IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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31話

 

 

「ふぅ、ふぅ………ほら、あーん」

 

「あーん」

 

 

 スプーンで救ったチキンスープ。それを軽く冷まして楯無の口へと運ぶのはナナだ。その表情はどこか死んでおり、視線は虚空へ。スープが楯無の口へと運ばれると、機会的に同じ行動を繰り返す。

 

 ハッキング事件から数日。医療用ナノマシンも随分と定着して回復傾向にある楯無の世話を、甲斐甲斐しくもナナは焼いていた。これもその一環であるのだが、何もナナが進んでやっているわけではない。楯無からお願いされたのだ。

 

 入院生活に飽きてきたのだろう、とナナはそれを了承。そうして一口目を運んだ瞬間に激しく後悔した。

 

 スープを運ぶために、その視線はスプーンを注視。そうすれば楯無の艶のある唇が嫌でも目に入ってしまう。連想してしまうのはこの間の一件、自己嫌悪に沈むナナを励ますために行われた、キスの件。それが鮮明に思い出され、けれど断るには少し惜しいと思う自身がいた事に驚きを。

 

 結局、暴走しないようにナナは心を殺すしかなかったのだ。手を出さないだけ褒めて欲しい、と現実逃避しながら考えてしまうくらいには心に来てた。

 

 ちなみに、楯無の狙いはそこにあったりする。

 あの感触をもう一度、と思いつつも流石に自身から誘うにはかなりの羞恥心と勇気が必要。ならば、誘導すればいいではないかと考えてしまったのだ。何も、今この場でと言う訳ではない。意識さえ向ければ退院後に誘惑する機会はごまんとあるのだから。恋する乙女は時に強かである。

 

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末様………」

 

 

 満足げな楯無とは正反対に、哀愁漂うナナ。白く燃え尽きた様に見えるのは気のせいではないだろう。

 

 

「それで?生徒会の方はどうかしら?」

 

「………どうもこうも、虚の奴が音頭取ってるよ」

 

 

 楯無が入院中であろうと、生徒会の仕事がなくなることはない。日を追うごとに増える書類を、虚が先陣を切って捌いていくのだ。普段のんびりやな本音も最近では仕事の虫。というより、与えられた仕事を終わらせないと虚が返してくれないのだ。

 おかげで本音を筆頭に一夏、ナナ共々放課後は仕事漬け。こうして楯無の看病という名の息抜きがなければ逃げ出している所である。

 

 

「戻ったら覚悟しとけよ?承認待ちの書類が山の様にあるンだからな」

 

「…………もう少し入院していようかしら」

 

 

 机に積み上げられた書類を想像したのだろう、がくりと肩を落とす楯無。どれだけ拒もうが、あと数日すればその現実は嫌でも直視することになるのだ。現実逃避も無理はない、とナナは内心で苦笑いを。

 

 

「にしても、だ。この間の件、あれでよかったのか?」

 

 

 ナナが言うのは先日のハッキング事件に乗じて侵襲してきた面々。ナナとしては情報を洗いざらい吐いてもらい、交渉のカードにでもすると思っていたのだが、なんと学園側は相手を縛ることなく放置。なんなら、全員を治療した上で本国に帰還させたのだ。

 

 殺しはいけないことだ、とナナも理解している。しかし、だからといって無罪放免は理解できない。泳がせるとは訳が違うのだ。

 自身にとっては唯一と言っても過言ではない存在を傷つけた奴は除隊となったらしいが、それでも腑には落ちない。そんな不満がありありと出ていたのだろう、その脳天に楯無のチョップが炸裂した。

 

 

「こら。それは蒸し返さないって話でしょ」

 

「………だがよォ」

 

「こうして私は生きてるし、学園へのダメージは微々たるもの。終わりよければ全てよし、よ」

 

 

 だから、その怒りは飲み込んでちょうだい、と楯無にお願いされてしまえばナナとしては何も言えない。怪我の原因はその部隊かもしれないが、入院が長引いた原因はすぐに運ばなかったナナにあるのだから。

