前回の投稿以降、評価が伸びて困惑。
恐らく、後書きが原因。評価乞食したようで恥ずかしい反面、お気に入りと評価が伸びてご満悦の私がいます。
評価、お気に入りしてくださった方々、誠にありがとうございます
学園祭当日。
一般開放はしていないので開始の花火などはあがらないが、生徒の弾けっぷりはそれに匹敵するくらいにテンションが高かった。
理由は言わずもがな、一夏とナナの燕尾服。それに加えてゲームも出来るというのだから1年1組のご奉仕喫茶は朝から満員御礼である。
一夏とナナ。生徒内での人気は一夏にやや軍配が上がるが、その評価は今回で大きく変わった。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
恭しく、畏まる様に一礼を。髪をうなじ辺りで縛り、燕尾服を着こなすナナ。そこにいつもの軽薄さはなく、微笑みを浮かべる姿はまるで本物さながら。対応された生徒が思わず言葉をなくすが、気持ちはわかると経験者たちは頷き合っていた。
「お席のご用意ができました。不詳、わたくしめがご案内させていただきます。お手を」
「ひゃ、ひゃい!」
顔を赤くしてエスコートされる女子生徒。ああ、また犠牲者がと従業員の生徒たちは彼女に心の中で合掌を。
燕尾服が似合うだろうとは、初めから噂されていた。しかし、似合いすぎていて洒落にならない。本人が気合をいれて演技するものだから余計に。
一夏も似合っているが、どちらかと言えばアイドルが掛け持ちのバイトをしているような雰囲気。コスプレの域を出ない。それに比べて虚の指導のかいあって、ナナは執事という役に理解を深めた。その差は大きいだろう。偽物を超えた本物、と誰かが呟いたが、異論は出なかった。
「はー………人気だな、ナナ」
「一夏も人気だけど、アレはちょっと………」
感心するように呟く一夏に、シャルロットも同意する。呼ばれる割合が違いすぎて喋る余裕さえあるのだ。そうして、注文されたもの取りに来たのだろう。料理が出来るまでの短い時間、ナナはため息と共に仮面を外す。
「あ、戻った」
「あ、はは………お疲れ様」
「Crazy busyネ………一夏、youも手伝ってヨ」
「いや、だってナナ目当てのお客さんだろ?俺が行ったら悪いって」
「冷たいネ。じゃあ、シャルロット、help please」
「手伝いたいのは山々だけど、その、視線が痛くて………」
主に落胆と、そしてお前じゃないと言う敵視の視線だが、シャルロットも気持ちはわかる。もし指名性にしていれば、少なくとも今日一日ナナの休憩はないだろうと確信出来るほどの人気。そこに自身が割って入るのだから仕方がないとはいえ、何度も浴びたいものでもない。
「っていうか、執事役の時は流暢なんだな」
「いっぱいtrainingしたからネーーーそれとも、この様な喋り方はお嫌いですか?」
自然と一夏の手を取り、顔を近づける。まさかの展開に周囲は唖然、そして現状を理解して黄色い声があがった。薄くメイクを施されたナナの顔は同性の一夏でもドキリとするものがあり、思わず見惚れてしまう。
それに終止符を打ったのは他でもない、箒である。
「んんっ!注文の品は上がってるぞ」
「oh、Thank youネ、篠ノ之」
一夏たちと同じくホールを担当しているが、来るのはいつ男子が接客に回ってくるのかと言う質問ばかり。虫のいどころの悪い箒だが、そんな事はナナにとって知ったことではない。
注文の品を受け取って、仮面を被り直したナナ。そのまま去っていく姿を尻目に、一夏は胸を抑える。
「だ、大丈夫だった、一夏?」
「お、おう………心臓に悪いな、あれ」
「まったく………一夏、お前も動いたらどうだ?3番テーブルで注文が入ってるぞ」
「あ、ああ」
未だ驚きで高鳴る心臓を鎮めるように、一夏は動き出す。
「そこの執事さーん。注文おねがーい」
「はい、ただいま…………」
