――世界は変わっていた。
二〇〇〇年後の地球を歩く東雲ツルギは、常夏の故郷――メガフロートによる海洋都市になっていて、ほとんど原形を留めていない――を歩いていた。
まるで異世界に迷い込んだような浮遊感は、二〇〇〇年前、西暦二一二〇年の冬と同じような感覚だ。
土地のにおいも景色も、何もかも違うというのに。
それでも感慨深くなってしまうのは、彼が抱いている感傷のせいだった。
自分は戻ってきたのだ。
二五〇万光年の彼方から、生まれ故郷まで。
空を見上げる。
泣きそうなぐらいに澄んだ黎明の空。あの日あのとき、西暦二〇二〇年のそれと変わらない色。
早朝のせいか、人気はほとんどなかった。人工的な丘陵地帯が作られた海浜公園で、しばらくぼけーっとしていると――ぽんぽん、と肩を叩かれる。
エンダーである。
角ある少女はいつものように微笑んでいる。
「生まれ故郷は満喫できましたか?」
「ああ、たっぷりとね」
気を遣われているのがわかったから、ツルギは不器用に微笑み返した。感傷が尽きることはないけれど、時間は有限だった。極東に滞在している地球帝国の有力者との会談が終わったら、次は火星までひとっ飛びしなければいけない。
巡礼船〈光輝号〉は幸いにも無傷だった――水星の衛星軌道上を無人航行しているところをパトロール艦に発見され、エンダーに返却されたのである――ため、太陽系内の移動には不自由しないのだ。
そっと視線をエンダーに合わせた。
青みがかった銀髪の少女が、琥珀色の瞳に彼の姿を映している。
ようやく決心が付いて、東雲ツルギはゆっくりと口を開いた。
「……最初に会ったころ、君と約束しただろう? 夢ができたら君に話すって」
「見つかったのですか……?」
何かを恐れるように、エンダーはおずおずと彼の顔を見つめた。生きる理由ができたら、ツルギがどこかに行ってしまうと恐れているようだった。
そこまで彼女に想われているのが嬉しかった。
東雲ツルギは幸せものだと思う。だから、はっきり伝えることにした。
すうっと息を吸い込んで、目を閉じて。
「――僕は君の隣にいる。ずっと、君の味方でいる。それが、僕の新しい夢だ」
時間が止まったみたいに、無音の時間が続いた。悪戯が失敗した子供みたいな気持ちになって、恐る恐るまぶたを開く。
すると、そこには。
涙が。
「え――」
エンダー・カレルレヤの白く透き通るような頬を、一筋の雫が伝い落ちていた。人間を模倣したシェオルグの進化の果ては、感情表現のために涙を流すというコミュニケーションの極致だった。
それがどれほど長く過酷な旅路の果ての収斂なのか、東雲ツルギは知らない。
少女の抱えていた永劫の孤独など、彼は知りもしない。
それでもこう思ったのだ。
「約束する。エンダー・カレルレヤ……僕は、君のために戦おう」
「……あなたは、本当に……古くさい言い回ししかできないのですか」
「ああ」
そっと彼女の身体を抱きしめた。
折れそうなぐらいに華奢で細身の少女の身体は、人間とは違う手触りがした。けれど柔らかであたたかで、確かに生命のにおいがした。
たとえ自分がアカシャ・セルの塊で、エンダーが〈禍つ光〉の末裔なのだとしても――目の前の少女を愛おしく思う気持ちは、嘘ではないと思えた。
永遠の少女の喉から、こいねがうような言葉があふれた。
「幾久しく……よろしくお願いします、東雲ツルギ」
エンダーの面差しを見た刹那、時間が止まったみたいな気持ちになった。
何故なら、あまりにも彼女の笑顔が綺麗だったから。
――それを永遠にしたくて、不死の少年は目を閉じた。
これにて終幕です。
お読みいただきありがとうございました。