IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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37話

 

 

ーーああ、これは夢だとナナは認識する。

 

 

「?どうしたんだ、ナナ」

 

「Non。なんでもないヨ」

 

 

 自身の口から出る言葉は意識したものでなく、予め用意していた録音を流している様なもの。虫唾が走る苛立ちを覚えても、表情が変わる事は決してない。出来の悪い人形劇を眺めている様なものだ。

 

 

「変なナナだな。ほら、シャキッとしなきゃだろ。今日は晴れ舞台なんだし」

 

 

 目の前の一夏はスーツを着ており、大理石もかくやとばかりの真っ白な廊下を先導していた。

 場所はどこなのか、ナナにはとんと理解はできない。けれど、この廊下の先に待ち受けているものは何となく予想がつく。等間隔に並べられた観葉植物も、廊下の雰囲気も、どこか見覚えがあるのだ。

 

 引き返したい、と思っても体は言うことを聞かず。ただ一夏といつもの様に軽口を交わしながら先へ先へと。

 そうしてしばらく歩けば待ち受けていたのは両開きの扉。それを一夏が開ければ、万雷の拍手がナナを迎え入れた。

 

 扉の先に待ち受けていたのは式場。中央にレッドカーペットが敷かれ、その両サイドにいくつもの長椅子。そこに座る面々はほとんどがIS学園で知り合った人々で、おめでとうと口々に叫んでいる。

 

 そんな温かい言葉と拍手を全身に浴びながら、ナナはレッドカーペットを進む。その先に待ち受けていた牧師姿の千冬の前に立つと、それを待っていたかのように再度扉が開かれた。

 

 反射的に振り返れば、そこにいたのは楯無。いつか見た、純白のドレスに身を包み、虚が演奏するパイプオルガンの音に合わせて、簪が連れ添っての入場である。

 ゆっくりと、着実に近づく彼我の距離。そして簪から楯無を受け取ると、羞恥と歓喜で顔を真っ赤にした楯無がはにかむ。

 

 

「ナナくん、私今とっても幸せよ」

 

 

 ああ、そうだろうとナナは思う。愛されている自覚はあるし、彼女を愛している自信もある。共に歩む人生を考えたことなど、両手の指では足りないだろう。

 

 そして、その度に思うのだ。今の自分にはその資格がないのだと。

 

 未だ何の成果も上げず、爆弾付きの首輪を身につけて飼い慣らされる己は、彼女と並び立つには不相応。愛を謳うキリストだろうと、腹を抱えて笑うだろう。

 

 だからこれは夢だ。

 現実を受け入れられない、弱気な自身が見せた願望なのだ。

 

 こんな夢など、これ以上見たくはない。これ以上己の弱さを直視できるわけがない。けれども、夢の中のナナは楯無に負けないくらいに幸せそうな笑みを浮かべて答える。

 

 

「俺もだよ、楯無」

 

 

 顔の前に垂らされた薄いベールを上げて、楯無の瞳を直視する。そして、肩に手を置いた方思えばゆっくりと顔を近づけた。それがいつかの焼き回しだと気づくのに、時間はいらない。

 

 ああそして、2人は幸せなキスをして終了。何とハッピーエンドだろうか、と皮肉を溢す。さっさと覚めてくれ、と天に願うナナ。目を覚ました時に記憶に残らない様に、と強く祈るしかないのだ。

 

 そして、その願いが叶ったのだろう。辺り一面が暗闇に包まれる。次いで、パンッと乾いた音。懐かしく、耳馴染みのある音に一瞬意識を奪われて、ゴトリと思い何かが倒れた音に反応が遅れた。

 

 嗅ぎ慣れた、血と硝煙の匂い。肌を刺す死の気配。もう二度と感じる事はあるまいと覚悟していた感覚が、ナナの五感を刺激する。

 

 

「は………?」

 

 

 いつの間にやら手の中にある、馴染み深いもの。黒く重厚なソレは、仕事を果たしたとばかりに煙を吐く。そして、その先に倒れる楯無。

 うつ伏せに倒れた彼女の表情は伺えないが、溢れ出す血が純白のドレスを汚す。

 

