キャノンボール・ファスト当日。
会場はいつも通りの満席。IS産業関係者や各国政府関係者、それに伴う警備もいるのだから相当な人数。更に外部からの招待客もいるのだから、いかに注目度が高いのかを嫌でも知ることとなる。
空には開催を告げる花火が上がっており、観客はレースが始まるのを今か今かと待ち構え、その緊張は出場者にも伝播していた。
「うう〜………大丈夫かな、失敗しないかな?」
「だ、だだ、大丈夫だよ。ほら、あれだけ練習したし」
「…………気持ち悪い、吐きそう」
とまぁ、この様に。学園でも注目を集めることに慣れている専用機持ちはまだしも、普段表に出ない一般生徒からすれば相当なプレッシャーである。
本日のプログラムは2年のレースの後に一年専用機持ちのレース、そして一年の訓練機組のレースが終われば三年のエキシビジョン・レース。順番的にも前のレースと比べられる位置にいるため、それぞれ顔を青くしていた。
「う、ぅぅ………ナナくん、今だけ。今だけでいいから、抱きしめて!それで緊張和らぐと思うから!」
「あ、ずるい!」
「わ、私も私も!」
「HAHAHA、Nice oneネ。それ二、君たちの頑張りは知ってるヨ。こンなトコで挫けないこともネ」
だから並ぶのはやめてほしい、と切に願うナナだが効果はなし。今の彼女たちに必要なのは温かい言葉ではなく、人肌の温もりであり、男子と接触できるチャンスも相まって列ができる。
彼女がいることは知っているだろうに、よくやるものだと内心で皮肉を。身体の安売りなど、裏社会にいた頃何度も経験しているのでナナ自身抵抗はない。だが、楯無にバレたら大目玉は確定である。訓練と称した拷問はまず間違いなく行われるだろう。
「あー、いたいた。何してんのよ、早くいくわよ」
さて、どうしたものかと悩むナナに、救いの手がひとつ。背後からかかる声に振り向けば、鈴がそこにいた。時刻を見れば集合時間10分前。いつまでも姿を現さない自身を迎えに来てくれたのだろう。
「凰、good timingネ。ソー言う訳だから、hug eventは今度ネ」
「あ、ちょっと⁉︎」
ブーイングが出る前に、鈴の手を引いて通路から脱出。追いかけてこない事を確認すると安堵の息をこぼした。引いていた手を鈴から離すと、呆れた様な視線をナナに向ける。言葉にせずとも、レース前に何をしてるんだと物語っていた。
勝手に開催されたイベントなのだが、聞く耳は持たないだろう。両手を挙げて降参を示すと、今度はため息を溢された。
「まったく………貸しだからね」
「OK。一夏とのデートを斡旋すればいいかナ?」
「なっ⁉︎そ、それくらい自分でやれるわよ‼︎」
顔を真っ赤にして、ぷりぷりと怒る鈴はそのままナナの方を見向きもせずに前へと。図星を突かれて怒られたが、ナナは気にしない。それは実物だと、言葉にせずとも態度で表すだけである。
前を向いていたというのに、それに気がついた鈴から蹴りを食らうのはご愛嬌。そんな一幕もあり、皆との合流を果たした2人。言葉もそこそこに現在行われている2年生のレースをピット内で観戦していた。
「あれ?この2年生のサラ・ウェルキンってイギリスの代表候補生なのか」
「そうですわ。専用機はありませんけど、優秀な方でしてよ」
わたくしも操縦技術を習いましたもの、と付け加えるセシリア。その姿は既にブルー・ティアーズの高速機動パッケージ、ストライク・ガンナーを展開している。
「やる気満々だネ。まぁ、オルコットだけじゃないケド」
同じ様に、ナナもISを展開して最終調整を。先日の千冬の懲罰訓練では高速機動を主に叩き込まれた為、感覚はだいぶ掴めており気合い十分。同時に、妨害するであろう亡国機業に警戒を高めていた。
「ナナも気合い入ってるな。それにしても、鈴。なんかゴツくないか?」
「ふふん。いいでしょ。こいつの最高速度はセシリアにも引けは取らないわよ」
増設スラスターを4基積んでいる状態の高速機動パッケージ
