IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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40話

 

 

 京都の夜空を彩る、炎の嵐。瞬く星々の代わりとでも言うように、空を這う炎の発生源は静かに、けれど確実に焦っていた。

 

 目の前のアリーシャはブリュンヒルデの名に恥じない、相応の実力者。テイル・クローやプロミネンス、それに全方位へと向けることが可能な炎のレーザー。手数の多さで言えばスコールが圧倒しているものの、アリーシャはそれを覆す。

 

 風で自身の分身を作り出すワンオフ・アビリティ疾駆する嵐(アリーシャ・テンペスタ)を使われているのなら、まだ理解できる。けれど、目の前の女は、アリーシャ・ジョセスターフは武器の大鎌と風の操作のみでスコールの攻撃をいなしているのだ。

 

 

「随分と焦ってるじゃないのサ。さては、私に見惚れたサ?」

 

「馬鹿を言わないでちょうだい。貴女は私の趣味じゃないわ」

 

 

 対して、アリーシャも余裕綽々と言うわけではない。防御特化のレインISと比べ、スコールのISは攻撃特化。得意の風は炎で相殺される上、市街地への被害を抑えるように戦わなければならない。別の空で戦う箒たちへの加勢も考えると、そう長々とスコールの相手をするわけにはいかないのだ。

 その焦燥感を笑顔の蓋で誤魔化して、アリーシャは状況を有利に進めようと虚勢を張る。

 

 苛立ち混じりに放たれた炎の鞭、プロミネンス。左右からの同時攻撃は、しかしくるりと回された大鎌に塞がれる。

 さらに、弾かれた炎の熱を逆利用するように、アリーシャは風を巻き込み、スコールの視界を熱波で歪ませた。

 

 

「……ッ、小癪な真似を……!」

 

 

 スコールは舌打ちすると同時に、センサーの警告音とは別の、不快なノイズを耳にした。

 自身のIS、黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)の通信回線が、外部から強引にハッキングされている。

 

 

『ニャハハ! 手こずってるニャあ、スコール。色ボケで腕が鈍ったのかニャ?』

 

「フェリス⁉︎………貴女、どうやって」

 

『ニャアに、ちょいとした裏技ニャ。これに懲りたら、オータムとの熱い夜もほどほどにしときニャ』

 

 

 不愉快そうに眉を潜めるスコールを余所に、通信の主はターゲットをアリーシャへと切り替える。その声には、相手のプライドを執拗に逆撫でするような、粘り着くような嘲笑が混じっていた。

 

 

『よぉ、お情け受賞の二代目ブリュンヒルデ。ちょいと取引しニャい?』

 

「…………」

 

 スコールの背後に回って大鎌を振り上げていたアリーシャの手が、止まる。

 お情けという言葉。それは、織斑千冬という巨星が去った後に与えられた、彼女にとっての最大の禁句。純粋な対決では及ばないと理解しているが故の、特大の地雷。

 

 その隙を突き、テイル・クローによってアリーシャを弾き飛ばす。防御に回した大鎌がアリーシャの手を離れ、くるくると宙を舞う。その動きに合わせるように嘲笑うフェリスの声が、嫌に鼓膜に纏わりつく。

 

 

『おーおー、怖い怖い。そんな顔で睨まニャいで欲しいニャ。あまりの迫力に、か弱い子猫(プッシー)はちびってしまいそうだニャ………なぁんてニャ。冗談はそれくらいにして、本題に入ろうかニャ?』

 

「………亡国機業の言葉に貸す耳はないのサ」

 

 

 アリーシャの静かな怒りに呼応して、周囲の風が唸りを上げる。轟々と、通信越しにも聞こえるその音は、けれどフェリスの嘲笑を誘うだけだ。

 

 

『随分と余裕がニャいニャア、アンタ。ニャに?そういう日ニャの?』

 

「フェリス、邪魔するだけが目的なのかしら?だとしたら、後で酷いわよ」

 

『そう言うのはベッドの上でオータムに言ってやんニャ、Bicht。おっと』

 

 

 全方位に喧嘩を売るのが趣味だと思われても仕方がないだろう。暴風と高熱が今日1番の唸りを上げて、京都の空を明るく染めた。いや、実際に炎と風が吹き荒れたわけではない。ただ2人の怒りが可視化され、そのように見えただけだ。

 戯けるような言葉が聞こえると「冗談が通じニャい奴らだニャア」と呆れの声を漏らす。

 

 

『でもまァ、それだけの熱があるのニャら、私の提案はかなりの追い風(チャンス)にニャると思うニャア?』

 

「………何がいいたいのサ」

 

『アリーシャ・ジョセスターフ。お前さん、亡国機業の傘下にニャらニャいか?』

 

 

 刹那、瞬時加速と風を併用しての急加速。甲高い音を立てて交差したプロミネンスと大鎌がぶつかり合い、鈍い音を立てて拮抗する。

 不愉快と怒りで歪められたアリーシャの顔がスコールの視界いっぱいに広がり、冷や汗を流す。アリーシャの気持ちは敵ながらよくわかる。もしもこの場にフェリスがいたのなら、喜んで殺しに手を貸していただろう。

