IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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39話

 

 京都の夜は、秋の静寂とは裏腹に、張り詰めた殺意に満ちていた。

 亡国機業の幹部が潜伏するとされるホテルの屋上付近。高度を保ちながら滞空する4機のISだったが、その編隊はどこか危うく、バラバラだった。

 

 

「…………ナナが、人殺し……。私たちの時間は、ただのコスト、だと……?」

 

 

 通信機越しに漏れ聞こえる箒の声は、力なく震えていた。

 紅椿の装甲が、操縦者の心の乱れを反映するように小さく共振している。目の前の敵よりも、先ほど大広間で突きつけられた真実という刃が、彼女の胸を深く抉り続けていた。

 

 

「箒! シャキッとしなさいよ! あんな奴の言うこと、真に受けてんじゃないわよ!」

 

 

 耐えかねたように、鈴が叫んだ。

 甲龍の龍砲を無意味に操り、苛立ちをぶつけるように虚空を睨む。

 

 

「あいつが何者だろうと、今は目の前の亡国機業を叩く。それだけでしょ! あんな奴のことなんか、全部終わってからボコボコにして問い詰めればいいんだから!」

 

「……鈴、お前は怖くないのか? 隣にいた友が、牙を隠した獣だったのだぞ。……私は、自分の目が信じられん……」

 

「怖いとか、そういうんじゃないわよ! 私はただ……あいつに、借りを返してないだけよ……!」

 

 

 強がる鈴の声もまた、わずかに上ずっていた。彼女もまた、信じていた絆が偽物だったと言い切られた屈辱と悲しみを、怒りに変えて誤魔化しているに過ぎない。

 その時アリーシャが、キセルをくゆらすような仕草で通信に割り込んだ。その声には、一切の感情が排除されていた。

 

 

「やれやれ。お喋りは、あの世の茶飲み友達とでもするサね」

 

「……! アンタッ!」

 

「発破をかけるのは結構だけど、集中力を欠いた味方は、敵よりも厄介なのサ」

 

 

 アリーシャはテンペスタの周囲で風をゆらりと回し、眼下のホテルを見下ろす。

 

 

「今は作戦中。私語は厳禁なのサ。箒、君のその暗い面持ちは、仲間を死なせる呪いになる。鈴、君の空騒ぎは、敵にこちらの場所を教える灯台になる。……嫌なら、今すぐお家に帰ることサね」

 

「なっ……! いくらブリュンヒルデだからって、言い方があるでしょ‼︎何様よ、アンタ‼︎」

 

「事実を言っているだけサ。プロの戦場に、おままごとの感傷は不要なのサ」

 

 

 アリーシャの冷徹な正論は、さらに彼女たちの心を追い詰める。

 頼るべきナナはいなくなり、信じていた日常は崩れ去り、目の前には自分たちを駒としか見ていない冷酷な先達。

 

 

「……そうですわ。アリーシャ様の仰る通りですわね」

 

 

 不自然なほどに凛とした、高飛車な声。しかし、ライフルを握る彼女の指先は、センサー越しにわかるほど小刻みに震えている。

 

 

「わたくしたちはIS学園の専用機持ち……各国の期待を背負った代表ですわ。個人的な感情で足を止めるなど、英国の、ひいてはわたくしの誇りが許しませんわ」

 

 

 自分に言い聞かせるように、彼女は言葉を紡ぐ。ナナにお貴族様(ジョンブル)と嘲笑されたことが、棘のように胸に刺さっている。だからこそ、そのお貴族様としての完璧な礼法と誇りで、自分を塗りつぶそうとしているのだ。

 

 

「箒さん、鈴さん。あんな下俗な男に、いつまで心を囚われていますの? わたくしたちが相手にするのは、世界を脅かす亡国機業ですわ。あのような……ただの暗殺者など、眼中に入れる価値もありませんわ」

 

「セシリア、お前……」

 

「わたくしは、目の前の仕事を完璧にこなすだけです。それが、わたくしを選んだ国への……そして、わたくし自身への義務ですから」

 

「……各機、突入サ。泣き言を言う暇があれば、せめて弾除けとしての役割を果たすのサ」

 

 

 アリーシャが風を纏い、ホテルの窓ガラスを突き破って突入を開始する。

 取り残された箒は、固く目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、あの冷たい瞳をした蛇の姿。

 

 

(ナナ……。お前は本当に、私たちを笑っていたのか……?)

