IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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アンケートを反映させた、楯無との恋愛模様となります
要望がございましたので、アーキタイプ・ブレイカーのキャラも出ていますが、ここでひとつ注意を

・作者は未プレイですので、キャラは基本資料を見て想像したものでしかありません。

・このキャラはこんなこと言わない、違和感がある等ございますでしょうが、温かい目で見守ってください

・時系列的には27話以降を想定して構成しております



特別編
特別編


 

 

 代表候補生と国家代表。どちらも国に属し、ISを操ると言う点では違いはない。しかし、その内容は天と地程の差がある。

 

 第一に、国の代表となるからには相応の品性、高い学力、高度なIS操縦技術等が求められ、その時点で候補生の3割が落とされる。

 

 第二に、国家からの縛り。候補生よりも自由度はなくなり、国の要請があればそちらを優先して動かなければならない。主にISの世界大会への出場や国同士の親睦会という名の牽制に駆り出されるくらいだが。

 

 更識楯無も本国からの命令には逆らえない。のらりくらりと躱わすことはできるが、それでも最終的に実行せねばならないのだ。もし無視し続ければ専用機の剥奪、代表としての記録の抹消。ひどい場合には国家反逆として捕えられることもある。

 いくら実家の力があろうと手酷い被害は確実。それは楯無としても望むところではなく、渋々と従う他ないのだ。

 

 だからこそ、今回の本国からの命令にもNoとは言えなかった。

 

 

「えっと、もう一度お願いします」

 

『聞こえなかったのですか?本国の予備代表候補生の育成、それを今回貴女にお願いすると言ったのです』

 

 

 電話口から聞こえる、険の籠った声に聞き違いではないのか、と楯無は天を仰ぐ。

 場所は生徒会室。そろそろ業務も終わる頃合いにかけられた電話に出なければよかった、と後悔をひとつ。隣のナナが訝しげな目で楯無を見るが、それどころではない。

 

 

『彼女はISの適正は高いですが、どうにも恐怖心が勝る様で展開もままなりません。そこで貴女には彼女のISを展開させる事、そしてそのデータの採取を命じます。期限は2週間』

 

「一応聞きますけど、拒否権は?」

 

『あるとお思いで?』

 

 

 ですよね、と落胆する楯無。ただでさえ生徒会業務と更識家の仕事でバタバタしているのだ。ナナとイチャつく暇を捻出するのにも大変だと言うのに、これではその時間も難しくなりそうである。

 

 詳しい資料を送りますと言って通話は切られ、代わりに電子ファイルが送られてきた。それに重いため息溢す楯無。残念ながら逃げ道はない。

 

 

「面倒な事になったみてェだな」

 

 

 内容はわからないが、楯無の表情からして良いニュースではないことはわかる。次代の代表となる候補生の育成も仕事の内だとは楯無もわかっているが、時間が削られるのは由々しき事態。隣に座るナナに元気を分けてもらおうと枝垂ががり、ナナが慰める様にその頭を撫でる。

 甘い雰囲気が流れる中、それに水を刺す様に手が叩かれた。

 

 

「はいはい、ご馳走様です。お二人とも、そう言うのは部屋でお願いします」

 

 

 楯無とナナの最後の防波堤と名高い布仏虚である。もっとも、呼んでいるのはその2人だけなのだが。この場に一夏がいれば虚の負担も減るのだが、生憎部活への貸し出しで席を外していた。

 それはさておき。まずは内容の確認である。場合によっては使用人として虚も動かなければならないのだから。

 

 

「お嬢様、どんな内容だったのですか?」

 

「向こうの予備代表候補生の育成ですって。なんでも、展開を怖がってるみたい」

 

「ンな事あるのか?」

 

「まぁ、既存の中では最強と名高い兵器だから。偶にいるわよ、そう言う子」

 

 

 学園の中に入れば麻痺するが、ISとは本来宇宙開発を目的としたものであり、同時に兵器でもある。銃を手渡されてそれを撃てと突然言われても行動できないように、恐怖心から動かせない事例はままあるのだ。

 

 

「2週間の間に展開させてデータを取れですって」

 

「それは………大丈夫なのですか?」

 

「まぁ、大丈夫よ。ナナくんとの時間が削られるのは中々厳しいけどね」

 

 

 生徒会長として、IS操縦の相談は何度も受けてきた。その経験があるからこその余裕。なんなら、3日で任務を完遂させる自信すらあるのだ。生徒会長の肩書は伊達ではない。

 

 さて、どんな子が来るのだろうかと送られてきたファイルを開く。履歴書のような、写真付きの資料に書かれている名前はクーリェ・ルククシェフカ。どこか不安気な、怯えるような、そんな印象を持たせる少女であった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 3日後、IS学園生徒会室。

 そこで件の予備代表候補生の到着を待つ楯無たち。紅茶を一口飲みながら、前回いなかった一夏が疑問を唱えた。

 

 

「それで、その、クーリェさんだっけ?予備代表候補生って何なんですか?」

 

「言葉通り、代表候補生の予備よ。本来なら代表候補生から欠員が出た場合の穴埋め要員なんだけど………それだけじゃなさそうなのよね」

 

 

 現在、本国から代表候補生から欠員が出たなどと言う情報はない。おそらくはクーリェを代表候補生に上げたい派閥がいるのだろう。IS適正だけで言えば楯無よりも上、それこそ千冬レベルだ。

 ISを自在に操れるようになればもしや、と画作する派閥がいてもおかしくはない。厄介な事に巻き込まれたものだ、とため息を溢す。

 

 

「え、それってどう言う………」

 

「まァ、政治家の思惑が入ってるンだヨ。それより一夏、彼女は大事なお客様ネ。手ェだしちゃNonだヨ」

 

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」

 

 

 女を虜にする魔性の男だと思っているが、それは言わない。本人に自覚がないのだから、言ったところでどうしようもないのだから。ふざけるように視線を逸らして態とらしく口笛で誤魔化そうとすれば、げんなりと一夏が肩を落とす。

 それを慰めるのは織斑一課の役職を持つ更識簪である。まぁ、簪も思うところはあるようで、背中を撫でるだけでフォローはないのだが。

 

 

「はいはい、お静かに。そろそろですよ」

 

 

 ぐだぐだとし出した空気を、虚が手を叩いて締める。それに続くように扉からのノック音。壁の時計を見れば時間ぴったりである。入室を促せば、入って来たのはここまで案内したであろう人物、山田真耶。そして、その後ろを引っ付く様にして歩く少女。おどおどと、恐る恐るといった調子で真耶の影に隠れる少女こそ予備代表候補生であるクーリェ・ルククシェフカである。

 

 

「山田先生、案内ありがとうございます」

 

「いえいえ、このくらい。それに、将来の教え子になるかもしれないですから。それじゃあ、クーリェさん、自己紹介できますか?」

 

