夜明けのレイディアント・エンダー   作:灰鉄蝸

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16話「プロジェクト・セラフィム」

 

 

 

 

 リリィ・フェルディエ・ドーンヘイルはシリウス独立派の爆弾テロで家族を失った。九歳のときの出来事だった。

 今でも思い出せるのは、家族連れで賑わうショッピングモールの一角で、閃光が弾けた瞬間の熱と衝撃だ。玩具の人形を買って欲しいとぐずっていた彼女だけが、一命を取り留めて。

 

 幼い彼女を置いていくふりをして先に進んだ父と母は即死だった。父と母だった肉片が辺り一帯にばらまかれたのを、少女の瞳はくっきりと捉えていた。

 だが、辛うじて命だけは助かったリリィも無傷ではなかった。全身に大やけどを負ったうえ、爆心地で肉と骨の断片になった犠牲者の死骸を、弾丸のように浴びた彼女の全身はズタズタに千切れていた。

 

 半死半生となった彼女に今の姿があるのは、すべて一人の地球貴族――マダム・グラシオンのおかげだ。テロの犠牲者を視察しに来ていた物好きな貴族は、身寄りをなくし高額な手術の費用を出す親族もなく、あと数時間で命を失うであろうリリィを見てこう言ったのだそうだ。

 

 

――この娘を助けましょう。

 

 

――生き残ったならば、我らの騎士に取り立てましょう。

 

 

 失った血肉を補填する手術は、高次元結晶体アカシャ・セルとの体組織の結合によって行われた。それは極めて難易度が高く、また適合率の問題もあって、上手くいく保証のない手術だった。何より高密度のアカシャ・セルは、先端科学で使用されるような高額な素材だ。

 

 普通に考えれば、明日には死ぬであろう子供一人に使うわけがない金額が、地球貴族の気まぐれで少女に注がれた。

 結論から言えば、リリィはアカシャ・セルと極めて親和性の高い個人だった。マダム・グラシオンの賭けは上手くいき、彼女は新しい身体を得て生まれ変わった――そうしてグラシオン家に忠誠を誓う騎士となった。

 

 新しい名字をもらって、少女はリリィ・フェルディエ・ドーンヘイルになった。アカシャ・セルに適合した彼女が、自分には不思議な力があるのだと自覚したのは、頭上に天使の輪を出せるようになったときだ。

 それは正しく人知を超えた超人の証であり、マダム・グラシオンを大いによろこばせるものだった。

 

 巨神騎士として本格的な教育が始まったあと、リリィはいろいろなことを教えられた。戦闘技術の研鑽や座学の勉強は辛く苦しいものだったが、楽しみもあった。

 歴史上の英雄であり、彼女と同じ巨神の力を発現していたという超人――〈ケルベノク〉の英雄譚は、リリィにとって新しい憧れになった。かつて人類を滅ぼしかけた厄災に立ち向かい、最後には自らの意思で自己犠牲したという彼に憧れて。

 

 リリィは努力した。地球貴族と呼ばれる特権階級、グラシオン家の後押しで地球帝国の粛清執行官――反乱分子を制圧する役職にも就いた。

 

 リリィは努力した。自分のような思いをする子供を二度と作らないために、容赦なく無慈悲に叛徒を粛清してきた。

 

 リリィは努力した。赤の巨神〈アトラトール〉が反乱分子にとっての恐怖の代名詞、粛清の化身として知られるのに時間は要らなかった。

 そして今、少女騎士は自らの信念の根幹を揺るがされている。

 

 

――木星圏。

 

 

 シェオルグの技術供与によって人類の文明が復興したあと、太陽系は真っ先に開拓された。それは資源や土地を求めての移民ではなく、種族レベルで滅びかけた記憶が人類を駆り立てた恐怖による拡散(ディアスポラ)だった。木星圏はテラフォーミング可能な惑星を持たない過酷な環境だったが、重力制御による安定した一G環境や、人体改造技術で高い放射線耐性を付与された人類にとって、必ずしも生存不可能な場所ではなかった。

 

 既存の国家や民族の枠組みで食っていけなかった移民にとって、新天地はそれだけで魅力的だ。

 かくしてシェオルグのもたらしたオーバーテクノロジーが生み出した文化圏は、一定以上の大きさのコミュニティを維持できるほどの人口を抱え発展し、ついには恒星間文明を支える太陽系特権階級の一部にまで成り上がった。

 木星圏とは地球にすがりつく古い人々を見下し、他星系に入植した人々を新参者と蔑む土地でもある。

 

