はじめに言っておきます
私は別に一夏アンチではありません
「以上が今回の報告だ。追加質問はあるか?」
「貴様の口の利き方意外、特にない」
IS学園の一室、宿直室にて。一夏の家から戻り、マドカの襲撃の情報を千冬へと報告するナナ。藍も変わらず敬語もクソも何もない口調であるが、精々が釘を刺す程度。千冬としても諦めているのである。
頭が痛いとばかりに患部を抑え、報告を終えたと言うのに未だ帰る様子のないナナをちらりと見る。言う事があるだろう、とその視線が物語っており、欲しい情報を出すまでテコでも動かないつもりなのは火を見るよりも明らか。
襲撃者であるマドカの顔の事は、既に聞いていた。他人の空似では説明が付かない、あまりにも似通ったソレに心当たりはある。だが、それを口にするべきか、千冬は悩んでいるのだ。
「言っておくが、他人の空似だとか、親戚だとかで誤魔化すなよ?」
誤魔化そうとした手前、先んじてナナに逃げ道を塞がれてしまった。観念した千冬は重いため息を溢すと、宿直室のドアへと視線を向ける。施錠はちゃんとされており、途中で侵入してくる輩はいないだろう。
ドアの前で聞き耳を立てようと、防音対策は万全。穴でも開けられない限り聞き漏れる事はない。話すメリットとデメリット、それらを秤にかけ千冬は重い口を開いた。
「…………これから言う事は他言無用だと、約束できるか?」
「楯無にもか?」
「当然だ」
少しの迷いを見せ、同意を示すために頷くナナ。口約束ではあるが、反故するほどの人でなしではないと信頼している千冬。ナナの視線を真っ直ぐ見つめ返しながら、己が出自を語り出す。
「マドカ、と名乗ったそいつと、直接的な面識はない。だが、まず間違いなく私と関わり合いはあるだろう」
「なンだ?腹違いの姉妹とでも?」
「いや。私と同じ、DNAを持っていると言う事だ」
その言葉に、ナナは片眉を訝しげに上げる。それは姉妹と何が違うのだと、表情で物語っていた。それを重苦しいため息で流すと、千冬は両目を瞑る。
「…………
「…………ねェな」
「だろうな。各国の権力者が企画した秘匿中の秘匿、今は無くなったはずの計画だ」
自身という成功例、そして一夏を生み出した時に終わったはずの過去。それが忘れさせはしないとばかりに、再び千冬の前に立つ。どんな悪夢だ、と酒を飲んで忘れたい所だがそれは立場が許さない。
「計画の内容は、究極の人類の創造。私と一夏、そしてそのマドカと言う奴もその計画から生まれたものだ」
一瞬、ナナの目が見開かれる。それはつまり、目の前の、そしてこの学園での友人は真っ当な生まれではないと言う事。予想外の言葉に言葉を無くすナナだったが、それを自虐的に薄く笑って千冬は流す。
予想していたよりも大人しい反応だ。最悪、化け物呼ばわりされることも覚悟していたのだから。
「私と言う成功例、そして一夏が生まれたところで天然物の天才、篠ノ之束が発見され計画は中止。似た様な技術はあれど、精々が人の範疇。私たちのような人から外れたものは生み出されていない」
「待て待て。少し整理する」
朗々と語る千冬を静止し、ナナは頭を抱える。予想を超える話に頭がついてこず、耳から入った情報が中々に整理されない。
「あー、なンだ?つまりは、テメェと一夏、そンであのマドカって奴はデザイナーベビーって事か」
「そうだ。代表的には常識はずれの回復力と強化された五感、ISとの融和性。それと、織斑先生と呼べ」
いつもの様に付け加えられた言葉も、どこか弱々しい。言葉にしてないが、ナナは察しているだろう。研究所生まれの千冬が、監視などなく普通に暮らせている違和感に。つまりは、一夏を連れて逃げ出したということに。
「………一夏は知ってンのか?」
「いや。アイツには必要のない話だ」