「あ、あの、えと………」

 

 

 ここまで来る道中、真耶とは仲良くなったのだろう。けれど、その第一印象からそぐわぬクーリェは摩耶と楯無たちを交互に見て言葉に詰まる。仕方がない、と苦笑いを溢して楯無は前に出ると腰を落としてクーリェと視線を合わせる。

 

 

「初めまして、クーリェちゃん。私は更識楯無。今回のクーリェちゃんの指導員よ。よろしくね」

 

 

 流石は楯無と言うべきか、そう言う相手への対処は慣れているのだろう。同性さえ魅了する微笑みを持って自己紹介。まずは緊張感をほぐそうと差し出された手を、クーリェは楯無の顔と手を交互に見てようやく恐る恐る握った。

 

 

「く、クーはクーリェ・ルククシェフカ、です。こっちはぷーちゃん」

 

「そう。ぷーちゃんもよろしくね」

 

 

 腕に抱えたクマのぬいぐるみ。それを一笑する事なく受け止める姿勢に、少しは警戒心はほぐれたのだろう。半歩ほど前に出たクーリェに少しの笑みが。

 一夏は一夏で女誑しであるが、こちらは人誑しである。そんな所にも惹かれたナナが言えた口ではないのだが、そう思わざるを得ない。

 

 

「それじゃあ、私はここで。クーリェさん、またお話しましょうね」

 

「う、うん。ありがとう、ございました」

 

 

 こちらに任せても大丈夫だと判断した真耶を見送ると、楯無がもっと緊張感をほぐそうと質問を。どうやら手元のクマのぬいぐるみを褒める所から始めたらしい。

 それに食いついたクーリェが自慢気に、目を輝かせながらぷーちゃんを紹介していた。

 

 

「むぅ…………」

 

「どうしたんだ、簪?」

 

「そっとしてあげなヨ、一夏。sister取られそうだから不機嫌なんだヨ」

 

 

 以前とは違い、関係は修復された楯無姉妹。そんな中、2人の間に突然現れたクーリェと言う存在は簪からすれば面白くないのだろう。姉の仕事故にそんな不満は口に出せないが、頬を膨らませてしまうのは仕方がない。

 だが、そんな恥ずかしい心中を言い当てられた簪はナナをぽかぽかと叩く。痛くもないのでナナは簪の行動はそのままに、さてと一息ついて仕事へと戻る。

 

 今回の依頼は楯無が受けたもの。生徒会としても、本国預かりの身としても手出しはできない。無論、円滑に進む様にサポートもするが、基本的には楯無預かりなのだ。生徒会室に連れてきたのは、単純に仕事が終わらなかった故に。

 まぁ、仕事に取り掛かるよりも早く、楯無からパスが来たので取り掛からなかったのだが。

 

 

「それじゃあ、生徒会メンバーも紹介しましょ。ほら、ナナくん、あいさつするわよ〜」

 

「…………yeah」

 

 

 関わる事は少ないのでいらないだろう、と思いつつも席を立つ。笑顔の仮面を被ればナナ・オーウェンの役も思い出す。

 

 

「ナナ・オーウェン。ナナって呼んでネ」

 

「生徒会会計の更識虚です」

 

「副会長の織斑一夏。よろしくな、クーリェさん」

 

「生徒会織斑一課、更識簪、です……」

 

「よ、よろしく、お願いします」

 

 

 流石に4人の圧力は厳しいのだろう。楯無の影に隠れるようにしながら挨拶を。その際、一際恐怖を覚えられたのかナナに視線が向くと今度こそ完全に隠れてしまった。

 確かに内心面倒だと思っているが、そんなものおくびに出すほどの演技力ではない。人の良さそうな雰囲気を出しているが、なぜそこまで恐怖するのだと疑問を覚える。

 

 

「さて、それじゃあ早速だけど、学園内を案内しましょ。ナナくん、行くわよ」

 

「…………Why?」

 

 

 なぜ自分なんだ、と楯無に視線で訴える。今の反応は間違いなく楯無も察していると確信しているからだ。自身を連れて行っても碌な事にはならないこともわかっているはず。

 

 その問いに楯無は視線で応える。ナナもこのプログラムに含まれているからだ、と。

 

 聞いていない、と文句を言うよりも早く端末に転送される書類。それに目を通せば確かに、クーリェの世話役にナナの名前もあった。恐らく互いに良い刺激になればいいと言う考えなのかもしれないが、現場を知らない上層部の判断など基本的に皺寄せは現場に来るのだ。天を仰いで「Jeez」と呟く。

 

 救いの手を探してちらりと周囲を見るが、どうやらいつものイチャつきだと勘違いしているらしい。虚は残された仕事の振り分けを、一夏と簪はそれを処理していた。

 神は死んだ、2度と祈るかクソッタレと何度目になるかわからない呪詛を胸の内で溢す。

 

 

「さぁ、行くわよ〜」

 

「わ、わぁああ⁉︎」

 

「OK、楯無。歩くカラ、ちゃんと歩くから‼︎」

 

 

 2人の手を取って歩き出す楯無。その光景に、一夏たちはただ苦笑いするしかないのだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 まずは教室、そして学食、しばらく寝泊まりする寮と大浴場を案内し、最後はアリーナへ。ここまでの道案内で心を許したのだろう、クーリェの表情は明るく、アレは何コレは何と楽しげに楯無に質問を繰り返していた。

 

 それとは反対に、ナナへの警戒心というか恐怖心は克服できていない様で、できるだけこちらに視線を向けない様にしている。楯無にしては珍しい人選ミスにため息を溢しそうになるが、そこはぐっと我慢を。これ以上忌避感を抱かせる趣味はないのだ。

 

 

「そして、ここがアリーナよ」

 

 

 案内されたアリーナに人影はない。それもそのはずで、約1週間このアリーナは生徒会が貸し切ったからだ。理由はもちろん、クーリェの展開練習のため。適正の高さから特例として開発中の専用機を持つクーリェ。その機体情報の流出を防ぐためである。

 

 無論、これも本国からの指示であり、楯無の本意ではない。こんな横暴をするために生徒会長になったわけではないのだから。

 

 

「じゃあ、まずは展開を………って言いたい所だけど、今日は見学だけにしておきましょ」

 

 

 アリーナに到着した途端、察したのだろう。ガチガチに身体をこわばらせ楯無の身体にしがみつくクーリェを見れば、展開は容易ではないと誰でも察せる。

 まずは苦手意識の克服からか、と算段を立てる楯無は視線をナナに。それを受け取ったナナはため息を溢しながら頷くと、観客席からアリーナグラウンドへと向かう為に席を外す。

 

 ISを展開しない事なのか、それともナナがいなくなったからか。ほっと胸を撫で下ろすクーリェに、今まで疑問に思っていたことを楯無はぶつけた。

 

 

「ねぇ、クーリェちゃん。ナナくんは苦手?」

 

