IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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41話

 

 

 古都の情緒を、ISの機動音が無慈悲に切り裂いていく。

 超音速での旋回が生む衝撃波は家屋の瓦根を吹き飛ばし、流れ弾となったエネルギー弾の一発が、由緒ある寺院の門を跡形もなく消し飛ばした。

 

 地上は、まさに現世の地獄だった。

 

 「避難してください!」という自衛官たちの怒号は、ISの駆動音と度重なる爆発音にかき消される。逃げ惑う市民の足元ではアスファルトが跳ね、崩落したビルから上がる粉塵が人々の視界を白く染めていた。

 

「救護班! 西三ブロックの瓦礫の下に生存者だ! 急げ!」

 

「だめです、通信が……! 全く繋がりません!」

 

「クソッ、ジャミングか!? 衛星も死んでるのか!」

 

 

 二条城近くに設営された自衛隊の仮設統合幕僚部。そこは、情報の濁流に呑み込まれた戦場だった。

 モニターの半分はノイズで埋まり、無線機からは悲鳴と雑音しか聞こえない。未曾有のISによる市街地戦。その対応に追われる指揮官たちの顔は、焦燥と疲労で土色に染まっている。

 

 その混乱の渦中。

 

 怒号が飛び交うテントの入り口を潜り、一人の少女が姿を現した。

 

 

「……更識、です。IS学園、生徒会長として参りました」

 

 

 場違いなほどに凛とした声。

 だが、その制服は汚れ、先ほどまで死線を潜り抜けていた戦士の熱気が立ち上っている。

 指揮机を叩いていた一等陸佐の男が、血走った眼で彼女を睨みつけた。

 

 

「……IS学園? ふざけるな、生徒会長だと?」

 

 

 男の言葉には、隠しようのない敵意と蔑みが混じっていた。

 目の前の少女が、世界に数少ないIS操縦者であり、戦略級の戦力であることは理解している。だが、今まさに彼の目の前で起こっているのは、阿鼻叫喚の地獄絵図が引き起こされた原因は、彼女らIS使いなのだ。

 

 

「説明ならびに謝罪……そして、今後の共同戦線についての協議を」

 

「謝罪だと? 誰に向かって言っている。ガキの使いに来る暇があるなら、あのアホみたいに空を飛び回っている連中を今すぐ叩き落としてこい!」

 

 

 男は楯無に一歩詰め寄り、その胸ぐらを掴みかねない勢いで吠えた。

 

 

「我々が欲しいのは学生の反省文じゃない! 責任の取れる大人だ! 織斑千冬はどうした! あの女をここに連れてこい!」

 

 

 その怒号を正面から受けながら、更識楯無は微動だにしなかった。

 扇子を握る指先が、微かに震えている。それは恐怖ではなく、自らの無力さと、背負わされた責任の重さゆえの震えだった。

 

 

「……織斑先生は現在、前線にて亡国機業の幹部と交戦中。それ以外の教員も、各所の防衛に当たっています。現在、この場で状況を把握し、指揮を執れるのは……私しかいません」

 

 

 楯無は静かに、けれど鋼のような意志を込めて男を見つめ返した。

 

 

「納得がいかないのは承知の上です。ですが……今この瞬間も、京の街が死んでいます。大人か子供かの議論は、後で私の首を撥ねる時にでもして頂けますか?」

 

「指揮官、ここは一度、彼女の指示に従っては………」

 

「ならん‼︎」

 

 

 哀れに思ったのか、それとも疲弊した故の判断なのか。横から聞こえたその声を、指揮官は考える余地なく否定する。

 女尊男卑の社会において、一定の地位に座る男性と言うのは珍しい。そういった男性は上に立つ女性からの寵愛を受け入れているからこそ、というケースもあるが、この指揮官の男はちがう。

 

 純粋に、その実力と実績を持ってして今作戦の指揮を任されたのだ。

 隣に立つ隊員の胸ぐらを掴み上げ、男は激昂する。こんな事をしている場合ではないと、頭の隅では理解していても、それはどうしても許しておかなかった。

 

 

「お前は今、学生に、成人もしとらん子供に、作戦の責任を押し付けると、そう提案したのか⁉︎国家を、国民を守るはずの我々の責務を放棄すると、そう発言したのか⁉︎」

 

「い、いえ!ですが、彼女は国家代表のIS操縦者でありまして………」

 