それはそうだろう、とナナは思う。少なくとも、今更教えてもどうしようもない情報。自身の出自に混乱するだけ、無駄な話だ。
「貴様が知りたがっていた真実がこれだ。念を押すが、くれぐれも他言するな」
話は以上だ、と顔を背けると千冬は手を払って退出を促す。だが、予想に反してナナは動かず、何かを考える様に片手を口元に置いて下を見るばかり。苛立つように怒気を込めた視線をぶつけるが、それでも動こうとしない。
「オイ。教員の指示はーーー」
「オレも、同じか?」
聞け、と音を出そうとした口は動きを止める。その反応で全てを物語っているようなものだ。はくはくと、空いた口が言葉を紡ごうとも音にせず、代わりに呆れた様子のナナが口を開いた。
「前に一夏の立場を羨むかって聞いたよな?その時には既に知ってたって事か」
「…………鎌をかけたのか」
「まぁな」
なんて事もない、と肩を竦めるナナ。本心から気にしていないようで、そこに無理をしている様子はない。そうして、ふと思いついた質問を口にした。
「聞いておくが、千冬。今更姉扱いされてェなンで考えてねェよな?」
「私の家族は、アイツだけだ」
「ならいい」
聞きたい事は聞けた、と満足げに退出しようとするナナ。それに驚いたのは千冬だ。何せ、その出自が真っ当ではないというのに、全く気にも留めないなんて。見捨てられた過去を、放っておくなんて。
「オーウェン。貴様は、気にしないのか?」
「別に、生まれがどうあれ、オレはオレだ。人の胎から生まれたか、フラスコの中で生まれたかの違いだろうが」
裏社会で生きてきたナナにとって、生まれなどその程度の認識。確かに千冬や一夏の生まれには瞠目したが、そこまで気にする事ではないのだ。一夏は一夏で、千冬は千冬。デザイナーベビーであろうと、そこに変わりはない。
「あの野郎が一夏を狙う理由はわかった。それで充分だろ」
「貴様は………はぁ」
あまりにもな解答に、千冬の肩から力が抜ける。罵詈雑言を受ける覚悟もあったと言うのに、とんだ肩透かしである。この様子では一夏と距離感も変わる事はないのだろう。一世一代の暴露をこうも容易く受け流されて思う所はあるが、何も言うまい。
頭を抑えてため息を吐く千冬に、なぜ生まれをそこまで気にするのか理解できないナナは疑問符を浮かべるばかり。
「もういい。さっさと行け」
手を払って追い出す仕草に促され、今度こそナナは退出。残された千冬は深いため息を吐いた後、備え付けの冷蔵庫からビールをひとつ取り出す。手慣れた手つきで蓋を開けると、そのまま一気に手元のそれを飲み干した。
炭酸と麦とアルコール、それらが喉を通り過ぎ爽快感を味わいながらその片隅にあるのは先ほどのナナの言葉。
(生まれなど関係ない、か………)
そうやって一蹴できれば、どれほどよかったか。そうするには遅く、そしてあまりにも根が深い。襲撃者の正体を知ってしまっては、尚更。くしゃり、と手元の缶を握りつぶしそれをゴミ箱へ。続け様にもう一缶開けて喉を潤す。
事態の大きさを把握できていない、ある意味己の事だけしか考えていないナナの言葉は頭に来るものがある。ただ、少しだけ、ほんの少しだけーーー
「羨ましいな、あいつが」
ぽつり、と溢した言葉は誰にも届かず、続く言葉を飲み込む様に更にビール缶を開けるのであった。
◇◆◇◆
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「Yes。ケガひとつもない、no problemヨ」
翌日、放課後の調理室にて。
いつもなら特訓に使う時間であるが、本日はお休み。昨晩の襲撃者の件もあり、生徒会長の楯無を交えた今後の方針を決める会議があるためだ。
