IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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25話

 

 

 それから1週間。

 タッグマッチトーナメントもいよいよ明日に迫った夜。黛たちの協力もあり、簪の専用機もようやく完成。連携練習は作戦立てしか出来ておらず試運転もまだが、まずは無事参加できることに喜ぶべきだろう。

 

 それもこれも黛たちの協力、そして機体データを提供してくれた協力者の存在。そのふたつが揃わなければここまで来れなかっただろう。

 ふぅ、とため息を溢して一夏はテーブルを挟む協力者に目をやる。

 

 

「うぅ………」

 

 

 そこにいるのは更識楯無。テーブルに突っ伏して呻き声を上げる姿は、悲惨の一言である。いつものことながら一夏の自室に侵入したかと思いきや、ずっとこの調子なのだ。感謝を告げようにも、言葉が詰まってしまう。

 

 

「えーっと、楯無さん?どうかしたんですか?」

 

「………ナナくんが、足りない………っ‼︎」

 

 

 ああ、そのことか、と一夏は当たりをつける。この1週間、箒とペアを組んだナナはそちらに付きっきりなのである。仲を深めるために、1日の行動ルーティンを共有し、箒と共に朝の鍛錬から夕食までを共にしているのだ。

 

 そのおかげと言うべきか、楯無と過ごす時間は目に見えて減った。一応、特訓をつけてもらったり、どうしても外せない生徒会の仕事などは行なっているが、それでもゆっくり過ごせるのは精々自室だけだろう。

 一夏としてはそれで充分だろう、と思っているが目の前の楯無はそうもいかないらしい。学内で破局の噂が流れているので、それも後押ししているのもあるかもしれないが。

 

 

「あー、ナナはまだ戻ってないんですか?」

 

「明日が本番だからって言って、まだ特訓するみたいよ………」

 

「そう、ですか………」

 

 

 頼むナナ、早く帰ってきてくれ。

 心の中でそう念じるが、頭の中のナナは笑って親指を立てるだけ。どうやらもう暫く彼女の相手をしないといけないらしい。

 

 

「わかってるのよ、タッグマッチの為だって。それでも………それでも‼︎もう‼︎ナナくんも、こーんな可愛い彼女をほったらかしにして‼︎」

 

「わ、わかってます‼︎わかってますから、落ち着いて‼︎」

 

 

 塞ぎ込んでいたかと思えば、今度は机を叩き出す始末。

 そう言えば簪も、胸の内に秘めた情熱は中々のもの。流石は姉妹と言うべきか、意外な共通点である。こんな場面でそれを披露しないで欲しいとは切に願うが。

 

 さて、どう慰めるべきか。それを一夏は考える。下手に共感を示そうものなら間違いなく、その怒りの矛先はこちらへ向かってくるはずだ。鈍い一夏でもそのくらいはわかるし、なんならこの学園生活で恋路に関しては鍛えられた。最も一夏本人に向けられた恋心には未だ気づいていないのだが。

 

 故に、一夏は犠牲を作る。それについては申し訳ないと思いつつ、お前のせいだからなと心の中で弁明するのも忘れない。

 

 

「ほら、ナナも楯無さんの事気にしてましたし、本人なりの覚悟じゃないんですか?優勝するまで我慢する、みたいな」

 

「…………本当?」

 

 

 効果は的面。あれほど荒ぶっていた楯無の拳が止まると、恐る恐るとばかりに顔を上げた。

 いつもの飄々とした顔はどこへやら、弱々しいその表情に少しばかりドキリと一夏の心臓が跳ねる。いやいや、相手は友人の彼女だと言い聞かせ気持ちを切り替えると朗々と一夏は語り出す。

 

 

「ほ、本当ですよ。ナナの奴、情けない姿は見せたくないって言ってましたし」

 

 

 嘘ではあるが、的は得ているだろうと一夏は思う。何せ対人関係では不器用な面もあるナナだ。持ち前の負けず嫌いも合わさっての結果なのだろうと。

 普段であれば一夏の白々しい嘘など、楯無は見抜いている。しかし、メンタルというのは大変重要なもので、寂しい思いをしている心にその言葉は暖かく沁みた。

 