胸部が薄いからとはいえ、まさかそんなものを付けるのかと言いかけたがそれはグッと堪えたナナ。口にして仕舞えば最後、試合の前にボコボコにされるのは想像に難しくない。
普段前面を向く衝撃砲は妨害の為に真横を向き、完全にキャノンボール・ファスト仕様。セシリアのパッケージは本来強襲離脱用であり、他メンバーも間に合わせの高速機動仕様であることを考えれば、一番有利だろう。
「ふん。戦いは武器で決まるものではないと言うことを教えてやる」
そんな台詞を放ったのは箒である。一夏と同じくエネルギー分配により、展開装甲をマニュアル操作にすることでエネルギー不足を解消したとのこと。ワンオフアビリティである絢爛舞踏を発動すればその問題はないのだが、何せあの夏の一件以降発動できた試しがないのだから仕方がない。
「戦いとは流れだ。全体を支配する者が勝つ」
三基の増設スラスターを背中に装備したラウラが入ってくる。専用装備ではないとはいえ、新型のスラスターら性能的に十分らしく、今回のレースも自身があるらしい。
「みんな、全力で戦おうね」
そう言って締めたのはシャルロットだ。ラウラと同じく三基の増設スラスターを、肩に左右一基ずつ、背中に一基配置していた。
元々カスタム仕様の機体はオーダーメイドのウイング・スラスターを装備しているが、そこに更に出力を出した形になっている。
「みなさーん、準備はいいですかー?スタートポイントまで移動しますよー」
摩耶の若干のんびりとした声が響く。一夏たちは各々頷くと、マーカー誘導に従ってスタート位置へと移動を開始した。
「それではみなさん、一年生の専用機持ち組のレースを開始します!」
大きなアナウンスが響く。それを合図に各自スラスターを点火。高速機動用のハイパーセンサー・バイザー。下ろし、準備は万端。
超満員の観客が見守る中、シグナルランプが点灯した。赤いライトが2つ点き、そして3つめの青いランプが点灯した瞬間にスタート。
急激な加速についていけず、一瞬の戸惑いで遅れをとるナナと一夏、箒の3人。反対に、セシリアたちは慣れたもので悠々とスタートダッシュを決めた。
最初に飛び出したのはセシリア。あっという間に第一コーナーを通過、セシリアを先頭にして列ができる。
「もらったわよ、セシリア!」
いきなり勝負を仕掛けたのは鈴。横に向けていた衝撃砲を前面に向けて連射。その弾丸を躱そうと横にロールしたセシリアを尻目に、爆発的な速さで鈴が抜き去る。
「くっ!やりますわね!」
「へへん!おっそーい!」
「ーーー甘いな」
鈴の加速に合わせてその背後にピッタリとつけていたラウラが前に出る。どうやら、ストリップ・ストームを利用して、機を窺っていたようだ。
「しまった!」
「遅い!」
慌てて衝撃砲を向けるも、ラウラの大口径リボルバー・キャノンが僅かに早く火を噴く。直撃まではいかないものの、高速機動状態での被弾によって鈴は大きくコースラインから逸れる。
更にはラウラの牽制射撃が背後まで及び、後続を大きく引き離す。
「HAHAHA!Heard trainingの成果、舐めないことだヨ!」
リボルバー・キャノンの砲撃をものともせず、ナナがそれらを掻い潜りながらラウラへと肉薄する。スラスターの細かな出力調整が成せる技であり、その姿は字名通り蛇のような動き。
「ふん、そう易々と抜かせるものか!」
牽制射撃では効果は薄いと距離を稼ごうとするラウラ。出力ではラウラの方に部があるのだろう。直線コースでは僅かに距離が開く。
射撃による妨害をとスヴェントヴィトを構えてたナナだが、すぐにそれを中止。背後から迫る弾丸を躱す事に専念した。
「ナナ、お先!」
回避に集中しすぎて、背後からのシャルロットに抜かれる。やはりそううまくはいかないか、と歯噛みしながら背後に意識を向ける。箒と一夏の接近戦での攻防に、コースアウトから復帰した鈴とセシリアも加わる。
油断ならない距離にいる4人と先頭をキープする2人。それらの状況を把握しながらも頭の片隅で考えるのは亡国機業のこと。
