IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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16話

 

 

 織斑一夏は激怒した。

 かの暴虐な更識楯無に必ず理由を説明してもらうと決意した。

 

 生徒会の出し物、シンデレラ。それに強制的に参加させられて、待っていたのは己の王冠を狙う専用機持ちたち。それこそ命を狙っているのではないか、と疑う勢いに一夏はただただ逃げるしかない。途中から他の生徒も参戦するが、それでも大奮闘を繰り広げた。

 

 ISを使用を禁止された中、迫り来る魔の手を掻い潜ったのは生存本能を刺激されたからか。それでも、都合1時間を超える闘争劇もここまで。アリーナの壁に追い詰められ、逃げ道は全て塞がれてしまった。一夏から少し距離を空けて出来た包囲網。それを突破する術はない。

 

 

「はぁ、はぁ………もう逃げられないぞ」

 

「大人しく観念なさい」

 

「大丈夫、痛くしませんわ」

 

「一夏、今のうちに王冠を投げ渡して」

 

「ふ、ふふふふふ」

 

 

 壁の様に広がる生徒たちを代表するように、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラが血走った目で一夏に躙り寄る。着ていたドレスはここまでの激しい運動で乱れ、中々に際どいことになっているがそれを気にする余裕は両者にない。

 

 こんな事ならば、楯無の提案を断ればよかったと後悔しても後の祭り。せめてナナがいてくれたら、と懇願するがその場合より人が増えていただけである。

 

 そう言えば、と現実逃避するように一夏は考える。初めは楯無がしていたナレーションも、いつの間にか虚が担当。諸悪の根源は未だ姿を表さない。この場にいたら間違いなく、一夏の怒りが爆発していたのは間違いないのだが。

 

 

「覚悟ォ‼︎」

 

 

 箒の号令に合わせて、我先へと一夏の包囲網が縮まる。数秒後の未来を想像して、一夏が身構えた。その瞬間、一夏たちの間に落とされたいくつかの球体。何が?と疑問を持つよりも早く球体が爆発。尋常ではない白煙が舞台を包み込む。

 

 

「ケホッ!な、なんだ⁉︎」

 

「あと少しでしたのに………‼︎」

 

「誰の仕業よ‼︎」

 

 

 煙をモロに吸ったのか、戦闘集団が涙目になりながら周囲を探す。しかし、濃い煙は隣の人間すら覆い隠し、先は見通せない。緊急事態か、と専用機持ちが身構えるが、警音も放送も流れる気配はなし。ならば、これは生徒会の想定の範囲ということだ。

 

 しばらくしたのち、煙がようやく薄くなると下手人を探すよりも一夏へと視線が戻る。だが、煙が撒かれる前にいた場所に一夏の姿はない。包囲網を掻い潜った形跡すらもないのだ。

 

 

「なに⁉︎嫁はどこに行った⁉︎」

 

「あ!あれ!」

 

 

 舞台の中央、わざとらしくスポットライトが当てられた。そこにいたのは執事服のナナ。ご丁寧に一夏をお姫様抱っこし、ようやく気がついたかと微笑を浮かべる。何が何だかわからず固まる一夏の代わりに、ナナが口を開いた。

 

 

「お邪魔をして申し訳ありません、お嬢様方。ですが、王子の身柄を奪われるわけにはいきませんので。これにて、失礼させていただきます」

 

 

 恭しく一礼を。そしてそのまま舞台袖へと走り去ってしまった。突然の出来事に呆気に取られる一同だったが、遅れて鳴り響く終了のブザーの音に現実へ。同室の夢は絶たれたのだと理解すると、アリーナを震わせるような絶叫が響き渡るのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「はぁ、はぁ………た、助かった。ナナ、ありがとうな」

 

No sweat(どうたしまして)ネ」

 

「お疲れだったわね、一夏くん。はい、お水」

 

「楯無さん………」

 

 

 ナナによって連れ出された一夏。連行された先はアリーナの放送室だ。当然、生徒会役員である楯無や虚もその場におり、思わず険の籠った視線を向けてしまった。

 しかし、そんなものに動じない楯無は嫌われたものだと肩を竦めると、水の入ったペットボトルを仕舞う。そしていつも通りの飄々とした笑みを浮かべるその姿に、おや?と一夏は疑問を浮かべた。

 