「ふぇ?え、あの………」

 

「ああ、勘違いしないで?別に怒ってるわけじゃないから」

 

 

 出来るだけ落ち着いた声色で、優しくそう問いかける楯無。視線を右往左往させるクーリェだったが、その言葉に嘘はないと悟ったのだろう。一度虚空に視線を向けて頷くと、恐る恐るといった調子で話し出す。

 

 

「あ、あのね、ルーちゃんが気をつけろって、言うから………」

 

「ルーちゃん?」

 

「うん、クーのお友達。ね、ルーちゃん」

 

 

 お友達、と言われてクーリェの腕の中のぬいぐるみに視線を向けるが、それではないと確信する。ぬいぐるみの名前はぷーちゃんである上に、クーリェの視線は隣の虚空に向けられている。

 見えない者が見えている、と一瞬楯無の呼吸が止まりかけたが、頭を振ってそれを否定。幽霊なんているはずない、あんなものはプラズマ現象の一種だと必死に頭を横に張る。

 

 ならば考えられるのはイマジナリーフレンドの類い。それならば多少は納得できる。彼女は孤児であり、施設暮らしだったのだ。寂しさを紛らわせるために、友人を作り出したのだろう。

 それを否定する事は、楯無にはできない。個人の根幹にもなる部分を否定して、仲良くなれるはずないのだ。

 

 

「そうなの。ルーちゃんは私のことはなんて言ってるの?」

 

「あの、あのね、優しいお姉さんって、言ってるよ」

 

「見る目あるわね、ルーちゃん」

 

 

 誰もいない空間に向かってウインクを。そうすればクーリェも嬉しそうに「よかったね、ルーちゃん」と虚空に向けて話し出す。そうしていればナナからの個人通信が届けられる。準備ができたみたいだ。

 

 

「よし、それじゃあクーリェちゃん。私と一緒にISがどんなものか、見学しましょう」

 

「えっ………」

 

「大丈夫よ。その後すぐに実践に移ることなんてしないから」

 

 

 本国では散々なぜISを起動させないのだと怒られていたのだろう。ISの話題が出た瞬間、クーリェは騙したのか、と言わんばかりに絶望に満ちた表情を。例えるのなら動物病院が近づいた時の犬猫と言うべきか。

 楯無が手を握って少しだけ、とお願いすれば不承不承、手を強く握り返しながら頷いた。

 

 

「よし。それじゃあナナくん、お願い」

 

『All right』

 

 

 アリーナの中央、そのグラウンドに立つナナがその身にISを纏う。竜の子の名を冠するISは展開と同時にスナイパーライフルを手に持ち、その砲身を肩にかける。

 観客席からグラウンドまで、それなりの距離があるために肉眼では小さく見えるナナ。これなら大丈夫だろう、と楯無が隣を見ればそれを激しく後悔した。

 

 何せ自身の身体を抱きしめ、蹲っているのだ。ともすれば泣き出しそうなのか、僅かな嗚咽も聞こえてくる。それはナナの方でも確認できたのだろう。楯無が何か言うよりも前にISを収納。楯無の胸の内を表すように天を仰いでいた。

 

 

「まずは映像から、ね………」

 

 

 前途多難だ、とは口にしなかったが、楯無も空を見上げたい気分であるのだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 まずは映像から慣らしていこう、と楯無が用意したのは学園PR用の映像。それを視聴覚室で流して反応を見たが、それでギリギリ。泣きが入らないだけマシ、と言う反応をもらった。

 暫くはこれで慣らすしかないか、と諦めを。当初の予定では3日もあれば、と考えていたが、これは2週間フルで使っても怪しいだろう。

 

 そんなこんなで時刻は夜。食堂でご飯を食べてさぁ、部屋にと言うところで事件は起きた。

 

 

「ぷーちゃんとルーちゃんが、お姉さんと一緒がいいって」

 

 

 元々予定した、IS学園の宿泊施設の一室。そこに1人で泊まる事をクーリェが拒否したのだ。楯無とナナは2人部屋。いくらクーリェの背丈が小さいと言えど手狭は必須であり、何より年頃の男性がいる部屋でゆっくりと休める事はできないだろう。

 

 いくら言葉を尽くしても暖簾に腕押し。楯無の話術も通用しなかった。結果として、ナナは形骸化しつつあるが監視の名目の元千冬の部屋へ。日中いちゃつけなかった分部屋で、と考えていただけあって楯無へのダメージは大きかった。

 

 楯無に甘えているのだろう、シャワーも一緒に入り、それが終わればクーリェは夢の中へ。ぬいぐるみのぷーちゃんを抱きしめて眠る姿は可憐の言葉が似合う。けれど、楯無の胸の中は不安でいっぱいだ。

 

 遅々として進まない専用機の展開に、本国からは苦情がくるだろう。実際、それくらいならば楯無もここまで頭を悩まさないが、何より不安なのはナナがいない事。

 ここ数ヶ月ですっかりナナのいる生活が当たり前になってしまい、こうして離れ離れになるのは数える程度。その度にふと思ってしまうのだ、ナナが他の子に取られたらどうしよう、と。

 

 勿論、ナナの事は信用しているし、千冬とそんな関係になる事などあり得ないだろう。けれど、それはそれ、これはこれ。彼女として、どうしても不安になってしまうのだ。

 

 

「はぁ………会いたいなぁ」

 

 

 ぽつり、と愚痴を溢してベッドに転がる。クーリェが邪魔だ、とは口が裂けても言わないが、もう少し融通を利かせてほしいと思うのは傲慢だろうか。考えても仕方がない、と目を閉じたその瞬間、楯無の携帯端末が震える。誰だ、とのっそりとした動きで端末を覗けば、そこにはナナの文字が。歓喜のまま衝動に任せて出ようとするが、一度冷静に。浮かれている、とバレたら恥ずかしいのだ。

 

 コホン、と咳払いをひとつ。隣のクーリェを起こさない様にベッドから抜け出すと、シャワールームへ。そこでようやく通話に出る。

 

 

「んん!………どうしたの、ナナくん?」

 

『あ、あー………別に用はねェンだが………』

 

 

 電話口から聴こえる声はどこか恥ずかしげで、何を喋るか考えていなかったのだろう、あー、と何度か口を開いては閉じてを繰り返すナナ。

 そして、ようやく話す内容が纏まったのか、意を決したように話出す。

 

 

『………声が聴きたかった、だけじゃダメか?』

 

「ううん、ダメじゃないわ」

 

 

 どうやらナナも会いたいが会えないジレンマに悩まされていたらしい。それだけでふっと、楯無の気持ちは軽くなる。ニヨニヨと、幸せ全開の笑みを漏らして他愛もない話を続ける。

 千冬の部屋が酒の缶で溢れてる、と話が出た瞬間に電話口から聞こえた鈍い音。流石にその情報を流すのはダメだったようだ。

 

