IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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お気に入りや評価が付くたびにニヤニヤしております


35話

 

 

 式場での撮影からしばらく。あまり長居してスタッフを困らせるわけにもいかず、2人は公園へと蜻蛉返り。2人して言葉を発さず、けれど甘い雰囲気をふんだんに漂わせながら池を眺めていた。

 

 拳ひとつ分空いた距離だと言うのに、互いに心臓が高鳴り、池を眺める視線も上の空。隣の存在に気をかけてばかりで、景色を脳が正しく処理していない。2人の脳内は先ほどの式場での出来事の反芻しかしていなかった。

 

 

「ね、ねぇ、ナナくん………」

 

 

 落下防止用の柵に置いたナナの手に、そっと楯無が手を重ねる。緊張で汗ばんだ手は少しひんやりとしており、半ば強制的に意識がそちらへと向けられた。

 

 続く言葉が出て来ず、黙り込む楯無。重ねられた手を解くと、楯無の手を握り返す。羞恥心故か、高い体温に楯無の手がゆっくりと温められ、ドキリと心臓が跳ねる。

 

 

「………さっきの事、後悔はしてねェからな」

 

 

 やってしまった事に、それなりの代償は支払う事になるだろう。けれど、そんな事は全て些事。好きな人とキスできた、それだけでお釣りが来る。

 

 

「………そう」

 

 

 その言葉が嬉しくて、一歩隣に詰めた楯無がナナの肩に頭を置く。より一層強く握られた手。一向に治る様子のない衝動に従いたいところであるが、内の頬肉を噛んで我慢を。絶対に歯止めが効かなくなると、簡単に予想できるからだ。

 

 頭の中の悪魔が囁く。手ェ出してもいいじゃないか、と。所詮遅いか早いかの違いだ、と。

 残念な事に天使の姿は見当たらず、理性で耐え切るしかナナに道は残されていなかった。

 

 

「ふふ、いつか本当に着せてもらうこと、楽しみにしてるわね」

 

「………おう」

 

 

 日本では未来の話をすれば鬼が笑うそうだが、きっと今頃腹を抱えて大笑いしていることだろう。精々今のうちに笑っておけ、と皮肉をひとつ。いつか必ず、その願いを叶えるのだとナナは静かに奮起した。

 

 夕暮れの中、静かな雰囲気の2人。少し肌寒い秋風が吹くが、隣にいる恋人の存在がそれを感じさせない。言葉はなくとも、甘い甘い空気感。

 それをぶち壊す様に、楯無のISに一本の秘匿回線通話が。

 

 

「…………もしもし。ええ。ええ。そう………わかったわ。今すぐ向かいましょう」

 

 

 一瞬にして意識が切り替わり、学生の楯無から暗部の楯無へと。通話を受け取った彼女はするり、と握っていた手を離すと両手を顔の前で合わせる。

 

 

「ごめんなさい、ナナくん。急なお仕事が入っちゃった。今日はここまでにしましょう」

 

 

 流石に1人きりにする事はできないので、学園から迎えを寄越すのでそれまで待っていて欲しい。そう付け加えようとして、ナナの視線がまっすぐ楯無を見据えている事に気がつく。

 

 どうにか誤魔化そうとして、けれど、どうシュミレーションしても上手くいかない。どうしたものかと悩む楯無に、痺れを切らしたナナが思いを口にする。

 

 

「オレも連れて行ってくれ」

 

「ダメ………って言いたい所だけど、うーん………」

 

 

 今回のミッションは潜入。それも沖合数十キロ先にある米国の秘匿空母にだ。亡国機業の情報を握っている可能性があるそこに、普通ならば連れて行くことなど以ての外。これが一夏であれば楯無も悩まずに一蹴できただろう。

 

 しかし、相手はナナ。感情を抜きにしてもメリットは大きく、裏社会に身を置いていただけあり、その手の事は慣れている。万が一捕まった時のデメリットを考えるが、引き際を弁えているからその確率は低い。

 

 できれば裏の自分を見せたくないなぁ、と彼女としての心が抗議するが、ついてきて欲しいと思う自分がいることも確か。熟考の末、ため息と共に決断を下した楯無はナナの眼前に3本の指を掲げる。

 

 

「殺しはなし、無茶はしない事、危ない時は私を見捨てる事。それが約束できるなら、連れて行ってあげる」

 

