今回もオリジナル回
詰め込み過ぎた自覚はある
ナナと楯無が本国へ戻り、そしてそれぞれのデータを提出した翌日。もうやる事はない、と即学園へと戻った2人。それを出迎えた虚は、その間に流れる甘酸っぱい雰囲気に胃を痛めていた。
「………はい」
「………おう」
現在、ナナたちは生徒会室で事務作業を行なっている。見張り役の千冬がいない為だ。生徒会の仕事も溜まっている為、ただ座らせておくのは勿体無いと簡単な書類仕事だけ任せているのだが、2人とも目を合わせようとせず。それでいて互いにときどき相手を視線で追うのだ。
どうしてこんな事に、と頭を抱えて机を叩く虚は悪くない。傍目から見ても、明らかに関係に進展あり。何があったのかと楯無に問いただしてもはぐらかされるだけ。まぁ、原因はすぐに判明したのだが。
「…………楯無」
「ッ⁉︎な、何かしら⁉︎」
「その、ここの計算が合わねェンだが………」
「あ、ああ。そうなの。ならーーー」
「私にお任せください。会計は私の担当ですから」
確認しようとナナの背後に回ろうとする楯無を止め、その間に割って入る。言わんとする事が伝わったのか、苦笑いのまま「ま、任せたわ」と席に戻る楯無。少し寂しそうなナナの表情は見ないものとする。
過程はわからないが、いつの間にか下の名前で呼ぶ事を許している。それほどの進展があったという事実に膝から崩れ落ちそうになってしまう。しかし、そこはぐっと堪える虚。主人を守る為、折れるわけにはいかないのだ。
ナナが手に持つ書類を奪い取ると、そのまま書類の不備を確認する。確かに、収支の金額に誤差がある。何か抜けているようだ。過去の購入服歴の書類は、と探す虚を横目にナナはため息を溢す。
「随分と嫌われたモンだな」
「当然です。犯罪者、それも殺人鬼を主人の側に置いておいて安心する従者などおりません」
「別に、なりたくてなったワケじゃねェよ」
「なに?きっかけでもあったの?」
「お嬢様」
「いいじゃない。少し息抜きしましょ」
確かに、いつもより気を張っているせいか精神的にはかなり疲れがある。楯無も同じようで、棚からお茶請けを。ならばと虚はお茶を入れる。一瞬、ナナの分を作るか迷うが、そこまで狭量なわけではない。
仕方なしに入れた緑茶を2人の前に置き、少し考えている様子のナナが口を開く。
「………楽しい話じゃねェぞ」
「お家柄、そんなの慣れっこよ」
「ならいいが………」
喉を鳴らしてナナは語り出す。己の半生を。己が殺人に手を出した経緯を。
◇◆◇◆
物心着いたころには、既に血に濡れた刃物が手元にあった。
少し視線を逸らせば目の前には倒れ伏す子供。自身と同じか、少し上ほどの少年の腹部からは血が溢れ、無機質なコンクリートの床を赤く染める。
周囲にはカメラを持つ複数の大人。隣同士で笑い合い、地に伏す少年に罵声を浴びせ、ぼんやりと立つ己を囃し立てる。
もっとやれ、と。
もっと残酷に、と。
己も目の前の少年も、周囲の大人の所有物。そも、この建物にいる子供が全員そうだ。捨てられていたのを拾われたり、金で買われたりと生い立ちは様々だが、結局のところやる事は変わらない。
武器を持って、互いに殺し合う。ただそれだけだ。
それをビデオで収め、同じ趣味の同士に売り捌く。それが主な収入であり、裏方ではどちらが死ぬかの賭けを。悪趣味に殺せば殺すほど売り上げは伸びるらしく、悲鳴や懇願の声が入れば尚よし。
心を殺すか、狂人になるか。身を守る術はそれしかない。
ぼんやりと立つ己に痺れを切らしたのか、酒瓶が投げられた。中身の入った酒瓶は己の頭にぶつかり、血と酒が混ざりながら顔を濡らす。これ以上待たせれば、しばらく飯にはありつけないだろう。
飯と言っても、大人たちの食べた残飯なのだが。
虫の息ではあるが、まだ呼吸する少年へとゆっくりと近づく。それに気がついたのか頭を振って懇願するが、逃げるほどの体力はない。蹲って腹を抑える少年を足蹴にして仰向けにし、恐怖に溺れる瞳へと刃物を向ける。