 

 不承不承と口を尖らせて吐き出したい言葉を飲み込むと、楯無は満足そうに微笑む。差し込む夕陽に照らされたその笑みがナナを惹きつけ、自然と視線はその口元へ。楯無もそれを察したのだろう、その顔がゆっくりとナナへと近づく。

 

 互いに言葉はなく、ゆっくりと、ほぼ無意識の間に距離を縮める2人。そうして、その距離が10センチを切ったそのときだった。

 

 

「おーい、ナナ。そろそろ戻らないと虚さんがカンカン………」

 

 

 ノックもなく、ガラガラと音を立てて開かれたスライド式のドア。続いて聞こえる一夏の声に現実に引き戻された2人は脱兎の如く背中を向け合う。互いに心臓がバクバクと音を立てて高鳴り、トマト顔負けに赤くなった顔。いくら鈍い一夏でも、何かがあったのだと理解するのに時間はかからなかった。

 

 

「あー…………出直すか?」

 

「Non‼︎no problemネ‼︎それより、虚がangryなんだロ⁉︎それじゃあ、楯無、Catch you tomorrow(また明日)‼︎ほら、一夏、Hurry up‼︎」

 

「あ、ちょ、わかったから‼︎あんま押すなよ‼︎楯無さん、また明日‼︎」

 

「え、えぇ………」

 

 

 一夏の登場に助けられたと言うべきか、邪魔しやがってと怒るべきか、それに悩んでいる隙に慌ただしく医務室を後にする2人。

 残された楯無はそっと一息を。それが怒りからくるものなのか、安堵からくるものなのかは楯無自身判断はつかない。まぁ、惜しいと言う気持ちがあるので前者なのだろうとは思う。

 

 せめてもう少し、後1分でも一夏が遅れてくれたら、と考えて、楯無は顔を赤くする。頭の中ではフレンチなんてものでは済まない、中々に濃いキスシーンが。想像だけでこれなのだから、きっと歯止めの効かない現実では更に凄いことになると期待とほんの少しの恐怖心。

 

 枕を抱き抱え、上気した顔をそこに埋める。その隙間から聞こえてくるのは苦悶か、それとも羞恥か。

 結局の所、楯無はその晩悶々とした気持ちを抱えて寝ることができないのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「………What the heck is this?(何だコレは)

 

「今度の体育祭のテーマよ?」

 

 

 楯無が退院して2日目、その放課後。寮の部屋にて渡された書類に思わず口に出した言葉を、楯無がさも当然とばかりに答えた。

 

 腹の傷もすっかり癒えたようで、満足にシャワーを浴びれる様になった楯無。今も長めのシャワーを終えて濡れた髪を乾かしている最中だ。その薄着の姿に思わず目がいかない程の衝撃、と言えばナナの胸中を表せるだろうか。

 

 書類には一年生対抗一夏争奪代表候補生versus match大運動会と銘打たれており、開催は1週間後。元々はそんなイベントが無かった為に、急遽の開催である。つまりは1週間、機材の準備や設置も考えれば明日にでも内容を固めないといけないのだ。

 

 なぜこうなったやら、また一夏が渦中にやら、言いたい事は沢山あるが、頭を抱えてナナが搾り出した言葉は一言。

 

 

「………本気か?」

 

「もう学園側には許可取ったわよ」

 

 

 流石に仕事が早い。ここでその辣腕を振るわなくていいものを、と思わずにはいられない。相談室の仕事が入っていたために現場にいなかった事が悔やまれる。

 

 

「刀奈、お前………」

 

「やーねー。何も考えなしじゃないのよ?この前のハッキング事件で一般生徒のみんな、特に入学して間もない一年生には不安を煽っちゃったからね。そこで一度大騒ぎしてその不安を吹き飛ばしましょう、って魂胆よ」

 

 

