たくさんの評価、お気に入り、感想に舞い上がり、書きたい欲が止まらず、勢いそのままに投稿。
作者のこれが描きたかった!欲がふんだんに詰まっております
学園祭も半分が終わり、満を辞して生徒会の出し物シンデレラの演劇が公開された。アリーナひとつを舞台に、一夏との同室をかけた王冠の奪い合い。奪われたら電流が走るので一夏は必死にそれを守る。
専用機持ちをはじめとした5人に加え、観客参加型ということもあり普段絡みのない女子たちも参戦。中々に混沌とした空間であるが、それを見る楯無は上の空。ちらり、と偶に視線を向けるのは放送室の隅に置かれた紙袋。そこにはナナが着るはずだった王子役の服が入っている。
ナレーションや進行をしていても、脳裏に浮かぶのは先ほどのナナの言葉。思い出すたびに苛立ちと、それと同じくらいの悲しみに胸が溢れる。何かがあった、という事は楯無も理解している。しかし、それを話してくれないのだから、内容まで知らない。
(ナナくんも、ナナくんよ………)
首輪を取るなどはできないが、それでも出来る限り力にはなれるのだ。借りを作りたくないのか、それとも信用していないのか。それはわからないが、それでも相談をしてくれないのは酷い。
涙で赤くなった目の周りを化粧で隠し、飄々とした雰囲気を作り出しても、心の中ではナナに対しての不満と、そして後悔が渦巻いていた。
「お嬢様」
「あら、虚。どうかしたの?」
「………何かありましたか?」
いくら取り繕おうとも、長年連れ去った使用人の目は誤魔化せないらしい。何と言い訳しようか考えるが、その真剣な眼差しに折れた楯無は渋々とことの経緯を話し出す。
「どうもこうも、ナナくんに振られたのよ。虚の言う通り、彼と私は立場が違い過ぎたってことみたいね。こーんないい女を振るなんて、彼ったら人生の幸運全部使い果たしたんじゃないかしら?」
「そう、ですか………」
「なによ、そんな暗い顔しないで。気にしてないってば」
へらへらと、表面上は笑って見せる。だが、それが無理しているものだと虚でなくとも理解できるだろう。
「………お嬢様。一度、彼の様子がおかしいという連絡が入ってましたよね」
「ええ。それがどうしたの?」
「私の方で原因を探っておきました」
おや?と楯無は首を傾げる。そんな指示は出していないのだ。困惑する楯無に虚が差し出したケータイの画面には監視カメラの映像が映し出されていた。
状況から見るに、ナナと楯無が写真を撮られた後だろう。顔を少し赤くしたナナが人混みを掻き分けて歩く中、一瞬だけ不自然に足取りが止まる。そして何かに驚く様な表情をした後、再び歩き出す。
「………これがどうしたの?」
「お嬢様もおわかりでしょう。彼が一瞬見せた、不自然な行動を」
「そうね。でも、これだけじゃ何があったかはわからないわ」
「ええ。ですが、その後ひとつ怪しい影がありました」
虚が画像を拡大すると、人混みに紛れてナナの後を尾ける金髪が一瞬だけ映る。背丈からして小柄な小、中学生くらいだろう。だが、これだけじゃ誰かわからない。
「不審に思い一瞬だけ映った耳紋を検索しました。結果、該当したのは彼女です」
画面を切り替えて映し出されたのは履歴書の一部だろう。顔写真と名前、資格の有無の欄だけが映し出されたそれ。確かに、写真の金髪と映像の金髪は同じ様に見えるが、本人だという確証はない。
「彼女は学園の清掃業者の1人、
「彼女が原因?根拠として薄いんじゃない?」
「これだけなら。ですが、過去の映像を調べた所、彼女は学園のモノレール駅、そのトイレを何度か使用しています。それも決まって彼が利用した同日の、深夜帯に」
「………それって」
「彼女が彼の仲間、だと言うことでしょう」
恐らくは情報屋。それも何度も連絡を取り合っていたのだろう。だが、それは楯無に何の慰めにもならない。ナナが裏切っていたという、何よりの証拠なのだ。
