IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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予想を超えるほど、キャラが動く動く



34話

 

 

 翌日の朝。天気は快晴、気温も過ごしやすく正に絶好のお出かけ日和。

 

 晴れてよかった、と胸を撫で下ろす一夏。何せ、今日は慰労会。前日は楯無に振り回されたが、そこはご愛嬌。いつもの事だと割り切れるくらいには慣れてしまった。

 それに、影に隠れてナナも楯無も慌ただしく動いていたことを、一夏は知っている。振り回されたとはいえ、殆ど流されるままだった一夏は2人を労いたいと強く思っていた。

 

 と言っても、何も食事だけで済まそうとは考えていない。2人には心身ともにリラックスしてもらいたいのだ。まずは学生らしくショッピングモールで遊ぶ、なんてどうだろうか。

 

 そんな事を考えていたら、ポケットの携帯端末が震える。見ればナナからの連絡で、既に楯無と駅で待っているらしい。

 

 

「急がないとな」

 

 

 支度は殆ど済ませており、後は靴を履き替えるだけ。そうして扉を潜れば、なぜかその先で待ち構えている専用機持ちの面々がいた。

 

 

「あれ?どうしたんだ?」

 

「どうしたもこうしたも………はぁ」

 

「とりあえず一夏、部屋に戻るわよ」

 

「そうですわね。ここにいたら、危険ですわ」

 

「え?お、おい⁉︎」

 

 

 どこか殺気立つような、不安に駆られるような空気を醸し出す面々。呆れたように箒がため息を溢すと、鈴が音頭を取って一夏を部屋に押し戻す。何が何だかわからないまま部屋に押し込まれると、最後にラウラが周囲の安全を確認して鍵をかける。

 

 

「ラウラ、どう?」

 

「今のところ問題ない。だが、用心に越した事はないだろう」

 

「なんだなんだ⁉︎何があったんだ⁉︎」

 

 

 困惑する一夏を置いてけぼりに、万が一に備えてトラップを仕掛けようとするラウラをシャルロットが止める。そのままベッドに座らされた一夏を囲む様に専用機持ち達が座ると、顔を見合わせた。誰が伝えるのか、どう伝えるのか、とアイコンタクトで言葉を交わし、そして観念したようにシャルロットが口火を開いた。

 

 

「えっと、一夏。今日はナナと楯無さんとお出かけする予定だったんだよね?」

 

「お、おう。2人とも集合してるみたいだし、俺も行きたいんだが………」

 

「それ、今日はやめた方がいいよ」

 

「え?なんでだ?」

 

「それは………」

 

「戦争が起きているからだ」

 

「…………はぁ⁉︎」

 

 

 言い淀むシャルロットに助け舟を出したのはラウラ。一夏が混乱するのも仕方がない。何せ日常ではまず使われないであろう言葉が、現在進行形で出てきたのだから。トラップに使うであろうワイヤーを巻き直し、それを懐に仕舞うと困惑冷めやまない一夏にラウラは容赦なく追撃を加える。

 

 

「嫁よ。昨晩、出かける約束をどこでしたか覚えているか?」

 

「え?そりゃ、部屋の前だけど………」

 

「不用心だぞ。機密情報は誰にも聞かれないよう、周囲を警戒するべきだ」

 

「機密情報って………」

 

 

 そんな大袈裟な、と付け加えようとして皆の真剣な視線に思わず押し黙る。どうやら予想しているより状況は逼迫しているらしい。

 

 

「ともかく、それが原因で女子の間で戦争が起きてるのよ」

 

 

 全くもって面倒だ、と言わんばかりに肩を竦める鈴。その手に持つのはお茶のお供である煎餅が。一夏がお茶請けに用意していたものだが、どうやら探り当てられたらしい。箒が注いだ人数分の緑茶を片手に、話が進められる。

 

 

「なんだっけ?楯無さんを巡っての争い?」

 