呼ばれた声に反射的に振り返り、そしてナナが固まる。視線の先、テーブルにはなぜかメイド服姿の楯無がいた。ひらひらと手を振って笑みを浮かべているが、間違いなく揶揄いにきたなとナナは確信していた。
しかし、ここで動揺しては思う壺。今はナナ・オーウェンではなく執事として、楯無の対応をする。
「ホント、洒落にならないくらいに似合ってるわね〜」
「お褒めのお言葉、感謝いたします。お嬢様のお姿には遠く及びませんが」
「あら、ありがとう」
少ないやり取りでナナの思惑を見抜く楯無。そっちがその気ならそれに乗って揶揄うだけだ。何より、他人行儀のような対応が気に食わない。絶対にその演技を崩してやると決めた。
「でも、今はメイド服なのよ?なら、同僚として扱うべきじゃない?」
「お戯れを。どんなお姿をしていようと、お嬢様はお嬢様でございます」
「ふーん………なら、お嬢様として注文しようかしら。この執事にご褒美セット、お願い」
ピシリ、とここに来て一瞬ナナの動きが固まる。それは悪手であり、当然楯無が見逃すはずがない。にやり、と口角が自然と上がる。
「………お嬢様、それより当店おすすめのケーキセットなどはいかがでしょう?」
「ダメよ。この執事にご褒美セットで」
「……………………………………か、かしこ、まりました」
ひくひくと、口角の縁を引き攣らせながら諦めた様に了解を。注文の内容が聞こえたのだろう、一夏の同情の視線が注がれるが、ナナからすれば慰めにもならない。
注文された品を受け取り、楯無の待つ席へと。300円のセットの内容はアイスハーブティーと冷やしたポッキーのみ。何をしてくれるのか、と期待と好奇心でワクワクしている楯無の前に置く。
「それでは、失礼いたします」
「へ?」
楯無の正面に座るナナ。呆気に取られる楯無を置いて、ナナは説明を続ける。
「当セットは執事に対し、お嬢様自らの手でお菓子を与えていただきます」
「え、なに?つまり、ナナくんに食べさせるってこと?」
「その通りでございます。任意のサービス故、もちろんお嬢様に拒否権はございます」
だから、拒否してくれと懇願の視線を送るナナ。楯無とナナ、学園でも熱いとされるカップル2人ということもあり、大半の人間の注目を浴びている。そんな中での羞恥プレイなど、ごめん被りたいのだ。
一方の楯無はメリットとデメリットを即座に天秤にかける。メリットはこの大衆の面前で、ナナとの仲を見せつけられる。デメリットは楯無の羞恥心。秤はすぐに傾いた。
「面白い趣向ね。ほら、あーん」
「………あー」
マジかよ、と視線で訴えかけるが、楯無が折れる様子はない。観念したナナが口を開き、そこにポッキーの先端が入れられた。軽い音と共に、ナナの口に入ったポッキー。甘いものが苦手なナナであるが、こうして楯無の手から食べる甘味は不思議と嫌ではない。と言うより、緊張で味がしなかった。
対する楯無も、予想を遥かに越える恥ずかしさに沈黙。耳まで真っ赤にして固まっていた。
「………大変美味しゅうございました、お嬢様」
「そ、そう。それなら、よかったわ………」
互いに視線を彷徨わせながら、甘味に負けないくらいの甘い雰囲気を醸し出す。先に耐えきれなかったのは周囲だ。
「すいませーん!コーヒーをブラックで!」
「私も!特別濃いやつを!」
「う、うぅ………せっかくナナいちが見れたのに………‼︎はっ!いや、逆にこれは嫉妬心を煽るテクニックでは⁉︎」
次々と入るコーヒーの追加注文。クラスメイトも皆、気持ちは一緒である。出来る事ならコーヒーをガブ飲みしたい気分であった。
そんな雰囲気を出す2人に文字通り光が刺したのは、その時である。
「いい絵、いただき!」
「か、薫子ちゃん⁉︎」
新聞部のエース、黛薫子。事あるごとに一夏やナナの取材を試みるため、よく見知った顔である。ちなみに、ナナはのらりくらりとその手から逃れており、何気に初めて写真を撮られてしまった。
「いやぁ、話題の一夏くんたちを取材に来たらこんな美味しい場面に出会えるなんてねぇ。題名は『熱愛!生徒会長との甘いひと時』なんてどう?」