 千冬から早く寝ろ、と言われてしまえば逆らうことはできない。名残惜しいものがあるが、通話はここまでだ。

 

 

『それじゃあ、また明日』

 

「ええ、また明日」

 

 

 それだけ告げて通話は終了。端末を胸に抱いて、楯無は短く息を吐く。

 ナナも同じ様に寂しい、と思っていた。それだけで心が通じ合っているようで、なんだか嬉しく思ってしまう。今すぐ会いたい、と思う気持ちに蓋をして、深呼吸をひとつ。

 

 

「よし、明日も頑張りましょう」

 

 

 我ながら単純だ、と少し苦笑い。胸に燈る暖かさを抱いて、楯無は再びベッドで瞼を落とすのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 クーリェの訓練から数日。

 画面越しの戦闘映像には慣れたようで、初めの様に怯える事はなくなったクーリェ。しかし、いざ実践となるとそうはいかない。そも、一緒に特訓するナナを怖がって仕方がない。

 今朝も合流するなり、ぷーちゃんを盾に隠れてこう言うのだ。

 

 

「だ、ダメだよ、ぷーちゃん。そんなに震えたら、バレちゃうから………!」

 

 

 と言った具合で、改善の兆候さえ見られない。

 流石に本国からの依頼なので他の生徒の手は借りられず、どうしたものかと頭を悩ませる楯無。そして、日頃の心労が祟ったのだろう。楯無はぶっ飛んだ解決策を思いついた。

 

 

「クーリェちゃん。今日は彼と鬼ごっこをしてもらいます」

 

「へ?」

 

「は?」

 

 

 アリーナへと到着した2人は、揃って間の抜けた返事をする。けれど、楯無の決定に変更はないのだろう。腕を組んで仁王立ちしたまま、冗談だと言う気配はない。

 

 

「ナナくんがクーリェちゃんを追いかけるのよ。でも、身体的に絶対追いつかれるから、クーリェちゃんはISを展開しないと逃げきれないわ」

 

「Ahhh………正気か?」

 

「ええ、正気よ。このままじゃ、クーリェちゃんにも良くないわ」

 

 

 甘々と、優しく育てるには日数が足りず、怖い怖いと逃げてばかりでは現状は打破できない。厳しい自覚はあるが、これもクーリェのため。獅子は谷に我が子を落とすのだ。

 おろおろと、辺りを見渡して逃げ場がないかと探るクーリェだが、広いフィールドに障害物はない。

 

 

「それじゃあ、スタート」

 

 

 無常にも告げられたスタートの合図。

 気は進まないが、こうなったら意見は曲げないだろうと判断したナナは一歩、クーリェへと踏み出す。

 

 途端にクーリェが二歩程後退し、ナナがもう一歩進めば三歩後退。そして遂にはぬいぐるみを抱いて走り出したクーリェを、やる気なさげにナナは追いかける。

 

 当然ながら、まだ幼いクーリェだ。軽くランニングする程度の歩調で追いついてしまう。それでも必死に逃げるクーリェに、軽い罪悪感を覚えてしまう。

 

 そも、元殺し屋にベビーシッターを頼むなど、とんでもない話である。老若男女構わず殺してきた覚えはあるが、クーリェほどの歳の子は経験はなく、接した記憶もない。

 

 数日観察した中で、実年齢よりも精神が幼いクーリェ。弱く、幼く、そして危うい。ひょんなことで事故死するのではないかと思うほどだ。

 そんな相手を追い回す事に意味があるのか、と。もっと言えば、血塗られた手で触れていいのかと考えてしまうナナ。

 

 ちらり、と楯無を覗き見ても中止の合図はなし。ため息混じりにフィールドの外周に沿って逃げるクーリェを追いかける。

 

 

「やだ………やだよぅ‼︎あっ………‼︎」

 

 

 涙を溢しながら走るクーリェ。けれど、脚がもつれて体勢を崩してしまう。迫り来るであろう衝撃に目を瞑り、腕の中のぷーちゃんを抱きしめる。

 だが、いつまで待っても地面に衝突することはなく、逆にふわりと浮遊感に襲われた。

 

 

「ったく………気をつけてネ」

 

 

 いつの間に接近したのだろう、ナナに抱えられていたクーリェ。突然の事で呆気に取られ、そして耳元でルーちゃんが警告した。

 

 こいつからは死の匂いがする、急いで離れろと。

 

 

「や、やぁああ‼︎」

 

 

 瞬間、クーリェのISが展開される。ISの名はスヴェントヴィト、ナナの狙撃銃と同じ名前であり、ロシアの戦女神の名である。

 展開できた喜びも束の間、展開されたパルディシュが大きく振りかぶられた。

 

 

「来ないでぇ‼︎」

 

「Jeez」

 

「ナナくん⁉︎」

 

 

 勢いよく振り払われたパルディシュはナナへと直撃。壁へと直撃したナナにはISが展開されており、寸前の所を免れたようだ。だが、危機は去っておらず、混乱と恐怖に呑まれたクーリェは攻撃を続けた。

 

 

「ちょ、ちょっと、クーリェちゃん⁉︎」

 

「やぁ‼︎やぁあああ‼︎………あっ」

 

 

 慌てて楯無が後ろから羽交締めにして止めると、漸く正気に戻るクーリェ。壁に押し込む様に攻撃を加え続けられたナナは土煙の向こう。だが、きっと怒られるとクーリェは萎縮した。

 

 だって今までがそうだった。

 両親がおらず、孤児院で育ったクーリェ。鈍臭い自分は何をやっても怒られて、仲間に入れてもらえず、ずっとルーちゃんしか友達がいなかった。

 また怒られるのだろう。今度はきっと楯無も怒るに違いない。そう思うとクーリェの眼に涙が溢れ、恐怖に震える。

 

 そして、土煙を裂くようにして伸びた手がクーリェに向けられた。ヒィッと悲鳴をあげて目を瞑る。けれど、予想に反して伸ばされた手は、優しくクーリェの頭に置かれる。

 

 

「………よく、展開できたな」

 

「………?」

 

 

 思ったよりも怒ってなくて、むしろ優しく頭を撫でられる事に困惑するクーリェ。流石に無傷とはいかず、土煙が晴れた先、何でもないとばかりに立っているナナだが、頭から夥しい血が出ていた。

 

 

「ちょっと、ナナくん⁉︎大丈夫なの⁉︎」

 

「ガキのした事だ。別に何ともねェよ」

 

「嘘おっしゃい‼︎虚ーッ‼︎今すぐ来てーッ‼︎」

 

 

 血を流しすぎたせいか、口調が取り繕えていない。

 初めての感覚で、ほわほわと胸の中が暖かいなるクーリェの前で、ダメージ限界が来たのだろう。ISが強制的に解除されると、仰向けに倒れるナナなのであった。

 