「…………All right」

 

 

 万が一見捨てなければいけない事に不承不承であるが、ここでゴネても条件を譲る事はないだろうとナナはそれを承認。よろしい、と無理やり納得すると、楯無は踵を返す。

 

 

「それじゃあ、まずは学園に戻りましょう」

 

 

◇◆◇◆

 

 

 さて、と一息入れたナナは目の前の光景を見据える。

 IS学園から程近い、臨海公園。視線の先は敷地内ではなく、その先の水平線である。道中簡単に聞かされた情報によれば、今回は亡国機業関連。手がかりとなるとなるのだから、ナナも気合の入りようが違う。

 

 

「それで?制服に着替えさせられた、って事は最悪国際問題になるからか?」

 

「そう言う事。今回は数十キロ離れた場所に停泊してるアメリカ国籍の秘匿空母。目標はその中よ」

 

 

 IS学園はその成り立ち上、いかなる国家、組織、宗教にも所属しない完全なる独立地帯。つまり、問題が起きようと国際問題にまで発展はしないのだ。

 今からやる事は紛う事なき犯罪行為。男性操縦者の価値を考えればどうなるか、想像に容易い。それは勘弁願いたいものだ、と気合いを入れ直すかのようにナナは首を鳴らす。

 

 

「そいつァ上々。ジェームズ・ボンドにでもなった気分だな」

 

「なら、私はボンドガールね。準備は?」

 

「No problem。いつだっていける」

 

「よろしい。それじゃあ、行くわよ!」

 

 

 楯無の掛け声を合図に、2人は柵を飛び越えて海へと落下。海水による洗礼を浴びると、空気を求めて海面へ。溜め込んでいた息を吐き出すと、息を整えた。

 

 

「ナナくーん!用意したゴムボートはこっちよー!」

 

 

 既に泳ぎ出していた楯無の声を頼りに、ナナも追随。そうして少し泳げば確かに、黒く塗装されたゴムボートを発見した。付属されているのはモーターとパドル、そしてゴムボートを覆い隠せるような黒い布。

 素早くそれに乗り込めば、モーターが起動。目指す先は水平線の向こうである。

 

 ゴムボートを走らせて少しして、目標を目視で確認すればモーターを停止。後は布を被ってひたすら人力で進む。停泊している船に近づいて音もなく忍び込むと、物陰から物陰へ。調理室へと辿り着いた2人は息を潜めて辺りを伺う。

 

 

「………妙ね」

 

「同感だな」

 

 

 2人が感じる違和感。それはここまでの道中、誰にも遭遇しなかったことだ。空母、というだけあり少人数で動かせるわけもなく、この大きさであれば千人単位の人間がいなければおかしい。

 

 その全員に見つからないなど、幸運の兎の加護があろうとありえないことだ。

 

 

「ハメられたか?」

 

「信用できる情報筋、のはずなんだけど………しっ!」

 

「おーい、腹減ったぞー。何か作ってくれ………って、誰もいねェじゃねェか」

 

 

 息を潜めると同時に調理室の出入り口から出てきたのはアメリカ代表IS操縦者、イーリス・コーリング。ダイバースーツのような全身装備型のISスーツに身を包んでおり、何かしらの任務があるのだろうと予想ができる。

 

 

「ちぇ、作り置きもねェな………冷蔵庫ならなんかあるか?」

 

 

 どうやら腹を満たす事を諦める様子はなく、冷蔵庫を物色し始める。今の所バレてはいないが、狭い密室。見つかる確率は高いだろう。

 

 

(ナナくん)

 

 

 さて、どうしたものか、と思案するナナの肩を楯無が叩く。そちらを振り向けば、事前に決めていたハンドサインによる会話が。寮の部屋でも使うそれは熟練の域であり、そのスピードは日常会話と何ら変わらない。

 

 

(ここ、任せてもいいかしら?)

 

(何か案があるのか?)

