IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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38話

 

 

 京都の空で踊る4機のISの舞台は、混迷を極めていた。

 

 

「オラ、どうしたババア‼︎」

 

「年上には敬意を払うものサ‼︎」

 

 

 精一杯の虚勢を上げて、双刃剣を振るうレイン。けれど、まるで踊るようにアリーシャが回避すると、反撃の風の槍がレインの背面を叩こうとする。

 

 

「危ないっス‼︎」

 

 

 寸前のところで、フォルテが生み出した氷塊。相殺され砕けた氷の破片がキラキラと太陽の光に反射して、ある種の幻想的な風景であるがそれに見惚れている時間はない。

 

 ゾワリ、と背筋を伝う悪寒。ISの警告よりも早くフォルテがその場を離れると、一拍遅れてその空間を炎が焼く。IS越しに背中を焼く熱波だが、悪寒は消えてくれない。

 

 

「動いてンじゃねェよ、Rat(ドブネズミ)。地獄に特等席を用意してやるから、大人しく座っとけ」

 

「あんま、歳上ナメない方がいいッスよ‼︎」

 

 

 ISの能力により生み出した3本の氷柱。それをナナへと飛ばすが大きく後退して躱すと、虚空の中へと姿を消す。

 

 炎を操るレインのIS、ヘル・ハウンド。冷気を操るフォルテのIS、コールド・ブラッド。そのエネルギーによる分子の相転移によりエネルギーを変換、分散させて発動する防御結界イージスであるが、それは2人が揃ってこそ発動できるもの。

 

 それはナナとアリーシャもわかっているのだろう。ただでさえ、実力差のある2人が即席のコンビを組める筈がない。各個撃破を目標とする選択を、それぞれ取っているのだ。

 

 レインの炎はアリーシャの風で無効化され、フォルテの冷気はナナの炎で溶かされる。相性は最悪であり、詰将棋のように追い詰められるのは時間の問題。

 

 だが、それでもレインとフォルテは諦めていなかった。

 互いを信じて、動きを把握して、目線だけで会話する2人の連携は歴戦のもの。その実力は楯無にだって劣らない。

 

 

「何か考えているようサね。けど、私が見逃すと思ったら間違いなのサ‼︎」

 

 

 テンペスタの本領発揮とばかりに、アリーシャは両腕を左右に広げる。風が唸りを上げて集まり、やがて像を作り上げていく。アリーシャと瓜二つの実像を。実体のある分身、これこそがアリーシャのワンオフ・アビリティ疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)。トレース・ムーヴィングで動く、数の利を覆すものだ。

 

 

「ハッ‼︎オレら如きにそんなもん見せてくれるなんざ、光栄だね‼︎いつからサービス精神旺盛になったんだよ」

 

「強者の余裕、と言って欲しいものサ」

 

 

 アリーシャの指示に従い、生み出された2体分身が動き出す。実体そのものが超高速回転の風でできているため、触れるだけでも装甲が削られるそれ。防御特化かつ、シールド・エネルギー規制のかかっている今の2人には手強い相手。

 

 けれど、幸運の女神が微笑むのはこれからだった。

 

 フォルテへと向かった分身の1体。その中心を極太のレーザーを貫き、フォルテへと向かう。間一髪、霧散した分身が教えてくれなければわからなかったそれを躱すと、レインのフォローへ。

 

 レーザーを放った下手人であるナナは虚空から姿を現すと、不機嫌さを隠さずに解放回線で苦言を漏らす。

 

 

「チッ!射線に入ってくンじゃねェよ、イタ公。ここは花道(ランウェイ)じゃねェぞ」

 

「やれやれ、ダンスパートナーに恵まれないなんて、不運でしかないサ」

 

「テメェ………オレを庭に迷い込んだ野良犬とでも思ってンのか」

 

「まさか。野良犬の方がまだ賢いサ」

 

 

 ぶちり、と言わんばかりにナナの顳顬に皺が寄る。

 元々気に食わない相手であり、今のナナからすれば邪魔な障害。アリーシャからすれば実力が伴わない三下。決定的に仲は合わなかった。

 

 

「チッ、こいつァ最高のカードだな、クソッタレ」

 

「子供の癇癪は聞き流すものサ」

 

 

 共闘は不可能。そう判断したナナはエネルギークローを展開。レインと接触しようとするフォルテを妨害しようとするが、次々と生み出される氷の壁がそれを防ぐ。

 