そのためフリーとなった2人は先日の約束通り、並んで調理に勤しむ事としたのだ。手元を見ずに話しかける一夏は危険だが、それで指を切る様なヘマはしない。反対に、ナナは手元を注視しながら一夏の話を聞き流しているようなものだから、一夏としても不満は溜まる。
話の内容は先日の襲撃。あの時、状況を飲み込めない一夏の代わりにナナは戦った。途中合流した楯無によって事なきを得たと聞いているが、あの人は誤魔化す節があると疑いの元の質問攻め。
助けを呼ぶために、と言えば聞こえはいいが実際は逃げたものだと一夏自身そう思っている。だから、知りたいのだ。何があったかのかを。自身に何が足りなかったのかを。
だが、ナナは手元の大根の桂剥きに集中するだけで、肝心の質問に応えてくれる様子はない。
(なんだよ、ナナのやつ………)
一夏としても千冬と瓜二つの襲撃者、織斑マドカの存在は気になっている。そして虚を突かれたことに後悔を。
あの時、自身がもっとしっかりしていれば、ナナと戦闘できたのだろうか。そうすれば相手を捕まえる事もできたんじゃないか、と溜まったフラストレーションをぶつけるように今度は白菜を刻む。
勿論、それは傲慢な空想だとは一夏も理解している。IS戦では兎も角、肉弾戦でナナは一夏よりも強い。体格差を考えれば、女子でのトップに入るラウラや箒だって敵わない。
そのナナを相手に、マドカは逃げ切ったのだ。一夏1人では足止めも難しかっただろう。
それでもそう思ってしまうのは若さ故に。今までの努力を信じているが故に。
「ドウかな、一夏。こンなモノかナ?」
「………いいんじゃないか?」
ぶっきらぼうに、そう言い放つ一夏にナナは肩を竦める。実際、ナナの桂剥きは料理素人とは思えない程綺麗に剥かれている。包丁さばきだけ見れば一夏と遜色ない。反面、味付けや火力などは大雑把。塩気が多かったり、火の通りが甘かったりはしょっちゅう。まるでチグハグだと一夏は思う。
思えばナナの事を、一夏はよく知らない。
話を振れば答えてくれるし、ノリも良い。学生の相談役などをこなす事も知っている。だが、家族構成やどんな学校に通っていたかなど、細々としたことは知らないのだ。
全てを知りたい、とまではいかないが、それでも最低限友人となるなら知っておきたいことを知りたい。
「………なぁ、ナナーーー」
「一夏、昨日の事だけどネ」
一夏の言葉と被せる様に、ナナが口を開く。ちょうど大根を切り終わったのか、次の食材に手を伸ばしながらナナは話を続ける。
「youがどう思ってるかハ、知らないヨ。ケド、君がいても結果は変わらなかったハズサ」
なんでもない、と言わんばかりに取り出した魚を捌き始めるナナ。それに動きを止めたのは一夏だ。言外にお前は無用だ、と言われた気がして溜まったフラストレーションが爆発する。
「な、んだよそれ‼︎俺は邪魔だって言うのかよ‼︎」
「昨日の、あの場では、ソウだネ」
ぶちり、と頭の中で何かが切れる音を一夏は聞いた。両手を調理台の上に叩きつけ、思いのまま一夏は吠える。
「ッ‼︎じゃあ、今まで何の努力をしてきたんだよ‼︎あいつらを、亡国機業を捕まえるタメじゃなかったのかよ‼︎」
「違うヨ。楯無はそンな事のタメに、特訓に付き合ってないサ」
「じゃあ、何のために‼︎」
「生き残るタメ、だヨ」
ザクリ、と持っていた魚の頭を落とし激昂する一夏を窘めるようにナナは淡々と述べる。
「楯無はネ、一夏。亡国機業から狙われるオレたちが殺されない様に、特訓を付けてくれているンだヨ」
「同じ事だろ⁉︎」
「違うヨ。全く違うネ」
腹を捌き、身と骨を切り分けた魚をまな板の上に置いたまま、ナナは包丁を空中で一回転。それを逆手で掴むと切先を一夏へと向けた。その行動に冷や水を浴びせられた様に一夏は怯むが、それでもまだ胸の内の炎は消えていない。