 

 

「フェリス、貴女私を助けたいの?殺したいの?」

 

『ニャハハ、せっかちな奴らだニャア。まぁ聞きニャよ、(テンペスタ)。悪い話じゃニャいんだぜ、ブリュンヒルデ』

 

 

 通信越しに聞こえるフェリスの声は、まるで纏わりつく泥のよう。耳に入れたくないのに、聴きたくないのに、するりと入り込み鼓膜を揺らす。頭を振っても離れてくれない、厄介な声色。

 

 

『私から出せる提案はひとつ。アンタが死ぬほど望んでいた、織斑千冬との再戦ニャ』

 

 

 ぴくり、とアリーシャの指先が微かに反応する。

 それはいつかいつか、と夢見た事。叶わなかった第2回モンド・グロッソの、果たされなかった決勝の再演。プロミネンスに掛かる圧力が軽くなり、スコールは大鎌を払って距離をあける。

 

 アリーシャもまた、その衝撃に合わせて大きく飛び退くが、互いに追撃はない。誰にも話したことのない、心の中に蓋をしたはずの願い。それを見事に当てられた動揺が隠せない。

 

 

「………なんの、ことサ」

 

『おいおい、隠すニャよ。恥ずかしがるようニャことじゃニャいだろ?』

 

「ッ‼︎答えるのサ‼︎」

 

 

 アリーシャの怒りに呼応して、その周囲に風が集う。形作られた、アリーシャの分身たち。轟々と唸りを上げて作り出された数は5体。それはアリーシャが作り出せる、最大数である。

 

 返答次第ではそれら全てが自分へと向かうと思うと、さしものスコールも固唾を飲む。最悪の展開を予想しながら、どうするのだと言葉なく通信越しのフェリスを恨んだ。

 

 

『別に、予想つくじゃニャい?あれだけ悔やんで取れなかった玉座が、あっさりと手に入る。それで満足するようニャ性格(タマ)じゃあニャいだろ、お前』

 

 

 ぞくり、と確信を得た言葉に皮膚が粟立つ。

 それを見透かしたようにフェリスは笑う。隣で唸る風の音は遠く、代わりにゲラゲラと脳の奥で反響するような声が暫く続いた。

 

 

『二代目ブリュンヒルデ、お情け受賞者、織斑千冬の代替え品………影で言われて悔しかったんじゃあニャいの?自分の力は織斑千冬(太陽)にさえ手が届くって証明したいんじゃあニャいの?』

 

「…………傘下に入れば、それが叶うとでも言うのサ?」

 

『考えてみニャよ、ブリュンヒルデ。(こっち)味方(そっち)、どちらが織斑千冬と戦う機会がある?』

 

 

 それは考えるまでもない、いや、考えないようにしていたもの。味方のままでも、模擬戦として戦う機会はあるかもしれない。けれど、アリーシャが求めているものは違うのだ。

 互いに鎬を削り合い、喉の奥がヒリつく様な命をかけた戦い。あの決勝戦を、人生で1番生を感じた瞬間を、再び味わいたいと言う願望。それが今、目の前にある。

 

 けれど、それは甘い甘い毒林檎。一度でも身を沈めれば這い上がる事はできない、底なしの沼。後戻りが出来ない地獄行きへの片道切符。

 

 脳裏で遠くの空で戦う箒、セシリア、鈴の事を思い出す。

 数の差は有利ではあるが、その精神は危うい。レインとフォルテの裏切り、そして何より明かされたナナの過去。一度に重い負荷をかけられた少女達に、戦場を有利に運べる理性は残っていない。

 

 年長者である自分が助けにいかないといけないだろう。けれど、差し出された毒林檎は輝いていて、目が離せない。頭の中でせめぎ合う理性と願望。ぐるぐると視界が歪み、アリーシャの呼吸が荒くなる。

 

 

『さぁ、どうする(テンペスタ)?この後の一生を、悔やんで生きるつもりかニャ?』

 

 

 追い討ちのようにかけられたフェリスの言葉。それがアリーシャの心を決断させた。目を閉じて、深呼吸。肺を満たすのは秋の冷たい風と、かつての敵だった女の残り香。

 周囲で待機していた分身が霧散して、ただの風へと戻る。

 

 

「…………その取引、乗るサ」

 

 

 そう宣言すると、近くのビルの上に立ちISを解除。その言葉に嘘はないようで、待機状態のIS(キセル)を燻らせる。その視線は箒たちの戦う空に向いているが、きっとさらにその先を見ているのだろう。

 

 

「…………正気なの?」

 

「そいつの言うとおり、このままお守りを続けても私の願いは叶わないと、そう理解しただけサ」

 

『ニャハハ‼︎暗い穴倉へようこそ、新入り(ニュービー)。両手を上げて歓迎してやるニャ』

 

