IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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R.8 1/17 加筆修正



29話

 

 

「「「で、電脳ダイブぅ⁉︎」」」

 

 

 IS学園地下特別区画、オペレーションルーム。

 本来なら生徒の誰一人として例外なく知ることのない場所に、現在学園にいる専用機持ち達の声が響く。

 

 このオペレーションルームは完全独立した電源で動いているらしく、ディスプレイはちゃんと情報を表示している。ただし、空間投影型でなく旧式のディスプレイだったが。

 

 その空間の存在だけでも驚きだと言うのに、ハッキングされたIS学園のシステムを取り戻す為の作戦に2度驚かされる。ISの操縦者保護神経バイパスから電脳世界へと仮想可視化しての進入は確かに理論上可能であるが、メリットが少ない。

 

 どんなコンピューターであろうと電脳ダイブを行うよりもソフトかハード、あるいはその両方をいじった方が早いのだから。

 何より現在は学園がハッキングされシステムを乗っ取られた状態。電脳ダイブによって無防備となった操縦者を一箇所に集めるのは危険と言えよう。

 

 それらの意見が当然専用機持ちから上がるが、千冬はそれをばっさりと両断。電脳ダイブでほシステム侵入者排除を絶対としたのだ。

 

 

「それでは電脳ダイブを始める為、各人はアクセスルームへ移動!作戦を開始する!」

 

 

 メンバーは箒、セシリア、鈴、ラウラ、シャルロットの5人。そしてそのサポートとして簪が選ばれた。オペレーションルームから出た6人を見送り、千冬は残った2人を見据える。

 

 

「さて、お前達には別の任務を与える」

 

「なんなりと」

 

 

 いつものおちゃらけはゼロで、楯無は静かに頷く。

 

 

「おそらく、このシステムダウンとは別の勢力が学園にやってくるだろう」

 

「まァ、狙わねェ理由はねェわな」

 

 

 この混乱に乗じて、と言うのは殺し屋時代に何度もやってきたナナ。防御システムすら機能しない現状ならばISの強奪は勿論、情報だって抜き放題。それが国なのか個人なのかはわからないが、介入してくるのは間違いない。

 

 

「今のあいつらは戦えない。悪いが、頼らせてもらう」

 

「任されましょう」

 

「All right」

 

 

 正直、千冬としては守るべき生徒を前線に立たせる事はしたくない。だが、今はそんな事を言ってられないのだ。それこそ、ナナの手も借りたいくらいに状況は逼迫している。

 

 

「オーウェン、わかってるとは思うが………」

 

「下手な真似なンざしねェよ」

 

 

 オレだって死にたかねェ、と言うと踵を返してオペレーションルームを楯無と共に後にするナナ。その後ろ姿を見ながら、千冬は後悔と悔しさから拳を握るのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 轟音と共に崩れる防壁。土煙舞う中ひょっこりと顔を出したのはナナだ。非常灯のみが唯一の光源である廊下には、人影ひとつ見えない。どうやら敵はまだいないようだ、と判断したナナは隠れる事なく廊下のど真ん中にて陣取る。

 

 

「ったく………どこの馬鹿がンなマネしたンだか」

 

 

 愚痴をひとつ溢して、見据えるのは廊下の奥。IS学園の情報を抜き取ろうとするのならば、コントロールルームへと続く廊下に現れるだろうと仮説を立てたナナは、未だ姿を見せない侵入者に対する苛立ちを隠せない。

 

 いや、何も苛立ちの原因はそれだけではない。つい先ほどの楯無の会話が尾を引いているのだ。

 

 

「いいかしら、ナナくん。口を酸っぱくさせて何度も言わせて貰うけど、殺しは絶対にダメよ?拘束が絶対、不必要な怪我も負わさないように」

 

 

 別ルートの防衛に回った楯無との道中、繰り返されたこの言葉。ナナとしても意味はわかっている。

 

 これまで散々目を瞑ってもらっていたが、流石に殺しに手を出すと楯無や千冬でもカバーできない。世界最強の兵器を持っているのだから、生身の敵の無力化などできて当然。今まで培ってきたものは全てパァとなり、最悪本国へ強制送還、今後は素敵なモルモット人生が待ち受けている事となるだろう。

 

 それはナナとしてもごめん被りたい。だが、どうしても頭の中をよぎってしまうのだ。永遠の沈黙を選んだ方が遥かに手間がかからない、と。

 殺人は癖になる、とはよく言ったもので、選択肢の中に平然と入っているのだ。至言だねェ、と皮肉をひとつ胸の内で溢す。

 

