「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」
一組副担任、山田真耶の声が第六アリーナに響き渡る。
「この第六アリーナでは中央タワーと繋がっていて、高速機動実習が可能であることは先週言いましたね?それじゃあ、まずは専用機持ちの皆さんに実演してもらいましょう!」
真耶がそう言って手を向ける先にいるのは、セシリアと一夏。セシリアは高速機動パッケージ、ストライク・ガンナーを装備。
通常時はサイド・バインダーに装備している4基の射撃ビット、それを腰部に連結したミサイルビット、それら計6基を全て推進力に回しているのが特徴である。
一見それらは青いスカートの様に見えるが、それぞれの砲口を封印して腰部に連結することでハイスピード&ハイモビリティの実現を可能とした。
対して一夏は案の定と言うべきか、高速機動パッケージを白式が受け入れず通常装備。スラスターに全出力を調整して仮想高速機動装備としている。
「この2人に一周してもらいましょう。では……………3、2、1、ゴー‼︎」
真耶の合図と共に2人は飛翔。あっという間に音速を突破した2機は目で追うのがやっと。
さすがは代表候補生なだけあり、セシリアの映像は為になる。どこを意識しているのか、何を見ているのか、その一つ一つが皆の糧となっていた。普段姦しい女子たちも、この時ばかりは空間投影ディスプレイへと視線が釘付け。まぁ、サボっていたら千冬の指導が入るのもひとつであるが。
「はいっ。お疲れ様でした!ふたりともすっごく優秀でしたよー」
その後、併走しながら2人はアリーナ地表へと到着。超音速状態での飛行は危険であり、ぶつかりでもすれば痛いでは済まない。そのプレッシャーがあると言うのに、セシリアは勿論一夏も落ち着いた様子であった。
差が開いた、と悔しい気持ち反面、まだ巻き返せると密かに胸の内で闘志を燃やすナナ。空間投影ディスプレイから視線を外し、一夏へと向き直る。
教え子の成長が嬉しいのか、ぴょんぴょんと跳ねる真耶。それと同時に胸部も面白いほどに跳ねるものだから、一夏は視線を彷徨わせる。
気持ちは痛いほどわかる。学園でも1、2を争うであろうソレに目がいかない男はいない。だが、衆目を集める場では控えた方がいいだろう。現にラウラから白い目で見られていた。
「いいか。今年は異例の一年生参加だが、やる以上は各自結果を残す様に。キャノンボール・ファストでの経験は必ず生きてくるだろう。それでは訓練機組の選出を行うので、各自振り分けられた機体に乗り込め。ぼやぼやするな。開始!」
例の如く、千冬の号令に従いそれぞれが動き出す。本来、整備課が登場する2年生からのイベントであるが、今年は予期せぬ出来事に加えて専用機持ちが多いことから、一年生時点で参加する事となったのだ。
訓練機部門は完全なクラス対抗になるため、賞品が出ると言うこともあり女子たちの気合いの入り用が違う。
訓練機組みが別れる一方、ナナたち専用機持ちたちはそれぞれの機体の調整を。セシリアと鈴は本国より送られた高速機動パッケージを使用。一夏と箒は機体出力調整。そしてナナとシャルロット、ラウラはスラスターを増設してイベントへと挑むのだ。
さて、と意気込んだところでスラスター増設作業へと入る。と言っても、今は
ナナの頭に展開された、ISのヘッドギア。竜の上顎を模したソレに変化はない。反対に、ラウラのウサミミのようなヘッドパーツは面白い様に動いている。ついつい目で追ってしまうその視線に、ラウラが気がついた。
「ん?何かあったか?」
「Non。暇だからネ、見てただけだヨ」
「そうか。………そういえば、この間デートをしたと聞いたぞ?」
「耳が早いネ………」