「別に、仲良しこよしするために裏切ったわけじゃないのサ」

 

『わーってるニャ。損はさせないニャいから安心しニャ。ニャにせ、情報屋ってのは信用が第一だからニャア。ほら、スコール。さっさと愛しの子猫ちゃん(オータム)を迎えにいきニャ』

 

「…………どういうつもり?」

 

 

 険の籠った、スコールの声。短い付き合いだが、フェリスの性格はよく知っている。暗闇の中で相手の動向を探り、隙を見せた瞬間に獲物を狩る狩人のような人物。

 ビジネスパートナーとして、その腕は信用してもいいだろう。だが、友人としては最悪。いつどこで弱みを握られるか、わかったものじゃない。そしてそれを誇らしげに、嫌がる顔を肴にして楽しむのだから手に負えない。

 

 そんな人間が親切にも、オータムの救出に手を貸す?

 そんな事考えられないし、何か裏があるのではと探ってしまうのも仕方がないだろう。

 

 

『おいおい、人の親切を疑うニャよ。別に、オータムニャア亡国機業に繋いでもらった借りがあるだけニャ。借りっぱなしは気持ち悪いんだよニャ』

 

「…………あの子は、私のものよ」

 

『脳みそがピンクに溶けたのかニャ?色ボケも大概にしニャきゃ、任務に支障がでるニャ』

 

 

 今日1番の呆れた声を残して、通信が切られる。

 残されたスコールがアリーシャを見つめるが、ヒラヒラと興味ないとばかりに手を振るだけ。こちらを見向きもしない。

 

 罠を疑うように、ゆっくりと後退。不意打ちされない程度に距離を開くと、出力を上げて一気に加速。早く早く、と捲し立てる心に従って、愛しいオータムの元へと急ぐのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ーーー空港倉庫、その上空。相対する白と黒、2機のIS。

 黒騎士から発せられる圧は段違いで、一夏の額から流れる一雫の冷や汗。それが頬を伝って顎から滴り落ちた瞬間、ランサー・ビットが一夏に向けて射出される。突撃を行いながら、そのビットは螺旋状に収束したエネルギー弾を放ってきた。

 

 

「そう易々とやられるかよ!」

 

 

 エネルギー無効化シールドを左腕の武装多機能腕(アームド・アーム)雪羅から展開。初めは四苦八苦したその切り替えも、今では呼吸するように行える。特訓の成果は裏切らない。けれど、結末と言うものは誰にもわからない。

 

 

「うっ‼︎」

 

 

 連続で放たれるエネルギー弾を左腕の防壁だけで防ぐにはあまりにも無理がある。加えて、エネルギー消費燃費の悪さが、一夏の致命的な隙となった。

 

 

「もらったぞ、織斑一夏‼︎」

 

 

 ランサー・ビットの突撃を躱した先に待ち受けていた、バスター・ソードの一刀両断。雪片弐型で受け切ろうとした一夏が、剣ごと切り伏せられた。

 

 

「脆い‼︎あまりにも脆い‼︎」

 

 

 夜の闇に堕ちる、一夏の機影。それを逃さずランサー・ビットの放射射撃が一夏の堕ちた森を焼き払う。

 夜空が赤く照らされて、燃え上がる森林を見下ろすマドカの瞳は生まれて初めて悦楽に浸っていた。その初めての感情はマドカを思いのままに突き動かし、炎の中心で起き上がれずにいた一夏を踏みつける。

 

 

「がはっ!」

 

「ははっ、今まで無駄な訓練を積み重ねてきただけだったな‼︎」

 

 

 胸を急降下の勢いそのまま押さえつけられ、絶対防御を貫通したダメージが一夏の身体に鈍く響く。その苦く苦しい表情はマドカの愉悦を更に燃え上がらせ、何度も何度も一夏を蹴りつける。

 その蹴りは装甲を歪め、シールドを破壊し、一夏の生身にまでダメージを刻みつけていく。

 

 容赦のない追撃は一夏の意識を霞ませるには充分すぎるもの。脳はこの痛みから逃れるようにドーパミンを大量生成。操縦者の危険を知らせるアラームの音もどこか遠く、ぼやける頭で考えるのはこの苦痛からの脱出ではなく、心の中の後悔。

 

 あの時、ナナの過去を知った時、動揺しなければまだ友達のままでいられたのだろうか。

 

 例え今までの事が嘘で、一夏との付き合いもただのコストだったとしても、ナナとの日々は楽しかった。

 特訓も、同性のいない孤独感も、騒がしい日々も、彼と共にいたから乗り越えられた。けれど、そんな彼の正体を知り、自分が最初に取った行動は否定。それは友に対する明確な裏切り。フォルテやレインさえ霞む、酷い裏切りだ。

 

 謝っても、許されないかもしれない。けれど、そこから始めなければ何も進まない。そんな益もない、特別性もない、極めて一般的な心残り。

 

 

