夜明けのレイディアント・エンダー   作:灰鉄蝸

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5話「ヒモ・イモータル」

 

 

 

 

「えっ、ツルギさんって迷子なんですか!?」

 

「うん、まあ道に迷ってしまって」

 

 不躾にもほどがある叫びだったが、リリィは打てば響くようによく反応する少女だった。ちょっとした発言へのリアクションが大きいので、段々と楽しくなってきたのも否定できないツルギだった。

 近場で立ち話をしながら、ツルギとリリィは時間を潰していた。

 

 とはいえ考えることは山ほどあった。例えば何故、エンダー・カレルレヤが自分の顔と名前を知っていたのかとか、そもそも宇宙空間に放り出されていたという自分を拾った、というのが偶然にしてはできすぎているとか。

 

 光速まで加速して〈禍つ光〉――未知の物質で構成された小天体に突っ込み、重力崩壊を起こしマイクロブラックホールと化したそれと共に消え去った――それが歴史に記録された英雄〈ケルベノク〉の最期である。

 

 一体どんな理屈で、二五〇万光年も離れたアンドロメダ銀河に出現したのかは定かではないけれど。

 一つわかるのは、エンダーが自分を拾ったのが偶然なら、それは天文学的確率の事象を何度も重ねた奇跡の中の奇跡だということだ。

 

「ツルギさん? どうしたんですか?」

 

「シェオルグのことを考えていてね」

 

「シェオルグ?」

 

 そう聞いて何故か、リリィは顔を曇らせた。

 そういえば自分は、一般社会でのシェオルグの受容のされ方を知らないな、と思いつつ、当たり障りのないように今の悩みを話すことにした。

 

「ああいや、最近知り合った友人がシェオルグでね。今になって思うと、何か僕に隠し事をしているみたいなんだけど、その理由がさっぱりわからないんだ」

 

「友達がシェオルグ……うーん、あの、違ってたらすいません」

 

「うん?」

 

 リリィは真剣な表情で、ツルギの顔を覗き込んでくる。栗毛の少女はたれ目で、ちょっと愛嬌のある顔立ちの美人だ。

 

「ツルギさん、もしかして世間知らずですか?」

 

「んなっ」

 

 あまりにも失礼な物言いにびっくりしつつ、その通りだったので何も言えなくなった。

 

「……うん、そうだね。実は事情があって世の中に疎いんだ、今は社会勉強中ってところかな」

 

「やっぱり!」

 

 にっこりと邪気なく笑って、リリィはこう続けた。

 

「――シェオルグが隠し事してるなんて、当たり前のことですよ。あの人たち、いえ、あの種族はとても賢くて、長生きで、あたしたちとは違う生き物なんですから。もしツルギさんに隠し事があるとしても、それは普通のことですよ」

 

「……そう、なのか?」

 

 妙に引っかかる物言いに首を傾げていると、リリィはやはり、無邪気な顔でこう言うのだった。

 

「はい! シェオルグはそういうものですよ」

 

 何というか納得しかねる論理だったが、まだ会ったばかりの少女と問答をするのも気が引けたので、そういうものかと納得したふりをする。

 そのときだった。

 ふと視界の隅に、流れるような青銀の髪が目に入った。

 きらりと輝く宝石のような竜の角――その煌めきを、東雲ツルギは知っている。

 エンダーだった。

 

 どうやら彼のことを探していたらしいシェオルグの少女は、隣にいる見知らぬ少女の姿にびっくりして。

 胡乱な言葉を口走った。

 

「ヒモが……女の子を口説いて……!?」

 

「口説いてないしヒモじゃない」

 

 訂正したが手遅れだった。

 リリィは心底驚いた様子で口元に手を当てて、叫んだ。

 

「あ、あたしって口説かれてたの!?」

 

「君まで乗ったら収拾つかないだろ!?」

 

 東雲ツルギの間抜けな叫びが虚空に木霊して消えていった。

 

 

 

 

 

 

 人類の天敵〈禍つ光〉――レイディアント・ディザスターと、その星の欠片から生まれる怪物レイディアント・ビースト。この両者の肉体は当初、未知の物質で構築されていることしかわからなかった。

 

 生命活動を停止させたRBから採取できたそれは、ガラスのような結晶体であることしかわからず、何故、異形の怪獣たちの体組織がああも強靱でしなやかであるのかを説明できるようなものではなかった。

 

 全長三〇メートルから六〇メートルの巨大な怪獣が都市を蹂躙し、口から火を噴き、超音速で飛行するのである。生物学的にもエネルギー保存の法則にも見合わないめちゃくちゃな活動に、人類の科学者が頭を抱えたのは言うまでもない。

 さらに頭の痛い存在が質量保存の法則を余裕で無視している存在〈ケルベノク〉である。

 

 彼の正体は一般人には伏せられていたが、軍関係の研究者たちはもちろん、変身前の彼の肉体が人並みの体躯の少年であることを確認している。

 それが天使の輪を展開し、変身した途端に一〇倍以上の身長を持つ超人になるのである。ここまで来るともう笑うしかない。

 結局、遅々として研究が進むことはなく、そのまま一世紀の時間が経過してしまった。

 

 そしてとどめになったのが、〈ケルベノク〉による〈禍つ光〉への亜光速突撃だった。三〇〇トン超の質量を持つ巨神が重力制御で宙を舞うだけでも頭が痛いのに、とうとう光に準じる速度で敵の親玉に特攻をかけ、どういうわけかマイクロブラックホールを形成して吹っ飛ばしてしまったのだ。

 

 地球に被害が出なかったのが奇跡と言うほかない。とにかく科学者がお手上げしたくなるような事象を起こしまくったのが、〈禍つ光〉来訪以後の怪獣と巨神の存在だったのは間違いない。

