IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

46 / 52

原作にツッコミをいれながら、頑張って進めます
ここから先、ほんと混乱と混迷が激しいので、応援お願いします



45話

 

 

 強引に壁に押し付けられ、一夏の呼吸は一瞬止まる。何がなんだかわからない内に、顔の横の壁を叩くように置かれた腕。その反対側は壁であり、そも例え開けた空間であろうと目の前の人物からは逃げられないだろう。

 

 

「一夏………」

 

 

 普段からは考えられない、甘く優しい声。名前を呼ばれただけだというのに、胸が激しく鼓動を上げる。この苦しさが叩きつけられたものなのか、それとも別の理由なのかは、一夏にはわからない。

 けれど、目の前のナナと同じように、顔は赤くなっているのだろうと、嫌に熱を持っている事が自分でもわかる。

 

 

「ど、どうしたんだよ、一体…………」

 

「わかってンだろ、俺の気持ち」

 

 

 その言葉にドキリ、と心臓が跳ねる。

 考えないようにしていた、考えても無駄だと思っていた感情。蛇のように一夏の肩を押し付けていた手が徐々に、徐々にと顔へと上がる。

 

 

「テメェが他の女どもと仲良くしようが、知った事じゃねェ。最後はオレの隣にいる、そうだろう?」

 

 

 顎下まで届いた指が、顔を逸らそうとする一夏を止める。顎を上げられて、強制的にナナと視線が交差するように。熱く、燃えるような情熱を瞳。その中に映る自分は困惑を極めているが、けれどどこか期待していたように見えるのは気のせいではないだろう。

 

 

「なぁ、一夏。お前はオレのなンだ?」

 

「そ、それは………」

 

「いや、言わなくていい。いくら言葉を重ねようと、行動が全てだ」

 

 

 ゆっくりと、ナナの顔が近づく。拒否することも、一夏にはできるだろう。けれど、甘い甘い毒にやられたように、脳を痺れさせる感情はそれを否定。

 

 ああ、もう避けられない。けれど、その胸中を満たす感情、それはーーー

 

 

◇◆◇◆

 

 

「Fuck‼︎‼︎ God damn‼︎‼︎ Holy shit‼︎‼︎Mother Fucker‼︎‼︎」

 

 

 持っていた本を地面に投げ捨て、ナナはそれを踏みつける。消えてなくなれ、存在さえ許さないとばかりに何度も何度も踏みつけ、黒ずんでいくそれ。

 汚れた表紙に描かれているのは『IS学園男子物語〜鈍感な彼はオレのもの〜』という、ナナからすれば極刑もののタイトル。

 

 踏みつけ、汚れ、くしゃくしゃになった本を、それでも足りぬとばかりに手で引き裂く。全ページ、過不足なくビリビリと引き裂くと肩で息を。そして、心の中で神と、そしてその背後でコロコロと笑う楯無を呪う。

 

 ナナがいるのは生徒会室。授業も終わり、役員として業務をと自身の机に座ろうとしたナナ。何気なく、書類はいくつあるのかと確認しようとしたナナの視界に入ったのが机の上に広げられていたその本だ。

 

 しかも、よりにもよって自身が一夏を追い詰め、頬を赤めながらキスを迫るシーン。この時ばかりは殺し屋として培ってきた目の良さを呪う。大きめに描かれた目も、なぜか尖った顎も、脳が詰まってるのかと疑いたくなる頭のサイズも、すべて網膜を通って脳が認識してしまった。出来うる事なら目玉を抜き出したい気分。特級呪物を目にしたナナの心労は計り知れない。

 

 肩を上下させて、荒ぶる息を整えようともしないナナの背後。生徒会室の扉から悪びれる様子もなく、扇子を口に当てているにも関わらず、絶対ににやにやと笑っていると予想できる楯無が入室。その後ろでは申し訳なさそうに虚が控えていた。

 

 

「ふふふ、どうかしら?この間出た最新作よ?」

 

「ふざけんな‼︎なンのためにこンなクソの役にも立たねェ紙屑置いた⁉︎」

 