 ただそこにあるだけで凍えるような冷気を発する壁を炎で溶かそうものなら、辺りは水蒸気爆発に包まれるだろう。有利だと思っていた相性は、経験の差で覆される。

 

 壁を避けても進路を防ぐように生み出されるそれにジレンマを。その怒りをぶつけるようにレーザーとクローで破壊した瞬間、目の前に迫る特大の氷塊。

 

 

「いい加減、しつこいッスよ。私はあんたの女じゃないッス」

 

 

 防御は間に合わず、腕を振った死に体を狙った一撃。回避もできずに直撃を許し、アーマがミシミシと軋む。氷塊を抱いたまま重力に従い地上の駐車場に沈むと、ナナの反応が途絶えた。

 

 

「レイン‼︎」

 

「フォルテ‼︎」

 

 

 アリーシャの激しい攻撃の嵐を受け止めながら手を伸ばすレインとフォルテ。そして、その手が繋がれると防御結界イージスが発動。風の分身が無効化され、アリーシャ自身も後退させられる。

 

 

「やるぞ!アレを!」

 

「はっ⁉︎アレっスか⁉︎恥ずかしいんスけど⁉︎」

 

「言ってる場合か‼︎」

 

「うら若き乙女がやるとかアレとか、はしたないのサ‼︎」

 

 

 体勢を整え、再度突っ込んでくるアリーシャを前に、レインはフォルテを抱き寄せて熱くくちづけをした。

 

 

「いくぞ………!凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)‼︎」

 

 

 刹那、レインとフォルテの体が炎を内蔵した氷のアーマーに包まれる。

 

 

「私の風はその程度の防壁、突破するのサ‼︎」

 

 

 風を纏った、対戦車ライフルさえも軽く凌駕する一撃。しかしーーー

 

 

「かかったな、色ボケババア‼︎」

 

 

 氷が衝撃を吸収し、内部の炎が噴出する事で威力を相殺する。それは一種の反発装甲(リアクティブ・アーマー)であった。

 反発力を活かし、さらに距離を取るレインとフォルテ。その後の行動は決まっていた。

 

 

「逃げる‼︎」

 

「ッスよ‼︎」

 

「逃がすかよ、クソッタレ‼︎」

 

 

 スヴェントヴィトによる狙撃の連射で氷塊を割ったナナ。苦し紛れに放った高射砲の一撃は届かず、あっという間に2人の姿は見えなくなった。

 

 任務が失敗したことに歯噛みし、降りかかる火の粉を払ってさっぱりとした顔を見せるアリーシャを睨みつける。

 それが実力の及ばない自身の、苦し紛れの責任転嫁だとは理解している。けれど、胸の熱は治ることを知らず、マグマのようにぐつぐつと煮え滾るばかり。

 

 それを涼しげに受け流すと、ナナの近くに降り立ったアリーシャは和傘を開いてのらりくらりと歩き出す。

 

 

「どこ行くつもりだ、お姫様。12時のチャイムはまだ鳴っちゃいねェぞ」

 

「なに、向こうがどうなったかの見物サ。それに、君には災いの相が出ている。とばっちりで着物が汚れるのはゴメンなのサ」

 

 

 それだけ言い残し、歩き去るアリーシャ。残されたナナは何もできなかった後悔と胸の奥から湧き上がる苛立ちを、氷塊を殴って発散させる。

 砕けた氷が、赤くなったナナの拳を冷たく嘲笑うようで、先ほどの一戦が脳裏にチラつく。

 

 実力、経験、そして格。その全てにおいて劣る自身は、まるで地べたに這いつくばる蛇のようだと思い知らされるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

「あ〜、気持ちいい」

 

 

 京都のトップクラスのホテル、そのエグゼティブフロアにあるプールで、レインは全裸で泳いでいた。

 

 

「流石は亡国機業の実働部隊モノクローム・アバターを率いるスコール叔母さんだ。待遇が違うね」

 

 

 それを聞いて、プールサイドで寝そべっていたスコールは苦笑いをする。

 

 

「嫌味?あと、叔母さんはやめなさい。正体がバレるわ」

 

「いいじゃんかよ。なあ、フォルテ?」

 

 

 同じ全裸でプールを巨大浮き輪に乗って漂っていたフォルテは、びくっと反応した。

 

 

「そ、そっスね。はは………」

 

 