 

(罠の可能性が高い以上、即時の撤退。けど、念のためにセントラル・ルームに行ってくるわ)

 

(OK。騒ぎを大きくして、耳目を集めりゃいいンだな)

 

(そう言う事。それじゃあ、頼んだわよ)

 

 

 頷いて了解すると、早速行動を開始。近場の調理台を軽く蹴って音を立てれば、視線がこちらに向く。

 

 

「誰だ⁉︎」

 

「Oops。見つかっちゃったネ」

 

 

 素早く向けられたナイフの先、観念したように両手をあげて顔を出すナナ。それを訝しげに睨みながら、イーリスは周囲の気配を探る。

 

 

「お前、ナナ・オーウェンだな?ロシアの男性操縦者。どうやってここに入り込んだ?」

 

「oh、有名人になったモンだネ。ちょっと道に迷ってネ、気づいたらここサ」

 

「おー、そうかそうか………って、な訳ねェだろ‼︎」

 

 

 顔面目掛けて投げられたナイフを首を傾けるだけで躱す。ちらり、と足元を見ればそこに楯無の姿はなく、問題なく抜け出せたようだ。

 

 

「チッ、まぁいいや。お前一人ってこともねェだろ。仲間はどこだ?」

 

「HAHAHA、オレを捕まえたら教えてあげるヨ」

 

 

 それだけ言うとナナは方向転換。脱兎の如く逃げ出した。

 

 

「あ、おまっ、待て‼︎」

 

 

 固定されている調理台を飛び越えながら、その背中を追うイーリス。手持ちの拳銃による牽制がなされるが、嘲笑うかのようにナナはそれを躱す。それがイーリスの癪に触り、遂に我慢の限界が来たイーリスが最後の手段に出た。

 

 

「このっ、ちょこまか逃げやがって‼︎」

 

 

 イーリスの身体が一瞬、光の粒子に包まれるとそこから現れたのは専用機ファング・クエイク。近接戦闘に重きを置いた機体の拳は通常のものよりも2回りほど大きく、複数のスパイクがさながら牙のように生えていた。

 

 

「加減してやるから、死ぬなよォ‼︎」

 

 

 そう広くない通路。そして運の悪いことに一本道。瞬時加速による急接近を果たすと、振りかぶった拳を思い切り振り下ろす。轟音が艦内に響き渡り、空母が大きく揺れる。

 

 振り下ろした姿勢のまま、イーリスはニヤリと笑うと素早く後退しながら防御。展開した物理シールドに鉄と鉄がぶつかり合う音がする。

 

 

「ははっ!やるじゃん、お前」

 

「お褒めにいただきコーエイだヨ」

 

 

 イーリスの視線の先、ドゥガーリン=ズメエヴィチを展開したナナによる狙撃だ。

 

 ナナとしてもこの場でのISの使用は不本意。どこで展開したかは本国に通達され、そしてISの信号は日本アメリカどちらの国もキャッチしているはず。秘匿空母への潜入だけでも厄ダネだというのに、このまま時間を浪費すれば日米のIS部隊に包囲される厄満。

 

 楯無のキスを交わした幸運のツケだとでも言うべきか、本気で悩むナナ。そんな複雑な心情を、相手が待ち続けてくれるはずがない。

 

 

「いいぜいいぜ!力づくで仲間の居場所、吐かせてやらァ‼︎」

 

 

 少し離されたとはいえ、まだまだイーリスの得意な間合い。そも、狭い艦内で距離を取ることさえ難しい。連装瞬時加速(リボルバーイグニッションブースト)による細やかな移動。

 

 標準が定まらず、やむなくスヴェントヴィトを収納。エネルギークローによる迎撃を。目まぐるしく移動する相手の動きを見極め、そして動きを予想。

 

 

(………捉えた)

 

 

 イーリスが拳を握った瞬間、つまりは攻撃態勢に入った刹那を読んでの攻撃。中手の要領で穿つように振るわれた腕は、しかし空を切る。ナナがイーリスの動きを読んでいたように、イーリスもまたナナのタイミングを見計らっていたのだ。

 そして、連装瞬時加速によって背後に回ったイーリスの拳が強く握られる。

 

 

Are you redy(覚悟はいいか)?」

 

 

 読み合いに勝ったイーリスによる、渾身の一撃。一瞬にして景色がブレたかと思うと、高速で移動。少しの浮遊感の後、廊下の壁を幾つも貫いて甲板へとナナは押し出された。

 

 ISの補助機能に助けられ、なんとか姿勢は戻されるがそれでも身体を貫いた衝撃は消えてくれない。内臓を直接揺らされたかのような不快感と強烈な吐き気に襲われるが、意志の力で封殺。そんな隙を与えていい相手ではないのだから。

 