 

 

 答えは出ない。ただ、冷たい風の音だけが、彼女たちの耳を虚しく通り抜けていった。

 

 

「待ち草臥れたぜ‼︎」

 

 

 強者を仕掛けたと言うのに、ホテル内では既にISを展開して待ち構えていたレイン。その背後にはフォルテが銃を構え、さらにその奥ではスコールが妖美に笑う。

 

 

「昼間の決着、ここでつけてやる‼︎」

 

「悪いけど、私のダンスパートナーは小娘には務まらないのサ‼︎」

 

 

 レインの振るう双刃剣、そしてその背後からフォルテのアサルトライフルのアシスト。息のあったコンビネーションであるが、風に揺蕩う煙の様にアリーシャはそれらを回避。

 

 2人を抜いた先にいるスコールのISは、情報に聞いていたものと少し違う。

 専用機黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)。長いテイル・クロウに炎が纏い、両手の手甲から伸びる非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)、炎の鞭プロミネンスを持つ特徴的な外見に加え、今は2つの巨大なリングが機体を守る様に包んでいる。

 

 海上での一件以降、装備を整えたと素早く判断。アリーシャの振るった大鎌が、高速回転したプロミネンスに阻まれる。金属と金属がぶつかり合い、火花が散った。

 

 

「あら、強引なダンスのお誘いね。悪いけど、貴女に興味はそそられないわ」

 

「釣れないこと言うものではないサ‼︎」

 

 

 振るわれたテイル・クロウが大鎌と拮抗する。その硬直を見逃さず、続け様に炎の鞭がアリーシャを襲った。

 しかし、それはアリーシャが張った罠。ニヤリ、と不敵に笑うとスコールに向けた手のひらから発生する暴風。

 

 

「ダンスをするには、ここは狭いのサ‼︎」

 

 

 轟音と共にスコールが反対側へと吹き飛ばされ、アリーシャがそれを追う。元々、3人の中で1番厄介なのは攻撃能力が高く、その範囲も広いスコール。専用機持ちとは言え一年生には荷が重いと判断したのだ。

 

 

「ちぇっ、振られちまった…………まぁ、オレたちはこっちで楽しむか」

 

「随分と余裕じゃないの‼︎」

 

「甘く見られたものですわね」

 

 

 双刃剣を肩に背負い、リラックスするレイン。それを強襲する青龍刀ーーー双天牙月をバトンの様に振り回す鈴とセシリアの正確な狙撃。だが、それらは前に出たフォルテのシールドと氷に塞がれる。

 

 

「させないっスよ」

 

「ッ‼︎こんのぉおお‼︎」

 

 

 視界を阻む氷の壁を、鈴が衝撃砲で粉砕。重い重低音の後に響く、ガシャガシャと軽やかな音。そして次の瞬間、鎖付きの鉄球のように振るわれたレインの肩の犬頭が視界に広がった。

 

 

「鈴ッ‼︎」

 

 

 寸前の所で間に入った箒がそれを2本の刀で上へと弾く。吐き出された炎の熱気が2人のISの装甲を軽く炙り、天井を突き破った犬頭がレインの元へと戻る。

 

 

「どうしたよ、一年小娘共‼︎オレらを相手にするには、役不足じゃねぇのか?なぁ、フォルテ」

 

「そうっスね。随分と舐められたもんスね」

 

 

 これ以上の室内戦はホテルの崩壊に繋がる。体勢を立て直そうと後退する3人を、レインとフォルテは逃がさない。

 

 

「裏切り者を前に、逃げる気かよ小娘共‼︎これなら、昼間の蛇野郎の方がまだガッツがあったぜ‼︎」

 

