夜明けのレイディアント・エンダー   作:灰鉄蝸

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6話「ヒーロー・ランニング」

 

 

 

 

――そして拷問じみた時間が始まった。

 

 

「〈ケルベノク〉の伝記映画なら、わたしは二四八五年版が好きです。地球帝国のアーカイヴにも保存されている由緒正しい作品でもあります。正直、映像作品としてのVFXに関しては、このぐらいがノスタルジーを喚起してちょうどいい気がします」

 

「あー、今時は体験型のダイブムービーとかが主流ですもん! 確かに映画館でしか味わえない興奮ではあるんですけど、ああいうのってかえって邪道に感じるというか、映像作品というよりアドベンチャーっていうか、わかります! よぉ~くわかりますよお! あたしは二九三六年版の〈地球の守護者〉三部作がすごく好きですね! 〈ケルベノク〉の生涯を合計四八〇分使って描ききった映画史に残る傑作だと思います!」

 

「ああ、あの三部作は素晴らしい出来でした。わたしも当時、試写会に招かれて鑑賞しましたが――」

 

「ええー!? いいなあ、アルフレッド・ノーマン監督とお話ししたり!?」

 

「ええ、監督にはサインをもらいました」

 

「いいなあ! 生のノーマン監督……人類史に残る名監督じゃないですか! 羨ましい~!」

 

 さらっと一〇〇〇年以上前の体験談が飛び出した。ただでさえスーパーヒーローオタクのテンションについていけないのに、自分を題材にした伝記映画のネタで和気藹々とされるともうダメだった。どう会話を切り出しても気まずい。

 

 ちびちびとコーヒーを飲んでいたツルギは、とりあえず作り笑いを浮かべて場をやり過ごそうと試みた。

 しかしそのような甘えを許すエンダー・カレルレヤではなかった。ある少女はにっこりと天使のように笑って、キラーパスを投げつけてくる。

 

「ツルギはどんな映画が好みですか?」

 

「えっ……ははっ、僕はあんまり映画とか見ないタイプでね。逆にオススメを聞きたいぐらいだよ」

 

 ここ二〇〇〇年間の映画事情――そもそも映画という文化が生き残っていることに驚きを隠せない――など知らないのに、そんな話題を投げられても困る。そう思って無難な答えを返したつもりだったが、彼はすぐに自分の過ちに気づくこととなる。

 

 栗毛の少女リリィ――エンダーより背が高く、歩き方から見ても鍛えられた肉体の持ち主のようだ――は、ずいっと身を乗り出してツルギの方に顔を向けてくる。

 満面の笑みを浮かべて。

 

「オススメの〈ケルベノク〉の映画ですか! それならやっぱり、ハイフォン主演の三七二四年版の〈マン・オブ・レジェンド〉……あっ、でも流石にちょっと古いかな……うーん」

 

「四一〇八年版はどうでしょう?」

 

「あー、あれは一作でしっかりまとまってるのはいいと思うんですけどぉ……ちょっと過去作に物語の文脈を頼りすぎてて、初見の人には厳しいと思うんですよね。最低限、史実の〈ケルベノク〉を知ってないと変化球のキャラクター解釈が刺さらないと思いますし」

 

「ええと、その四一〇八年版っていうのはそんなに斬新なのかな?」

 

「うーん、ツルギさんなら〈ケルベノク〉の歴史的知識は問題ないと思うんですけど……彼の人物像が問題なんですよ、〈ミィス・ヒーロー〉は。一般的には〈ケルベノク〉っていったら高潔で慈悲深い本当に唯一無二のリアル・ヒーローじゃないですか」

 

 どうやら自分の人物像はタフでマッチョなプロパガンダのそれが基本らしい。羞恥心で顔から火が出そうだったが、それをなんとか表情には出さず、同意するようにうんうんと頷く。リリィはヒーローオタクとしての血が騒ぐらしく、そんなツルギの様子には気づかずまくし立てるような弾丸トークを続けてくる。

 

「四一〇八年版〈ミィス・ヒーロー〉が異端の内容なのはですね、まさにそこの人物像なんですよ。あの映画では主人公の〈ケルベノク〉の正体を平凡なティーンエイジャーの延長線上として描いていて、彼の最期……オペレーション・バルドルについても軍部に強要された結果だって解釈にしてて……人間としての弱さを描いたって言うと聞こえはいいですけど。いくら何でも逆張りしすぎって感じは否めないんですよねぇ!」

 

「当時の地球はかなり追い詰められてた……みたいだし、そういう解釈もありなんじゃないかと思うけどな、僕は」

 