 その顔は、どこか恥ずかしそうだ。まぁ、それも当然だろう。何せ、レインとフォルテが全裸なのに対して、スコールは水着を着ているのだから。

 

 

「それにしても、オータムは遅いわねぇ。織斑一夏くんを招待するように言っておいたのに」

 

 

 サングラスを外し、スコールはため息混じりにそう告げる。

 

 

「オータムニャら捕まったニャ」

 

「………?言ってる意味がわからないのだけど」

 

 

 更衣室から出てきたフェリスの言葉に、スコールは眉を顰める。腐っても元女性特殊部隊所属、そして今はISを装備しているオータムである。そう簡単に捕虜になるはずがない。

 

 

「しょーがニャーだろ。まんまと罠に嵌って、専用機持ちに囲まれたみたいだニャア」

 

 

 プールサイドにも関わらず、フェリスはいつものように白衣を着たまま。その手に持つ端末をスコールへと投げ渡すと、画面に表示されたものに目を落とす。

 

 それは市街地の監視カメラをハッキングして手に入れた映像。逃げる一夏を袋小路へと追い込むオータム。けれど、それを待っていたように周囲を専用機持ちたちに囲まれてしまった。

 さしものスコールも一瞬負けが頭によぎる状況。両手を上げて降参するオータムを責めることはできなかった。

 

 ようやく理解した状況。スコールは勢いよくプールチェアから立ち上がる。その目には怒りにも似た焦りが浮かんでいる。らしくもなく動揺し、恋人の救出に急いでいる様子だ。

 

 

「迎えに行くわ、オータム」

 

「まぁ、待てニャ。向こうニャアISが8機、それに織斑千冬もいるニャ。無謀だって事くらい、わかるんじゃニャアの?」

 

 

 実際その通りだ。今スコールが動かせるのは自身を含め、レインとフォルテのみ。制限解除されたISが3機とはいえ、勝ち目はない。

 ぎり………っと歯を噛みしめるスコール。

 

 

「今は機会を待つしかニャいだろ?おわかりかニャ?」

 

「……………………」

 

 

 煽るフェリスを無視して、スコールは無言で立ち去る。揶揄いがいの無いやつだ、と肩を竦めるフェリス。

 

 

「あの状態の叔母さんをよく煽れるな、アンタ。ひょっとして自殺志望?」

 

「んなわけニャいだろ、小娘。それに、捕虜にしたのは態とだニャ」

 

 

 コツン、コツンとプールサイドの床とフェリスのIS由来の素材で作り上げたブーツが音を立てる。そのままスコールの座っていたプールチェアに腰をかけると、肉食獣のように獰猛に笑う。

 

 

「アイツは爆弾ニャ。派手に弾けて、綺麗な花火を上げてくれるはずだニャ」

 

「ふーん………ま、別にいいけど。それよりフォルテ、オレらも行こうぜ。ベッドにさ」

 

「わ、わかったっス………」

 

 

 意図するところを察して、赤く頬を染めるフォルテ。そこにはもう、裏切りに関する迷いは消えていた。

 

 そう、もういいのだ。

 

 決めたのだ、この人についていくと。共に運命を切り裂くと。もう、決めたのだ。

 

 

「あー、そういやフォルテだったかニャ?年配者としてひとつだけ忠告してやるニャ」

 

 

 プールサイドへと上がった2人の背中に、漸く邪魔者が消えたとばかりに身体を伸ばすフェリスが声をかける。これからの熱い展開に水を刺されたレインが、鬱陶しいとばかりに睨むが意に介した様子はない。

 

 

「裏切りってェのは甘い水ニャ。けど、そいつは最初だけ。後はクソみてェな泥水を一生啜るだけニャ」

 

「なんだよ、フォルテの覚悟にケチつけようってか?」

 

「地獄への片道切符握りしめた瞬間に、怖くなって隣の子の手を握った奴がよく吠えるニャア。道連れがいニャいと夜も眠れニャい子犬ちゃん(パピー)に、覚悟ニャんて重い言葉似合わニャいニャア」

 

 

 図星を突かれたように、一瞬だけレインの身体が強張る。けれど、隣に抱いた存在の温度がその固まった身体を溶かしてくれる。

 

 

「チッ、ババアの説教なんて聞き飽きたぜ。行こうぜ、フォルテ。ここのプールは塩素じゃなくて、ババアの嫉妬が混じって肌が荒れそうだ」

 