「例えば一夏、今この場でオレが敵対したとするヨ。君のとる行動は?」
「………ISを展開して、戦う」
「Non。正解は逃げる、だヨ」
「なんでそんな事‼︎」
「なら聞くヨ?君、どうやってオレを抑えるつもりだイ?ISを使って?実力差は開いてないのニ?」
「それでも、やらなきゃダメだろ」
「またNonネ。君が必ずしもやらなきゃいけない事は、そう多くないヨ。だから逃げて、teacher織斑を呼ぶ。それが正解サ」
一夏に向けていた包丁を収め、切り分けた魚を一口サイズにカットする。理論的には間違っていない、と一夏もわかっている。自身の実力も、経験も、専用機持ちの皆やあのマドカにも及ばない事も。
それでも、感情が納得できるかと言われれば別だ。それはまるで努力を嘲笑われているようで、無駄だったと言われている様で、屈辱的であるから。
感情的になれば出てくる言葉は沢山ある。だが、そのどれもが言い訳がましいものだと悟り、一夏は口を閉ざす。頭を下げればふと、手首の待機状態のISが目に入る。これまで頑張ってきたのは無駄だったのか、と拳を握る一夏にナナは声をかけた。
「だからサ、一夏。一緒に頑張るヨ」
「………は?」
今まで自身の行いを責めていたはずのナナが掌を返して、手を差し出す。それに困惑する一夏だが、包丁を置いたナナはため息混じりに言葉をこぼした。
「あの時、何も出来なかったのはオレも同じネ。楯無の到着を待てるかどうか、その違いだヨ」
「………でも、ナナも戦ったって………」
「相手が油断してくれたからネ。最初から殺す気なら、オレはこの場にいないヨ」
思い出すのはマドカと対峙した時のこと。あの時、マドカが早々にISを展開していればナナとしては為す術なし。対抗できたとしても、敗色は濃厚だっただろう。思い出すだけで拳を握り、罵詈雑言を吐いて暴れ回りたい気持ちになる。
だからこそ、悔しさを押し込む。押し込んで、押し込めて、それを前へ進む糧にする。裏社会で生きてきて取れる手段は現状に甘んじて動きを止めるか、上を目指して進む2択しかなかったのだ。後者を選択して生きてきたナナにとって、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「楯無に、特訓をHeardにしてもらう様に頼んでるヨ。だから、頑張ろうネ」
そう言って破顔するナナに、一夏の喉から出る言葉が詰まる。言い方だとか、会話の仕方だとか、諸々ツッコミたいところだが、それは全てため息へと。
不器用ながらに一夏を慰めようとしていたことがわかったのだ。それを無碍にするほど子供でもない。それでも、これだけはと言う言葉は自然と出てしまったが。
「はぁ…………あのなぁ、もっと言葉選べなかったのか?」
「My bad。Friendを慰める事、初めてだからネ」
言葉を吐き捨てたり、話を聞いたりはしてきたが、こうして友人を励まし慰める事などしてこなかったナナ。どう言えばわからず、少し厳しい物言いとなってしまったのだ。
それについては少し反省を。確かにもっと柔らかい言い方と言うものがあっただろう。しかし、事は命に関わる問題だ。反省はするが、間違っていないとも思っているが。
「それより一夏、後は具材を入れればokかナ?」
「あ、ああ。ちょっと待ってろ」
味見皿にスープを入れて一口。昆布ベースの出汁はよく出来ていて、一夏としても問題はない。2人が作っていたのは鍋である。初心者に優しく、それでいて奥が深いこの料理は現在修行中のナナにぴったりだろうという判断から。
「うん、よし。それじゃあ、まずは魚介からだな」
「ok。ちなみに、その味見してもいいかナ?」
「ああ。熱いから気をつけろよ」
「ああ‼︎」