「うーん、ツルギさんは懐が深い人ですね! わたしはとてもとても納得することなんてできませんよ! 〈ミィス・ヒーロー〉撮ったキムラ監督って他の映画も変なのばっかですし、なんというか反体制的な内容にするのが格好いいと思ってるんですよ! 題材へのリスペクトが足りませんよね!」

 

 間違いなくリリィは、烈火のごとく激しい情熱を秘めた強火のオタクだ。そんな彼女の様子に気圧されて、ツルギはただただ薄笑いを浮かべて彼女の熱気をいなすことしかできなかった。

 

 ちなみにエンダーの方はいい笑顔で二人の様子を鑑賞している。この美少女、間違いなく趣味は悪い。自分の生涯を題材にした胡散臭い映画の品評を聞かされるのは、下手をすると命がけの戦いよりも辛いかもしれない。

 そんな感じで濃厚なオタクトークに付き合わされ、ツルギが疲れ果ててきたときだった。

 カタカタ、とテーブルの上のコーヒーカップが揺れた。

 

「……地震?」

 

 思わず地球生まれの感覚でそう呟いたが、そのうかつな言動はすぐにリリィに切って捨てられた。

 

「あの、ここ都市船ですから地殻変動はないと思います」

 

「それもそうか。じゃあ今の揺れは……」

 

 周囲を見回すと、カフェで歓談していた他の客も突然の揺れに不安そうに顔を見合わせている。彼らはホログラムと思しき通信ウィンドウを開いて、〈カロンデルタ〉を運営する自治体からのアナウンスを待っているようだった。もちろんツルギは無一文かつそういった個人用携帯端末を持ち合わせていないので、そういう確認自体できないのだけれど。

 

「不便だな、何も持っていないってのは」

 

「あれ? ツルギさんってインプラントしてないんですか?」

 

 そんな彼の様子に気づいて、リリィが声をかけてくる。そういう彼女もインプラントの類はしていないらしく、懐から個人用の携帯端末――見た目こそ二一世紀初頭のスマートフォンそっくりだが、きっと実際の性能は桁違いなのだろう――を取り出して、何らかのアナウンスがないか確認していた。

 

 心なしか険しくなった少女の表情は、これまで見せていたヒーローオタクとしての側面より、はるかに深刻そうな色を帯びていて。

 それはどこか、ツルギの見慣れている戦時下を知る人間のそれに見えた。

 次の瞬間。

 

「……なんだ?」

 

 はるか遠方から、遠雷のような空気を震わせる轟音。

 思わずツルギは立ち上がって、音がした方角――都市船の壁面に目をやる。このカフェがある通りに建ち並ぶビルはほどよく景観を阻害しない高さにそろえられていて、直線距離で一〇キロメートル以上も離れている場所もよく見通すことができた。

 黒い煙が上がっているのが見えた。

 

 そしておそらくは火の手であろう、オレンジ色の発光も。

 周囲のカフェの客たちも立ち上がり、火の手が上がっている方向を見て不安そうにざわつき始めた。

 リリィはかなり緊張した様子で立ち上がると、同席しているツルギとエンダーに離席を促した。

 

「あの、これヤバいかもしれません」

 

「……宇宙港の方だ」

 

「近くに災害用シェルターがあります。そこに向かいましょう」

 

 涼しい顔で立ち上がったエンダーは、すたすたと歩き出し始めている。ホットパンツから伸びたしなやかな美脚が、地面を踏みしめていく。

 

「あれ、お会計は」

 

「石器時代から来たのですか? 支払いは最初に終えています」

 

「……言い方がひどくないか!?」

 

 思えば二一世紀にも電子決済というものはあった。あったのだが、〈禍つ光〉来訪以後、世界中でインフラが崩壊した結果、電子決済なるものは役立たずになってしまったのだ。そういうわけで東雲ツルギの生きた一一七年間の大半、物資は配給制度になって久しかったし、電子決済だのクレジットカード決済だのはオシャレな戦前の記憶だった。

 

 エンダーのあとを付いていこうと歩き出した瞬間だった。

 ちかちかと一際まばゆい光が瞬いて。

 続いて爆発音。

 

 それに混じった人間の悲鳴までもを、ツルギの耳は聞き分けることができた。

 彼は思わず爆発のあった場所を見つめて――彼の超人的な視力は、燃え盛る景色の中に異形のものを見咎める。

 はるか彼方の爆心地から、何か大きなものが姿を現す。黒煙の中にあってなお光り輝く、宝石のように美しい身体を持った何か。それをなんと呼ぶべきなのかを、東雲ツルギは知っている。

 

 

「……レイディアント・ビースト」

 