 

 耳そばで囁かれた言葉を理解してしまったのだろう。返事は早く、首まで真っ赤にしたフォルテは赤べこのように頭を振るだけ。フォルテに見えないように、けれどフェリスの視界にはしっかりと映るように中指を立ててその場を去る2人。

 

 同性愛ってのは遺伝するものニャのかねぇ、と呆れたように独り言を溢し、フェリスは別の端末を操作する。監視カメラの存在など忘れて、拠点である宿へと足を進めるナナのリアルタイムの映像。

 

 

「お前が被ってる学園生活って仮面、いつまで保つか見ものだニャ。裏切りの蜜はもう舐め尽くして、後はお前の喉元を刺した毒を啜るだけ…………最高の花火(スキャンダル)を期待してニャ」

 

 

 先の知れない未来に思いを馳せて、ケタケタと笑うフェリスの声がプールに響くのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ケータイに入った一通の連絡。一夏を餌に釣り上げたオータムを捕獲した、と情報は悔しさに溺れるナナを再び立ち上がらせるには充分だった。

 

 足速に向かう先は京都での拠点である旅館。更識家の息のかかったそこは、本日貸切。京都でも老舗と謳われるそこ古き良き日本の文化を残しつつも最新設備を備えており、盗聴や盗撮などの防犯面に抜かりはない。

 

 安全のために避難させているため、従業員は不在。案内係などいないため、皆がどこに集まっているか見当もつかないが、それは杞憂へと終わる。

 

 

「おい!このオータム様を離しやがれ!」

 

 

 旅館に足を踏み入れるなり聞こえてくる、オータムの声。次いで苦しく呻く声を頼りに大広間へと迎えば、既に全員が揃っていた。

 

 

「遅い!どこをほっつき歩いていた‼︎」

 

「Sorry。ちょっと、ネ」

 

 

 離反者が出たと言うこともあり、いつもより鋭い千冬の怒声。それを受け流すと、ちらりと視界の隅にアリーシャの姿が目に入る。嫌なものを見たとすぐさま視界から除外して、次は芋虫のように縛られたまま身体をくの字にするオータムへと視線を写す。

 恐らく余計な事を口にして腹部を蹴られたのだろう。言い様だ、と胸のすく思いである。

 

 

「さて、離反者が出たがやる事は変わらない。当初の予定通り、亡国機業をここで叩く」

 

 

 千冬の言葉に、全員が気合を入れ直す。ただ1人、アリーシャだけはぷらぷらとIS待機形態のキセルを弄んでいたが。

 

 

「ともかく、先手を打たれただけでは終わらないわよ。今度はこちらから攻めましょう」

 

 

 空中投影ディスプレイを起動し、図を表示する楯無。いつもの飄々とした顔は形を潜め、更識家の当主としての顔である。

 

 

「敵の潜伏先はふたつに絞られたわ。ひとつはここから遠くない市内のホテル。もうひとつは空港の倉庫よ。部隊は2つ。アリーシャ様率いるホテル強襲部隊、これには箒ちゃん、鈴ちゃんがアタッカー、セシリアちゃんがサポートね」

 

「了解した」

 

「任せなさいよね」

 

「後衛はわたくしの独壇場ですわ」

 

 

 それぞれが頷く。さすがに、ここまできて一夏と一緒にしろと言うほど馬鹿ではない。

 

 

「倉庫組みは一夏くんとシャルロットちゃん、ラウラちゃん、簪ちゃん、ナナくん。こっちは広いから、人数が多めよ」

 

「潜入任務は任せておけ」

 

「みんな、頑張ろうね」

 

「足を引っ張らないように、する………」

 

「All right」

 

「俺も気合い入れていくぜ」

 

 

 こちらも各人とも緊張した面持ちで任務に挑むのだった。

 

 

「織斑先生、山田先生、そして私はこの本部で待つわ。何かまずい動きがあれば、駆けつけるからね」

 

「ゲホッ、ゲホッ………おい、待てよ。そいつを連れていくつもりか?」

 

 

 楯無の言葉の後に続くのは、オータムの声。蹴られた腹部の痛みから復活したようだ。余計な口を挟む前に、もう一発と千冬が足を向けた瞬間、ニヤリとオータムは勝利を確信するように笑みを浮かべた。

 

 何かまずい、と判断した千冬。何をするつもりかわからないが、意識を刈り取る勢いでつま先を振りかぶった刹那、オータムの背後にディスプレイが浮かび上がる。

 