 

「もう、ナナくんったら‼︎」

 

 

 出来うる限り怒気を強めてはいるが、いかんせん顔がニヤけている。自身のために努力してくれていることがそんなに嬉しいのか、と少し悩んでしまう一夏だったが、いつか箒がお弁当を作ってくれた事を思い出す。

 確かに、あの時は弁当の美味しそうな見た目に心惹かれていたが、自身のために作ってくれたと思うと喜びと気恥ずかしさが胸から溢れる。

 

 自身でも頬が赤くなっていることは自覚できる程の熱。マズイ、揶揄われると楯無に視線を戻すがどうやらそれどころではない様子。両手で頬を包んで頭を振るのに忙しそうだ。

 

 

「隠れて努力するなんて、全くいじらしいんだから。彼女として、信じて待つしかないわよね。ねぇ、一夏くん?」

 

「あ、はい」

 

「それでね、この間なんてーーー」

 

 

 一夏は直感する。これは長くなるやつだと。朗々と、延々と、惚気られるやつだと。

 機体データの提供の話はどこへやら。結局、一夏の予想通り始まった惚気話。そのおかげで普段見れないナナの一面を知る事はできるのだが、それはそれ、これはこれである。コーヒーを飲みたい気分に襲われながら、楯無の気が済むまでそれは続けられるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「………」

 

 

 簪は寮の調理室を借りていた。

 赤々とした熱を放つガスオーブン。その前でちょこんと椅子に座った簪は、今か今かと出来上がりを待っていた。

 

 

(織斑くん………た、食べてくれるかな…………)

 

 

 作っているのは抹茶のカップケーキ。簪の数少ない得意料理である。

 ちらり、と壁の時計を確認する。時刻は既に夜の十時を過ぎており、良い子はもう寝る時間。

 もしすれば一夏は眠っているかもしれない。そう思うと途端に気持ちが萎んで、簪は早くカップケーキが焼き上がればいいのにとオーブンを見つめた。

 

 

「あっ………」

 

 

 ガスオーブンから出来上がりを知らせる音が鳴り、簪は表情を明るくすると両手にしっかりミトンを嵌めて、オーブンからカップケーキを取り出す。砂糖が焼ける甘い匂い。それに、抹茶の芳醇な香りが広がる。個人的に納得のいく仕上がり。用意していた袋にひとつひとつ、丁寧にカップケーキを入れてリボンで縛れる。

 

 

(あ、あとは………織斑くんに食べて貰えば………)

 

 

 嬉しい。そして、喜んでくれたなら、簪の心はその時こそ弾けてしまうだろう。カップケーキを三つ、両手で抱いて簪は調理室を出る。

 

 

「えへへ………」

 

 

 廊下を早足で歩く簪の顔には、自然と笑みが溢れていた。

 好きな人への贈り物。それが少し恥ずかしい反面、誇らしくもある。

 

 

(会いたい………)

 

 

 胸中を占めるのはその思い。その気持ちが拍車をかけ、次第にその足が速くなる。次の角を曲がれば、一夏の部屋の通りだ。

 

 

「すぅ………はぁ…………」

 

 

 曲がり角の手前でいったん止まり、呼吸を落ち着ける。ここからは歩いて行こうと決めたのは、一重に格好悪いところは見せたくないからである。そうして角を曲がった瞬間である。一夏の部屋の扉が開いたのは。

 

 

「ん〜!語った語った!」

 

 

 反射的に身を隠した簪は、己の耳を疑う。だが、その声を簪が聞き間違えるはずがない。他ならない、楯無の声だけは。

 なぜ?どうして?その疑問が頭に浮かび、壁に隠れながらドア付近の様子を伺う。

 

 

「そう、ですか………」

 

「なによぅ、元気ないわね男の子」

 

「そりゃ、何時間も惚気を聞かされたらこうなりますよ」

 

 

 仲が良さげな2人。その光景にズキン、と心に杭がささったかの様に痛む。無意識のうちに、手の中のカップケーキを簪は握りしめていた。

 

 

「あ、そうだ。簪ちゃんの機体、なんとかなった?」

 

 ーーーえっ?

