IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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47話

 

 

「え?みんなと分かれて行くのか?」

 

 

 会議室にて作戦が伝えられた6時間後。

 空港にて別々の飛行機に乗ると判明した一夏が驚きを隠せずにいた。

 

 

「まぁな。セシリア、箒、鈴、簪はイギリス行き。ラウラ、シャルロットはそれぞれ本国で装備の点検と換装。オレたちはそれについてくって形だ」

 

「むぅ………納得いきませんわ」

 

「私も、有無を言わさずであったしな………」

 

「アンタたちは仕方がないでしょ。でも、なんでアタシたちまで?」

 

「うん………不満………」

 

 

 一夏とは別行動という事もあって、多少の不満が出るのは織り込み済み。セシリアは超長距離狙撃と言う重大な責任を担っているため、2年代表候補生であるサラ・ヴェルキンと共に訓練を。

 そして、箒は篠ノ之束を少しでも拘束できるようにと言う目論見で、そのメンタルケアに鈴、現地でO.V.E.R.S.の調整役を簪に任せる為の人選である。

 

 セシリアに関してはまだしも、残り3人に関しては完全なるとばっちり。引率役の真耶も流石に苦笑い。彼女もメンタルケア要員としての仕事を任されているため、この班分けには欠かせない存在だ。

 

 

「でも、全員で行動した方がよくないか?何かあった時、対処できるかもしれないし」

 

「いや、班分けは適切だ。万が一、亡国機業の強襲などがあった場合のリスク分散になる」

 

「そうだよ。一枚岩の組織なんてものはないからね。篠ノ之博士の条件を知らない身内が襲ってくるとも限らないし」

 

 

 だから仕方ないのだと、全力で肯定するラウラとシャルロットであるがそれが建前だと言う事は誰の目にも明らか。理解していないのは一夏ぐらいのものである。

 

 

「あー、そっか………引率が千冬姉なのは?」

 

「各国が注目する男性操縦者が2人も自国を通るンだ。ブリュンヒルデの名で睨みを効かせりゃ、文句はいえねェ」

 

「野次馬であれば、オーウェンが対処する。できるな?」

 

「まぁな」

 

 

 千冬の言葉にナナは手を振って答える。野次馬が何を指しているのか、それは明言されない。けれど、ナナに頼むものならばそれ相応の相手なのだろうと言う事はわかる。

 

 

「一夏、いいか。フランスやドイツを通る間、テメェを狙う視線は亡国機業だけじゃねェ。どこの誰が、親切ごかしにテメェの心臓を覗き込もうとするか分かったもんじゃねェからな。……余計な奴が近づいたら、俺がその首を撥ねるが、テメェも気を引き締めろよ」

 

「お、おう!」

 

 

 一夏の胸元に拳を置くナナ。けれど、そのセリフや行動はなんだか女子たちからすれば異様に近く、思わず邪推してしまう。それも最近、学園で取引されているBL本があるからこそ、やっぱりそっちの気もあるのかと警戒を露わに。

 

 その邪な視線に気がついたナナがこめかみに血管を浮かべ、鋭い視線でそちらを射抜く。

 

 

「言っておくが、くだらねェ妄想すンじゃねェぞ。オレにそっちの趣味はねェ」

 

「や、やだなー、僕たちはそんな………ねぇ?」

 

「そ、そうそう!ちょぉっと距離が近いってだけじゃない」

 

「え、えぇ!殿方の距離が近いくらい、なんともありませんわ」

 

「そう言えば、クラリッサに渡した本は好評だったな」

 

「ラウラ、しーっ………」

 

「ラウラ、お前………ナナ、その、気を落とすな。傷は浅い……ぞ?」

 

「Fuck off‼︎‼︎」

 

 

 まさかの学園外にまで忌まわしき本が流出している事を知り、頭を抱えてナナは天を仰ぐ。作戦前とは思えない、和やかな雰囲気ではあるがその実、千冬、楯無、ナナの3人は会話の中でも周囲の警戒を怠らない。