 地球帝国情報局所属の特殊工作艦〈インクレメント〉は、そんな木星宙域の片隅で着々と実験の準備を進めていた。全長三五〇〇メートル、全幅一一〇〇メートル、並みの宇宙船が小舟に見えるほどの巨船である。

 

 本来、大量の艦載機や誘導ミサイルを搭載して運用する戦闘母艦をベースに改装された〈インクレメント〉は、この手の軍用艦としては珍しく居住性も良好だった。エリュシオン高速巡洋艦〈アトランティス〉も中々の居心地のよさだったが、この規模の船ともなると内部空間の広さが違うのだ。

 

 しかしリリィの気分は優れなかった。それもこれも胸が悪くような陰謀に加担させられているせいだ。彼女の前にいる男は、それを取り仕切る本物の悪人だった。

 情報局から要請を受けたリリィはあくまで重要参考人としてエンダーの身柄を捕らえ、情報局に引き渡したという筋書きになっていた。書類上は〈カロンデルタ〉で起きたテロ事件に関する事情聴取のためだ。

 

 とんだ茶番である。それをわかっていながら、マダム・グラシオン――自身の後援者に逆らえない我が身がふがいなかった。

エンダー・カレルレヤの身柄を引き渡すため、高速巡洋艦〈アトランティス〉――すでにこの宙域から去っている船――から乗り移ってきたリリィを待っていたのは、異相の怪人であった。

 

「イアータ・トゥルガム長官……何故、あなたのような方が現場に?」

 

 特殊工作艦〈インクレメント〉の艦橋。その一角のシートにVIP待遇で座っている男は、異様な鉄仮面を被っていた。否、仮面ではない。この男は身体のほとんどを人工物に置換したサイボーグなのだ。

 のっぺりとした金属質な仮面を素顔にしている男は、少女の問いかけに対して、愉快そうに喉を鳴らした。黒いスーツの肩がふるふると震えている。

 

「そうかしこまることはないよ、ドーンヘイル執行官。私とて何も四六時中、悪巧みしているわけではない。君の質問に答えるなら――記念すべき瞬間をこの目で確認するためだよ」

 

「記念すべき瞬間、ですか?」

 

「モニターに格納庫の映像を映したまえ」

 

「格納庫の映像を映せ」

 

 トゥルガムの言葉に従って、〈インクレメント〉艦長が命じると艦橋中央部のモニター画面が切り替わった。それまで無味乾燥な周囲の探査情報を映していたモニターが、艦内を監視するカメラに繋がったのだ。

 モニターに映ったのは、青銀の髪を持つ美しい少女だった。その側頭部からは、竜を思わせる宝石のような角が二対四本生えており、彼女がこの世ならぬ存在だと見るものに知らせている。

 

 エンダー・カレルレヤだった。目を閉じて意識を失っている様子の少女は、ウェットスーツを思わせるタイトなスーツに肉付きの薄い身体を包まれている。鎖骨の形まで浮き出て見えるような黄色いボディスーツは、少女の首から上以外の全身を覆っているようだった。

 彼女がいるのは、その全身をすっぽりと包み込めるほど大きい、透明なカプセルの中だった。

 

「エンダーさん……」

 

「ドーンヘイル執行官、君が確保してくれたシェオルグだよ。あれには使い道があってね」

 

 エンダーの人格を認めないような物言いに、少女騎士は表情を変えないよう努力しなければよかった。自衛しようとした彼女を傷つけ捕らえたのはリリィだが、一月以上、対等の個人としふれ合ったのも事実である。

 あまりいい気分はしなかった。

 そんな少女の様子に気づいているのかどうか、鉄仮面の男は言葉を続ける。

 

「彼女たちシェオルグの肉体を構成しているのは極めて高密度のアカシャ・セルだ。ドーンヘイル執行官、君の肉体の再生手術で使われたアカシャ・セルすら、彼女の肉体を構築するそれと比べれば低い密度と言わざるを得ないほどにね。それはすなわち、この宇宙で最も優れた情報媒体であり演算処理装置であることを意味している。我々、情報局がかねてから進めていた〈プロジェクト・セラフィム〉には必須の存在だ」

 

 相手はとっくの昔にリリィの経歴をすべて把握しているようだった。情報局の長ともなれば、それも当然なのだろう。リリィが興味を持ったのは、イアータ・トゥルガムのとある言葉だった。

 

「演算処理装置……エンダーさんの肉体が、ですか?」

 

「ああ。そして彼女の犠牲によって、我々の共通の願いは叶うのだよ」

 