「?」
一夏から味見皿を受け取って一口。どこからか口惜しい怨嗟の様な声が聞こえたが姿は見えず、空耳だろうと流す一夏。
「yeah、good tasteネ」
「だろ?鍋は出汁が肝心だからな」
「成程ネ。ちなみに一夏、Japanでは鍋はみんなで囲むモノなンだロウ?」
「まぁ、そうだな。最近じゃ一人鍋って奴もあるけど、みんなで食べたほうがいいよな」
千冬がドイツへと渡っていた時、1人で鍋をした事はあるが何とも味気ない。それ以降、鍋は2人以上の時にと決めている一夏。そも、ご飯は誰かと囲んだ方が上手いと思っているため、中学時代はよく弾や鈴を食卓に誘っていたわけだが。
一夏の返答に満足したのか、ナナは調理室の出口へと向かう。何か忘れ物でもしたのか?と疑問を浮かべる一夏だが、どうも様子がおかしい。スライド式の扉の正面に立つのではなく、その横へ。そして躊躇う事なく一気に開くと、そこから雪崩の様に調理室へと倒れる人影が。
「彼女達にもご馳走しようヨ」
「うぅ、いたた………」
「きゃっ‼︎ちょ、鈴さん⁉︎どこを触って⁉︎」
「ぶつけるアンタが悪いんでしょ‼︎それよりおーもーいー‼︎」
「ふむ、バレていた様だな」
「ら、ラウラ………それより早くどいてもらえないかな?」
「お、お前ら⁉︎」
倒れ込んで来たのは箒、セシリア、鈴、ラウラ、シャルロットのいつもの専用機持ちたち。どこで調理の噂を聞きつけたのやら、割と最初の方から覗き込んでいたのだ。割り込んでくる気配もなかったので放置していたが、あのまま羨望と嫉妬の混じった視線の中食事が出来るほど、ナナも肝は太くない。
まぁ、乱入は最初から予想していたので食材は多めに揃えている。5人追加されようとも問題はない。
「いつからいたんだ?」
「それは、その…………」
「た、偶々、偶然に目撃しただけでして………」
「わ、私はちゃんと指導できてるかの確認よ」
「いい匂いがしたので、つい」
「それより早く、みんな降りて〜………」
「あ、悪い、シャル。大丈夫か?」
下敷きにされていたシャルを助け出し、何はともあれ対面する面々。シャルロットが助け出されたことに赤面しつつ、他の面々が羨ましそうに視線を向けているがそれはさておき。
感情任せの、格好悪い面を見せてしまったと気恥ずかしい一夏。そして、それを興味本位で覗いてしまった専用機持ち達。何とも言えない、何を切り出すべきかもわからない空気が漂う中、ナナが手を叩いて注目を集めた。
「何してるノ、君たち?dinner timeネ。席に着きなヨ」
いつの間にやら、人数分の皿と野菜まで入れて煮込まれた鍋をセッティングしていたナナ。空気を読みながらも、それを敢えてぶち壊す。確実に楯無の影響を受けていた。
「ちなみに、オレは一夏の対面に座るつもりだヨ」
調理室に用意されたテーブルは正方形。一辺に2人座れる程度のサイズ。必然的に3人座る必要がある。手狭なのは否めないが、それだけ意中の一夏と接触できるチャンス。乙女達の判断は早かった。全員が即座に目配せすると、円陣を組んで拳を握る。
「「「じゃんけん、ポン‼︎」」」
「な、なんだ、突然?」
「気にしないでokネ、一夏。ああ、楯無様にlittle sizeの鍋、借りてくヨ」
「ナナもナナで………はぁ」
どうやら乙女達を焚き付けたものの、勝敗の行方までは興味がないらしい。それよりも自身の彼女の為に行動するところは、いっそのこと清々しいまである。
あいこが繰り返される中、1人様の鍋に具材を詰め込むナナ。IS学園の、少し不器用な友人の自由奔放な動きに嘆息しつつも、仕方がないと笑い一夏もまた、詰め込み作業を手伝うのであった。
◇◆◇◆
「ふうっ………」