「…………そう。なら、今後は監視を強めないといけないわね」
「そうではありません。連絡を取り合っていたのは事実でしょうが、接触はおそらく今回が初。彼の動揺からそれは推測できます。そして、弱みを握られたのでしょう」
「それがどうしたの?私は彼の口からはっきりと拒絶の言葉を聞いたわ」
「お嬢様は、それが本心だと本当に思っているのですか?」
虚の言葉に、楯無が下唇を噛む。アレが本心だとは、楯無自身信じたくない。だが、もしかしてを想像してしまうのだ。自身の気持ちは一方通行で、彼は本当は迷惑していたのではないのかと。自由のために、ひたすら我慢していたのではないかと。
その葛藤が手に取るように虚にはわかってしまう。虚に恋愛経験はない。だが、主人の立場を想像すれば理解は容易い。だから、虚は楯無の背中を押す。間違いなく今後の動きに支障が出るだろうが、それでも構わない。
「2人の仲をもっとも近くで見てきた身として、言わせていただきます。あなた達は間違いなく、相思相愛でしたよ」
「…………それが、演技だって可能性は?」
「もしそうなら、彼はもっと上手く立ち回っていたでしょうね」
あの反応が、あの空気が、全て演技などありえない。年相応の、初めての恋に狼狽える姿は間違いなく本物だ。
「今からでも遅くありません。話を聞きましょう。口を閉ざすようなら、私も手伝いますので」
「…………私、ナナくんに酷い事したわよ?」
「彼も酷い事を言ったのでしょう?おあいこですよ」
「…………話して、くれるかしら?」
「証拠を突きつけさえすれば、間違いなく折れますよ」
「………っ‼︎私、またナナくんと、仲良くなれるかしら………?」
必死に涙を見せまいと顔を伏せる楯無。その震える肩をそっと抱きしめ、虚は楯無の心を支える。
「勿論です。あなた達は学園でもっとも、熱いカップルだと噂されていたのですから」
「ぅ、うぅ………っ‼︎」
虚の肩に顔を埋めて、くぐもった楯無の泣き声が暫く放送室を支配した。それをあやす様に楯無の背中を虚が優しく撫で、より一層の涙が溢れるのであった。
それが5分ほど続いた後、涙を流し切った楯無は赤くなった目を見られまいと化粧を施す。虚のお陰で精神は立ち直った。話を聞いてあげる心の準備も万端。ぱちん、と両の頬を叩いて気合いを入れ虚の方へと振り返る。先ほどとは違い、そこに無理をしている様子はない。
「ありがとう。元気でたわ」
「それは何よりです」
「それにしても意外ね。虚は私たちの仲を反対してたのに」
「更識家に仕える者としては、反対です。ですが………お嬢様の友人として、泣いている姿を見たいわけではないですから」
幼い頃からずっと一緒だったのだ。従者としては失格だが、楯無は一つ歳下の友人みたいなもの。泣いている友達がいれば手を差し伸べるのが、普通だろう。
本当に自身には勿体無いくらいの従者だと、楯無は笑みを浮かべる。画面の向こう、アリーナでは未だ必死に一夏が王冠を死守している。誰が勝者となるかはわからないが、この混沌とした状況を亡国企業が見逃すはずがない。
「虚、後は任せていいかしら?」
「ええ、勿論です。既に織斑先生をはじめとした教員方に連絡は入れております」
「さっすが、頼りになるわ」
当初の予定では横槍を入れにきた亡国企業を楯無が捕らえるはずだった。しかし、今の楯無にはそれよりも優先すべきことができたのだ。
「さて、ナナくんはどこかしら?………1発くらい叩いても平気よね?」
「それは………ええ。1発と言わず、何発でも」
乙女心をここまで蔑ろにしたのだ。いくら殴られても仕方がないだろう。虚の助言もあり、楯無はナナのISに埋め込まれたGPSを頼りに探し出そうとしたその時である。