 蹴り飛ばされたオータムが畳の上を転がるが、ディスプレイは消えない。そして、映し出された映像に動揺してしまった千冬の蹴りはオータムの意識を刈り取るには威力が足りなかった。

 

 

「ガッ……ハッ、ハハハハ‼︎」

 

 

 もしもの時の保険としてフェリスに渡された作戦。それがうまくいったと達成感に酔いしれるように、血反吐を吐きながらオータムは笑う。

 それを遮る言葉は、誰の口からも発せられない。何せ、全員が映像に釘付けだったのだから。

 

 映し出されているのはほんの数年前の映像なのだろう、今より少し若いナナがいた。どこかの倉庫を映し出す監視カメラの映像の中で、暗闇の中2人の守衛の首を手元のナイフで掻っ切る。

 

 その手つきは手慣れたもので、迷いはなく、温度を感じない。いっそ映像の中の人物は別人だ、と言われた方がまだ納得できてしまう。けれど、それを裏切るように次々と映像は移り変わる。

 場所はまばらであるが、そのどれもが殺人に手をかけるナナ。死んだ魚のような暗い瞳に感情はなく、殺人に手を染める事に何の疑問も抱いていない。

 

 

「ハハハ‼︎なんだよ、話してなかったのかよ。裏社会じゃちったぁ名を馳せたはずだろ。なぁ、蛇‼︎こんだけ殺しておいて、今更知らんぷりなんてあんまりじゃねぇか‼︎」

 

「ッ‼︎貴様ッ………‼︎」

 

 

 意識を取り戻した千冬の一撃は今度こそオータムの意識を刈り取り、隠し持っていた投影ディスプレイを潰す。映像は途切れたが、全員の脳に落とし込むには十分な時間。

 

 

「な、なぁ………なんだよ、今の………フェイク映像、とかだよな?」

 

 

 呼吸を忘れるほどの衝撃から復活した一夏が、震える声で恐る恐る尋ねる。嘘だと言ってくれ、と言わんばかりの質問に、ナナは答えない。

 

 

「……ッ‼︎なぁ、ナナ‼︎」

 

「…………ハァ………誰だよ、こンなモン撮ったの。カメラワークが最悪、仕事も最悪だ。もっとまともなモンがあっただろ」

 

 

 口を噤むナナの背中越しに叫ぶ一夏。信じさせてくれ、と込めた願望を裏切るようにナナはふっと肩の力を抜くと、ナナ・オーウェンの仮面を脱ぎ取った。

 くるり、と振り返った男の瞳を見て、近くにいた一夏がびくりと肩を振るわせる。何せそっくりだったのだ。映像の中の男と今目の前にいる男の、暗く温度のない瞳が。

 

 

「それで、何て言や満足だ?アレはフェイクニュースだ、あンなモン身に覚えがねェとでも?………最っ高のジョークだな」

 

 

 皮肉をたっぷりと込めた言葉。自虐的に肩を竦め、こちらを嘲笑うかのように身振り手振りを動かす。

 

 

「ほ、本当、なのか………?」

 

That's right(その通り)。どうやらちったぁ頭を使えるようになったみてェだな、箒。話を聞かねェ暴力装置が、びっくりする様な成長だ」

 

「………今まで、嘘をついてたってことですの?」

 

「ハッ!当たり前だろ。誰が好き好ンでこンな極東くンだり場所に来るかよ。テメェならわかるンじゃねェのか、セシリア?なぁ、お貴族様(ジョンブル)?」

 

「アンタ、何で………」

 

「金だよ、金。金のために色ンな奴らを墓石の下に眠らせてきたンだよ。命の価値なンざ、金に劣る。いい事学べたな、鈴」

 

「まさか、亡国機業に………」

 

「あンな三下連中と一緒にするなよ、シャルロット。アイツらは目立ちたがりのアホ、オレは歴史に載らない沈黙を売る商売人だ。混ぜるなよ、吐き気がする」

 

「………いったい、何人を殺してきた?」

 

「さぁな。だが、地獄への片道切符を用意するのは得意だせ、ラウラ。それこそ、軍人のテメェよりはな」

 

「お、お姉ちゃんは………お姉ちゃんは、知ってたの?」

 