「学園で、今最もホットな資料よ?生徒会として把握しておかなくちゃ」

 

「〜〜〜〜ッ‼︎‼︎」

 

 

 言葉にならない怒りとはこの事で、口汚く罵る為の罵倒も出てこない。足元のボロボロの紙屑をさらに踏みつけるので精一杯だ。

 

 

「すいません。お嬢様の意向に逆らえなくて………」

 

「なァ、虚。主人を諌めるのも従者の役割だと思うんだが⁉︎」

 

 

 それを言われては立つ瀬もない。誤魔化すように虚は視線を逸らす。実のところ、彼氏であり、一夏の中学時代からの友人である五反田弾を含めた三つ巴の作品もあり、それが最近の愛読書であるのだが、それはさておき。

 

 怒り心頭、けれど最早当たり散らすのも疲れたのか、自分の席に座ってナナは項垂れる。前からこの様なものがある、という事は知っていたが、本性を出す様になってからは尚酷い。

 相談室を受け持つ時も3人に1人は一夏との関係を根掘り葉掘り聞こうとするのだ。こんな学園、滅んでしまえと何度も思ったことか。

 

 そんなナナの様子をコロコロと笑いながら、楯無は扇子を閉じるとナナの隣に座る。

 

 

「まぁ、半分は冗談よ。本当はちょっとした息抜き」

 

「………京都の一件か」

 

 

 ナナの言葉に、楯無は静かに、言葉なく頷く。

 

 京都での事件。亡国機業が表立ってテロ行為を行った一件。あれから数週間経った現在、マスメディアでは偶に復興状況を知らせる程度に収まっている。

 別に関心が薄れた、と言うわけではない。女性が優遇されるこの社会において、ISとは男女を分ける絶対の境界。スポーツ競技の一部のような扱いを受けていたものが、本来は兵器として運用される実態を報道することはその社内に疑問を投げかけるようなもの。

 それはメディア関係者としても歓迎されるものではないのだろう。今では出来るだけ触れないよう、注意を払っている様子である。

 

 だが、SNSではその逆。日夜ISは本当に必要なのか。10代の女子をISに乗せ、軍事運用する学園は本当に必要なのか、と議論とは言えない感情任せの投稿が飛び交うのが現状。

 今のところ、IS学園の生徒が救ってくれた等の投稿や動画が目立ち、比較的肯定的な意見が多いが、もう一度同じ様な事があれば形成逆転するのは目に見えている。

 

 

「それで?更識家はSNSで地道に活動か?」

 

「当たり。現場は自衛隊と先生方が復興支援。政府からは世論誘導(プロパガンダ)と情報統制を頼まれているけれど、今の時代、無理に消せば炎上するだけだもの。更識としては、ポジティブなカウンター情報を流す方向に舵を切っているわ」

 

 

 まぁ、それが妥当だろうとナナは思う。物理的に沈黙させるのならまだしも、ネット上の意見を消して回っても、ならばと対抗して増えるに決まっているのだ。それならば肯定意見を増やした方がまだ目がある。

 

 楯無としてはもう少し、現場に顔を出したい。しかし、それは政府、及び学園側から固く禁じられているのだ。

 どれだけ利点や援助になるか、事細かく、わかりやすく説明しても「子供に責任は負わせられない」の一点張り。そんな心のモヤモヤを抱えた楯無。その憂さ晴らしにナナは付き合わさられたのだ。

 

 それを察して、ナナは一先ず怒りを鎮める。虚の用意してくれた紅茶を一口。鼻腔を擽るカモミールの匂いが癒しであった。

 

 

「ふぅ………それで、一夏は?」

 

「今度クリスマスでしょ?生徒会が飾り付けするから、簪ちゃん、本音ちゃんと一緒にその備品の調整。いつもなら買い出しに行くんだけど、今はほら、ねぇ?」

 

 

 京都の一件で注目を浴びたIS学園。その中でも有名な織斑一夏が街中を歩けばどうなるか、簡単に想像できる。ナナや楯無のように変装できるならまだしも、素人の一夏の変装など付け焼き刃。必ずどこかでボロがでると確信できる。

 