 

「ついでですか………ええ、まあ、なんとか」

 

 ーーーどういう、こと………?

 

 

 2人の会話に聞き耳を立てながら、心のどこかで警鐘が鳴り響いていた。聞いてはいけない。耳を塞げ、と。

 

 

「私の機体データ、役に立ったでしょう?」

 

 

 思わず声が出そうになってしまった簪は、慌てて口を塞ぐと壁に背中を押しつける。一夏の持ってきた実稼働データサンプル。白式だと思われていたそれが、まさか楯無の物だったなんて。

 

 別に誰にも悪意はないのだろう。だけれど、簪にだってプライドはある。

 打鉄をベースとした専用機、打鉄弐式を組めばやっと姉に追いつけると思っていたのに。それが姉がお膳立てした道を進んでいただけだと知った簪の心境は計り知れない。

 

 

『簪』

 

 

 心の中に現れた楯無の幻影が耳元で囁く。耳を塞いでも、瞳を閉じても、消えてくれないその声。

 

 

『あなたは何もしなくていいの。私が全部してあげるから』

 

 

 甘くて蕩けるような、猛毒の言葉。それは簪の心の奥からじわりと広がり、やがて絶望という闇に満たされる。

 

 

「いや………いやぁ………」

 

『だから、あなたはーーー』

 

 

 無能なままで、いなさいな。

 

 

「っーーーーーー‼︎」

 

 

 心が、体が、耐えきれなかった。

 簪は走り出した。道中、誰かとぶつかったがそんな事さえ気にならず、とにかく無我夢中で自分の部屋へと。

 

 

「っ…………、はっ………、は…………… 、あっ…………」

 

 

 自室に辿り着いた簪が肩で息をしていると、その頬を一筋伝い落ちるものがあった。澄んだ色の涙が、一滴床に落ちる。

 

 

「う………」

 

 

 ごしごしと目を擦り、涙を追放する。けれどもすぐに次の涙が溢れてきて、簪はたまらず布団の中に逃げ込んだ。

 

 

(私………、わたっ、しっ………、私っだって………)

 

 

『無能なままでいなさいな』

 

 

 残酷な幻の声が胸を突き刺す。そして、堰を切ったように涙が溢れ出した。

 

 

「うっ、うえっ………うええ…………」

 

 

 嗚咽に、涙に、心が震える。

 

 

「うわああああ………うわあああん………」

 

 

 死んでしまいたくなるくらいに惨めな気持ちで、簪はひとりぼっちのままずっと泣き続けた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 それじゃあね、と楯無と別れを告げた一夏はほっとため息を。実稼働データの件は、一夏にとっても苦渋の決断。自身のものを使えばよかったのかもしれないが、楯無のデータと比べれば雲泥の差。稼働時間が長い分、そのデータも豊富。打鉄弐式に使うとなれば、楯無のデータが最適だったのだ。

 

 無論、馬鹿正直に楯無のデータだと言えばペアの解消だってあり得るだろう。だからこそ、名前は伏せた。

 簪が楯無に追いつきたい気持ちは一夏だって知っている。故に、後ろめたい。完成に喜ぶ簪の顔を真っ直ぐ見れなかったのは、きっとそのせいだろう。

 

 1人で自己嫌悪に走っていると、扉からのノック音。はて、楯無が忘れ物でもしたのだろうかと扉を開ける。

 

 

「はーい………ってナナか」

 

「随分な反応だネ」

 

 

 扉の前に立つナナはどこか呆れた様に深いため息を溢す。

 今の今まで特訓していたのだろう、どこか疲労の見えるナナが持つのはカップケーキ。可愛らしいリボンでラッピングされたそれは、握りつぶされた様で形が歪である。

 

 

「どうしたんだ、それ?」

 

「ドーしたもコーしたも………はぁ」

 

 

 再び深いため息を溢すとカップケーキが一夏へと差し出される。

 

 

「present for youネ」

 

「ナナから………ってわけじゃないよな?」

 

「まさか。君のpartnerからヨ」

 

 