瞳に映る自身は無機質で、ただ淡々と命令をこなすだけの殺戮マシーンであった。
少年の声が止み、大人たちが満足した段階で終了。返り血に濡れた自身にバケツの水を浴びせると部屋と言う名の牢獄へ。身を寄せ合い暖を取り合う子供たちの輪には入れない。そも、無感情に相手を殺す自身を恐れて近づく輩などいなかった。
冷たい地面に寝転がると機械的に瞳を閉じる。外へ出る願望もなく、ただまだ死にたくないと言う一心を胸に刻み、闇の中へと意識を落とす。
だが、転換期は起こった。
上の組織への上納を怠ったか、ピンハネしたかはわからないが子供たちを使役していた大人たちは報復を受ける事に。組織を殲滅し終えると、維持費のかかる子供は邪魔である。ついでに一掃しておこうと銃口を向けられた。
案山子を撃つのは面白くないと、建物内を使った鬼ごっこ。一発放たれる度に、子供が死んでいく。大人たちの笑い声、子供たちの悲鳴が嫌に耳に響いた。
そして、あらかた掃除し終えたのだろう。最初から案山子のように立つ己へと銃口が向けられる。
死が訪れる、と直感でわかった。そこに安堵はなく、恐怖もなく、ただそう言うものだと受け入れる。なんとなく、横目で倒れ伏す死体へと目を向けた。刃物を持って反抗しようとした子供は態と手足を撃たれ、這いずり回って逃げる所を蹂躙された死体だ。ああなるのは嫌だ、と少し思って視線を正面に向ける。
反撃される心配をしていない、隙だらけの大人。武器を持ち、自身こそ生き残るのだと息巻く子供たちとは大違い。そこになぜ?が生まれた。
なぜ、こんな奴らに殺されてやらねばならない?
その気になれば殺せるのに。
なぜ、自身が殺されなければならない?
言われた通りに、殺してきたのに。
冷淡な視線で状況を把握する。そして脳裏に浮かんだプランを決行することにした。遅かれ早かれ死ぬ運命なのだ。最後に足掻いても、罰は当たらない。
銃口を向けた男の足元に向けて走り出す。一瞬の戸惑いの後放たれた弾丸は頬を掠め、男の股の間を通り抜ける。転がる死体から刃物を奪うと柱の影に隠れる。薄暗い室内で、ただ殺されたくないという一心の元、刃物を振るう。
殺して、隠れて、殺して、隠れて、殺して、躱して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してーーーー
そして、気がつけば大人たちは全員血の風呂に沈んでいた。ぽつんと立つのは己1人。初めて息が上がっている事に気がつき、心臓が痛いほど動いている事実に驚く。ぴちょん、と水面を叩く足音に反応し、そちらに刃物を向ける。
「ニャー、これはこれは………お前1人でやったのかニャ?」
暗がりの通路から出てきたのは1人の女。薄汚れた白衣を見に纏い、小柄な相手なら殺せると足を踏み込んだ瞬間、慌てた様子の女からストップが入る。
「ニャ⁉︎ま、待った待った、待つニャ。別に取って食おうってわけじゃニャアよ。ただドンパチ騒がしいから、様子を見にきただけニャ。ほら、丸腰だニャ」
白衣を脱いで、その場で回る。武器の類を持っている様子はなく、だからと言って信用できるわけではない。やはり殺すか、と決断するよりも早く、女がまたもや待ったをかけた。
「まーまー、慌てるニャ。ここはひとつ取引といこうじゃニャいか。あ、言葉わかってるかニャ?簡単に言えば、お前の身の安全と私の安全を約束する約束だニャ」
ぴくり、と安全という言葉に食指が動く。それにめざとく反応した女は、また朗々と語り出した。
「私は情報屋ニャんだけど、まだ駆け出しで繋がる相手がいニャいんだよねー。そこで、お前には私の手足になってもらうニャ。あ、いや、この場合は仕事仲間だニャ。私が集めた情報を元に、お前が動く。お前が失敗すれば私も仲良くお陀仏。まぁ、でも?その歳でこんだけの事できれば心配ニャいだろうけど。そのために衣食住は提供してあげるニャ」
さて、どうかニャ?と尋ねる女の言葉に考える。子供ながら必死で考えて、説明を噛み砕いて、ようやく理解する。刃物を降ろすと、女も胸を撫で下ろした。説得に応じるかは己次第であったようだ。