 代わりに口の中を切ったのだろう、少量の血を吐き出しながら今し方開けられた穴を睨めば、そこから後を追ってきたイーリスが顔を出す。その顔に疲労や焦りはなく、余裕綽々と言ったもの。

 

 

「おっ、結構本気だったのにスゲーじゃん。お前が年上だったら、ワンチャンあったかもな」

 

「ペッ………悪いケド、もう愛しい人はいるヨ」

 

「ははっ!あたしも年下は論外だ‼︎」

 

 

 イーリスの所属がアメリカか、それとも亡国機業か。それがわからない内は消極的に動こうとしていたナナだが、それを棄却する。

 相手のレベルは自身よりも遥かに上。殺す気でやらなければやられるのは目に見えているのだから。

 

 近接と、そしてそれを補うスピード。それから逃げながら間合いを広げる事は不可能。ならば、とナナは両腕のリングを回しながらエネルギークローを再度展開。それに気がついたイーリスがニヤリ、と口角を上げた。

 

 

「あーあ、ホント年下なのが勿体無ェな‼︎」

 

 

 イーリスの加速と同時に、ナナも前方へと加速。2機の機体が中間距離でぶつかり合い、両手と額をぶつける。パワーは拮抗しているようで、互いに一歩も引く様子はない。

 

 

「いいぜ、もっと男気みせてみろ‼︎あたしが幾らでも受け止めてやらァ‼︎」

 

「………それじゃあ、お言葉に甘えテ」

 

 

 言葉と同時に回転していたリングからそれぞれ10本の棘が伸びる。次の瞬間、炎に包まれるイーリス。そして同時に、背後から爆発に2人は飲み込まれるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 闘いの影響で揺れる艦内。それに足を取られながらも、目的地へと進む楯無は訝しげに状況を見定める。

 

 何せこれだけ派手に動いていると言うのに船員の姿はどこにも見当たらない。罠だと断定するのに時間は掛からなかった。

 だが、ここまで来た以上、情報の有無を確かめるまでは引き返せないのだ。

 

 

「なるべく急ぎましょう」

 

 

 そう思って足を早める楯無だったが、次の瞬間聞こえてきた機械音声に表情が引き攣る。

 

 

『乗員ニ通達シマス。現在、コノ艦ハ自沈装置ヲ作動サセテイマス。乗員ハ、タダチニ避難シテクダサイ。繰リ返シマス。現在………』

 

(ッ⁉︎冗談でしょう⁉︎)

 

 

 秘匿艦とはいえ、アメリカの空母を沈めてしまうというのか。そんな事をすれば、アメリカは本格的に対テロ部隊を動かす筈だ。隠密行動を第一とする亡国機業のやり方とは思えない。

 

 

(それとも、まさか………)

 

 

 亡国機業とアメリカは内通、もしくは何らかの取引をしているのか。もしかすれば、亡国機業そのものが取引材料なのか。

 

 

「………最悪ね」

 

 

 ISを盗み出せるような組織がアメリカの傘下となる。そんな最悪の事態を想像し、楯無は唇を噛む。

 

 そも、なぜアメリカの秘匿艦に亡国機業の実働部隊モノクローム・アバターのリーダー、スコール・ミューゼルの情報があるのか。裏どりは虚含めた更識家の伝手を使って取っており、そこに間違いはない。

 

 だが、何らかの見落としがあるような気がして、楯無の焦りはさらに加速する。

 

 

「とにかく、今は急がないと」

 

 

 なりふり構わず、冷えた鉄の廊下を走っていく楯無。途中、何の障害もなく、目的のセントラル・ルームに辿り着いたのが怪しさと焦りを倍増させる。

 

 けれど、それに構ってられる余裕もない。今は兎に角情報が優先だと、電子端末をハッキング。呼び出すデータは勿論、スコールについて。しかし、一向に調べてもスコールについての情報は出て来ず、該当者なしの表示が虚しくディスプレイに映し出される。

 

 

「そんな………⁉︎」

 

 

 楯無は戸惑いの表情を浮かべつつも、瞬時に思考を切り替えて検索条件を指定し直す。

 

 

「対処ーーー死亡者リスト」

 

 

 軍隊では、特殊部隊所属の者を死亡扱いにして経歴を消す事は、珍しいことではない。しかし、それでもやはりおかしい。

 

 

「………あった」

 