「正確には、ナナさんと楯無さん、一夏さんとナナさん、どちらを引き合わせるかのいざこざですわ」

 

 

 上流階級と言うのはどうやら紅茶だけでなく、緑茶も似合うらしく、行儀よくお茶を啜るセシリアの姿は中々に様になっていた。体育祭の時もそうだったが、案外和の雰囲気も似合うんだな、と現実逃避気味に一夏は頭の片隅でそう思う。

 

 

「所謂カップリング、というものですわ。その対立といいましょうか。普段は水面下で行われていたのですが、今回の一夏さんたちのお出かけは棚から牡丹餅。是非とも生で見たい、と活性化してしまったようで」

 

「へぇ〜………てか、セシリア詳しいわね」

 

「ひ、人伝に聞いただけですわ」

 

 

 視線を泳がせて、再びお茶を啜って誤魔化す。言えるわけがない。同室の生徒の勧めでナナと一夏の絡みを描いた書物を読んだことなど。それを思わず読み耽ってしまったから内部事情に詳しいなど、言えるわけがなかった。

 

 こほん、と咳払いをひとつして逸れそうになる話題を戻す箒。

 

 

「つまり、一夏。お前には今日一日、部屋で大人しくしてもらうしかない」

 

「そう言われても、だな…………」

 

 

 一夏からすれば訳の分からない話で、そんな事で約束を反故にしてしまうのは嫌だ。皆が自身の安全のために言ってくれている、と理解しているが過保護すぎるだろうと苦笑い。

 

 

「まぁ、事情を説明すれば落ち着くだろ?もう2人とも待ってるし、俺も向かうから」

 

「あ、ちょっと⁉︎」

 

 

 押し止められる前にするり、と5人の包囲網を抜けると玄関へ。何気なく開いた扉の向こう、ばったりと出会したのは他の女子生徒である。一瞬の事で惚けた様子の3人。けれど、すぐさま獲物を見つけたかの如く視線が鋭くなる。

 

 

「織斑くん、いたーーーっ‼︎」

 

「え?」

 

 

 学園中に響くのではないか、そう思わせるほどの大声に呆気に取られる一夏。だが、それが致命的な隙となる。叫んだ1人とは別の2人、彼女たちがすぐさま一夏の両腕を捉えた。

 

 

「織斑くん、早く行くよ‼︎」

 

「もうナナくんが待ってるんだから‼︎」

 

「え?は?」

 

「待てェい‼︎」

 

 

 ぐいぐいと引っ張られ、訳もわからず歩みを進められる一夏。けれど、その背中に声がかけられると、廊下の向こうから来た別の人員が進路上に壁を作る。

 

 

「お姉様の幸せは私たちの幸せ‼︎織斑一夏を間に入れる事は許さん‼︎」

 

「くっ、楯無親衛隊………‼︎」

 

 

 なんだそれは、とツッコミたいところであるが、生憎と脳の処理が追いつかない。呆然とする一夏を守る様に、3人が背中合わせに円陣を組む。

 

 

「さぁ、織斑一夏くん。君には悪いが、お姉様は大事なデート。今日の所は引き下がってもらおう」

 

「ふんっ‼︎何言ってるのよ‼︎男の子は男の子同士遊んだ方が気楽よ‼︎」

 

「腐女子連合め、まだそんな事を………しかし、君たちは3人、こちらは15人。数の差は圧倒的だと思うが?」

 

「ふ、副会長!背後から敵の増援が‼︎」

 

「なにィっ⁉︎」

 

 

 言われてみれば確かに、壁になった人員の向こうに、新たな複数の人影が一夏からも見えた。ざっと数えても20人はいるだろう。

 

 

「ふっふっふっ、形成逆転みたいね」

 

「ど、どうしましょう、このままでは………」

 

「ぐぬぅ………いや、狼狽えるな諸君‼︎我々は親衛隊の中でもエリート集団‼︎お姉様のために、必ず持ち場を死守するのだ‼︎」

 