「それがなんだ‼︎ISを扱おうが、国家に選ばれようが、まだ10代だろう‼︎貴様は子供に庇護してもらうために、その軍服に袖を通したのか‼︎」

 

 

 それを言われて、胸ぐらを掴まれていた男はハッと自身を見つめ直す。この服に袖を通したのは、守られるためではない。国家を、何より国民の皆様を守るためのものだ。

 未曾有の事態に疲弊し、重圧に押しつぶされていたとはいえ、今の自信の発言は、それを根本から否定するものだと気付いたから。

 

 

「いえ!違います‼︎私が間違っておりました‼︎」

 

「よし、ならば引き続き職務を全うしろ‼︎………そう言うわけだ、お嬢さん。この場は私たちに任せてくれ」

 

「ッ!で、ですが‼︎」

 

 

 ここまでの事をしておいて、今更引き下がれなど楯無にはできなかった。尚も食い下がろうとする

 楯無の存在は戦略としても極上。救援であろうと、救助であろうと、必ず役に立てる。それをわからないのか、と言外に叫んだ声は、思いの外優しい指揮官の声が遮る。

 

 

「更識くん、と言ったかな。IS学園側が我々自衛隊を利用したことは、まぁ、理解はしている」

 

「………気付いていたのですか」

 

「伊達に長く生きてはおらんよ」

 

 

 今回、自衛隊の初動が早かったのは学園側の策略。元代表候補生であった山田真耶の専用機の受け渡しのため、現地での受け渡しを提案。その実態は、予想される市街地戦にて、救助に長けた部隊が欲しかったから。

 それなら先に作戦を伝えるべきだったのかもしれないが、亡国機業の手がどこまで伸びているかわからない現在、その手段は取れなかった。

 

 民間人を巻き込む事を許容して、せめてその罪滅ぼしをと願う楯無の思いは、この大人の前には通用しない。

 

 

「君たちは確かに、ISを操る能力があるのだろう。それは、私たちには見えないものであり、この場でそれが必要だとも理解している。だが、この街で泣いているのは誰だ?瓦礫の下にいるのは誰だ?…………我々の任務は敵を撃ち倒すだけではない。国民の皆様を守るためだ。年端も行かない子供に、その責任は負わせられんよ」

 

「ッ‼︎」

 

「織斑千冬も、私の言葉に反論しないはずだ」

 

 

 よくも利用してくれたな、と怒りからくる感情論であれば、楯無も反論出来ただろう。けれど、目の前の大人は、この指揮官は使命感の元に否定した。

 指揮官の言葉はもっともで、楯無が千冬に言い渡されたのは専用機の回収のみ。ナナとオータムの監視がある真耶の代わりに、フットワークの軽さを活かして受け取ってこいと命令されたのだ。

 

 戦闘に参加しろや、救助を手伝ってこいとは、一言も言われていない。

 

 

「指揮官」

 

「うむ………更識くん、受け取りのサインを」

 

「…………はい」

 

 

 この指揮官の言葉を覆せる理由も、理屈も、言葉も、楯無には持ち合わせていなかった。渡されたアタッシュケース、その中の待機状態のISを確認すると、受け取りのサインを。

 

 千冬が自分たちに教えていたのは、技術だけではない。一人の人間として、何を背負うべきか。その答えを、目の前の男は泥に塗れながら体現していた。

 

 そしてそれは、受け取りのサインを終えた直後だった。

 テントの隙間から溢れる、極光と爆音。地響きを伴うそれにテント内は揺れ、その場にいた全員が姿勢が崩れそうになりながらも、機材を守り、或いはそこかしこに捕まって転倒を防ぐ。

 

 

「何事だ‼︎」

 

「報告!北の上空にて巨大な爆発‼︎恐らく、ISによるものです‼︎」

 

 

 兵士の1人の報告に、楯無の顔色がさっと青くなる。その方向は拠点にしている旅館の方角。ナナと真耶がいる場所だ。

 炎と言われて思い浮かぶのはスコールの姿。鹵獲したオータムを助けに来たのだ、と瞬時に理解する。

 

 

(まずい……まずいまずい‼︎)

 

 

 心音が早鐘を打ち、呼吸が荒くなる。

 生身の真耶は勿論、今のナナにISは使えない。楯無が細工した電子錠はISを強制スリープモードへと移行されるところを、操縦者保護機能のみを残してくれる。けれど、それを差し引いても今のナナは戦える状態じゃない。