(生きて………ナナに、謝らなく、ちゃ…………)

 

 

 身体に響く痛みが段々と鋭くなる。ドーパミンの在庫は切れ、これ以上の痛みは死に繋がると、脳はその意識を断ち切るのであった。

 

 

「こんなものか………。それでは、その首をいただくとしよう」

 

 

 唸りを上げる獣の声のように、大型バスター・ソードが出力を上げていく。込められた殺意は上限を知らず、感極まるようにマドカの口から言葉が漏れる。

 

 

「これで私は、織斑マドカになれる。これで、やっと、私は………!」

 

 

 一夏の首を刎ねるべく振り下ろされる漆黒の刃。

 誰もがその死を確信した瞬間、爆炎に包まれた森が、一瞬静止した。

 

 否、停止したのはマドカの剣だ。

 

 

「なっ⁉︎」

 

 

 マドカが瞠目するのも無理はない。何せ、意識のないはずの一夏が、その左腕が刃を掴み取ったのだから。

 センサーが告げる情報は、確実に一夏の意識は途切れていることを知らせる。けれど、目の前の光景はそれを否定。どころか、圧倒的な力量差で押さえつけているはずのマドカが、徐々に押し返されていく。

 

 

「何が起こってる‼︎」

 

 

 硝子が割れるような音と共に、バスター・ソードが握りつぶされる。反射的に距離を取ったマドカが目にしたのは、ゆらりと一夏が立ち上がる姿。

 いや、立ち上がるというにはあまりにも不自然で、まるで糸の切れた操り人形を無理やり起こすような、見えない力に押し上げられるような光景。

 

 

「…………」

 

 

 ゆっくりと、そして唐突に開かれた一夏の瞳。金色の双眸がマドカを貫いた。

 

 

「貴様、いったい………⁉︎」

 

 

 その問いに答えはない。代わりに、その装甲が悲鳴を上げるように歪み始めた。

 

 傷ついた装甲を押し上げるように、下から覗く新たな装甲。まるで蛇の脱皮のように古いアーマーを脱ぎ捨てる一夏、否、白式。

 そして、その姿はーーー

 

 

「白騎士、だと………⁉︎馬鹿な、データは完全に初期化(フォーマット)されているはず」

 

 

 篠ノ之束が作り上げた、最古にして原初のIS。白式の元となり、消えたはずのISが今、マドカの目の前にいた。

 そしてその刹那、またたきの内に動き出す白騎士。瞬時加速と同等、あるいはそれ以上の速度で繰り出された蹴りは、マドカを背後の巨木ごと吹き飛ばす。

 

 

「がっ⁉︎こいっ、こいつは………‼︎」

 

 

 戸惑いながらも起き上がったマドカの顔の真隣を、閃光が走る。刹那、エネルギーの爆発が周囲を飲み込んだ。

 衝撃により宙に放り出されるマドカ。天と地が目まぐるしく入れ替わり、ISの補助機能が発動。平衡感覚を取り戻し、鈍く痛む腹部を抑えながら上空から白騎士を睨む。

 

 

「ISの暴走…………それとも、織斑千冬の残留意識だとでも言うのか?」

 

 

 困惑するマドカに白騎士は攻撃の手を緩めない。展開されるエネルギーブレード。それは一夏がかつて使っていた雪片弐型の原初の形(オリジン)

 

 黒騎士が告げるアラームよりも早く、眼前に踊り出る白騎士。まさにいつの間にか、と言う表現がピッタリであり、それに気づくのに一瞬でも遅れたならば今頃マドカの身は両断されていただろう。

 飛び退くマドカの代わりにランサー・ビットの内一基が振り下ろされた刃に破壊される。それがまるでマドカの未来のようで、知らず知らずのうちに背中を冷や汗が伝う。

 

 スペックの差は黒騎士(最新機)の方が圧倒的に上。けれど、こうまで白騎士に押されてしまうのはその奥に秘めたる深淵さゆえか。

 

 

「ッ‼︎引くものか‼︎断じて、引くものか‼︎」

 

 

 己を鼓舞するように声を上げるマドカ。彼女自身にも、譲れないものがある。

 

 それは織斑の名を持つ宿命。自らの存在意義。

 

 それらを否定されるわけにはいかない。

 

 

「過去の亡霊風情が、私の前に立ちはだかるな‼︎」

 

 

 ふたつの機影が再度、激突した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 IS学園側が拠点としている旅館にて。

 電子錠に拘束され、窓から外を眺めるナナ。その顔は憂いに染められていた。

 

 作戦行動が始まって時間が経った。遠くの京都の夜空は明るく彩られ、鈴虫やコオロギの歌の代わりに遠くから聞こえてくるのは救急車や消防、そしてパトカーのサイレンの音。今頃テレビでは避難指示が出され、現場は阿鼻叫喚の地獄絵図となっているだろう。

 

