IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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ちょっと描きすぎたので、分割して投稿
次回は1/27の19:00に投稿予定



43話

 

 

「んぅ………ここ、は………」

 

 

 泥に沈んだ意識が浮上して、一夏は目を覚ます。けれど、まだ脳は覚醒していないのか、まだふわふわとした夢見心地だ。

 

 なぜ自分は寝ていたのだろう、とふんわりとした疑問。そして、作戦の事を思い出して一気に血が巡る。

 ガバリ、と上体を起こせば、ここは旅館の一室だとわかる。けれど、調度品や間取りから、最初とは違う旅館なのだと判別できた。

 

 ケータイを取り出して時間を確認すれば、時刻は日付が変わって数時間した頃合い。作戦決行時間はとうに過ぎており、少なくとも記憶の中の出来事は夢ではなかったと思い当たる。

 

 

「えっと、何してたんだっけ………マドカと戦って、そして………」

 

 

 頭を抱えて、覚えている出来事を指折り数えて、その先を思い出そうとするが全ては霧の中。けれど、なんとなく、皆に迷惑をかけたのではないか、と言う妙な確信が一夏にはあった。

 

 

「よォ、目ェ覚めたか」

 

「おわっ⁉︎」

 

 

 電気も付いていない暗闇の中、突然背後からかけられた声。慌ててそちらを振り返れば、窓から差し込む月明かりがその人物を照らしてくれた。

 

 

「ナ、ナ………なのか?」

 

「あぁ………他に誰がいンだよ」

 

 

 ぶっきらぼうな声の主は、窓の下、その壁に座って背中を預けるナナ。殺し屋の過去を聞いて、拒絶してしまった事を思い出して謝ろうとするが、中々口が動いてくれない。

 なんと声をかけるべきか。そも、謝る資格さえあるのかと、土壇場でつい悩んでしまったのだ。

 

 それはナナも同じようで、隠していたことを、騙していた事への謝罪は、覚悟していた言葉は喉の奥へと張り付いてしまっている。何度か口を開き、そしてまたすぐ閉じると言う間の抜けた姿を晒していた。

 

 何とも言えない空気感。互いが互いを思っているからこその静寂。けれども、このままでは埒が明かないと意を決して、口を開いた。

 

 

「すまん、ナナ‼︎」「悪、かったな………」

 

 

 同時に開いた言葉は被さり、同時に頭を下げた故にその表情は窺えない。またもや流れる静寂だが、今度は早々に打ち破られる。

 

 

「えっと………なんでナナが謝るんだ?」

 

「なンでって………そりゃ、黙ってたからだろ。てめぇこそ、頭下げる理由なンざねェだろ」

 

「いや、だって………ナナの過去を否定したようなもんだし………俺の方が悪いだろ」

 

「寝ぼけてんのか?……寝ぼけてンだろうな。拒絶する方が普通だろ。隠してたオレに責任がある」

 

「いやいや、俺だって」

 

「オレだって言ってンだろ」

 

「俺が悪いって‼︎」

 

「オレに決まってンだろ‼︎」

 

 

 先ほどまでの気遣いはどこへやら。俺が悪い、いやオレのほうが悪いと言い合う2人。そして埒の開かない問答の末、2人は同時に笑い出す。

 

 

「ぷっ………あははは‼︎なんだよ、負けず嫌いだなぁ」

 

「くっ………くくく。テメェにゃ負けるさ………ったたた」

 

 

 笑い過ぎて傷に響いたのか、脇腹を抑えるナナ。突然の事で驚いた一夏がすぐに駆け寄る。

 

 

「ど、どうした⁉︎」

 

「あー………何、ちょっと無茶しただけだ」

 

「………もしかして、俺のせいか?」

 

 

 未だマドカと戦った後の事は思い出せない。けれども、漠然と自分が原因なのではないか、と言う確信。ふと手の中に残る感覚が、まるで誰かの首を締めたかのような感覚が一夏の中の大きな違和感。よく見れば、ナナの身体の至る所に包帯が巻かれている。それら全部、もしや自分のせいではと不安に襲われる一夏の額を、ナナのデコピンが一蹴した。

 

 

「図に乗ンじゃねェよ。テメェ如きに、遅れなンざ取るか。こいつは戒めだよ」

 

