本当は誰も分からないはずなのに人は口を揃えて間違っていると叫ぶ。
そしてどんなに大切なものであろうと正しさというものはまかり通ってしまう。
強引に、不躾に、無神経に大切な何かを否定してしまう。
そんなことが正しさなら僕は……
「へぇー意外とムンクも整備なんてするんだな。」
意外そうに僕をまじまじと見るリィン。
何をしているかと言えばアークスのメンテナンスだ。
特別実習の最初にやる課題が魔獣退治と決まった後僕はみんなに準備のための時間を少しもらえるように頼んだ。
僕がそんなことを申し出るなんてことは通常あり得ないことなので、リィン達は目を点にしているのは当然の摂理だ。
特にラウラ。あのときのラウラの驚愕とした表情は今でも脳裏に張り付いていて思わずにやけてしまいそうになるほどだ。
「ムンク……そなた何か失礼なことを考えていないか?」
こわっ
なんでこう女性ってこうも勘が鋭いんだろうね。
ラウラに至ってはもう野生の勘。猪だよ猪。
冗談はさておきアークスのメンテナンスに戻る。
メンテナンスと言ってもやることは特に難しいことではない。
工具を使って少し分解し、異常がないか調べるだけだ。
ただ、この作業が重要……らしい。
「へぇ……ムンクも豆なんだね。あれ……?ムンクのアークス少し変わってるね?」
エリオットがアークスを見て疑問符を浮かべる。
確かに僕のアークスは少し特殊だ。
七組のみんなが持つアークスから導線が数本一回り小さいアークスに繋がっている。
ようは2つあるのだ。
「あぁ、これね。ちょっと知り合いにアークス関係のことにやたらと詳しい人がいてね、その人に勝手に改造されたんだ。」
「ん?小さい方のアークスにはマスタークォーツがついていないんだな。もしかして、ムンクの使うダブルアーツもこのアークスに秘密があるのか?」
とマキアスの指摘。
一回り小さいアークスの中心部にはそこに収まるはずのマスタークォーツはなく、ポッカリ窪みが出来ている。
なかなか鋭いなメガネ、さすがメガネ、メガネは伊達じゃないな。
「ま、まぁ、そこは企業秘密ということで。」
企業秘密もくそもないけど、一応苦笑いで誤魔化す。
といってもマキアスの指摘は尤もなものだしほぼ答みたいなものだから誤魔化す意味はあまりないんだけどね。
同時展開術式、つまりダブルアーツは簡単に言えば水道の蛇口を増やしただけである。
アークスにもう一つアークスを接続して2つ経路を作るわけだ。
もっともこの方法は欠点だらけであまり強いアーツは使えないらしい。
容量過多で暴発するとか。
マスタークォーツがついていない理由はなんでも2つマスタークォーツをつけるとお互いに干渉しあってあまりよくないらしい。
だから、アークス同士を接続して片方のアークスについているマスタークォーツをあたかも自分の方にもつけられていると錯覚させるのがこのアークスのコンセプトらしい。
さっきから「らしい」などの曖昧なことを言っているのは僕もたいして理解していないからだ。
点検も一応はしているが実際僕も何やっているかは正直分からない。
ただ、教えられたように異常を点検することぐらいしか出来ないんだ。
不本意ながら勝手に改造されたアークスだがこれは僕の戦闘において生命線の一つだ。
だから、整備はしっかりする。
工具を使いネジを外し内部が見えるように分解する。
中を見てみると複雑につけられた導線がいくつもアーチを描いていた。
導線の接続が外れていたり、焼き切れてしまいそうなものがあれば新しいものに取り替える。
ネジが緩んでいたら外れないようにしっかりと回す。
そんな単調な作業を繰り返しようやく作業が終了する。
「ふぅ~やっと作業が終わった……」
「お、終わったのか。だけどあんな真剣なムンクの表情は初めて見たよ。」
とリィン。自分でいうのも難だが普段が地を這うが如しの生活態度だから仕方ない。
「まぁ、流石にこれぐらいはね・・・」
何度も言うがダブルアーツは僕の生命線の一つだ。
それを疎かにするということは死と同義だ。
そんなことは絶対しない。
「普段からそれぐらいましだといいのだがな。」
少しムッと表情になるラウラ。
「ん、サボりすぎ。」
ラウラの言葉に同調するフィー。
何お前ら喧嘩中じゃないの?僕を責めるときだけ仲良くならないでよ。
「まぁまぁ、二人とも。それじゃあ魔獣退治に行こうか!」
戦術リンク。
アークスの特殊機能でリンクを結ぶことで結んだ相手の思考や行動がある程度分かるようになるという戦闘において絶大な効果をもたらす・・・らしい。
ただ、問題がひとつある。機能の問題か、どうなのかは分からないがこの戦術リンクは基本二人一組で繋ぐものだ。
古来より何故二人組を作りたがるのか?そして何故奇数の場合を考えないのか疑問でしょうがない。
二人組を作れと言って余るあの何とも言えない居心地の悪さはどうにかならないものか。
だからと言ってイケメンによる乱獲は許さん。イケメンによるハーレム形成だけは許してはいけない。そう絶対にだ。
っと、話がそれたね。つまり何が言いたいって?