二時間後、女子達も加わった少し姦しい鍋を満喫し、部屋に戻った一夏は体をベッドに預けて寝転がった。
余談であるが、一夏の両隣に座ったのはセシリアとラウラ。セシリアは腕の怪我を理由に食べさせてもらおうと奮闘したが、隣の鈴の妨害もあって敢えなく撃沈。ラウラは一夏に食べさせようとしたが、逆にシャルロットに餌付けされこちらも無惨な結果へと終わった。
そんな女子達の駆け引きを露とも知らない一夏。今日は何かと大変だったと感想を述べるくらいだ。
それは女子達の事もあるが、何よりナナの事。いつもは一夏に合わせて行動する事の多いナナである故に、今日の説教は何かと堪えた。言い方に難はあるが、自身のことを思っての言葉だとは理解できる。
(一緒に、強く………)
天井に左手を翳し、その手首についている待機状態の白式を見る。自身とナナ、IS学園に入学したたった2人の男子。少し軽薄な面もあるが、友人を、何より彼女を大事にする、一夏の新たな友人。
その友との約束が脳裏に浮かぶ。共に強くなろうと、共に頑張ろうと。
(そう、だよな)
未熟な自分たちは、ただひたすらに努力するしかないのだ。守る云々はその後。まずは自分で自分を守らなければ話にならない。ぐっと握った拳に決意を宿し、シャワーでも浴びようと身体を起こす。
自室の扉が叩かれたのは、そんな時だった。
「ん?はーい」
はて、誰だろうか?
そんな疑問を持ちながら扉を開ければ、突如として眼前に添えられる扇子の先端。
「どわっ⁉︎」
突然の事で後退した勢いのまま尻餅を。痛む患部を摩りながら下手人をちらりと覗き見る。
「いったた………突然何ですか、楯無さん⁉︎」
「ふふ、ナイスリアクション」
扉の前に立つ楯無は悪戯がうまくいったとばかりにご満悦。口元を隠した扇子には「油断」のニ文字。そのまま勝手知ったるとばかりに部屋に入る楯無の後ろには、誰もいない。
楯無の突然の登場には驚いたが、ナナがいないことにも驚愕を隠せない一夏。誰かに見られでもしたら拙いと判断し、急ぎ扉を閉める。
「一夏くん、お茶ー」
「いや、ここ俺の部屋…………って言っても無駄か」
備え付けの椅子に座り寛ぐ楯無に、何を言っても聞かないと既に一夏も知っている。伊達に生徒会副会長の座にいるわけではないのだ。
ティーパックのお茶ではあるが、それを用意して出せばそれを一口。ふぅ、と一息吐いたところで楯無が話出す。
「一夏くん、襲撃されたばっかりなのに油断しちゃダメよ?ちゃんと扉の前に誰がいるかくらいは確認しなきゃ」
「ここIS学園ですよね?」
「それでも、よ。こう言うのは日頃の積み重ねよ」
ああ、先ほどの油断の二文字はそう言うことか、と納得する一夏。やり方はどうあれ、楯無も楯無で様子を見に来たのだろうと当たりをつける。
「それよりもナナは?いつも一緒ですよね?」
「別にいつも一緒ってわけじゃないのよ?一緒の事が多いけど」
「いや、ナナがいないなら、この状況凄く拙いんですけど………」
男子の部屋に、他人の彼女が1人で出入り。字面だけでも最悪だ。何を勘繰られようと言い訳できる気がしない。それがもしナナの耳に入ったとなれば、余計にこの状況は気まずいのだ。
そんな一夏の不安を他所に、楯無はカラカラと笑うばかり。
「あっはは!大丈夫よ、ナナくんには事前に説明してるから。今回の頼み事は、一夏くんにしか頼めないからね」
「頼み事?」
「そう。お姉さんからの、大事な依頼よ」
いつになく真剣な楯無の表情に、ごくりと固唾を飲む。あの楯無からの頼み事なのだ。何か重要な案件なのかもしれないと一夏の肩に力が入る。
そうして張り詰めた空気の中、いきなり両手を合わせたかと思うと拝まれた。
「妹を、お願いします‼︎」
「………はい?」
何が何だか分からず、そう口にするしかなかった一夏であった。