「ふっふっふっ‼︎長きに渡る因縁、ここで決着付けさせてもらうわ‼︎」

 

「総員、かかれェ‼︎」

 

「うわぁっ⁉︎⁉︎」

 

 

 親衛隊副会長の号令を合図に、両陣営が雄叫びを上げて取っ組み合う。巻き込まれた一夏はただただ困惑するばかりで、話についていけない。そんな彼を専用機持ちたちが横から回収すると、再び部屋へと。

 四肢を床につけて、ぜぇぜぇと荒い息をする一夏を専用機持ちたちが取り囲む。その視線が言いたい事を雄弁に語っており、呼吸を整えた一夏が謝罪を。

 

 

「部屋で大人しくしておきます………」

 

 

 この調子であれば窓から脱出しようと、結果は目に見えている。どんな経路を駆使しようと、集合場所にたどり着く頃には一日は終わるだろう。一夏の答えに満足したのだろう、鷹揚に頷く専用機持ちたち。

 

 

「ま、まぁ、部屋で1人は虚しいだろう。今日は私が共にいてやろう」

 

「はぁ?寝言は寝て言いなさいよ。あたしが相手してあげるから、他は帰ったら?」

 

「おほほほ。ジョークがお上手ですのね、鈴さん。それはわたくしの役目でしてよ?」

 

「嫁と共にいるのは、旦那である私の役目だが?」

 

「いくらラウラでも、ここは譲れないよ」

 

 

 ここで言い合いをしても埒が明かない。5人の視線は一夏へと注がれる。部屋の外も中も変わらないではないか、と天を仰ぐ一夏がふと気づく。

 

 

「あれ?そう言えば簪はどうしたんだ?」

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 同時刻、IS学園前駅にて。

 約束の時刻は疾に過ぎており、送ったメッセージに返信はない。ドタキャンする様な奴ではない、と知っているため何か異常があったのだろうとナナは察する。

 

 

「Uhhhh………来ないみたいだネ」

 

「そうねぇ………仕方がないけど、もう行っちゃう?」

 

「そうだネ。一夏には悪いけど、これ以上はcan't take it anymore(待てないヨ)

 

 

 肩を竦めて一夏に一報を。大方、色恋沙汰の面倒な事態になっているのだろうと予想し、見切りをつける。今から助けに行く事は不可能だし、何より手出しして事態が好転するとは到底思えないからだ。

 

 ナナと楯無、ばっちりとめかし込んだ2人の姿は中々に様になっており、デートに気合いを入れていることは一目瞭然。ある種の有名人であるため、街中で声をかけられる事を防ぐためだろう、サングラスと帽子を被ったナナの気遣いが知れる。

 

 建物の影からそれを覗く簪は、心中でそう評価した。けれど、まだデートは始まったばかり。そう易々と許すわけにはいかないと、気持ちを入れ替える。

 

 

「ねぇ〜、かんちゃん。もう戻ろうよ〜」

 

「本音、静かに…………バレちゃう」

 

 

 付き添い兼ストッパーなのだろう、隣の本音が苦言を漏らすが聞いてはもらえず。「もうバレてるよ〜」という言葉も届かない。

 

 簪にとって楯無は大切な姉。ついこの間までは劣等感の象徴のような存在だったが、蟠りの溶けた今、やはり心配してしまうのだ。もし、万が一、ナナが更識の家の力を目当てに近づいているとすれば、姉は深く悲しむだろう。

 

 その不安を取り除くための尾行。出来が悪いと言われているが、やはり日本の暗部の家系。簪と本音以外、その行く末を見守ろうと覗き見る面々よりもそのスキルは高い。

 

 まぁ、勿論2人には気づかれているのだが。

 

 

「………今日は見張りが多いな」

 

「簪ちゃんまでいるわね………巻いちゃう?」

 

「それが無難だな」

 

 