七組は奇数なわけで二人一組とか言われると一人余る訳なんですよね・・・。
はい。余ってるのは基本僕です。
いやー、僕リンク結ぶと僕の思考がだだ漏れらしいんだよね。
「だるい」
「疲れた」
「眠い」
「帰りたい」
「ラジオ」
とかね。
それでヤル気が削がれるからリンクをあんまり結びたくないって。
「ムンク頼むから、もう少しやる気を出してくれ・・・思考がだだ漏れなんだが」
「あ、はい。」
余り物と仕方なく組まされているような心境であろうリィンの表情がひきつってる。
そんなに僕の思考は素晴らしかったのか・・・・
リンクの組み合わせは僕とリィン。エリオットとマキアス。そしてフィーとラウラ。
最後の組み合わせには不安しか感じれない。
ただ、フォーメーションを考えるとこの前衛職に適正ピッタリの二人は必然的にリンクを組むこととなる。
何か起こらなければいいけど・・・。
「ムンク!ボーッとしてないで援護しっかり!!」
まさかのエリオットにまで怒られてしまった。
エリオットが人を叱ることなんてほとんどないのに・・・。そんなボーッとしてたのかな。
僕のアークスのメンテナンスが終わった後、魔物退治に出かけたA班。
僕は泥棒の存在を危惧し宿で待機することを主張したのだが、その主張もむなしくラウラに強制連行されてしまった。
なんてこするんだ!まったく、僕は善意で言ったというのに。
イヤホントウダヨ?けしてサボりたかっただけじゃないです、ええ。近頃物騒ですからね。
現実逃避はさておき目の前で魔獣に斬りかかっているラウラとフィーに目を向ける。
巨大な大剣は獣肉を深く抉り、鋭い双剣は獣の体に無数の切り傷を刻む。
まるで猛獣のように大地を縦横無尽するラウラとフィー。
これじゃぁ、逆に魔物のほうに同情してしまう。
今回の魔獣というか僕にとって七組において初めての魔獣退治は「オオイシゲェロ」。
巨大なカエル型の魔獣でその巨体は軽く3アージュを超える。皮膚黒く鉄のように固い。背中には擬態のためか草木のようなものが生い茂っている。
顔らしきとこには目と思われる突起物が二つ突き出ておりギョロギョロと不気味に周囲を見回している。
僕らの配置は簡単に言えば2:1:3
前衛に攻撃力と機動力の高いラウラとフィー。
中衛に攻撃にも加われる上、補助にも回れるリィン。
そして後衛にマキアス、エリオット、僕。
エリオットは回復係。僕とマキアスは敵の牽制という感じだ。
牽制してると言っても僕はひたすらダブルアーツを放つだけだ。
めっちゃ楽。
そもそもラウラとフィーの二人で魔獣を圧倒している。
これ、僕必要ある?