 飾り付けの件は必要な備品の数を確認次第、業者に頼む予定であるがそれも仕方がないことだろう。

 

 

「難儀だな、あいつも………」

 

「あら、変装手伝ってあげればいいじゃない。あの本みたいに、手取り足取り教えてみたら?」

 

「ふざけンな。第一、あのお人好しが変装なンて嘘をつける性格(タマ)か?」

 

 

 それを言われては楯無も視線を逸らすしかない。変装とは何も、服装や人相を隠せばいいだけではないのだ。言ってしまえば雰囲気から偽装しなければ気づかれる。背景に溶け込む様な、すれ違っても覚えられない様な存在。それに一夏がなれるかと言われれば、間違いなくNoである。

 

 

「はぁ………それで、まだ何かあるのか?」

 

 

 どこかソワソワと、気持ち落ち着かない楯無の雰囲気。飄々とした裏側で、どこか期待を込めた雰囲気を察してナナが問いかける。

 それに待ってました、とばかりに開かれた扇子。そこには達筆な筆で書かれた「逢瀬」の2文字。

 

 

「ふふ、さすがはナナくん。わかってるわね。ちょっとお姉さんの息抜きに付き合って欲しいのよ」

 

 

 任務とかじゃなくて、我儘。更識楯無ではなく、更識刀奈としての我儘。真剣な視線から告げられる、その言葉にナナは少しの間思考に費やす。けれど、楯無とならーーー刀奈とならば、早々バレるようなことはないだろうと判断する。

 

 

「……………………構わねェが、どこに行くつもりだ?」

 

「ここよ」

 

 

 胸元から取り出したペアチケット。横浜Deランドと書かれたそれは、確かテーマパークだったはずだと埋もれた知識の中から情報を引っ張り出す。

 と言っても、「彼氏とここに行くんだけど、男の子から見てどうかな?」と受けた相談で調べた程度の知識しかないのだが。

 

 

「ナナくんの事だから、一度も行った事ないんじゃない?更識家が援助してるから、譲ってもらえたのよ」

 

「確かにねェが………」

 

 

 正直、ジェットコースターやら観覧車やら、何を楽しむのかよくわからない施設、と言うのがナナの本音。カップルや家族連れが楽しむ施設、という認識だ。

 

 

「そんなナナくんのために、私がエスコートしてあげる。今度の週末、空けておいてね♪」

 

 

 それじゃあ私は、先生方と話があるからと、返事を聞くまでもなく嵐の様に去ってしまった楯無。残された虚とナナは、揃って紅茶を口に運ぶ。

 

 

「………なンだったンだ?」

 

「………お嬢様がお気遣いなのは何も一夏くんだけではない、と言う事ですよ」

 

 

 お前も心配されているのだぞ、と言外に言われ、ナナの頭には疑問を。心配されるような事は、京都以降やった覚えはない。そんなナナの姿に虚はため息を漏らす。

 

 

「はぁ………京都の一件でもそうですが、無茶をする傾向にありますからね。今だって、書類仕事と相談室の仕事。息抜きにしていた一夏くんとの訓練も、ISを修復中の今できないでしょう?」

 

 

 そう言われて、あぁ、と思い出した様に言葉が漏れる。京都での無茶が祟り、ナナのISは現在修理中。自動修復では追いつかず、部品や武器も総点検に回さないといけないのだ。今は本国から輸送される部品待ち。明日からはその修理に携わらなければならない。

 

 確かに、自身を縛る首輪ということもあり、ISを任せてナナは別行動、と言う事はできない。即ち、拘束される時間ができると言う事だ。

 それを見据えての楯無の提案。その心遣いに少し恥ずかしくなり、誤魔化す様にそっと視線を外へと向けて紅茶をいただくナナ。

 

 けれど、そのカップの中身はすでに空だと、虚は知っている。素直じゃない、と苦笑いを溢し、追加の紅茶を注いでやる虚であった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そして週末。天気は快晴、12月とは思えない小春日和の本日。

 デート感を出したい、という楯無の要望により2人は別行動。テーマパークの入り口で落ち合う予定だ。

 