「知らないわよ!いいから、ソレ消して!」
「えー、せっかくのスクープよ。消せるわけないでしょ」
薫子の持つカメラを奪わんと楯無との激闘が始まる。それを尻目に、やってしまったと後悔のまま天を仰ぐのはナナだ。
「その、なんだ………おつかれ」
「ふむ、ああ言うやり方もあるのか………良い勉強になったぞ」
「ら、ラウラさん⁉︎今はそっとしておいた方が………」
「Fuck………」
ラウラの無自覚の煽りに、思わずそんな言葉が口から漏れる。自滅だと理解している故に、罵詈雑言は胸の内にとどめておく。
「………ちょっと、休憩するネ」
「お、おう」
これ以上仮面を被り続ける事は不可能と判断したナナ。重い足取りで教室を出ると、人目に付かない場所を探す。けれど、学園祭の人の多さを舐めていた。外部企業を始め、生徒たちが招待した家族や友人たちで溢れかえった学園に、そう易々と憩いの場所はなかった。
こうなると選択肢は屋上か、トイレの中の2択。さて、どちらで気持ちを落ち着けるかと悩むナナに声がかけられた。
「楽しんでるようだニャー、蛇」
背後から聞き覚えのある、ここにいるはずのない声。反射的に振り返ろうとするナナ。しかし、それは声の主に止められる。
「振り返るニャ。そのまんま、ふらふら歩きながらでいいニャー」
一瞬の停止。しかし、言葉通りに歩き出す。その際にそっと握らされた小型の通信機をさりげなく耳につけ、唸る様な低い声で周囲には聞こえない様に呟いた。
「なンでテメェがここにいる」
「ニャんでもニャにも、清掃業者にも普段のお礼として配られたんだニャー、これが。さすがに非合法ニャア入手は難しいからラッキーだったニャ」
不可能、ではなく難しいという当たり、腕は衰えていないのだろう。少し前なら頼もしいと思えるそれも、今はただ忌々しい。
「それで、接触してきたって事は、首輪をどうにかできる算段がついたってことか?」
「いんニャー。そいつはまだニャ。正確には、出来るけど、ちゃんとした設備が整わニャいと流石にむずいニャ。今回は久しぶりに顔を見にきただけニャ」
「そいつァ随分と悠長なことで」
「悠長、ねぇ………お前からすれば、少しでも時間が欲しいんじゃニャいのかニャ?」
確信めいたその言いように、ナナの息が一瞬止まる。学園での生活が、そしてその腑抜けた姿がバレていると理解した。そして接触してきた、本当の理由も。
「いやニャ?別にお前がどうニャろうが、私は構わニャいんだけど、売られでもしたらってどーしても考えしまうニャ。けどニャア、私は技術屋だし、殺せる自信ニャんて微塵もニャい」
「………だから、釘を刺しに来たってわけか」
「まぁそんニャとこ。まぁ、仕事仲間が手元に戻るニャら、それに越したことはニャいんだけど………それも難しいかニャア?」
これは脅しだ。首輪をどうにかした後、戻ってこいと言っているのだ。抵抗すれば、ナナの本当の情報を学園に流すだけ。それだけでナナの居場所は消えてしまう。
「………わかってるよ」
「本当かニャア?あの更識楯無の邪魔は確実だけど、それを突破できる自信はあるのかニャ?」
「………ああ」
情報も漏らされようと、楯無は庇ってくれるだろう。だが、それは同時に非難の的になるということ。それはナナの望むところではない。彼女には、せめて彼女だけは、とつい願ってしまう。
苦々しい声の中に、決断を感じ取ったのだろう。ナナの仕事仲間は納得はいってないが、一先ずはその言葉を受け入れた。
「まぁ、その首輪次第ニャんだけどニャア。とにかく、その時に愚かな真似はしニャいことだニャ」
それだけ言って、背後から気配が消える。背後を振り返ることなくトイレへと向かったナナは個室の便座に座ると、苦悶を漏らすように呟いた。
「………わかってるよ、フェリス」
耳の通信機を握りつぶし、トイレへと流す。自身は間違いなく裏社会で生きてきた身で、仕事仲間ーーーフェリスの言い分も理解している。何人もの人間を物言わぬ屍へと変え、生きてきたのだ。今更、普通の生活を夢見ることなど許されない。