先日のデートはどうやら一夏たち以外にも見られていたらしく、その話は既に学園に広まっていた。デート翌日より、かなりの人数に詰め寄られたのだ。主にどっちが誘ったのか、なぜモールだったのか、と根掘り葉掘り聞き出されナナは苦い顔をするしかない。なぜ一夏と一緒でなかったのか、と言う質問もあったのだから余計に。
「クラリッサから聞いたが、やはりデートと言うのは距離が縮まるものなのか?」
「うーン、そうだネ。気になるなら、ボーデヴィッヒも一夏を誘ったらどうかナ?」
「ふ、ふむ。デート………嫁とデートか………」
一夏とのデートを想像したのだろう。徐々に顔に赤みがさし、満足気にそれを噛み締めるラウラ。どこまで想像しているかはわからないが、少なくとも初手でホテルに行く妄想をしたシャルロットよりはマシだろう。本人の尊厳を守る為に口に出すことはしないが、相談を受けた中で後にも先にも下着の相談はアレだけだと祈る他ない。
「デートかぁ、いいなぁ………」
「HAHAHA、Nice oneネ、シャルロット。君もデートしてただロウ?」
「なにっ⁉︎本当か⁉︎」
「わわっ‼︎ナナ、しーっ!しーっ!」
思わず暴露したソレに、ラウラがシャルロットへと詰め寄る。まぁ、実際は蘭という部外者がいたが、実質デートだろう。
「っていうか、気づいてたの⁉︎」
「Yes。騒がしくしてたからネ。すごく目立ってたヨ」
「シャルロットォオォ‼︎」
「ラウラ、落ち着いてぇえ‼︎」
抜け駆けされた恨みは深いのか、シャルロットを追い回すラウラ。ISの補助機能もなしで追いかけ回す遊びの延長線であるそれを楽しげに眺めるナナに、声がひとつかかる。
「何してるんだ、あいつら?」
「oh、一夏。調整はOKなのかナ?」
「ああ。取り敢えず雪片弐型を封印して、スラスターに全部振っといた」
妨害もありのレースで、それはなんとも思い切ったことをしたものだとナナは思う。攻撃や回避はどうするのだろうか。気になるところだが、それよりも早くラウラが一夏に詰め寄る。
「一夏!夫である私を差し置いて、で、デートとは何事だ⁉︎」
「デート?」
「ほら、この間シャルロットと出かけただロウ?」
「ああ、あれか。買い物に付き合ってもらっただけなんだが………」
「言い訳無様!今度は私と出かけるぞ!」
「おう、それくらいいいぞ」
本人からすれば買い物程度、ということだが、ラウラからすればデートにOKサインを貰ったようなものだ。先ほどの勢いはどこへやら、「そ、そうか………それなら、いい」と急にしおらしくなってしまう。
同伴できないか、とシャルロットがナナに視線を投げかけるが、首は横に振られる。流石にここから介入する事は不可能だろう。できたとしても、ラウラの報復が怖い。がくりと肩を落とすシャルロットに、かける言葉はなかった。
「それより、どうしたのかナ?」
「ああ、そうだった。シャルロットたちの操縦のモニタリングお願いしたくてさ」
「それは勿論だよ。スラスターの量子変換は………うん、終わったみたい。ラウラと一周してくるよ。チャンネルは304で」
「私の視点も見せてやろう。チャンネル305だ」
「oh、棚からボタンだネ。オレも見せて貰うヨ」
「それを言うなら棚から牡丹餅な」
チャンネルを繋ぐと2人は危なげない機体制御で第六アリーナのコースを駆け、中央タワー外周へと上昇。
「へぇ………こうやって加速するのか」
「シャルロットの加速はこまめに、ボーデヴィッヒは突発的だネ」
「でも、減速のタイミングは似てるよな」
「yeah、カーブに差し掛かる時は特にネ」
IS学園に入り既に数ヶ月。基礎知識も身についてきた一夏たちは気づいた事の報告を。楯無の特訓時から始まったこれは互いの着眼点が違う事もあり、タメになることが多い。
そうして談義している内にシャルロットとラウラが帰還する。
「2人とも、どうだった?」
「おう、おかえり。流石に巧いよな」