 髪を乾かして終えたのか、ドライヤーを置いて寝巻きへと着替える楯無。ちらちらと垣間見える柔肌を必死に無視して、ナナは考える。

 確かに、先日の件は言わずもがな。そして今年は何かと襲撃されたイベントが多かった。元殺し屋であるナナでさえ辟易しているのだ。一般生徒ならば精神的に来るものはあるだろう。それに伴う、学園への不信感も。

 

 ここで大騒ぎして気持ちを立て直すのも良い案なのかもしれない。ただ、開催日に関しては文句を言いたい所であるが。

 

 

「代表候補生のみんなにはそれぞれ、チームを作って貰って指揮してもらうわ。指揮能力と集団戦への理解を深める、って最もらしく言って許可は貰えたの」

 

「楽しみてェってのが本音だろ」

 

「否定はしないわ」

 

 

 まぁ、第一は生徒のことを慮っての事だろうとナナは当たりをつける。既に学園側に提出しているなら撤回は不可能。そも、優勝者は一夏と同じクラス、つまりはそれ以外の候補生が他クラスへと移動。そして同室になる権利を与えられるのだ。撤回すれば報復されるのは目に見えている。

 

 重苦しい息を吐くとナナは腹を決める。一夏には悪いが、ナナとしても死にたくはない。今度何か奢ってやろうと決める。

 

 

「やるしかねェか………刀奈、演目は決まってンのか?」

 

「まぁ、殆ど例年の流用よ。後は2、3個新しいのを考えればいいだけ」

 

「そいつが難しいンだろうが………」

 

「あら、ナナくん。貴方の彼女が何者なのか忘れたのかしら?」

 

 

 にやり、と不敵に笑った楯無がどこからともなく取り出した扇子を開く。描かれているのは「妙案」の2文字。

 

 

「私にかかればその程度、朝飯前よ!」

 

「………具体的には?」

 

「そうねぇ…………コスプレ生着替え走なんてどう?」

 

「地雷臭しかしねェよ」

 

「それじゃあナナくんは何かあるの?」

 

 

 そう言われてしまえばナナは何も言えない。何せ体育祭などのイベントに関わった事がないのだから。何が普通で何が異常なのかわかるはずもない。そんな反応がありありと伝わったのだろう、楯無は再びにやりと笑うとナナの隣に腰掛ける。

 

 

「体育祭はね、ナナくん。愛し合うカップルがその仲を見せつける場でもあるのよ*1。私たちの仲を見せつけるにはいい機会じゃない?」

 

「…………普段も見せつけてるよな?」

 

「比じゃないわよ、比じゃ」

 

 

 冗談だろう、と視線を投げ掛ければ、どうかしら、と視線で返される。嘘だと一蹴するには自信ありげで、何の確証も持たないナナは押し黙るしかない。もし本当ならば、羞恥のあまり悶えるしかなくなるのだが。

 

 そんな不安を晴らす様に聞こえたノック音。はて、誰だろうかと互いに首を捻り、2度目のノックでナナが扉から顔を出す。

 

 

「失礼、お取り込み中でしたか?」

 

「Non。問題ないヨ、オルコット」

 

 

 さては一夏か?と予想を立てていただけに、セシリアの登場に思わず内心で面食らうナナ。セシリアから見えない様に後ろ手で訪問の予定があったのかと楯無に確認を取るが、机を指で2回叩かれる。つまりNoと言う意味だ。

 

 

「それで、どうしたのカナ?」

 

「その、楯無先輩はご在宅ですか?」

 

「ん?私?」

 

 

 呼ばれた声が聞こえたのか、楯無もナナに寄り添う形で扉から顔を出す。セシリアを始めとした専用機持ち達と仲はいいとは楯無自身思っている。しかし、こうして訪問されるほどの仲ではないのだ。

 

 少しの葛藤、けれど意を決したようにセシリアは頭を下げた。

 

 

「どうか、わたくしにお料理を教えていただけませんか⁉︎」

 

