夜明けのレイディアント・エンダー   作:灰鉄蝸

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2話「プロパガンダ・ヒーロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンダーが退室してすぐ、ツルギはひとまず最低限の確認を行った。ベッドの上から自分が起き上がれること、一G環境下――この宇宙船はテクノロジーによって重力制御を実現しているらしい――で自分が二足歩行できることを確認。どうやら〈禍つ光〉を倒したときのショックで肉体が不調になっているとか、そういうことはないらしい。

 

 昔、何かのヒーロー映画で、主人公が大怪我をして後遺症を負う展開があったけれど、どうやら自分は運がいい。

 ぐいっと背伸びして、上品なドレスを着た少女――エンダー・カレルレヤのことを考えた。

 

 青みのかかった銀の長髪も、琥珀色の瞳も、宝石のような竜の角も、浮世離れしていて――アレが異星人ですと言われれば、なるほど、そういうものかと思ってしまう。

 しかし我ながらどうかしている、と感じたのは。

 

 

――敵意が湧いてこないのは、燃え尽き症候群ってやつかな。

 

 

 普通に考えて、自分の主観ではついさっきまで殺し合っていた未知の異星体の仲間だと言われたら、警戒するなり敵意を向けるなりが普通だ。それはツルギ自身、エンダーの言うとおりだと思う。

 

 そうなっていないのはたぶん、彼女の言動の毒気が抜かれているからだ。

 あれが演技だとしたらかなりやり手である。

 おそらく根が純朴な自分では見抜けないほどに高度な演技ということになる。

 つまり警戒するだけ無駄だな、と結論を出したときだった。

 

 エンダーが再び入室してきた。両手でトレーを持っている少女は、ランチプレートのような立体的な皿とスープの入った器、そしてスプーンとフォークを運んできていた。

 先の尖った食器類――少なくともこちらを虜囚と思っているなら、こんなものは渡さないだろう。

 エンダーは胡散臭い微笑みを浮かべて、トレーを小さなテーブルの上に置いた。

 

「食事です。毒は入っていませんよ」

 

「わかった。いただくよ」

 

 即答した。

 エンダーは怪訝そうな顔でツルギのことを見ている。

 そこは普通、もっと警戒するだろという顔である。しかしたった今、警戒するだけ無駄だと結論を出したばかりなのだ。そんな顔をされても困る。

 さて、どんなメニューかと覗き込んだ東雲ツルギは驚愕した。

 

「チャーハンじゃ……ない?」

 

「二〇〇〇年ぶりに食べる食事がチャーハンでよかったのですか?」

 

「チャーハンをアピールしてきたのは君では……?」

 

 ツルギの突っ込みは無視された。やや悲しい気持ちになりつつ、ツルギは椅子に座って食事と向き合った。食事は米を炊いたと思しき料理、タレをつけて肉を焼いたと思しき料理、葉物野菜を蒸したと思しき料理、コーンポタージュと思しきスープ皿で構成されている。

 簡素だが、普通に美味しそうなメニューである。

 

「一応聞いておくけど、これって地球人類が一般的に食べる食材であってますよね?」

 

「わたしを何だと思っているのですか? 普通の食事を選んだつもりですが……」

 

「昔読んだSF小説でトラウマものの描写があってね……」

 

「それ、食事時にしたい話ですか?」

 

 じっとりした目でにらまれて、東雲ツルギは肩をすくめた。ちょっとエンダーをからかうのが楽しくなってきたのである。しかし流石に礼を失しすぎたな、と思って食事に手をつけた。

 

 米料理はピラフだった。肉料理は照り焼きチキン。葉物野菜はキャベツにドレッシングを和えたもの。コーンポタージュは、やはり見た目通りの味がして。単純で工夫らしい工夫もない料理だった。

 

 食べる。一心不乱にフォークを動かし、スプーンを口に運んで、ただ食べ続けた。

 美味かった。それは長い間、食べていなかった味だった気がして。

 どうしてそう思うのか、すぐに思い出した。

 