 なぜそんな無駄なことを、と思いつつも、ナナ本人も楽しみにしているのだろう。入念な身嗜みのチェックを忘れない。サングラスと帽子は必須。長い髪はひとつに纏め、ぱっと見た限りナナ・オーウェンだとバレないように。

 

 鏡の前で何度かチェックして、これで問題ないだろうと身支度を終える。さて、そろそろ向かうかと部屋を出れば、なぜか一夏と鉢合わせした。

 

 

「あれ?ナナ………だよな?出かけるのか?」

 

「ああ、これから楯無とデートでな。テメェもめかし込んでるみてェだが………」

 

「ああ、俺も出かけるんだよ。セシリアにDeランドに誘われてさ」

 

 

 は?と言う呆れた声と共に一夏の服装をチェック。一般的な、流行も何もないが一夏個人には似合っていると思わせる服装。けれど、それだけ。肝心の顔には何も装飾品はなく、道行く人は織斑一夏だと一目でわかるだろう。

 

 

「ナナはどこに………って、どうした?そんな怖い顔して」

 

「はぁ……一夏、お前、自分が有名人(ビッグネーム)って自覚はあるのか?今のテメェは鴨撃ち(ダック・ハント)を座して待つ無様な獲物だぞ」

 

 

 おそらくは勇気を出して誘ったであろうセシリア。けれど、このままではそれもご破産。今日一日中質問攻めにされるか、逃げ惑う羽目になるだろう。さしものナナだって憐れみを覚えるほどの事態だ。

 

 何もわかっていないのか、疑問を浮かべる一夏にもう一度ため息を漏らすと、その手を取って部屋へと案内。

 

 

「おわ⁉︎な、なんだよ⁉︎」

 

「いいか?テメェのポカでどンな苦難を味わおうが知ったことじゃねェ。だがな、それに巻き込まれる奴の気持ちを考えろ」

 

 

 クローゼットを漁り、今の服装に似合う様な帽子とメガネを物色。黒縁のメガネと黒いキャスケット帽を選ぶと、容赦なくその頭に被せた。

 

 

「いいか?絶対にコイツらを外すな。外したら最後、天国のような休日が、地獄へ早変わり。心温まる休日ってのは墓の下に眠ることになるぜ」

 

「へ?は?何を大袈裟な………」

 

 

 あまりにも楽観的なその言葉に、ぎろりとナナの厳しい視線が一夏を貫く。その迫力に思わず後退り、固唾を飲んだ一夏は激しく頭を上下に振った。

 

 

「なら、良し。ほら、行ってこい。素敵なお姫様(プリンセス)がお待ちかねなンだろ?」

 

「お、おう………その、ナナ。お前もだいぶ気合い入れてるよな」

 

「…………Shut up(黙ってろ)

 

 

 その自覚はナナ個人にもあるので、言うに言い返せない悔しさが胸中を渦巻くのであった。

 

 結局、目的地は同じだろうと強引にナナを引き連れDeランドへと赴く2人。園内では必ず二手に分かれて行動することを道中、口を酸っぱくして言い含め、待ち合わせの入場ゲートへと。

 変装しているとはいえ、楯無にはわかったのだろう。手を振ってナナを迎えてくれた。

 

 

「おーい、こっちこっち!」

 

「悪いな、待たせた」

 

「ううん、今来た所だから大丈夫よ♪」

 

 

 デートの定番とも言えるセリフを言えて少し満足げな楯無。実のところ、別々で来たのはこれがやりたかっただけなのだ。

 待ち合わせ場所も同じだったのか、合流したセシリアと一夏の方にチラリとナナは視線を向ける。

 

 

「一夏さん………ですの?随分とイメージチェンジされて………」

 

「ああ………やっぱわかりづらいよな。メガネ外した方がーーー」

 

 

 やはり不要だろうと、メガネに一夏が手をかけた刹那、鼻先を掠める小石。あと少しでもそれたらあわやの事態に陥るところである。ひゅっと息を飲んで、ちらりとそちらに視線を向ければ射殺さんばかりの視線で睨むナナの姿。

 