 

 実際、ナナのケガの殆どはISの強制展開による身体への負担。更にダメージレベルが深刻な状態で展開した為に、その負担もかなりのものとなったのだ。

 これ以上問答しても、きっと答えてはくれないだろうと、ここまでの付き合いでわかっている。けれど、バツの悪そうに、デコピンされた額を摩りながら、不満を口にした。

 

 

「なんだよ、それ………模擬戦じゃ五分五分だっただろ?」

 

「ハッ、まさか本気だったとでも?甘ェな、オレはまだ本気を出しちゃいねェ」

 

「………俺だって、本気はまだ出してないからな」

 

「言ったな?なら、覚悟しておけよ?」

 

 

 ニヤニヤと、それこそ挑発的に笑うナナ。普段一夏と接していたナナとは違う、彼本来の反応。それが嬉しくて、つい一夏は笑う。雨降って地固まるとは、正にこの事だろう。

 

 けれど、そんな甘く柔い空気は長くは続かなかった。襖の奥、通路から聞こえる足音。微かに聞こえるそれを耳にした瞬間、ナナは慌てて周囲を見渡す。

 キョロキョロと、何かを探るように部屋の中をなん度も視線が往復するが、隠れる場所はひとつを除いてなし。

 

 どうしたのだ、と一夏が問うよりも早く、意を決したナナが一夏を引き連れてその布団へと駆け込んだ。

 

 

「おわっ⁉︎な、なんだよ、急に………」

 

「しっ!黙ってろ。オレはここにいねぇ。テメェも、そう誤魔化せ」

 

 

 何だ何だ、と疑問に溢れる一夏を置いて、ナナは一夏の下半身と共に布団に篭る。高いものなのだろう、かなり厚めの羽毛布団は少しの不自然さを残して、ナナの姿を隠してしまった。

 そして次の瞬間、スパーンと勢いよく開かれる襖。びくり、と一夏が肩を震わせ、通路の光に照らされたその姿を視界に入れる。

 

 

「ここじゃない?なら、どこに………あら、一夏くん。お目覚め?調子はどうかしら?」

 

 

 現れたのは更識楯無。一夏が起きているのを確認した瞬間、切り替える様に温和な表情を浮かべたが、先ほどまでは確実に怒りに染まっていた。

 学園生活では見たことのない、いつも飄々とした姿からは想像もつかないその顔に、思わず一夏の背筋が伸びる。

 

 

「あ、はい。ご迷惑をかけました」

 

「いいのよ。それより、ナナくん知らない?」

 

「な、ナナ、ですか?えーっと………」

 

 

 ちらり、と一瞬だけ自分の下半身を覆う布団へと視線を向ける。これ、本当に大丈夫なんだろうな?と疑問を覚えながら、一夏が取ったのは義務よりも友情。

 

 

「見て、ないです」

 

 

 泳ぐ視線。震える声。一夏自身、呆れるほどの下手な嘘だ。

 楯無の視線は一夏の顔ではなく、明らかに不自然な膨らみを見せている足元の布団を射抜いている。

 

 

(すまん、ナナ。これ、終わったわ)

 

 

 一夏が絶望した瞬間、楯無はふっと視線を外して、慈しむような、あるいは酷く悲しむような笑みを浮かべた。

 

 

「ふーーん………それじゃあ、織斑先生たちに報告してくるから、じっとしてること。くれぐれも、無茶しちゃダメよ?」

 

 

 お騒がせしてごめんなさいね、と告げて楯無は襖を閉める。そしてその足音が遠くなり、完全に聞こえなくなるとようやくナナが布団から身体を出す。無理な体勢だったのか、痛みに顔を顰めながら肩を回していた。

 

 

「はぁ………クソッ、あの野郎………」

 

「あー、そろそろ何があったか聞かせてもらえるか?」

 

 

 一夏の言葉に、よほど口に出したくないのだろう。暫く視線を彷徨わせ、口を噤むナナ。けれど、ようやく観念したのか、渋々と事の経緯を話した。

 

 

「…………今回、かなり無茶したから、楯無の奴に説教されたンだよ。ンで、そいつを抜け出してきた」

 

「ナナ、お前………」

 

 

