夜明けのレイディアント・エンダー   作:灰鉄蝸

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4話「オタクガール・リリィ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巡礼船〈光輝号〉は全長七二〇メートル、空間跳躍航法による単独超光速移動が可能な船である。これは西暦四一二〇年現在、地球帝国の勢力圏内においても、個人所有の艦艇としては規格外の移動能力を持つことを意味する。

 

 一般的な宇宙用艦艇であれば、移動するのは精々、星系国家内の星間移動に限られるし、別星系へ旅するのであれば空間跳躍用の〈ゲート〉を用いるのが一般的なのである。単独での恒星間移動が可能な艦艇は通常、帝国宇宙軍が所有する戦闘艦に限られる。これは経済的合理性によるものがそうさせているのもあるし、星間航路の治安維持の観点から、空間跳躍航法の民間での運用に制限がかけられているのも関係している。

 

 銀河系に覇を唱える地球人類による巨大な統一国家、地球帝国――その統治の中にあって、例外が適応される船の一つが巡礼船である。

 巡礼船とはシェオルグの所有する宇宙船の通称である。地球帝国の建国時、多大な功績を残した人ならざる異形の種族、シェオルグ――その起源を人類の天敵と同じくしながら、人類のため尽くした彼らを讃えて、銀河のあらゆる場所を巡れるよう所有が認められたのが巡礼船なのだ。

 

 巡礼船〈光輝号〉もまたそういった船の一つであり、この船の所有者はエンダー・カレルレヤである。同時に彼女は唯一の船員であり、船長でもある。そのような事情を聞かされて、東雲ツルギはため息をついた。

 壮大な話である。

 

「……つまりシェオルグに認められた特権ってことか」

 

「そういうことですね。ほら、はぐれないでください」

 

 つかつかと歩いて彼を先導するエンダーの歩幅は小さい。ツルギの胸のあたりにある少女の頭部からは宝石のような竜の角が生えていて、それがキラキラと輝いている。

 ガヤガヤと人混みでごった返す宇宙港に呆気に取られながら、ツルギは必死でエンダーのあとを追った。

 

「それで、ここはどこなんだ!? 〈光輝号〉からも降りてしまったようだけど――」

 

「社会見学の時間です、ここはコロニーシップ〈カロンデルタ〉――都市を内包した宇宙船です。西暦四一二〇年の文明のことを知りたいなら、わたしとマンツーマンで話すより実地で体験した方がいいでしょう」

 

「それはそうかもしれないが……」

 

 今のツルギはようやく支給されたまともな服を着ている――どんなSFめいた不思議コーデをさせられるのかと警戒していたが、与えられたのはごく普通のズボンとシャツとジャケットだった。びっくりするぐらい、二一世紀の日本にいても不思議ではない格好である。周囲を見渡した感じでは、そこまでツルギの格好は浮いていないようだった。

 

 宇宙文明になったからといって、いきなり全人類がSFっぽい全身タイツを着たりはしないらしい。そんな風に彼が安心していると、エンダーが足を止めた。

 今の彼女は例のドレス姿をやめて、黒いジャケットにショートパンツ姿――たぶんストリート系ファッションに近い――にスニーカーを履いている。動きやすさ重視なのだろうか。流石にあのドレス姿は街中だと悪目立ちするという判断なのだろう。

 そんなことを思っていると、エンダーににらまれた。

 

「態度がでかいですよ、英雄殿。あなたはわたしのヒモであることをお忘れなく」

 

「自立したい……一刻も早く自立したい……!」

 

「宿なし金なしIDなしが自立……不可能では?」

 

「未来って怖いなあ!」

 

 これは切実な問題である。何せ〈カロンデルタ〉の税関を通るときも、身分証やらなんやらを持っているのはエンダー・カレルレヤその人なのである。身分証一つ持っていない東雲ツルギは、二〇〇〇年後の未来では何も持っていない不審者だ。そんな彼の入国――この場合は入船というべきだろうか――が許されたのは、ひとえにエンダーが持つシェオルグの特権らしい。

 

 ひょっとして今の自分は付き人、下手をするとペットの類なのではと戦慄する東雲ツルギだった。

 宇宙港の敷地を出てすぐの通路は、壁の向こう側に触れそうなほど透明な樹脂素材でできていた。四方が透明な樹脂素材で構築された連絡通路からは、都市の街並みがよく見える。

 

 〈カロンデルタ〉の都市設計のモチーフ――本格的な宇宙進出前の人類の全盛期とされる時代、二〇世紀後半から二一世紀前半をモチーフにした都市建築を一望できた。

 二〇〇〇年以上も昔の街並みを住居に選ぶのは不合理な気がしたが、それも含めて余裕ある暮らしの証と考えるのが、未来人流の贅沢の仕方らしかった。

 宇宙港を出てすぐ、無料のカーシェアリングサービスが利用できた。無人車両に乗って自動運転任せに走ること一〇分あまり。

 

 〈カロンデルタ〉の市街地に到着した自動車は、観光客向けの街並みで停車すると、適当な道路に二人を下ろした。エンダーもツルギも手荷物などは持ち歩いていないから、身軽なものである。