 一夏を劇に連行する際、どこか物寂しそうな雰囲気であり、ナナの参加を聞いた瞬間に知らないとバッサリ切られたのだ。てっきり喧嘩でもしたのかと邪推していたが、2人の間にその様子はない。寧ろ、距離が思いっきり近づいている様に一夏の目には見えた。

 

 

「嫌われちゃったみたいね。お姉さん、悲しいわ」

 

「HAHAHA、気持ちはわかるヨ、一夏。同じ立場ならオレもソーするネ」

 

「あら、それは本心かしら?」

 

「ご想像にお任せするヨ」

 

 

 微笑み合いながら談笑を交わす2人。その間に挟まれている一夏は妙に居心地が悪く、ナナと楯無の顔を交互に見た。何があったのか聞くに聞けず、その視線に気づかずに見つめ合う2人を、虚の咳払いが現実へと引き戻す。

 

 

「こほん。お嬢様、織斑くんに今回の事を説明してはどうですか?」

 

「ああ、そうだった。さて、一夏くん。何から聞きたいかしら?」

 

「えっと………それなら、なんで皆王冠を狙ったんですか?」

 

 

 毒気を抜かれた一夏からの質問に、楯無は笑みを深める。

 

 

「それはねぇ、その王冠を手に入れた人は一夏くんと同室になれるからよ」

 

「なんでそんな事を………」

 

「その方が盛り上がるじゃない」

 

 

 楯無からの答えに、がくりと肩を落とす。何か深い理由でもあるのかと疑った分、落胆も酷い。それを見てうまくいったと笑う楯無が、更に言葉を続ける。

 

 

「本当ならナナくんも一緒だったのよ?でも、彼ったら私と離れたく無いって言って聞かなかったんだから」

 

「HAHAHA、生徒会長はjokeも上手ネ」

 

「はいはい、脱線しないでください」

 

 

 このまま続けていれば話が逸れる事は、今までの経験でわかっている。手を叩いた虚が釘を打つと、肩をすくめた楯無が本当の目的を話す。

 

 

「本当はね、一夏くん。君を囮にするつもりだったのよ」

 

「囮?」

 

「そう。亡国企業って言う、テロ組織のね」

 

 

 日本社会に入れば聞き馴染みのない、どこか遠い国の言葉の様にも聞こえる単語。それに反応し、警戒を露わにする一夏に、ナナがフォローを入れる。

 

 

「一夏、一応言っておくケド、攫われない様にdefenderは配置してたヨ。もちろん、織斑teacherもネ」

 

「それでも………なんで、事前に説明してくれなかったんですか?」

 

「そうしたら警戒するでしょう?相手は正体不明のテロ組織。罠だって気づかれたら尻尾も拝ませずに隠れちゃうから」

 

「それと、万が一にも闘おうとしないようにらしいヨ」

 

「なんだよ、それ。じゃあ、今まで特訓してきた意味は?」

 

「もちろん、生き残るためよ」

 

 

 その重い言葉に、不貞腐れていた一夏の身体が揺れる。楯無の真剣な眼差しに嘘はないと、直感した。

 

 

「ISが解除されたからって手を緩める様な相手ではないわ。………けど、説明もせずに巻き込んだ事は、本当にごめんなさい」

 

 

 頭を下げる楯無を尻目に、一夏は考える。学園で行うような訓練や模擬戦ではなく、本当に殺しに来る相手。今まで死ぬ様な思いはしてきた。しかし、悪意を持った相手に、今の自身は生き残れるのか。

 それを考えて、ちらりとナナを覗き見る。自身と同じく、IS初心者の男性。実力はそう変わらない筈の彼も、同じ気持ちなのだろうか。

 

 

「………わかり、ました。納得はしてないけど、理解はします」

 

「ありがとう」

 

 

 白式があれば、と慢心することを一夏はしない。模擬戦で専用機持ち達にボコボコにされているのもある上に、授業について行くのも精一杯。そんな奴がテロ組織と相対して無事でいる確率など低いだろう。

 築いていたプライドが傷つくが、自分の実力は理解している。それはナナも同じで、だからこそ何も言わないのだろうと思って。

 

 頭を上げた楯無は安心したようにホッと息をこぼすと、口元に持ってきた扇子を開く。書かれている文字は「特訓」。

 

 

「一夏くん、それにナナくんも。これから亡国企業に狙われる確率は高いわ。そのために特訓は続けて欲しいのだけど………どうかしら?」

 