 思っていた以上にくだらなく、思っていた以上に危険な状態だった。寝起き早々に、そんなものに巻き込むなよと無言の抗議をする一夏。

 

 一応ナナにだって言い分はある。

 今回の強制展開の件はもちろん、楯無の拘束を抜け出す時に肩の関節を外してすり抜けた事。その2件の無茶を軸に延々と椅子に縛られて説教されるのだ。

 

 なぜそんな事をしたのか。なぜそんな無茶をしたのか。そんな事も説教の中で聞かれたが、反論は許されず。

 助けを求め様にも千冬は甘んじて受け入れろ、と言う判断であるし、唯一助け舟を出してくれると望んでいた真耶も「オーウェンくんにはこれくらいのお仕置きが必要ですよね」と言って見事にスルー。なんだったら、笑顔で結び目に綻びがないかチェックする側であった。

 

 そんな隙を付いて、関節を外して縄抜け。逃げ込んだ先が一夏のところだった、と言うわけだ。肩を外して再び入れてと、身体の負傷は増えるばかりである。

 

 そんな中隠れた布団の中。ナナとしても苦渋の決断であるし、一夏を盾にすれば少しは誤魔化せるのではないか、という希望的観測。それは目論見通りに進んだものの、完全に気づかれていた上、若干の猶予をもらったに過ぎない。

 

 

「それにしても、隠れるまでも………ほら、ちゃんと話さないと伝わらないだろ?」

 

「………あぁ、そうだよな」

 

 

 きっと楯無が見逃したのは、これもあったのだろうと腹を括る。非常に言いづらく、語るべきことではない事かもしれない。しかし、誰かが話さなければこの先ずっと、待ち受けているのは腫れ物扱いだ。

 

 かつて蛇として名を馳せ、殺しを生業としていたナナであるが、狡猾で嘘つきの皮を脱ぎ捨て、1人の友人として残酷な真実を告げる。

 

 

「………一夏、テメェ作戦の事はどこまで覚えてる?」

 

「え?えーっと、空港倉庫に行って、マドカと戦って、それからーーー」

 

「…………それから、テメェのISは暴走した」

 

 

 言い淀む、或いは記憶を漁っても出てこない一夏の言葉を、ナナは先手で潰す。息を飲む一夏であるが、それでもある程度の予感はしていたのだろう。自分でも驚くほど驚愕は少ない。

 

 

「暴走したテメェはマドカを撃退したのはいいものも、今度は箒たちに刃を向けた。それを抑える為にテメェを全員で袋叩き。そこまでしてようやく収まったンだよ」

 

 

 けれども、続くナナの言葉に、やはりと言う感情は湧かなかった。まさか、自分の手の中に残る感触は仲間の誰かのものではないのか、と背筋を冷や汗を伝う。

 

 

「いいか、一夏?ありゃISの暴走なンて生やさしい言葉じゃ物足りねェ。殺し屋のオレから見ても、完全に化け物だ。いかに効率良く殺すかしか脳のねェ、殺戮兵器(キリング・マシーン)だったよ」

 

「そ、んな………ほ、箒たちは⁉︎箒たちは無事なのか⁉︎」

 

「安心しろ。作戦中に多少の怪我はしたみてェだが、命に別状はねェ」

 

 

 それでも怪我をしてるじゃないか、と言う言葉は一夏の口からは漏れ出ない。喉の奥まで出かかった言葉は、鉄の味を帯びた罪悪感に押し流され、代わりに出るのは言葉にならない絶望と落胆、そして熱い涙だけだった。

 

 誰かを守る為にと、その祈りにも似た思いで身につけてきた力。それが、守るべき仲間の喉笛を掻き切ろうとし、その温かな血を求めて牙を向けた。

 

 顔を落とした一夏の視界に、手首に鈍い光を宿す待機状態のISが入り込む。

 

 今まで背中を預ける唯一無二の相棒だと思い込んできたそれは、今はただ、皮膚のすぐ下に潜り込んで心臓を狙う、冷酷で強大な化け物にしか見えなかった。

 

 今、この瞬間も、その白銀の機体は一夏の意思などお構いなしに、再び身体を、魂を、意識を乗っ取ろうと内側から疼いているのではないか。

 逃げ場のない密室で、自分の中に巣食う怪物と二人きりにされたような、耐え難い戦慄。

 