 昼間の戦闘で機体はボロボロ。何より、その精神状態は危うい。友人たちに殺し屋であった過去が明かされ、まともに戦闘ができるわけがない。

 

 脳裏をちらつく、ナナの死。

 タッグマッチトーナメントの時のような、あの深い絶望感が楯無を襲っていた。

 

 

「………行きたまえ、更識くん」

 

 

 その楯無の変貌にいち早く気がついたのは指揮官であった。

 佇まいを直し、帽子を被り直すとその視線は真っ直ぐと楯無を捉える。

 

 

「ここに君の居場所はなく、ここは君の戦場ではない。君が成すべき場所は、ここではないはずだ。違うかね?」

 

 

 更に騒ぎが大きくなるテントの中で、その声は嫌によく聞こえる。バッと顔を上げる楯無に、指揮官は最初の頃が嘘のように優しく、落ち着かせるように微笑んだ。

 

 

「本来であれば我々の役目であるところを、君に押し付けるのは申し訳ない。それは我々の、大人たちの不徳が致すところ。だが、今は目を瞑って欲しい。どうか、我々の代わりに、あそこで何が起こっているのか確認してもらえないか?」

 

 

 それは規律を重んじる軍人でなく、不器用な男が出した許し。どうするべきか、と悩む楯無の背中を押す言葉。

 

 

「………感謝、します!」

 

 

 テントを勢いよく飛び出すと、外に出るや否や展開されるIS。その焦燥感に押され、指揮官の言葉に押されて、少し心の軽くなった少女は京都の夜空を駆け抜ける。

 

 

「…………よかった、のですか?」

 

「何を今更………同じ年頃の娘がいたのでな。つい、発破をかけてしまったよ」

 

 

 軍帽を深く被り直し、男は呟く。かつていた男の宝物、男の人生そのものと言っても過言ではなかった娘。そして、もう2度と会えない娘の姿に思いを馳せて、指揮官は次なる指令を出す。

 

 

「全員、持ち場に戻れ‼︎我々の戦いは、まだこれからだぞ‼︎」

 

「報告!今し方通信が回復!恐らく、今の熱でチャフが焼かれたのかと‼︎」

 

「よろしい‼︎ならば、各所に連絡を‼︎手が足りないのであれば救援を、避難車が足りなければ装甲車でもなんでも使え‼︎」

 

 

 了解!と勇ましい声がテント内に響く。

 大人達の戦いは、まだまだ始まったばかりである。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

「さて、と。どこに隠れやがった、一年小娘」

 

 

 観光名所としても世界に名だたる古都の市街地では、突然のISバトルに逃げ惑う人々でパニックが起きていた。

 自衛隊の動きは通信障害のせいだろう、普段からは考えつかないほど遅く、警察や消防と連携が取れていない。そのせいで余計にパニックに陥る民間人の事など視界に入らないのだろう。レインはニヤリと笑って周囲を探る。

 

 

「もらい、ましたわ‼︎」

 

 

 ビルの隙間、ISがギリギリ通れるかどうかの間から飛び出す、青いレーザー。セシリアによる狙撃は正確無比で、針の穴を通す技量は流石の一言。だが、それは読まれていたのなら無意味だ。

 

 

「無駄っスよ」

 

 

 間に入り込んだフォルテがその氷の結晶のようなシールドで防ぐ。

 

 

「サンキュー、フォルテ。そこだな」

 

 

 遊ぶように、いたぶるように、肩の犬頭を投擲。大振りのそれは回避は容易い。けれど、センサーが捉えた避難する民間人の姿。躱わした瞬間、セシリアが隠れていた建物は破壊され、その破片が眼下の民間人に襲いかかる。それを考えてしまえば、回避はできない。

 

 

「おりゃああああ‼︎」

 

 

 セシリアに直撃する寸前、傍から飛び出した鈴がそれを青龍刀で弾き返す。ピッチャー返しの要領でレインの元へ戻る犬頭だが、それを難なくキャッチ。隠れていた獲物が出てきたと、獰猛に笑みを浮かべるだけだ。

 

 

「セシリア、無事でしょうね⁉︎」

 

「鈴さん‼︎ええ、この通り」

 

 