 

 なぜ、米軍の死亡者リストに、スコールの名前があるのか。そして、それよりも不可解な情報が楯無の目に映る。

 

 

「嘘でしょ………スコール・ミューゼルは………」

 

 

 12年前に死亡している。偽装ではなく、完全に死亡している。備えられた検屍画像にも不備はない。最終更新さ10年以上前だ。

 

 

「それに、外見は今の方が若い………どう言う事…………」

 

 

 画像を食い入るように見ていた楯無は、気づかなかった。その背後に、ゆらゆらと漂う火球が浮かんでいることに。

 

 

「ッーーー⁉︎」

 

 

 嫌な予感がして、楯無が振り向いた刹那ーーーその姿は大爆発に飲み込まれた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ふふ………」

 

 

 沈みゆく空母を眺めながら、漆黒の夜空に浮かんでいるのはスコールだった。

 ISゴールデン・ドーンを展開しているその姿は、黄金のアーマーとブロンドヘアーが重なって、ある種の神々しささえ感じる。

 

 

「さすがに死んだかしら。さようなら、更識楯無」

 

 

 背中を向けたスコールを、すかさず槍の先端が捉えた。

 

 

「今度こそ逃さないわよ、スコール・ミューゼル‼︎」

 

 

 ISミステリアス・レイディを完全展開した楯無が、攻撃を開始する。もう国際問題がどうこう言ってる場合ではない。このスコールは、危険すぎる存在なと楯無の反応が告げていた。

 

 

「はぁぁっ‼︎」

 

 

 超高圧水流弾の連射を、しかし、スコールは余裕の眼差しで受け止める。よく見ればスコールの周囲には薄く熱線のバリアが張られていた。

 

 

「無駄よ。その程度の水では、この炎の結界プロミネンス・コートは破れないもの。そしてーーー」

 

 

 楯無に向けて掲げた手。みるみるうちに手のひらに火の粉が集まり、それは凝縮された超高熱火球となった。

 

 

「貴女のアクア・ヴェールでは、私のソリッド・フレアを防げない」

 

 

 その言葉と共に放たれた火球は、楯無のバリアを貫通してアーマーに直撃する。なんとか絶対防御で凌いだものの、シールドエネルギーは大きく損耗してしまった。

 

 

「くっ………!」

 

「負けられない、逃さないーーーそんな心ひとつでどうにかなるほど、私は甘くないわ」

 

 

 距離を取って逃げる楯無を、さらにソリッド・フレアが追う。

 暗黒の夜空に、爆発の煌めきが何度も咲いた。

 

 時に躱し、時にガドリング・ランスで薙ぎ払い、どうにか事なきを得ている楯無だが時間の問題。エネルギーが切れるのが先か、被弾が先かの違いでしかなく、このまま待ち受けているのは敗北のみ。

 

 そこでひとつ、楯無は勝負に出る。ガドリング・ランスで火球を薙ぎ払い、その爆風に紛れての突撃だ。スラスター出力調整最大の瞬間加速も相まって、空いていた距離が一息の内に縮まる。

 

 しかし、それを待っていたとばかりにゴールデン・ドーンの巨大な尾の先端が、さながら食虫植物のように開くと楯無をアーマーごと捕まえた。

 

 

「くっ………‼︎」

 

「はい、お終い」

 

 

 胴体をホールドされた楯無に向けられる、巨大な火球。絶対防御を貫いて肌を指す熱に、楯無は奥歯を噛み締める。

 直撃を受ければまず間違いなく死ぬ。暗部の人間として、死ぬこと自体に恐れはない。楯無の胸中にあるのは死して残される者への謝罪だ。

 

 自身の死は家の者を含め、簪や虚、本音に深い傷を残すことになるだろう。何より、ナナが迎えに来てくれるまで死ぬわけにはいかないのだ。

 

 

「ぁああああっ‼︎」

 

 

 ミシミシと、アーマーと身体が悲鳴を上げるのも構わず、楯無は強引に身体をホールドしている巨大な口から逃れようとする。その無様な姿に、溜飲が下がる思いだとスコールは微笑んだ。

 

 更識家には何かと邪魔をされたのだ。火力を少し弱めて虐めてもいいかもしれない。そんな邪な考えが脳裏をよぎった瞬間、背後からぞくりと皮膚を刺す悪寒に襲われた。

 