 

「あ、ぁ………っ‼︎」

 

 

 一夏は、湧き上がる吐き気と恐怖を振り払うように、反射的にその腕を畳に叩きつけた。

 何度も何度も打ちつけるが、ISに傷ひとつつく事はなく、逆に畳と腕に傷をつけるだけ。それでもやめない一夏を、ナナは静かに見守っていた。

 

 それを続けてどれだけ時間が経ったのか、定かではない。けれど、一夏が息を荒げ、腕から赤い血が溢れていることから、短くはないのだろう。それでもISには傷ひとつ付かず、不気味なまでにその白さを誇っていた。

 肩で息をする一夏が諦めるように、悔やむように顔を顰めながら、ようやくその自傷行為をやめると、ナナは口を開く。

 

 

「ンで?気ィ晴れたか?」

 

「はぁ、はぁ………な、んで………なんで、もっと早くーーー」

 

「来てくれなかったのか?それとも教えてくれなかったのか、か?はぁ………甘ったれるなよ、お坊ちゃん(カレッジボーイ)

 

 

 地の底を這うような、重く苦しい声は殺し屋としてのナナのもの。月明かりに照らされた視線は冷酷に、温度も感情もないそれが一夏を貫き、ナイフの代わりに一夏の心を言葉で突き刺す。

 

 

「そもそもの原因はテメェだよ、一夏。テメェがあのクソッタレに身体を取られなきゃ、こンなことにゃならなかった」

 

「ぐっ………」

 

 

 ナナの言葉にその通りだと、一夏は布団の上で拳を握る。自分が弱かったせいで、皆を巻き込んだ。死人はいなかったらしいが、それはただの幸運。もしかすれば、が脳裏を掠めて膝が震える。畳の匂いに混ざった血の香りが鼻腔をくすぐり、その想像がより鮮明に脳内を彩る。

 

 赤く染まった世界の中で倒れ伏す、箒たち。そこには一年専用機持ちだけではなく、楯無や真耶、千冬、そしてナナ。その世界で立っているのはただ1人、自分だけ。血が滴る刃を手に、ナナよりも温度のない冷徹な瞳でそれを眺める姿。

 

 吐き気がした。

 その行動に、残酷さに、何より自分自身に。

 

 喉奥から競り上がりそうになるものを口を塞いで止めるが、込み上げた胃酸の匂いが鼻につく。滲む脂汗が身体を伝う感覚が、嫌に気持ち悪い。

 

 ガタガタと、襖が揺れるが、その音さえ一夏には聞こえない。ただ、そちらを一瞥したナナが深いため息を溢すと、言葉を続けた。

 

 

「だがな、幸運児(シルバー・スプーン)。そうはならなかった、テメェが思い描く残酷な未来ってやつは訪れなかったンだよ」

 

「でも………でもっ‼︎………俺は、化け物だ………」

 

 

 その瞬間、項垂れる一夏の胸元を掴み上げ、ナナがその顔を覗く。正面から見たナナの瞳は思っていたよりも冷酷ではなく、その代わりにあるのは激しい怒り。瞳の奥から燃える様な憤怒。それが一夏の視線とぶつかり合う。

 

 

「なめてンじゃねェぞ、クソッタレ。揺り籠からケツ落としたくらいで、テメェが1番不幸だとでも?」

 

「だって………そうだろ。俺は、みんなをーーー」

 

「ハッ!それで化け物ならオレはなンだ?恐怖の象徴(ブギーマン)か?」

 

 

 乱暴に胸ぐらを突き放すと、一夏が布団に倒れ込む。のろのろと、まるで一挙手一投足で世界を壊してしまうのではないかと怯える様な速度で身体を起こす一夏に、ナナは舌打ちを。

 立てていた片足を崩し、胡座を組むと頭を掻きながら未だ状態の戻らない一夏に言葉を投げつける。

 

 

「いいか?本物の化け物(モンスター)ってのは、テメェみてェに寝覚めの悪さに涙を流したりしねェ。そして、その座席(シート)は、とっくに予約済みなンだよ。テメェの隣にいる、薄汚ェこの蛇がな」

 

「そんな、こと………」

 

「あるンだよ。テメェが思う以上に、オレの手は血に染まってる。………テメェ如きが順番待ちの列に並ぶなンざ、百年早ェよ」

 