「しつこいッスけど、逃げ腰のアンタらよりはマシだったスよ」

 

 

 ピクリ、と後退しながらも微かに反応したのは誰だったか。小さな、ともすれば見逃してしまいそうになるその反応は、この場では致命的。一瞬の遅れは、死に繋がるのだ。

 

 

「オータムに正体バラされたんだろ、あいつ?残念だったよなぁ。学園じゃ清廉潔白だった奴が、実は殺し屋だったなんてさ‼︎」

 

「まぁ、ウチは元々信用してなかったスけどね。なんか気味が悪かったんスよね、アイツ」

 

 

 その言葉は、嵐の様に迫り来る銃弾の雨よりも鋭く、3人の胸を貫いた。

 ナナが自分たちに向けていた、飄々としながらも憎めない、あの穏やかな笑みが偽物だったと、そう言われた気がして。フォルテからすれば、気味の悪い仮面に過ぎなかったと知って。

 

 

「はははっ!流石はフォルテだ、小娘共とは見る目が違ぇ。きっと裏じゃお前らのこと、嘲笑ってたに違いないぜ‼︎」

 

 

 2人の放つ銃弾の雨を掻い潜る中、殿を務める箒の刀を握る手に力が入る。

 

 

「お前たちに、あいつの何が分かる‼︎‼︎」

 

「箒‼︎」

 

「箒さん‼︎」

 

 

 後退から反転。篠ノ之束お手製の第4世代型の名に恥じない、瞬時加速による突撃。刀を突き出しての攻撃は、無惨にもフォルテのシールドに塞がれる。だが、それも一瞬。箒の怒りに触発されてか、紅椿の加速は唸りを上げて止まらない。

 

 

「ッ⁉︎やばーーーっ‼︎」

 

「ォオォオオオオ‼︎」

 

 

 驚愕に歪むフォルテ、そして背後のレインを巻き込んで箒はフロアを突き抜ける。空中に放り出されたレインの炎による牽制で箒は離れたが、今のは想定外。煽り過ぎたか、と少しの後悔を滲ませる。

 

 

「あいつが………あの男が、そんな空っぽな筈がない‼︎そうでなければ、あいつの言葉に私は、心を動かされない‼︎あいつの言葉は、私たちを励ましてくれた言葉は、絶対に心からのものだ‼︎」

 

 

 振るわれた刀の軌道に沿って放たれる帯状のビーム。距離があると言うのに空気を裂く音が耳を撫でて、2人は散開するように回避を選択。同時に、鈴の衝撃砲とセシリアのビットがそれぞれを襲う。

 

 

「箒の言う通りよ。裏切り者のアンタたちの言葉より、アイツの言葉の方が重かったわ‼︎」

 

「わたくしたちの友人を侮辱した罪、軽いものではないですわ」

 

「虚勢を吠えて可愛いじゃねぇか。慰めてやろうか?」

 

「浮気は許さないッスよ、レイン…………そのはかない友情、冷やしてやるッス」

 

 

 フォルテの呟きと共に、夜空の湿度が異常な速さで奪われていく。

 逆襲の火を灯したはずの三人のISが、その冷気によって再び、重く、沈み込もうとしていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 巨大なコンテナが迷路のように積み上がった倉庫街。月明かりさえ遮るその暗がりに、一夏たちの足音が虚しく響く。

 

 潜入任務中である以上、ISの完全展開による高エネルギー反応は、敵に居場所を教えるようなものだ。彼らに許されているのは、最小限の電力を回したISのパッシブセンサーと、生身の五感による索敵のみ。

 

 その制限された視界が、一夏の焦燥をさらに駆り立てていた。

 

 

「……どこだ……どこにある……!」

 

 

 白式の待機形態である籠手から漏れる微かな熱気。一夏は暗視モードに切り替えたセンサーの走査線を追うが、映し出されるのは無機質な金属の壁ばかり。けれど、脳裏に浮かべるのは任務である亡国機業の手がかりの捜索とは別のこと。

 

 ナナ・オーウェン。

 

 共に昼飯を食べ、馬鹿な話をして、時には訓練で背中を預けた。あいつが笑うたびに、自分も笑った。あの温かかった時間は、あいつが言うように本当に潜入コストという名前の嘘だったのか。

 

 

(違う……違うだろ、ナナ。お前、あんなに楽しそうに……!)