「ふぅ、交渉成立だニャ。さて、お前名前は?え?喋れない?あー、言葉はわかるけどってやつかニャー。まぁ、言葉はその内喋られるニャ。名前は通り名がつけばそれで呼べばいいし。それじゃあ、少年。共に行くニャ」
刃物を降ろして安心したのか、女が己の手を握ると導くようにして歩き出す。初めて感じる他人の体温に困惑しながら、少しそれを噛み締めるのであった。
◇◆◇◆
「その後は簡単な依頼からこなしていって、徐々に名がついたって感じだな…………だから言っただろ?楽しくない話だって」
話も終わり辺りを見渡せば、落ち込んだ様子で頭を下げる楯無と虚。想像以上にヘビーな過去に、思わず気落ちしてしまった。
「その、ごめんなさい………」
「気にしちゃいねェよ。過ぎた話だ」
言葉通り、ナナは本当に気にしていない。思い返せば悲惨と言える過去なのかもしれないが、だから何だと完全に割り切っている。何より、人の命を奪う事を生業としていたのだ。我が身可愛さに過去を嘆いては何様だ、と言う話だろう。
「………それでも、何か別の道はあったはずでは?」
「虚‼︎」
「構わねェよ。まぁ、あるにはあったが、犯罪であることは変わりねェ。そン中で得意なモンを選ンだってだけだ。だから、テメェに警戒されても仕方がねェとは思ってる」
ナナの言葉に、虚が押し黙る。自身が何をして生きてきて、それをちゃんと罪として理解している。部外者である虚がとやかく騒ごうとそこに意味はない。寧ろ、感情任せに騒ぐ分まるで子供のように見えて癪だ。
「………わかりました。これまでの非礼、謝罪します」
「だから構わねェよ。それに、首輪付きとはいえ3食寝床付きで暮らしてンだ。警戒されても文句は言えねェ」
「それに、美人なお姉さんと同棲できてるしね」
「………おう、そうだな」
「…………恥ずかしいから、もっと反応してよ」
「今のは完全に自滅ですよ、お嬢様」
顔を赤くしてそっぽを向くナナは、どっちの味方だと騒ぐ楯無を横目に見て心の中でそっと溢す。
(………色を増やしてくれたことには、まぁ、感謝してやる)
赤とピンクと黒と銀。それだけで形作られていた自身の世界に、最近は水色が増えた。言うまでもなく楯無である。
ふらりと現れて、猫のように周囲を彷徨き、偶に揶揄い、そして導いてくれる。それが嫌ではないと思ってしまう自身がいた。恋をしている、とは絶対に認めないという意思も、最近はやけにぐらついてしまい立て直すのに必死だ。
裏社会での生活を糧にしているが、それもそろそろ楯無との思い出に押しつぶされそうであり、本格的に戻れないかもしれないと少しの焦燥を。それも構わないとほざく弱い自身は必死に封殺している。
騒ぐ楯無を宥める虚。2人の姿を眺めながらふと、貸し出されているケータイにメッセージが届く。通話は勿論、メールや検索内容、どこに通信したかまで即記録されるので普段使わないが、最近ではこうしてメッセージを貰うこともしばしば。
開けてみれば差出人は一夏。その内容を一読すると、メリットデメリットを推し量る。もう一夏のデータを採取する必要はないが、ナナ・オーウェンの役は続けなければならない。結論はすぐに出される。
「………………楯無、明日暇をもらうぞ」
「あら?珍しいわね、どうしたの?」
「何、ちょっとしたデートだよ」
「……………………は?」
楯無の表情から感情が抜け、冷え切った視線が送られる。隣の虚は言葉を選べと言う願いを込めて天を仰いだ。
◇◆◇◆
翌日、駅前のショッピングモールにて。集合場所によく指定される時計台の前に一夏は佇んでいた。そろそろ集合時間だが、と時計を確認しようとした辺りで遠くから歩く人影を発見。それが待ち合わせの人物だと悟ると、声をかけた。
「おっ、久しぶりだな」
「oh、一夏!long time no see!」
夏休みに入りはや2週間。久しぶりの再会に一夏は手を上げて応え、ナナがその手にハイタッチを。