「それは………俺の方から、お願いします」

 

 

 自分は弱い。自分自身さえ守れないくらいに。それを自覚して、許せなくて、一夏は拳を握る。強くなるために、楯無の特訓は願ってもない提案だった。

 

 

「その代わり、今度からはちゃんと説明してください」

 

「それは当然ね。他に聞きたい事はある?」

 

「えっと、それじゃあ……ナナと何かあったんですか?」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間の反応は三者三様。虚はそれを聞くのかと固まり、ナナはあからさまに視線を逸らした。そして楯無はよくぞ聞いてくれました、とばかりに輝かしい笑みを浮かべると朗々と語り出す。

 

 

「ふっふっふ………実はね、私とナナくん。正式に付き合うことになったのよ」

 

「え?前からじゃ………」

 

「噂が広がっていたってだけで、付き合ってなかったわよ。でも、それも今日まで。ねぇ、ナナくん?」

 

 

 同意を求めるように楯無がナナへと視線を寄越し、一夏も釣られてそちらを振り向く。2人の視線に耐えきれず、だが言葉にするのは恥ずかしい様で四苦八苦するナナだったが、期待を込めた楯無を無碍にできない。

 

 

「………そう、だヨ。楯無とは、その、恋人関係、だネ」

 

 

 顔を真っ赤にして、絞り出すようにして紡がれた言葉。それにご満悦の楯無は何度も頷き、一夏は呆気に取られて口を開く。寧ろ、今まで付き合ってなくてアレだったのかと衝撃を受けたのだ。

 

 

「ナナくんったら、私を力強く抱きしめてくれてね。愛してるって言ってくれたのよ!」

 

「ああ、はい………」

 

 

 その状況を思い出してか、両手で頬を包んで身悶えする楯無。ナナの反論がないことから、恐らく本当なのだろうと当たりをつける。ナナはナナで当時を思い出して羞恥のあまり言葉を無くしているだけなのだが、それはさておき。

 思っていた以上の惚気に押される一夏。無性に苦いコーヒーを飲みたくなるが、呆れた顔で虚がまた手を叩いて注目を集める。

 

 

「お嬢様、わかりましたから。その話はまた後でという事で。そろそろ一夏くんを着替えさせてはいかがです?」

 

「あ、それもそうね。そしたらナナくん。一夏くんの王冠が取られない様に護衛してもらえる?()()の私からのお願い」

 

「………yes ma'am。一夏、行くヨ」

 

「あ、ああ………その、大丈夫か?」

 

「穴があったら入りたいネ」

 

 

 彼女という部分を強調されて、ナナがより一層顔を赤くする。恥ずかしさのあまり顔を両手で覆うナナを、一夏が連れ添う形で退室した。あれではどちらが護衛かわかったものじゃない。

 そんな虚の気持ちもお構いなしに、楯無は鼻歌を奏でるくらいにご満悦。後押ししたのは自身であり、この結果は予想できていた。それでも現実として突きつけられると疲れるものがある。

 

 

「はぁ………お嬢様。気持ちはわかりますが、少々浮かれ過ぎですよ」

 

「まぁまぁ、今日くらいはいいじゃない」

 

「今日一日で終わりそうにないから言ってるのです。………まさかと思いますが、刀奈の名前まで教えたわけではないですよね?」

 

「それは………てへっ」

 

 

 可愛らしく舌を出した楯無に、がくんと膝から崩れ落ちる虚。考えうる限り、最高のところまで進展してしまった。まだ公言していないだけマシなだけであり、楯無の中ではほぼ確実に更識家に迎え入れるつもりだ。

 

 

(これ、かなり糾弾されるのでは?)

 

 

 更識家とて一枚岩ではない。その利権を狙う親戚筋や分家はいるのだ。当主である楯無がいくら言葉を尽くそうと、何処の馬の骨とも知れない輩を迎え入れることに反対はされる。色恋で判断を誤る者に当主は不可能だと騒がれる所まで虚でさえ想像できる。いくらナナが男性操縦者であろうと、許されないはずだ。

 

 だと言うのに、楯無がそれを心配する素振りはない。反対されることなど、誰よりもわかっているだろうに。そんな虚の心情を推測ったのだろう。いつもの様に静かな笑みを浮かべると、楯無は虚に説明をした。

 

 

「心配しなくても大丈夫よ。ナナくんとはちゃんと話してあるわ。私たちの関係は、私が卒業するまでの期間だって」

 

