ぷつん
そんな感じのまぬけな音とともに何かが切れた気がした。
恐らく切れたのはいつもいつも奥底に沈めていた心の琴線だろう。
きっと僕はこの時なにも考えずに行動に移してしまったことを深く後悔するだろう。
だが、後悔したところで振り抜いた掌がなかったことになるわけでもない。
「あのムンクが・・・・」
「ラウラをひっぱたいた・・・!?」
リィン達は普通に考えたらありえない僕の行動にあんぐり大きく口を開いている。
正直僕だってこんなことするなんて驚きだよ・・・。
だけど、ラウラの言ったことは気に食わなかった。
「ラウラ、ふざけないでよ……」
「なっ、何をする!?」
「それはこっちのセリフだよ。君は今最低のことを言ったんだ。少なくとも僕にとっては最低最悪だ、家族を否定するなんて。」
特別フィーを気にかけているというわけでもない。正直ここで今なれないような言葉を吐いているのも彼女のためではなく「ラウラの発言」そのものが気に食わないという理由でしかない。
フィーにとって傭兵団は家族だ。フィー自信そういっているし、彼女の言葉の端々からどれだけ大切な存在なのか感じとれた。
そしてそれが分からないようなラウラではない。
だからこそ気に食わない。
「なっ 少なくとも私は間違ったことは言ってない!!傭兵は決してよいものではないだろう!間違っているではないか!!」
あぁ、そうだ。ラウラはいつだって正しい。
「だから?」
だが正しいだけだ。
ラウラはあまりのそっけない返答に呆然として僕の顔を見つめる。まるで頭のネジがとんでるのではないかと疑問するように。
「間違ってることのなにがいけない?そもそも間違いって何だ?」
そうだ。間違っていけないならこの世はいけない人だらけだ。
間違っていても大切なものはある。
間違っていても欲しいものがある。
「そ、それは・・・」
「仮にいけないことだとしてもさ、君は人に善悪を説くだけで何かしたのか?ちゃんと手をさしのべたのか?否定するだけして何もしないっていうのか?それしか生きる道がない人だっているのに。」
世の中の犯罪者や人に言えないようなことをしている人全てを肯定するわけじゃない。
でも、この世にそれがいけないと分かっていても止められない。それにどうしようもなくしがみつくことしか出来ない人だっているんだ。
生きるために。
「善悪を説くなんて簡単だよ。君はちゃんと道を指し示していたの?ただ、ただ自分勝手な正義感に従った言葉なんて――」
正義なんてものは一歩間違えれば単なる暴力だ。
控え目に見ても恵まれている人間は分かっていない。
どうしようないぐらいの虚無感を、絶望を。
理解したような雰囲気を出すだけでその実何一つ分かっていない。
だからただ正しさを叫ぶ奴なんて――――
「無責任で最低だ。」
ただただ正しいだけの言葉なんて性質が悪すぎる。
正しさで全てがまかり通るならとっくに世界平和が訪れている。
なにも考えず正しさのみの思考なんて子供の癇癪にも等しい。
「私はそんなつもりじゃ・・・私は・・・私は!!」
「ら、ラウラ!!?」
ラウラは耐えきれなくなったのか、はたまた僕のことなんて見たくなくなったのかそのポニーテールに結ばれた後ろ髪がたなびくほど思いっきり走ってどこかへ行ってしまった。
「はぁ・・・」
一息ため息を吐く。この学園に来て以来もはや癖のようにため息だが、今口から出ている息はいつものため息とは段違いに重く感じた。
「ムンク今私は一人になりたいのだ。追ってこないでくれ。」
青髪の少女は歩みを止め後ろに振り向く。その一つ一つの動作に華を感じて一瞬見とれてしまうが、その丹精な顔が鬼のように歪んでいるのを見てしまうともはや恐怖しかない。
その獣の眼光とも言えるものに睨まれ、思わず足がすくんでしまう。
同年代の女子に蹴落とされてしまう自分がなんとも情けなく感じ、またため息を吐く。
だが、今回は例外だからいいのだ。まるで禁煙を破るダメ親父の言い分だが、ラウラが相手なら仕方ない。
だって、怖いんですもの。
「いや、そんなこといわれてもなぁ……リィン達に連れ戻してこいとか言われたし……」
今の状態を簡単に言えばやや早足で都市を闊歩するラウラに不審者(要は僕)が妖しく、ノロノロとストーカーしているようなものだ。
僕と彼女の距離は大きく離れていてとてもではないが同級生とは思えない。
あれ?これまずくない?傍から見たら完璧ストーカーだよね・・・。人生詰むことにならない?
忘れがちではあるがラウラは貴族の息女。そんな相手にストーカー行為じみたことをしているのだから運が悪ければ首が消し飛ぶ・・・なんてことはないよね?