「知ってたさ、簪。だがな、こいつに拒否権なンざねェよ。なにせ、世界で2人目の男性操縦者。裏社会の存在だとしても、利用価値は高ェ。国からの命令にゃ逆らえねェのさ」

 

 

 まるで日常会話のように、後ろ暗い話を隠すこともなく質問に答えるナナ。それぞれが信じられない、と表情を露わにして何とか嘘だとか、タチの悪い冗談だと思い込もうとしても、目の前の現実はそれを残酷に否定する。

 

 声色が、態度が、表情が、その全てが語る言葉が真実だと訴えていた。

 

 

「な、なぁ………冗談、だよな?は、ははっ………センス、悪すぎだって………」

 

 

 それでも諦めきれない一夏。この数ヶ月に渡る交友で、ナナの人となりを知っている。不器用で、言葉足らずで、それでも友人として寄り添ってくれたナナ。そんな偶像を打ち砕くべく、ナナは浮かべていた笑みを消し、感情のない瞳で一夏を貫く。

 

 

「勘違いすンなよ、坊や(ボーイ)。テメェと囲んだ学食のテーブルも、馬鹿話で笑った時間も、オレに言わせりゃただの潜入維持コスト。欲しかったのはテメェの笑顔じゃねぇ。白式のコアと、そしてテメェって言う最高の実験サンプルだけだ」

 

「そ、んな………だっ、だったら!俺たちの仲は嘘だって事かよ⁉︎」

 

「なんだ、友情でも感じろってか?悪ィがそンなケツからひり出したようなモン、知らねェよ。テメェが信じていたナナ・オーウェンは、オレが仕事の為にあつらえた最高級のスーツだ………中身のオレは、そいつを汚すことしか知らねェ化け物さ」

 

 

 この修羅場の中、アリーシャだけは全てを知っていたかのようにキセルを燻らせる。脱皮を終えたばかりの(ナナ)を、出来の悪い品評会でも見るかの様に冷たい視線を送っていた。

 

 

「はぁ………こうなるから、近寄りたくなかったのサ」

 

 

 苛立ちと、余計な事をしてくれた怒り。それを気絶したオータムにぶつけようとするが、その千冬の脚が止まる。これ以上オータムを責める資格を、今まで黙っていた自身が持ち合わせていないことを悟ったのだ。彼女の拳はやり場のない怒りで真っ白に染まる。

 

 オータムを黙らせる事はできても、ナナが殺し屋として生きてきた事実も、自分がそれを利用してきたと言う罪も、消す事はできない。彼女の沈黙は、この場にいる誰よりも重く、ナナの過去を肯定してしまっていた。

 

 ギリッ、と歯を噛み締め何とか耐えようとする千冬の前に差し出される、ナナの両手。ハッと顔を上げて視界に入るのは、諦めた様に肩を竦めるナナの姿。

 

 

「こうなった以上、仕方がねェ。不穏分子を抱えたままじゃ、何もできねェだろ?蛇は大人しく、檻の中で眠ってやるよ」

 

「………すまない」

 

 

 それは、日本最強の操縦者である織斑千冬の声ではなかった。教え子を戦場に送り出し、その手を血で汚させることを容認した、一人の加害者の告白だった。

 

 亡国機業のために、と用意されていた電子錠。カチリ、と冷たい金属音が大広間に響く。それはナナがこれまで必死に繋ぎ止めていた日常という名の糸が、完全に断ち切られた音のようにも聞こえた。

 

 

「お、おい!話はまだ………」

 

「それまでだ。更識、こいつを別室に連れていけ。抵抗するなら、爆破してもいい」

 

「………わかりました」

 

 

 ついにバレてしまった、ナナの過去。それを知りながらも黙っていた自身も同罪だと、楯無は考える。けれど、それはナナの望むところではない。罪も批難も、全て受け入れる覚悟で打ち明けたのだから。

 それを察しているからこそ、自身の無力感に楯無は打ちひしがれる。拳を握ったのは何も、千冬だけではない。

 

 

「ッ‼︎千冬姉‼︎」

 

「いい加減にしろ‼︎これ以上は敵の思う壺だとわからないのか⁉︎各員、準備を急げ‼︎初動の遅れが作戦の失敗だと、心得ろ‼︎」

 

「………悪ィな」

 

 