ケータイに触れるや否や甲高い音アラームが流れる。これはナナが無許可でISを展開した時に流れる警告音。いくら自暴自棄になろうと、ナナの性格からして自殺を図ろうとは考えづらい。ならば導き出される答えはひとつ。
「虚‼︎」
「GPS、捉えました。第五アリーナ、その近辺のようです」
「ありがとう‼︎」
言葉少なく、楯無は駆け出す。自らの想い人のピンチに駆けつけるために。その行動に迷いは微塵もなかった。
◇◆◇◆
「どこだ、オラァ‼︎」
発砲、発砲。発砲に次ぐ発砲。
八本の装甲脚をふんだんに使い、周囲の空間を穴だらけにするのは亡国企業のオータム。アリーナ内部、その通路や控室を破壊するが、目的の人物は見当たらない。苛立ち混じりに近くの壁を手持ちのカタールで突き刺した瞬間、どこに隠れていたのだろう。すぐ背後にナナがいた。
「なっ⁉︎」
完全に油断したオータムの首筋を、ナナのトリグラフが撫でる。一瞬、首が落ちた姿を幻視するがISの絶対防御に守られている以上それはない。だが、濃厚な死の気配に怯んだオータムは再びナナの姿を見逃した。
「ッ‼︎なめやがって‼︎」
再びナナがいたであろう空間を弾幕が襲うが、効果はなし。戦闘が始まって数分、流れはナナにあった。それもそのはずで、身を隠す場所が豊富にある中、得意のhide-and-seekを思う存分に活用できるのだ。そして、それを後押しするようにナナのISトゥガーリン=ズメエヴィチが応える形でワンオフアビリティを発動していた。
ワンオフアビリティ、ギュゲスの指輪。神話にある通り、ISのセンサーさえ誤魔化す完全なる透明化を実現しているのだ。
これはナナにとっても予想外。初めは生身で挑もうとしていたのだが、使えるものは使う。お陰でオータムから隠れるのに最適であった。
だが、その展開にエネルギーを使うのだろう。攻撃はほぼ受けていないにも関わらず、残りのエネルギー残量は半分以下。今も尚目減りするそれに、止まる気配はない。
だが、それでも構わなかった。楯無に別れを告げ、冷え切ったナナの心にあるのは目の前の敵の排除のみ。いくら高性能のISを使おうと、それを操るのは生身の人間。その意識の隙を突くことなど、今の状況であれば造作もない。
熱源センサーを使い、壁越しに相手の姿を捉えてスナイパーライフルで壁ごと狙撃。頭に血が昇るオータムが更に激しく暴れた。
「くそっ、どうなってんだ」
通路を破壊し尽くしたオータム。情報によれば、相手は補助機能に頼る初心者。彼我の実力差は大きく離れているはずだ。だと言うのに、追い詰められているのは自身。一撃一撃は軽いとはいえ、そう何度も受けていいものでもない。
情報元であるあいつは必ず血祭りにあげる、と決意するオータムに、再び狙撃が襲った。
「ッ!そっちか‼︎」
狙撃角度からそのポイントを割り出して急行。たどり着いた控室を空間ごと破壊するが、やはり死体はあがらない。一対一、正面切っての戦闘なら間違いなくオータムに分があるだろう。それはナナもわかっているからこそ、かくれんぼを続ける。苛立つ様に周囲を破壊するオータム。
(………隙だらけ)
スヴェントヴィトを構え、センサー越しのオータムを捉えながらナナは思う。これが生身ならば、この一撃で終わりだ。だが、ISというのはやはり面倒だ、と口の中で溢す。
だが、ナナのやることは変わらない。目の前の敵を殺して、殺して、殺し尽くして、そしてーーー
(………どうするんだろうな)
自由が手に入らないことは、既に理解している。物理的な首輪があるかないかの違いで、結局繋がれていることには変わりない。今進んでいる道の先には、何もないのだ。
(………それでも、あいつが幸せなら)
そう、必死に自分に言い聞かせる。これは彼女のためなのだと。自身の世界を広げてくれた彼女への恩返しなのだと、そう自己暗示をかける。所詮は泥の中で悶えながら死ぬのがお似合いの身だ。誰かのため、なんてものではなく、他ならぬ彼女の一助となるのなら、それでいい。