 嘘だろう、と恐る恐る。けれど確信を持って楯無を抱き起せば、見慣れない額の穴。そこから流れ出る血が綺麗な顔を汚し、虚な瞳はナナを責め立てるよう。

 

 

「ナナ、お前………」

 

 

 どうして、と。何があったのだ、と困惑するナナに追い討ちをかけるように一夏な声が。釣られて振り向けば、式場にいた参列者がこちらを見ていた。まるで信じられないものを見たかのようにこちらを見つめ、そして裏切られたとばかりの拒絶がその視線に込められている。

 

 やめろ、やめてくれ。これは何かの間違いだ。

 そう声に出そうにも、引き攣ったような音しか口から漏れず、視線の鋭さは増すばかり。そのうち、群衆の中から固いものが投げられた。

 それは見事にナナへと当たり、それを皮切りに全員が物を投げる。

 

 口々に叫ぶのは否定の言葉。

 信じていたのに。裏切り者。殺人鬼。化け物。消えろ。二度と姿を現すな。最愛の人を自らの手で殺し、罵詈雑言を浴びせられ、ナナの精神はぐらつく。

 

 ぐらり、と視界が揺れ、動悸が激しくなる。これは夢だ、ただの夢だと必死に言い聞かせても中々覚めてはくれず、生々しい五感への刺激は消えてくれない。

 

 助けを求めるように、縋るように、腕に抱く楯無へと視線を向ける。けれど、虚空へと向けた視線が批難するようにナナを貫き、喉が引き攣く。そして、死んだはずの楯無の口から言葉が紡がれた。

 

 

『ひ と ご ろ し』

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ッーーーー‼︎‼︎」

 

 

 声にならない絶叫を上げて、ナナの意識は覚醒する。先ほど見た悪夢は忘却されず、未だ鮮明に脳裏をよぎっていた。思わず震える指先で首筋のチョーカーに触れて、まだ繋がっている事を確認してしまった。

 フラッシュバックする度に心臓が早鐘を打ち、汗が背中を伝う。上下する肩にポンと手が置かれ、反射的に飛び退くナナ。だが、すぐに後頭部を激しく打つと、患部を抑えて蹲った。

 

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 

 蹲るナナを心配そうに覗く楯無。一瞬、夢での光景がフラッシュバックしてナナが固まるが、楯無は不思議そうにするだけ。あの恨めしそうな視線は、正気のない瞳はどこにもない。

 それに安堵の息を溢し、ただの夢だと一蹴。幾分か痛みの治った患部から手を離し、いつもの様にナナ・オーウェンの役に入る。

 

 横目で周囲を見渡し、覚醒した意識で状況を把握。場所は京都へと向かう新幹線の中。隣には楯無、そして周囲には2、3年を含めた専用機持ちたちに教員の千冬と真耶。実に錚々たる面子だ。

 全員が全員、何があったのだと好奇の視線が向けられ、ナナは苦笑い。悪夢を見て、など馬鹿正直に話せるわけがない。

 

 

「No problem。ちょっと………そう、ちょっとだけ、寝つき悪かっただけだヨ」

 

「あー、やっぱりナナも緊張してるのか?」

 

「かもしれないネ」

 

 

 前の座席から顔をひょっこりと出した一夏の問いに、ひらひらと手を振って答える。この数ヶ月の付き合いで、ナナが何かを隠している事は一夏も楯無も理解できる。しかし、本人が口に出さないのなら問い詰めるわけにもいかないのだ。

 

 不承不承ながら納得した2人を置いておき、なぜ京都へと向かっているのか、ナナは数日前の事を思い出す。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「さて、亡国機業掃討作戦。その動きについて説明します」

 

 

 数日前、IS学園の一室にて。

 今年は様々なイベント、もとい騒動によって延期になっていた修学旅行。それを実行すると楯無は全校集会にて発表した後のことである。

 

 またしても第三者の介入があるやもと、京都修学旅行への下見として選出された専用機持ち。その詳細な打ち合わせと言う名目で集められ、そう告げられたのだ。

 

 突然の話で動揺する一年。しかし、予想をしていたのか、はたまた情報を仕入れていたのか。2、3年の専用機持ちに驚きはない。

 

 

「あー、やっぱりやるんスかぁ…………だるいなぁ」

 