 その正体がわかってきたのは、皮肉にも英雄の自己犠牲によって世界が救われたあとだった。総人口が全盛期の半分以下にまで落ち込み、熱核兵器の濫用による土壌汚染も深刻化し、本格的に人類が滅亡の危機に瀕した頃――唐突に救い主たちはやってきた。

 

――彼らの名はシェオルグ。

 

 レイディアント・ディザスターと同じ結晶体アカシャ・セルで構築された肉体を持ち、超物理現象を自在に操る人型種族。

 地球人類が初めて対話可能な他者として接した異星人である。

 

「そういうわけで今の人類の繁栄の礎には、シェオルグの皆さんの献身があるわけなんですよ!」

 

「ええ、確かにそんな感じの歴史だったと思います」

 

 リリィがツルギにうんちくを語る横で、にこにこと微笑むエンダー。

 オープンテラスのカフェの一角、日当たりのいいテーブルに陣取る三人の間に流れる空気は、たぶん、和やかと言っていいはずだった。緊張しきっているツルギさえいなければ、真実そうだと言い切れるのだけれど。

 

 カフェの店員――どうやら〈カロンデルタ〉にある店舗は二一世紀風がコンセプトらしく、人間の店員が接客に応じている――が持ってきたスイーツにリリィが気を取られた隙に、そっと小声でエンダーに耳打ちする。

 

「彼女の前で僕を英雄殿だなんて言わないでくれ……間違いなくややこしくなる」

 

「ほー、ツルギはずいぶんと偉くなったようですね?」

 

「呼び捨てかあ……」

 

「秘密の会話ですか!?」

 

 リリィが会話に気づいて割り込んできた。元気のいい娘である。自分がちょっと孫を見るような目線で彼女に接していることに気づき、「僕も歳を取ったな……」と悲しくなるツルギだった。

 

「まあ秘密というか、内々の会話というか、そんな感じかな」

 

「お二人は恋人なんでしょうか?」

 

 いきなりなんてことを尋ねてくるんだ、この子――戦慄するツルギだった。恐る恐るエンダーの方を見ると、角ある少女は相変わらず何を考えているかわからない微笑みを浮かべている。

 そしてティーカップを口に運んで紅茶をすすったあと、ろくでもない返答を口にした。

 

「いいえ、飼い主です」

 

「僕の尊厳への思いやりがない……!」

 

 しかし衣食住すべてを世話になっているのは事実なので、強く反駁もできないツルギだった。悲しき漂流者である。

 

「お二人の仲がいいのはわかりました! いいですね――あたし、シェオルグに会うの初めてなんです!」

 

「わたしもあなたのように遠慮のない方に会うのは初めてです、ツルギを口説いていたお嬢さん」

 

「く、口説いてないです! あくまで同好の士として声をかけただけですからっ!」

 

 やや空気が不穏になってきたので、ツルギは話題を振ることにした。

 

「会うのが初めてって言うと……シェオルグってどこにでもいる種族じゃないのかい?」

 

「そうなんですよー、あたしは太陽系出身なんですけど。向こうの居住区でもそうそう見かけることないですよ」

 

「太陽系……では本物の富裕層ですね。〈カロンデルタ〉には観光で?」

 

「えーっと、仕事です」

 

「なるほど」

 

 エンダーは何かに納得したように頷くと、くるりとツルギの方を向いた。リリィの方はといえば、運ばれてきたチョコレートパフェを夢中になって食べている。食事まで日本風なのがこの街の特徴らしい。

 

「シェオルグを例えるならば……そう、ファンタジー小説のエルフのように高貴な存在ということです。敬っていいんですよ?」

 

「ああ、よく森を焼かれてる種族か……」

 

「ツルギ、あなたのエルフの定義は歪んでいるのでは……?」

 

 呆れているエンダーは、明らかにツルギに引いていた。しかしツルギにも言い分はある。彼にとってエルフの森を焼くとは、懐かしい文化なのである。

 そう、あれは遠い昔、ツルギがまだ日本の高校生だった頃――ネットミームには「エルフの森を焼く」というどうしようもない悪ふざけがあった。

 

 すべては〈禍つ光〉の来訪によって失われ、文明の衰退と共に消え失せた儚いミームである。そういう感じで世を儚んでいるだけなのである。しかしそのような説明をすればツルギの正体も露見するため、彼はぐっと説明したい気持ちを堪えた。

 ちなみにエンダーは紅茶、リリィはカフェオレとチョコレートパフェ、ツルギはブラックコーヒーを注文している。リリィはともかくツルギは無一文のため、エンダーのおごりである。

 

 こういうところで地味に自尊心が傷つく気がしたが、一方でこれに慣れたら本当にヒモになってしまうという危機感が、辛うじて東雲ツルギに向上心を持たせてもいた。彼は元来マイペースな人間なのである。

 

「そういえばリリィさんは〈ケルベノク〉のファンと伺いましたが……やはり映画なども鑑賞されているんですか?」

 

「はいっ! あ、シェオルグの方も〈ケルベノク〉の映画って見るんですか? そのう……」

 

「確かにわたしたちと〈禍つ光〉は起源を同じくする存在ですが、それだけの理由で人類を救った英雄を敵視するほど狭量ではありませんよ。むしろ敬愛しているぐらいです。彼の活躍は正しく英雄的と言っていいでしょう」

 

 エンダーは青銀の髪を揺らして、リリィに微笑みかけた。

 その横に座っているツルギが褒め殺しに対してえらく居心地が悪そうにしているのも、たぶん、彼女の計算通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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