「このくらいは基本だ。珍しいことなど何もない」
「さすがは代表候補生ネ。参考になるヨ」
「うむ。大いに精進するがいい」
そのまま一夏と別れを告げると、ナナは自分の作業へ。スラスターの量子変換は完了し、調整へと入る。ナナのIS、トゥガーリン=ズメエウィチには本来大型と小型のスラスターが一対ずつ搭載されており、今回の量子変換で一対の中型スラスターとニ対の小型スラスターが追加された。
コンセプトとしては加速力のある大型スラスターと中型スラスターで距離を稼ぎ、カーブなどの細かな移動は小型スラスターで行うということだろう。
さて、エネルギー分配はどうしたものかと考える。参考にするのは当然、先ほどのシャルロットとラウラ、そしてセシリアだ。3人それぞれの特徴があり、同時に共通点もいくつか。それを考慮しながらディスプレイと睨めっこ。あーでもない、こーでもない、と苦戦しながらようやく分配を決めると個人通信が入る。
「ナナ、今いいか?」
「一夏、どうしたのかナ?」
「一緒に練習でもどうだって思ったんだけど………作業はどんな感じだ?」
「Nice timingネ。ちょうど終わったところだヨ」
「おっ、そしたらいけるな。そっちに行くから」
言葉通り、少しした後に一夏と合流。そして互いのISを展開すると、スタートラインに立つ。
「よし。そしたら3カウントでスタートな。妨害はなし。今回は純粋なスピード練習にしようぜ」
「OK。負けたら食堂奢りネ」
「言ったな?よーし、3、2、1‼︎」
一夏のゴーの合図で同時にスタートを決める。普段とは違う、視界が絞られるような感覚。そして一気に解放され、高速機動補助バイザーにより周囲が鮮明な景色として認識される。
一瞬の違和感に意識が裂かれ、一夏にリードを許してしまったがまだ勝負はわからない。普段とは違うスピードではあるが、機体制御は楯無との特訓もあり慣れたもの。中央タワー外周の際に、減速もそこそこにスラスター制御によってコースを整えようとするが、そうはうまくいかない。
予想よりも大幅な大回りによって一夏との差がより開く。残るは直線。出し惜しみはなしだと大型スラスターにエネルギーを回すが、焼け石に水。結果として一夏が先に第六アリーナの土を踏むのであった。
「よし、俺の勝ち。夕食はよろしくな」
「Fuck‼︎」
負けたことに思わず素の罵声が出る。自身が言い出した事であり、やっぱりなしとは言えるわけがない。奢る事はさておき、先ほどの反省である。スタートダッシュの意識はもちろん、スラスターの制御を普段と同じ様にしたことが敗因。普段よりも要所での使用が求められる、と脳内で反芻する。
「まぁ、でも、本番は妨害があるんだよな。それを考えたらスピードだけってわけにもいかないか」
「yeah。回避、迎撃、防御を瞬時に判断しなきゃいけないネ」
「うーん………なぁ、楯無さんとの特訓、1週間くらいないんだよな?俺たちで自主練するか?」
「そうだネ。指南役、みんなに頼むヨ」
「それがいいよな。しっかし、どうしたんだ楯無さん?」
「………さぁ、なンでだろーネ」
言えるわけがない。部屋で一線を越えかけた結果、その懲罰として特訓が課せられたことなど、口が裂けても言えない。疑問を浮かべる一夏から視線を逸らし、そして指南役に呼べと期待の視線を向けるラウラとシャルロットからも視線を逸らす。そのくらい自分で立候補してくれ、と心の中で中指を立てる。
立候補の中にセシリアがいない事に疑問を覚えつつも、優先すべきは自身のこと。脳内の反省を忘れない内に、ナナはまたスラスターのエネルギー分配作業に意識を向けるのであった。
◇◆◇◆
その日の夜。本日は楯無は懲罰訓練、そして千冬はその監督をするためナナはこの学園に来てから初めて監視のない夜を過ごす事に。