 「外すなって言ったよな、テメェ………」と視線から伝わる言葉に大人しく頷き、そっとメガネから手を離す。

 それを確認したナナが不満げに鼻を鳴らすと、両頬に手を当てられて視線を楯無へと向けられた。

 

 

「もうっ!今日は私とデートなのよ?それとも、本当にあの本の内容みたいな関係だったりするの?」

 

「ンなわけあるか………OK OK、あいつらの事は気にかけない。それでいいだろ?」

 

「ん、よろしい。それじゃあ、はい」

 

 

 降参するように両手を挙げてそう誓うナナの言葉を信じたのだろう。差し出された楯無の手を、仕方がないとばかりに握るナナ。どこか照れているようで、どこか期待していたように見えるのは気のせいではないだろう。

 

 

「………あいつらはどうする?」

 

 

 ちらり、とナナが視線を背後に向ける。テーマパークを彩る一部、緑のトピアリー。マスコットキャラの顔を描いて刈り込まれたそこに潜むのは箒、鈴、シャルロット、ラウラ、簪の5人。一夏とセシリアのデートを聞きつけ、妨害しに来たのだろう。

 

 気持ちはわからなくもないが、やりすぎだ。と言うより、殺気に似た妬みでバレバレである。本当に隠密行動する気があるのかと問いただしたい。

 けれど、そんな事は知らないと、気づいているのにあえて彼女たちを無視して楯無は強引にナナの腕を引いた。

 

 

「さっき誓ったはずよ。今日は一夏くんたちの事は気にしない、でしょ?」

 

「…………はぁ、わかった、わかったよ、お姫様(マイレディ)。それで?最初はどうする?」

 

「ふふふ、ここよ!」

 

 

 入場ゲートを潜った先、案内板を指差して示したのはジェットコースター。国内でも有数の絶叫マシーンらしく、耳をすませば遠くから聞こえる歓喜にも似た悲鳴。

 なぜ好き好んでスリルを味わうのか、ナナとしては意味がわからない。まぁ、それでもーーー

 

 

「ほら、ナナくん、行くわよ‼︎」

 

「わかったから、あンま引っ張るな。遊具は逃げはしねェよ」

 

 

 楯無の、最愛の人が見れるのなら悪くはない。楽しそうに先導する楯無の背に、薄く笑いかけるナナであった。

 

 さて、そんな素直じゃないナナを引き連れて、楯無はテーマパークを回る。流石は更識家と言うべきか、資金提供しているだけあるというか、今回用意されたペアチケットは優待券らしく、優先搭乗付きのもの。アトラクションにかかる待ち時間はなきに等しく、次々と、それこそ目まぐるしくアトラクションを乗り継ぐ。

 

 ジェットコースターに始まり、コーヒーカップ、バイキング、メリーゴーランド、ゴーカートと巡る。そんな中、意外だったのはナナが絶叫系に弱いと言う事。

 恐怖を感じてという訳ではないのだが、絶叫系マシーン特有の浮遊感が苦手な様で、内臓の浮く感覚が特に嫌らしい。

 

 逆に楯無はISの操縦に比べたら軽いもの、と言う程度で、お遊び程度のスリルを楽しむ余裕まである。

 そんな若干グロッキーなナナでご満悦の様子の楯無。心なしか肌艶がいいのは気のせいではないだろう。

 

 

「Fuck………」

 

「だらしないわねぇ。いつもの調子はどこ行ったのかしら?」

 

「うるせぇ………」

 

 

 弱点がバレたらそこを責めるべし、と言わんばかりの3連続絶叫マシーン。ベンチに座って天を見上げるナナの内臓は未だふわふわとした浮遊感が襲い、あとひとつでも絶叫系に乗れば、さっき食べたランチが再び目の前に出てくる事は容易に想像できる。

 

 仕方がないと思いつつも、学園では絶対に見れないナナの様子に楯無は満足げ。この表情は彼女にしか見せないものだと言う優越感と、その耳元に光るプレゼントしたイヤリングの存在に幸福感に満たされていた。