「一回帰ったんだろ?本国はどうだった?」
「ドーモーコーモ、息苦しい話ばっかりヨ。一夏は何してたノ?」
「俺は白式のデータ取ったり、後は中学の友達と遊んだりだな。それより、行こうぜ。何気にナナと一緒に遊ぶの初めてだし、楽しみにしてたんだ」
「HAHAHA、光栄だネ」
何して遊びたい?と話題を広げながら歩く2人の背後を、こっそりと覗く人影がふたつ。楯無と虚である。変装の一環として買ったドリンクを片手に、楯無はドリンクに刺さったストローを噛む。その視線は悔しさで満ちており、隣の虚は呆れたように楯無に声をかける。
「あの、お嬢様?そんなに心配せずとも大丈夫だと思いますよ?」
「何も大丈夫じゃないわよ。彼ったらデートって言ってたし………はっ!もしかしてそっちの気が⁉︎」
「ありえないから尾行は他の者に任せて戻りましょう。仕事はまだ残ってますよ」
「大丈夫よ。ほら、それより移動するわよ」
主人の暴走ぶりに、思わずため息を溢す。メッセージを確認して一夏と出かけることは早い段階でわかった。しかし、楯無はデートの単語が嫌に気になって虚を連れて尾行へと走ったのだ。
ナナが少し茶化しただけだ、という言葉はついぞ聞き入れてもらえなかったことに虚はまた、ため息を溢す。どうにかして楯無が満足すれば良いのだが、と考えていた所でナナたちの前から人影が。
「お、弾!それに蘭も」
「お、一夏。奇遇だな」
「い、一夏さん⁉︎」
現れたのは一夏の中学時代の友人である五反田弾、そしてその妹の五反田蘭である。学園外の人間であるため、楯無達は知らないが雰囲気から察するに危険はないと判断。何なら友達の妹にまで恋慕を向けられているのかと分析するくらいには冷静だ。
「で、隣の人誰よ?まさかお前、そっちの気が………」
「あるわけないだろ。こっちはナナ。IS学園の友達だよ」
「ナナ・オーウェン。ナナって呼んでネ」
「んで、こっちが中学の時の友達の弾。そして妹の蘭」
「五反田弾だ。はぁ、一夏に続き新しい男………羨ましいったらありゃしないーーーあいてっ⁉︎」
「お兄がすいません。五反田蘭です」
「nice to meet to」
余計な事を口走った弾の足を踏みつけ、蘭が丁寧にお辞儀を。ひらひらと手を振って挨拶を交わすナナ。友人の友人、という不慣れな状況で距離感がわからないようで、それ以上に突っ込む様子はない。
「にしても、2人一緒に買い物か?珍しいな」
「いててて………いや、蘭が服買いに来たんだけどよ。それが、まぁ、俺の意見も欲しいっつーんで連れてこられたんだよ」
「え?蘭、もしかして彼氏できたのか⁉︎」
「い、いえ。その片思いって言いますか、振り向いてもらいたいといいますか………」
顔を真っ赤にして、しきりに髪をいじりながら視線を泳がせる蘭。ああ、またかと嘆息をひとつ溢すナナ。学園外にも恋慕される相手がいるのは魅力のひとつなのか、それとも節操無しと捉えればよいかはナナにはわからなかった。
「一夏たちはどうしたんだ?」
「ああ、ちょっと遊びに来たんだよ。鈴たちも誘ったんだけど、予定があるみたいでさ」
これはチャンスだと、蘭の頭脳が閃いた。ただでさえ会う機会の少ない一夏。そして周囲には恋敵の姿はなし。いける、と決心した乙女心は早かった。
「で、でしたら、私一夏さんに服をーーー」
「oh、一夏。カンドーの再会はいいケド、そろそろ行こうヨ」
勇気を出した乙女を無碍にして、ナナは一夏の肩に手を置いて注目を寄せる。何が悲しくて休みの日に他人の恋愛を見なければならないのだ、という言葉は胸の内にしまった。
「あ、悪い。勝手に盛り上がって。そうだ、2人も一緒にーーー」
「悪いな、一夏。俺たちも急ぎなんだよ」
「そうなのか?」
「はぁっ⁉︎お兄、ちょっーーーむぐっ⁉︎」
ナナの思いが通じたのか、抗議の声を上げようとする蘭の口を塞ぐと、弾はそそくさとその場を後に。弾としても、友人が義弟になるのは避けてほしいのだ。
「じゃ、悪いな。今度またうちに飯食いに来てくれよ」