 反射的に火球を後方へと発射。その先には暗い海と空が映るだけで、他には何もない。けれども、スコールは確信していた。そこに何かいるのだと。

 

 

「オイ、誰に手ェ出してやがる?」

 

 

 瞬間、楯無を拘束していた尾が半ばで切断された。突然の事で動揺するスコールを、お返しだとばかりに突如虚空から出現した炎の嵐が襲う。

 

 

「くっ‼︎」

 

「ナイスパス‼︎オラァ‼︎」

 

 

 勢いに負けて後退するスコールを、下から襲うのはイーリス。所々アーマーが煤けているが、動きに支障はないようで全力で振るわれた拳の一撃。しかし、寸前のところでそれを躱すとソリッド・フレアの嵐をお見舞いした。

 

 

「うおっ⁉︎っててて………あの野郎、まだ動けるのかよ」

 

「イーリス・コーリング………なら、さっきのはナナ・オーウェンね」

 

 

 スコールがその存在を言い当てると、虚空に紫電が走る。そしてそこから姿を現すのはナナだ。開放されて楯無に肩を貸し、怨敵とばかりに見つめる視線は裏社会で生きてきた者のそれ。

 

 邪魔にならないように、と船ごと沈めたつもりだったがそう上手くいかなかったようだ。いや、それにしてはおかしいとスコールは考える。

 計算上、激突していた2人を仕留めるには十分な熱量を爆発させたはず。完全に不意を突いた一撃を躱せたとは到底思えない。ならば、なぜ?と考えたところで楯無に駆け寄る影がもうひとつ。

 

 

「お姉ちゃん‼︎」

 

「簪ちゃん⁉︎」

 

 

 更識簪。姉と比べて取るに足らない存在。新たに専用機を持った、と言う情報は持っているが脅威になり得ないと捨て置いた者。それがスコールの火球を防いだのだと直感する。

 

 

「なんでここに………」

 

「私、聞いたの!お姉ちゃんの覚悟、お姉ちゃんの名前の意味………」

 

 

 後ろ楯無くして全てを守る。そんな意味を込めた楯無の名前。簪には内緒にしていたはずのそれを誰が口にしたのか、楯無はすぐにわかった。

 

 

(あのご老体ね………)

 

 

 IS学園長の夫にして、実質的に学園を運営している存在、轡木十蔵(くつわぎじゅうぞう)の存在が脳裏に浮かぶ。ほけほけと笑う好々爺の存在を思い出して嘆息を。

 彼の思惑がどこにあるのか、楯無にすらわからない。けれど助けられたのは事実だ。

 

 

「私だって、守られるだけじゃない!私だって、守ってみせる!お姉ちゃんを!みんなを!」

 

「へへっ、いい啖呵じゃねェか」

 

「助けられた身としては、反論できねェな」

 

 

 相手は4機とは言え3人は学生、そしてもう1人は傷を負っている。学生達も2人はダメージをかなり負っており、もう1人は落ちこぼれ。負ける要素はないと、撤退ではなく抗戦を選んだスコールの火球の嵐を、ナナとイーリスは防御する。

 

 簪のシールドパッケージ不動岩山。その広範囲防壁によって救われた2人だったが、無傷というわけにもいかない。攻勢に出ようにもその隙さえ与えてもらえないのが現状だ。

 だから、この現状を打開するには、他でもない楯無と簪に賭けるしかない。

 

 

「受け取って、お姉ちゃん‼︎」

 

 

 簪がキーボードを叩くと、複雑な記号の羅列が光となって集結する。それは、それこそが、楯無の専用パッケージ、オートクチュール。名前を麗しきクリースナヤ。

 

 その名の通り(クリースナヤ)の翼を広げたユニットは、楯無の背中へと接続された。瞬間、アクア・ヴェールの色が青から赤へと変わる。それは通常エネルギーから超高出力モードに切り替わった証だった。

 

 その想いも、重積も、力も、全てを受け止めた楯無は不敵に笑った。

 

 

「だったら私も見せてあげる‼︎私の本気、ワンオフ・アビリティを‼︎」

 

 

 楯無のその声を聞いて、スコールは嫌な予感を感じとる。

 殲滅は諦め、逃げる事を選択。自身の情報を抜かれたことは確かに痛手ではあるが、命よりも重いものはない。

 