 

 

 否定すればするほど、大広間で見たあの一切の温度を失った蛇の瞳が脳裏に焼き付いて離れない。信じていた地面が足元から崩れ去る感覚に、一夏の呼吸は浅く、乱れていく。

 

 

「一夏、歩調が乱れている。呼吸を整えろ」

 

 

 後方から響いたラウラの声は、鉄のように冷たく、固かった。

 シュヴァルツェア・レーゲンのセンサーを冷静に管理し、全方位を警戒する彼女の姿は、まさに軍人そのもの。

 

 

「……あんな男のことなど、今は忘れろ。我々は任務の最中だ。私情を戦場に持ち込む者は、真っ先に死ぬ」

 

 

 突き放すような物言い。だが、ラウラが握り締めた指が白くなるほどに強く、震えを抑え込むように握っているのを一夏は知らない。

 

 ラウラもまた、ナナには奇妙なシンパシーを感じていた。雛鳥のように常識を教えてくれた存在。師である千冬とは違うベクトルの尊敬を抱いていた相手。それをあのように汚され、踏みにじられた。彼女の冷徹な叱咤は、自分自身の心が壊れないよう、軍人という殻で必死に補強した防衛本能だった。

 

 

「なんだよ、それ………ナナのことは、どうでもいいってことかよ‼︎」

 

「違う‼︎今は任務に集中しろと、そう言っているんだ‼︎問い詰めるのは任務が終わった後でいいだろう‼︎」

 

「2人とも、落ち着いて‼︎………ラウラ、そんな風に言わないで……。一夏が辛いのは、当たり前だよ。一夏も、今は…………今だけは彼のことは置いておこう。ラウラの言う通り、話を聞くことは後でもできるから」

 

 

 シャルロットが一夏の隣に寄り添い、暗闇の中でその手をそっと取りそうになる。だが、潜入任務という重圧がそれを阻む。

 

 シャルロットの胸中もまた、泥を飲んだような苦しさに満ちていた。自分もかつてシャルルとして性別を偽り、一夏を騙していた。だからこそ、ナナの偽りが、単なる悪意だけではないのではないかという、かすかな希望を捨てきれずにいた。

 

 

(ねえ、ナナ。……君も、僕と同じように、本当は苦しかったんじゃないの? 全部嘘だなんて言わないでよ……)

 

 

 優しさゆえに、彼女はナナを切り捨てることができない。それが今の任務において致命的な隙になることを理解しながらも、一夏にかける言葉に迷いが生じていた。

 

 シャルロットの制止は届かず一夏は言い返そうとして、ラウラの震える指先に気づき、言葉を飲み込む。ラウラもまた、自分の声が鋭すぎたことに気がつき、視線をコンテナの山へと逸らす

 

 

「………悪い。頭に血が昇ってた………」

 

「いや、私の方こそ無神経だった………」

 

 

 互いに頭を下げるが、その胸中は未だ荒れ狂ったまま。

 一夏の混迷、ラウラの無理な割り切り、シャルの甘い期待。

 

 三者三様の動揺が、静まり返った倉庫街の空気を重く、淀ませていく。

 

 その三人のやり取りを尻目に、最後尾を守る簪は、異様なほどの寒気を覚えていた。

 

 打鉄弐式のパッシブセンサーを最大展開し、周囲の情報を処理する。だが、帰ってくるデータはあまりに清潔すぎた。

 

 

「…………静か、すぎる」

 

 

 簪の呟きは、静かな緊張となり3人の意識を締める。

 

 亡国機業の拠点のはずだ。待ち伏せがあるにせよ、トラップがあるにせよ、これだけの広大な倉庫街にISの待機熱源はおろか、警備の足音ひとつ聞こえないのは計算が合わない。

 