「それは………彼は同意したのですか?」

 

「したわよ。渋々だけどね。まぁ、でも………」

 

 

 そこまで言って、楯無はその先の言葉を思い出したのだろう。顔を赤くしてまた身悶えを。聞き出すのも億劫だが、それはそれで話が進まない。虚のため息に気がついた楯無が、口を開く。

 

 

「いつか絶対、迎えに行くって言ってくれたのよ、彼。愛され過ぎちゃって困っちゃうわ」

 

 

 困っているどころか喜んでいるでしょうが。

 そう衝動的に言いたくなるが、鋼の精神力でぐっと堪える。

 

 

「………並大抵の努力では不可能ですよ?信じてるのですか?」

 

「もちろん。ナナくんならきっと、ね」

 

 

 楯無を娶るとなれば、それこそ正攻法ならば高い社会的地位を有してなければ話にならない。攫う事も考えたが、楯無が全てを捨てることはないと虚は断言できる。どうにしろ、ナナは今後死ぬ覚悟で動かなければ望みは叶わないのだ。

 まぁ、迎えに来なかった場合、もしくはそれが不可能だと判断したら楯無は糾弾されようが、更識家に迎えるつもりではあるのだが。それはナナの意思を尊重して、最後の手段としている。

 そんな楯無の思惑は露知らず、そこまで思われていることに虚は少し羨ましいと思ってしまう。

 

 

(………私も、いつか)

 

 

 脳裏に浮かぶのは学園祭で入場者の確認をしていた時のこと。一夏の招待券で来場した五反田弾のことだ。一眼見た瞬間に恋に堕ちたと、虚は自覚している。緊張のあまり、せっかく話しかけてくれた彼にまともな反応を返せずに気落ちしたのは記憶に新しい。

 

 自分もいつか、楯無たちのような関係を彼と築きたいと思う。まずは再び顔を合わせるところからなのだが。いっそ、一夏に頼んで合わせてもらうか?と考える虚を、楯無はニヤニヤとした笑みで見つめる。

 

 

「ははーん」

 

「………なんですか、お嬢様」

 

「何もー?でも、いつかダブルデート出来る日が来るかもしれないわねぇ」

 

 

 その光景を想像して、虚の頬が赤くなる。思い人が誰かはわかっていないが、自身が通ってきた道なのだ。楯無には虚の恋心が手に取るようにわかっている。

 

 

「ねぇ、どこの人なの?写真はある?」

 

「んん!それよりも、亡国企業の事です」

 

 

 揶揄われてたまるものかと、虚が強引に話題の転換を。根掘り葉掘り聞きたい所だが、蔑ろにできない話題に楯無は諦める。

 

 

「連絡があってすぐに、学園の出入口全てを監視しましたが、目標は見当たりませんでした。ISを使用した反応もありません」

 

「そうなると、崖から飛び降りて海を渡った可能性が高いわね」

 

 

 四方を海に囲まれた学園で、業者用の道路やモノレールを除けば残る侵入経路はそこしかない。しかし、虚はそれにも首を横に振る。

 

 

「周囲に船が通る報告はなく、海上にも姿はありませんでした」

 

「はぁ、徹底してるわね。ナナくんの仲間が手を貸したみたいだけど、さすがって言ったところかしら」

 

 

 捕まえておきたかったものだが2人の人相、それを手に入れただけでも大収穫。少なくとも、同じ人物が再び学園に潜り込める確率はない。

 

 

「織斑先生を始めとした教師の方々も、これ以上捜索を続けると学生に不安を与えるとのことで警戒体制に移っています」

 

「それが妥当でしょうね。はぁ………問題は山積み、少しくらいナナくんに甘えてもいいでしょう?」

 

「………流石に同じベッドで寝る、などの行動は看過できませんよ?」

 

 

 わかってるわよ、と苦笑いを返す楯無。添い寝をするつもりだったのだが、牽制されては行動に移せない。膝枕くらいで勘弁しておこうと決めた。念願の恋人という関係になり、ブレーキの壊れた楯無をしっかり見張って置かなければと、虚もまた奮起するのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 IS学園、下水道。年1でしか業者が入らない空間は空気から薄汚れており、当然ながら人の気配などない。パイプを通る水が響く空間の中、場違いにもそこを歩く影が2つ。オータムとフェリスである。

 