勿論、監視カメラに映る様に動かなければならないために完全にとはいかないが、それでも人の目が減ったことに変わりはない。
だからと言って、何をするでもない。一夏の生体データの確保の任務は凍結、逃亡するつもりもないので監視の目も半ば形骸化している様なもの。自主練を終えたナナは昼間の賭け通り、勝った一夏に夕食を奢ろうと部屋を出たタイミングである。
「ん?オーウェンか」
「oh、ボーデヴィッヒ」
廊下でばったりと鉢合わせしたのはラウラ。いつもとは違い、ロング丈のワンピースに少し驚くがその程度。いつになく気合いが入っていると頭の隅で感想を述べるが、その理由を察した。
「もしかして、一夏とデートかナ?」
「デッ⁉︎そ、そんなものではないっ‼︎ただ、夕食に誘いに行くだけだっ‼︎」
やはりか、と1人納得するナナ。昼間の件で勢いづいたのか、周りに人がいない事から2人きりで食事を目論んだようだ。同室でありよく共にいるシャルロットがいない事から、背中を押したのは誰なのかも察する。
「んんっ!それで、貴様はどうした?」
「dinnerだヨ。一夏に奢らないといけないからネ」
「そ、そうか………」
目に見えて落胆するラウラ。なかなかに失礼な奴だ、と思いつつもナナも苦笑いしか出てこない。彼女には放課後の自主練に付き合って貰った礼があるのだ。例え一夏のおまけ程度だったとしても、ここで恩を返すのも悪くないとナナは考える。
そうと決めたナナはケータイを取り出して電話を。通話先は一夏だ。
「Hi、一夏。Are you ok?今日のdinnerだけど、用事が入っちゃったヨ。代わりにボーデヴィッヒとdinnerしてネ」
「⁉︎」
「また今度奢るヨ。yeah、yeah………ok、 Catch you tomorrow 一夏」
通話を切ると驚愕と喜色の表情に染まるラウラ。本当にいいのか?と視線が訴えかけてくるが、別に機会はいくらでもあるのだ。今日にこだわる必要はない。
「感謝する」
「No worrie's」
敬礼にて感謝の念を伝えたラウラはすぐさま行動。ナナの脇をすり抜けて行くと一夏の部屋へと急ぐ。その後ろ姿を眺めながら、手のひらを振って送り出したナナはさて、どうしたものかと考える。
このまま食堂に行く、というのは悪手。一夏に嘘がバレてしまう。かと言って夕食を抜く選択肢はない。昔ならば1週間は抜いても問題なかった食事だが、ここに来て毎日三食心置きなく食べていた影響か一食抜く事も辛い。
主張するように腹の虫が鳴り、途方に暮れて天井を見上げる。ちらり、と視界の隅に監視カメラが映り、いつものことだと気にせず部屋に戻ろうとした瞬間である。空腹を抑える妙案を閃いたのは。
そうと決まれば連絡するのみ。事情を説明すれば、イヤイヤながらも手を貸してくれるだろうと信じて。コール音が鳴って数秒、通話口から声が聞こえる。
「珍しいですね。どうしました?」
「Hi、虚………手ェ貸してもらえるか?」
直後聞こえてきた間の音に、ナナはイタズラが成功した子供の様に笑うのであった。
◇◆◇◆
その日の深夜。明日に備えて殆どの学生が寝静まる中、一年生寮の廊下を歩くのは懲罰訓練を終えた楯無である。
監督が千冬という事もあり、手抜きもなしで行われた訓練。それも、ISをより動かせるようにと生身での訓練だったのだ。グラウンドの走り込みから始まり、千冬相手の手合せ。さしもの楯無も千冬相手では部が悪く、一方的に床に叩きつけられる始末。
久しぶりの汗を流すほどの肉体的疲労に腹は鳴り、思わず片手で腹部を抑える。食堂は当然ながら閉まっており、当てにはできない。
(帰ったらシャワー………の前に食事ね)
流石は自身の右腕と言うべきか、食事に関しては既に虚が用意してくれている。IS学園には自炊用に共同のキッチンが用意されており、食材さえ用意すれば調理はできるのだ。虚がよりをかけたであろう食事を想像して、楯無の腹がまた鳴る。廊下に人がいない事が幸いであった。