(………こいつで決める)
スナイパーライフルから高威力のレール砲へと変換。覚悟を決めたナナはより威力を高める為に接近。通路の向こう、10メートルほどの位置で狙いを定める。
破壊され土煙が漂う空間の中、オータムは不気味なほどに静か。罠の可能性を一瞬考えるが、それよりも早期決着を図る。照準を定め、引き金に指をかけた、その瞬間である。
「そこかっ‼︎」
今までの当てずっぽうとは違う、確信も持った振り返り。一瞬の動揺、しかしそれでも放った一撃は地を這うように屈んだオータムには通じない。オータムがナナの居場所を突き止めたのは単純に、舞う砂煙が不自然な動きをしたからだ。普段であれば気がつく、単純なミス。しかし、勝負を急ぐあまり愚を犯した。その代償は大きく後退しようとナナが動くが、それよりも早くオータムは動き出す。
「逃すかよ‼︎」
装甲脚がナナの腕部装甲を掠る。どこ辺りにいるかを確信したオータムが続け様に装甲脚を操作し、ナナの5体を拘束した。未だ姿は見えない。だが、確かに感触はある。
「死ね」
残る3本の装甲脚を格闘モードに、そして2本のカタールで目の前の空間を蹂躙する。暫くの攻撃のあと、空間に紫電が走ると徐々にナナが姿を表した。口の端から血を流し、息も荒くなっている。死人の様な冷たい視線がオータムを貫くが、そんなものに恐怖を覚えるほど弱くはない。
「ハッ!散々虚仮にしてくれたなぁ‼︎たっぷりとお返ししてやるよ」
「ッ‼︎」
乱暴にナナを振り回し、床や天井、壁へと激突させる。勢い余って放り投げられるが、そこから立ち直せるほどの体力はナナにない。無様に転がるナナを、オータムが踏みつけた。
「ったく、手間取らせやがって。まぁ、いい。てめぇのISに別れを告げな」
オータムが手に持つのは剥離機と呼ばれる、ISのコアを強制的に抜き取るもの。ようやく目的が果たせると息巻くオータムを、ふらつく視界で捉えるナナ。頭を打ちすぎて聴覚さえまともに機能していないが、それでも自身の死が間近に迫っているということはわかる。
(死ぬ、のか………)
背骨を直接撫でられるような、気味の悪い感覚。久方ぶりの感覚を懐かしく思いつつも、頭にあるのは今後のこと。
あれだけこっぴどく罵ったのだ。楯無の傷になることはないだろう。一夏は悲しむだろうが、それでも前を向いてくれる筈だ。千冬を始めとした教師陣の仕事が減り、万々歳。学園は再び平和を取り戻すのだ。
(ああ、それでも………)
それでも最後に、一目彼女に会いたいと願うのは、我儘だろうか。
「あばよ」
剥離機の先端がトゥガーリン=ズメエヴィチへと触れる。後はトリガーを引くだけ、というタイミングでアリーナの壁が破壊された。
「チッ!誰だ‼︎」
衝撃で姿勢を崩したオータムにかけられた返答は、ランスの一撃。横薙ぎに振るわれたそれは的確にオータムを捉え、その距離を大きく開かせる。土煙が立ち込める中、ようやく定まってきた視界でナナは下手人を瞳に映す。
ありえない、と脳が否定する。都合のいい夢だと。程のいい幻想だと。それでも心は期待する。どうか本物であってくれと、願ってしまう。
「はぁ、はぁ………ギリギリ、間に合ったようね」
幾度となく見た機体。幾度となく聞いた声。そして死の間際に会いたいと願った人物が、そこにいた。
「………言いたい事はたくさんあるけど、今はそれどころじゃないみたいね」
ちらり、とナナを一瞥した楯無は状況を把握する。そして、ともかく相手を撃退しなければ何も始まらないことを理解した。
「ハッ!どこのどいつか知らねェが、邪魔してんじゃねェぞ‼︎」
八本の装甲脚から銃口が覗き、火を吹く。だが、その程度の弾幕など楯無に通用しない。全て水のヴェールで絡めとると、ランスを構える。