 2人が心配するのは互いの状態ではなく、周囲への被害。ただでさえ、民間人を巻き込んでいるのだ。ここで周囲の被害など知らぬとばかりに暴れれば、どちらがテロリストなのかわからなくなる。国を代表する者としてのプライドが、そこにあった。

 

 だが、相手からすればそれは明確な隙。適当な攻撃だろうと、自ら当たりにきてくれるラッキーチャンス。

 

 

「そらそら、ちゃんと塞がなきゃ周りがどうなるんだろうな‼︎」

 

 

 今度は両肩の犬頭を使っての攻撃。四方八方、狙いをつけずに鎖を振り回す。壁を裂いて唸りを上げるそれがビルを掠める度に、2人の額から冷や汗が流れる。だが、その一撃がビルの一角を抉ろうとした瞬間、上空からの奇襲がそれを塞いだ。

 

 

「やらせるか‼︎」

 

「おっと」

 

 

 真紅の機体を操る箒の一撃は、鎖を盾にして塞がれる。ギチギチと、鉄と鉄が音を立てて擦れ合い、火花を散らす。

 

 

「ッ‼︎貴様、民間人を巻き込むとは何事だ‼︎」

 

「おいおい、何言ってんだよ。仕掛けてきたのはそっちだろ?それとも何か?抵抗もせずに捕まれって?ハッ、そっちの方が冗談だろ」

 

 

 鎖を巻きつけ刀を折ろうとするが、すぐさまそれを収納。素早く肩の出力可変型ブラスター・ライフル穿千を起動しようとするが、躱された後の地上の被害が脳裏を掠める。苦悶の声を漏らし、後退しようとするその明確な隙を、フォルテは見逃さなかった。

 

 

「甘いっスね」

 

「ぐあっ‼︎」

 

 

 横面を殴るかのような氷柱の攻撃。吹き飛ばされた箒がビルに直撃しそうになるが、それをセシリアと鈴が受け止めて事なきを得る。

 

 

「箒さん、無事ですか⁉︎」

 

「くっ………ああ、この程度なんともない‼︎」

 

「ッ‼︎あんたら、自分が何をしてんのかわかってんの⁉︎」

 

「ああ?別にいいだろ?たかが日本人(イエロー・モンキー)が何人死のうと、オレ様の知った事じゃねェ。なぁ、フォルテ?」

 

「え、えぇ………」

 

 

 同意を求められたレインの言葉に、フォルテは曖昧に答える。レインと共に歩むとは、こういう事だと理解して、それを承知の上でIS学生を裏切った。けれど、想像と現実とは乖離するもので、人を殺すかもしれない、或いは加担するかもしれないという重圧は確実にフォルテを蝕んでいた。

 

 愛しい人の反応に、レインは少し寂しそうな顔をする。元から裏切っていた自分とは違い、フォルテは自らが手を引いて泥沼に誘い込んだようなもの。道連れにしたのだと、そう嘲笑ったフェリスの言葉が脳裏を過った。

 

 

「………っ‼︎うるせぇ、うるせぇ‼︎のうのうと日向を歩いてる奴らに、オレたちの苦悩がわかるかよ‼︎‼︎」

 

 

 それを吹き飛ばすように、忘れ去るようにレインは掌に火球を生み出す。それは叔母であるスコールと同じ技。威力は比べるべくもないが、直撃しようが躱そうが被害は変わらない。

 

 

「燃え尽きろ‼︎」

 

 

 火球を向けられた3人は動けない。躱わす事はありえず、迎撃も難しい一撃。どう対処するべきか、と悩む硬直が3人の体を固めていた。

 そうして、その火球が放たれようとした刹那、京都の空が明るく染められた。反射的に、思わず背後の空を見上げるレインとフォルテ。突然の事で硬直する2人とは反対に、箒たちの動きは早い。何せそれは3人が待ち望んだ、反撃の狼煙なのだから。

 

 

「はぁぁあああ‼︎」

 

「ッ‼︎やべっ‼︎」

 

 

 意識が途切れた瞬間、懐に入り込んだ鈴がレインの身体を青龍刀で打ち上げる。おまけとばかりに打ち込まれた衝撃砲が、更に高くレインを空へと飛ばす。

 

 

「レインッ‼︎うぐっ⁉︎」

 

「余所見厳禁でしてよ‼︎」

 

 