 これは故郷の味だった。彼の日常がすべておかしくなってしまう前、二〇〇〇と一〇〇年の昔――ツルギがまだ普通の高校生で、豊かで恵まれた生活をしてきた頃の、冷凍食品混じりの食事。共働きの両親には慣れっこで、ツルギはよくこの冷凍エビピラフを食べていた。

 とっくの昔に失われたはずの戦前の味、二一世紀の日本で食べていた食事がそこにあった。

 

「どうして……」

 

 思わずこぼれた呟きは、よりにもよってこの味だったことへの戸惑いがそうさせた言葉だった。

 エンダーは邪気のない微笑みで、完食したツルギを見て嬉しそうに微笑んだ。

 少女が何を考えているかなど、神にあらざる彼にわかるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

「うんざりするな、これ……」

 

 エンダーとの顔合わせから数時間後。

 東雲ツルギは少女からもらったタブレット端末――二〇〇〇年後の社会のくせにいくら何でも進歩してなさ過ぎだと言ったら「あなたのレベルに合わせて作りました」とダメな子を見る目で諭された――を弄って、これまでの人類史について調べていた。

 

 喋り言葉と同じく、読み言葉の方も難なく理解できたのは収穫である。これで文章が読めなかった場合、一から言語を習得する必要があるのでとてもややこしくなるところだった。

 この宇宙船――本当に宇宙船なのかどうか、部屋から出ていない彼にはわからないのだが――のアーカイヴに繋がっているというタブレット端末は、すぐにツルギの知りたいことを教えてくれた。

 

 例えばエンダーの言うところの「東雲ツルギの悲惨な現実」とやらが何なのか、とか。

 調べてすぐツルギは後悔した。地球の復興期から現在に至るまでの歴史を収めたというアーカイヴには、たっぷりとろくでもない現実が収められていた。

 

 それは映画であり、漫画であり、アニメであり、コミックであり、ゲームだった。

 いずれもバリバリの脚色が入っている歴史を題材にしたフィクションであり、一言でいえばプロパガンダ塗れの何かだった。

 人類を救った英雄〈ケルベノク〉の最期。

 

 それはもう、すごかった。

 物語の中で不死身の巨神〈ケルベノク〉は、人類の未来を憂い、ついに自己犠牲を覚悟するのだ。

 

 彼の周りには多くの戦友や恋人が詰めかけ、涙ながらに彼の特攻を止めようとするのだが――もちろん正義のスーパーヒーロー〈ケルベノク〉はそんなことで決意を曲げたりしない。

 

 最高にマッチョイズムあふれるヒーローである彼は、とうとう悪の巨星〈禍つ光〉へと突撃し――重力崩壊を起こしてマイクロブラックホールと化した妖星と共に亡くなったのだった。

 

 

――ありがとう〈ケルベノク〉、私たちはあなたの献身と覚悟を忘れない。

 

 

 そんな感じの美辞麗句と共に物語は締めくくられた。

 

「誰だこいつ……」

 

 頭を抱えてツルギはうめいた。

 わかっている。これはプロパガンダである。東雲ツルギという個人を偶像化し、彼がいなくなったあとの世界をまとめ上げるために利用した。

 

 大方、そんなところだろう。困ったことに大筋のイベントは合っているのだ。実際の彼はこんなにマッチョな善意の化身などではないし、私的な友達はそんなにいないし、そもそも恋人などいたためしがないとしても。

 まあそんな不都合な現実は、誰も見たがらないだろう。

 

 あの地上を焼き尽くす災厄の時代、ヒーローみたいな誰かがいて欲しいと誰もが願っていたあの頃――それを、現実で最もヒーロー然とした存在に託すのは当然のことだった。

 ツルギ自身、もしその力を持つのが自分でなかったならば、当然のように都合のいい偶像を押しつけていただろうという自覚がある。

 