 そして、遠くからちらついた光に反応したのはラウラだった。

 

 

「一夏っ‼︎ぐっ‼︎」

 

「ッ、ラウラ‼︎」

 

 

 展開されたシュヴァルツェア・レーゲン。我が身を盾にして一夏を守ることには成功。だが、続け様に放たれた一撃は一夏たちを狙ったものではなく、その手前である倉庫。

 

 腹の底に響く重たい音を立てて吹き飛ぶ倉庫とコンクリート片。かろうじて展開が間に合ったISでそれらは防げるが、衝撃で体勢を崩してしまう。そして、絶好の機会を逃すことなく、そこに一直線に突っ込んでくるひとつの機影。

 

 

「サイレント・ゼフィルス‼︎」

 

「ぬるい………‼︎」

 

 

 それは即ち、織斑マドカの強襲だ。

 銃剣のついたロング・ライフルで体勢整わない簪とシャルロットを切り払い、瞬時加速によって一夏に詰め寄る。

 

 

「私の狙いは貴様だ、織斑一夏‼︎」

 

 

 タックルで弾き飛ばされた一夏だったが、すぐさま姿勢を立て直し、マドカと同じタイミングで瞬時加速に入った。

 

 

「ふん、邪魔者が消えて腑抜けたと思っていたが、どうやらそうではないようだな」

 

「ッ‼︎うるせぇ‼︎」

 

 

 直感的にそれがナナの裏切りの事だとわかり、一夏の頭に血が昇る。それでも直線的な動きにならないのは、日頃の特訓のおかげだろう。脳裏を掠める、ナナとの特訓の日々。それさえも嘘だったと落ち込む心を奮い立たせ、マドカへと剣戟を繰り出す。

 

 高度な操作技術が繰り出す戦闘はまるでダンスのようで、ふたつの流星が夜空を走り抜ける。

 

 

「一夏‼︎」

 

 

 ラウラ、シャルロット、簪も奇襲のダメージが予想以上に大きく、ふたりを追うにはあまりにも時間を浪費してしまった。それでも、一夏の身を案じて飛び立とうとする3人。

 

 けれども、ふわりと重力を感じさせない挙動で踊り出る影が、3人の前に立ちはだかった。

 

 

「にゃーん。せっかくの黒騎士のお披露目を邪魔させないよ。キラキラ⭐︎ぽーん♪」

 

 

 場違いに陽気な声の主、篠ノ之束が右手のステッキをくるくると回し、3人へと向ける。刹那、まるで背中に超重量の兵器でも背負ったかのように3人ががくんと地面に這いつくばる。

 

 

「なっ⁉︎」

 

「う、動けない………‼︎」

 

「これ、は………重力⁉︎」

 

 

 立ちあがろうにも3人のISは操縦者の意思に反して、地面にひれ伏すばかり。それはまるで王に忠義を捧げる、臣下の姿勢の様に見える。

 

 

「にひっ。束さんの最新作、空間圧作用兵器試作8号こと玉座の謁見(キングス・フィールド)はいかがかにゃ?ちょっとだけ出力高めでお送りするよん♪」

 

「篠ノ之、束………‼︎」

 

「な、んで………篠ノ之博士が、ここに………っ‼︎」

 

「ふっふーん、束さんがいる理由なんてお前たちに理解できるわけないじゃーん♪それじゃあ次いでだし、ISのコアをいただいちゃうよん」

 

 

 兵装を使おうにも、3人に襲いかかる重力はそれを許さず、例え使えたとしても束には届かず自爆するだけがオチ。既に無力化できていると言うのに、IS自体を奪おうとする束にラウラは怒りの表情を向ける。

 

 

「貴様、何のつもり………‼︎いや、貴様も教官を裏切るのだな‼︎」

 

 

 そこにISを作り上げた稀代の天才への敬意はなく、自分たちを害する敵として見据えていた。そんなラウラの怒りなど、束は歯牙にも掛けない。

 

 

「裏切る?あはは、やっぱり知能が低いね〜。束さんは誰の味方でもないよ?」

 