千冬や楯無からは対処はこちらでするから、キャノンボール・ファストに集中しろと厳命されている。だが、狙われる当事者としてはいそうですかと頷けるわけがない。
正体不明のテロ組織。それを相手取り無事でいられるとはナナも思っていない。しかし、ここで功績をあげれば楯無を迎えに行く時の手札の一つとして使えると皮算用を。
欲深くなったものだと、自嘲をひとつ。それだけナナの中で楯無の存在は大きいのだ。
だからこそ、気づくのに遅れた。白熱するバトルレース、その二週目に入った時である。上空から飛来した機体がトップ集団であるナナ、シャルロット、ラウラを撃ち抜いたのだ。
「⁉︎」
「あれは………サイレント・ゼフィルス‼︎」
コースアウトする3人に視線をやることもなく、突然の襲撃者はにやりと口元を歪めた。
◇◆◇◆
「おーおー、やってるニャア」
IS学園、第六アリーナ方面から微かに聞こえる悲鳴と破壊音。よくよく空を見れば小粒のように小さな襲撃者がフェリスのいる場所からでも確認できる。それを満足げに眺めると、フェリスは本来への目的へと意識を向けた。
フェリスがいるのは校舎の廊下。本来ならば
「しっかし、拍子抜けだニャー。こーんニャにも簡単に侵入できるニャんて」
先行して侵入していたオータムの手助けもあり、学園の防御機構を一時的に麻痺することに成功した。監視カメラなどにフェリスは映されず、通報も教師陣には届かない。各国の要人などが集まるイベント故に、本校舎の守りは薄くなると考えていたが、予想以上であるのだ。
予想よりも簡単に侵入し、目的達成もすんなりといく。そう考えられたのならばどれだけ嬉しい事かとフェリスは自嘲。十中八九罠にかかっていると予想し、それでも不敵な笑みは崩さない。
「罠ニャんか、踏み潰せばいいだけだからニャア………そうは思わニャいか?」
「………気づいていたか」
フェリスが進む廊下の先、その曲がり角から千冬が姿を現す。その視線は絶対零度。見る者が見れば命乞いをするであろう視線を受けても、フェリスは変わらない。寧ろ、ケタケタと笑い出す始末である。
「ニャハハハ!気づかニャい方が可笑しいだろ。天下のIS学園でこーんニャに順調にいくニャんて思う方がバカだニャア」
「それをわかった上で踏み込んだ貴様も、変わりない」
侵入者を捕獲せんと、千冬が動き出す。いつものスーツのままであるが、その身体能力は常人よりも上。驚くべき速さでフェリスに肉薄すると、まずは無力化しようと狙うは襟と袖口。
そのまま掴んで引きずり倒す算段であるが、それよりも早くフェリスが手を打つ。
裾から落ちる、いくつかの黒い球。それが煙を噴き出すと一瞬にして周囲が濃霧に包まれた。煙を真正面から浴びようとも、千冬の動きは鈍らない。先ほどまでフェリスがいた空間に腕を伸ばすが、それは虚しく空を切る。
「ニャハハハ!流石に速いニャア」
聞こえた声は千冬の下から。反射的に後退すれば、後を追うように下からのサマーソルトキックが千冬の前髪を掠った。
「…………情報では、戦闘は苦手だったと聞いていたが」
「苦手だけどできニャいわけじゃニャいんだよニャア、これが」
反撃しようにも濃霧の中、相手の姿は見えない。逆にフェリスからは千冬が見えているらしく、今度は背後からの回し蹴りが千冬を襲った。右腕ひとつでそれをガードするが、腕に伝わるのは重い感触。ちらり、と裾から見えるのは真紅の装甲。
「義足か」
「ピンポーン、正解ニャ。アレにも教えてニャい、とっておきのレッドブーツニャ」
一瞬の均衡、そして弾かれるようにしてフェリスがまた濃霧の中に姿を隠す。狭い廊下を縦横無尽に駆け回るのは義足の性能なのだろう。
千冬は知る由もないが、フェリスの義足はIS装甲を流用して作られたもの。内蔵された小型ブースターによる機動力は侮れず、装着者への負担は大きいがそれも短時間の使用であれば問題はない。