 

 特徴的な口調でけだるそうにしているのは、2年のフォルテ・サファイア。相も変わらずマイペースで、今もだらりとソファーにもたれかかっている。

 整っているとは言い難い長い髪を、太い三つ編みにして首に巻いているのが特徴だった。体躯は平均よりも小さめだが、猫背がますますシルエットを小さなものにしていた。

 

 

「いよいよってわけか、生徒会長」

 

 

 こちらはこちらで、壁に背を預けて格好をつけている3年のダリル・ケイシー。

 ただでさえ高い身長は背筋がしっかりとしているために余計に大きく見え、金髪のホーステールや顔立ち、普段の立ち振る舞いから付けられた渾名は兄貴分のお姉様。泣かした女は数知れず、それでも人気は衰えないのは一種の才能である。

 

 

「んまァ、オレの専用機ヘル・ハウンドも2.8verになったしなー。そんな予感はしてたけど?」

 

「はいはい、自慢はわかったから。皆んなには嘘偽りなく国際テロ組織への攻撃を行ってもらうわ。情報収集は私が担当するから、みんなはISを抑えてちょうだい」

 

 

 楯無の真剣な声に、場の雰囲気が一気に変わる。

 ぴりぴりとした緊張感は、それだけで全員の気を引き締めるだけの効果があった。

 

 

「と言っても、当日は2人一組に分かれての自由行動よ。おびき寄せて、出てきた所を叩くわ」

 

 

 それでは各自、出撃に備えて解散!と宣言してその場はお開きに。個別に話があるから、と残されたナナは全員が退出したのを確認すると、スイッチを切り替える。学園生活を送るナナから、裏社会を経験してきた殺し屋として。

 

 

「それで?本当の目的はなンだ?」

 

「あら、バレてた?」

 

「隠すつもりあったのか?」

 

 

 相手の潜伏場所がわかったからと、即座に切り込むような真似を楯無はしない。寧ろ、罠がないか、情報の真偽はどうかと慎重に動くタイプだ。

 そんな人間が態々情報を公開し、あまつさえ行き当たりばったりな作戦を立てるとは思えない。即ち、殲滅作戦は囮。真の目的は別にあるとナナは考えていた。

 

 そして、その予想は大当たり。楯無としても隠すつもりはないのだろう。その目的を話し出す。

 

 

「別に、掃討作戦は嘘じゃないのよ?ついでに内通者を炙り出そうと思って」

 

「………あの中にいるのか?」

 

「可能性が高い、ってだけよ」

 

 

 ナナの目つきが鋭くなり、これまでの事を振り返る。確かに、亡国機業の案件ではこちらの内情が筒抜けだった。フェリスが情報を抜き取った、とも考えられるが、そう何度も抜き取れる様な設備ではない。内通者がいる、と考えるのもおかしくはないだろう。

 

 

「みんな知ってる中だし、疑いたくはないんだけどね………」

 

 

 楯無からすれば皆と交流があり、何より守るべき生徒たち。感情だけで言えば疑いたくはない。しかし、後手に回り被害が出ている以上、そうは言ってられない。

 

 日本の暗部として、その情報網をフルに活用し、亡国機業共々追い詰める覚悟である。

 

 

「あン中で除外できンのは………一夏と簪くらいか?」

 

「そうねぇ………情報の入りやすさから考えると、一般生徒だった箒ちゃんも除外してもいいかもね」

 

 

 確かに、専用機持ちと一般生徒では入ってくる情報量はまるで違う。利用価値で考えれば、専用機持ちと判断していいかもしれない。

 しかし、そうなると鈴、セシリア、ラウラ、シャルロットまで候補に入るのだ。決して浅くはない交流を深めている中、疑うのは辛いものがある。

 

 苦虫を噛み潰したような顔になるが、頭を振って意識の切り替えを。殺し屋時代はこんな事で悩まずにすんでよかったのに、とほんの少し後悔。

 

 

「どうやって炙り出す?」

 

「予定では一夏くんを1人で行動させるつもりよ。入り組んだ京都の街なんて、ナナくんからすれば絶好の機会じゃない?」

 

「否定はしねェ………だが、どう説明する?」

 