「おう、またな。………あんなに急いでたのか。なんか悪いことしたな」
「HAHAHA………そーだネ」
的外れな一夏の言葉に、ナナは視線を逸らす。真実は知らぬが仏である。
そして2人はそのままショッピングモールへと。夏休みということもあり、学生や家族連れ、恋人などで人はたくさん。それでも慣れた様にスイスイと人の間を縫う様にして歩くナナたちに、尾行する楯無たちは見失いそうになる所を必死に追いかけていた。
「ふぅ、ふぅ………に、逃がさないわよ〜………」
「あの、お嬢様。そろそろこの辺にしませんか?」
「ダメよ。絶対続けるんだから」
同性婚が認められた昨今、道行くカップルの中には同性同士がちらほらと。それが余計に楯無に不安を与えていた。
どう考えても両想い。何を心配するのだ、と口にしたい虚だが、それを口にしたらどうなるかは見えている為に口を噤む。尾行を終わらしたい気持ちと、口を噤む思い。ジレンマである。
そうこうしている内に、ナナたちは実に学生らしい休日を。ゲームセンターで遊び、ボウリングをしたり、バッティングセンターへと足を運んだり。身体を思う存分動かし、そして同性ゆえに気を遣わない開放感。中学時代を思い出して笑う一夏の笑顔は眩しい。ここに箒達専用機持ちがいれば、確実に惚れ直していただろうと思うほどに。
ナナはナナで、初めての遊びに困惑しつつも、一夏に合わせて楽しむ。初めは嫌々だったが、こうしてみると存外面白く、気がつけば本心から遊んでいた。こちらもこちらで楽しげな笑みを浮かべており、楯無はそっとケータイで写真を撮る。これはあくまで報告用だ、と何も告げていない虚に言い訳しながら。
そして、最後に2人はアクセサリーショップへ。
「最後がここで良かったのか?」
「YES。ちょっと買い物したいんだヨ」
「へぇ。あ、もしかして彼女のプレゼントか?」
「HAHA………あー、youもその噂耳にしてるのネ」
噂に疎い一夏の耳にまで入っているとなると、本格的に学園全体に広まっていると考えていいだろう。面倒だと思う反面、そういう関係になった想像をしてしまって気恥ずかしい気持ちに。
ちらり、と最初から付けて来た楯無たちの位置を、店内に置いてある鏡で確認を。あの位置からは自身が買うものは見えないことを把握した。
「一夏、一緒に選んでくれるかナ?」
「いいけど、俺もそんなにセンスないぞ」
「第三者の意見が欲しいンだヨ」
そういうことなら、と請け負った一夏。2人してずらりと並ぶアクセサリーへと視線を。ここから選び出すのは骨が折れそうだ。
「アクセサリー………場合によっては剥奪しなければなりませんね、お嬢様。…………お嬢様?」
アクセサリー類に多い貴金属であれば、こちらを害する武器になるうる危険性は高い。冷静な判断でナナに提出を求めなければと考える虚は、返事をしない楯無へと視線を。
通常であれば虚の意見など真っ先に楯無が思いついている。けれど、今はそれどころではないのだ。
「アクセサリー………指輪?………婚姻⁉︎虚、2人を止めるわよ⁉︎」
「はぁ、本格的にお疲れのようですね。さぁ、帰りますよ、お嬢様。続きは近くに待機させている監視役に任せておきましょう」
「ちょ、ここまで来ておいて⁉︎虚、離して‼︎虚ーーっ‼︎」
顔を青くしたかと思えば、尾行の意味を根本から覆すような事を言い出す楯無。これはもう限界だろうと楯無の首根っこを掴むと、そのまま引き摺るようにしてその場を後にする。
念の為に近くに呼んでいた楯無家お抱えの監視役と交代し、喚く楯無を無視して学園へと。学園へとついて終えば大人しくはなるが、それでも拗ねたように頬を膨らませていた。
「むぅ………」
「はぁ………お嬢様。言いたいことはわかりますが、まずは反省を。監視対象に入れ込みすぎるのはどうかと思いますよ」
「………わかってるわよぅ」
虚の言はもっともで、楯無自身もそれはわかっている。けれど、ナナが絡むとなるとどうしても心臓が跳ねてしまうのだ。気持ちに蓋をしようとしても、より一層うるさく脳にまで響いて抑えが効かなくなる。