 改札を抜けて、小声でそう言葉を交わすとすぐに行動。と言っても、やる事はそこまで難しい事ではない。モノレールと到着と同時に乗車。隠れるように続く尾行軍団の最後尾が脚を踏み入れるのを確認すると、扉が閉まる直前に2人は下車する。

 

 さも自然に、まるで忘れ物をしたかのように降りるものだからついていけず、結局尾行軍団を乗せてそのままモノレールは出発してしまうのだった。

 

 しかし、これで全員が巻けたわけではない。唯一騙されなかった簪が残っているのだ。

 

 

「よく騙されなかったな」

 

「まぁ、ウチでよくやる手だからバレてたでしょうね。流石簪ちゃん」

 

「わかったわかった。ンで、どうすンだ?」

 

「うーん、将来のためにも、見学させてあげるのもいいんじゃない?」

 

 

 まぁ、相手が一夏となるのか、また別の相手となるかはさておき、現場経験を積ませると言うのは中々にいい提案だろうというのは建前。本心はナナの事を認めてもらうためだ。

 

 簪は別にナナの事を嫌ってはいない。だが、その距離感が掴めずにいる。距離感がわからないから本質が掴めず、こうして試すような行動に出たのだ。これを機に、妹と彼氏の距離が縮まれば、と楯無は期待を寄せていた。

 

 ナナとしてもそれは願ったり叶ったり。将来的にも、ここで仲を深めておいた方が無難であるからだ。

 

 

「それで、今日はどうする?」

 

「そうねぇ………ねぇ、ナナくん。紅葉狩りは好きかしら?」

 

「?」

 

 

 楯無の提案もあり、2人が尾行を連れて向かった先はIS学園から離れた場所にある大きめの公園。近くの川の流れを変えて作り出した人工の池を中心に、円形に広がるこの公園。子供が遊ぶ遊具は勿論、池を眺めながらのランニングコース、そして自販機やベンチの置かれた休憩スペースなどが揃っており、池に来た野鳥の観察や紅葉や銀杏を眺めるも良し。

 

 ここまで妨害もなく、久しぶりにゆっくりできそうだ、とベンチに座って伸びをする楯無。その隣、ナナが買ってきたホットココア缶を楯無に渡すと、自身もホットコーヒーを一口。

 互いにふぅ、と息を溢すと静かな静寂が。聞こえてくるのは木々のさざめきと、遠くの遊具で遊ぶ子供たちの声。渡りのためだろう、いつもより数の多い水鳥たちは自由に過ごしている。

 

 心地よい音に2人は自然と目を瞑り、互いの肩をくっつける。近くなった体温と呼吸。羞恥よりも、今はただただその音さえもくつろぎだ。

 

 そんな2人の後方、屋根付きのベンチから簪はその様子を眺めていた。手にあるのはエナドリであり、専用機の整備やアニメの視聴マラソンに欠かせないオトモである。

 風景そっちのけで2人を凝視するものだから、周りからは距離が空けられている。そんな事、今の簪に気にする余裕などないのだが。

 

 

「むぅ………いい雰囲気………」

 

 

 初めはなぜこんな所にと思っていたが、思いの外デートスポットとしてはちょうど良いと認識を改める。簪にとってデートとはキラキラした場所で仲睦まじくイチャつくものを想像していただけあり、これは新たな発見。

 

 機を見て一夏と共に銀杏並木を歩くのも悪くないかも、と思うが頭を振って思考の隅へ。今はナナが楯無に相応しいのか見極める方が重要だ。

 しかし、ここに来て20分は経つが、2人は同じ体制のまま、時折言葉を少し交わすだけで身動きしない。あまり乗り気ではなかった本音など、既に飽きたのだろう。移動販売のクレープを頬張っていた。

 

 

「あむあむ〜、ん〜!美味しい〜!かんちゃんも食べる〜?」

 

「いらない………それより本音………口の周り、クリームついてる」

 