 

 思えば、殺してきた数など覚えていないが、少なくとも両の指を合わせても足りないほど殺してきただろう。金のため、生きる為にと言えば聞こえはいいが、そんな御大層なもので覆い隠せるほどの軽い罪ではない。

 

 そんな自分の隣に並び立っているような、自ら泥沼に沈んでいく様の一夏の今の姿は見ていられない。感情のまま、ふざけるなと叫び散らして拳を振るうことも考えるが、それでは届かない。沈む一夏を引き上げるには、下から突き上げるにはまだ足りない。

 

 

「はぁ………一夏。テメェの苦悩なりなンなりが理解できる、なンざ言えねェ。ンなもン、理解もしたくねェ。だがな、全員生きてる。生きて、前に進める。それは紛れもない幸運なンだぜ?」

 

「………ただ、運がよかっただけだろ」

 

「その運が足りなくて、死神に目ェつけられたやつを五万と見てきた。運ってのも実力のうちだ………それとも、全員死ンだ方がよかったか?」

 

「ッ‼︎そんなわけないだろ‼︎」

 

「だろうな。運がよかった、なンて言い訳を使いたくねェなら、努力することだな。次は負けねェって、歯ァ食いしばって前に進むしかねェンだよ」

 

 

 ゆるり、と立ち上がったナナを、一夏は視線で追う。

 薄暗闇を物ともせず、迷いなく進む足取りは襖の方向。そして、手をかけたかと思えば、一気に勢いよく開かれた。

 

 そこにいたのは一年専用機持ちたち。聞き耳を立てていたのだろう、突然開いた襖に対応できず、受け身も取れずに雪崩れ込むように畳へとダイブしていた。

 それぞれ痛みに顔を歪ませ、何をするんだとばかりにナナを睨むが、そんなものお構いなしに親指で専用機持ちたちを指さす。

 

 

「ご丁寧な事に、そいつに付き合ってくれる酔狂な奴らは………テメェを心配してくれる奴らはこンなにいる。ちったぁそいつを、噛み締めることだな」

 

 

 それだけ言って、言いたい事は言ったとばかりにナナは背を向ける。専用機持ちたちに気を取られて気づかなかったが、廊下には楯無と千冬、真耶の姿もある。

 

 

「あ、おい………」

 

「悪ィが、こっからお説教でね。………後はそいつらに任せた。オレみてェな殺風景な野郎よりも、花がある方が寝つきもいいだろ」

 

 

 それっきり振り返ることなく、ナナは楯無たちと合流。待ってくれ、と言葉をかけるよりも早く、一夏は箒たちに囲まれるのであった。

 

 

「………お疲れ様。辛い役、押し付けちゃったわね」

 

「別に。汚れ役にゃ慣れてる」

 

 

 本当になんとでもないのだと、そう言わんばかりにナナは手を振って楯無の言葉に応える。

 布団に隠れたナナを見逃したのはこのためだったのだろう、と予想して。誰もが言わずにおくかどうかと悩んだ事を、告げる役割として。

 

 

「………おい、オーウェン」

 

 

 腕を組み、壁に背を預けていた千冬の言葉がナナの背に投げかけられる。その言葉に歩みを止めて、律儀に続く言葉を待つナナ。呼び止めたはいいが、なんと言うべきか千冬は悩む。

 もう少し言い方だとか、気遣いだとか、あげるべき欠点は多々あるだろう。けれども、今1番伝えたい言葉を、伝えるべき言葉はこれだと、口にした。

 

 

「…………ありがとう」

 

「テメェに礼を言われるなンざ、貴重だな。明日は槍でも降るのか?」

 

 

 顔を向けず、それだけ言い残してその場を去ろうとするナナ。呆れる様に、可愛げのないやつめと言わんばかりに薄く千冬は笑う。

 後の自分の役割は、怪我人に対して自分は気にしてない、特訓に今まで以上に協力すると捲し立てる小娘共の対処だ。

 

 壁から背を離し、幾分か軽くなった心で、いつもの教員としての顔を被って、千冬は動き出す。

 

 

「さて、オーウェンくん。辛い役割をやり切った後ですが、お説教はまだ残ってますよ?」

 

 