 

 周囲に聞こえるか聞こえないか、そんな微妙な声量と距離感で誰が耳を澄ましているのか、無用な野次馬はいるのかを確認しているのだ。

 そうして、ちらりと3人は目配せを。楯無が軽く頷くと、いつものように飄々とした調子で身体を伸ばす。

 

 

「んー……それじゃあ、私は別ルートだからここでお別れね。みんな、イギリスで会いましょう。ナナくん、くれぐれも無茶はしすぎないように」

 

「はい。楯無さんもお元気で」

 

「OK OK、わかったからさっさと行け」

 

 

 ひらひらと手を振って別れを告げる楯無。頭を下げて見送る一夏とは正反対に、それを邪魔だとばかりに手で払うナナであるが、千冬とナナは知っている。楯無の出発にはまだ時間があることを。今し方、不自然な動きを見せて去っていった男の追跡しにいったと言うことを。

 

 何も敵は亡国機業だけではない。織斑千冬の弟にして、1人目の男性操縦者、織斑一夏という金の卵を狙う者は多い。

 

 既にその動向を探ろうとする気配は幾つか感じていた。泳がせるのはここまで。これより先、毒虫一匹でも残せば、空の上で致命傷になりかねないとナナも動き出す。

 

 

「チッ………悪ィ、楯無の忘れモンだ。届けてくる」

 

「え?大丈夫なのか?」

 

「どうだろうな。ケータイの充電器だが、あって困らねェだろ」

 

 

 ごく自然に、いかにも荷物の整理をして今見つけましたとばかりの行動。見事に騙された一夏の言葉がより一層、演技に拍車をかけてくれる。「10分以内に戻ってこい」と千冬からの命令を背に受けてナナは行動開始。

 

 狙うは今し方、新聞を畳んで移動した男。ビジネスマン、といった調子の彼であるが、その音を極力立てない足運びは裏の社会を知る身からすれば疑えと言わんばかりのもの。

 

 

「…………手ェ出す相手、間違えたな」

 

 

 本部へと連絡を入れようとしたビジネスマン風の男。耳元でぽそり、と声が聞こえたかと思うと視界は暗くなり、その意識は彼方へと飛ぶのであった。

 

 崩れ落ちる男の体を、荷物を支えるふりをして静かにベンチへ座らせる。その懐から端末を抜き取り、ナナは手際よくデータをクラッシュさせた。

 

 

「………まずは一匹。さて、次はどこのどいつだ?」

 

 

 自分たちが進む道は、もはや単なる空路ではない。

 無数の毒針が向けられた、見えない戦場。茨の敷き詰められた、過酷な道。気絶させた男の顔見知りか、それとも仲間か。あからさまに動揺した相手へと脚を進める。

 

 

「上等。まとめて相手してやるよ」

 

 

 10分後の集合場所。何食わぬ顔で戻るナナの瞳には、かつて殺し屋として生きた時代の、鋭く冷たい光が宿っているのであった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 そんな一幕もありながら、予定通り班に分かれて空の旅へ。人生初のファーストクラスに一夏はソワソワと落ち着かない様子で、引率でなければアルコールに手を出していたのにと少しの後悔を滲ませる千冬。

 意中の男子と共に帰国、それも尊敬する教官(千冬)つき。これは所謂挨拶回りというやつではないか?と都合のいい妄想をしているのがラウラ。O.V.E.R.S.の資料、そして空港で捉えた毒虫共から奪ったデータ。それらに目を通すナナ。そして、憂鬱な表情を浮かべているのはシャルロットだ。

 

 ドイツでラウラの装備を整えれば、次はシャルロットの故郷であるフランス。デュノア社の社長であり、父でもあるアルベール・デュノアからの呼び出し。装備の換装だと聞いているが、それだけで終わらないと断言できる。

 