 

 険しい表情で立ち尽くした彼は、黒煙をかき分けて出現した怪獣――人類の天敵の名を呟いた。

 

「カレルレヤ……いや、エンダー。教えてくれ、なんでレイディアント・ビーストがここにいる?」

 

「……あれは怪獣兵器です。どこの反体制勢力が使役しているのかはわかりませんが、〈ケルベノク〉がいた時代のような野良ではありません」

 

 怪獣兵器――初めて聞く名前だった。

 その単語の響きから、それがどういうものなのかを理解して、ツルギは今度こそ衝撃を受けた。

 

「人間がレイディアント・ビーストを兵器化したのか……」

 

「科学の発展とは、未知を既知に変えることです。そして理解できたものを、いつだって人間は利用しようとします」

 

 戸惑うリリィを置き去りにして、ツルギとエンダーは二人の世界に入っていた。余人が立ち入るには、英雄〈ケルベノク〉その人であるツルギも、異種族シェオルグであるエンダーも抱えている事情が複雑すぎた。

 

 先ほどのリリィの説明を思い出す。人類にとって未知の物質だった敵の細胞組織――アカシャ・セルの正体を教えて、数々の超常的なテクノロジーを与えたのがシェオルグだった。つまりそれは、怪獣の兵器利用を可能にしたのが何者なのかを教えているかも同然だった。

 

「怪獣兵器の製造と使役に必要なテクノロジーを、人類に開示したのはわたしです。その結果、テロリズムに利用されていることは否定できません」

 

「……そう、か」

 

 そのときだった。突然、警報音がそこかしこで鳴り始めて、住民に避難を促すアナウンスが始まった。

 

『――非常事態宣言が発令されました。市民の皆さんは急いで近隣のシェルターへ避難してください。繰り返します――』

 

 それまで困惑の方が大きかったカフェの客たちの間に、パニックの津波が押し寄せてくる。早速、最寄りのシェルターまでの道を走り出すものがいる。

 ふと視界に影が差した。低空飛行する飛行物体だった。

 

 三人の頭上を無数の飛行物体が通り過ぎていく。推測するに航空機であろうそれは、形状こそティルトローター機に似ていたが回転翼がなく、ツルギの知らない原理で動いているようだった。航空機の編隊を見上げてリリィが呟く。

 

「〈カロンデルタ〉防衛軍……でもあんな骨董品じゃ怪獣兵器には……!」

 

 悲痛な少女の声に、ようやくツルギは腹が決まった。この時代の人間の手に余るのならば、自分がすべきことは決まっていた。何かを思い詰めたようなリリィを安堵させるように笑いかけ、ツルギは駆け出した。

 彼は道を先導していたエンダーを追い抜いた――爆発のあった方角へ向かうために。

 

「つ、つ、ツルギさん!? そっちは危ないですよ!?」

 

「ごめん、ちょっと野暮用だ。君たちは先に避難して」

 

 そんな彼の言葉に流されず、力強い制止の声があった。

 

 

 

「――待ちなさい、東雲ツルギ」

 

 

 

 エンダーだった。

 足を止めて振り返る。

 切れ長の目の奥で、琥珀色の瞳が彼を見据えていた。ブルーガーネットのような青い宝石の角が、青銀の長髪から覗く少女。ツルギよりずっと長い年月を生きているはずのエンダーは、今、少し泣きそうな表情で彼を見ていた。

 

「あなたはあそこに向かうべきではありません。ツルギはもう、英雄でもなければ戦士でもない。戦う理由なんてどこにもないはずです」

 

「た、戦う? 英雄? え、どういう――」

 

 エンダーとツルギの顔を見比べながら、リリィは戸惑いを声にしてこぼす。それに応える暇を惜しんで、ツルギはただエンダーの言葉にこう返した。

 

「あるさ。理由ならある」

 

 東雲ツルギは二〇〇〇年後の未来に来てからずっと抱えていた、奇妙な葛藤――居場所のなさが腑に落ちるのを感じた。

 たぶん、自分の中の感情はまだ、戦う理由を探し求めている。

 

「僕の戦いはいつも、誰かの日常のためにあったんだ……エンダー・カレルレヤ、君は逃げてくれ」

 

 そう言い置いて、彼は再び走り始めた。

 怪獣兵器――レイディアント・ビーストのいる宇宙港の爆心地に向けて、ただ一心不乱に走り抜ける。

 そんなツルギの後ろ姿を見送って、エンダーは寂しげに呟いた。

 

 

 

 

 

「――あなたは本当にどうしようもない人ですね、英雄殿」

 

 

 

 

 

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