 足早に去ろうとするナナを、真耶の声が呼び止める。ぎくり、と図星を突かれて動きを止めたナナの両肩に嫌に笑顔の楯無と真耶、それぞれの手が置かれた。今度は逃がさない、とばかりに込められた力は肉を圧迫。脳に響く激痛がナナを襲うが、それよりも脳が優先するのは恐怖と逃走である。

 

 

「そうよ、ナナくん。頑張ったのは確かだし、押し付けたのは私たちだけど、それはそれ、これはこれ。逃げた分も含めて、たっぷりお話しましょう?」

 

「今度は逃げられないように、縛り付けるなんて甘い真似はしませんからね?」

 

「…………拒否権はあるか?」

 

「ふふふふふ………あると思ってるの?」

 

 

 作った笑顔から一転、怒りの表情に変わった楯無。

 脳が一瞬で逃走経路を割り出すが、無常にも首につけられる鎖。待機状態のISと連結したそれを破る術を、ナナは知らない。

 

 

「さぁ、ここじゃお邪魔になるから別室に行きましょ。山田先生もいかがです?」

 

「そうですねぇ………私も今回の事は思うところがありますし、なぜダメージが深刻な状態でISを起動してはいけないのか、理解できていないようですからね。私もお手伝いしますよ」

 

 

 それは実質的なナナへの死刑宣告。

 脚をばたつかせ、身体を揺らして逃げ出そうとするが、鎖を握る楯無の腕に展開されたISの装甲。どうやら逃げる手は全て塞がれたようだ。

 

 

「帰りの新幹線まで時間はたぁ〜っぷりあるわよ♪」

 

「よかったですね。予習、復習、応用、どれもたっぷりできますよ」

 

Jesus Christ(ちくしょう)………」

 

 

 全てを諦め、全てを受け入れたナナは殺し屋時代よりも死んだ瞳で、ずるずると廊下の奥へと引きずられるのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

ーーー翌日、と言うより一夏が目を覚まして約10時間後。

 

 任務を終えた一行は新幹線に乗り込み、IS学園への帰路へとつく。その空気はどこか重く、やり残しや後悔がある様子。

 

 それもそうだろう、と一夏は思う。何せ、IS学園から離反したレインとフォルテ、そして連絡のつかないアリーシャ。おそらくこちらも離反したのだろうと言うのが千冬や楯無の見解だった。

 

 仲間内から3名もの裏切り者が出た、というだけでも中々なのに、それに加えて京都での大立ち回り。ニュースでは、何が原因か、何があったのかと騒ぎ立て、SNSでは憶測と目撃情報が飛び交う現在、それに関わったIS学園というのは格好の的だ。

 

 我先に、と学生たちを取り囲み、あれやこれやと、それこそ心無い質問を投げかけてきたマスメディア、およびインフルエンサーたち。千冬の一喝がなければ今頃、新幹線に乗る事はできなかっただろう。

 

 予想を超える大事件。

 覚悟していたこととは言え、専用機持ちたちの面影は暗い。唯一、その顔に影を落としていないのは千冬と真耶、楯無くらいだろう。対策があるのか、それともここで暗くなっても意味はないと知っているのか、普段通りである。

 

 重い空気を纏う面々の中でも特に疲弊しているのは、隣に座るナナだろう。リクライニングを全開で倒して、タオルを目に当ててアイマスク代わりに。ひと車両丸々貸し切っているからこそできる贅沢である。

 

 

「あー………大丈夫か?」

 

「テメェの目は節穴か?どこをどう見たら無事に見える………」

 

 

 重く唸る様な声であるが、どこか疲労を感じるのは気のせいではないだろう。何せ、新幹線に乗るまでずっと楯無と真耶の説教は続いていたのだ。説教中に何度もやられたのだろう、扇子の先で突かれて赤くなった頬。それが異様に痛々しい。

 

 件の楯無と真耶は前の席でガールズトーク中。断片的に聞こえてくる内容から、お仕置きは終わっていないようだ。静かに心の中で合掌する一夏。

 

 

「………それで、お坊ちゃん(スクールボーイ)。自分は化物だって戯言は、もう言わねェだろうな?」

 

 