「一夏くんには撮影係にでもなってもらうわ。旅のしおりを作るために、って誤魔化してだけど」

 

 

 それはつまり、一夏に囮になる事は秘密にしておくと言う事だ。まぁ、不自然な演技でもされたら相手が警戒して出てこなくてなるかもしれないので、仕方がないのかもしれないが………

 

 

「…………一夏のやつ、また知らされてないって蜂みてェに騒ぎ出すぞ」

 

「…………今度、埋め合わせするわ」

 

 

 今までと同様、作戦は内緒に。一夏の怒りは最もで、埋め合わせは必須だろう。具体的に何がいいかは次の機会に考えるとして、取り敢えずは作戦を。

 

 

「一夏の護衛はどうする?」

 

「ナナくんにお願いしたいところだけど、今回は別の人に頼んでるわ」

 

「?教員か?」

 

「いえ。信頼できる人よ。前回のスコールの時や今回の情報も、その人からの提供よ」

 

「そりゃ頼もしい。どこのどいつだ?」

 

 

 肩を竦めそう問いただすナナだが、返事はない。にやにやと、揶揄うように悪戯心満載の笑みで楯無は見つめるだけ。つまりは内緒、だと言う事だ。

 

 

「OKOK、口は少ないに限るって事だろ」

 

「そう言う事。どこで聞き耳立てられてるか、わかったもんじゃないしね」

 

 

 一応、教室の外に人の気配はなく、盗聴の電波も引っかかっていない。ある程度の安全は保証されているが、絶対ではないのだ。必要以上の情報は秘する他ない。

 それがわかっているからこそ、ナナも深くは追求しない。ただ下手な相手ではないのだろうと予想するくらいだ。

 

 

「ほら、そろそろ一夏くんたちと合流しないと怪しまれるわよ」

 

「そうだな………なンて誤魔化す?」

 

「デートの予定を立ててた、とでも言えば大丈夫よ」

 

 

 あながち嘘ではないし、と付け加える楯無。実際、チャンスがあれば京都デートへと洒落込むつもりであるのだから。

 そんなもので誤魔化せるか、と一瞬疑問を浮かべるナナだったが、先ほどの一年専用機持ちたちの事を思い出す。

 

 掃討作戦への意気込みはあるのだが、時折注がれる視線は一夏へと。旅行と言う非日常を利用してチャンスを虎視眈々と狙う、狩人の目だった。だとすれば誤魔化は効くのだろう。

 

 本当に作戦は大丈夫なのか、と一抹の不安を他所に、京都修学旅行の下見の日は近づくのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 翌日には旅行への準備として買い出しに付き合わされたり、京都でいい雰囲気になるためにはどうするべきか相談されたりと色々あったが、こうして修学旅行の下見を迎える事ができたのは僥倖。

 

 トンネルを抜けるたびに見える空はまさに秋晴れで、絶好の日和。これも日頃の行いだろうと内心で皮肉を溢す。

 あんな悪夢を見た後で気は晴れないが、もう一度眠るという選択肢はない。本来の作戦を気取られないように用意した旅行雑誌でも読むか、と気を紛らわせようとした時である。

 

 

「ハッ、どうやらビビってるみてェだな、生徒会長の旦那様は」

 

 

 楯無を挟み、更に通路を挟んだ隣り。行儀悪く前の肘掛けに足を乗せるダリルの言葉が耳に入る。嘲笑を込めたソレに一瞬血が昇るが、頭を振って何とか阻止。

 何かしたのか、と隣の楯無が視線で問いかけるが、ナナとしても喧嘩を売られる理由がわからない。

 

 

「まァ?そこそこの実力の一年坊じゃ仕方ねェよな。現地で大人しく観光してな」

 

「ちょっと、ダリル?口が過ぎるんじゃない?」

 

 

 カチン、ときたナナよりも早く反応する楯無。彼女として、彼氏が悪く言われる様を許しておけないのだろう。通路越しに睨み合う2人を、ナナとフォルテが止めた。

 

 

「はいはい、何してるんスか。作戦前っスよ?」

 

「楯無もwaitネ。喧嘩してる場合じゃないヨ。それにしてもケイシー、なンでそンなに邪見するノ?」

 