それでも楯無と離れたくないな、と思ってしまうのはきっと己の弱さなのだろう。トイレから出て鏡を確認すれば、そこには泣きそうな顔のナナが写っていた。
◇◆◇◆
「ありがとうございました、お嬢様。またのご来店を心より、お待ちしております」
休憩を終えたナナの働きぶりは、それは見事なものであった。ようやくエンジンがかかったとばかりに動き回り、それでいて丁寧な仕事を繰り返す。ミニゲームとしての神経衰弱やダーツもこなし、頼まれたら写真を撮られることも厭わない。
あまりにも完璧で、誰が見ても無理をしていると見抜けるくらいに、精力的であった。
「ね、ねぇ、ナナくん、そろそろ休ませた方がいいんじゃ………」
「けど、一夏くんたちも休憩中だし………」
「抜けられたらホールが壊滅しちゃうよ」
頼みの一夏含めた専用機持ちたちも、今は休憩中。当の本人たちは遠慮したのだが、他ならぬナナの押しによりやむなく休憩へと。ホールの人数が足りなくなるが、その方がナナはありがたかった。
手隙の時間があれば、余計な事を考えてしまう。フェリスの脅し、これからの進退、そして楯無のこと。ぐるぐると胸中で渦巻くそれらを考えなくなるよう、自ら仕事を増やしたのだ。
「あの、オーウェンくん。お客さんも落ち着いてきたし、そろそろ休憩しても………」
「No problem。他の人が休憩しなヨ。オレはダイジョーブネ」
「でも………」
「あらぁ、これは重症ね」
休憩に入らせようとするクラスメイトを一蹴。客がいない中でも、在庫の確認やバッシングなど、やる事はあるのだ。それらをこなそうと意気込みを見せた時、現れたのは楯無。
件の写真は持ち前の話術とカメラの強奪により押収しており、画像データはちゃんと自身のケータイに落とし込んだ。
それはさておき。呆れたようにため息を溢し、閉じた扇子の先を顎先で支える姿にクラスメイトは歓喜。ようやく救世主が来てくれたのだ。
「あれ、でもなんで生徒会長が?」
「一夏くんから連絡もらったのよ。ナナくんを無理にでも休ませてくれって」
「oh、楯無。butやる事沢山ネ」
「いいから、貴方は休憩なさい。みんな、悪いけどナナくん連れて行くわよ」
「お願いします!」
強引に、それこそささやかな抵抗として脚を踏み締めるが、そんな事は関係ないとISの腕部を部分展開。補助機能を使って引きずりながら連行する先は生徒会室だ。
道中の好奇の視線には慣れたもので、尾行や盗聴する者がいないか確認すると鍵を閉める。呆れた様に鼻を鳴らせば、視線の先のナナがバツの悪そうに視線を逸らした。
「それで、何があったの?」
「…………テメェには、関係ねェ」
「あら、生意気。最近素直になったと思ってたのに、お姉さん悲しいなぁ」
いつもの調子で揶揄う楯無だが、肝心のナナが乗る様子はない。どころか、何かを隠す様に、言いたい事を言えないように歯を噛み締めるばかり。
「はぁ………あのねぇ、一応私は監視役なのよ?何かあれば報告義務がナナくんにはあるんじゃない?」
「………あぁ、そうだ。テメェとオレは、ただの監視役と死刑囚でしかねェ」
苦悶の声を漏らす様に、口の隙間からその様な言葉を漏らす。その言葉に、一瞬楯無の動きが止まった。周りからなんと噂されようが、根本の関係はその通り。考えないようにしていたそれを突きつけられて、唇を噛み締める。
漏れ出した怨嗟は止まらず、ナナは続ける様に口を開いた。
「様子がおかしい?ハッ!そりゃそうだろ。こンなくだらねェ事に巻き込まれてンだ。文句のひとつやふたつ、言いたくなるだろ」
「楽しみにしていたのは、どこの誰だったかしら?」
「随分と過大評価してくれてるな、光栄だよ。この首輪を外してもらうための、演技に決まってンだろ」
「ッ!じゃあ、虚に師事してもらったのも、何もかもそのためだって言うの⁉︎」
聴きたくない、と楯無の本心が騒ぐ。恋心を抱く様になった日々は、共に過ごした日々は、彼もきっと同じ様な気持ちだったと信じたいから。