 眠る気はないのか、リクライニングに身体を預けたままナナが問う。それがきっと、箒たちからの言葉はどうだったのか、と聞いていると察した一夏は照れる様に頬を掻いた。

 

 

「あぁ、まぁ………まだちょっと怖いけど………けど、もう2度とあんな事には起こさないよ」

 

「ハッ、上等だ、新兵(ルーキー)。女の説教ってのは、ISの狙撃を回避するより難しく、かなり効くみてェだな。…………ちったぁマシなツラになったよ、テメェは」

 

 

 タオルを少し上げてちらり、と一夏の顔を覗き見る。

 そこに自分は化物だと自己嫌悪に陥った少年はいない。過去を飲み込み、前を向くことを決意した男の目だ。その一助に自分はなれただろうか、と少しの疑問を持ちつつもナナは薄く笑う。

 

 

「そンで?どンな甘い言葉を囁かれたンだ?私を無茶苦茶にしてもいい、か?」

 

「そ、そんなわけないだろ⁉︎…………ってか、ナナ、いつもの口調はどうしたんだよ?」

 

「もう本性はバレてンだ。今更隠す必要もねェ…………それとも、純粋無垢な正義の味方(ベビーフェイス)にゃ刺激が強すぎるか?」

 

「いや………なんか嬉しいよ。ようやく、友達になれた気がして」

 

 

 そう返された一夏の言葉に瞠目。そして所在なさげに視線を逸らして、再びタオルを目の上に落とす。「この人たらしが………」と呟いた言葉は、持ち前の鈍感な耳には届かないようである。

 

 

「ナナ………少し、いいか?」

 

 

 その時声をかけてきたのは箒である。車両の後ろの方で待機していたはずの彼女の周りには同じく、鈴、セシリア、ラウラ、シャルロット、簪の姿。暗い表情の中に固めた決意。誤魔化しは聞かないだろう、とナナは嘆息する。

 

 

「お、おい、どうしたんだ、お前ら。そんな怖い顔して………」

 

「怖いは余計よ。それより一夏、アンタ後ろに行ってなさい」

 

「音楽でも聞いて、目は閉じておけ。私たちはこの男に話がある」

 

「な、なんだよ………それなら俺もーーー」

 

「いいンだよ、一夏。テメェは席を外せ。女の意見を聞いてやるのが、いい男の条件だ」

 

 

 諦めたようにリクライニングを起こしたナナ。顔からタオルを取り、話す準備は万端。ナナと箒たち、それぞれの顔を何度か往復して、そして諦めた様に一夏は立ち上がる。

 

 

「わかった………でも、あんまり酷かったら止めるからな」

 

 

 不承不承、後ろ髪を引かれる思いで席を立つ一夏。そして指示通り耳にイヤホンを、けれど視線をこちらに向けながら車両後部の席へと。

 

 空いた席に箒が座り、他の面々もその近くに座る。窓際にいたナナは取り囲まれた形であるが、動揺はない。ただ、ついに来たかと腹を括るだけだ。

 

 

「それで、一夏を救った天使様(エンジェルズ)。しがない殺し屋(キラー)に何のようだ?生憎、墓の予約は取ってねェンだが」

 

「………誤魔化さなくていいですわ。わたくしたちは別に、断罪をしにきたわけではありませんもの」

 

 

 セシリアの言葉におや?と思う。てっきり、薄汚い殺し屋が一夏に近づくなとでも罵倒されると思っていたのだ。予想に反して穏やかな口調で、ナナの調子が崩れる。

 

 

「………貴様が一夏を大切に思っている、と言う事は暴走の時や、先ほどの会話からも、私たちにも理解できる」

 

「でも、学園で今まで接してきた君とは違う、今の君。僕たちの知らない、蛇としての君」

 

「今の貴方は、どっち………なの?」

 

 

 続くラウラ、シャルロット、簪の言葉に、なんだそんな事かと肩を竦めるナナ。とんだ肩透かしである、とばかりの態度に鈴が眉を顰めるが、それを気に留める様子もない。

 

 

「別に、どっちもだよ。学園で演技していたオレも、殺し屋としてのオレも、その本質に変わりはねェ。泥の中でくたばるのがお似合いの、ゴミ畜生だよ」

 

「………随分と卑下するのだな」

 

「卑下じゃねェよ、真実だ。テメェらに吐いた言葉も含めてな」

 