 四基のビット、そしてレーザーによる狙撃。偏光射撃を用いたそれは過不足なく、全弾命中。意識に空白を作ってしまったフォルテに、援護はできない。

 

 

「クソ、共がぁ‼︎」

 

 

 苦し紛れに上空から放たれた、レインの火球。先ほどまでなら迎撃は難しかっただろう。だが、今ならば、敵が遮蔽物のない遥か上空にいるのなら話は別。

 

 

「もらった‼︎」

 

 

 上空へと向けた腕を向けた箒が肩部ユニットを展開。今の今までエネルギーを溜め込んでいた穿千の最大威力が、火球を飲み込んだ。

 

 

「なっ⁉︎」

 

 

 火球を飲み込んでも有り余るエネルギーの奔流はレインまでも貪欲に包み込む。京都の夜空が再び明るく染まり、爆煙が空を覆う。

 

 

「はぁ、はぁ………これなら………」

 

「ッ‼︎箒さん‼︎」

 

 

 セシリアの声とセンサーが危険を告げたのはほぼ同時。反射的に刀でそれを防げば、飛来した氷柱が刀とぶつかる。2本、3本と続いたそれを防ぎ切ると、次に飛んでくるのはフォルテ自身。

 特攻か、と思われたそれは、迎撃に構えた箒の傍をすり抜けて、遥か上空へと機体を飛ばす。

 

 

「ッ‼︎」

 

 

 その途中、爆煙の中から抜け出してきたレイン。装甲はヒビが入り、絶対防御を貫通した熱波に意識を失っている。けれど、それは軽度のようなもので、フォルテがキャッチした瞬間に意識を取り戻した。

 

 

「ガッ、ハッ………‼︎クソッ‼︎このっ、しょんべん臭ェガキ共が‼︎もう容赦しねェ‼︎辺り一面、焼き払ってやる‼︎」

 

「ダメっスよ‼︎もう終わりっス‼︎撤退するっスよ‼︎」

 

「逃すと思ってんの‼︎」

 

 

 このまま逃すものかと、フォルテの後を追うように飛ぶ鈴。その背後からはセシリアのレーザーが迫っており、そちらもスナイパーらしく、無言の圧で逃がさないと語っていた。

 

 腕の中で暴れるレインを、傷つきながらも吠える恋人の姿に涙を流しながらフォルテが生み出すのは今日一番の氷塊。爆発によって温められた熱を冷ますような、ビル五階分に相当するそれを躊躇いもなく、鈴たちへと落とした。

 

 

「ちょっ⁉︎」

 

 

 大気を裂きながら落下するそれは、見た目通りの重さ。触れるだけでも氷そうな冷気を放つそれを、鈴は武器を放り投げて慌てて受け止める。だが、さしものISでも一機だけで受け止めることは不可能。落下する速度は変わらず、街諸共破壊せんとばかりに落下を続けた。

 

 

「鈴‼︎」

 

「鈴さん‼︎」

 

 

 慌てて駆けつけた箒とセシリアが加勢するも、その速度が少し変わっただけ。それでも諦めずに、スラスターを全開にして3人はISの機能をフル活用する。

 

 

「ふんぬぬぬぬぬ‼︎」

 

「ぐぅううううう‼︎」

 

「はぁあああああ‼︎」

 

 

 装甲越しに伝わる冷気が、指先の感覚を失わせる。肌を撫でる冷たさが、火照る身体を瞬時に冷やす。網膜に焼き付く機能限界の文字。視界がerrorの文字で覆われて、何度も何度も危険だと叫ぶ。

 

 それでも3人は引く事をしない。諦められない。ここで諦めたら民間人を見捨てることになるのはもちろん、記憶の中のナナも、あの憎めない男に顔向けできない気がして。

 

 その思いが通じたのか、もしくはISがその思いに応えたのか。氷塊の落下速度はゆっくりと遅くなり、そして地表に近づくころにはその勢いは完全に殺された。

 

 そのままゆっくりと、慎重に、細心の注意を払いながら氷塊を地表へと下ろす。倒れたら元も子もないので地面とは垂直に、ひび割れたアスファルトを上手く利用して直立させると、3人はようやく安堵の息を漏らした。

 

 その瞬間、周囲から湧き上がる歓声。絶望的な状況の中、自分たちを助けてくれたのだと、逃げ遅れていた民間人の声だ。

 