これは恋なのだと、いい加減認めざるを得ない。だが、許されないのだ。立場が、そして周囲が。
まるで現代のロミオとジュリエットだと自嘲する。相手は貴族ではなく、犯罪者。それも死刑囚であるのだが。
できうる事なら、家を捨て、名を捨ててでも彼の隣にいたいと思ってしまう。無論、そんな事は出来るはずもない。自身の両肩に乗るそれは、振り解けるほど軽くないのだ。
自らの気持ちに思い悩む楯無に、手遅れだと諦める虚。ナナを排除できたとして、悲しみに暮れる主人を見たいわけではないのだ。恋を後押ししてやることもできず、かと言って諦めさせることも出来ない。どうしたものか、と悩む虚に一本の連絡が。
「ああ、お嬢様。彼が帰ってきたみたいですよ。真っ直ぐ生徒会室に向かって来るそうです」
「え⁉︎ちょ、待って。まだ心の準備がーーー」
慌てて身だしなみを確認する楯無だが、些か遅かったようだ。扉の外から足音、そして遠慮なく開かれた。
「………よォ」
「………おかえり。デートは楽しかったかしら?」
「まぁ、そこそこな」
アクセサリーショップで購入したであろう袋を引っ提げて、ナナは視線を泳がせながら、楯無は視線を合わせないようにしながら受け答えを。
どうやら尾行していた件は黙認するようだ、と間に挟まれて空気のような扱いにされている虚は心の中で独言ちる。
「その、なんだ………ん」
「な、なに?」
「………受け取ってくれ」
差し出された袋を恐る恐ると受け取る楯無。コンパクトな箱に入ったプレゼント。それを開けていいかと視線で問えば、照れくさそうにナナの首が縦に動く。
ドキドキと早鐘を打つ鼓動が早く早くと包装を乱暴に上げようとするが、必死にそれを押さえつけて慎重に、ゆっくりと包装を解く。箱を開けて中に入っていたのは、ネックレス。中央に小さなサファイアが嵌め込まれた、学生がギリギリ手の届く値段の、更識家から見れば安物だ。
「…………日頃の礼だ。………なんだ、こンなモンしか買えねェが、感謝してる」
今まで蓄えていた金は使えず、政府から出される筈の補助金も犯罪者故に出されない。苦渋の決断で千冬に相談し、教員の仕事を手伝って払われたバイト代。それを全て注ぎ込んで購入した代物だ。こんな安物で感謝は伝えられないが、それでも伝えたかったのだ。
返事もなく、言葉もない。黙したまま固まる楯無に、やはり安物ではダメだったかと少しの落胆を。一緒に選んでくれた一夏には申し訳ないが、気に入らないようだと判断。
「………嫌なら、オレの方で捨てておくが」
「嫌じゃない‼︎」
ネックレスを胸に抱きしめて、差し出されたナナへ手渡すこと全身で拒否する。思わぬ反応にぽかんと呆けるナナだったが、ネックレスを掲げて嬉しそうに笑う楯無。それを見て終えばいう事はない。気に入ってくれたようで一安心である。
「ふふっ、どう?似合うかしら?」
「………ああ」
早速とばかりに首にかけたネックレス。それが想像以上に似合っていて、より一層の恥ずかしさがナナを襲う。視線を逸らすナナの視界に入ろうと、嬉々として楯無がそれを追った。
「あらぁ?もしかして照れてるの?」
「そンなンじゃ………」
終いには腕でガードして視界を遮ろうとするナナに、楯無が寄りかかる形に。互いの身体が密着しているが、それが気にならないほどにナナは羞恥を、楯無は幸福を感じていた。
何せネックレスの意味は「束縛」、「絆」、そして「愛情」。総じてあなたの事を心から思っている、という意味なのだ。ナナがそれを意図したものではないとしても、楯無の歓喜は変わらない。
「ほら、よく見なさいよ。貴方が選んだ一品よ」
「…………ナナ、でいい」
「へ?」
「だから………貴方じゃなくて、ナナでいい」
「でも、偽名でしょ?」
「元から名なンてねェンだ。それに………別に、嫌じゃねェ」