けれど、無情にもナナは現実を突きつける。色も温度も削ぎ落とした、最初の頃と変わらない視線で楯無を見つめる。
「当然だろ。誰が好き好んでこンな真似するかよ」
ひゅっ、と楯無の呼吸が止まる。そして、衝動的にナナの頬に平手をお見舞いした。ぱちん、と乾いた音がしてナナの頬に紅葉が咲く。
「………っ‼︎さいってー‼︎」
「犯罪者に、何を期待してンだよ」
憤怒を込めて見舞った一撃は、ナナに響かなかったらしい。どこまでも冷たい視線で見下ろす姿に更に怒りが燃え上がる。ちゃらり、と首から下げたネックレスが音を立てた。ナナから貰ったプレゼント。それさえもわずわらしく、乱雑にそれを首から外すと、ナナの胸へと突き返した。
「返すわ、これ!」
「そうかい。話は終わりか、生徒会長様?」
「終わりよ!早く出ていきなさい!」
身長差ゆえに見下ろすナナからは見えないが、震える肩を見ればどの様な表情をしているかはわかる。慰めの言葉も、事情を説明する言葉も、持ち合わせていない。ずきり、と痛む胸を無視して部屋を後にする。
扉が閉まり、その足跡が遠のくと楯無は膝から崩れ落ちた。ポロポロと溢れる涙を拭うが、止まる様子はない。
「ひっく………ぐす、ナナくんの、ばかぁ………」
泣きじゃくる楯無に、温かい言葉をかける人物は既にいなかった。
これでよかったのだ、と奥歯を噛み締めながらナナは通路を歩く。これで万が一自身の正体がバラされようと、楯無には同情が多く集まるだろう。後のフォローはきっと、一夏がしてくれる。時間はかかるだろうし、争奪戦に激しさが増すだろうが、これでよかったのだ。
一夏と楯無が連れ添って歩く姿を想像して、更に胸が痛む。喉奥がイガイガとして、ふつふつと胸の内に怒りが湧く。だが、これはただの我儘だ。自身のために、楯無が割を食うことなどあってはならないのだから。
必死に自身に言い聞かせるが、それでも脳裏を駆け巡るのは楯無との思い出。今すぐ事情を説明して、弁解しろと弱い自分が吠え立てるが、それでは意味がないのだ。
仮面を取り繕う余裕もなく、イライラとした様子で歩くナナにかけられる声がひとつ。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「あ?」
振り返った先にいるのはスーツ姿の女性。ニコニコと、温和な笑みはナナの鋭い視線に貫かれても変化はない。
「失礼しました。私、こういうものです」
差し出された名刺にはIS装備開発企業みつるぎ渉外担当、巻紙礼子。
「ナナ・オーウェンさんですよね?是非とも我が社の装備を扱って欲しく、こうして交渉に参りました」
注目な集まる男子生徒。それに装備を使ってもらい広告塔になってもらおうとする企業は、山ほどいる。しかし、それは生徒の一存では決められず、また決定権を持つ学園側も厳しい審査を用意しているのだ。
だと言うのに、この手の話は今までいくつも持ってこられており、その度に長い説明をして追い返していたのだ。けれど、今は違う。一瞬の熟考。そして仮面を被り直したナナは快く返事を返した。
「oh、それはそれは。ちょうどnew weaponが欲しかったところだヨ」
「本当ですか⁉︎それでは、少しお話を。ここでは何ですので、人の少ないところへ」
「OK。ちょうどFree Timeだからネ」
「それはよかったです」
互いにニコニコと笑みを浮かべ、巻紙の後をナナが追随する。これでよかったのだ、と必死に自分に言い聞かせながら。
◇◆◇◆
2人がたどり着いた場所はアリーナとグラウンドの間にある林の中。さて、ここまで来れば大丈夫だろうと巻紙はナナへと振り返る。ここまで疑う事なくついてきた大間抜け。ヘラヘラと浮かべたニヤけ面に1発ぶち込みたくなるが、それはぐっと堪える。
「さて、この辺でいいでしょう」
「あぁ、そうだネ」
瞬間、音もなく巻紙の視界一杯に一本の木の枝が映り込む。眼球目掛けて突き出されたソレは、寸前の所で間に合ったISの展開に阻まれ空中で止まる。