ちらちらと、ブースターの火が白煙の中を移動する。それを目で追うのは至難の業。そして、フェリスの眼鏡が濃霧の中であろうと相手の姿を確実に捉える。
身動きひとつせず、周囲を警戒して腰を低く構える千冬。それを見てフェリスは声なく嗤う。無駄な足掻きだと、無意味な行動だと。
(こいつで終わりだニャ)
背後に回ったフェリスに反応して、千冬の身体が動く。しかし、フェリスの狙いは背後ではない。ブースターを爆発的に噴かし回転しながら上空へ。
生物としての弱点。そのうちのひとつである頭上からの強襲。回転で遠心力を高めた踵落としは、鈍い音を立てて決まった。
衝撃で周囲から白煙が散り、2人の姿が肉眼でも捉えられるように。踵落としを決めた姿勢のまま、フェリスはちらりと一筋の汗を流す。
「ニャハハハ、最強のブリュンヒルデってぇのは鉄で出来てるのかニャア」
「遺言はそれだけか?」
フェリスの視線の先、渾身の一撃を腕一本でガードした千冬はその脚を握りつぶさんばかりに掴みながらフェリスを睨む。
少なくとも腕の一本は奪ったはずの威力だったが、ガードに回した腕は問題なく動いている。冗談だろう、と叫びたかったがそれよりも早く視界が高速で移動。掴まれた脚を軸に床へと叩きつけられた。
倒れたフェリスに素早く千冬が馬乗りになる。チェックメイトだ。
「ガッ……ハッ…‼︎ゲホッゲホッ‼︎………ったく、容赦ねぇニャア」
「テロリストに容赦などいらん」
冷えた視線でフェリスを睨む千冬。挽回など考えられない状況だと言うのに、フェリスに焦る様子はない。それが嫌に不気味で、気味が悪くて、千冬は増援を呼ぼうと懐のケータイを取り出す。
「ニャハハハ、しっかし強いニャア。流石はブリュンヒルデ、流石はIS学園の教師」
「黙っていろ。貴様にはこれから色々とーーー」
「流石は、
その瞬間、千冬の動きが一瞬固まる。なぜそのことを知っているのか、そんな疑問とそして怒り。それらが瞬時に千冬の脳内を支配し、反射的にその手がフェリスの首元目掛けて伸びようとする。
だが、フェリスはにやりと嘲笑を深める。瞬間、脚の義足から発せられるのは黒板を引っ掻く様な不快な音。背筋を撫でる様な音に思わず千冬は両手を耳で覆い、顔を顰める。その拘束が緩んだ瞬間に義足のブースターを使い脱出。
「ニャハハハ!目的は達成できニャいみたいだし、帰らせてもらうニャア」
「ま………待て………‼︎」
「待つわけニャいだろ、お馬鹿さん」
特徴的な笑い声を残し、フェリスは窓を破って逃走する。音が止んだ瞬間に千冬はその後を追いかけようと窓枠から乗り出そうとするが、既にフェリスの姿はない。そも、あの機動力であれば生身で追うことは不可能だ。
「くそっ‼︎」
悔しさに顔を歪ませる千冬。それを嘲笑うかのように、耳の奥からフェリスの笑い声が木霊していた。
◇◆◇◆
ぐわん、と揺れる視界。何かが目まぐるしく動いているようであるが、それがうまく認識できず、酷い耳鳴りのせいで音も上手く拾えない。それでも異常事態が起こった事に間違いないのだ。
沈みそうになる意識を必死に保ち、海に沈んだ者が必死に海上を目指す様に意識を覚醒させる。
「ぶはっ‼︎」
「ナナ‼︎よかった‼︎」
新鮮な空気を一気に肺の中へと取り込み、まだ足りないとばかりに荒い呼吸を続けるナナ。そして少しの落ち着きを取り戻すと、周囲の状況を確認する。
まず近くにはラウラとシャルロット。少し離れた場所に心配そうに空を見る箒と気絶した様に倒れる鈴。割れたシールドの向こう、市街地方面には襲撃者とセシリア、そして現場に向かう一夏が見える。
「God damn………どー言う状況?」
「イギリスのサイレント・ゼフィルスに乗った襲撃者に襲われた。今はセシリアと一夏が対応している」
「鈴は一夏を庇って負傷、箒は実力的に割って入れない。僕たちも飛べないから、支援砲撃が関の山なんだ。流石に、この距離だと届かないから鈴の介抱しかできないけど」