 

「チッ、なんで私がこんなトコ歩かなきゃならねェんだ」

 

「文句言うなよニャー。助けてやっただけ感謝して欲しいくらいだニャ」

 

 

 前を歩くフェリスに、オータムはまた舌打ちを溢す。あの状況で助けられたのは癪だが、助かった面が大きい。目の前のフェリスを殺さないのは、脱出を手助けしているからだ。だが、ここを抜け出した瞬間、絶対に殺すと決めている。

 

 

「ああ、言っておくけどニャ。私に手ェ出したらコレ、どうニャるかはわかるニャ?」

 

 

 オータムの思考を読んだかのように、白衣のポケットから取り出した待機状態のIS。装備や装甲などは変えが効くが、コアとなるとそうもいかない。再び盗み出すにしても、かなりの手間がかかる。そして何より、それを遂行するのは自身ではなく恋人なのかもしれないのだ。その危険を考えると、ここは従う他ない。

 

 

「いい子だニャア」

 

「………オイ、テメェが私に手を貸す理由はなんだ?金か?」

 

 

 オータムにとって、目の前のフェリスは突如現れた全く関わり合いのない人物。手を貸すメリットは金しかないだろうと当たりをつけるが、フェリスはそれを嘲笑う。

 

 

「ニャハハハ!そいつは魅力的だけど、それだけじゃあニャいんだよニャア」

 

「………じゃあ、なんだ」

 

「決まってるニャ。私をお前たちの組織に入れるニャ」

 

 

 予想よりも突拍子もない答えに、今度はオータムが嘲笑う。

 

 

「ハッ!そいつは無理な相談だな。うちはテメェみてぇなガキの席はねェよ」

 

「少ニャくとも、お前よりは歳上だし、役に立つ自信はあるけどニャ」

 

 

 無様に負けたのはどこの誰かニャア?と付け加えられた言葉に、再び舌打ちを。今日は苛立つことばかり起こると、出来事を思い返す。

 

 IS初心者に翻弄され、学生に瞬殺。それだけでも腹立たしいのに、件の2人は目の前でいちゃつき出したのだ。意識は朦朧としていたが、それだけははっきりと理解している。すぐ近くの自分の存在など忘れた様に甘々な空間を繰り広げられ、オータムの怒りは最高潮。

 今すぐにでも恋人に慰めて貰いたい。あの豊満な胸に抱きついて、頭を撫でて貰いたい。その前にシャワーを浴びる事が最優先であるが、一緒に浴びられたらとつい考えてしまう辺り、ナナたちのいちゃつきの影響を受けていた。

 

 

「クソッ………そんで?ありえねェとは思うが、うちに入ったとして何がしてェんだよ」

 

 

 苛立ちを少しでも紛らわせるために、オータムはしたくもない会話を続ける。

 

 

「ニャに、大した事じゃニャい。ただ、お前らの組織にいた方が、道具を取り戻す機会が増えるだけニャ」

 

「はあ?道具?」

 

「ニャハハハ。そうだニャ。私がつくった、便利で使える道具。私の目的の為の、大事ニャ道具ニャ」

 

 

 オータムの方へとぐるりと顔を向けたフェリス。その表情に、オータムは見覚えがあった。

 

 

「逃すわけニャアいかねーニャ。アレは、私のモノニャんだから」

 

 

 半月のようにニヤリと笑みを浮かべ、目的のためなら手段は問わないと決めた狂人の目だ。くだらない、と一蹴できればどれほどよかったか。だが、それはオータムの、そして何より恋人の目的を否定するようなものだ。何せ、自分たちは復讐のために組織を作ったのだから。

 

 

「ま、互いに利用しようニャって話だニャ。これでも私、裏では名の知れた情報屋ニャんだニャ」

 

「………そうかよ」

 

 

 これ以上は関わり合いたくない。そんな気持ちで顔を逸らせば、ついたニャとフェリスが地上へと通じるマンホール、それに続く梯子をを指さす。先行したフェリスを先に地上に出し、安全を確認したオータムは続く様に外へと出る。どうやら下水処理場の近くのようで、付近に人の気配はない。

 すっかりと暗くなった久方ぶりの地上の空気はおいしく、思わず深呼吸を。そしてそれを2度3度繰り返すと、通信が入った。

 

 

「おう。………んだよ、てめぇか。今脱出したところだ。コアの回収はできてねぇ。さっさと迎え寄越せ」

 