「チッ」
「てめぇ‼︎」
舌打ちと共にナナは大きく後退すると、降り立つ木の上から巻紙を見下す。今の一撃で仕留めれば御の字だったのだが、うまくいかなかった。次善の策を模索するナナに、巻紙が吠え立た。
「いつから気づいてやがった」
「最初からだよ。臭ェンだよ、てめぇ」
ナナは最初から見抜いていた。巻紙の動きも、歩き方も、何を気にしているのかも、どれもただの営業マンではないと。淀みのない歩き方も、いつでも迎撃できる姿勢も、監視カメラを確認する視線も、全て裏社会の人間のものだ。
「てめぇ、噂の亡国企業ってやつか?」
「ハッ!てめぇ如きに知られてるなんてな。このオータム様も有名になったモンだ」
ISの背中の八本の爪。蜘蛛の脚のようなそれらの先端が開くと、中から銃口が顔を出す。発砲と同時にナナは次々と別の木に飛び移り、それらを躱わした。
「オラオラオラッ!さっさとIS展開しねェと蜂の巣だぜ」
「うるせェな」
ISの展開。それが目的だとナナは悟る。ISを奪うつもりなら、最初から不意打ちをすればいい。それでもこうして姿を現したのは、きっと何か罠を仕掛けているから。それもこちらを無力化できる何か。
ならば、それに応えてやるつもりはない。相手がISを見に纏う以上、攻撃の際に部分展開するのが関の山。慢心してこちらを痛めつけようとする今が好奇である。
「どうしたどうした!学園のお坊ちゃんには、状況を一から説明してやらねェといけねェのか⁉︎」
挑発するオータムを無視して、ナナの思考と心は冷たさを取り戻す。フィールドは身を隠しやすい林の中。獲物は油断している。ナナが得意な状況だ。銃弾の雨を掻い潜り、ナナはオータムへと接近する。
「ハッ!読めてんだよ!」
態と弾幕を甘くした空間に、まんまとナナが入った。それを確認したオータムは八本の内、四本の爪をナナへと向ける。後は突き刺すだけでゲームセット。死体から直接ISを回収するだけだ。
直撃まであと数秒。串刺しになるナナの姿を幻視するオータムだが、次の瞬間、ナナがその合間を直進して眼前へと躍り出る。ブースターの部分展開、そして瞬時加速によって距離を潰したのだ。
「なっ⁉︎」
そして、最初と同じ様にナナの持つトリグラフがオータムを襲った。突き刺すと同時にその特性を発動。限界まで伸ばしたトリグラフはオータム諸共木々を突き抜け、アリーナの方角へと弾き飛ばす。
「チッ、なめやがって……‼︎」
ダメージとしては大きくない。突き飛ばされた衝撃で少し脳が揺れただけだ。苛立つようにナナへと視線を向ければ先ほどと同じ様に突っ込んでくる姿を捉える。
同じ手は食わないと、今度は八本全ての爪をナナへと向ける。
「死ね‼︎」
装甲脚の全てを使い、先ほどがお遊びだと思える程の弾幕がナナを襲った。目も絡むようなマズルフラッシュだが、オータムのISはナナの姿を捉えている。発砲の直前、ナナはISを完全展開し、上空へと飛んで躱わしたのだ。
ようやくISを展開した、とオータムの口角が上がる。後はISのコアを抜き取る
エネルギー・ワイヤーで構築した網を進行方向へと放り投げる。文字通り網を張ったオータムだが、その結果は肩への衝撃。スヴェントヴィトによる狙撃だ。
(網を躱わした………?違ェ、焼いたんだ)
オータムの予想通り、ナナは網に捕えられる直前に火炎放射器によってエネルギー・ワイヤーを焼いたのだ。エネルギーブレードやエネルギー弾とは違い、耐久力の低いワイヤーだからできる芸当。だが、それを初見で見抜く実力はないはずだ。
「てめぇ、何者だ」
ここまで来てようやく、オータムのスイッチが入る。対するナナに返答はなく、オータムを通り過ぎるとISを解除。そのままアリーナ内部へと隠れ潜んだ。
「なめやがって………上等だ‼︎てめぇの死体は跡形もなく、粉々にしてやる‼︎」
虚仮にされたオータムが、それを追従。命懸けのかくれんぼが、始まった。
ナナ・オーウェンと書いてクソボケと読む
次回、必ず仲直りさせます