「ああん?決まってるだろ?」

 

 

 そう言って後ろから羽交締めにしようとするフォルテを振り切り、手持ちの鞄からひとつの雑誌が取り出される。

 何度も読まれたのだろう、少しヨレヨレになった雑誌の1ページ。広げられたそれに、ナナは言葉を失う。

 

 何せ、先日のブライダルイベントでの写真だ。キスシーンをメインに、いくつかの写真が掲載されており、発売と同時に話題となった一冊。特に黛薫子の姉と撮影者の照山は交流があるらしく、姉経由でIS学園の新聞にも掲載されたのだ。

 

 阿鼻叫喚と達成感による歓声。あれほど混沌とした場を、金輪際見ることはないだろうとナナは確信している。あまりやりすぎるな、と学園側からは鍵を刺された程度なのは不幸中の幸い。本国からは許可を得ていない撮影だ、と小言を言われた程度である。

 

 楯無も満更ではないらしく、机の上に堂々と件の雑誌が置かれているのだが、それはさておき。

 

 

「?それがどうしたの?」

 

「わかってるだろ、生徒会長様よォ………学園一熱いカップルはテメェらじゃねェ‼︎オレとフォルテに決まってるだろ‼︎」

 

 

 ああ、そういう………とは周囲の誰が溢した言葉だろうか。埒外の返答にナナは言葉が見つからず、それなら証明してみろとばかりに挑発的な笑みを浮かべる楯無。そして件のダリルは背後からの重い一撃で言葉を失った。

 

 

「悪いっスね。ウチのバカが暴走して」

 

「Ahhhh…………No problem」

 

 

 ISを部分展開させての一撃。少なくとも京都に着くまで目を覚ますことはないだろう。面白くない、の不満気な楯無を宥めて安堵のため息を。

 流石にこれ以上騒げば千冬からの怒りが飛んでくるだろう。日頃の疲れからか、アイマスクをして仮眠を取っていたはずの千冬。しかし、騒動に目を覚ましたのか、アイマスクを親指で少し上げて隙間からこちらを睨んでいた。

 

 これ以上騒ぎを起こすな。時として、視線と言うのは雄弁に語るのだ。

 

 

「あー………ナナ、お疲れ」

 

「ハァ………一夏、副会長だロウ?手伝ってヨ」

 

「間に入ったら拙いってことは、誰だってわかるぞあれは」

 

 

 まぁ、一夏が間に入った所で飛び火するだけだっただろう。それも、他の専用機持ちを巻き込んでの痴話喧嘩。千冬の鉄拳制裁が目に浮かぶ。

 

 

「あ、そうだ。写真いいか?」

 

 

 思い出したようにナナが取り出したのはアナログカメラ。今やケータイにも高画質の撮影機能が付いているというのに、とナナは思う。

 アナログカメラ自体もかなり年季が入っているようで、所々に細かい傷が。それでも時折手入れしているのだろう、見た目は悪くはない。それだけでそのカメラに思い入れがあるのだろうと察することはできる。

 

 

「あら、しおりの1ページにするの?私とナナくんのラブラブなところ、ちゃんと撮ってね」

 

「あー、わかりました。いきますよー。はい、チーズ」

 

 

 一夏の声に合図に合わせて楯無はナナの腕を組んでピースサイン。隣のナナもぎこちなくポーズを取って応えた。

 

 

「ちょっと、ナナくん。ぎこちないわよ。一夏くん、もう一回!」

 

 

 悪夢を少し引きずるナナにとって、かなり無体な話。やめてくれ、と訴えかけた視線は一夏に通じてはいるが、どう断るべきか悩んでいるようだ。けれど、助け舟は思わぬところから飛び出した。

 

 

「ずるいですわ、楯無会長!一夏さん、被写体でしたらわたくしが1番では⁉︎」

 

「何言ってんのよ、セシリア。一夏、あたしを撮りなさいよ!」

 

「僕も撮って欲しいなぁ、なんて………」

 

「家族写真………ふむ、それもいいだろう」

 

「一夏……わ、私も………‼︎」

 

「しょ、小学校以来ではあるが、その、私も」

 

「え、えぇ⁉︎」

 

 