 それに応えようにも、今はそれどころではない。遥か上空へと視線を向けるが、そこには星の明かりが消えた真っ暗な夜空が残るのみ。センサーが告げるのは、敵影なしという無情な言葉。

 逃してしまった、と後悔が湧き上がる中、1人の自衛隊隊員が3人へと近づく。

 

 

「IS学園の生徒とお見受けします。先ほどはありがとうございました‼︎おかげで民間人の救助が進みます‼︎」

 

「ま、まぁ、このくらいは、ねぇ………?」

 

「え、えぇ………IS学園として当然といいますか………」

 

「こほん………あ、あぁ。」

 

 

 敬礼されて述べられる感謝の言葉に、先ほどの暗い感情は覆い隠される。手放しに自慢できるような事ではないが、それでも誇らしいやら恥ずかしいやらで、それぞれ視線を合わせられない。

 

 けれども、別の隊員から聞こえてきた声に3人は現実に引き戻される。

 

 

「陸尉、報告します。先ほど空港方面、その上空にて高エネルギーを感知。作戦本部から迅速な作業と、現在救出した民間人の早急な輸送が命令されました‼︎」

 

「なに⁉︎本当か⁉︎」

 

「「「ッ⁉︎」」」

 

 

 3人の脳裏に浮かぶのは、空港倉庫へと向かった一夏たち。

 あちらでも激戦が繰り広げられているのだと理解するのに、時間はいらなかった。

 

 

「くっ………やむを得ん。各員、民間人の誘導と保護を急げ‼︎お三方も、早く退避、を………」

 

 

 隊員が振り向いた先に、既に3人の姿はない。遠くの空から微かに聞こえた、スラスターの音。それが彼女たちの行く末を教えてくれた。

 きっと、その高エネルギー反応の元へと向かったのだと、それに安堵する自分を隊員は少し恥じるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ーーー同時刻、黒騎士戦闘領域。

 遠くの空が燃える様に明るく照らされる中、燃え盛る森林の上空でマドカは笑う。

 最初こそ圧倒されていたマドカと黒騎士だったが、人の意思のない暴走状態の白騎士に対して攻撃に転じていた。

 

 

「あはははっ!こうしているとまるで動作はプログラムだな!やはり、残留無意識ではないということか!」

 

 

 黒騎士の大型バスター・ソードが出力を上げると同時に、鞭剣へと変貌を遂げる。

 そしてそれはランサー・ビットの攻撃に誘導された白騎士を、容易く捉えた。

 

 

「このままバラバラになれ‼︎」

 

 

 バスター・ソードのエネルギー刃が白騎士の装甲をノコギリのように刻んでいく。勝利を確信して凶悪に歪むマドカに、冷や水を浴びせるかのごとく白騎士はバスター・ソードを引きちぎった。

 

 

「何だと⁉︎」

 

「貴方に、力の資格は、ない」

 

 

 バスター・ソードの残骸を、ゴミのように投げ捨てる白騎士から告げられた言葉。それはマドカの心の柔らかい所に、容赦なく棘を刺す所業。

 

 

『この個体は失敗だ。()()()()()()。だからこその失敗作なのだが』

 

 

 耳の奥から響く、かつて投げつけられた言葉。マドカが世界を憎む一端となった、心を抉る言葉。

 

 

「うるさい………うるさい………うるさいうるさいうるさい‼︎私が、私が織斑なのだ!私こそが、完成された織斑マドカだ‼︎」

 

 

 衝動のまま白騎士に飛びかかったマドカは、その首を力の限り絞める。しかし、今一夏の身体を動かすのはその意思ではなく、白騎士そのもの。

 酸欠に喘ぐ様子も見せず、白騎士は逆にマドカの首を掴むと、大地目掛けてスラスターを展開した。

 

 

「ぐ、うっ⁉︎」

 

 

 そして、そのままマドカを地面に押し付けながら、瞬時加速の最高速度で突き進む。

 

 

「がはっ‼︎」

 

 

 正面と背中からかかる圧力に、マドカは口から血を吐く。けれども、白騎士は手を緩めない。

 

 

「資格のない、者に、力は、不要」

 

 

 まるでそれ自体が悪だと言わんばかりの、感情が乗らない機械的な言葉。淡々とした事実を告げるかの如きそれは、マドカの心を更に深く抉り取る。

 

 