◇◆◇◆

 

 

「もう‼︎無茶ばっかりしてッ‼︎」

 

「これくらい、何ともねェよ」

 

「私が‼︎何ともあるの‼︎」

 

「………悪ィ」

 

 

 その後、保健室にて。

 幸いな事に出血が派手なだけで傷は深くなく、スキャンの結果脳にも異常は見られない。取り敢えずは傷を塞ぐためにと頭に包帯を巻きながら、楯無は説教する。

 

 頭の怪我は後遺症が怖いのだ。何か少しでも異常があればすぐに知らせる事、と小言を告げられて、辟易とするナナ。

 別に問題ないのだが、こうも言われては大人しく受け入れるしか方法はない。火に油を注ぐ真似は避けておきたいのだ。

 

 それに、今の問題は別の所にある。

 

 

「痛いの、痛いの…………飛んでいけ………」

 

 

 ちらり、と楯無とは反対側に視線を向ければ、そこにはクーリェの姿。ぷーちゃんを操りながら、オロオロとおまじないをナナにかけていた。

 どう言う事だ、と楯無に視線を向ければ、楯無もわからない様で肩を竦める。一度上下関係を刻んだから格下だと思われたのか、と邪推するもクーリェから侮られているようには感じない。寧ろ、懐かれたような感じだ。

 

 

「ね、ねぇ………痛いの、なくなった?」

 

「A 、Ahhhhh………No problemだヨ。ありがとう、クーリェ」

 

「………その言い方、やだ」

 

 

 むすっと、不満を露わにする様子はどことなく甘えているようで、さっきまでの恐怖心はどこへ行ったのだと思わず言いたくなる。

 接し方がわからず、頭の中で過去を掘り返すが成果はなし。縋るように楯無へと視線を向ければ、いいじゃないとばかりに笑みを返される。

 

 暫しの葛藤。けれど、本人が言うのならと諦めをつけてナナは口調を素に戻す。

 

 

「……お陰様で、痛くねェよ」

 

「…‼︎‼︎うん‼︎ぷーちゃんとルーちゃんも、頑張ったよ‼︎」

 

「そうか………」

 

 

 そう返して、ふとクーリェが何かを望むような目をしている事に気がつく。金か?と予想するナナだが、痺れを切らした楯無がため息を吐いてこっそりと耳打ちを。

 

 

「頭、撫でて欲しいんじゃない?」

 

「………いいのか?」

 

「本人が望んでるのよ。それに、いつも私にやってるでしょ?」

 

 

 それはそうだが、それとこれとは別である。

 どうしたものかと悩むナナだったが、いつまで立っても撫でられない事に不安を覚えたのだろう。ぷーちゃんを強く抱きしめ、目尻に涙を溜めるクーリェ。

 まるで自身が重い罪を犯したような罪悪感に押され、仕方がないとため息を溢してその頭を撫でる。

 

 

「………Thank you、クーリェ」

 

「えへへ‼︎うん‼︎………クーも、怪我させちゃってごめんなさい」

 

「問題ねェよ。追い回した、オレも悪い」

 

 

 思いの外柔らかな手触りで、楯無や一夏たちとは違う、不思議な感覚に戸惑いつつも頭を撫で続けるナナ。いつしか温和な表情を浮かべるその頬に、つんつんと楯無の指が刺さる。

 

 

「まるでパパね。そんな顔、私にも見せてくれないのに………。ちょっとだけ、その子が羨ましいわ」

 

「パパって、お前………はぁ、ならママはお前か?」

 

「わぁ………‼︎クーの、パパとママになってくれるの⁉︎」

 

 

 何でもない軽口に反応したクーリェに、しまったと天を仰ぐナナ。殺し屋風情が父親など、笑い話にもならない。嘲笑されながら無様にくたばるのがお似合いのクズには、過分な言葉だ。

 

 

「そうねぇ………学園にいる期間だけだけど、それでいいなら」

 

「いいの⁉︎ぷーちゃん、ルーちゃん、パパとママが出来たよ‼︎」

 

 

 そんなナナの葛藤は知らぬ存ぜぬ。許可を出した楯無に、思わず険の籠った視線を送る。

 

 

「オイ、楯無………」

 

「わかってるわよ、残酷な事だって。でも、ここにいる間くらい、幸せでいて欲しいじゃない?」

 

 

 2週間という短い期間の中でしか味わえない擬似家族。本国に戻った後の事を考えれば、ナナは素直に頷けない。楯無もそれはわかっているが、つい許してしまったのだ。

 

 だって、見ていられなかったのだから。あんな期待と願望を込めたクーリェを、裏切ることなどできるはずもない。

 どうなっても知らねェぞ、と小声で溢し、嬉しそうに笑うクーリェを眺めるナナ。

 

 父親、と言うものはナナには理解できない。生物学上、ナナにもいるのだろうがその影を見た事もなく、物心ついた時には殺しに手を染めていたのだ。そんな自分が父親役など、キリストだって呆れて言葉も出ないだろう。

 

 任務をスムーズに進めるための措置だと割り切り納得を。けれど、心のどこかで悪くないと思ってしまっているのだから、本当に救いようがないと自嘲するのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 それから数日。クーリェの滞在期間も残り1日となった本日。

 あれから展開には慣れたのだろう。最初のように怖がる事もぐずる事もなく、特訓はスムーズに進んだ。今も射撃武器による練習で、用意された的を的確に破壊していく。

 

 10を超える上下左右に飛び回る空中の的。それらを次々と破壊し終えると、終了のブザーが鳴った。

 

 

「わぁ‼︎パパ、見てた?クー、ちゃんとできたよ‼︎」

 

「ああ、よくやった」

 

 

 射撃指導として隣に立つナナの言葉に、喜びを隠しきれないクーリェ。ISを解除して抱きつくと、ナナもその頭を撫でる。

 ここ数日で常習化した一連の流れ。よほど両親と言うものに憧れがあったのか、クーリェは褒めて褒めてとよく楯無とナナに頭を撫でる事を強請ってくる。

 

 

(あれでよく、父親役は柄じゃないなんて言えるわねぇ………)

 

 

 拒否する事もできるだろうに、今のところナナがそれを拒むことはない。どころか、撫でる回数が増えるたびにその手つきが柔らかくなり、表情もまた柔らかくなっていく。

 大人びて見える容姿も相まって、その姿は完全に親子のそれ。既にクーリェの養子入りの話は学園内を回っており、周知の事実となっていた。

 

 時間をちらり、と見ればまだ昼前。けれど、欲しい実践データは既に取れており、これ以上の特訓に意味はない。ああ、そうだと案を思いついた楯無は、手を叩いて2人の注目を集める。

 

 

「2人とも、お疲れ様」

 

「ママ‼︎」

 

 