 パートナーと言われて脳裏に浮かぶのは簪。だが、ナナに預けたとは考え辛い。ではなぜ、と思考を巡らせた所で嫌な予想が浮かぶ。

 嘘であってくれ、そんな期待を込めた視線を、ナナは首を横に振って否定した。

 

 

「ドーやら、バレたみたいネ。さっき廊下でぶつかったよ」

 

 

 反射的に、一夏はナナを押し退けて簪の元へと向かおうとする。だが、ナナはそれを許さない。走り出そうとした一夏の腕を掴むと、その進行を妨害する。

 

 

「ッ‼︎離せよ‼︎」

 

「Nonネ。行った所で、君にできることはnothingヨ」

 

 

 罪悪感に負けて自白したわけじゃないみたいだネ、と付け加えてナナは嘆息を。大方、廊下での会話を盗み聞きされたのだろう。気の緩みが招いた結果であり、当事者でも無いナナが責める訳にもいかないのだが。それでも、順調に進んでいただけあって、この失敗はかなり痛い。

 

 

「ちゃんと訳を話せば‼︎」

 

「それもNonだヨ。少なくとも、今はそっとしておいた方が無難ヨ」

 

「それでも‼︎ちゃんと、謝らないと………」

 

 

 尻すぼみになる一夏の言葉。謝罪、だなんてどの口で言うのかと自己嫌悪をひとつ。理由はどうあれ、騙していた事に変わりはないのだ。彼女のプライドを足蹴にし、こちらの方が有用だからと利用した事に言い訳はできない。

 

 謝ったところで、許されるとは到底思えないのだ。それが理解できているからこそ、一夏は奥歯を噛んで拳を握るしかない。謝罪を優先する気持ちと、それを受け入れて貰えないと理解する理性。そのふたつが脳内でせめぎ合い、そして次第に一夏の肩から力が抜ける。

 

 

「…………納得してもらえて何よりヨ」

 

 

 掴んだ腕を離しても、一夏は進もうとしない。どころか、膝を抱えて廊下でうずくまる始末。

 頭の中にあるのはこれからの事。どうすれば許されるか。どうすればまた顔を合わせられるか。考えて、思考して、熟考してーーーそうして深いため息を溢す。

 

 

「はぁぁ………なぁ、ナナ。どうすればいいと思う?」

 

「ドーもコーも、殴られるだけ温情だろうネ」

 

 

 少なくとも、ナナが同じ立場であれば相手を殺害している。相手の深いところに土足で踏み入り、汚したのだ。それくらいは当然だろうと思っている。

 流石に殺す様な選択肢を取るとは思えないが、伝え聞く性格を考慮すれば一夏の謝罪は受け取らず、徹底的に無視するだろう。関係の修復は不可能だ。

 

 だよなぁ、と頭を乱暴に掻きむしって一夏は絶望する。せめて室内で会話しておけばと後悔しても後の祭り。そうして一頻り絶望すると、今度は頬を叩いて気合いを入れる。ここでウジウジしていても何も変わらないのだ。伝わらないかもしれないが、誠心誠意謝るしか手は残っていない。

 

 

「よし‼︎ナナ、ありがとな」

 

「Why?」

 

「だって、俺たちの事心配してくれたんだろ?」

 

 

 ナナが黙ったままであれば、明日は何もわからず後手に回っていただろう。こうして気持ちを入れる事ができたのはナナのお陰だ、と感謝を述べれば図星だったのか、頬を赤くしてそっぽを向くナナ。

 

 

「………別に、君の為じゃないヨ」

 

 

 苦し紛れの言葉も、どこか微笑ましい。確かに大部分は楯無の為だろうが、決して一夏たちを思いやる気持ちがなかったわけではないのだから。

 生暖かい視線に耐えきれなくなったナナは「Catch you tomorrow(また明日)ネ」と捨て台詞を残してその場を去る。

 

 その背中を見送った一夏は、必ず成功させると決意をひとつ宿し部屋へと戻った。

 

 

「ねぇ、今の見た?」

 

「見た見た。オーウェンくん、顔が赤くなってた‼︎」

 