 

 次なる乗客を乗っけて走り去っていく自動運転車を見ながら、エンダーがツルギに声をかけた。少女は明らかに〈カロンデルタ〉が初めてというわけではないようで、足取りもしっかりとしていた。お上りさん丸出しのツルギとは大違いである。

 

「ここが〈カロンデルタ〉で一番大きい市街地、マンハッタントーキョーです」

 

 都市は見上げるほどの高層ビルの摩天楼に覆われており、天井に投影された青空は本物の空と見まごうほど青い。ここが地球上にある都市だと言われれば、信じてしまいそうなぐらいに。

 

「こんな街があるなんて、この……〈カロンデルタ〉って宇宙船はどれだけ大きいんだ?」

 

「全長六〇〇キロメートル――ちょっとした衛星ぐらいの大きさがありますよ、資源も自前でまかなえる高度な循環システムを搭載していて、その気になれば外宇宙での単独航行も可能です。実にエレガントな船体だと思いませんか?」

 

「詳しいね?」

 

 ふふん、とエンダーは胸を張った。

 

「この船の設計者はわたしですので」

 

「えっ」

 

「なんです、その意外そうな声は。わたしはあなたの飼い主ですよ?」

 

「君のヒモになった覚えはない……いや、てっきりシェオルグ特権で暮らしてるご令嬢とかかと思っていたんだけど」

 

「言っておきますが、わたしはあなたより年上です」

 

「なっ――」

 

 ツルギは黙り込んだあと、受け入れがたい現実と向き合った。

 

「僕より見た目が若いから年下だとばかり……」

 

「ご自分も一一七歳に見えない若作りだという自覚がないのですか、ご老体」

 皮肉られた。

 

 言われてみるとその通りなので反論の余地はなかった。ツルギはもっともらしく頷いて、ただ一言。

 

「安心して欲しい、僕は敬老の精神を持っている」

 

「はったおししますよ?」

 

 エンダーはじっとりと据わった目つきでツルギをにらんでくる。ここは我慢である。何せ今のツルギは、身分証明書といえるものは観光客向けに発行される簡易IDしかないのである。商店での買い物一つ、エンダーの助けがなくてはできないのだ。

 

 それにしても西暦四一〇〇年代の未来という割に、この都市は二〇〇〇年代の現代日本によく似ていた。それが返って物珍しくて、きょろきょろと周囲を見渡してしまう。

 そんな彼の様子に呆れたのか、シェオルグの少女は忠告してきた。

 

「あまり周囲の景色に夢中になって、はぐれないでくださいね。〈カロンデルタ〉は広いのですから」

 

「僕だってこれでも大人だ、迷子になんかならないさ」

 

 そう言ってツルギは笑った。

 

 

 

 

 

 

 一五分後。

 

「ふっ……迷子だ」

 

 東雲ツルギは絶賛、迷子になって〈カロンデルタ〉市街地に取り残されていた。あえて言い訳するなら、ツルギとて好きでこうなったわけではない。この〈カロンデルタ〉は本当に多くの人で賑わっているようで、物資の補給に来た宇宙船の乗組員、休暇を過ごしに来た輸送船の船員などで街がいっぱいなのである。

 

 そんな場所をお上りさん丸出しのツルギが歩いていれば、たとえ気をつけていようと、エンダーを見失うのは容易いことであった。

 やけくそになって笑ってみたツルギだったが、そんなことをしていても状況は改善しない。

 

 そしてこういうときは、はぐれた地点から動かないのが迷子になったときの鉄則である。個人用携帯端末でも持っていれば、こういうとき連絡できるのだが――生憎、文字通りの裸一貫で拾われたらしいツルギは、そのような文明の利器を持ち合わせていなかった。

 

 いや、よく考えるとエンダーはそういうデバイスを用意してくれてもよかったのではないだろうか。そんなやくたいもないことを考えつつ、彼は暇つぶしに近場の店舗に入ることにした。

 もう迷子とかどうでもよくなってきたからだ。

 

 どうやら映画やコミックのキャラクターの立体物を扱う店――いわゆるフィギュアショップらしいその店には、様々なフィギュアが並んでいた。

 ホラー映画のクリーチャーと思しき怪物から、如何にもアニメキャラクターという感じの美少女まで――二〇〇〇年後の未来なのに、サブカルチャーはまるで二一世紀の日本みたいだった。

 

「全然未来っぽくないな、本当」

 

 こういう店舗は二一世紀の日本にもかつて存在したらしいが、〈禍つ光〉の来訪以後、フィギュアの生産拠点が消し飛び、製造のノウハウが途絶えたことで死に絶えたと聞いている。エンダーが言っていたマンハッタントーキョーという単語から察するに、この〈カロンデルタ〉の都市そのものが、二一世紀の都市部の再現をコンセプトにしているのかもしれなかった。

 