 観客席からフィールドに降りてきた楯無を見た瞬間、クーリェがそちらへと走り抱きつく。どうやらパパよりもママのようだ。勝ち誇るように浮かべた笑みをナナへと向けると、肩を竦める。

 どうってことない、と言わんばかりの態度ではあるが少し寂しそうな雰囲気に、楯無は更に笑みを深めた。

 

 

「それで、次は何するンだ?射撃か?格闘か?」

 

「うーん、それもいいかもしれないけど………もう欲しいデータは取れたから、今日はおしまい。そこで、ママからの提案です」

 

 

 パンッ、と小気味のいい音を立てて開かれる扇子。達筆な文字で書かれているのは「外出」の2文字。

 

 

「クーリェちゃんの頑張りを讃えて、今日はお出かけと行きましょう。ショッピングなんてどうかしら?」

 

「お出かけ?パパとママと⁉︎」

 

「勿論。ねぇ、パパ?」

 

 

 話を振られたナナは逃げ道がない事を悟る。何せ、キラキラと期待した瞳でクーリェに見られているのだ。否定などできるはずもない。

 せめてもの抵抗として「………あー、そうだな」と苦々しく言葉にしてみるが、思いの外優しげな声が出たのだから自分でも驚きだ。

 

 そうして電車に揺られてやってきたショッピングモール。休日ということもあるのだろう、わいわいと各々好きに会話する音や人の多さに毎度のことながら辟易とするナナ。

 フードコートから流れてくる食べ物の匂い。行き交う人々の匂い。五感の内、視覚と聴覚と嗅覚を封じられる環境はいまだに慣れず、けれど隣を見れば後悔することはない。

 

 

「わぁ‼︎わぁあ‼︎」

 

「ふふ、楽しそうね」

 

「うん‼︎」

 

 

 初めての外出、そして初めてのショッピングモールと言う事もあって、クーリェのテンションは最高潮。いつもなら怖い人混みも、両隣にナナと楯無がいれば問題ない。右手でぷーちゃんを抱きしめ、左手は楯無と手を繋ぐ。

 そして、ちらりとナナへと視線を向けると、少し困ったような顔をした。

 

 

「あ、あの、ね、パパ………ルーちゃんが、パパの様子が変だって………怒ってる………?」

 

「…………いや、怒ってねェよ。心配すンな」

 

 

 安心させるように頭を撫でてやれば、それで落ち着いたのだろう。再び笑顔を取り戻すクーリェ。

 

 

「ふふ、すっかりパパね」

 

「茶化すなよ………それで、どこに行くンだ?」

 

「それは勿論、クーリェちゃんの服を買いに」

 

 

 ナナと楯無は私服であるが、肝心のクーリェは学園から支給された制服。持ち込んだ荷物に生活用品はあったのだが、私服らしきものは用意されていなかったのだ。

 向かう先を決める事に迷いはなく、同時に楯無はウキウキとしていた。何せ、可愛い我が子の服を選ぶのだ。楽しくならないわけがない。

 

 

「さぁ、行くわよ♪」

 

 

 そうして洋服が売ってあるエリアへと向かい、店外から中を眺める。その中でもクーリェが1番反応した店へと入れば、楯無が女子特有の本領を発揮する。

 

 

「うーん、こっちも可愛いけど………これも捨てがたいわね………」

 

 

 あれじゃない、これじゃない、と吟味に吟味を重ねる楯無。同じように着せ替え人形にされるクーリェであるが、どうやら楽しんでいるようで嫌がる様子はない。

 

 完全に置いてけぼりのナナは所在なさげに、店内を見渡す。楯無が選ぶ可愛らしいものも良いかもしれないのだが、個人的には機能性を重視したいところ。その点で言えばジャージなどはどうだろうか?と考えているあたり、ナナも実のところ楽しんでいた。

 

 

「ねぇ、ナナくん。クーリェちゃんにはどっちが似合うかしら?」

 

「Ahhh………いざって時、動きやすい方がいいンじゃねェか?」

 

「わかってないわねぇ。女の子にとって可愛さは正義よ‼︎」

 

「パパ、わかってなーい‼︎」

 

 

 ねー、と2人して笑い、また服選びへと精を出す。

 まぁ、この場での己の役割などその程度。荷物持ちが精々だ。はぁ、とため息を溢せばふと、店員から声をかけられた。

 

 

「仲のいいご家族ですね。お父さん、こちらのお洋服なんてお嬢さんにお似合いですよ」

 

「いや、別に父親じゃ………」

 

 

 ねェ、と言おうとして、口を噤んでしまう。それを口にしたら最後、どうしても埋められない溝ができてしまいそうで、躊躇ってしまったのだ。

 任務をスムーズに進める一環として、一度は納得した役柄。所詮はお遊びの延長線だと思っていたものを、否定したくないと心のどこかで思っているのだ。

 

 不意にふと、裾が引っ張られる。ちらり、と見ればクーリェが帽子を持っていた。変装用にとナナが被る、黒いキャスケット。それによく似た、子供用のものだ。

 

 

「パパ、これ………ぷーちゃんもお揃い、いい?」

 

 

 おずおずと、手に握るそれ。はぁ、とため息を溢して帽子を受け取ると、ぷーちゃんに被せてやった。

 

 

「あぁ、勿論。クーリェ、このお姉さんが持ってきた洋服はどうだ?」

 

「わぁ‼︎可愛い‼︎」

 

「ふふ、それじゃあ試着室へどうぞ」

 

「うん‼︎」

 

 

 店員に案内されてるクーリェを見送る。

 父親ねぇ、と独り言を溢し、それも悪くないかもしれないと思ってしまうのは甘えなのだろう。人を殺して日銭を稼ぐ己には過ぎた幸福。けれど、今は、今だけは少しくらい夢を見ても許されるだろうか。

 

 無意識のうちに、首の待機状態のISに触れる。冷たい金属のチョーカーは己を縛る鎖であり、爆弾。それが思考を現実へと引き戻し、己が罪を再び認識させる。

 

 

「パパ、ママ………」

 

 

 試着を終えて出てきたクーリェ。白を基調としたフリルのワンピース。腰には淡い紫のリボンが巻かれ、その装いは宛ら妖精のよう。思っていたよりもお似合いの格好に、思わず感嘆のため息を。

 

 

「どう、かな………?」

 

「いいじゃない、すっごく可愛いわ♪」

 

「ああ、似合ってるよ」

 

「本当⁉︎えへへ………」

 

 

 嬉しそうにはにかむクーリェと、可愛い可愛いと褒め称える楯無。それが少し眩しくて、思わず目を細めるナナ。ああ、それでも今だけは夢の中にいたいとつい思ってしまう。

 

 クーリェが気に入った服と、ついでにいくつかの洋服。そしてぷーちゃんの帽子を買って、一行は遅めの昼食を。人の多いフードコートは避けて、チェーン店であるファミレスへ。