「亡国企業ね、あなた」
「だったらどうした‼︎」
「怪我しないように気をつけなさい。手加減はしてあげられないわ」
静かに、そう宣言した楯無。あからさまな挑発で、乗ることすら馬鹿らしい。だが、ナナとの戦闘でフラストレーションが溜まり、それでいてもう少しの所で邪魔されたのだ。怒りの沸点を超えたオータムは吠える。
「ああ⁉︎このオータム様に勝てるつもりかよ‼︎」
銃撃は効果が薄いと判断。接近戦にて仕留めんと両手にカタール、そして装甲脚の半分を格闘モードへと切り替えて突撃する。オータムの必勝の型だ。
「死ねや‼︎」
まずは防御に使われるであろうランスから排除を、と狙いを定める。しかし、それは虚しい結果へと終わった。
「ッ⁉︎なにっ⁉︎」
ランスを弾き飛ばそうとした脚は逆に弾かれ、そして攻撃の全てをランス一本で捌き切られる。ただの学生、そう思っていた故に油断したオータムの動きが固まる。そして、その隙を見逃す楯無ではなく、重いランスの一撃がオータムの腹を叩いた。
「がっ⁉︎っめえ‼︎」
あまりの衝撃に呼吸が一瞬止まる。それでも憤怒を糧に楯無を睨むが、既に攻撃の準備を整えた姿が映るのみ。水を纏う蛇腹剣、それが一瞬のうちに振るわれる。遅れて破壊される装甲脚とカタール。呆気に取られるオータムに、楯無は告げた。
「悪いけど、私、もの凄く怒ってるの」
横一閃。振り抜いた蛇腹剣を追う様に刻まれた剣線は壁を裂き、そしてオータムのISアラクネを破壊。衝撃で床を転がるオータムに意識はない。
「………はは」
現実逃避するように、ナナは乾いた声を上げる。あれほど苦戦した相手を一蹴とは、もういっそ笑うしかないのだ。なぜここに来たのか、未だ疑問は残る。だが、ひとまず命の危機は脱したのだ。
「それじゃあ、ナナくん。お話しましょう?」
そう思えたのは、楯無の顔を見るまでだったが。見惚れる様な笑みを浮かべる楯無だが、拒否権はないのだと悟るのに時間は掛からなかった。
◇◆◇◆
「それで、今日のことに関して、全部説明してもらおうかしら」
「…………」
オータムを拘束し終えた後、待機状態のアラクネを回収。そして自身のISを解除した楯無はナナへと向き直る。命じられたわけではないが、それでも自然と正座してしまうのはそれだけの圧故に。言い逃れはできない。
それでも口にする決意はないのか、顔を背けるナナにため息をこぼした楯無は手に入れた証拠を突きつける。
「はぁ………ナナくんが仕事仲間と連絡を取り合っていたことは、もう知ってるわよ」
びくり、とナナの肩が震える。そしてより一層肩幅を縮めると、今度は下を向いて動かない。まるで叱られる子供の様だと思いつつ、楯無は言葉を続けた。
「一瞬だけど、その人が監視カメラに映ってたわ。後は私の優秀な右腕が身元を洗ったの。そして、ナナくんと接触したことも判明したわ」
「…………裏切った証拠が出揃ったってわけか」
「そうね」
「っ!………なら、オレは監獄に逆戻りってわけか」
死刑執行ならば、こうして顔を合わせる必要はない。ただ首輪を爆破させればいいだけなのだから。またあの冷たい牢獄に戻る事に、抵抗はない。最後に彼女に会えたのだ。それだけで、あの牢獄で生きていける気がする。
「やるなら早くしろ。抵抗はしねェよ」
震えながら差し出された両手を、楯無は一瞥するのみ。そして再びため息をこぼすと、そっとその両手を自身の両手で包み込む。
「………捕まえるつもりなんて、ないわ。ただ、知りたいの。知って、貴方を守りたいの」
「…………軽蔑、しねェのかよ?オレはテメェを裏切ってたンだぞ」
「そこに関しては、まぁ気にしてるけど………けど、理解できる部分はあるから」
暖かな楯無の体温が、冷えていたナナの心を溶かす。手を添えられているだけだと言うのに、1秒ごとに心臓の鼓動が激しさを増す。ああ、と溢れた納得の声。自身は楯無を好きなのだと、ようやくナナは理解した。