 その言葉にリリィは震えた。まるで心の奥まで見透かされているような気がして、居心地が悪くなる。

 

「トゥルガム長官、あなたは一体……」

 

「私もシリウス時代にテロに遭ってね。独立派のせいで肉体がダメになってしまった。この身体はその戒めとして、あえて機械化したんだ」

 

 息を呑んだ。まるで自分の映し鏡を見ているような気分。そんなリリィの目を覗き込みながら、彼はこう言った。

 

「私の理想は――テロリズムや分離主義の根絶、すなわち永遠に続く平和の実現だ。この〈インクレメント〉が搭載している兵器はその先駆けとなるだろう」

 

 永遠の平和。その言葉に心惹かれてしまうのを、リリィは抑えることができなかった。たとえ目の前の男が卑劣な自作自演のテロの首謀者であろうと――その目標は尊いもののように思えた。

 

「……それが、〈プロジェクト・セラフィム〉なんですか?」

 

「その通りだ、ドーンヘイル執行官。確かに我々の行いは許されざる非道なのだろう。だが、〈プロジェクト・セラフィム〉が成功するか否かで左右されるのは、この銀河で生きる地球帝国の民、二〇〇〇億人の安全なのだ。これは最早、文明規模の安全保障問題と言っていい」

 

「安全保障……叛徒でもない三〇〇人の犠牲が、それで正当化されると?」

 

「ドーンヘイル執行官、君はまだ若い。その清廉な正義感だけでは、守れないものもあるのだよ……わかってくれとはいわない、すべてが終わったあとならば、私には裁かれる覚悟がある」

 

 リリィは何が正しいのか、わからなくなっていた。この男が主導したという自作自演のテロは許されざる行いだ。でも彼とマダムが進めているという計画――この銀河全体の安全保障は、リリィにとってもっともらしい大義に見えていた。

 

 今でこそ表立って分離独立を叫ぶ星系自治政府は少ないが、それはあくまで地球帝国による弾圧を恐れての日和見に過ぎない。シリウス星系の独立派をはじめとして、地球帝国による支配を嫌う反体制勢力は静かに、しかし着実に規模を増やしている。

 このままでは戦争になる。

 

 そういう危機感は、反乱分子の制圧を職務とする粛清執行官リリィ・フェルディエ・ドーンヘイルにも確かに存在していた。それだけにイアータ・トゥルガムの言及する解決策が本当ならば、それに賭けてみたい気持ちはあった。

すがるような気持ちだった――自分の後援者が〈カロンデルタ〉のテロに関わっていたというショックすら、薄らいでしまうほどに。それは悪魔のささやきのように甘美な毒となって、テロにトラウマを持つリリィの心を捕らえてしまう。

 

「あと少しですべてが上手くいく。君の力を貸して欲しい、ドーンヘイル執行官」

 

 断る理由ならばいくらでもあるはずだった。しかし少女に否と言えるはずがない。

 この世界からテロリズムや反乱を少しでも減らせるなら、それは正しいことのように思えたからだ。

 

 自分の良心に嘘をついてでも、叶えたい理想だった。

 リリィ・フェルディエ・ドーンヘイルは無言で頷いた。それがエンダー・カレルレヤを犠牲にすることを意味するとわかっていながら、頷いてしまった。

 トゥルガム長官が満足げに息を吐く。

 

「ありがとう、君を頼りにしている――」

 

 そのとき〈インクレメント〉の周囲を囲む哨戒艦からデータリンクで敵影を知らせる報告が入った。

 

「何事だ!」

 

「高速で接近する敵影を確認。数は一、速度を増していきます。極めて高密度のアカシャ・セル反応――これは巨神騎士です!」

 

 まさか、とリリィは思う。あのとき確かにとどめを刺したはずである。あの状態で生きていたというのか、彼は。

 

 目を見開いたリリィを横目に、イアータ・トゥルガムは呟いた。

 

「流石に二〇〇〇年前の英雄は生命力も豊富と見える……迎撃しろ、演算ユニットに近づけるな!」

 

「あたしも迎撃に出ます」

 

「心強い限りだ、ドーンヘイル執行官」

 

 その白々しい言葉に応えることなく、少女騎士は艦橋から出た。ドアが閉まった途端、感情が音になってこぼれ落ちる。

 

 

「なんで逃げ延びてくれなかったんですか……」

 

 

 今度こそ、〈ケルベノク〉を――自分のヒーローを殺さねばならない。

 その事実に少女は震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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