 手に持つ折りたたみ式の特殊警棒。一応の予備武器として渡されたソレを、手の中で弄ぶ。おもちゃ同然の武器に、慣れていない故に加減の難しいIS。

 

 

特殊警棒(こいつ)不殺(ノン・アサルト)なんて、冗談だろ………アンタの台本には、フォーク一本で軍隊を黙らせろってあるのか、神様よォ」

 

 

 思わずそんな事を口にしてしまうくらいには、面倒な任務である。

 

 

『もしもーし、ナナくん。聞こえるかしら?』

 

「聞こえてる。なンかあったか?」

 

 

 不意に聞こえた、楯無の声。緊張感もない、いつもと変わらないそれが個人通信によるものだとわかると、ナナは視線を通路の奥から逸らす事なく応える。

 

 

『敵の正体がわかったわよ。最新型の光学迷彩スーツを着た特殊部隊が2組。それぞれ6人いるみたい。ルートはどんぴしゃね』

 

 

 それは朗報だと、感心をひとつ。敵の数が判明したのは確かにありがたい。だが、それを確かめた方法はきっと禄でもないのだろう、とナナは当たりをつける。無断設置した個人監視カメラの線が濃厚である。

 

 

『ISのセンサーなら誤魔化せないけど、肉眼じゃ難しいわよ。気をつけなさいな』

 

「わーってるよ。にしても、どこのどいつだ?少なくとも、システムダウンさせた奴じゃねェだろ」

 

 

 侵入者とシステムダウンを起こした犯人は別々だと、ナナと楯無は予想している。もし同一組織の者ならばシステムダウン後すぐに突入した方が効率がいい。混乱と困惑している最中で制圧した方が遥かに容易いのだから。

 

 

『それはわからないけど、これだけ行動が早いって事は常時監視されていたってことでしょうね』

 

「………そいつら永遠に退場させる理由が増えたな」

 

 

 自分自身ならまだしも、楯無もを盗み見していたとなれば話は別。紛れもない独占欲から来る私怨であるが、躊躇いはなかった。

 

 

『ナ〜ナ〜く〜ん〜?』

 

「…………わーってるよ。ちょっとした冗談だ」

 

『ならいいんですけど』

 

 

 楯無としても正直、四六時中監視させられていたと判明した時はいい心地はしなかった。だが、ナナが暴走するのならそれとこれとは別。更識として気持ちを抑え、首謀者には政治的手段を持って報復するつもりである。

 

 

『………来たわね』

 

「こっちもだ」

 

 

 和気藹々とした雰囲気から一転、張り詰めた糸のように気を引き締める2人。廊下の奥から微かに聞こえる足音に反応したのだ。

 

 

『油断、しないでね』

 

「テメェこそ」

 

 

 そんな冗談めかした軽口を互いに溢して通話を切る。同時に空気が抜ける様な音がして、反射的にナナは両腕部にISを展開。装甲に弾かれた銃弾が甲高い音を立てる。

 聴き慣れた音から相手はサイレンサー付きの銃を所持していると判明。少数である事と最新の光学迷彩から国が抱えた精鋭の部隊だろうと当たりをつけた。

 

 

「コイツ、ISを………⁉︎」

 

「落ち着け。件の男性操縦者だ」

 

「知られていて光栄なこった」

 

 

 ヒソヒソと、小声のつもりかもしれないがISはその音さえ拾う。展開したISを収納すると、ナナはISの補助機能さえ断ってしまった。目を閉じて呼吸をひとつ、そうして再び目をゆっくりと開ければ殺し屋時代の感覚へと。

 

 ISでは手加減出来ずに殺してしまう恐れがあるからこそ、獲物は特殊警棒のみ。センサー類さえ切ってしまった視界に敵は映らないが、気配や息づかいで特定できる。後は殺しのスイッチが入らない様、理性で抑えるだけだ。

 

 

welcome to IS school(ようこそ、IS学園へ)。ただし、テメェらが迷い込んだのは蛇の口の中だ」

 

 

 それは一瞬の出来事。言葉を切ると同時に侵入者達へと急接近するナナ。余裕のあったはずの距離は瞬きの内にゼロとなり、呆気に取られる一番先頭にいた隊員の顔面に遠慮なく特殊警棒が振るわれる。

 