 少し休んで回復したのだろう。見上げていた視線を下ろし、深いため息を。殺し屋時代やISの操縦とは違う感覚に慣れないナナに追い討ちを。

 

 

「ふふ、それじゃあ次は………」

 

「まぁ、待てよ。次はオレに選ばせちゃくれねェか?」

 

「ん?行きたいところでもあるの?」

 

「まぁな」

 

 

 これ以上、やられっぱなしは性に合わない。ニヤリ、と笑みを浮かべ楯無の手を引いた先、そこにあるのは廃病院をモチーフにしたお化け屋敷だ。

 たらり、と楯無の背中に嫌な汗が流れる。バレていたのだ、ホラー系を避ける様に園内を連れ回していたことを。

 

 

「さぁ、行こうじゃねェか」

 

「待って待って⁉︎ほ、ほら、ここ以外にも面白そうな所は沢山あるし………ドッグパークなんてのもあるわよ⁉︎」

 

「生憎、犬やネコに惹かれるモンはなくてな」

 

 

 先程までとは立場が逆転。実に生き生きとした表情で楯無の言葉を右から左へ、手を繋いでいるから逃げられない楯無をずるずると引きずっていく。

 

 優先搭乗券のお陰で待ち時間もなく、スムーズに入れば2人を出迎える薄暗い廊下。廃病院らしく、割れた蛍光灯や倒れたストレッチャーがいい味を出していた。

 

 ナナからすればそれだけ。何だったら作り物感が酷すぎて見れたものではない。けれど、楯無からすれば既に恐怖心を煽る仕掛け。手を繋ぐだけでは飽き足らず、ナナの腕にしっかりとしがみついていた。

 

 

「おいおい、刀奈。もうgive upか?どうやら夜のトイレにも付き添いが必要らしい」

 

「も、もう!そんな事ないわよ!た、ただ、こう言う雰囲気が苦手なだけよ………」

 

 

 実際、洋画などのパニックホラーならば楯無も怖くはない。けれど、ジャパニーズホラーは別。こういった気付けば背後にいるような、生活の中に紛れ込んでいるようなホラーは苦手なのだ。

 

 きぃぃ、と効果音が鳴るたびにびくり、と反応し声をあげずともしっかりナナの腕を抱きしめる。その度に楯無の胸部が押し付けられるのは、ナナとしても予想外。ここまで怖がるとは思っても見なかったのだ。

 

 少し悪いことをしただろうか、とらしくもない罪悪感と、感情が育って遅れてやってきた思春期の男子には、この状況はある意味で拷問である。

 

 

「………も、もう、出ましょうよ………」

 

「あー……だが、非常口はまだ先だ」

 

 

 残念な事に、はたまたナナにとっては朗報なのか、そこは本人にもわからないが、途中退場用の非常口はまだ遥か先。嘘でしょ、と薄暗闇の中でもはっきりと楯無の絶望する顔が見えた。

 

 

「………そんな怖いなら、目ェ瞑っとけ。連れて行ってやるから」

 

「…………お喋りもお願い」

 

 

 珍しく素直で甘えた楯無の言葉。もし寝室で同じセリフを言われたら、自身を抑える事は不可能だと確信できる。アトラクションで良かったと思う反面、惜しいと思ってしまうのは人の性だろう。

 

 そんなこんなで、おっかなびっくりな楯無の気を紛らわせるために、どうと言うことはない、何気ない話を続けるナナ。普段の声とは違う、落ち着かせるための低く、穏やかな声。

 正直、楯無からすれば話の内容などどうでもよかった。ただ、自分を導く存在が、今この場を照らしてくれる光が、楯無にとっての唯一の救い。

 

 途中、奥から箒やラウラの声が聞こえたが、努めて聞こえていないふりを。巻き込まれたくはないし、今はそれどころではない。ただただ、自身のせいで怯えさせた彼女の贖罪に精一杯なのだから。

 

 出口の光が見えた瞬間、楯無は反射的に繋いだ手に力を込めた。ナナもまた、無意識にそれを握り返す。

 

 

「……おい、もう出口だ。いつまで握ってンだよ」

 

「あと少しだけ。……指の震えが止まるまで、離さないで」

 