 何を企んでいるのかはわからない。けれど、2年前ーーーシャルロットの母が死ぬまで何もしてこなかった人物が

 

 検査の過程でISの適正があると判明した途端、テストパイロットとして運用してきた父親を名乗る人物が

 

 シャルロットが本妻から泥棒猫の娘だと八つ当たりされている時に見て見ぬふりをしてきた男が

 

 危機的状況だから喜んで手を貸してくれるとは到底思えない。

 

 

(嫌だなぁ………)

 

 

 普段みんなの前で見せているシャルロット・デュノアと違う、会社の命令で動くシャルロット・デュノア。それをラウラや千冬に、ましてや一夏に見られてしまうと思うと、帰国が憂鬱だ。

 

 窓の外は暗く、まるで今の自身の心の様だと思わず漏らしたため息。通路を挟んだ隣から舌打ちが聞こえてきたのはその後だ。

 

 

「チッ………オイ、シャルロット。辛気臭ェマネしてンじゃねェぞ」

 

「あっ、ごめんね………」

 

 

 今作戦においてナナは、明言はされていないが、自分たちの知らないところで動いているのだろうとシャルロットは察している。

 言葉は荒く、態度も悪いが、そのどれもが一夏を、ひいてはみんなが不利益を被らないようにしている事は、誰もが知っていた。その邪魔をしてしまった事に申し訳なさと、そして自己嫌悪を。

 再び漏れそうになるため息をグッと堪え、胸に手を当てて深く深呼吸。大きく吸って、深く吐いて、それを繰り返せばきっと、いつもの自分に戻れると信じて。

 

 けれど、陰鬱な気持ちは晴れてくれない。助けて欲しいと、斜め前の一夏へと視線を向けるが、心の中でイヤイヤと頭を振る。これは自分の問題で、一夏を巻き込むわけにはいかないのだ。

 

 

「………はぁ」

 

 

 けれど、その抱え込んだ陰鬱な雰囲気はナナの感覚を刺激する。横から垂れ流されるそれに辟易とし、斜め前の千冬にハンドサイン。それに気づいた千冬は耳栓を。そして同じ様に一夏とラウラに耳栓を手渡し、そろそろ眠っておけと指示を出した。

 

 時間的には確かに、眠ってもいい時間。眠れるうちに眠っておかなければ、今後の作戦に支障が出ると、訝しむ一夏を説き伏せて、千冬は腕を組んで目を閉じた。残るラウラ達も続くように耳栓をし、こちらに注意が向いていない事を確認。

 O.V.E.R.S.の資料を横に置き、ナナはシャルロットに声をかける。

 

 

「オイ、シャルロット」

 

「な、なにかな?あ、もしかして、僕お邪魔だったかな?」

 

 

 精一杯、普段通りに徹しようとした、無理やりな返事。これは重症だな、と内心で毒吐いてナナは言葉を続けた。

 

 

「テメェが何抱えてンのかは、知らねェ。けどまぁ、話して楽になるって事もあンだろ」

 

「か、抱えてるって、そんな、こと…………」

 

 

 自分でも白々しい嘘だと、言葉尻が萎む。転入の時然り、どうやら自分はとことん嘘を吐くことは向いていないようだ。

 きょろきょろと周りを見て、全員寝ている事をシャルロットも確認。それでも相談には勇気が必要で、言うべきか誤魔化すべきか悩んで、けれど、嘲笑も侮蔑もないナナの真っ直ぐな瞳に、シャルロットは折れた。

 

 

「………あまり面白い話じゃないよ?ただ、ちょっと実家に帰るのが嫌だなってだけだよ」

 

「…………デュノア社か。専用機の実績はねェが、量産型のリヴァイヴで世界的にも有名な会社」

 

「そう。最初は僕も、一夏の白式のデータを目当てに転入したんだよ?」

 

「ああ、ありゃ酷ェ演技だったな。客席からトマト投げつけられなかっただけ奇跡だよ」

 