「いちなな………それも良い‼︎」

 

 

 廊下の角で一部始終を覗いていた女子たちがいた事は露知らず。それも厄介な事に、男子同士の絡み合いを熱望する層であった。後日、情報が共有され一部層から歓声が上がった事は言うまでもない。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 タッグマッチ当日。

 対戦表も発表され、各ペアが指定のピット内で出番を今か今かと待ち侘びている中、箒は目の前の光景に困惑する。

 

 何せ、箒のペアであるナナ。その背中に顔を埋める様にして抱きつく楯無の姿があるのだから。着替えも終わり合流してからずっとこの調子である。ナナもナナで慣れたのか、それとも気にしない方向なのか動じておらず、視線操作でISの最終調整を行っていた。

 

 第一ブロック、第一試合に選出された箒たち。相手は一夏、簪ペアということもあり燃えていたやる気も冷や水を浴びせられた様に沈む。

 

 

「あー………オーウェン。楯無さんはどうかしたのか?」

 

「ン?ちょっと、ネ」

 

 

 何ともない、と言わんばかりにそう答えたナナ。事は昨夜、簪に事がバレたと報告してからだ。どうしよう、どうしたらいい、と盛大に混乱した楯無。順調に進んでいた分、自身のやらかしにかなりのダメージが入った結果、こうして不安な心を温めようとナナに甘える事となったのだ。

 

 タッグマッチの開会宣言などは堂々としていたが、人目が少なくなるとこれである。この程度の事は慣れており、箒の前でこの様な姿を晒すのは相当ショックだなと考える余裕まである始末。楯無の英才教育は順調に身を結びつつあるらしい。

 

 詳しく聞きたい所ではあるが、万が一2人の仲に深く踏み入る話となると尻込みしてしまう箒。そも、楯無にはタッグ練習に付き合ってもらった恩があり、強くは出れない。だが、あと10分もすれば試合は始まる。

 そろそろ作戦の再確認を行いたいのだが、楯無がいるとなると流石にと困った様に眉尻を下げる箒。それに気づいたナナが腹に回された手をぽんぽんと叩く。

 

 

「hey、楯無。そろそろ試合ネ」

 

「………もうちょっと、後5分……」

 

「後で続きしてあげるカラ」

 

 

 苦笑いを添えてそう言えば、少しの葛藤の後楯無は離れる。壇上に上がった時とは違う、不安を押し殺した様な表情に思わず誰だ、と箒が内心で突っ込んだ。

 もじもじと、手慰みに両指をくっつけて遊ぶ姿に生徒会長としての威厳はなく、どこにでもいる10代乙女そのもの。意外な一面を見たと戦慄する箒を他所に、ナナはその手首を優しく掴むと安心させるように微笑む。

 

 

「大丈夫ヨ。簪の件は、なンとかするカラ」

 

「………本当?」

 

「yeah。必勝の策があるからネ」

 

 

 巻き返しの効かない、かなり絶望的な簪の一件。一夏や楯無、その関係者がいくら言葉を尽くそうとも修復は不可能だろう。故に、ナナは考えた。己が悪役になるのだと。

 

 この試合で簪を煽り、追い込み、心を折る一歩手前で一夏に救わせる。楯無たちに一度一蹴された案であるが、ナナの頭ではこれ以上の策は思い浮かばない。アドリブで行う事で一夏も目の色を変えて庇ってくれるだろう。

 口に出せば反対されると分かっているので、楯無たちにも伝えない。散々汚れた身なのだ、今更多少汚れを被る程度わけない。将来の義妹に蛇蝎の如く嫌われる覚悟は既に決めている。

 

 

「………信じてるから」

 

I got this(任せて)

 

 

 最後に楯無を抱きしめ、暫しの別れを。一部始終を見ていた箒は後にこう語る。「私は何を見せられていたのだ」と。

 将来的には一夏とそう言う関係になりたいとは思っている。しかし、ナナと楯無のやり取りは箒にとって次元が違う。理解が及ばないのだ。

 

 

「篠ノ之?Are you ok?」

 

「あ、あぁ………」

 

 