 そう判断したスコールが踵を返そうとして、その爪先に何かが触れる。

 

 

「………?」

 

 

 おかしい。

 

 何かが空中にあればセンサーが反応するはずだ。しかし、センサーは何も知らせてくれない。肉眼で確認するが、やはり何もなく、ナナの仕業かと視線をそちらに向けるが、ライフルを構えたままだ。

 

 

(なに?なんなの?この嫌な感じは………)

 

「食らいなさい。私のワンオフ・アビリティ、セックヴァベック‼︎」

 

 

 ぞくり、と死神がスコールの肩を撫でる。

 北欧神話に出てくるオーディンの2番目の妻、サーガのみが住むことを許された館の名前。その意味はーーー

 

 

「沈むというの⁉︎私とゴールデン・ドーンが、空間に⁉︎」

 

「そう、超広範囲指定型空間拘束結界。逃げられるなら逃げてみなさい‼︎」

 

 

 その拘束力はラウラのAICを遥かに凌ぐ。何せ、周りの空間の全てに飲み込まれていくのだから、脱出も回避も不可能な、正に結界なのだ。

 

 

「くっ!こんなもの、私の炎で焼き尽くしてーーー」

 

「そう、それってどのくらいかかるのかしら?」

 

 

 余裕綽々の笑みを浮かべた楯無がミストルティンの槍を発動させ、イーリスは両拳に紫電を纏わせる。そしてその奥ではナナが8基のスラスターが集結し、銃口を向けて回転していた。

 

 まずい、ともがくスコールであるが、さらに身体は沈んでいく。見えない水面が腰にまで来ており、脚部スラスターを操ることさえ不可能。

 

 

「ファング・クエイクの最大威力、受けてみやがれ‼︎」

 

「チャージ完了………悪竜螺旋砲(ズメイ・スピライ)、発射」

 

「これで、終わりよ‼︎」

 

 

 三者三様、それぞれが持つ手札の中でも強力な一撃。この状態では逃げることも防ぐこともできない、まさに死に体。

 

 

「この私が………やられる?いいえ、まだよ‼︎」

 

 

 けれど、そう素直に諦めるような性格であればスコールは今頃既に牢屋の中だ。突撃してくる攻撃に、どうにか右手を向ける。素早く巨大な火球が生み出されるが、それで迎撃できるなどスコール自身も思っていない。

 

 攻撃が当たる一歩手前、火球はスコール自身へとぶつけられた。

 

 

「なっ⁉︎」

 

 

 制限なしの最大火球をまともに受けて、スコールの身体は大きく飛ぶ。結界から抜け出すことには成功したが、その代償は大きく、左腕が千切れていた。

 けれど、驚きはそこではない。何より全員の目を引いたのはその傷口から覗く、機械部分。赤い血液の代わりに電気が流れ、千切られた配線からスパークが走る。

 

 

「私の身体の秘密、ばれちゃったかしら」

 

「やはり、機械義肢(サイボーグ)ね」

 

「だから何だ。テメェはここで終わりなンだよ」

 

 

 くすり、と笑みを浮かべるスコール。嘲笑うかのようなそれに、ナナが素早くライフルを構えるが時既に遅し。煙幕代わりの火球が並べられ、一斉に放たれた。

 

 

「じゃあね、生徒会長さん。それと、蛇さんもね」

 

 

 そんな言葉を残して、火球の対処を終えた頃にはスコールの姿はどこにも見当たらず。無闇に追いかける時間もエネルギーもなく、みすみす逃してしまったと舌打ちを溢すナナ。

 

 

「お姉ちゃん‼︎」

 

 

 そんな危機迫った簪の声に反応してそちらを振り向けば、どうやら限界が来たのだろう簪に抱き抱えられる楯無。

 

 

「オイ、無事か⁉︎」

 

「呼吸は、安定してる………怪我も、酷くない、から………大丈夫………」

 

「あ〜、普通に操縦者保護機能でもカバー出来なくなったんだろうな。それより、そろそろこの海域から離脱した方がいいぞ?そろそろウチとお前のとこから部隊が来るはずだ」

 

 

 イーリスの言葉通り、確かに長居し過ぎた。このまま捕まるのは時間の問題だろう。そうと決まれば行動は早く、楯無は簪が抱いたまま3人は臨海公園へと急ぎ隠れるのであった。

 

 

 

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