 自身にはもう関係ないことだ、と割り切っても無意識のうちに首のチョーカー(IS)を撫でる。自身を繋ぐ鎖にして、一夏たちとを繋いでいたもの。冷たい鉄の感触が、嫌に指に残る。

 

 特製の電子錠は特殊な電波を発し、ISを強制スリープモードへと移行させるため、展開させることは不可能。そも、逃げようものなら仕掛けられた爆弾が爆発。そのスイッチを握る千冬と楯無は、今度こそそのボタンを押すだろう。

 

 それが寂しいとは思わない。寧ろ、正しいことだ。

 けれど、その死が惜しいと思ってしまうのは、それだけ自身の心が弱っている証。

 

 一夏たちと再び笑い合いたい、とまでは行かずとも、もう一度彼らと話がしたい。

 泥の中でもがいて死ぬのがお似合いの、碌でもない生き方をしてきた自分が、心残りがあるから死にたくないと思ってしまうのは、あまりにも身勝手だろう。我ながらあまりにもな生き汚さに、思わず嘲笑が浮かぶ。

 

 どうか、どうか無事でいてくれ、と願うナナの背後。襖の向こうからトントンと、戸を叩く音が聞こえた。

 

 

「あの、オーウェンくん………その、大丈夫ですか?」

 

 

 次いで聞こえてきたのは、山田真耶の声。おどおどとした、おっかなびっくりな声に潜む確かな優しさに、ナナの毒気が少し抜かれる。

 

 

「No problem。五体が無事で、危険な作戦からは外されてHappyだよ。てめぇの方こそ、指令部として働かなくていいのかよ?」

 

「それが、その、通信が繋がらなくて………倉庫組には織斑先生、ホテル組には更識さんが様子を伺いに行ってます」

 

「ハッ!ンで、手持ち無沙汰のてめぇは惨めなオレを揶揄いにきたってわけか」

 

「そ、そんなつもりはありません‼︎」

 

 

 まぁ、言っておきながらそれはないだろう、とナナも思っている。

 山田真耶と言う人物は若手教員らしくミスも目立つし、普段から自信がないのかおどおどとしている。けれど、生徒を思う気持ちは確かなもので、生徒会で相談役を請け負っていたナナに話せないものは、大抵真耶の方へと相談されていたのだ。

 

 そんな人間が自身を訪ねてきた理由などひとつしかない。その精神を案じに来たのだ。

 

 

「………オーウェンくんの秘密がバラされたのは、私としてもショックです。せっかく、みんなと仲良くなれていたのに………」

 

「Hey、いつまで教師面だよ。ナナ・オーウェンの役は捨て去ったんだ。ここにいるのは、人殺しで金を稼いでいたろくでなし。テメェのお優しい生徒じゃねェンだよ」

 

 

 吐き捨てるように、決別するように、そう言い放つナナ。傷つくくらいなら、初めから優しさなんていらない。見捨てられるくらいなら、初めから期待などしない。

 

 

「いえ、あなたは私の生徒です」

 

 

 そんなナナの強がりを見透かしたように、襖の向こうの真耶はキッパリとそう言い切る。

 

 

「最初聞かされた時は、その、怖かったですけど………学園でのあなたは、話に聞かされていたよりも、ずっと人間らしかった。織斑くん達と仲が良くて、生徒のお悩み相談を聞いて、更識さんと楽しそうに笑う姿は、暖かい普通の生徒でした」

 

 

 その言葉に思わず、ナナの目が開かれる。

 ナナと真耶の交流は、正直なしに等しい。精々が教師と生徒の間柄だ。けれど、自身のことをそこまで見られているなんて、思いもよらなかった。

 

 

「今回の事で、みんなと溝が出来たかもしれません………けど、あなたたちならーーーオーウェンくんたちならきっと、元通りになれると私は信じています。難しいようなら私が、なんでもお手伝いしますよ」

 

 

 も、もちろん、教師と生徒の仲を超えない範疇で、ですよ⁉︎と慌てて付け加えられたそれに、呆然。そして、脳が意味を理解するとついつい声を上げて笑ってしまった。

 

 

「ふッ………くッ、ハハハハハ‼︎」

 

「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか⁉︎」

 

「ハハハハハッ‼︎いや、悪ィ………ったく、ここにゃあお人よししかいねェのかよ。欲求不満の相手は、一夏にしてもらいな。浮気しようものなら、楯無に殺される」

 

「オ、オーウェンくん‼︎」

 

 

 ナナの笑い声が、静まり返った部屋に響く。

 殺し屋としての自分を捨て、ただの人として認められる。それは、彼が一番恐れ、同時に一番欲していた救いだった。

 だが、その笑い声が止まぬうちに、それは起こった。

 

 

「ーーーッ‼︎」

 

 

 ナナの殺し屋としての反応が嗅ぎ分けた、死の気配。反射的に真耶へと警告を出そうと襖へと足を向けた刹那、旅館全体が揺れた。

 隣の部屋から聞こえた爆音。天井からパラパラと埃と土煙が落ち、バランスを崩したナナが畳に投げ出される。強かに身体を打ちつけながら考えるのは、隣の部屋の存在。そこには捕虜として捕らえたオータムが、ナナと同じように収容されていたはずだ。