2度と裏社会に戻れなくなるだろう。だが、それでも構わないと支えてきたプライドが折れていく。肩の力を抜いたナナは、話出す。なぜ隠していたのかを。なぜあんな行動を取ったのかを。
「………あいつは、オレを追ってここまで来たンだ。金蔓か、それとも程のいい道具のためかは知らねェ。一刻でも早く、爆弾を解除できりゃそれでよかったんだ」
「だから、密かに連絡を取り合っていたのね」
「ああ。そして、オレが腑抜けている事も見抜いてた。警告されたンだよ。テメェを捨てなきゃ、本性を学園にばら撒いてやるって」
「………そんな事?」
「そんな事、じゃねェだろ。オレの素性が知られればテメェの立場も危うくなンだろうが」
「だから、私にあんな言葉を浴びせたってわけね」
「………ああ」
暫しの沈黙。その空気が痛くて、嫌われるかもしれないという恐怖がナナの胸の内に巣くう。それはなんと恐ろしい事だろうか。死が救済だと思える程の恐怖に苛まれる中、両手を離した楯無は言葉を溢した。
「………顔をあげて」
一瞬の抵抗。しかし、覚悟を決めたナナは言われるがまま顔を上げる。そして次の瞬間、腰まで使ったフルスイングのビンタが見舞われた。
「ぶっ⁉︎」
突然の事に困惑し、体勢を崩すナナ。頭の中を星が瞬き、目を白黒させてようやく状況が飲み込めると叩かれた頬に手を当てる。ああ、嫌われてしまったと後悔が押し寄せるナナに、どこかスッキリした様子の楯無が言葉を紡ぐ。
「あのねぇ?そんなの、最初から覚悟の上よ」
「…………は?」
「だから、ナナくんが心配せずとも、私には針の筵にされる覚悟があるの」
2度同じ内容を言われても、脳が理解を拒む。頭の中を埋め尽くすのはたくさんのなぜ?
まだ理解できないのかと、呆れた様子の楯無が腕を組んで3度目となるため息をこぼす。
「だーかーらー………ああ、もう。もう1発お見舞いしてあげようかしら」
「わ、わかった。わかったからその手は仕舞え………だが、なンでテメェは、そこまでするンだ」
「そんなの、決まってるじゃない」
ナナの懇願が効いたのか、準備運動としてぷらぷらとしていた手のひらを納める。代わりに、その指をナナに向けると高らかに宣言した。
「私があなたの事、好きだからよ。今の立場を捨ててもいいくらいにね」
本日何度目になるかわからない衝撃が、ナナを襲う。事もなげに宣言されたそれを反芻し、そしてようやく理解が及んだのか顔を真っ赤に。え?は?と言葉とも漏れる息とも取れない音が口から溢れるが、そんなもの気にする余裕などない。
それは楯無も同じだ。ナナよりもダメージは少ないとはいえ、それでも頬を朱色に染めて目を閉じる。顔を見たら最後、絶対に意識して固まってしまう。
「だから、ナナくんを見捨てたりはしないわ。出来る限り、力になってあげたいって思ってる」
「は、いや……お、おまえ、いつから………?」
「知らないわよ!気づいたら好きになっちゃったんだから、仕方ないじゃない!」
困惑しながらも搾り出した言葉に、楯無は力強くそう返した。少しの熟考、そしてナナは声を大にして笑い出した。だってそうだろう。あまりの空回りに、無駄な努力、そして屍を築き上げてきた人間に、こんな幸運が舞い込むなんて。
「な、なに?そんなに可笑しいの⁉︎」
「ハハハッ!いや、そうじゃねぇよ。ああ、ホント………オレも、お前の事が好きだよ」
びくり、と今度は楯無の肩が震える番。けれど、もう一度聞きたいという欲がそれを押さえつける。
「………もう一回。今度はちゃんと名前で呼んで」
「………お前の事が好きだ、楯無」
目尻の涙を拭いながら、観念したようにナナはそう告げる。次の瞬間、我慢が出来なかったのは楯無だ。膝を立て床に座るナナへとダイブをかますと、そのまま首に抱きついて押し倒す。突然の事で驚きつつも、楯無が怪我をしないようにカバーを。ぎゅっと力強く抱きしめられ、楯無の感触がより一層強く伝わる。