 

 束にとって世界は、自身とそれ以外。その中に少し、興味を引く個体があるだけで、それ以外は有象無象だ。他人の言葉にいちいち心を費やすほど暇でもないし、それならばアリの行列を観察していたほうが何倍も面白い。

 

 ラウラに伸ばした手を、しかし、音もなく暗闇を切り裂く様に振るわれた刀が遮った。視認できない速度で引かれた束の腕、だがその手には微かな切り傷が付けられている。

 

 

「やあっときたね、ちーちゃん!」

 

 

 暗闇から躍り出た影は、極限まで技術の枠を詰め込んだ日本刀を振り回す。的確に、乱れる事なく斬撃の嵐はラウラたちから束を引き離していく。

 

 

「情け深いねえ、ちーちゃん♪」

 

 

 こちらも紙一重で攻撃を躱す束。舞うように、踊るように、その姿は捉えられない。

 

 

「私の教え子を壊されるわけにもいかんからな」

 

 

 一見、互角にも見える2人の戦い。けれど、ラウラたちを庇っている以上、いつか千冬が押され始める、しかし、だからと言って攻めに急いだりはしない。

 

 戦闘能力だけで言えば、千冬は束を殺し得る存在。殺されることに忌避感はないが、そう簡単に終わってやれるほど束は優しくない。

 

 日本刀を振るう千冬に対し、束はステッキで応戦する。鋼鉄をも両断する千冬の剣技と刀は、けれどもステッキに傷ひとつ付けることは叶わず。闇の中、高速で幾度も散る火花がその硬度を物語っていた。

 

 

「これが織斑千冬(ブリュンヒルデ)篠ノ之束(レニユリオン)の戦い………」

 

 

 自身では逆立ちしても届かない高み。強い、なんて言葉では言い表せない別次元の戦い。崇高に近い恐怖は自身を矮小化(ヌミノーゼ)。重力の圧迫が消えた今でも動くことは出来ない。否、動くことを全細胞が拒否している。あの2人の間に割り込むことは勿論、身動ぎひとつすれば攻撃されるような気がして。

 ただただ呆然と、2人の戦いの行く末を見守ることしか、3人には許されていないのだ。

 

 

「やーめた⭐︎」

 

 

 唐突に、脈絡もなく束がステッキを投げ捨てた。それと同時に、千冬もまた攻撃の手を止め、切先を束の喉元へと突きつける。

 何度も刀を受け止めても破壊できなかったステッキが地面と衝突すると、それまでの硬度が嘘だったかのようにぽきりと簡単に折れた。

 

 

「こんな舞台じゃもったいないよ。私とちーちゃんの対決に、全然相応しくないね」

 

「はいそうですかと、私が逃すとでも思うのか?」

 

「ん?んーん。全然思わないけど、ちーちゃんには見捨てられないものがたっくさんあるよねぇ」

 

 

 ぱーん、と軽い声と動作でラウラたちへと向けられた指鉄砲。刹那、先程の重力がお遊びだったかのような衝撃が襲い、IS諸共吹き飛ばされる。

 

 

「束、貴様ッ‼︎」

 

「じゃあね、ちーちゃん。次会う時は万全にしておいてね」

 

 

 コンマ数秒、そちらへと意識を逸らしたのが敗因。視線を戻した時には狐に化かされたかのように束の姿は消えていた。

 

 

「………ッ‼︎ボーデヴィッヒ、デュノア、更識、無事か⁉︎」

 

 

 束を追いかけるか迷うのは一瞬。すぐに自身の立場を思い出すと、こぶしをにぎり吹き飛ばされた3人へと駆け寄る。

 遥か遠くの空の向こうで戦う、弟の存在を頭の隅で案じながら。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「このォッ‼︎」

 

 

 瞬時加速の切れる瞬間を狙って、一夏がマドカに仕掛ける。初めの頃からは考えられない、何段階にも上がった一夏の技術。けれど、マドカは更にその上を悠々といく。

 

 

「何だそれは。お遊戯でもしているつもりか?」

 