「え〜?とってとって〜!」

 

「はぁ………」

 

 

 付き人、だと言うのに本音はこうして簪によく甘える。流石に締めるところは締めるので文句は言わないが、一応の主人としてどうなのかと、つい思ってしまう。

 これではどちらがお世話される側なのやら、とハンカチを片手に本音の口周りについたクリームをひと撫で。キャラキャラと笑う本音は、再びクレープへと口をつけた。またもや口周りに付くクリームに、やれやれと流石の簪も苦笑い。

 

 

「あ………いない………」

 

 

 そうして、本来の目的を思い出してナナ達へと視線を向ければ、そこに2人の姿はなし。どうやら散歩に行ってしまったらしい。追いかける事は可能であるが、どうしようかとつい考えてしまう。

 

 実際、ナナが相応しいかどうかなど、簪にはわからない。けれど、ちゃんと姉の事を愛しているということはわかっているのだ。

 これは姉を取られたくない、妹としての我儘。邪見していた身で今更であるが、それでも楯無には幸せになって欲しいと思っている。

 

 暫く考えて、そっと一息。これ以上は無駄だと諦めをつけた。

 

 

「本音………そろそろ、帰る?」

 

「え〜、もう少しいようよ〜。久しぶりのお出かけなんだし〜」

 

「………まだ、クレープ食べたいだけ、でしょ?」

 

「えへへ〜、バレてた〜」

 

 

 まぁ、確かに。今から学園に戻っても面倒ごとに巻き込まれるだけだ。それならば、ここで時間を潰すのも悪くはない。

 

 

「さっきはいちごだったから〜、次はバナナかな〜?かんちゃんは〜?」

 

「私は、キウイ………」

 

「わは〜、それじゃあ〜食べさせ合いっこだね〜」

 

 

 何より、姉の回し者として遠ざけていた本音とよりを戻す、良いきっかけになる。薄く笑った簪は、ふわふわと歩き出した本音の後をついて行くのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「巻いた、みてェだな」

 

「あら、残念。もう少し簪ちゃんの尾行、楽しみたかったのに」

 

「諦めた、ってよりも飽きたンだろうな」

 

「まぁ、本音ちゃんは巻き込まれただけだし、それについて行っちゃったのかもね」

 

 

 背後からの視線も消え、肩を竦める楯無。肩を並べて歩く2人が向かう先は公園の出口だ。

 足取りは緩やかで、時折立ち止まりながら景色を眺めてはまた歩き出す。自然と繋がれた手は硬く結ばれており、間に人が割り込もうとそう易々と解けることはないだろう。

 

 こうして景色を眺めながら歩くことなど、ナナにとっては初めての経験。それこそ、景色を楽しむ感情などなかったのだ。

 これが1人であれば、早々に立ち去っていただろう。だが、隣に誰かがいると言うのは偉大で、それが最愛の人ならば尚更。単調な色しか無かったナナの世界に、新たな色が次々と刻み込まれる。

 

 

「………刀奈」

 

「ん?なぁに?」

 

「その………ありがとな」

 

 

 自身の口から出た言葉であるが、なんともまぁ不器用なものだと自嘲を。もう少し言い方があっただろうに。

 

 それでも言いたい事は理解したのだろう。にやりと笑みを浮かべた楯無は繋いでいた手を解くと、その腕に抱きつく。

 

 

「どういたしまして。けど、これから先もっと楽しませるつもりなんだから、覚悟してなさい」

 

「………あぁ、そうだな」

 

 

 抱きつかれた事に驚きはしたが、多少は慣れてきたこの頃。とはいえ、人目が無ければ襲いたくなる衝動に駆られていたので、屋外でよかったとつくづく思う。

 

 そうして公園を抜けた先、道路を挟んだ向こう側に見えたのは結婚式場。西洋風と言うべきか、教会を取り囲むように築かれる煉瓦の鉄柵の壁。しかしそれは敷地範囲を表すためだけのものであり、観葉植物の間から中の様子は伺える。