 未来っぽくはないが、まるであの戦争が始まる前の日常に戻ってきたようで落ち着く。それが東雲ツルギの嘘偽らざる感想だった。

 ふと、ショーウィンドウの隅っこに目が止まる。半ば放置されたような感じで、少し退色しかけているフィギュアは、黒と青で彩られた巨神の似姿。

 躍動感あふれる格好いいポーズのそれを一目見て、自分の後ろに通行人がいたにもかかわらずツルギは呟いた。

 

「おっ、〈ケルベノク〉だ……出来いいなこれ」

 

 次の瞬間、通りすがりの人――おそらく十代半ば、高校生ぐらいだろう――が突然、食いつくように話しかけてきた。

 

「お、おお、お兄さん! 〈ケルベノク〉をご存じなんですか!?」

 

「えっ、あ、うん」

 

 困惑する彼の様子などお構いなしに、栗色の髪をボブカットにした少女は食いついてくる。ツルギの困惑した態度をどう受け取ったのか、ふんすふんすと鼻息も荒く見知らぬ少女は話を続ける。

 

 割と可愛い顔立ちをしているのだが、それはそうとテンションが高すぎる。パーカーにハーフパンツ姿の少女は、リュックサックを背負っている。如何にも観光客ですという見た目だ。

 

「まさか今時のオタクショップに同好の士がいたなんて感涙です!」

 

「いや、〈ケルベノク〉は有名じゃないのか? ほら、映画もゲームもあるし」

 

「今時二〇〇〇年前のヒーローの名前なんて誰も覚えてませんよお……友達も〈キャプテン・シリウス〉の方がかっこいいっていつも言ってますし、あたし、それが悔しくて悔しくて……!」

 

「あ、うん……大変なんだね……?」

 

「その点、お兄さんは見る目がありますよ、アレが一発で〈ケルベノク〉のスケールフィギュアだと見やぶるなんて!」

 

「そ、そうなんだ?」

 

「そうなんですよぉ! 違うアニメのキャラだとか昔のホラー映画のクリーチャーだとか見当違いなこと言うオタクも結構いて……許せませんよね!」

 

 どうしよう、めちゃくちゃ怖い。いきなり人との距離感がぶっ壊れている少女に突撃されて、東雲ツルギは心底、戸惑いと恐怖を覚えていた。

 

「あー、いや……仕方ないんじゃないか、時間経過って残酷なものだし、人は忘れてしまう生き物じゃないか」

 

 あくまで一般論として話したつもりである。しかし栗毛の少女は、がっくりとうなだれて塩をかけたナメクジよろしく元気を失っていた。

 

「ううっ……やっぱり〈ケルベノク〉ファンは日陰者なんでしょうか?」

 

「いいんじゃないか、それも。あー……彼がレイディアント・ビーストやレイディアント・ディザスターを倒したから、今の平和があるわけだろう?」

 

 歴史の教科書で読んだ記述を思い出しながら、なんだか知らないが落ち込み気味の少女を慰める。するとどうだろう、何故か水を得た魚のように少女は元気を取り戻した。

 

「……そんなマニアックな単語まで覚えてるなんて……やっぱりお兄さん、〈ケルベノク〉のファンなんですね!?」

 

「え、あ、いや、うん。そ、そうなのか? 一般論のつもりだったんだけど」

 

「確かに! 〈禍つ光〉と戦った英雄の名前は一般常識ですよね!」

 

 そのときだった。

 フィギュア店の店員が、ものすごく迷惑そうな顔で二人に近づいてきた。

 たぶん、少女がすごくうるさいせいだった。

 

「お客さん……ちょっと周りのお客さんの迷惑になりますんで……」

「あっ、すいません……」

 

 ツルギは謝りながらすーっと少女から距離を取って、滑らかな早足でフィギュア店から退店した。

 そのときである。

 店から弾丸のごとく飛び出してきた少女が、東雲ツルギ目がけて突撃してきた。

 

「ウワーッ!?」

 

 ツルギは死ぬほどびっくりした。

 しかし前のめりに突っ込んできた少女は、予想に反してオタクトークをしに来たわけではなくて――

 

「お、おお、お兄さん! なんか落としましたよ!」

「あっ」

 

 少女が差し出したのは、パスケースに入ったIDカードだった。どうやら自分は慌てるあまり、簡易IDを落としてしまったらしい。これを紛失したらものすごく厄介なことになるのは、誰の目から見ても明らかだった。

 彼は自分の不注意と、少女を厄介者のように扱ってしまった自分の不明を恥じた。

 

「ありがとう、これをなくしたら大変なことになっていたよ。ええっと――」

「あたしはリリィです」

 

「僕はツルギだ。本当にありがとう、リリィさん」

 

 名乗ってから気づいたが、正義のスーパーヒーロー〈ケルベノク〉の大ファンの前でこう名乗るのはかなり危険な気がした。

 だが、予想に反して――リリィはツルギの名に何の反応も示さなかった。

 

「はい、どういたしましてツルギさん」

 

 今さらになって気づいた。

 歴史の教科書には超人〈ケルベノク〉のことは記載されていても、一言も東雲ツルギの名前は出てこなかったことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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