「ぐあっ‼︎」

 

 

 必殺を込めて振るわれた零落白夜。しかし、当たる直前マドカの姿が一夏の視界から消える。どこに行った、と困惑するよりも早く、背後からの銃剣の横薙ぎが白式の装甲を削る。

 

 

「腕は多少上がったようだが、私には遠く及ばない。それであの人の弟だと?冗談にしてはタチが悪すぎる」

 

「ぐっ………クソォ‼︎」

 

 

 一夏自身、千冬が誇れるような弟であるつもりはない。何でも出来て頼りになる姉と違い、自身はいつまでも机を支えに立ち上がる幼児のようだと、心のどこかで卑下していた。図星を突かれて放った苦し紛れの一撃は、簡単に躱される。

 

 あんなにも特訓したのに、まだ届かない。このままナナとの特訓も、あの汗水を互いに流し合った日々が嘘になるようで、一夏の背中を悪寒が襲う。それは一夏の冷静を奪うには、充分すぎるものだった。

 

 

「ッ………‼︎‼︎うぉおおおおおッ‼︎‼︎」

 

 

 がむしゃらに、遮二無二にブレードを振るう。型も何もない、力任せの癇癪。こんなものが障害だったのか、と失望と呆れの視線を向けるマドカ。蝶のようにひらひらと攻撃にも満たないものを躱し、そして最後に大きく距離を空けた。

 

 

「もういい。せめてもの情けだ。この力で葬ってやろう」

 

 

 その言葉が示すように、サイレント・ゼフィルスのカラーリングが変わっていく。蝶を思わせる紫色が、漆黒に染まっていく。装甲が剥離し、再構築される音は、機械の駆動音というよりは、飢えた獣が骨を噛み砕くような嫌な音だった。

 周囲の空気が重く、冷たく凍りつく。一夏の白式のセンサーが、見たこともない異常数値を叩き出し、アラートが悲鳴のように鳴り響く。

 

 

「まさか、セカンド・シフトか⁉︎」

 

 

 一夏の白式然り、ナナのトゥガーリン・ズメエヴィチ然り、第二形態移行と前と後ではその性能は大きく違う。ただでさえ手に負えないマドカの、更なるパワーアップを阻止しようと荷電粒子砲を構えるが、それよりも早く目の前を遮るビット。

 見れば一夏の周囲はビットに囲まれており、身動きができなくなっている。

 

 

 

「ふ、はは!力が溢れてくる!これが、私の力か!あはは!あははは!」

 

 

 サイレント・ゼフィルスから黒騎士へと、白式が告げる機体の名称が変化する。

 

 蝶のようなシルエットは以前と変わらないが、以前よりも禍々しい鎧に覆われた姿の黒騎士。まるでマドカの殺意と敵意を具現化したようなシルエットだ。

 

 巨大化し変貌を遂げた一対のランサー・ビットは攻撃性の高さをそのまま表しており、特徴的だったロング・ライフルは甲殻類を思わせる節くれ立った大型バスター・ソードへと生まれ変わった。

 

 かつて遠距離攻撃を得意としたサイレント・ゼフィルスとは対照的に、高火力かつ高機動の近接型のISとしての性能を上げたのが黒騎士である。

 

 ダークパープルのエネルギーを纏ったバスター・ソードーーーフェンリル・ブロウが、試し斬りとばかりに一夏に振るわれる。

 

 

「くっ!………ぐぅっ‼︎」

 

 

 雪片弐型で受け止める一夏だったが、その拮抗は一瞬だけ。圧倒的なエネルギー質量に押し切られ、体勢を崩してしまった。

 絶好の追撃のチャンスだと言うのに、マドカは嘲笑を浮かべたまま動かない。それは強者にだけ許されたの余裕。絶対に負けるはずがないと言う傲慢。

 

 

「改めて名乗りを上げさせてもらおう。織斑マドカと、黒騎士の初陣は貴様の死で飾らせてもらう」

 

 

 





肉付けしすぎてぬっぺほふみたいになった
何気に主人公が出てこない話はこれが初
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