 

 

「へぇ、結構おしゃれなのね」

 

「更識の家じゃ違うのか?」

 

「ウチは神前式みたいよ。まぁ、私も直接見たわけじゃないけど」

 

 

 流石は歴史の長い一族だけあり、先祖由来の紋付き羽織袴や白無垢があるくらいだ。そこら辺はナナには理解が及ばず、へぇと言葉を溢すのみ。

 しかし、結婚云々の前に、まずは首輪を取ることが先決。その為には亡国機業を壊滅させたと言う実績が、今のところ手っ取り早い。それを手土産にすれば、首輪も取れる可能性も出てくるだろう。

 

 早い所、決着をつけねばなるまいと内心で息を巻いている時であった。教会から慌てて出てきた男性スタッフと鉢合わせたのは。

 

 

「あ、ちょうどいい!君たち、時間はありますか?」

 

「え?えぇ」

 

「ならよかった!少しのお付き合いを!」

 

「お、おい!」

 

 

 断る暇もなく、スタッフは2人の背後に回り込むと強引に教会の中へ。何が何だかわからず、受付へと案内されれば、そこには複数の機材チェックをするカメラマン達の姿。

 

 

「だ、代役見つかりました!」

 

「それは好都合!被写体としては………申し分なし!よォし、野郎ども!撮影するぞォ!」

 

「おおう‼︎」

 

「任せてくだせェ、姉御ォ‼︎」

 

「待て待て待て、何の話だ⁉︎」

 

 

 カメラマン達のリーダーなのだろう、音頭を取る女性に従い、準備が着々と進められていく。訳もわからず、そして取り繕う余裕もなく、流されてなるものかと必死の抵抗を見せるナナに、スタッフが申し訳なさそうに説明した。

 

 

「いや、それがですね………今回、当式場で宣伝用の写真をする事になったのですが、依頼した人が来れなくなってしまい代役を頼みたく………」

 

「それ、先に説明するモンだろ………」

 

「すいません、急ぎでしたので………」

 

 

 しかし、面倒な事に巻き込まれたものだ、と嘆息を。ただでさえ第二の男性操縦者として顔は売られているのだ。今でこそ帽子を目深に被って変装しているが、写真を撮られるとなると身元はバレるだろう。

 

 その先に待ち受けているのは更なる面倒ごと。少なくとも、学園で問い詰められることは間違いなし。下手をすれば本国からも小言が入るだろう。

 さて、どう言い訳してこの場を切り抜けるか、と考えて背後の楯無へと視線を向ける。そして、その目を見た事に酷く後悔を。

 

 憧れ、と言うべきか。キラキラとした視線で、着々と進められる撮影現場を眺めていた。言うまでもなく、乗り気である。

 

 

「ね、ねぇ!宣伝用ってことは、ドレス着れるのよね⁉︎」

 

「え、えぇ、それは勿論」

 

「いいじゃない!やりましょうよ、ナナくん!」

 

「楯無、お前………」

 

 

 完全に置いてけぼりになったナナ。彼女がここまで乗り気な中、どう言いくるめるか考えるが、無駄だと諦める。そも、口論で勝てた試しなどないのだ。

 

 

「おや、お嬢ちゃんはともかく、少年の方は乗り気じゃないようだねェ」

 

 

 燃えるような赤い髪のウルフカット、勝ち気な物言いが似合う女性はにやり、と口の端を上げると懐から名刺をひとつ。

 

 

「撮影責任者の照山明美(てるやまあけみ)さね。現場と被写体さえあれば、どこでも馳せ参じる最高のカメラマンたァ私のことさ」

 

「ああ、これはどうも。私は更識楯無、こっちは彼氏のナナ・オーウェンです」

 

「おや?ってことは噂の男性操縦者かい?ははっ!こいつァ最高の被写体だね!」

 

 