 チタン合金性の警棒が曲がる程の威力のそれは隊員の意識を確実に刈り取り、失神させた。

 

 

「このっ‼︎」

 

「待てっ‼︎」

 

 

 所詮はおもちゃ、と折れたそれを一瞥する事なく投げ捨てたナナは次に失神した隊員を盾にする。発砲しようとした1人は仲間を撃つことに躊躇、そしてその隙に気絶した隊員から奪った銃でその手元を撃ち抜いた。

 

 

「ぐあっ‼︎」

 

 

 溢れた血が宙を舞い、隣にいた隊員の服に付着。その動きからナイフを取り出した事を確認。盾にしていた隊員をそちらに押し除けると、背後からナナを捉えようとした1人を優先する。

 対処は簡単で、容赦なく最速で股座を蹴り上げるだけ。声からして隊員が男のみで構成されていることは確認済み。脚に伝わる嫌な感覚に顔を歪める事なく、下がった頭に追撃の蹴りを顳顬にお見舞いした。

 

 

「ぐっ、貴様‼︎」

 

 

 押し付けられた隊員を押し除けてナイフを掲げた1人。掲げたナイフから走る電流からプラズマナイフだと判明。腕の位置がわかれば顔の位置も予想がつく。

 怯えの感情さえないように接近するナナ。そうして相手の後頭部を両手で抑えると、跳び膝蹴りが炸裂した。その際、ナイフがナナの脚を掠めるがその表情に変化はない。

 

 淡々と、粛々と、目の前の敵を屠る事のみを考える殺し屋としての蛇。一線を踏み止ませているのは学園での思い出。

 

 

「おい、2人がかりだ‼︎」

 

「おう‼︎」

 

 

 動きの邪魔になる光学迷彩を排除。ギリースーツにも似たそれを自ら剥いで機能性を取り戻した2人がナナに銃を向ける。今度は仲間を盾にしようが躊躇わない覚悟が2人にはあった。

 

 彼らは米国特殊部隊、名も無き兵士たち(アンネイムド)。その全員が国籍も民族も宗教も名前もない。厳しい訓練を共に耐え抜いた仲間意識はあるが、それは任務遂行よりも優先順位は低い。

 

 銃を構えて発砲する間に、深く身体を沈めての蛇行。脚に怪我を負っているとは思えない速度で迫るナナに、2人は照準を合わせる。そしてトリガーに指をかけて瞬間だった。

 

 

「ッ⁉︎消えっーーー」

 

 

 目を逸らした覚えはないと言うのに、2人の前から姿を消すナナ。幽鬼のように消えたナナを探し出そうと辺りを見渡して、背後にいる事を確認。何の感情も映さない、柘榴の様な瞳が2人を見据え、反射的に銃を構える。だが、おかしな事に目の前に壁が迫っていた。

 それを床だと認識する事には受け身も取れずに倒れ、ぐるぐると天と地が次々と入れ替わる不快感と浮遊感に襲われた。

 

 

「な、んで………」

 

 

 そう呟いたのは利き手を撃たれた1人。止血の為に手首を押さえながら彼は見ていたのだ。まるで蛇のように2人の足元を抜けたナナが背後に立つと、振り返った瞬間に顎に拳を振るったのだ。それも打ち抜く形ではなく、皮一枚だけの接触。

 

 外したとも見えるそれは、顎を打ち抜くよりも脳を揺らすのだ。

 例えボクシングのプロだろうと狙っては出来ない芸当。それをさも当然とばかりにナナはやってみせた。

 

 

「ぅ、わぁあああ‼︎」

 

 

 名も無き兵士たちの一班、その中でも特に新人の部類に入る男が腰の拳銃を抜く。狙う先はナナであるが、それが通用しないことは男が1番わかっていた。

 利き手とは反対、そして他の隊員達がやられた事による混乱と恐怖。そんな状態で放たれた弾丸が当たるはずもなく、2発、3発と放った直後、男の眼前には奪われたのだろう、アサルトライフルの銃床が迫っていた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

「さて、こんなものかしら」

 

 

 特殊ファイバーロープで特殊部隊の男達を縛り上げ終えた楯無は、ふうっと一息ついた。

 

 

(国籍はアメリカに違いないわね。無人機の情報パターン31に飛びついてきてるから、確実に)

 

 