ないと信じたい。
なんでこんなストーカーまがいのことをしていると言えば遡ること少し前
―――
ラウラが街に向かって走っていった後のことだ。
「ムンク、いいすぎだ・・・」
「悪かったよリィン・・・僕も言い過ぎた。あーなれないことなんてするもんじゃないね。」
そう言って肩をすくめる。本当になれないことをしたものだ。
今になって恥ずかしさがこみ上げてくるが時すでに遅し。
やばい、これ黒歴史確定だ・・・。
「というわけで、ラウラの後を追って連れ戻して来てくれ。」
リィンの言葉にマキアスとエリオットもうんうんと頷いていた。
どうやら、完璧に僕が悪者らしい
フィーは悼まれない雰囲気なのかただただ地面を見つめているだけだ。
「まぁ、男の甲斐性のみせどころだなムンク。」
そういってスーパーイケメンなスマイルを放つリィン。このクソイケメンは一体全体僕のどこをみたら甲斐性というものがあると思うのだろうか?下手したら概念までない可能性すらありえる。
太陽の輝きと言わんばかりのリィンの笑顔に思わず瞼を閉じてしまいそうになる。
やばい、あまりにも眩しくて浄化されそう。
何これ?僕が全面的に悪い雰囲気?
お互い悪いということで喧嘩両成敗的な感じに落ち着かないかな?
無理か・・・
なんだろ、なんで僕の扱いってこう悪いんだろ。
そんな僕にはラウラに殺されに行く・・・間違えたラウラを連れ戻してくるという選択肢しかなかった。
―――
回想終了
くそぅ・・・あんなイケメンスマイルでいわれても甲斐性なんて見せれるのはリィンだけだよ。
しかも、体を張って助けたせいかフィーのリィンを見る目に僅かではあるが色が出始めている。
知ってるんだぞ?アリサとよくいい雰囲気醸し出してること!
その上言えばフィーともか。
あれか?ハーレムかハーレム?
僕にあんな甲斐性だせるわけないだろ!
仮に付き合いたい男ランキングなんかやったら僕の順位はリィンと真逆になること間違いなし。
ちなみにモテ男の頂点はもちろんリィンだ。
しかし本当にこの世は不平等だ。イケメンが全てを与えられ、その他はその残飯しか与えられないようなものだ。
もう滅んじゃえよこんな世界。
ドロドロに濁った思考の沼に意識を沈めていると、一際大きい叫び声が僕の意識を泥沼から引きずり出した。
「泥棒だーーー!!」
「どうしたのだ?」
「あぁ!聞いてくれよ!ワルガキが店の品物奪っていきやがったんだ!!くっそ!!」
店主らしき人は顔を真っ赤にして地団駄を踏でいる。
「そういうことなら私たちに任せてほしい。捕まえてこよう。」
え?この子何してくれてんの?私たちってもしかして僕も含まれている?
正直泥棒を捕まえるとかめんどくさいことしたくないんだけど・・・
「え・・・ちょ、めんどく・・・。」
思わず本音を出しそうになるがラウラに睨まれ口を閉じる。
「へ?あんたたちがか?」
「ふむ、何か問題があるか?今は夏至祭だ。憲兵もまともに取り合ってくれないだろう。」
夏至祭中ということもあり憲兵達は警備に身をやつしている。
最近では帝国開放戦線なんてテロ組織みたいな連中も出ているのだから当然といえば当然だが。
そんな中たかがコソ泥一人にかまけている暇はないということだ。
「ふむぅ・・・なら任したよ!必ず捕まえてくれ!これじゃあ商売上がったりだよ!!」
疑心の目で商人は見てくる。学生ということであまり信用してないのだろう。
それでも、商品が返ってくれば儲けものだと考えているのだろう。
「ではムンク行くぞ!!」
ラウラの瞳は正義感に輝いており、何を言っても無駄ということが分かった。
仕方ないとため息を吐き、帝都は広いので二手に分かれて捜索することを提案する。
え・・・いや、サボろうなんて思ってないですよ?あくまで、あくま~で効率化を図るためですよ?
ええ、僕は嘘なんてつきませんから。ラウラの目の届かないところでサボりたいだなんて女神に誓っても思いませんよ。
「いや、それだとそなたはサボるだろう?一緒に行くぞ!」
見透かされていた。
せっかくの僕の男気溢れる提案は無碍にされてしまった。なんでバレた・・・
ちょっ・・・ついてくから!ついてくから襟を引っ張らないで!!
ラウラは僕が逃げないようにと女子とはとても思えない万力で襟首をつかみ進み始めた。
そうして僕はラウラに引きずられ窒息しそうになりながら泥棒を探しに行くのだった。
あれ?なんでいつの間にか僕泥棒探しなんてするはめになってるの?
こんな感じで