偽名だからか、自身を指し示す時は基本的に貴方、と呼ばれていた。例外は人前で演技をする時くらいのものだろう。それが妙に気になって、埋めきれない距離感を感じて、つい口にしてしまった。
「へぇ………ナナくん」
「………ああ」
「へへっ、ナナくん」
「………なンだよ」
「プレゼントありがと!」
ああ、今日はなんて最良の日だと楯無の口角が更に上がる。好きな人からプレゼントを貰い、そして名前を呼ぶことができるだなんて。それが嬉しくて、嬉しくて、つい楯無も欲が出てしまった。
「……ねぇ、ナナくん。その、私の事も、ちゃんと名前で呼んで」
「………楯無」
「そうじゃなくて。私の、本当のーーー」
「お嬢様」
それは流石に看破出来ない。険の籠った虚の声が続く言葉を遮る。楯無が言おうとしたことは、自身の本名を教える事。それはナナを更識家に迎え入れる、と公言するようなものだ。
虚の声に自身が今何を言おうとしたのか、それを自覚する。口を噤む楯無に、怒りの視線を向ける虚。それだけに触れてはいけない部分なのだろうと当たりをつけた。
「聴いちゃまずい話か」
「………ごめんなさい」
「構わねェよ。話せねェなら、別に深掘りはしねェ」
「聞き分けがよろしくて何よりです。それよりおふたりとも、そろそろ離れては?」
虚に言われて、ようやく身体が密着していた事に気がつく2人。慌てて離れる2人にため息を溢しながら、虚はため息を。
「さぁ、お嬢様。少しばかりお説教です。貴方は部屋にお帰りを。道中、寄り道をしないように」
「……はぁい」
「………ああ」
しょんぼりと肩を落とす楯無。今回ばかりは、やり過ぎた自覚があるので素直に聞く腹づもりだ。ナナも素直に従い廊下に出ると、言われた通り帰路へ。道中、楯無の身体の柔らかさを思い出して赤面したり、頭を壁にぶつけたりとしていた。
そんな羞恥心に弄ばれている脳内であるが、本日の目的を思い出す。
楯無へのプレゼント選びもそうであるが、1番の目的は仕事仲間との連絡。尾行していた2人も流石にトイレまでは着いて来ず、駅内のトイレにてメモを残しておいた。
内容は篠ノ之束の件。それによって一夏のデータ採取が不可能になったこと。そして、首の爆弾の解除方法。その3つを簡潔にまとめていたのだ。運要素が高いが、IS学園の清掃業者は学園前の駅のトイレまでがその範囲だという事は把握済み。上手くいけば今日中にでも報告がいくはずだ。
さっさと爆弾を解除してそしてと考えて、いつもなら自由を思う筈の思考が、楯無の隣に立つことを想像してまた悶えるナナなのであった。
◇◆◇◆
夜。IS学園前駅の個室トイレにて。学内の敷地に入るには学生証、もしくは教員証を提示しなければならないが、駅構内ならば関係ない。女性限定ではあるが、有事の際にトイレを使用するためだ。
その個室の一角にて、1人の女性が便器の裏に隠された小さなメモ用紙を発見する。中身は訳のわからない単語が書かれているだけだが、それを考えたのは他ならない自身。解読は容易い。
「ふむふむ、ニャーるほど。無理を言ってくれるニャー」
淡い金髪のボブカットを揺らし、苦言を漏らす女性だが、その表情は好戦的なもの。無理難題を提示されて燃えるのは、性格故だろう。赤縁のメガネを掛け直し、翡翠の瞳が水に流されるメモ用紙の行方を追う。
完全に消えた事を確認すると、さも用を済ませましたとばかりの雰囲気でトイレを出る。最終のモノレールが来るまで駅のベンチに腰掛けながらカモフラージュでケータイをいじるフリを。頭の中で考えるのは自身が拾った子供のこと。
偶然にも街中で見かけたが、少し見ない間に変わったものだ。男子3日会わずば、というがアレは変わり過ぎ。一瞬、別人かと疑うほどである。
(絆されたかニャんだかしらニャいけど、あの子がニャー)
自身と組んでいた時は血も通わない、字通り蛇のような性格だったのに。今では血の通った只の学生である。それが可笑しくて、女性は笑う。あまりにも似合わないのだ。
「逃がさないニャー。お前は私の道具ニャんだから」
女性の呟きは、最終のモノレールの到着音に消えていく。