 楯無の並んだ通り、特殊部隊の今回の目標は学園に補完してある無人機のコアの奪取。未登録のコアを手に入れるのは、国からすればそれこそ涎が出るほど欲しいものだろう。新たなISを作り出すのも良し、無人機のデータを読み込めば完全自立型のISだって作成可能かもしれないのだから。

 

 しかし、解せないのは学園のシステムが停止したこと。

 あまり長時間続く様なら、各教室のシャッターを破壊して外気を取り入れなければならない。

 

 生徒会長自らが破壊行為に勤しむ、というのは外聞が悪い。だが、そうも言ってられないのも現状である。

 

 

「さて、ナナくんの方は終わったかしら?」

 

 

 エネルギー節約のため、ISを待機状態に戻す。携帯を取り出して一歩、踏み出した瞬間だった。

 

 

「え?」

 

 

 ちくり、とした痛みに目を向ければ腹部から吐き出す己の血。それを自覚した瞬間に灼熱の痛みとなり、腹部を押さえながら楯無は前のめりに転倒した。

 

 

「やっと隙を見せたな………」

 

 

 背後を睨めばそこにいたのは拘束したはずの隊員たち。そこで楯無は己の油断を自覚した。

 相手が手に持つのは銃口から煙を上げる無音銃と、プラズマカッター。ISがあるからと装備を取り上げる事を横着してしまった結果だ。

 

 

「どうしますか?」

 

「こいつはロシア代表登録の操縦者だな。日本人のくせにISを手にするために自由国籍で国籍を変えた尻軽だ」

 

「では?」

 

「止血と応急処置、モルヒネで意識を鈍化、その後操縦者ごとISを持ち帰る」

 

「了解。αチームとの連絡が取れませんが、そちらは?」

 

「放っておけ。任務が最優先だ」

 

 

 リーダーの言葉を聞いてからの男達の行動は早かった。自殺されないように素早く猿轡を楯無に噛ませたかと思うと、次の瞬間には首筋に刺される注射針。中身は間違いなくモルヒネだ。

 

 

(ナ、ナ………く…………ん…………)

 

 

 遠のく意識の中、愛しい恋人の名前を楯無は呼んでいた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ざわり、と首筋の裏を何かが撫でる。凍る様な、背筋に氷柱を差し込まれたような。その感覚は殺し屋時代、何度か経験したものだ。大抵が嫌な思い出しかないそれに、ナナは反射的に辺りを見渡す。

 耳を澄まして気配を探るが、周囲に別の人間がいる様子はない。だが、気のせいだと済ませるのは慢心だろう。

 

 

「………オイ、聞こえるか?」

 

 

 男たちを縛り上げ、衣類を含めた全てを剥ぎ取り終えたナナは携帯で楯無に連絡を。いつもなら数コールすれば聞こえる彼女の声は、機械的なコール音に阻まれる。

 

 

「チッ、まさかじゃねェよな」

 

 

 嫌な予感はこの事か、と少しの焦りを。楯無が防衛していたのはナナとは反対方向。直線で進むには生身では遅く、走ろうにも負傷した脚がそれを妨げる。

 躊躇なくISを展開すると壁を破壊して外へ。その間にもISで呼びかけるが、返答はなし。嫌な未来が脳裏を掠めた。

 

 

「クソッ‼︎」

 

 

 ISのセンサーを全開に。楯無がいるであろう場所を中心に索敵をかける。そうしてセンサーに引っかかった先を見て、ナナは言葉を失った。

 

 

「は?」

 

 

 学園の渡り廊下、黒いアサルトスーツを着た男達に運ばれている楯無。そこに意識はないのだろう、肩に担がれた状態で微動だにしない。

 

 それは半ば反射的な行動だった。先頭を進む男、その進行方向に向けてレーザーを放ったのは。

 

 

「くっ!敵を捕捉‼︎ISです‼︎」

 

「チッ、まだいたか………総員、駆け抜けろ‼︎」

 

 

 建物内に入って行動を抑制するつもりなのだろう。リーダー格の指示に従う隊員達。だが、一瞬にして距離を詰めたナナがそれを許さない。壁を破壊して前方にて逃げ道を塞ぐナナ。見つめる先は一点、楯無のみ。

 

 ISが教えてくれるバイタルデータ。腹部に巻かれた包帯から滲む赤色。そこまで見てもナナの表情には変化はない。ただ先ほどとは違い、胸中に溢れるドス黒い感情。

 殺意だとか、憎悪だとか、そんな生優しい言葉では言い表せない、漆黒の感情。泥の様にへばりつくソレは、容赦なくナナの意識を殺し屋時代へと引き戻した。

 