「………はい?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 それから少しして。

 詳しくは部屋の中で、とセシリアを案内すると人数分の紅茶を用意するナナ。流石は紅茶が本場のイギリスと言うべきか、優雅な所作で紅茶を一口飲んだセシリアがほぅ、と息を溢す。

 

 

「美味しい………オーウェンさん、紅茶を淹れるのが得意なのですね」

 

「オルコットに言われると、頑張ってきた甲斐があるヨ」

 

 

 初めより幾分かマシになったが、師匠である虚には遠く及ばない。いつか必ず文句を言わせないものを出してやる、と密かに闘志を燃やしているナナはさておき。

 

 同じく紅茶で喉を潤した楯無がティーソーサーに紅茶を置くと、早速本題へと入る。

 

 

「さて、セシリアちゃん。さっきのはどうゆう事なのかしら?」

 

「その………楯無先輩はわたくしの料理の腕はご存じで?」

 

「まぁ、人伝に聞いてるわ」

 

 

 壊滅的、とまではいかずとも、その手前と言っても申し分ないセシリアの料理の腕前。料理本片手に写真と色合いが違うからと色々なものを追加するのは朝飯前。出来上がったものは最後の晩餐とある意味評判である。本人は楽しそうに料理するのだから周りも言いづらいのだ。

 

 少し項垂れるセシリアはおずおずと、少しの恐怖を滲ませながら続けて問うた。

 

 

「………評判は、いかがですの?」

 

「え?う、うーん………ナナくん?」

 

「ハァッ⁉︎…………ンンっ!Ahhh………個性的な味付け、だよネ」

 

 

 思わず素が出てしまうが、そこは何とか飲み込んで精一杯のオブラートを。けれど、このやり取りで白状したようなものだ。更に落ち込んだセシリアは両手で顔を覆う。

 

 

「あ、あー、ほら!味の好みは人それぞれよ?」

 

「フォローになってないヨ………」

 

「いいんです。覚悟していたことですから」

 

 

 その言葉に、おや?と2人は顔を見合わせる。

 あの自信家のセシリアにしては珍しい、非難を受け入れる姿勢だからだ。そんな2人の機微を感じ取ったのだろう。咳払いひとつして事の経緯を話す。

 

 

「実はこの間、チェルシー………わたくしの家のメイドの手料理を食べ比べしたのです。そして、その………チェルシーの方が美味しくて」

 

 

 だろうな、と口から出かけた言葉を寸前の所で飲み込む。ISなどは負けていると思うが、少なくとも料理の腕に関しては間違いなく自身に軍牌が上がるだろうとナナは思っているから。

 

 

「それで、料理を教わろうにもチェルシーは部外者ですし、家の事もあるので呼び出すこともできず………」

 

「それで私に白羽の矢が立った、と」

 

「お願いしますわ!どうかわたくしをシェフ並み、とはいかずとも一般的な腕前に!」

 

 

 そうして頭を下げるセシリアだが、対する楯無は悩ましい表情で。可愛い後輩の頼み事なのだ。出来うる限り応えてあげたいとは思う。しかし、この間の入院もあって楯無の仕事は膨大。とてもセシリアに料理指導する時間は捻出できない。

 

 

「ごめんなさい、セシリアちゃん。ちょっと時間がーーー」

 

「勿論、お礼はいたしますわ!」

 

 

 楯無の言葉を遮る様にポケットから一枚の封筒を取り出すセシリア。すわ金銭か、と楯無が身構える。流石に金銭が絡むとなると拒否一択。金額で動く生徒会だと思われでもしたら信用は陥落。その立場も危うくなるだろう。

 

 立場に固執するわけではない。しかし、今は時期が悪い。亡国機業も絡む様になった現在、教師陣の会話が届く位置は保っておきたいのだ。

 

 しかし、予想とは反して封筒から取り出されたのはペアチケット。それも、ただのチケットではない。

 

 

「これは………‼︎」

 

「どうぞ、お納めくださいまし」

 

 