「ムンク!気を抜くな!何があるかわからないぞ?」
ぼーっとしていたらリィンに怒られた。
いや、これは僕が悪い。
いくら圧倒してる戦闘とはいえ、これは実戦だ。
どれだけ可能性が低かろうが死の可能性が存在しているのだ。気を抜いていいわけがない。
「とはいえ、あの二人はすごいなぁ・・・二人だけ倒せそうな勢いだね・・・。」
「・・・・・。」
「どうしたの?リィン考え込んで?」
エリオットが心配そうにリィンを見る。
「あ、いや・・・なんでもないよ。」
「そこ!戦闘中なんだから私語は慎み給え!!」
「あぁ、すまない。気をひき・・・」
キイイイン
事態というものは突然に急変するものだ。しかも、巧妙にもこちらの気がゆるみかけた時にピンポイントで来るのだから厄介極まりない。
いきなりガラスが砕け散るような音が耳を貫いた。
「ぐっ」
「・・・っ」
誰も口にはしなかったが恐れていたことが起きた。
ラウラとフィーのアークスにおけるリンクが突如に切れたのだ。
不味い。
いきないリンクが切れたせいで二人は戸惑って次の行動に移れていない。
そして、そんな好機を逃してくれる甘い敵なんてものは存在しない。
口箸を大きく歪ませその豪腕は高く振りかざされていた。
「間に合えよっ・・・!」
自分が出せる最高最速でダブルアーツを起動させる。
発動させるのはなんでもいい。
アーツに込めれるエネルギーは考えなくていい。とにかく速度だ。
「エアストライク!!」
風の初級アーツを発動させたのにも理由がある。エアストライクは初級アーツの中で一番攻撃速度が速い。
大地を猛スピードで疾走する風の弾丸は吸い込まれるように魔獣の顔面へと直撃する。
「くそっ」
だが目論見通りとはいかなかった。
この攻撃の目的は魔獣の攻撃を少しでも逸らしてラウラたちに直撃しないようにするためのものだった。
半分成功半分失敗。アーツが顔面に直撃したことで攻撃の焦点はそらすことに成功はしたがそこまで大きくそらすことは出来なかった。
その豪腕はラウラには直撃しないにしてもフィーには十分直撃する。
「フィー!!」
リィンが叫びフィーを抱え込む。フィーは小柄なためリィンの体にスッポリと覆い隠される。
「ぐぅっ!!?」
魔獣の勢いよく振り下ろされた豪腕がフィーを抱えたリィンの肩を掠め取り二人を吹き飛ばす。
直撃はまぬがれたものの威力は凄まじくリィン達をボールのように地面を転がさせる。
「リィン大丈夫か!!?」
マキアスがリィンを見て不安そうに叫ぶ。
だがいまそんな余裕はない。急いで体制を立て直さなければ全滅の可能性だってある。
「マキアス援護!エリオット攻撃アーツ!!」
ダブルアーツで応戦しつつ叫ぶ。
「あ、ああ!」
「う、うん。」
マキアスはその重厚なライフルを構え、
とにかく今稼がなければいけないのは大勢を立て直すためだの時間だ。そこらへんのところを理解しているマキアスは牽制を入れつつ時間稼ぎに徹している。
ただそれだけでは魔獣の動きは止まりきらない。
「くっそあんまり使いたくなかったけど・・・!弾丸〈バレット・アーツ〉!!」
アークスが燃えるぐらい熱く発熱すると共に十を超える火球が僕の周りに生成される。
僕のアークスは随分と特殊な改造が施されている。
まず同時展開術式、そして高速発動だ。簡単には言ってあるがこの高速発動の使い勝手の良さは異常だ。やろうと思えばほぼノータイムで下級アーツなら発動できる。
バレットアーツはこの二つの機能を応用したもので、同時展開術式を連続で発動する。
それはまるで銃が連射する弾丸のようなものとなる。
「打打打打!!!!」
まるで火山から吹き出す火柱のような勢いで視界を埋め尽くす火球。いや、ごめん言いすぎた、そこまで凄くはない。