 くるりと振り返ったナナに羞恥心は見られない。それが余計に箒を混乱させる。何度も振り返る楯無が視界の隅に入るのだから、尚更。

 とにかく、まずは試合に勝利する事だ、と意識を切り替える為に深呼吸を。取材のお礼に、と薫子の姉からもらったホテルのディナー件。タッグマッチが終わった後、そこで一夏とディナーをする約束を取り付けているのだ。

 

 優勝して箔を付け、告白するのだと闘志を燃やす箒。ナナはそれを尻目に、ピットの奥、ゲートを挟んで試合会場であるアリーナへと視線を向ける。必ず成功させるのだ、と意気込んだその刹那の出来事である。

 

 

「は?

 

 

 突如としてピット内に響く轟音。それが何によるものか理解するよりも早く、ナナの視界が横にブレた。

 操縦者の危機的状況によりISが自動展開。それによって外傷はないが、突然の事で混乱する。ピットの壁に叩きつけられた、と理解したのはその後だ。

 

 

「オーウェン⁉︎」

 

「ナナくん⁉︎」

 

 

 壁にぶつけられた衝撃で一瞬呼吸が止まり、動こうにも侵襲した何かに腹を掴まれてその動きを封じられる。混乱する思考の中、その襲撃者をナナは確認した。

 

 搭乗者が本来いる位置に座する女性的なシルエットの黒いマネキン。視野を広く取る為のバイザー型ライン・アイに、羊の巻き角のようなハイパーセンサー。右腕は肘から先が巨大ブレードとなっており、反対に左腕は巨大な腕。ナナはその左腕に、壁に押し付けるようにして拘束されているのだ。

 

 実物を見た事はない。しかし、話には聞いている。かつてIS学園に侵入した、無人機の存在を。目の前のそれは、間違いなく無人ISである。

 判断は一瞬。スヴェントヴィトを展開して頭を吹き飛ばそうとカノン砲へと変形。だが、それよりも早く無人機の左腕、その掌から光が放たれた。

 

 光の正体は超高密度圧縮熱線。ひとつでも脅威となるそれが4門、同時に火を吹いたのだ。

 

 轟音と高熱、そして爆煙。一瞬にしてピット内を支配したそれら。瞬時にISを展開してナナを助け出そうとした楯無だったが、煙を切り裂いて写る光景に絶句する。

 

 ISの絶対防御を持ってしても防ぎきれなかったのだろう。腹を中心としてナナの身体は焼かれ、ISは強制解除されていた。起き上がる気配はなく、ただ力無く衝撃により凹んだ壁を背に項垂れる姿に、生気は感じられない。

 

 

「ッ‼︎ぁあああぁああ‼︎」

 

 

 激昂、激情。頭の中で怒りが充満し、その衝動のまま蛇腹剣を振おうとする。だが、それよりも早く横合いから箒が楯無へと体当たりをかます。

 

 

「楯無さん‼︎」

 

 

 箒が楯無を追いやると同時に、その背後から現れたもう一体の無人機のブレードが空間を薙ぐ。もつれ合う様にして転がる2人。その動きが止まったかと思えば、すぐさま楯無は無人機に突撃しようとするが、それを箒が羽交締めにして止めた。

 

 

「落ち着いてください、楯無さん‼︎」

 

「離して‼︎ナナくんがッ………ナナくんがっ‼︎」

 

 

 今こうしている間にも、身動ぎひとつしないナナ。ISのハイパーセンサーで微かに呼吸している事は確認できるが、それもいつまで持つか。早く救出したい気持ちと、そんな目に合わせた目の前の無人機への怒り。そのふたつが今の楯無の中にあるものだ。

 

 箒もその気持ちは痛い程わかる。あれがもし一夏であれば、この構図は逆転していただろう。だが、敗れかぶれの特攻で勝てる相手だとは思えない。ただでさえ厄介な無人機が2体もいるのだ。ここで楯無まで失うわけにはいかない。

 

 そして、その様な隙を許すような感情を無人機は持ち合わせておらず。搭載されたAIによる最適解。遠距離による熱線の飽和攻撃により楯無の拘束は解かれ、迷う事なく熱線の雨へと飛び込んだ。