(そういえば、何かおかしかったわね)
食事を用意している、と連絡をしてきた虚。それ自体は問題ない。だが、妙に声色が高かったと言うべきか、何かを隠しているように見えたと言うべきか。もっと言えば、楯無が悪戯を企んだ時に周囲を誤魔化す時の様な、そんな雰囲気だったのだ。
まぁ、考えたところで仕方がない。虚に限って食材を無駄にするような小細工を、と言うことはしないと楯無は断言できる。そんな信頼の元、同室のナナを起こさないようにそっと扉を開けた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「あら、虚」
疲労困憊の楯無を出迎えたのは虚。態々楯無が来るまで待っていたのだろう、机の上にはいくつかの書類が纏められていた。その奥にちらり、と視線を寄越せば眠りに着いたナナの姿。起きない事に少し憤慨するが、今の時間を考えれば仕方がないことだと割り切る。
「かなり扱かれたようですね。先にシャワーを浴びますか?」
「それより夕食にしたいわ」
「わかりました」
勝手知ったる、とばかりに備え付けの冷蔵庫から取り出されるトレイ。本日の夕食が乗ったそれを電子レンジで手早く温めると、それを今か今かと待ち構えた楯無の前へと。
メニューは簡素におにぎりふたつと卵焼き、そして漬物。時間を考えればこのくらいがちょうどいい。賞賛しようとする楯無だが、ふと違和感が。まずおにぎりの形が歪だ。頑張って三角に整えようとした形跡はあるが、俵形とも言いづらい殆ど丸に近い形。卵焼きも所々焦げており、まともなのは漬物くらいだろう。
家事さえ完璧に熟す虚が、この様なミスを犯すとは考えづらい。考えられるのは第三者によって作られたもの。それも、虚が見逃すほどの近くの人間。幾人か思いつくが、まさかと言う思いの元答え合わせを。
「ねぇ、虚。この料理、もしかして………」
「お察しの通りです」
言葉に出さずとも、ちらりと虚の視線がナナへと向けられる。やはりかと納得をするものの、その真意がわからずに唖然とする楯無。苦笑いを溢した虚が理由を説明する。
「最初は自分の分だけで済ませるつもりのようでしたが、お嬢様がお疲れになると推測してから作り出したのですよ」
「ナナくんが、私に?」
「ええ。私が監督してましたので、毒物などの混入はありません」
ナナから連絡をもらった時は驚いたが、食堂を使えない状況だと言われたら協力するしかない。元々、楯無のために夕食を作る予定だったので問題はなかったのだ。
そうして、合流したナナは少し悩んだ後虚に問うたのだ。「楯無の分を作ってもいいか?」と。
悩んだ末に虚はそれを監視下で行う事、指示に従う事を条件として了承した。断ろうかとも考えたが、どちらが楯無が喜ぶ結末になるかなど考えずともわかること。主人の気持ちを推し量るのも従者の勤めと言える。
そうして虚の指導の元調理を開始。ただ、今まで料理などしてこなかったナナにいきなり高度な物を作り出すことなど無理な話。故にメニューは無難におにぎりと卵焼きにしたのだ。
まぁ、それも失敗したのだが。焦げたり形が崩れたりするのは当たり前、何度か手を貸そうとしたがソレは全て断られた。そうして挑戦を続けた結果が楯無の前に出された物である。
失敗作を全て食べて処理したナナは限界が来たのだろう、後を虚に託して寝てしまったのだ。
その説明を聞いた楯無は、胸の内が熱くなるのを感じる。自身のために慣れない努力をするナナが愛おしくて堪らない。このまま料理を眺めていたいが、それは作り手に対して失礼だ。
「それじゃあ、いただきます」
合掌、そしてまず最初に口をつけるのは卵焼き。少し焦げているが、それも努力の成果だと思うといいアクセント。甘めの卵焼きを二切食べると、次はおにぎりへ。