凄まじい勢いで魔獣を埋め尽くす勢いで着弾する火球。
一つ一つに大した威力はないが足止めに使うには最も適している。
エリオットの魔導杖の先端が眩い光を放ち、準備万端とばかりに頷く。
「いくよっ!」
マキアスと僕によって稼がれた時間によってエリオットのアーツが発動する
大気を揺さぶる轟音ともに発動されたのは風の中級アーツ・エアリアル
「ガアアアア!!!!」
魔獣を覆い尽くす竜巻は鋭い音ともに無数の生傷を刻んでいく。
まともにエリオットの攻撃を食らった魔獣は満身創痍で体中傷だらけな上に息も絶え絶えだ。
「ラウラ何やってんの!!!魔獣がひるんでる!とどめ!!」
「あ、ああ!」
彼女は地面を強く蹴り飛ばし跳躍。その華奢な体を弓の弦のようにそらし大剣を大きく振りかぶる。
「地裂残!!!」
そのまま地面に大剣を叩きつけたかと思うと魔獣に向けて一直線に地面が爆ぜる。
そのあまりの威力に満身創痍の魔獣が耐えられるわけもなく、遂には絶命した。
「ふーっ・・・なんか一年分は働いた気分。」
いや冗談抜きで。あんなに頑張ったの久しぶり。特に弾丸〈バレットアーツ〉を使うとは思っていなかった。あの技は使えるが、物凄い疲れるし、何より使えばしばらくアーツがほとんど使えなくなってしまう。疲れるから二度と使いたくない。
「あはは、ムンクお疲れ様。でも驚いたよムンクが指示を出すなんて。明日は雪だね。」
ニッコリと笑うエリオット。それは僕のやる気は超常現象とでも言いたいのだろうか。僕もそう思う。
マキアスは僕の使用したアーツが不思議なのかうんうん唸ってる。細かいこと気にしないでね。
「しかし、あの連続アーツは凄まじかったな・・・いぐっ」
肩を抑えたリィンが呻く。よくよく見ると肩からは血が滲んでいる。
リィンの隣でフィーが所在なく佇む。自分のせいで仲間が傷ついてどうすればいいのか分からないのだろう。
まぁ、そこらへんはイケメンたるリィン君に任せよう。この優男ならそれとなくフォローしてくれるだろう。
「あはは、フィーそんな顔しな・・・・。」
だがそんなリィンのフォローも一人の怒声にかき消されてしまう。
「フィー何故だ!!!」
ラウラの叫び声にフィーはビクッと体を震わせてしまう。
ラウラの言葉にフィーは答えない。いや、恐らく答えることができないのだろう。
責めるようなラウラの表情に蹴落とされ、どうしようもなさそうにうつむく。
リィン達も同じだ。この良いとは言えない雰囲気に蹴落とされ汗を流しゴクリと喉を鳴らす。
限界まで溜まった感情は当然ながら火山のように爆発してしまう。
「私は其方を受け入れようと今まで出来るだけ感情を抑えていたがもう限界だ!!やはり見過ごすことなどできぬ!!」
なんて理不尽ないい様なんだろうと思う。ただ心に溜まりに溜まった感情なんてものはこんなものなのだろう。
「それだけの力があり何故そなたは猟兵なんかに・・・・!!!」
突然、風船が破裂したような音が甲高く鳴り響く。突然のことにリィン達はビクッと肩を震わせていた。
手のひらにじんわりと不快な麻痺が広がる。
きっと僕はこの時のことをひどく後悔するだろう。
普段低堕落に惰眠を貪るかラジオ番組を聞くようなことぐらいしかしない自分がこんなことをするなんて自分でも驚きだ。
それでも抑えきれなかった。譲れないことだった。
時間が戻りしてしまったことがなくなるなんて都合のいいことはどれだけ願おうが決してできないだろうし、仮に出来たとしても僕はもう一度同じことをする。
だからやや赤く染まった僕の掌や、ましてや鮮やかな赤を彩るラウラの右頬にも今はなんの後悔もない。
お久しぶりです。
今回から話は少し変わっていきます。今までは割と本編をかなりなぞっていたのですがこれからはそれなりに話が変わっていきます。