 楯無に手渡されたチケットに書かれているのは、言ってしまえばお食事券。それも高級店のもの。例え脅されようと優先はしないと有名な知る人ぞ知る、超高級店だ。

 楯無もお見合いついでに足を運んだ事はあるが、高層ビルの上から見下ろす街な灯りはロマンチックで、店の雰囲気もあってデートにはうってつけだろう。まぁ、そのお見合い相手はあからさまに更識家の力を虎視眈々と狙っていたので断ったのだが。

 

 もしそこにナナと足を運べたら、とつい妄想してしまう楯無。ワイングラスで乾杯し、優雅に食事を。そして最後にはナナから指輪を手渡されるのだ。なんとロマンチックで、夢のある話だろうか。

 

 

「こほん」

 

 

 まぁ、その妄想もナナの咳払いで霧散してしまったが。虚に似たそれに思わず楯無がびくり、と反応する。非難めいたナナからの視線に、苦笑いを返すと呆れた様にため息が溢された。

 

 

「はぁ………オルコット。これは受け取れないヨ。外聞が悪い、所の騒ぎじゃすまないのはわかってるよネ?」

 

「うっ!それは………はい………ですが、これくらいしか思いつかなく………」

 

 

 元々一夏と行くために、苦労して勝ち取ったチケット。家の力や金を積まれても首を縦に振るようなオーナーではなく、予約して順番を待つしか入手するしかないのだ。

 それを手渡すのはかなりの決断が。セシリアだって一夏とのロマンチックなひと時を妄想していたのだから。

 

 

「それに、楯無じゃなくても他にいるいるだロウ?篠ノ之やシャルロットはどうだい?」

 

 

 箒もシャルロットも、どちらも料理の腕は確か。それこそ、シャルロットは料理部に所属しているのだ。教えてもらうのに最適だろう。

 けれど、痛いところを突かれたとばかりに視線を逸らすセシリア。それだけでなんとなくナナは理解した。

 

 

「………喧嘩でもしたノ?」

 

「ち、違いますわ!ただ、皆さんをびっくりさせたいといいますか………漏らす口は少ない方が助かるといいますか………」

 

 

 胸の前で両の人差し指を合わせながらセシリアはそう言う。予想通りと言うべきか、やはりプライドの問題なのだろうとナナは当たりをつけた。

 くだらない、と一蹴するのは容易いが、その手の問題はナナにも心当たりがある。それを思い返せばどうも強く言えないのだ。

 

 

「はぁ………ナラ、オレと一緒にtrainingするカイ?」

 

「へ?」

 

「口の硬さは知っての通りだヨ。それに、教本通りナラno problemでショ?」

 

「そ、それは願ってもないですが………楯無先輩はよろしくて?」

 

「うん?まぁ、ちょっと生徒会が忙しくなるけど、それくらいなら。それに、ナナくんも料理の腕上がってきてるから適材よ」

 

 

 愛する人のため、と言うべきか。最初の頃よりナナの料理の腕は上がった。流石に一夏よりも劣るが、それでも一般的な家庭料理としては問題ないのだ。

 

 

「それならば、チケットはナナさんに………」

 

「Non。ISの練習相手、してくれるからネ。そのお礼だヨ。それに、困った時はお互い様、デショ?」

 

 

 少し照れながらも、そう言ったナナ。それに驚いたのはセシリアと楯無だけでなく、当の本人もだ。殺し屋時代なら絶対に口にしないであろう言葉。けれど、不思議と嫌な気持ちがしない事に1番の混乱を。

 

 

「………変な事言ったカナ?」

 

「い、いえ………意外といいますか」

 

「可愛いとこあるでしょ?」

 

「そこはノーコメントでお願いしますわ………」

 

 

 それにしても、と付け加えてセシリアは笑う。転校当初は軽薄な印象のナナがこうして真剣に相手の事を考えてくれる、それがどうにも笑いを誘ってしまう。

 きっと楯無は、彼のこう言う所にも惹かれたのだろうとセシリアは考える。一夏に恋心を抱く様になって、相手が男であろうと良い部分は認められる様になったセシリア。綺麗に笑うその笑顔を、ついナナは不機嫌そうに見つめた。