『またD判定だ。千冬が同じ歳の頃は、A判定だったというのに』

 

『IS適正を強制的に上げる処置も失敗した。どうなってるんだ?』

 

『きっと、世界から愛されてないのよ』

 

『誰にも愛されてないのよ』

 

『終わりのない憎しみしかないのよ』

 

『約束された未来などないのよ』

 

『希望などないのよ』

 

『絶望しかないのよ』

 

『だからーーー』

 

 

 だから、こそ。

 

 

「強く、あるのだ、私はッ‼︎」

 

 

 白騎士の手を振り解いたマドカは、その膝を使って何度も何度も腹部装甲に蹴りを入れた。まるでそれしか知らない子供のように、癇癪散らす幼子のように、無我夢中で蹴り続けた。

 

 

「………‼︎」

 

 

 やがて、祈りのような、呪いのような思いが通じたのか、それともただの装甲限界に達したのか、白騎士はマドカの拘束を完全に解いて上空へと逃げる。

 

 

「死ねええええええっ‼︎」

 

 

 ランサー・ビットを片手近接武装(ワンハンド・モード)に切り替えたマドカは、その槍先を白騎士の額に向けて伸ばす。まるで世界が制止したような感覚の中、槍先が吸い込まれるように、寸分の狂いなく白騎士に届く様を確かにマドカは見た。

 

 けれど、世界に色が戻った瞬間、マドカが見たのは槍先を切り上げた白騎士の姿。強い思いは時として幻覚を、都合のいい未来を脳に映し出してしまう。

 

 

「あっ………」

 

 

 振り上げた刃が今度は、マドカの胴体へと縦に向けて振り下ろされる。

 胸部装甲が裂け、中から零れ落ちるロケットペンダント。空中で蓋が開いたそれに挟まれていたのは、千冬の写真。

 

 たったひとつ、ただひとつ、唯一の繋がり。

 奪い、壊し、殺してきた人生の中での、数少ないマドカ個人の所有物。

 

 それを手放して終えば、失くしたりでもすれば、それは自己の終わりだ。

 必死に手を伸ばし、どうにか手のひらの中に収まるペンダント。もう2度と離すものか、と抱きしめるその後ろ姿を、白騎士が再び剣を振り上げる。

 

 

「潮時よ、エム」

 

 

 白騎士が剣を振り下ろす刹那、横からマドカを攫うのはスコールだ。右腕には恋人であるオータムを抱きしめ、新たな敵影に反応する白騎士を、強力な熱波で近づけさせない。

 

 

「さようなら、織斑一夏くん。また、会えるといいわね」

 

「は、離せ、スコール‼︎私は、私はっ‼︎」

 

「帰るのよ、もう。それとも、ここで死ぬのがお望み?」

 

 

 その言葉にマドカは黙るしかできない。

 装備も装甲も、全てボロボロ。全身を襲う倦怠感と痛みに襲われながら白騎士に勝てるか、と言われたら答えは自ずと出てくる。

 悔しさを口の中で溢し、そしてふと、スコールの手が震えていることに気がつく。白騎士に怯えているのとは違う、捕食者から逃げる獲物の様なその姿からは、いつもの妖艶な美しさは見られない。

 

 追撃に移ろうとする白騎士を、瞬時加速とパッケージ・ブーストで引き離し空域を離脱。後に残された白騎士は、その後ろ姿をただ眺めているだけだった。

 

 

「………来る」

 

 

 誰に言うわけでもなく、ぽつりと溢された白騎士の言葉。それに呼応するかのように、箒と鈴、セシリアが現れた

 

 

「な、なによ、あれ………白式は、一夏はどうなったのよ⁉︎」

 

 

 鈴の悲鳴にも似た叫び声は、他の2人の心を代弁していた。森林から立ち昇る黒煙の中、そちらへと振り返った白騎士がその刃を向ける。

 

 

「力の、資格が、ある者たちよ…………私に、挑め」

 

 

 眼下の炎に照らされて煌めく刃。一夏の喉を通していると言うのに、普段とは似ても似つかない、抑揚のない死人の様な声が3人の鼓膜を揺らす。

 最悪の戦いが、始まろうとしていた。

 

 





書き進めていく内に、どんどん原作から乖離していく………
それが良いことなのか、悪いことなのかはわかりませんが、私なりに頑張って描かせていただこうと思います
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