「あ、はは………うん、そうだね。今思えば、僕なりの抵抗だったのかも」

 

 

 性別を偽り、白式のデータを奪取だなんて、ナナからしても遠慮したい依頼である。それを素人のシャルロットにやらせるのだから救えない。いっそ、バレることが前提で、本命の作戦が別にあるのだと言われた方がまだ納得できる。

 

 

「そんな命令をした会社に………父に、会うのが嫌なだけ。親不孝者だよね」

 

 

 自虐的な笑みを浮かべ、ファーストクラスに相応しいふかふかのイスの上で、シャルロットは膝を抱く。

 生まれてこのかた、親と言うものを知らずに生きてきたナナにとって、シャルロットの言葉は酷く難解だ。なぜそんなことで悩んでいるのか、と言う意味で。

 

 

「別に、親娘だろうが、血が繋がってるだけだろ?好き嫌いくらい、普通じゃねェのか?」

 

 

 一切の皮肉もなく、純粋に疑問を込めナナは肩を竦めて尋ねる。拍子抜けしたのはシャルロットもだ。親不孝だと言われたり、同情されると思っていたのだが、まさかのナナが父親という存在に興味すら向けていなかったという事実。

 

 

「別に、殺しの依頼や計画を立ててるわけじゃねェンだろ?ならいいじゃねェか。我慢できねェなら中指立てて、その顔面殴ってやれよ。手伝いくらいはしてやる」

 

「え?で、でも、その、親って言うのは、大事だし………」

 

「過去の依頼の中にゃ、実の親を殺す依頼もあったが?」

 

 

 今まで裏社会に身を置いていたナナにとって、親の認識などその程度。養ってもらい、邪魔になるなら切り捨てるような存在だ。シャルロットの父親は社長であるから、殴るのに一苦労するな、という感想しか抱けない。

 

 

「そりゃ、拾ってもらった恩なりなンなりあるのかもしれねェが、我慢してやる義理はねェだろ。シャルロット、テメェはいい子ちゃん過ぎるンだよ。そンなンだと、一夏との仲も発展しねェぞ?」

 

「ぅえっ⁉︎な、なんでそこに繋がるのかなぁ⁉︎」

 

「いい子ちゃんってのは、自分が我慢すりゃ万事解決って思っちまうからな。男ってのはそれに騙されて、現状維持に努めちまうンだよ。その先は破滅だぜ?」

 

 

 楯無を見てみればわかる。好き嫌いがはっきりとしているから、ナナとしても準備がしやすい。もしそれを外したとしても、次に活かそうと前を向きやすいのだから。

 無論、我儘も過ぎればであるが、適度であるなら構わない。そこは男の器量の差だろう。

 

 

「ま、それでも我慢しちまうのがいい子ちゃんって奴だからな。無理強いはしねェよ。けど、憎い奴の顔面に拳いれてェなら言え。協力してやるよ」

 

 

 もちろん、金次第だがな、と締め括られた最後の一言。それがもう、ダメだった。

 

 

「ぷっ、あははは‼︎一夏もだけど、君もめちゃくちゃだよ、ナナ」

 

 

 膝を抱えていたシャルロットが、ついに声を上げて笑い出した。

 実の父親を殴るのを手伝ってやるだなんて、どんな不良でも言わない。けれど、血の繋がりに縛られていた自分にとって、その言葉はどんな慰めよりも心が軽くなる魔法だった。

 

 

「あはははは‼︎………うん、そうだね。偶には強引な所も必要だよね」

 

「なンだ?テメェの父親に一発入れるか?」

 

「それもいいかも。けど、まずは目の前で反抗してみるよ。今まで好き勝手されたんだから、それくらいいいよね?」

 

「まだ可愛い方だろ。玉蹴り上げても文句言われねェさ」

 

「そ、それは、ちょっと………」

 

 