 意中の男子をカメラ越しに悩殺せんと、我先にと手が上がる。まぁ、それなら仕方がないかと楯無が諦めたのはいいが、今度は別の問題である。今度は一夏がナナに救済を求めるが、そっと視線を逸らす。こんな所で馬に蹴られて死にたくはない。

 

 

「いい加減にしろ、貴様ら」

 

 

 けれど、今度こそ目を覚ました鬼神に、全員仲良く拳骨をくらい大人しく成らざるを得ないのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 京都に到着し、駅名物の長階段で集合写真を撮って少し。

 教師陣は本日の宿へと向かい、他の面々は京都漫遊を。そして楯無とナナは連絡の取れない情報提供者を探しに京都の街を散策していた。

 

 

「ンで、その情報提供者ってのは結局誰なンだ?」

 

「うーん………まぁ、ここまで来たら話しておくべきね。情報提供者はアリーシャ・ジョセスターフ。第二回モンド・グロッソの優勝者よ」

 

 

 それはつまり、千冬と同じブリュンヒルデと言うこと。思っていた以上のビッグネームに流石のナナも動揺を隠せない。同時に、なぜここまでIS学園が出張っているのかも理解する。

 

 

「なるほどな………向こうが介入するとなれば国際問題。その点、オレらなら最悪、演習の一環で済ませられるって魂胆だな」

 

「そう言うこと」

 

 

 日本に国際テロ組織が潜入してるとなれば、戦場は当然ながら日本となるだろう。しかし、それをすると日本出身である篠ノ之束にどう印象を持たれるかわからない。だからこそ秘密裏に、そして角が立たないようにIS学園が動くことになったのだ。

 

 本来なら国が動くべきだろう、と不満はあるものの、それを口に出さない分別はナナにもある。ケータイでアーリィを調べ顔を確認。昔ならば、フェリスに頼んで監視カメラから人相を照合、標的の捜索など一発だったのだが今は望むべくもない。

 

 

「チッ、Wop(イタリア野郎)かよ………そりゃ時間も場所も守らねェな。今頃どっかのカフェで、誰かのケツでも追ってるだろうよ」

 

「随分とご挨拶ね。イタリアで何かあったの?」

 

「別に、何もねェが………」

 

 

 あの悪夢が尾を引いているのか、今のナナの精神は少し殺し屋時代に寄っている。どうせ嫌われるならいっそ、と心のどこかで考えてしまっているのだ。

 それを意識してしまい、そうじゃないと頭を掻く。今の自分はナナ・オーウェン。IS学園に通う、首に爆弾をこさえた専用機持ちなのだと必死に言い聞かせる。

 

 

「どうしたの、急に?」

 

「別に………にしても楯無。裏切り者、わかったぜ」

 

「本当⁉︎でも、なんで?」

 

「歩き方だったりなんだっりあるが………1番は匂いだな。ありゃこっち側だ」

 

 

 新幹線の中、ほんの少しの会話ではあるが、その立ち振る舞いや話術、そして京都に到着した時の緊張。その情報をナナは匂いとして認識し、ダリルの裏切りに確信を得ていた。

 

 あれはナナと同じく、裏社会を見てきた者だ。そして人間である以上、どれだけ冷徹に努めようとしても標的に近づくにつれ適度に緊張する。プロはその振れ幅が狭いが、ダリルはそこまで多くの経験を積んでいないのだろう。裏切る予定があるのか、京都の街に向かう緊張をナナは見逃さなかった。

 

 

「………アーリィの捜索は織斑先生達に引き継ぐわ。私たちはダリルの確保を」

 

「現行犯を抑えた方が早ェ。その為にシロの簪たちに護衛を頼ンでンだろ?」

 

「万が一があるでしょう。本当、どうしちゃったの、ナナくん?」

 

 

 いつもなら一夏くんを囮にする時は安全策を取るのにと言われて、ハッとなる。ああ、そうだ。一夏は初めてできた、同性の友人。それを態々危険に晒すなど、あり得ない。

 「fack………」と呟いて、己の愚かさを呪う。反省は後に、今はとにかく一夏の安全だ。

 

 

「ナナくんはダリルの捜索を。私は一夏くんの安全確保を」

 

「Yeah」

 