 

 

「………笑わなくてもいいだロウ?」

 

「ふふふ………す、すいません、つい………こほん、それでは早速明日からお願いしますわ」

 

「yeah。こちらこそ、だよ。オルコット」

 

「セシリア、でよろしいですわ。わたくしもナナさんとお呼びさせていただきますし」

 

「………わかったヨ、セシリア」

 

「ええ、ナナさん」

 

 

 少し照れくさそうに、頬を掻きながら名前を呼ぶ。そうすれば朗らかに笑みを浮かべながらセシリアは応えた。彼氏の成長に腕を組みながら満足そうに首を縦に振る楯無。けれど、少し面白くないと思ってしまう自分がいる。

 

 もちろん、ナナとセシリアがこれから仲を発展させてその様な関係になるとは微塵も思っていない。そのくらいの信用はある。だが、それとこれとは別。独占欲が働いてしまうのも仕方がないだろう。

 

 

「もう、ナナくん?私をほったらかしにして、良い雰囲気じゃない?」

 

 

 だからこそ、少しイタズラしてやろうとナナの背中に抱きつき、顎を肩に乗せる。背中に当たる感触に驚いてナナの身体がびくりと跳ねるが、逃がすものかと胸に回した手に力を込めた。

 

 

「私にも構って欲しいわ」

 

「okok、わかったカラ。それじゃあセシリア、good night」

 

「え、えぇ………それではご機嫌よう」

 

 

 目の前でイチャイチャされてはセシリアとしても目の毒。羨ましいやら渇望やらで気が狂いそうになるのは目に見えている。三十六計逃げるに如かずと言わんばかりに退散すると、ナナはため息を。

 その手で楯無の頭を撫でながらちらり、と横目でその顔を見る。

 

 昔とは違う、感情というものが芽生えた自身。殺すのではなく、助け合う事に価値を見出し始めた己を変えたのは、間違いなく目の前の彼女だ。それについてとやかく言うつもりはない。感謝するのも、何か違うと感じてこうして好意を示すしかないのだ。

 

 

「ねぇ、ナナくん。学園生活は楽しい?」

 

 

 頭を撫でられて心地よいのか、薄らと目を閉じた楯無がナナに問う。それに少し悩んだナナは、ぶっきらぼうに、恥ずかしさを隠すようにして応えた。

 

 

「………まぁ、悪かねェよ」

 

「そっか」

 

 

 ナナの言いたい事は伝わったのだろう。薄く笑った楯無はもう一度、抱きしめた腕に力を入れるのであった。

 

 

 ーーー後日

 

 

「やりましたわ、ナナさん!セシリア・オルコットは遂にやり遂げましたわ!」

 

「うン、そうだネ………」

 

 

 目を輝かせながらそう報告するセシリア。それに応えるナナはどこかげっそりとしている。

 

 数日の間であるが、セシリアの料理の腕は通常のものとなった。と言っても、ナナがしたことは教本通りに材料を計って、余計なアレンジを加えないように目を光らせただけであるが。

 

 それでも何度か目を掻い潜って作り上げられた失敗作。それらの処理は全て2人で。フグは自身の毒では死なないらしく、セシリアにはノーダメージ。結果としてナナだけが損を受ける役回りに。

 

 引き受けなければよかった、と後悔はある。けれど、ようやく上手くいった弁当を一夏に食べてもらい、美味しいと言ってもらえたセシリア。その輝かしいまでの笑顔を見れば何も言えず。ただ少し満足そうに微笑むのであった。

 

 

「次はわたくしの国の伝統料理、フィッシュ&チップスや、ビーフウェリントン*2に挑戦しますわ!」

 

「まずは教本通りに進めていこうヨ………いきなりそれはレベルが高いからネ」

 

 

*1
諸説あり

*2
牛フィレ肉の塊をパイ生地で包んで焼いた贅沢な料理

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