 

 

「な、何がーーー」

 

「ッ‼︎待て‼︎」

 

 

 ナナの制止は届かず、慌てて隣の部屋へと走る真耶。何度もこぼれ落ちそうになる電子キーを翳し、襖を開けた先にいたのは窓だった穴から姿を現す、黄金の様なIS。

 京都の夜を焦がす様な、不気味なまでに輝く機体。亡国機業の幹部、スコールの専用機黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)

 その腕には、鹵獲していたオータムが横抱きにされていた。

 

 

「迎えに来たわよ、オータム」

 

「ああ、待ちくたびれたぜ、スコール」

 

 

 まるで世界には2人しかいないとでも言わんばかりに互いに見つめ合い、驚愕に身を竦める真耶の事など視界にすら入れていない。甘く蕩けるような2人の空間は、ISの装甲だって溶かしてしまうだろう。

 高熱のレーザーによって破壊された電子錠がゴミのように捨てられて、スコールの首にオータムが腕を回した。満足そうに微笑んだスコールが、離脱しようと背中を真耶に向ける。

 

 このままでは逃げられる。けれど、真耶に専用機はなく、抵抗しても虚しく終わるだけだろう。だが、それは戦わない理由にはならない。

 

 

「ま、待ちなさい‼︎」

 

 

 それは2人の空間に水を刺された苛立ちか、ぴくりとスコールが反応する。ゆっくりと、緩慢に真耶へと振り返るスコールの瞳に温度はない。それに一瞬怖気付く真耶だが、隣から聞こえるナナの声に我に帰る。

 

 やめろ、逃げろ、と叫ぶナナの声。だが、ここで逃せば生徒の頑張りはどうなる。臆病な自分を必死に奮い立たせ、真耶は一歩踏み出した。

 

 

「あなた達を、ここで逃すわけにはいきません‼︎」

 

「………誰、かしら?」

 

「さぁ、知らね」

 

 

 冗談でも何でもなく、本当に知らないようで、困惑を浮かべる2人。そも、量産型のISを身に纏っているのならまだしも、生身の相手なのだ。警戒するにはあまりにも貧弱すぎる。

 

 

「あ、IS学園の教員として、止めさせてもらいます‼︎」

 

「止める……?私たちを………?生身で………?ふ、ふふふっ、随分と勇ましい事ね」

 

「なぁ、スコール、もう帰ろうぜ。生身じゃISと渡り合えない事もわからねぇ、バカなんて放っておいてさ」

 

「ええ、そうね。でも、愚かさの代償は教えて上げなくちゃ」

 

 

 瞬間、空気を裂いて横薙ぎに振るわれたテイル・クロー。IS戦なら牽制にもならない一撃ではあるが、生身の人間ではそうもいかない。咄嗟に腕でガードするが、その威力は真耶を軽々と吹き飛ばし、ナナのいる部屋へと送りつけた。

 

 

「オイッ、真耶‼︎」

 

「うっ、くっ………へ、平気ですよ、この、くらい………」

 

 

 今の一撃で折れたのだろう、不自然に曲がった左腕。脳に響く痛みを隠すように笑みを浮かべ、何とか立ちあがろうとするが身体が言うことを聞いてくれない。追い打ちをかけるように、かつて壁だった穴からスコールが顔を覗かせる。

 

 

「あら、貴方もいたのね。………ふぅん」

 

 

 倒れ伏すナナへと視線を向け、そしてその手首の手錠へと視線を移す。それだけで状況を察すると、自虐的な笑みを浮かべた。

 

 

「貴方には学園祭でオータムが世話になった借りもあるし………フェリスの言う通り、借りを残しておくのは気持ちが悪いもの」

 

 

 オータムを抱える腕とは反対、掲げた右手に生み出される火球。旅館全体を炎の海に沈めるには十分な熱量で、足元の畳から火が上がる。

 何をするか察したナナ。本能が逃げ出せと、煩いくらいに耳元で叫んでいる。けれど、視界の端に映る真耶の存在。どうしようもない自身でも、生徒であると言ってくれた教師の姿。

 

 

「ッ‼︎ァアアァアア‼︎」

 

 

 破れかぶれの特攻。射線の真耶を遮るように、スコールへと突っ込む。

 声を上げるたびに喉が焼ける。肺が取り込む空気は酷く暑く、滲み出す汗はすぐに蒸発。それでもナナの脚は止まらなかった。

 

 

「無様ね」

 

 

 吐き捨てた言葉と共に、火球がスコールの手から離れる。オータムを庇いながら後退し、爆熱と爆風が旅館を包み込んだ。火の手が上がるよりも早く崩壊した旅館は、最早土台しか残されていない。

 

 その光景は溜まったストレスが解消されるようで、満足そうにスコールは微笑む。

 