 

 怒りを煽る様な、いっそ拒絶してくれたらいいとばかりの言葉。けれど、予想した罵声は聞こえず、罵倒も聞こえず、怒りに震える呼吸さえ聞こえない。

 むしろ、どこか安堵したような空気に違和感を。なんだなんだ、と困惑するナナに、隣の箒がため息混じりに皆の声を代表した。

 

 

「はぁ、お前は………言っているだろう、責めるつもりはないと」

 

 

 拍子抜けするほどに、暖かい声色。ぽかん、とするナナに畳み掛ける様、箒は言葉を続ける。

 

 

「確かに、お前の言葉は最悪だった。金のために人を殺めた過去も、私たちが住む世界とは相容れないのかもしれない。だがな………」

 

 

 凛とした、箒の視線。迷いのない、まっすぐな瞳がナナを射抜く。

 

 

「一夏のために命を投げ出せる者が、ただのゴミであるはずがない。お前の言う、殺し屋としてのナナ・オーウェンならばあの時、一夏を見捨てていたはずだ」

 

「沈黙を売る商人、だったか………貴様の技術は確かに冷酷かもしれない。だが、その使い道を選んだのは貴様自身だ。軍人の私から言わせて貰えば、己の傷も顧みず仲間を救おうとする者を、無能なゴミとは呼ばん」

 

 

 続くラウラの言葉に、ナナは視線を逸らす。けれど、逃がさないとばかりの追撃が前後から飛び交う。

 

 

「君がどれだけ自分を悪く言っても、一夏は君を友達だって言ったんだよ………それに、僕も最初はみんなを騙していたんだし、そこはお互い様。あまり卑下したら、それは一夏に泥を塗ることになるよ」

 

「そうですわ。それに貴方が言った酷い言葉は、わたくしたちを遠ざけるため、引いては一夏さんを守るための嘘でしたのでしょう?」

 

「第一、アンタの言葉にいちいち反応してやるほど、あたしたちも暇じゃないのよ。アンタも、いつまで気にしてんのよ」

 

「………どれだけ否定しても、私はお姉ちゃんが貴方を信じてるなら………私はそれを信じる………」

 

 

 だからお前の自己嫌悪は的外れだ、と全員の言外から告げられて、ナナの耳が赤くなる。誤魔化す様に、精一杯の抵抗として頭を掻いて、顔を見られない様にと窓の外へと顔を向ける。

 

 

「ケッ、どいつもこいつも…………IS学園ってのはお人好しの育成所かよ………」

 

 

 全くもって素直じゃない、とその場の全員が頬を緩めた。いや、寧ろ演技じゃない分、以前よりわかりやすい。

 

 

「あぁ、でも、私のことを暴力装置と呼んだ事は忘れないからな」

 

「わたくしもお貴族様(ジョンブル)と馬鹿にされましたものねぇ」

 

「金、金って言ってたのも、忘れないわよ」

 

 

 揶揄うように、新しいおもちゃを見つけたかのように騒ぎ出す面々。うぐっ、と痛いところを突かれたと喉を詰まらせ、ナナは視線を泳がせる。

 

 

「ふむ………では、詫びに何をしてもらう?」

 

「それはもちろん、僕たちの知らない一夏の話なんてどう?」

 

「それ、最高………一夏が私たちをどう思ってるのか、知りたい」

 

「待て待て、プライバシーってモンを知らねェのか、テメェらは?」

 

「あら、律儀な所は変わらないのですわね」

 

「我儘ねぇ………だったら、一夏にも話を聞きましょ」

 

「そうだね。一夏も付き合いはコストだったって言われて傷ついてるかもしれないし」

 

「待て待て待て‼︎新手の拷問か、こいつは⁉︎ジュネーブ条約はどうした⁉︎」

 

「一夏、もういいぞ。話はついた。これからの話はお前にも関係している」

 

「話を聞け‼︎」

 

 

 新幹線の中、イヤホンを耳にしていた一夏も巻き込んで、暗い過去と恐怖の未来を一時忘れて談笑する一年生たちの姿がそこにあった。

 いつもなら騒がしいと諌める千冬も、今だけはただその喧騒に耳を傾け、心地よさそうに目を細めるのであった。

 

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