 わかっていた事だが、ナナは暴力に至るまでのプロセスが短い。線引きはあるのでシャルロットたちに向かう事はないだろうが、頼もしい反面恐怖である。

 けれど、少し前の演技をしていたナナよりも、歯に衣を着せない物言いはスッと胸の奥まで届いた。

 

 

「ねぇ、ナナ。偶に君が大人っぽく見えるんだけど、本当に同じ歳?」

 

「さぁな。こちとら歳なんて気にした事ねェからな」

 

「ぅわぷっ⁉︎」

 

 

 話は終わりだ、とばかりに投げ渡されるブランケット。早く寝ろと言う事らしい。それでいて自分はO.V.E.R.S.の資料に再び視線を落としているのだから、全くもって不器用で素直じゃない。

 

 

「それじゃあ、おやすみ。ナナも早く寝るんだよ?あんまり夜更かしするなら、楯無さんに報告するからね?」

 

「All right All right。このページを読ンだら寝る。だから報告はするな」

 

 

 ひらひらと手を振ってそう答えるナナ。それに満足したように悪戯っぽく、くすりと笑うとシャルロット。

 横になって瞼を落とす。少しだけ気の晴れた心はきっと、良い夢を見せてくれるだろうと信じて。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 飛行機に揺られて約14時間。降り立つのはドイツ、ベルリン・ブランデンブルク国際空港。

 専用のタラップを降りた一行を待っていたのは、鉄の規律を具現化したような軍装の一団だった。その中心に立つのは、鋭い眼光を放つ女性クラリッサ・ハルフォーフ。ラウラの所属する黒ウサギ部隊、その副官である。

 

 

「お待ちしておりました、教官、隊長」

 

 

 クラリッサの敬礼に合わせて、背後の部隊員全員が揃って敬礼を。統制された動きは見事の一言で、ある意味威圧的。びくり、と肩を跳ねさせた一夏とシャルロットが一歩引いた。

 

 

「織斑先生と呼べ………いや、お前は生徒じゃないか。なんでもない」

 

 

 反射的に千冬がそう返すが、よく考えればここは学園でもなく、相手も生徒ではない。寧ろ、指導経験の過去を考えれば教官呼びが妥当かと思い改める。

 余計な事に頭を悩ませるくらいには、既に疲れている。せっかくドイツに来たのだから、ソーセージ片手にビールを飲んでも許されるのでは?と現実逃避してしまうくらいの疲労だ。

 

 それもこれも、暗躍する亡国機業と他国の調査機関のせいだ。今は様々な枷に縛られているが、それが解けたら思う存分暴れてやることを固く決意していた。

 

 そんな千冬はさておき、いつも通りの光景に動じることなく、ラウラは答礼を。

 

 

「うむ。元気で何より」

 

「隊長もお変わりなく………それで、そちらが」

 

「あぁ、シャルロットと私の嫁、そしてもう1人の男性操縦者のナナだ」

 

「おお、やはり!」

 

 

 けれども、やはり女子というべきか、女3人寄れば姦しいと言うべきか、気になる話題であればすぐに飛びつくもので。ラウラの言葉に確信を得た黒ウサギ部隊の面々は口々に隣と囁き合う。

 

 

「やっぱり、あの子が………うん、良い男!」

 

「私はナナくんの方かな。あの蔑むような視線がもうっ‼︎」

 

「私はやっぱり千冬お姉さまがいい‼︎」

 

「ラウラ、こいつらいつもこンな感じか?」

 

「あぁ。頼もしいだろう?」

 

「肉壁って意味ならな」

 

 

 先程までの張り詰めた雰囲気はどこへやら。小声ではあるが、それが全員となれば十分な声量。IS学園にも似た雰囲気に、少しばかりげんなりとするナナ。その姿に目をつけたのがクラリッサだ。

 

 

「貴殿、少しよろしいか?」

 

「あ?なンだよ。テメェのトコの隊長様に、余計な虫が付くのが嫌なのか?」

 