 手元のアサルトライフルで牽制を、楯無を担ぐ1人のみが反転して逃げ出そうするが、そんなことを許すわけがない。飛んでくる弾を躱すこともなく、装甲やシールドで防がれるのを尻目に、背中の4対のスラスターに司令を。

 音もなく指示に従うスラスターはその先端の銃口を隊員たちに向け、それぞれの動きを止めさせる。暗い銃口の奥から見える光を見て仕舞えば、それが脅しではないと理解するのは早かった。

 

 さしもの戦力差では勝機はない、と判断した面々はアサルトライフルを投げ捨て両手を上げる。逃亡を図った男も逃げ出すことは叶わないと悟ると脚を止めた。

 

 

「動くな」

 

 

 だからこそ、この行動を取ることに迷いはない。

 担いでいた楯無を降ろすとその顳顬に拳銃の銃口を当てがう。隊員達にとって、楯無の存在は本来の任務に関係がないもの。生きておいた方が都合がいい、と言うだけであって必ずしも生かしておかなければならないわけではない。

 

 流石にその状態から楯無のみを救うことは難しい。自身が脳天を撃つのが先か、相手の引き金が先かなどのギャンブルで行動するわけにはいかないのだ。

 近付いていた脚を止めたナナに、男は一息吐く。最強兵器を身に纏おうが所詮は学生、人質は効果ありと内心で計算を。

 

 

「おい、ISを解除しろ。物騒なモンもな」

 

 

 男の指示通りナナはISを解除。地面に降り立った事で、漸くその顔を正面から拝む事ができた。そこに大凡の感情と言うものはなく、温度と言うものが感じられない。

 赤い瞳は楯無のみに視線を注ぎ、時折男を覗く視線は宛ら深淵のように暗くて黒い。言葉を発さないナナだが、その視線が雄弁に物語る。お前は殺す、と。

 

 全身からのたうつ様に漏れ出す殺気。それに当てられて少しでも隙を見せれば、確実に殺されると男は読んでいた。

 

 

「手を挙げろ。余計な真似はするなよ?」

 

 

 男の指示に従い、ナナは両手を挙げる。嫌に素直なソレに疑いを持ちつつも、軽い目配せのみで拘束をナナの後方にいる隊員に指示を。頷いた男は足元のライフルをそのままに、ゆっくりとナナに歩み寄る。

 

 ロシアの国家代表に加え、男性操縦者の身柄まで確保。国は諸手を挙げて喜ぶだろう。そうなれば部隊の地位は盤石に。捨て駒の様な扱いもされなくなるはずだ。

 もしかすれば新しい身元を貰えるかもしれない。そうすれば漸く己達も人並みの生活、と言うことも味わえるだろうと皮算用を。早る気持ちを抑えながら、もし自棄になって暴れられても対処可能な様に慎重に行動する隊員の1人。

 

 だが、それは叶わぬ夢となった。

 

 

「ッ⁉︎なんだ⁉︎」

 

「ぉぉおおおおお‼︎」

 

 

 唐突に爆破される渡り廊下の壁。砂塵の中から現れたのは白いISを纏った一夏だ。なぜ倉持技研にいるはずの一夏がここにいるのかはわからない。だが、こちらへ向かう白式の信号をキャッチしたナナが位置を報告しておいたのだ。

 

 5人の隊員たちの向こう、そこから現れた一夏に全員の視線が向いた瞬間にナナは行動開始。楯無に向けられる銃口を逸らすと、残る手で男の顎を押し上げる。重心が後ろに傾き、倒れそうになる男の軸足を、容赦なく膝から踏み抜いた。

 

 

「ガッ‼︎」

 

 

 転倒と折れた膝に意識を割かれ、困惑と動揺の海に沈む男。躊躇う事なくマウントを取ったナナの拳が顔面に叩き込まれた。一発、二発と回数を重ねるごとに赤く染まるナナの拳。それが十を超す所で止められた。

 

 

「ナナ、ストップ‼︎どうしたんだよ⁉︎」

 

 

 ISを解除した一夏がナナを後ろから羽交締めにして男から引き離そうとする。その背後にいた隊員達は一夏のブレードの一撃で意識を飛ばしていた。そして最早意識は朦朧としているのだろう、足元の男から聴こえるのは喃語にも似た呻き声。