 

 そう言われて、舌打ちをしながらも決して手を離さないナナ。その手の温かさに、楯無は「ずっとこのままでいたい」と願ってしまう。それはナナも同じようで、乱暴に手を離そうともせず、気恥ずかしさを堪えるように、赤くなる耳を夕暮れで誤魔化すように視線を逸らす。その拍子にきらり、と夕暮れに反射して光る、楯無がプレゼントしたイヤリング。まるで共鳴するように楯無のネックレスも光に反射して、それがまるで2人の心を表すようであった。

 

 

「あー………その、悪かった、な………そこまで怖がるとは思ってもみなかった………」

 

「………お土産、奢ってちょうだい。それで、チャラにしてあげる」

 

 

 楯無にとって不貞腐れるのとは違う、弱い所を見せた気恥ずかしさ。それを誤魔化す様に、空いた手でピシピシとナナの背中を叩く。それを無言のまま受けながら、2人はお土産屋へ。

 テーマパーク限定のコラボお菓子なり、オリジナルのマグカップなり、様々な商品が並ぶ店内。夕暮れ時ということもあって、人はそれなりにいるが歩くのに混雑するほどでもない。

 

 遊ぶ時間は、確かにまだある。

 けれど、何だか互いに経験のしたことのない変な雰囲気で、二人きりにでもなったが最後、理性と言う防波堤に止めを刺されてゴールインまでしそうな気がして。そういう意味では楯無の提案は僥倖。互いに冷静さを取り戻すチャンスである。

 

 

「これ、なんてどうだ……?」

 

「………生徒会室のお茶請けに、いいかもね」

 

 

 けれど、冷静さを取り戻せば取り戻すほど、頭の中を埋め尽くすのはピンク色の感情。抱きつかれた感触だったり、鼓膜を震わせた声だったり、混じり合った2人の体温だったりと、それを鮮明に思い出してしまう2人。

 

 沈黙するたびに妙な雰囲気になって、何か話題がないかと視線を彷徨わせ、選び出すのは教師や生徒会室へのお菓子類。このお菓子は虚が好きそうだとか、真耶にはこれだとか、千冬には酒に合いそうなおつまみ系だろうと、そんな話題しか出てこない。

 

 なにか現状を打開するようなものはないか、と店内に視線を彷徨わせる事少し。ふと、目に止まるものがあった。

 レジの横、オススメ商品とばかりに飾られたストラップ類。その中でもイチオシ、と銘打たれ宣伝されているのがマスコットキャラクター、ドボン太くんのストラップ。青と赤の2色に分かれているそれが、楯無の目に止まった。

 

 時間にすればほんの数秒。普段身につけておける、お揃いのものなんて少し憧れるなぁ程度の感想。まぁ、きっと、ナナは嫌がるだろうからやめておこうと、未練もなく諦めようとした時である。

 

 

「………ん?これか?」

 

 

 その不自然な動きに、何かを察したのだろう。自然な手つきでストラップを手に取るナナ。楯無の反応からひとつではなく、ふたつともだと確信を得ると、躊躇いもなく会計へと進む。

 

 

「え⁉︎ちょ、ナナくん⁉︎」

 

「ン?なンだ、違ったか?」

 

「違っ、くはないけど………そう言うのあまり好きじゃないでしょ?」

 

 

 絶叫系アトラクションに連れ回しておいてどの口が、と出かけた言葉を飲み込む。

 

 まぁ、確かに。プラスチックで作られた、大量生産の安物。ケータイなりなんなりに付けるであろうそれは、昔のナナからすれば必要性を感じないと即効で切り捨てるもの。

 

 けれど、ナナ・オーウェンとなってーーー殺し屋の自分も受け入れてくれる人ができて、少し考えを改めた。

 

 

「………別に、実用性だけが全てじゃねェンだろ?」

 

 

 思い入れだとか、感情だとかを無視して、人を殺してきた口からそんな言葉が出るなど、天変地異の前触れか何かか。思わず自分自身でもそう思ってしまうほどの、心の変化。悪くないと、そう思える日々の積み重ねが築いた、ナナ・オーウェンという個人の感情。