「………後で話、聞かせてもらうわ」

 

「………yeah」

 

 

 悪夢を引きずったから、など情けない話ではあるが、理由を聞かない限り楯無は引かないだろう。例え作り話をしようと、必ず見抜かれると言う確信がナナにはあった。

 

 それは兎に角後回し、今はダリルの捜索が優先だ。地道に探すのは時間が足りず、ナナがISを展開すると同時刻。遠くから一発の銃声がナナの耳に入るのだった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「暗殺は失敗、と。あのエロガキ、さっそく女をたぶらかしてやがったか」

 

 

 ビルの屋上にて、スナイパーライフルを構えたダリルは舌打ちをひとつ溢す。スコープの先、500M離れた標的の一夏は着物を着崩した女ーーーアーリィ・ジョセスターフの手により守られた。

 

 まぁ、ダメ元での作戦だ。できたらラッキー程度であり、そこまでの落胆はない。

 

 

「なに、してんスか………?暗殺って………わけ、わかんないっスよ………」

 

 

 その背後、強引に連れてこられたフォルテは、ただただ戸惑っていた。

 信頼していた相棒にして、面倒見のいい先輩。そしてなにより最愛の恋人。それら全ての現実が、フォルテのリアルが、目の前で崩れ去っていく。

 

 

「オレのコードネームはレイン・ミューゼル。炎の家系、ミューゼルの末席ってやつ」

 

 

 何でもないように正体を明かしたレインは、ヘラヘラと笑っている。

 それがあまりにもいつも通りで、いつもの飄々とした様子で、その癖格好付けで………フォルテは泣きそうになってしまった。

 

 

「どう、して………ッスか………?なんで、亡国機業につくんスか………?みんな、みんな………裏切って、どうしてッスか………?」

 

 

 困惑に満ちたフォルテの声は、か細く、弱い。

 

 

「なんでっていわれてもな。ま、運命ってやつだ。呪われてんのさ、うちの家系は」

 

 

 自嘲を込めて笑うレイン。これ以上の狙撃は不可能と判断したレインはライフルを適当に放り捨てると、フォルテへと向き直る。

 

 

「さて、この位置はもうばれてるし、さっさと決めなきゃな?」

 

「決めるって………何をッスか………」

 

「わかってんだろ?」

 

 

 IS学園にとどまるか。

 

 それとも、レインについて行くか。

 

 

「なぁ、裏切ろうぜ。この世界の全て、裏切っちまおうぜ」

 

 

 それは、なんて甘美な言葉だったのだろう。

 しかし、甘美ゆえに、その濃厚な誘惑ゆえに、フォルテは頭を抑えてぐらりとよろめく。

 

 

「っと」

 

 

 それを抱きしめて支えたのはレインだった。

 

 

「ついてこい、フォルテ。オレと一緒に、引き裂いてくれ」

 

「引き………裂く………?」

 

「そうさ。この腐った世の中とーーー呪われた運命を、な」

 

 

 そう言って、強引なキスを迫ろうとした瞬間、突如としてレインはフォルテを突き放す。自身も大きく後退すると同時に、突如として2人の間の床が轟音を立てて抉れた。

 虚空から舌打ちが聞こえ空中に紫電が走ると、そこから姿を現すナナ。その表情に温度は無く、底冷えする様な視線でレインを睨む。

 

 

「よォ、Bitch。鉛玉でfackされる覚悟はできてンだろうな?」

 

「ハッ!人の恋路を邪魔すんなよ、蛇野郎が‼︎」

 

 

 瞬間、展開されるのはダークグレーの装甲に両肩の犬頭から炎が呼吸のように吐き出すのが特徴的なIS、ヘル・ハウンド。展開した双刃剣とナナのエネルギークローが衝突し、空気を震わせる。

 

 

「安心しろよ。情報を洗いざらい吐かせた後は裏切り者(ユダ)よろしく、首を吊るしてやる。そうすりゃ、テメェのその安っぽい恋路も、地獄の特等席から高みの見物ができるだろうよ」

 

「デカい口叩いてんじゃねぇぞ、一年坊(ルーキー)‼︎物陰に隠れて、マスでもかいてろや‼︎」

 

 