 

 ちらり、とフェリスの方へと視線を寄越す。これ見よがしに待機状態のISを見せつけ、ニヤリと笑っている。それに腹は立つが、背に腹は変えられない。そうでなくとも、脳裏のクソガキよりもマシだと判断し、通信機越しに命令を。

 

 

「んで、スコールに伝えておけ。新人も一緒に連れて行くってな」

 

 

 ニヤリ、と思惑通りに事が運んだことに、フェリスはただ笑みを深めた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 学園祭から翌日。保健室にて。

 今頃は一夏争奪戦の結果が発表されている頃合いだろうと当たりを付ける。

 

 ナナが全校集会に参加していないのは単純に、先日のダメージのせいだ。思っていたよりも傷は深かったようで、肋骨にヒビが入っていた。それが原因で血を吐いた時の楯無の慌て様はいつ思い出しても笑みを深めてしまう。

 慌てるあまり、国お抱えの医療施設に送り込もうとした時は流石に止めたが。

 

 現在はIS学園の保健室のベッドに横になり、医療用ナノマシンで治療を受けているところだ。絶対安静を言い渡され、看病する気満々だった楯無が引き摺り出されたのは少し残念だと口の中で転がす。

 何せ、その代わりの監視役として来たのは千冬なのだから。

 

 

「………オーウェン、傷の様子はどうだ?」

 

「治った。だから早く退院させてくれ」

 

「それは私の判断でどうにかできるものではない」

 

 

 IS学園の保険医は治療に関してはうるさいのだ。あの千冬さえ口を挟めないくらいに。

 それがわかっているからこそ、舌打ちを。この仕打ちはあんまりだろうと神を呪う。

 

 ここに楯無がいればそれこそ話題に事欠かず、暇を潰すことは出来ただろう。しかし、千冬が相手となるとそうはいかない。前に進むことを躊躇する人間に、ナナは話す言葉は持ち合わせていない。その先が地獄だろうと、進まなければ何も変わらないと知っているから。それでも返事をするのは、一応の敬意を払ってるからであり、これが続く様ならそれも消えてしまうだろう。

 例の如く、千冬は殆ど持ち込んだ書類作業に集中しており、時折りナナを気にかけて視線を向ける程度。声をかけるのも居た堪れない空気に耐えきれなくなった時くらいだ。

 

 カチカチ、と保健室の壁掛け時計の音と千冬が動かすペンの音だけが室内に響く。

 

 

「…………そう言えば、更識と付き合う事になったらしいな」

 

 

 持って来た書類は終わったのだろう。持っていたペンを置くと、その話題を持ち出す。監視役として情報は共有しているのだろう、とナナは当たりをつけた。

 

 

「ああ、そうだ。なンだ?テメェは反対派か?」

 

「いや………ただ、学生らしい、清い付き合いだけに留めておけ」

 

「………言われなくてもわかってるよ」

 

 

 いくら楯無が同意しようと、手を出す事は拙いとナナは理解している。それはそれで生殺しなのだが、楯無の立場、そしてテロ組織から狙われていると言う状況で頭お花畑の様な真似はしない。

 

 楯無もそれはわかっているが、やはり揶揄いたい欲が強いのだろう。昨日の夜など、ナナがシャワーを終えた時に抱きついてきたのだ。身体を拭いている時だったので上半身は裸、そして楯無も薄着でその感触がダイレクトに伝わってきた。そこで血を吐かなければ自制できていたかどうか危うい。ある意味この傷には感謝しているナナがいた。

 

 

「あいつの立場とオレの立場、誰も彼もが祝福するわけねェ。そンな中、火種をばら撒くような間抜けに見えるのか?」

 

「………愚問、だったな」

 

 

 一時的な感情ではなく、ちゃんと楯無の事を思っての発言。それに少しの安堵を溢す。

 

 

「はぁ………ったく、それより保険医はまだなのか?さっさと退院させて欲しいモンだ」

 

「全校集会もそろそろ終わる。それまで我慢しろ」

 

 

 言葉通り、ナナが傷を我慢している様子はなく、呼吸も正常。いくら医療用ナノマシンを使っていようと、その回復速度は異常だ。それについて千冬は疑問を覚えない。より一層、あの時の束の言葉が真実だと裏付けるだけだ。

 

 

「…………オーウェン」

 

「あ?」

 