 東雲ツルギが異能の力に目覚めたのは、一七歳の誕生日を迎えた日だった。

 うだるように暑い九月の終わり頃、エアコンの効いた室内で家族の買ってきたホールケーキを眺めながら、さてどれが一番イチゴが大きいだろうと思案して。

 家族に囲まれて、誕生日を祝ってもらっていたのを覚えている。

 

 だが、閃光と熱波と衝撃波が跡形もなく家屋諸共、彼の肉体を蒸発させた瞬間を覚えてはいない。

 西暦二〇二〇年の夏。

 彼は気づくと巨神になっていた。

 日本列島の埼玉県某所、とある地方都市があった場所が綺麗に吹き飛んでクレーターが穿たれたあと。

 

 彼はわけもわからず、どこにも家族がいないことに困惑して、巨大なクレーターの跡地を、瓦礫だらけになった街並みを歩き回って。

 巨大過ぎる歩幅、瓦礫と比較しても大きすぎる肉体――そしてようやく、自分が人間ではなくなったことに気づいた。

 

 自宅も学校も家族も友人も、最初の流星雨の直撃で蒸発し即死していたという現実を受け入れられるまでには、さらに多くの年月がかかったものである。

 ついでを言うなら、彼が超自然的な巨神の力を手に入れた唯一の生存者であることがわかると、日本政府は彼を囲い込んでモルモットのように扱ってきたのも覚えている。

 

 まったくろくでもない人生である――今でこそそのように達観できるが、当時、故郷が全滅した高校生に過ぎなかった東雲ツルギにとって、現実は過酷すぎるものだった。

 彼の異様な超能力――そう呼ぶほかない、人類の既存の科学知識では説明できない超自然的現象の数々――が、地球外からの侵略者に有用だとわかると、すぐに彼は戦場で引っ張りだこになった。

 

 かくして英雄譚は生まれた。

 レイディアント・ビーストに対して人類が劣勢の戦場に颯爽と現れ、敵の主力を葬り去っていく巨神――なるほど、これほどまでにプロパガンダに向いたヒーロー像もそうはいない。

 

 宗教的にはどうだか知らない――天使の名前をもじって〈ケルベノク〉などというコードネームをつけられる程度に不信心だ――が、とりあえず国家と民族の壁を越えて持ち上げられる正義の味方というわけだ。

 

 そういうわけであるから、この〈ケルベノク〉を限界まで持ち上げてマッチョでタフな英雄にしたプロパガンダとて、理由がわからないわけではなかった。とはいえ、当事者として見るには精神的に辛すぎる。

 

 「これが未来社会に行き渡っている常識」という現実を突きつけられて、ツルギは深々とため息をついた。利用できるものは骨の髄までしゃぶり尽くしてプロパガンダを作りそうな昔の知己――とうの昔に鬼籍に入っているだろう――にも心当たりがあるので、あいつらが地獄に落ちていますようにと祈ってしまう。

 もっともあの時代、地球軍の上層部にいたような人間は、彼が祈るまでもなく地獄行きだろうけれど。

 

 プロパガンダ作品群の衝撃から立ち直ってきて、ようやく東雲ツルギはまともな歴史についても学ぼうという気持ちになってきた。アーカイヴにアップロードされているデータのうち、世界史のカテゴリから地球人類史を選んでタップする。章立てられた教科書の目次は地球帝国前と以後で区切られていることがわかる。

 

 タブレット端末を手渡されたときにエンダーから聞いた話では、宇宙時代の教育はこういったアーカイヴにアクセスしての自宅学習が普通であるという。もちろん昔ながらの集団生活――巨大な都市を船内に抱えたコロニー船や、テラフォーミングで環境地球化が完了した入植地――を営んでいるコミュニティでは、学校での集団教育が盛んらしいのだが。

 

 エンダー曰く、そういったコミュニティと物理的に距離がある資源採掘プラントや辺境の入植者、そして独立系商人などの宇宙船暮らしの人間は、教育をこういったアーカイヴで済ませるのが慣例らしい。

 