「………もう一回、お願い」
「またか?流石に、その恥ずかしいンだが………」
「刀奈」
耳のそばで伝えられた言葉。聞き覚えのないそれに一瞬考えてしまうが、それが本当の名前だと直感した。
「………愛してるよ、刀奈」
「うん…………うんっ‼︎」
ナナの言葉に、抱きしめる力がより強くなる。仰向けになりながら、ナナも恐る恐る、そっと楯無を抱きしめ返した。暫し2人の蕩ける様な甘い雰囲気が場を支配するが、それに水を刺す様に突然白い煙が空間全体に広がった。
それが視界に入った瞬間に2人は素早く行動を。抱きしめあっていた状態を解除して、口元を袖口で覆う。ISの通信で外部に連絡を入れようとするが、返ってくるのは通信エラーの文字。
「チャフが混じってるわ、これ」
「そうなるとセンサー類も無効だな………ッ‼︎あの野郎は⁉︎」
ナナの指摘に気がついた楯無はISを展開。ランスで空間を薙ぎ払い白煙ごとチャフを吹き飛ばす。そして晴れた先に捕えたはずのオータムの姿はない。
「やられた」
懐を探しても、押収した待機状態のISもなくなっている。いつの間に、と悔やむ楯無に、ナナは舌打ちを。
「あの野郎………ずっとどこかで見てやがったな」
「知ってるの?」
「ああ。見慣れた手口だ」
殺し屋時代、何度もやってきた手口だ。そしてその発案者のことも、よく知っている。使い物にならないと判断して、敵対を選んだのだろう。
「上等だ」
脳裏に浮かぶのは、かつての仕事仲間であるフェリス。高笑いしながら去って行く姿を幻視するが、あながち間違いではないだろう。
「追跡出来る?」
「いや………流石に経路まではわからねェ」
「そう。なら、今回は諦めるしかないわね。人相がわかっただけ収穫よ」
そう言うものか、と腑に落ちないながらも納得するナナ。さて、計画通り素性が流されるだろうがどう対応するべきか、と考えるナナに楯無は手を差し出す。
「?手ェ繋いで欲しいのか?」
「それは後でしてもらうわ。ネックレス、持ってるでしょう?返してもらえる?」
そう言われて、ああと呟くナナ。突き返されたネックレスは未練がましくポケットにある。にしても、返してとは余程気に入ってもらえているようで、贈った甲斐があるというものだ。
「ほらよ。今度は無くすンじゃねェぞ」
「それはナナくん次第ね」
ネックレスを受け取った楯無は、早速とばかりに首にかける。戻ってきた感触に笑みを浮かべ、そしてそれが恥ずかしくてナナが視線を逸らした。互いに告白しあった直後で、しかもナナからすれば意識してからまだ時間はそう経っていない。顔を直視するには、もう少し時間がかかりそうだ。
「んー?なに、照れてるの?」
「……なンでテメェは恥ずかしくねェンだよ」
「恥ずかしいけど、今はスッキリしてるの」
蟠りも解けて、告白もして、抱えていた荷物の減った楯無。恥ずかしい気持ちはあるが、それよりも今は恋が成就した嬉しさの方が何倍も強い。
納得がいかない、と愚痴を溢すナナに差し出される手。開けた壁から差し込む光をせなかに浴びて、楯無は笑う。
「ほら、行きましょう」
「………ああ」
これからの不安はある。フェリスの件にしろ、学園のことにしろ、考えることは沢山。けれど、彼女とならそれを乗り越えられるだろう。そんな確信めいた言葉を飲み込み、ナナは差し出された手を握るのであった。
特別編はやる?
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やる(リクエスト募集)
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やらない(取り敢えず原作進めて)