 両肩の犬頭が口を開き、火炎を撒き散らす。同じくナナも両腕から火炎放射器を発動させると、互いの炎が2人を後押しして強制的に距離が開く。素早く遠距離武器による攻防が始まるが、どうやら狙撃にはナナに分があるらしい。数発とはいえ、肩や脚に被弾するレインは舌打ちを。

 

 総合的な操縦技術で言えば、圧倒的にレインの勝ち。だがそれを機体のスペックで埋められ、尚且つナナの得意分野ではレインは後塵を拝する。どうにか接近戦に持ち込もうとするが、それを遮る様に一歩踏み出した目の前を唸りを上げる風の槍が通り過ぎた。

 

 

「おやぁ?出遅れたみたいサね」

 

「アリーシャ・ジョセスターフ………!」

 

 

 一夏を守護した、二代目ブリュンヒルデ。専用機であり嵐の名を冠するISテンペスタは世界中で名が知られ、その能力もまた広く知られている。

 それは風を自在に操るという、単純にして強力なもの。球数に限りは無く、下手な相手であれば能力のみで完封できるのだ。

 

 イレギュラーであるナナの登場で忘れていたわけではないが、思ったよりも早すぎる。いや、この場合、ナナに思ったより手こずっただけか、と考えを改め舌なめずりを。ヤバすぎる状況に、レインは思わず興奮していた。

 

 

「テメェ、今までどこにいやがった」

 

「ナナ・オーウェンだね、君は。なぁに、ちょっとイケメンの彼を追いかけてただけサ」

 

「チッ、高貴(ロイヤル)ってやつはこれだから困る………」

 

 

 まぁ、いい。とナナは状況を整理する。ナナとアリーシャでレインを挟撃できる位置取りであり、レインを逃すことはほぼほぼないだろう。問題はイレギュラーが起きた時に対処できるか。

 

 冷静に、冷徹に。獲物を締め殺す蛇の様にレインを捕らえる。アリーシャとの共闘など理外の外へ。ただただそれだけを意識して、ナナは銃を構える。

 スコープ越しに定めるのは、レインの眉間。けれど、あの悪夢がフラッシュバックして、引き金にかけた指が強張る。

 

 いや、アレはただの夢だ、と頭を振って割り切り、意識を切り替える。だが、トリガーを引こうとした瞬間に網膜を焼くエラーの文字。見れば銃口が氷に塞がれている。

 

 それがナナの今の心のようで、思わず動きを止めたナナの横っ面を飛来した氷塊が殴り飛ばした。

 

 

「フォルテ………」

 

「はぁ、はぁ………‼︎」

 

 

 氷塊を生み出した張本人、フォルテ・サファイア。これが明確な裏切り行為だとは、理解している。覚悟を決めていざ実行したものの、その精神的負担は大きく、緊張で肩で息をする。

 けれど、それを吹き飛ばすようにフォルテは声を上げた。

 

 

「何なんスか、いきなり‼︎勝手に騒いで、勝手に裏切って、勝手に置いていこうとして‼︎うちら無敵の防壁、イージスッスよ‼︎だいたいっ、誰がっ、私の髪の毛を編んでくれるんスか‼︎あなたがいなくなったらっ‼︎誰がっ‼︎」

 

 

 全力で叫んだ。本当の気持ちを吐き出した。そしてーーーIS学園と祖国を裏切った。

 

 

「OKOK、どうやら天国への片道切符は一枚じゃ足りねェらしいな」

 

 

 見つめ合う2人の間を、レーザー砲が遮る。オゾンを焦がす匂いがそのままナナの心象のようで、冷たい視線の中に激しい怒りが込められていた。

 

 

「やれやれ、お仕事が増えたみたいサ。君、邪魔になるから下がってるのサ」

 

「勝手に踊ってろよ、お姫様。こいつァオレの仕事(テリトリー)だ。アンタの邪魔をしちまったら、ま、そン時は御愁傷様だ」

 

「いけるな、フォルテ」

 

「ええ。うちら無敵のイージス、あんな奴ら返り討ちッス‼︎」

 

 

 秋晴れ陽気の京都の空。それを覆すかのように重い空気を纏いながら、4機のISは睨みを効かせるのであった。

 

 

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