 

「さ、帰りましょう、オータム。今晩は、存分に慰めてあげる」

 

「や、やめろよ、こんなとこで…………ま、まぁ、期待してるけどよ」

 

 

 スコールは満足げに、崩れ去った旅館へと背を向けた。

 最早、そこに生存者がいるなどとは微塵も思っていない。ISの火球を至近距離で浴び、さらに数トンの瓦礫に押しつぶされて、ただの人間が生きているはずがないのだから。

 

 だがーーー

 

 

「ーーーッ⁉︎嘘、でしょう」

 

「っ‼︎スコールッ‼︎」

 

 

 ISのセンサーが告げた、敵機の存在。反応の発生源は旅館の残骸の中から。振り返るよりも早く、スコールの背中に被弾するレーザーの一撃。

 

 不気味な金属音が、火の粉の舞う静寂を切り裂いた。

 

 

「逃げられるとでも思ってンのかよ、色狂い(レディ・キラー)………」

 

 

 愛しい人への狙撃に屈辱を味わいながら、怒りに歪んだオータムが睨む先、崩壊した瓦礫の山が、内側からの凄まじい圧力で押し上げられる。

 

 燃える木材を跳ね除け、ゆらりと立ち上がったのは夜の闇よりも深い漆黒のISーーートゥガーリン=ズメエヴィチ。

 

 昼間の戦闘からの傷も癒えておらず、更には至近距離からの爆炎。装甲の各所はヒビが入り、場所によっては砕け、まともに稼働しているスラスターも普段の半分。残りはひしゃげていたり、黒煙をあげているではないか。

 その腕には気絶した真耶が抱かれていた。絶対防御の範囲内で守ったのだろう、傷や火傷は深くないが、トレードマークとも言えるメガネのフレームが熱で歪んでいた。

 

 

「てめぇ、どうやって………」

 

「生憎、神様にゃ嫌われてるみたいでね。追い返されたンだよ」

 

 

 ことの真相はISの操縦者の保護機能によるもの。普段であればそれさえも封印する電子錠であるが、どうやら細工してあったらしい。それが楯無によるものか、それとも千冬によるものかはわからない。けれど、助けてもらった事に変わりはない。

 

 

「覚悟は出来たか、救世主気取りの破壊主義者(ヴァンダリスト)共。墓には並べて入れてやるよ」

 

 

 割れ物でも扱うように、ナナが尻尾で平らにした地面へと真耶を置く。瞳に宿すのは復讐の色。殺し屋としての蛇ではなく、捨てたはずのナナ・オーウェンとしての明確な感情。

 

 

「随分と、大口を叩くものね」

 

 

 動揺から立ち直ったスコールの高熱レーザーによる、面攻撃。ナナは勿論、真耶をも狙ったそれを、ナナは身を盾にして防ぐ。着弾の度に装甲が悲鳴を上げ、ISがこれ以上は危険だと警鐘を鳴らす。

 

 

「すでにボロボロのあなたが、その余計なお荷物をどこまで守り切れるかしら?」

 

「そりゃ、テメェもだろ」

 

 

 レーザーの雨の中、ナナは両手をスコールへと向けると、両腕のリングを展開。口径を絞り、炎をガドリングの様に断続的に射出する。その程度、黄金の夜明けを守護する熱線のバリア、プロミネンス・コートを貫けないとたかを括るスコールだが、腕の中の存在を思い出す。

 

 プロミネンス・コートの防御も絶対ではないのだ。もし、万が一、その隙間を縫って被弾すれば。それがもし、オータムに当たれば。それを考えてしまっては取れる行動は回避一択。それも初心者が行う様な、大袈裟な回避だ。

 

 スコールの顔は屈辱に歪む。

 本来ならプロミネンス・コートで弾き飛ばし、そのまま反撃に転じれば1秒で終わる相手だ。だが、ナナの放つ下手な鉄砲のような射撃は、確実にスコールにとってのアキレス腱ーーーオータムを狙って飛んでくる。

 

 

「ッ‼︎スコール、もういい‼︎」

 

「ダメよ‼︎貴方を見捨てる筈がないでしょう⁉︎」

 

 

 自身が重荷になっている。それを自覚したオータムが見捨てろと叫ぶが、スコールはそれを許さない。そんなに簡単に見捨てられるのなら、初めから救いになど来る筈がない。それがわかっているからこそ、ナナは執拗に狙う。

 

 それは本来の、殺し屋としての側面。けれど、今は守るべき者のために、敗色濃厚の舞台を踊る。昔の自分ならば考えられない、ナナ・オーウェンとしての譲れない覚悟。

 

 

「どうした、色情魔(レディ・キラー)。どうした、亡国機業(テロリスト)‼︎まだまだジルバを踊らせてやるよ‼︎」

 

「ッ‼︎この、小賢しい………ッ‼︎」

 

 