 流石は宇宙時代である。空間跳躍航法だの亜光速推進機関だのが普通に出てくる。

 〈禍つ光〉を倒すために光速にまで加速した自分の苦労は何だったのだろう、と思うぐらいの発展ぶりである。

 

 閑話休題。ともあれ地球帝国なる政体が、今の人類社会の根幹にある巨大な星間国家らしい。歴史の教科書を読み漁ると、〈禍つ光〉と呼ばれた存在――地球外知性体とのファーストコンタクトの章に到達。一〇〇年間続いた戦争の話はあっさりと流されて、代わりにクローズアップされたのは異星種族シェオルグとの和解と融和だった。

 敵との和解。融和。

 

「そんなのありか……?」

 

 敵は絶対的な人類の天敵であり、外宇宙の恐怖そのものであると叩き込まれてきた東雲ツルギは、あまりにも自分の価値観と異なる教科書のノリに軽く引いていた。

 〈禍つ光〉。レイディアント・ディザスター。その眷属たるレイディアント・ビースト。そういった単語は補足欄で触れられているだけで、むしろ資料とテキストを割いて説明されているのは、異種族シェオルグとの融和の歴史であった。

 

 壊滅的な打撃を受け文明の衰退期に突入し、人口も全盛期の半分以下にまで落ち込んでいた人類は、シェオルグからの技術提供になって復興を成し遂げた。高度な自動化テクノロジーや放射性物質による土壌汚染の除去、宇宙放射線や無重力環境への適応改造、果ては重力制御技術に至るまで――今日の人類の宇宙進出を支えるものすべてが、人類とシェオルグとの和解によってもたらされたと教科書には書いてある。

 

「反則だろ……」

 

 うめくように呟いたあと、ツルギはベッドの上に大の字になって寝転がった。

 つまり人類は、東雲ツルギの決死の作戦のあと、異星体――シェオルグとの和解に踏み出して、どういうわけかそれに成功し、たっぷりとオーバーテクノロジーをもらい受けて今の繁栄を築き上げたらしい。

 繁栄しているのはいい。敵と和解したのもそういうこともあるだろう。しかしいくら何でもこれは――

 

「衝撃的でしたか?」

 

 いきなり声をかけられた。

 ぬっと顔を覗き込んできたエンダー・カレルレヤ――結晶の角と青銀の髪を持つ少女――は、いつも通りの胡散臭い微笑みと共に彼の表情を見つめている。

 

「一応、聞いておきたいんだけど、これって歴史観が偏っている教科書だったりしない?」

 

「更新したのは地球標準時間で一〇年前ですが、地球帝国の標準教育用アーカイヴです。つまり一般常識と言っていいテキストかと」

 

「……嘘だろ」

 

 東雲ツルギは限界まで息を吸い込むと、理不尽すぎる現実に抗議するように吐き出した。

 

「僕らは何のために戦っていたんだ……?」

 

「シェオルグであるわたしが言うのもなんですが、人類の存続のためでは?」

 

「ああ、いや、それは間違っていない。その通りなんだけれどね――いくら何でも、おんぶに抱っこがすぎる。人間として情けないじゃないか」

 

 人間の持つべき自立心や尊厳、そういうものを、たぶんツルギは後世の人間に期待していたのだろう。それが身勝手な前時代的価値観と言われれば、それまでなのだけれど。

 

「よくわからない感覚ですね」

 

 そう言って、エンダーは微笑んでいる。

 

「わたしはもっと、あなたがシェオルグに敵意を持つと思っていましたが」

 

「生憎、人間の形をしていて、人間の言葉を話して、人間の常識がある相手を無条件で敵と思えるほど狭量じゃないんだ」

 

「良識的ですね、あなたは」

 

「僕が? …………心外だな」

 

 ふむ、と頷いて。

 エンダーは不意に、その透き通ったガラス細工のような細い指で、ツルギの手を取った。

 

「では気分転換に、外へ行ってみませんか?」

 

「外……?」

 

 ツルギは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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