 昼時を過ぎたお陰だろう、広い店内には客がまばらで待ち時間もなく席へと案内された。

 

 荷物持ちは当然の如くナナ。大きめの紙袋を幾つも持って歩く事など、昔であれば考えられないことである。けれど、不思議と悪くないと思える重さを床へと置いて、ほっとひと息。

 

 

「あら、パパはもうお疲れ?」

 

「No problem。てめぇこそ、疲労が溜まってンじゃねェか?」

 

「ふふん。ショッピングで疲れるほど、柔じゃないわ」

 

 

 生徒会業務は生徒会メンバーに任せてあり、いつもより仕事は少ないまであるのだ。無論、その分心労など溜まっていたのだが、久々のショッピングはいい刺激であり、ストレス解消にも繋がっていた。

 

 

「それよりタッチパネルで注文なんて、楽でいいわね。クーリェちゃん、何食べたい?」

 

「クーはね、チョコレート食べたい」

 

「それじゃあ、デザートはそれにしましょ」

 

 

 タッチパネル式のオーダーはクーリェだけでなく、楯無も初めてのようで、2人して面白いおもちゃを得たように肩を突き合わせて弄っている。そんな微笑ましい光景の中、ふとクーリェが虚空に目を向けると、次いでナナへと視線を向けた。

 

 

「パパ………クーのパパ、いや?」

 

「………どうしてだ?」

 

「ルーちゃんがね、パパが昔に戻りたいって、言ってるの………」

 

 

 そう言われて、思わずナナの呼吸が止まる。あの殺し屋時代に戻りたいのか、と問われたらナナ自身どうすればいいのかわからない。今の生活を続けていれば戻れないとは理解しているが、では今の生活を捨ててまで戻りたいのかと言われても何か違う。

 結局のところ、どっちつかずでふらふらと揺蕩うだけで覚悟が足りないのだ。

 

 

「あ、あー………クーリェちゃん、この話は後で………ほら、このお料理なんて美味しそうじゃない?」

 

「ク、クーの悪いとこ、直すから………いい子になるから…………パパのままじゃ、ダメ………?」

 

 

 まずい事を聞かれた、と話題を逸らそうとする楯無だったが、クーリェには届かない。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい。クーを嫌いにならないで。

 

 そんな言葉が聞こえてくる程に、クーリェは家族に飢えていた。幼い頃から両親がおらず、IS適正が判明して国に引き取られたものも、そこにあるのは研究者と被験者の関係。

 憧れていたものを手放したくないと、幼い彼女は必死でその縁を繋ぎ止めたいと願っていた。

 

 ああ、とため息と共に言葉が漏れる。

 光が当たって影が濃くなるように、自身の罪が浮き彫りになった。昔は気にしていなかったものが、視界に入るようになってつい意識してしまったのだ。

 

 

「クーリェ」

 

 

 情けない、とナナは自嘲する。

 こんな幼い子に心配をかけるなど、なんとも愚かなのだろうか。

 

 向かい合わせのテーブル越しに、しょぼくれるクーリェの頭に手を置く。

 

「……勘違いすんな。お前を嫌いになるなんて、そんな面倒なことはしねェよ」

 

 

 不器用に、けれど力強くその頭を撫でる。手のひらから伝わるクーリェの震えが、ナナの胸の奥をチリリと焼いた。

 

 

「そのルーちゃんが言ったのは……たぶん、オレが自分の『居場所』に迷ってるってことだ。お前のせいじゃねェ。オレが、オレ自身の過去にケリをつけられてねェだけだ」

 

 

 首のチョーカーに指をかけ、自嘲気味に笑う。

 人殺しの道具として生きてきた時間は、そう簡単に消えはしない。温かい食事も、柔らかな服も、自分を「パパ」と呼ぶ声も。その全てが、今の自分には「出来すぎた夢」のように思えて、つい、慣れ親しんだ地獄(過去)に逃げ込みたくなる瞬間がある。

 それを、この幼い少女は見抜いてしまったのだ。

 

 

「いいか、クーリェ。……ここにいる間、俺はお前のパパだ。お前が嫌だと言っても、それは変わらねェ。だから、そんな顔すんな」

 

「……本当? 本当に、嫌いにならない?」

 

「ああ。誓ってもいい。俺は嘘が嫌いなんだ」

 

 

 涙を溜めた瞳でじっと見つめられ、ナナは目を逸らさずに頷く。

 ようやく安心したのか、クーリェは「……うん!」と短く返事をして、ごしごしと袖で涙を拭った。

 

 

「ふふ、良かったわね。ほら、パパがそう言ってるんだから、今日は美味しいものたくさん食べましょう?」

 

 

 楯無が優しくフォローに入り、ようやく食卓に平穏が戻る。

 運ばれてきたハンバーグやチョコレートパフェを前に、クーリェの表情は再び明るさを取り戻した。慣れない手つきでフォークを動かす彼女に、ナナが「……こぼすなよ」と口を出し、楯無が「もう、パパったら口うるさいわね」と笑う。

 それは、外から見ればどこにでもある、幸せな家族の風景そのものだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ショッピングを終え、帰り道の電車の中。

 窓の外には、オレンジ色から群青色へと変わりゆく夕闇が広がっている。

 慣れない人混み、初めての買い物、そして感情の爆発。

 全ての疲れがどっと押し寄せたのだろう。クーリェはナナの隣で、ぷーちゃんを抱きしめたまま、船を漕ぎ始めた。

 

 

「……おっと」

 

 

 コテリ、とナナの肩に小さな頭が預けられる。

 規則正しい寝息。ナナの鼻腔をくすぐるのは、新しい服の匂いと、子供特有の甘い匂い。かつての戦場で嗅いできた、鉄錆と硝煙の匂いとは対極にあるものだ。

 

 

「……寝ちまったか」

 

「よっぽど楽しかったのね。……ねえナナくん、少しだけ、そのままにしてあげて?」

 

 

 反対側の隣に座る楯無が、慈しむような目で二人を見ている。

 ガタンゴトンという電車の揺れが、まるでゆりかごのように感じられ、ナナもまた、柄にもなく瞼が重くなるのを感じた。

 やがて最寄りの駅に到着しても、クーリェが目を覚ます気配はない。

 ナナは溜め息をつき、大量の紙袋を楯無に預けると、その背中をクーリェに向けた。

 

 

「……ほら、捕まってろ」

 

 

 寝ぼけ眼のクーリェを背負い、ゆっくりと立ち上がる。

 背中に伝わる、驚くほどの軽さと温もり。

 

 この背中で、自分は今まで何を運んできただろうか。

 標的の死体か。あるいは、拭いきれない罪の重さか。

 けれど今、背負っているのは、そんな冷たいものではない。

 

 

「パパ……あったかい、ね……」

 

 