 スコールの手に生み出された、本日二度目の火球。辺り一面を炎の海に沈める事が可能な死の太陽を、躊躇いもなく地上のナナへとぶつける。回避をすれば足元の真耶が死に、受け止めても死体が増えるだけ。選択肢は迎撃しか許されてなかった。

 

 

悪竜大煉獄(ズメイ・チスティリシチェ)‼︎」

 

 

 ガドリングから一転。特大の火炎放射が中空の太陽へとぶつかる。

 辺り一面の気温が急激に上昇し、暴風が吹き荒れる。樹々が怯える様に震え、鳥やネズミが我先にと逃げ出す。

 

 一瞬の拮抗であるが、スコールの火球はゆっくりと、確実に沈んでいく。壊れかけのISの一撃など、このようなもの。これで鬱陶しい敵とはおさらばだと、スコールに安堵の笑みが溢れた。

 

 

「ォオオオオォオオオッ‼︎」

 

 

 対するナナは、喉が裂けよとばかりに吠える。無機質で、冷徹で、冷酷な蛇の頃からは考えられない、心からの叫び。網膜に映る、機能限界の文字。それをうるさい、と心の中で叫び返す。

 

 限界がなんだ。負けそうだからなんだ。

 自身は今日、最高の教師に生徒だと認められたのだ。不出来な生徒なりに、信じてくれた教師を裏切るわけにはいかない。

 

 

「吼えろ、トゥガーリン‼︎こンなチンケな太陽、テメェの敵じゃねェ‼︎」

 

 

 生存を廃して全エネルギーを炎へと。けれど、それ以上に湧き上がる力がナナの炎を一段と唸りを上げさせ、まるで竜の咆哮のような音と共に火球との勝負を拮抗状態へと巻き返す。

 火力の上がった炎の衝突は、周囲の酸素を焼き、据えたオゾンの匂いが立ち込める。炎に触れていないはずの樹々が自然と発火して、周囲の気温を一気に加速させる。

 

 それに驚いたのはスコールだ。絶対に殺せるはずの一撃。勝ちを確信できる威力のはず。それがゆっくりと、重力に逆らう様に上へと持ち上がる。

 

 

「ッ‼︎ォオオオオ‼︎」

 

 

 打ち上げられた火球は地上へと別れを告げ、遠くの空へと押し上げられる。そして、形状維持に限界が来たのだろう。遥か上空で弾け、京都の夜を昼のように明るく染めた。

 

 

「ハァ、ハァ………‼︎ハッ、この程度、かよ………」

 

 

 想定以上の火力に、装備自体が耐えきれなかったのだろう。両腕のリングは白煙を上げながら融解し、修復しなければならないレベルの損傷を。カラカラと、力無く回る様はまるで役目を終えた歯車。

 

 もう一度、火球をぶつければ今度こそ間違いなく、その命を燃やし尽くせるだろう。けれど、スコールにはそれができなかった。

 

 その行動に感銘を受けたからではない。

 その熱量に賞賛を与えるためでもない。

 

 単純に、純粋に、その眼が死んでいないのだ。

 諦めを知らないナナの瞳は未だ闘志に燃えており、肩で息をして疲労困憊だというのに敗北を受け入れる様子はない。

 

 蛇に睨まれたカエルのように、スコールの身体が竦み上がる。理屈では勝てると理解していても、その強い意志の前にスコールの心は白旗をあげているのだ。

 

 

『おいおい、ニャアに遊んでんだニャ、スコール』

 

「フェ、リス………」

 

 

 その時耳を撫でた、フェリスの声。止まっていた時が動き出し、思い出した様にスコールの身体が酸素を求める。腕の中のオータムも同じ様で、顔を青くして呼吸を荒くしていた。

 

 

『ま、いいニャ。遊んでるとこ悪いけど、マドカの救援に向かいニャ。あいつを今失うニャア惜しい』

 

 

 それは心配からくる言葉ではなく、駒として扱ってるからこその言葉。確かに惜しいが、無理をするほどでもない。不可能なら不可能で、それは仕方ないと言葉の端からそんな思いが開け透けていた。

 

 

「え、えぇ………オータム、大丈夫かしら?」

 

「あ、あぁ………もう、平気だ………」

 

「待て、や………逃す、かよ」

 

 

 逃走の気配を感じたのだろう、緩慢な動作でスラスターを展開しようとする。けれど、そこに回す分のエネルギーは既に消費しており、ナナが飛び立つ力は残っていない。

 

 けれど、その動きに、身動ぎひとつする度に微かに聞こえる金属音に、思わず注意が言ってしまう。目を離した瞬間に、再び牙を剥いてくる気がして。そんな事はないとわかっていても、心は中々に納得してくれない。

 何万ジュールに及ぶ熱量よりも、たった1人の少年の眼光に射すくめられたのだ。

 

 結局、警戒を露わにゆっくりと後退。その姿が小さくなるまで、怯える様に2人が空の彼方へと消えた後、限界が来たのだろう。糸が切れたように、地面へとナナはその身を沈めるのであった。

 

 

 

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