 安易に素性をばらされて、ナナは天を仰ぐ。もはや変装に意味はないと悟り、諦めて帽子を脱げば隣のスタッフを始め、カメラマンたちからも視線が集まった。

 そんな中、照山は両の人差し指と親指で四角を作ると、それを覗き込みながら楯無とナナのその中へと収める。

 

 

「へェ、良い男じゃないか。うん………よし!アングルは決まった!美術班!さっさと着替えさせな!とびっきりの美男美女に仕立て上げるんだよ!」

 

「任せてください!とはいえ、そこまで手を加える必要ないですけど」

 

「そりゃ違いねェ‼︎」

 

 

 責任者の我が強ければ、それに集う者もまた同じなのだろう。現場全体がその言葉に笑い、それでも尚作業が滞ることなく進んでいるのだからその技量が伺える。ナナにとっては慰めにもならないのだが。

 ここまで来れば巻き返しは不可能。大人しく質問攻めされる未来を受け入れるしかない。

 

 

「ほら、更識さんはこっち。彼氏を驚かせてあげましょう」

 

「ええ、お願いするわ。ナナくんも、うんとカッコよくしてもらいなさい」

 

「Ahhh………OK」

 

 

 メイク担当なのだろう、女性に別室へと案内される楯無。去り際に肩越しのウインクにどう答えたものか、と悩んだがやはり無難な物しか出てこない。

 そのまま別のスタッフに案内され、ナナも別室へ。落ち着いた色のブラウンカラーのタキシードを着せられ、軽くメイクを施される。

 

 未来を憂いて死んだ心のまま、次に案内されたのは式場だ。既に撮影準備は終わっているのだろう、広い式場の半分を埋める機材たち。男性スタッフたちから、揶揄うように背中を叩かれたり、幸せ者めと揶揄されたりと洗礼を受けていたが、心ここに在らず。

 

 早く終わってくれ、と願う中再び式場の扉が開かれた。

 

 

「お待たせしましたー!新婦さんの入場でーす!」

 

 

 その声にわっ、っと歓声が上がり、皆の視線が注がれる。ナナもその例外ではなく、釣られるようにしてそちらに視線を向けて、言葉を失った。

 

 肩から腕にかけて薄いロングスリーブを被せたレスリア型のドレス。先ほどまでのキラキラとした表情はどこへやら、恥じらいに顔を染めた楯無。しずしずと、スタッフに先導されてゆっくりと歩く様からは奥ゆかしさを感じる。

 綺麗だとか、可憐だとか、言葉では表せない美しさと言うのはこう言う事なのだろう、と納得をひとつ。

 

 言葉を失ったのはナナだけでなく、他のスタッフもだ。唖然、と言う言葉がぴったりと当てはまるくらいには皆一様に口を開けている。

 

 

「ど、どうかしら………」

 

 

 そうしてゆっくりとナナの隣に立つ楯無は、視線を逸らしながらそう尋ねた。純白のドレスと相反するように顔を真っ赤にしているが、ナナだって負けていない。顔に熱が籠っている事がわかるくらいには真っ赤だ。

 

 

「あ、ああ………その、なンだ………似合ってる」

 

「そ、そう………ナナくんも、似合ってるわ」

 

 

 2人して互いの顔を見れず、それでも一目見ようと視線が行ったり来たり。そして視線がかち合う度に顔を背けるものだから、スタッフ達はいい空気を吸っている。中にはサムズアップしたり拝んだりする者もいるのだから手に負えない。

 その空気を入れ替えるように手を叩いたのは照山である。

 

 

「ほらほら、ご両人。恥ずかしがってないで撮影だよ!」

 

「あ、姉御、もう少し様子見ても………」

 

「何言ってるんだい!シャッターチャンスは待っちゃくれないよ!」

 

 