 

 う、とか、あ、と何か言いたげで、けれど何も口に出せない楯無。お菓子類諸共会計を済ませると、赤色のストラップを渡す。渡されたものを暫しの眺めたあと、ニヤニヤとした嬉しさを隠せないのか緩む口元。

 

 いいものが見れた、と不敵に笑うナナの視線に気がついたのだろう。コホン、と咳き込んで誤魔化した。

 

 

「それにしても………ふふ、あんなカッコいいセリフ、録音しておけばよかったわね。そしたらみんなの前で自慢できたのに」

 

「勘弁してくれ………これ以上、おもちゃにされたかねェよ」

 

 

 いつものように意地悪い、揶揄う笑みを浮かべる楯無。

 もし録音されていたらどうなっていたことか、とその先を考えたくないのであろう。菓子類をぶら下げたビニール袋とは反対側の手で顔を覆って空を見上げる。

 

 くすくすと、学園での生活にだいぶ参っている様子ではあるが、どこか楽しそうにも見えるナナの隣で楯無は笑う。更識家の当主としてでなく、1人の少女として、純粋に楽しいから笑う。

 

 

「ねぇ、また、こう言うの………付き合ってくれる?」

 

「…………あぁ。オレでよければ、な」

 

 

 そんな会話を溢しながら夕暮れを歩む2人。そろそろ帰ろうかと出口へと向かった、その最中である。

 

 

「ーーーッ‼︎」

 

 

 背骨を直接撫でられたかのような悪寒。反射的にISを展開。上空からの高エネルギー反応をISが知らせたのはほぼ同時。

 その刹那、天より堕ちる極光。測定されたそのエネルギー量はISに使われるものよりも強力で、無差別に降り注ぐレーザー。

 

 

「ナナくん‼︎」

 

「All right‼︎」

 

 

 時間にしてみれば数十秒の出来事。けれど、被害は甚大。レーザーが掠めて支柱に傷が入ったのだろう。ゆっくりと、確実に倒れていく観覧車。進路を失ったジェットコースター。逃げ惑う人々で通路が詰まったお化け屋敷。

 

 楯無と阿吽の呼吸で飛び出した2人。それぞれナナは観覧車を支え、楯無はジェットコースターの方へと。

 修理したとはいえ、まだその修復度は8割程度。その分出力の落ちているナナのISだが、観覧車を支える事くらいはできる。このままゆっくりと降ろせば救出できるのかもしれないが、再びレーザーの雨が襲ってこないとも限らない。

 

 せめてISが万全であるなら。そうでなくとももう1人、ISを扱える人間いれば、と願うナナの声が届いたのか、観覧車のゴンドラのひとつから姿を現す一夏とセシリア。

 

 

「ナナ、無事か⁉︎」

 

「お手伝いしますわ‼︎」

 

「遅ェ‼︎早くしろ‼︎鴨撃ち(ダッグ・ハント)の景品になる趣味はねェ‼︎」

 

 

 ナナの叫びを聴いて、一夏たちはすぐに行動。乗員全員を救出、そして周囲にも人影ない事や、被害をISの機能を使ってシュミレート。安全を確認したナナは観覧車から手を離す。

 

 金属の塊が耳障りな音を立てて崩れ、周囲に砂煙が舞う。シュミレーション通り、人的被害はなしとセンサーが教えてくれた。

 

 

「ナナさん、一体何が………」

 

「知るか。今はとにかく、安全確保と避難誘導だ」

 

 

 楯無側も、ジェットコースターを水で包み、勢いを殺して乗客を救ったらしい。けれど、被害はそれだけではないのだ。センサーで上空を探すが、範囲内に敵影はなく、再びレーザーが降りてくる様子はない。

 

 

「ったく、どこのどいつだ、人の休暇に水を刺したのは………」

 

 

 避難誘導の最中、ぽつりと溢した言葉。地を這うような、怨嗟の込められた声。報復を決意したその声は、人混みに飲まれて消え、見えない敵の座標を、網膜に焼き付けるように遥か上空を睨むのであった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。