 尚も食い下がる一夏を叱咤する千冬。その声を背に受けながら、ぽそりと男の口から漏れる謝罪。誰に向けたものなのか、それは言葉を発した本人さえわからないのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 連行されたのは、客間の一室。一見和室のようにも見えるが、最新設備の揃ったこの宿。襖は人が体当たりしても破れない程頑丈で、専用のカードがない限り開かない。大きな窓はやろうと思えば突き破れるだろう。しかし、地上までの高さを考えればオススメはしない。両腕を拘束されているのなら、特に地面のシミになる事は目に見えている。

 

 

「ハッ、罪人には過ぎた部屋だな。鉄の檻の中(スイートルーム)の方がまだマシだ」

 

「…………本当によかったの?」

 

 

 遠慮なく部屋へと入った男の背中に、楯無が投げかける。その問いに男はすぐに答えない。けれど、凍った様に固まった身体の反応が雄弁に答えてくれる。後悔しているのだと。

 

 

「すぐには難しいかもしれないけど………一夏くんたちならきっと、貴方を受け入れてくれるわ。今からでも遅くない。ちゃんと説明をーーー」

 

「ーーー説明して、何になる?」

 

 

 先ほどまでの暗く、重たい声色から一転して、いま口から紡がれた声は酷く脆い。

 

 

「オレがやってきた事は消えねェ。両手に血がこびりついた事実は、流されちゃくれねェ。仕方がなかった、なンて虫が良すぎるだろ?」

 

「それでも、私は貴方がいてくれたことに救われたのよ」

 

 

 楯無から男の表情は伺えない。けれど、声色が全てを語ってくれる。彼の後悔も、恐れも、諦めをも内包した弱々しい声色を発するその表情は、きっと相応のものなのだろうと。

 

 日が沈み出した夕暮れ。山の向こうへと陽がゆっくりと沈む様子を眺めながら、男は床に腰を下ろす。もうすぐ、熟知していた夜の闇がやってくる。かつては味方だったそれが、今の彼には、自分を飲み込む化け物の口に見えた。

 だからこれは、少し感傷的になった自分の言い訳だと言い聞かせて、男は最愛の人へと弱みを吐く。

 

 

「………なぁ、楯無。少しでいい、手ェ握ってくれねェか?この冷たさが、自分の血のせいじゃねェって………誰かに証明して欲しいンだ」

 

「………ええ」

 

 

 ゆっくりと、楯無は男の正面へと座る。俯いて顔は伺えないが、まるで助けを求める幼子の様に差し出された両手。それを自身の両手でそっと包み込み、顔を添える。

 

 

「………冷たくなんて、ないわよ。貴方にはちゃんと、温かい血が流れてるわ」

 

「………そうか………そう、か………」

 

 

 ぽつり、ぽつりと俯いた顔から溢れる涙。膝の上から溢れた一滴が、畳を濃く染めていく。それは彼が暗殺者として捨て去ったはずの、あまりに不器用で、あまりに人間らしい後悔の滴だった。

 

 

「…………もう、いかなくちゃ」

 

 

 陽もすっかりと沈み、そろそろ作戦決行時刻。名残惜しく、1人には出来ないと理解していても、立場が許してくれない。

 そっと離された楯無の両手。魔法が解けるように、温もりが去っていく。重力に従って力なく落ちたナナの両手は、冷たい磁力で再びひとつに固定された。

楯無は戸口で一度だけ立ち止まる。振り返れば、もうそこには「泣きじゃくる子供」はいない。ただ、暗闇に沈みゆく影があるだけだった。その姿に何と声をかければいいのか、楯無はわからない。もしかすれば傷つけてしまうかもしれないが、今かけたい言葉を、楯無は言葉にする。

 

 

「………私は、貴方を信じているわ………ねぇ、ナナくん」

 

 

 その名は、彼が捨て去ったはずの、ただの少年を呼び戻すまじないだった。

男は少しだけ肩を跳ねさせたが、振り返りはしなかった。いや、振り返れなかった。今の自分にできる精一杯の応答は、その震える肩を誰にも見られないように強張らせることだけだったのだ。

 

 楯無が去り、カードキーがロックされる無機質な音が響く。

 完全に闇に支配された部屋で、ナナは自分の掌を見つめる。涙に濡れたその手は、まだ微かに、彼女が残していった熱を覚えていた。

 

 

「……信じる、か。……ハッ、本当……お人好しな姫様だぜ」

 

 

 窓の外、遠くでISの起動音が微かに聞こえる。

 それは、彼にとっての最後の仕事(フィナーレ)への合図だった。

 

 





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