 その一喝もあり、スタッフは渋々と各々の役割へ。指示に従いながらナナと楯無も言われた通りにポーズを。相手の腕を組んで並び立つ、ただそれだけなのだが羞恥に染まった顔では上手くいかず、肩肘張って不自然さが極まる。

 

 

「いいよいいよ、ご両人!もっと寄り添ってくんなァ‼︎」

 

 

 けれど、照山が求めていたのはその初々しさ。ぎこちなく、それでも幸せ絶頂期の男女を撮りたかったのだ。これが中途半端にこなれたものであれば照山もここまで乗り気になれない。その熱はスタッフにも移ったようで、気合の入り用が違う。

 

 

「よっしゃ、良いモン撮らせて貰ったよ!それじゃ次はキスシーンと洒落込むよ!」

 

「は、はァ⁉︎聞いてねェぞ⁉︎」

 

「当たり前さね。今思いついたんだから」

 

「ですけど姉御、そうなると編集の方から苦情来ますぜ?」

 

「はん!そんなもん、美男美女のキスシーンで黙らせてやりな!ほら、最高………いや、至高の一枚を取るんだよ!」

 

 

 照山の言葉に触発され、迅速に行動を開始するスタッフ。ちらり、と隣の楯無に目を向ければほんの少しの期待と、それを上回るほどの緊張。まるで子犬のようなその表情に、思わず胸を締め付けられる。

 

 ぐっ、と奥歯を噛み締めて覚悟を決めたナナ。この後の事などどうでもいい、今ここで行動しなければ必ず後悔する。それよりは遥かにマシだ。

 

 楯無の肩を抑え、正面に見据える。びくり、と震える肩。期待と共に膨らむ心臓の音。まるで自身の身体ではないような、不思議な感覚。冷静な心が頭の片隅で落ち着け、と抗議しているがそんなものが届くような状態ではない。

 

 首を傾け、ゆっくりとその唇に口付けを。瞬間に眩いフラッシュの嵐が2人を襲った。けれど、今の2人にとってそんなものは蚊帳の外。肩に回していた手は相手の腰へ。拘束の解かれた楯無の腕はナナの首へと回され、密着する。

 

 そうして、無意識のうちと言うべきか、本能的にと言うべきか、楯無の唇にナナの舌が当たった。何も考えずその舌を迎え入れ、軽く甘噛みを。驚いて引っ込めた舌を追いかけるように、楯無も舌を伸ばす。ナナも同じようにそれを受け入れ、少し弄んでやろうとした時である。

 

 

「撮影ここまで!2人共止めな‼︎」

 

 

 照山の一喝で我に返った2人。ハッとして撮影班を見れば、視線を逸らしたり、顔を赤くしたりと様々な反応。けれど、一様に居た堪れない空気が醸し出されていた。

 

 

「あー………ご両人、流石に盛り上がるんなら私らの目の届かないとこでやってくんな」

 

「ッーーー‼︎」

 

 

 皆を代表して、胸中の言葉を口にしたが最後、茹で蛸もかくやとばかりに顔を赤くして蹲る楯無。ナナなど、口を抑えて天を仰ぐとフリーズしてしまった。

 

 

「これが若さってやつかぁ………」

 

「こんな青春、俺もしたかった………」

 

「諦めな。それより、写真は撮れただろうね?」

 

「そいつはバッチリでさぁ」

 

「ならちゃっちゃと撤収するよ。ああ、写真は後で送ってやるさね」

 

 

 触らぬ神に祟りなしなのか、もしくは触れたくないだけなのか、2人を残して撮影スタッフは全員が撤収作業を。後を任された式場スタッフは固まったまま動かない2人をどうするべきか、大いに悩まされるのであった。

 

 





どうでもいい設定
・楯無親衛隊
元々は楯無のファンクラブ。楯無がナナと付き合うようになり、現在はその恋路を見守る派閥と邪魔をする派閥に別れている。定期的にお姉様のここが可愛い!議論を繰り広げ、どちらが正しいのか争いを繰り広げているらしい
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