「もし………もしもだ。貴様と一夏、立場が違えばと思った事はないか?」

 

 

 ずっと胸の内につっかえていた、千冬の疑問。あの時救い出せたのは一夏だけ。他の犠牲者は見て見ぬふりをしたのだ。救えなかった、と言い訳しても恨めしいと思われても仕方がない。

 偶に夢に見るのだ。あの時救えなかった者たちが、千冬を呪う夢を。なぜ、救わなかったのだと責め立てる夢を。それがナナの正体を知った後からより顕著になった。

 

 身勝手な事だとはわかっている。だが、ここでケリをつけたいのだ。仕方がない事だったと誰かに言われてたいのだ。

 

 

「ハッ、馬鹿らしい」

 

 

 千冬の質問を鼻で笑うと、ナナはベッドから立ち上がる。千冬と己を区切っていたカーテンを開くと、呆れた様な視線で千冬の背中を睨む。

 

 

「オレはオレだ。裏社会に生きて来た元殺し屋で、今はこの学園の生徒。そンで、あいつの彼氏だ。それだけわかってりゃ十分なンだよ」

 

 

 くだらねェ事を聞くな、と一蹴。

 一夏の立場を羨む事など一度もない、過去がどうあろうと関係ないと思ってる故の言葉。

 

 

「テメェが何抱えてンのか知らねェが、下手な同情なンてするんじゃねェ。オレは今の現状に満足してンだよ」

 

「…………そうか」

 

 

 その言葉に千冬の胸の内にある蟠りがすっと溶けて行く。身勝手な女だと、千冬は自嘲する。事情を知らない、無知故の言葉であろうと安心してしまったのだ。

 

 驚いたのはナナの方だ。あまりにもくだらない質問をするものだから、苛立ち混じりにそう答えたら何故か安堵されたのだ。てっきり雷が落ちると思っていただけに肩透かしをくらう。

 

 

「それにしても、オーウェン。自ら彼氏を名乗るとはな」

 

「あ?あー………別に、事実だろうが」

 

 

 勢いに任せて小っ恥ずかしい事を口にしたと自覚したナナが、照れた様に顔を逸らす。背中越しだろうとその様子がありありと予想できて、千冬は微笑を浮かべた。

 

 

「ナナ、いるかー?あれ、千冬姉」

 

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 

 その時、保健室の扉を開けた一夏。時計を見れば全校集会が終わった時間を過ぎている。

 

 

「oh、一夏。どうしたのかナ?」

 

「ああ。全校生徒も終わったから、楯無さんから生徒会室に連れて来てくれって頼まれてさ。傷の具合はどうだ?」

 

「No problem。後は退院の許可をもらうだけネ」

 

「それならもう大丈夫だって伝言もらった。えっと、だから連れて行っても大丈夫ですか?」

 

「許可があるなら止めん。私も職員室に戻る」

 

 

 捌いた書類をまとめ出す千冬。それを尻目にナナは立ち上がって一夏の元へ。こんな所でダラダラと時間を潰す程暇ではないのだ。

 

 

「ナラ、早くいくヨ。待たせたら怖いからネ」

 

「お、おう。なぁ、なんで織斑先生と一緒だったんだ?」

 

「抜け出さない様に監視されてたんだヨ」

 

「ああ、オーウェン」

 

 

 他愛もない会話をしながら退出しようとするナナを、千冬が振り向かずに呼び止める。またくだらない質問か、と呆れるナナだったが一夏の手前それを胸の奥に。首を傾げるナナに、少し言葉に迷った千冬が口を開いた。

 

 

「………幸せにな」

 

「…………Thank you?」

 

「話は以上。さっさと行け」

 

 

 なぜこのタイミングで?と更に首を傾げたナナだったが、楯無を待たせていることもありさっさと退出を。保健室を離れて少し、一夏と共に首を傾げながら話をひとつ。

 

 

「何だったノ?」

 

「さぁ?ナナと楯無さんを祝福してるんじゃないか?」

 

「それなら、良いんだけどネ………」

 

 

 ただ1人の大人として、若人の恋路を祝福したにしては妙に重たい声色だった。幸せになって欲しいと、心から思われる理由を2人は知らないのであった。

 

 

 





お気に入り数や評価数が倍以上増えて困惑。
期待に応えなければというプレッシャーで潰されそうです。

何か特別編みたいなことした方がいいのでしょうか?
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