形は崩れており、塩味が少し効いたおにぎりは辛いもの。だが、狙ったわけではないだろうが疲れた体に塩分が染み渡るのを感じる。中身の梅干しがまたいい味を出していた。
漬物は流石に虚自家製のもの。おにぎりの合間に摘めば、食が驚くほどに進む。
「ご馳走様でした」
最後に合掌。満腹とまではいかないが、それでも十分に腹に溜まった。
「お味はどうでした?」
「美味しかったわよ。初めてにしては上出来じゃない?」
「それは何より。お嬢様、そろそろシャワーを浴びられては?」
虚の言にそれもそうだ、と思い楯無はシャワールームへ。扉が閉まり中から水音がすれば、虚はちらりとナナへと視線を向ける。
「………概ね、高評価でしたよ」
「………忖度されただけだろ」
視線に耐えかねたナナが、むくりと起き上がる。先ほどまで寝ていたが、楯無の帰宅と同時に目が覚めたのだ。そのまま狸寝入りを決め込んだのは、単純に恥ずかしいから。
その証拠に、ぶっきらぼうな口調とは裏腹に頬は赤く染まっている。
「ご自身で理解されてるなら何より。これからも腕を磨いてください」
「わーってるよ」
2度と作らない、と言わない辺り一時的な物ではないと虚は悟る。これからも暇があれば師事を仰ぐことは間違いない。まぁ、既に紅茶の淹れ方などを教えた仲だ。今更そのことに抵抗はない。
「それで、約束でしたよね?お嬢様からの高評価を頂けたら、理由を説明すると」
料理中、いくら理由を尋ねても答えなかったナナ。だからこそ出した条件は見事クリアされ、ナナは口を噤む。虚としても知っておきたいのだ。楯無の為にも、そしてナナ自身のモチベーションのためにも。
暫くトゲトゲとした視線で睨まれたナナは、ようやく観念したのか後頭部を掻きながら答えた。
「あいつが疲れてる事は目に見えてンだろ。だからちょっと手助けしただけだ。別に、普通の事だろ」
ああ、そう言うことかと虚は納得する。他でもない楯無の為に動いたのだからそれ相応の理由があるかと思えば、何のことはない。単純に楯無の体調を慮っただけのことだ。
気に入られようとか、取り入ろうなどの下心のない、純粋な手助け。本当に裏社会で生きてきた人間か?と疑いたくなるものである。
深いため息の後、それが癪に触ったのか「もう寝る」とだけ言って布団を被るナナ。
「………言っとくが、あいつに起きてた事バラすンじゃねェぞ」
「それは、ええ、まぁ」
珍しく煮え切らない返事の虚だが、確実に楯無は気づいていただろうと察する。そうでなければ、食事中に何度もナナに視線を送っていない。それも、反応を楽しむかのような好奇の視線を。
それはナナも気づいているだろうに、全力で座視を決め込むつもりだ。その変なプライドはナナだからか、それとも男子特有のものなのか虚には判断できない。ただ呆れるしかないのは事実である。
「はぁ………食器は自分で片付けるのですよ?」
「わかってるよ」
それだけ言うと今度こそ、ナナは完全に寝に入った。健やかな寝息を立てるナナを尻目に、虚は今後の事を考えて少し憂鬱に。
この後に控えているナナの懲罰訓練、その時に楯無は同じ様に夕食を作るだろう。そしてそれを目撃でもされてしまえば、学園に広がる噂は更に加熱。そろそろ反ナナ同盟ーーー通称、お姉様を守る会の連中が動き出す頃だろう。
以前、相談室に乗り込んできた生徒然り、更識楯無は学園でもかなりの人気だ。お姉様と慕い、お近づきになりたいと思う生徒も多数いる。そんな生徒達からすればナナは横からお姉様を掻っ攫った邪魔者。直接的ではないにせよ、排除しようと過激思想に傾く者もいるのだ。
それらにバレないよう、今のうちに調理場を予約………いや、それでは事が露見するだけ。さて、どうしたものかと主人の笑顔を守る為、奮闘する虚なのであった。