 

 

「ああ、くそっ‼︎」

 

 

 見殺しにすることは出来ず、腹を決めた箒も参戦を。熱線を潜り抜けた楯無が一体を引き受け、残る一体を相手にする事に。両手に刀を2本呼び出し、弱気な自分を打ち消さんとばかりに箒は声をあげるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 静かだ、と白く霞む世界の中ナナは思う。

 目に映るものは白以外何もなく、耳に残るのは静寂の音。自身の身に起こった事を考えればあり得ない事だ。

 

 無人機によって攻撃されたことを、ナナは覚えている。ISの絶対防御など鼻で笑うように、この身を焼かれたのだ。あの熱を、痛みを、呆気なくやられた悔しさを、無人機に億倍にして返すのだと意気込んでも、身体は動かない。

 

 痛みはないと言うのに呼吸するだけでも一苦労で、酸素が中々肺に吸収されない。時間を追うごとに鈍化する思考の隅で漸く理解する。自身が死にかけているのだと。

 

 なんとも無様なものだ、と皮肉をひとつ。あれだけコーチングしてもらっておいてこの様だ。どうやら自身にISを扱う才能というのはとことんないらしい。失笑を溢そうとしたが、どうやらダメージは相当深いらしく、腹筋どころか表情筋さえ動く気配はない。

 

 生命の危機だというのに死に抗おうとしないのは、殺し屋経験故に。

 人は呆気なく死ぬものだと理解しているからこそ、抵抗はしない。遂に自分の番が来たのだと覚悟を決めているのだ。

 

 

(そう、決めていた筈………なンだけどなァ………)

 

 

 いくら決めようとも、いつだって揺らぐのが覚悟というもの。ナナも例外に漏れず、その覚悟が揺らいでいた。このまま死ねば、後悔しか残らない。

 

 楯無を迎えに行く約束は果たせず、一夏の行く末も見れていない。生徒会に残した仕事も多々あるし、やりたい事は沢山あるのだ。

 

 また海に行って遊びたい。いや、今度は山なんてどうだろうか。森林浴、なんて柄ではないがログハウスでのんびりと過ごすのも悪くないだろう。

 一夏を誘えばきっと、色々な面子が来るだろう。それを喧しいと思う反面、どこか安心してしまうのはこの生活に毒されたからか。一夏を巡って行われるであろう争奪戦、それを眺めながらピザでも焼こう。そして、その傍に楯無がいれば最早何も言う事はない。なんとも素敵で、死にゆく身が思い浮かべるにはなんとも残酷な光景だろう。

 

 まだ生きていたい、と思う。

 

 まだ死なない、と思う。

 

 こんな所で、寝ているわけにはいかないのだ。

 

 

(ふざ、けンなよ………)

 

 

 まだ理想に届いていない。

 

 まだ夢を叶えていない。

 

 まだ楯無に愛を伝えきれていない。

 

 殺し屋風情がなんとも無相応なものを抱えているのだと、指を刺されて笑われても仕方がない。だが、これがナナの本心。これが今の原動力。

 動かない身が戦闘に参戦できるとは、露ほども思わない。だが、サポートくらいはできるはずだ。

 

 

(手ェ貸せよ、くそったれ………テメェも、このまンまくたばる気か………?)

 

 

 そう問いかけるのは自身の専用機。自身を制御する為の爆弾であり、同時に最も頼りになる相棒。ISに感情や思考などないと、ナナはそう思っている。だが、この時ばかりは藁にも縋る思いで語りかける。

 

 

(力を、寄越せ……………オレのプライドの為に、あの無人機をスクラップにする為に、何より………アイツ等の為に‼︎)

 

 

 白く霞む視界が徐々に、だが確実に黒ずんで行く。呼吸は段々と浅くなり、巡らない血によって思考は鈍化。弱くなる心音に身も凍える寒気、強烈な睡魔。それに襲われながらも、ナナは切に願う。

 どうか、どうか生かしてくれと。どうかオレに力を寄越せと。

 

 そうしてナナの視界は完全にブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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