 首筋に触れる小さな吐息が、ナナの心を静かにかき乱す。

 背負われたまま、クーリェの手が無意識にナナの首にあるチョーカー(爆弾)に触れた。冷たい金属の感触に彼女は少しだけ身震いしたが、すぐに「パパぁ……」と幸せそうに寝言を漏らして、ナナの背中に顔を埋めた。

 

 隣を歩く楯無が、その様子を愛おしそうに見つめながら、ナナの空いている左手にそっと自分の手を重ねる。

 

 

「……本当に、いいパパになったわね、ナナくん」

 

「……うるせェよ。ただの、歩くタクシー代わりだ」

 

「素直じゃないわねぇ。でも、その背中……今のクーリェちゃんにとっては、世界で一番安全な場所なのよ。きっとね」

 

 

 楯無の言葉に、ナナは何も答えなかった。

 ただ、背中の重みを落とさないように、彼女の足を支える腕に少しだけ力を込める。

 学園までの夜道。街灯に照らされた三人の影は、一つの大きな影となって地面に伸びていた。

 いつか来る終わりのこと。本国へ戻るクーリェのこと。そして、自分を待つ死刑囚としての運命のこと。

 そんな現実をひと時だけ忘れて、ナナはただ、背中の温もりを確かめるように、静かに夜の空気の中を歩き続けた

 

 寮の部屋に戻り、買ってきたばかりのワンピースを大切そうにクローゼットへ。

 シャワーを浴びて、パジャマに着替えたクーリェは、まだどこか興奮が冷めない様子でぷーちゃんを抱きしめていた。けれど、部屋の明かりを落とし、静寂が訪れると……ふと、その小さな肩が強張る。

 

 

「……パパ、ママ……?」

 

 

 小さな声。

 パパとママと呼ぶようになってから一緒になった部屋で、自分のベッドではなく、ナナと楯無が並んで座るソファの方へと歩み寄ってくる。

 

 

「どうしたの、クーリェちゃん? 眠れない?」

 

「……あのね。ルーちゃんが、寂しいって……。一人で寝るの、怖いって言ってるの」

 

 

 それが、彼女なりの精一杯の甘えだということは、ナナにも分かった。

 明日になれば、この一週間の「ご褒美」は終わる。彼女はロシアへと帰り、再び「被験者」としての日常に戻らなければならない。

 

 

「……はぁ。一晩だけだぞ」

 

「! うんっ!!」

 

 

 ナナのぶっきらぼうな許可に、クーリェの顔がパッと明るくなる。

 結局、広いベッドの真ん中にクーリェ、その両脇をナナと楯無が挟む形で、川の字になって横たわることになった。

 

 

「えへへ……パパの腕、あったかい」

 

 

 クーリェはナナの左腕を枕にするようにして、その太い腕にギュッとしがみつく。

 殺し屋として生きてきたナナにとって、眠りとは本来「無防備になる死の時間」だ。隣に誰かがいる状態で眠るなど、数年前の自分なら考えもしなかった。

 けれど、布団越しに楯無の穏やかな体温が。

 左腕からは、クーリェの小さくも力強い鼓動が伝わってくる。

 

 

「……寝ろ。明日も早いんだろ」

 

「うん……おやすみなさい、パパ。大好き……」

 

 

 その囁きを最後に、クーリェは深い眠りへと落ちていった。

 闇の中で、ナナは天井を見つめる。首に巻かれた冷たい金属の感触――爆弾付きのチョーカーが、自分の居場所はここではないと告げている。

 不意に、クーリェの寝ぼけた手がナナの首元に触れた。冷たいユニットに触れても、彼女は逃げなかった。むしろ、それを温めるように小さな掌で包み込み、「ぱぱぁ……」と幸せそうに微笑んだ。

 

 

「……幸せすぎて、怖くなるわね」

 

 

 反対側から、楯無の静かな声が届く。彼女もまた、起きていた。

 

 

「……ああ。俺には、似合わねェ時間だ」

 

「そんなことないわよ。……ねえ、ナナくん。明日、彼女を笑顔で送り出してあげましょうね。パパとして」

 

「……分かってるよ」

 

 

 ナナは空いている右手で、自分に寄り添う楯無の指先をそっと握り返した。

 一晩だけの家族。一晩だけの、安らかな眠り。

 やがて、ナナもまた、心地よい睡魔に誘われていった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そして、無情にも朝はやってきた。

 ロシアの送迎機が到着する、滞在最終日の朝。

 学園のポートには、既に重々しい空気を纏ったロシアの輸送機が待機している。

 見送りに来たのは、「家族」である二人。

 

 

「パパ……」

 

 

 クーリェの瞳には、今にも溢れそうな涙が溜まっていた。

 

 

「泣くな。……お前はもう、ISを怖がる必要はねェだろ」

 

 

 ナナは腰を落とし、クーリェと視線を合わせた。

 殺し屋としてではなく、一人の男として、彼女に最後に何を言えるだろうか。

 

 

「パパ……クー、頑張るから。また、会いに来てくれる?」

 

 

 それは、叶うはずのない約束。

 死刑囚であるナナが、ロシアまで彼女に会いに行く自由など、どこにもない。

 隣の楯無が、唇を噛み締めてナナを見つめる。残酷な嘘を吐くのか、それとも突き放すのか。

 ナナは、無言でクーリェの頭に手を置いた。

 そして、これまでで一番丁寧に、ゆっくりとその頭を撫でる。

 

 

「……お前が一人前になったらだ。ルーちゃんに『もう大丈夫だ』って言われるくらい強くなったら……その時、考えてやる」

 

「……! うん! クー、頑張る!! 誰よりも強くなって、パパとママを迎えに行くよ!!」

 

 

 それが子供の夢だとしても。

 ナナは「ああ」と短く頷いた。

 機体のハッチが閉まり始める。

 クーリェは何度も何度も振り返り、見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

「バイバイ、パパ! ママ! 大好きだよ――っ!!」

 

 

 機体が空へと消えていき、残されたのは静寂と、少しだけ冷たくなった朝の空気。

 ナナはポケットに手を突っ込み、空を見上げたまま動かない。

 

 

「……行っちゃったわね」

 

 

 楯無が隣に並び、ナナの腕にそっと自分の腕を絡める。

 ナナの頬には、自分でも気づかないうちに、一筋の乾いた跡が残っていた。

 

 

「……ああ。……腹減ったな。戻るぞ、楯無」

 

「ええ。戻りましょう。……私たちの、戦場へ」

 

 

 疑似家族としての二週間は、こうして終わった。

 けれど、ナナの心には、血塗られた過去とは違う、消えることのない「温かな重み」が確かに刻まれていた。

 

 いつか再び、戦場で「敵」として相まみえることになるかもしれない、その日のために。

 ナナは首のチョーカーに触れ、再び「死刑囚」の顔へと戻っていった。

 

 

 

 

 





屋台骨があるとはいえ、初めて1から10まで書いた特別編
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