 

 挑発的に口角を上げ、高い上背を使ってクラリッサを見下ろす。誰が信用できるかわからない現在、ラウラの部隊であろうと警戒対象。万が一の場合に備えて逃走経路と、どう動くべきかを頭の隅に置いておく。

 

 けれど、ナナの予想とは裏腹に、クラリッサは少し恥ずかしげに、視線を彷徨わせた。

 

 

「いや、そんな事は………その、一つだけ頼みがあるのだ」

 

「頼みだァ?」

 

 

 軍から直属の依頼など経験はないが、既に感じる面倒な匂い。素性がバレていない以上、殺しの線はないだろうが、最悪の場合を想定しておく。

 覚悟が決まらないのか、視線を右へ左へ移動させるクラリッサ。けれど、意を決して、腰のポーチからあるものを引き抜く。

 

 

「これに、サインを頼みたい‼︎」

 

「………………………は?」

 

 

 すわ戦闘か、と警戒を露わに腰を落とすナナ。けれど、クラリッサの差し出した物を視界に入れてその動きが固まる。差し出されたのは、色鮮やかな表紙に美化された男たちが絡み合う、例の忌まわしき本だ。しかも、よく見れば表紙は手垢がつくのを防ぐために厳重にラミネート加工されている。

 

 

「この本は私……いや、私たち黒ウサギ隊に新しい扉を開けてくれた、聖書(バイブル)なのだ! 特に従軍記を彷彿とさせる後半の展開は涙なしには読めなかった! 織斑一夏、貴殿にもサインを願いたい!」

 

「え? サイン? 有名人の色紙みたいなもんか? いいけど、何の話だ、これ?」

 

 

 副隊長ずるい、私も私も‼︎と盛り上がる黒ウサギ部隊の面々。何も知らない一夏が能天気にペンを取り出そうとするのを、ナナは全力でブロックした。その顔面は、かつてないほど引き攣っている。

 

 

「知らなくて良い、向こう行ってろ……! おいラウラ、テメェ、何を輸出してやがる! 規律はどうした規律は!」

 

「うむ。部下の士気高揚に役立つと判断してな。実際、クラリッサの動きは以前より鋭くなったぞ」

 

「違う意味で研ぎ澄まされてンだろーが!!」

 

 

 Cool Japanに毒されてンじゃねェ‼︎と言う叫びが虚しく、ドイツの空港に響くのであった。

 

 

 ーーー暫くして、空港の一幕の後。

 一行はドイツ軍黒ウサギ部隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の待機所へと。道中の軍用車両の中でしつこくサインをねだられたナナは目が死んだが、逆に言ってしまえばそれくらいの被害。その手の話題には千冬も深く突っ込まず、任務に支障がないのならと静観しているので救いの手は期待できない。

 

 

「それで隊長、織斑一夏との進展は?」

 

「見ての通り、もはや嫁と私は一心同体。クラリッサを初め、お前たちの的確なアドバイスのおかげだ」

 

「いや、違うって‼︎ラウラとはっ、その、夫婦とかじゃなくてだな………」

 

「なるほど。夫婦以上の関係、と言うことですな」

 

「だから違うって‼︎」

 

 

 ナナにとって忌まわしき本を輸出した張本人は、今現在部隊の仲間たちと談笑中。顔を赤くした一夏の隣に座り、胸を張るラウラ。あの野郎、覚えておけよと内心で呪詛を送っていれば、ナナの隣でくすりとシャルロットが笑う。

 

 

「あ?どうした?」

 

「ううん。ただ、初めの頃のラウラとはだいぶ印象が違うなぁって」

 

 

 そう言われて確かに、とナナも思い出す。あの抜き身のナイフもかくやとばかりの鋭い眼光。尊敬する千冬以外全てを見下し、淡々と物事をこなす機械としてのラウラ。

 