 暴力にあまり慣れていない一夏にとって、これは目の毒。状況は理解出来ないが止めなければならないと、そう感じとっていた。

 

 

「邪魔すンなよ、一夏」

 

 

 返ってきた言葉に、一夏は思わずナナの顔を見る。これ以上やれば命に関わるとは理解しているだろうに、ナナの表情に変化はない。寧ろ、それを邪魔した一夏を忌々しく睨みつけていた。

 

 

「邪魔って………もう十分だろ⁉︎」

 

「息をしてる。心臓が動いてる………。まだカットの合図は鳴っちゃいねェ。 こいつはまだ『生きてる』という罪を犯してる最中だ……わかったなら、手ェどけろ。俺の仕事(ビジネス)に中座は許されねェ」

 

 

 楯無の報いはこんなモンじゃねェ、と付け加えるナナの言葉に、一夏は地面に投げ出された楯無に視線を向けた。

 これほどの騒ぎだと言うのに一向に目を覚さない。上下する胸から生きていることは確認できるが、腹に巻かれた包帯が何よりの気掛かり。

 

 それだけで楯無に何かがあってナナがキレている、と言うことは把握できた。だが、だからこそナナの行動は我慢ならない。

 

 

「そんなことより、先に楯無さんだろ‼︎‼︎」

 

 

 その言葉に漸く気づいたのだろう。ハッと視線をそちらへと移したナナ。自身の気持ちを優先し、楯無の事を蔑ろにしていた、なんてものではない。

 

 完全に忘れていたのだ。

 楯無の存在を。目の前の男を殺す理由を。頭の中には淡々と、事後処理のこうていしかなかったのだ。

 

 薄暗い過去が逃さない、とばかりにナナの首元に巻きつき耳元で囁く。これがお前なのだ、と。所詮は殺人しか能のないロクデナシなのだ、と。

 

 だらり、と抜けた力。それに疑心を抱きつつも一夏はナナを解放するが、力無く膝をついて赤くなった両手を眺めるのみ。友人の精神状態はよろしくない、と一夏にもわかる。だが、この学園の異常事態を説明してもらわねばならないのだ。

 

 

「ナナ、何があったんだ?」

 

「…………」

 

 

 ナナからの返答はなく、それでも待ち続ける一夏。暫くしてISから連絡が来た事を知らされる。

 

 

「………そこに、行け………千冬か、真耶………誰か、いるはずだ…………」

 

 

 送られて来たのはマップ。学園の、それも存在しないはずの地下と言う事に驚きを隠せないが、それはグッと堪える。ナナにこれ以上質問を投げかけても、返答に期待できないからだ。

 

 

「わかった。ナナも早く、楯無さんを医務室に」

 

「…………ああ」

 

 

 力ない返答だが、口論は後に。再びISを展開した一夏がその場を去ると、ゆるりとナナは視線を楯無に。

 

 大切な、大事な、心の底から愛していると言える人。いつか迎えに行くと決意した人。それを放り投げて殺人に走った自身が醜い化物のように見えて仕方がない。

 

 

「…………すまねェ」

 

 

 頬を伝う一筋の涙を溢しながら、そう呟く。それが楯無を放った事に対するものなのか、あれだけ言われた殺人に手を染めようとした事に対するものなのか、それともその両方なのかナナには判断がつかない。

 それでもISを展開すると楯無を抱え、医務室へ。教員がいるかどうか定かではないが、少なくともここに寝かせるよりはマシだ。

 

 

「ぅ………ナ、ナ………く…………ん…………」

 

 

 運ぶ最中、僅かに意識を取り戻した楯無から発せられた声。生きている事は確認出来ていたが、こうして意識を戻した事に安堵。そして恐怖を。薄ら開けられた瞳に非難めいたものはなく、一連の流れの中で意識はなかったのだろう。

 

 暫く両目を動かして状態を把握した楯無はふわり、と笑う。動かすのがやっとであろう腕を持ち上げると、その先のナナの頬に触れる。

 

 

「ありが、とう………」

 

 

 それだけ言って再び意識を失う楯無。

 何がありがとうなものか、とナナは奥歯を噛み締める。自身はお前を裏切りかけたのだと言うのに。最愛の存在を忘れていたと言うのに。

 

 

「ァァアアアァアアアアア‼︎‼︎」

 

 

 誰もいない廊下で、防壁を破壊する音に紛れてナナの慟哭が、微かに響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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