肝心なところで寝ていた自身に悪態を吐きたくなるが、それは後回し。まずは自身の状態の確認を。
シャルロット達と同じ様にスラスターがイかれたようで飛翔は不可能。武器は問題なく呼び出せるようで、スヴェントヴィトを呼び出したナナはラウラ達の隣に立つと、襲撃者に向けて狙いを定める。
「Hey、ボーデヴィッヒ。
「経験はあるが………届くのか?」
「ナニ、嫌がらせだヨ」
対物ライフルであるマクミランTAC-50へと変形させたスヴェントヴィト。IS用と言うこともあり、その威力は元になった銃よりも遥かに上。ISでも油断すればかなりの痛手となる代物だ。
「………わかった。だが、一夏たちには当てるな」
「そんなヘマはしないヨ」
暫しの熟考。そして観測手を受け入れたラウラの横で、ナナは腹ばいになってスコープ越しに襲撃者を睨むのであった。
◇◆◇◆
「てめえ………」
セシリアを腕に抱く一夏の視線の先、襲撃者であるコードネーム、エムは太陽を背に一夏を睨む。
エムにとって一夏は憎悪の対象。殺したいほど憎くて、苦しみながら死んで欲しい、その存在を許せない相手。知らず知らずのうちに拳を握るエム。
セシリアが土壇場で行使した偏光射撃によりダメージはある。だが、それを差し引いても目の前の一夏に負けることはないと断言できる。それに加え負傷者を抱えているのだ。今ここで手を下す事が最善であり最良。
どうやって殺してやろうか。できるだけ惨めに、残酷に、惨たらしく殺したい。そんな脳内での殺戮に水を刺す様に、通信が入った。通信相手は一夏の次に嫌いな相手。
思わず顔を顰めるが、出なければ後がうるさい。渋々と言った調子でそれに応答する。
「………なんだ」
「ニャんだもニャにもニャいニャ。任務続行は不可、さっさと帰投するニャ」
通信相手はオータムが連れ帰ってきた新人のフェリス。エムとしては反対だが、スコールが迎え入れてしまったのだから何も言えない。
曰く利用価値がある、と言っていたがどこまで本当なのか。仕方なくコンビを組まされてはいるが、信用など一つもない。スコールから釘を刺されなければ間違いなく殺している相手。
「貴様の指示を聞く義理はない」
「まったく可愛げがニャい。でも、従ってもらうニャ。ニャんせ、スコールからの指示ニャんだから」
スコール。エムやフェリスと同じく、会場に潜入した亡国機業のリーダー的存在。その生い立ちも、なぜテロリストとなったのかも興味はない。しかし、スコールの保護があるから今を生きていることも事実。
万が一亡国機業から追い出されたら自身の復讐を果たす機会は遠のくだろう。それはエムの望むところではない。今はまだ、その指示を聞くしかないのだ。
「………わかった」
「賢い子は好きだニャ。ま、ちゃーんと復讐は手伝ってあげるからニャ」
「貴様の手助けなどいらん」
それだけ言って通信を切ると、バイザー越しに一夏を一瞥。負傷者を抱えているのもあるが、エムの発する殺意に身動きが取れなくなっている一夏。この程度ならばいつでも殺せると、踵を返して去ろうとした瞬間だった。
「っ⁉︎」
突如右肩を弾かれ、バランスが崩れる。内部まで響く衝撃に顔を歪め体勢を立て直すと、狙撃元を睨む。ハイパーセンサー越しに睨む先にいるのはナナ。ボルトを引いて薬莢を取り出すと、次弾を装填する。
「右肩に着弾。そして気づかれたぞ」
「OK。ナラ、もう1発おまけネ」
続いて発射された弾丸は、流石に躱される。自身と同じだと言うのに、それでも尚復讐する事なくのうのうと生きている片割れ。再び憎悪に火がついたエムが反射的に殺しに掛かろうとするが、それよりも早く脳裏に呼び起こされるフェリスの言葉。
「くっ………‼︎覚えていろ」
最後にそれだけ言い残すと、エムは素早くその場を後に。こうして勝者はないまま、キャノンボール・ファストは幕を閉じるのであった。
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