 それが今や仲間たちと談笑し、一夏の反応に一喜一憂する十代の乙女としての姿。ナナ自身も昔と比べて変わったと思えるが、それはラウラにも言えることだろう。

 

 

「部屋の中でも可愛いんだよ?最近だと、ホットココアが好きみたいでね」

 

「何⁉︎それは本当か⁉︎」

 

「うわっ⁉︎」

 

 

 いつの間にやら、ラウラの隣に居たはずのクラリッサがシャルロットの目の前にいる。瞬間移動か、と疑われるレベルの移動術。その真剣な眼差しにさしものナナも引いていた。

 

 

「ホットココアか………至急、用意しておこう。他には隊長の好みの品はあるだろうか?」

 

「え?えーっと………」

 

「………オイ、クラリッサだったか?テメェのトコの隊長の好みくらい、知らねェのかよ?」

 

 

 そんな何気ないナナの言葉。けれど、それはクラリッサにとっての地雷である。ぐさり、とナイフで心臓を串刺しにされたような悲痛な表情。たっぷり五拍ほどの沈黙の後、観念したように口を開いた。

 

 

「…………恥ずかしい話だが、以前の隊長は氷のような人でな。会話は必要最低限、ISの操縦技術向上にしか目的のない人だったんだ」

 

 

 まぁ、そうだろうな、と言うしかない。それはナナもシャルロットも知っている事であり、予想できることだ。

 

 

「それこそ、好みの品の話などした事もない。そんな隊長も尊敬していたし、部隊の皆もその後ろ姿を追いかけて邁進してきた。しかし、な」

 

 

 ちらり、とクラリッサが横目で視線を投げかけるのはラウラ。学園でのあれやこれ、自分がどれほど一夏を愛しているのかと声高々に謳うラウラに、以前の面影はない。

 

 

「初めて通信で、気になる男ができたと相談された時は、今でも覚えている。あれほどの衝撃は二度とないだろう」

 

 

 IS学園へと転入してから、ラウラは変わった。生来の生真面目故に暴走してしまう所は変わらないが、けれどその興味はIS以外にも向けられるように。

 特に一夏への好意の向け方は凄まじい。クラリッサも部隊の副官としてではなく、1人の女として応援したくなるほどの熱量。以前の氷のようなラウラも、もちろん好ましい。けれど、今の陽だまりのようなラウラの方が、クラリッサとしては好きだ。

 

 

「副官として、お二人に感謝を。これからもラウラ隊長のご友人として、良い関係を築いていただけるようお願い申し上げます」

 

 

 深々と下げられた頭にどうすればいいのかわからず、シャルロットは照れて頭の後ろを手をやって、ナナは視線を逸らして頬を掻く。2人ともこういった手合いにはめっぽう弱い。何せ、感謝されるようになったのはここ最近の出来事。この2年間で心に負荷をかけ過ぎたシャルロットも、IS学園に来るまで感謝される経験のなかったナナも、対処法を知らなかった。

 

 

「えーっと………はい。ラウラは僕の友達、ですから」

 

「偶に暴走するけどな。テメェらに輸出した本なんて最たる例だ」

 

「それは暴走ではなく、布教というべきだ。部隊内では知らない人間などいないぞ」

 

「God damn‼︎」

 

 

 車内に響く、ナナの絶望の叫び。

 かつて氷の美少女と恐れられた少女が、今では陽だまりのような笑みを浮かべて仲間に囲まれている。

 その光景は間違いなく平和そのものだったが、引き換えにドイツ軍の精鋭たちが別の何かに目覚めてしまった代償は、ナナの精神を削るには十分すぎた。

 

 明日には、シャルロットの故郷であるフランスへと向かう。

 そこで待つドロドロとした陰謀や、重苦しい空気を思えば、このカオスな笑い声さえも今のうちに噛み締めておくべき贅沢品なのだと、ナナは自分に言い聞かせるしかなかった。

 

 

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