「ーーーって感じだ。悪イな、逃しちまって」
「そうか………逃した事は、まぁいい。アレは逃しても仕方がない」
その日の夜。
シャルロットのISが新しくなったからすぐに出発、というわけにもいかず、少なくとも一晩は新たなISリィン=カーネイションの点検を行わねばならない。
それならば、とアルベールが貸してくれたマンション。無機質なコンクリートで打ち据えられた八階建のそれは、外見とは裏腹に中身は大幅に改造。
廊下に敷き詰められた絨毯や、おしゃれな照明など、一流のホテルとも見間違う内装に思わず舌を撒く。
昼間の騒ぎ、そしてシャルロットの専用機の点検もあって社員総出に事にあたっているらしく、ナナたち以外に誰もいない。
人目がない事をいい事に、ナナと千冬は廊下のど真ん中でことの経緯を話し合っていた。ふかふかの絨毯が足音と共に沈み、より一層静けさが増す。
「にしても、驚かねェンだな。知ってたのか?」
「クロエのことか?名前までは知らなかったが、過去に学園がハッキングされた事があるだろう?その首謀者だ」
「なるほどな。本来の土俵は電子戦ってことか」
そんな相手に自分はやられたのか、と苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるナナ。熱の壁などで必死に抵抗していたが、向こうからすれば本気ではなかったのだ。悔しさや怒り以前に、その性能の良さが腑に落ちない。もう少し粘れば弱点を見つけられたかもしれないと思うと、安易に逃した選択が悔やまれる。
無意識のうちに首輪へと手を当てる。冷たい鉄の感触が指に伝わり、それがまだやれたとIS自身が抗議しているようだった。
「………あのクロエって野郎、容姿がラウラに似てたが心当たりはあるか?」
「…………以前、
ああ、と千冬の口から出た言葉を脳の奥から引っ張り出す。究極の人類を生み出すなどと謳う、狂った計画。その結果生まれたのが千冬と一夏、そして亡国機業のマドカとナナ自身だという話だったはず。
「………まさか、ラウラも同じくだって話か?」
「計画の内容は違うがな。だが、技術が流用されてるのは間違いない」
「ハッ、ろくでなしってのは案外、世間に蔓延ってるモンだな。言えた義理じゃねェがな」
自身の生き方が真っ当だとは口が裂けても言えないが、その計画に携わった連中だって変わりない。最初と変わらず、やはり生まれなど気にしていないナナの姿勢に千冬はため息を。
自身の最大の負い目を、ろくでなしの連中が生み出したのだから、ろくでもない生き方をしてきたのだと慰めに使われているのだ。ため息のひとつだって漏らしたくなる。
「はぁ………更識から連絡はあるか?」
「ああ、ほらよ」
なんでもない、とばかりに投げ渡されたケータイ。それを難なくキャッチした千冬が、画面に映されたメールに視線を落とす。そして、次の瞬間顔を顰めた。
何せ文面が殆ど愛の告白。ポエムにも似たそれを読み続けるのは中々に辛い。甘ったるい単語が連なり、画面から砂糖が零れ落ちそうだ。
これを素で送る人間がいるなら、世界はもう少し平和だろう。
「オーウェン、一応聞いておくが…………」
「暗号化されてるに決まってンだろ。じゃなきゃ脳みそが溶けたような文面、誰が書けるかよ」
呆れるように肩を竦めるナナに、千冬は安堵のため息を溢す。暗号化されていると信じていたが、万が一を想像して胃が痛くなっていたのだ。
「それで、なんと?」
「調整にもう暫くかかるってよ。作戦には間に合わせるって話だが、どうだろうな?」
「間に合わせるように言っておけ。最悪、作戦自体には間に合わんでもいい」
「OK OK、伝えておくよ」
それはつまり作戦後、亡国機業の相手をすると言う事。それまでに間に合えば、もっと言えばギリギリまで到着を伏せておけば強力な手札となる。楯無のメールにも負けないくらい、甘い甘いポエムに似せた暗号。それを打ちながら、ナナはちらりとひとつの部屋に視線を寄越した。
「ンで、あの野郎は吐いたのか?」
ナナが言うのは捕縛した亡国機業のオータム。京都に続き2度目の捕縛となるが、今のところ前回の様にスコールが回収しに来るような気配はない。ならば存分に内部情報を唄ってもらおうと期待していたが、ゆるゆると千冬は力なく首を横に振る。
「小生意気な口を叩くだけだ。今は拘束して転がしている」
「オレに任せるか?口以外を刺身にしてやりゃ、死体だって唄いだす」
薄く笑ったナナの言葉に、再び千冬は頭を横に振る。
今作戦に置いて、後ろ暗い事を頼んでいる自覚はある。けれど、捕虜の拷問だとか尋問だとかは大人の役目。せっかく表を向けるようになったナナを、再び裏に沈めたくないと言う教師としての我儘だ。
「いらん。それは私の役目だ」
「そうかい。なら、お手並み拝見させてもらおうじゃねェか」
片手間でメールを送信して、ナナが唇の端を吊り上げる。ちらり、と揺れるドボン太くんのストラップ。楯無とのデートを邪魔されて、挙げ句の果てに宇宙へ飛んで
亡国機業はもちろん、米英政府にも向けたそれは、ちょっとやそっとでは鎮まらないだろう。
「はぁ………気持ちはわらかんでもないが、落ち着け」
「安心しろよ、墓場の死体にだって負けないくらい、オレは落ち着いてるぜ。引き金を引く指先ひとつ、振るえることはねぇ」
「それを落ち着いているとは言わん」
その頭頂部に遠慮なく拳を落とされて、ナナは蹲る。
これが楯無と離れた影響なのか、それとも裏に踏み込み過ぎた影響なのか、千冬には理解できない。これが頼り過ぎた末路だと言う理性の囁きが、千冬の脳内に嫌に響いた。
「はぁ………オーウェン、暫く休め。織斑の面倒含め、私が見ておく」
「オイオイ、そいつァ無理な相談だ。一度受けた依頼を捨てるマネ、できるわけーーー」
「もう一度言う。休め」
有無を言わさない、千冬の圧と視線。それにすぐ様従うことはなかったが、梃子でも動かないと理解したのだろう。ため息を溢して肩を竦めたナナが踵を返す。
「OK OK、女王様の命令のままに………ったく、アレコレ指示を出した上に休めなンざ、随分と扱いてくれるじゃねェか」
「悪いな。しかし、昔とは違い、今は周りを頼ることを覚えろ。何でも1人でこなすことはない」
「ヘイヘイ、それができるならな」
ラウラたちが護衛や警戒を疎かにしている、とは言わない。けれど、ナナからすれば手間が多いと感じてしまうのだ。アクションを起こされるよりも早く、永遠に沈黙してもらえば危険もなにもないだろうと。
それを口にすればどうなるか、想像できないほど愚かではない。黙って口のチャックを閉めて、ナナは用意された部屋へと歩き出す。
その後ろ姿が廊下の奥へと消えるのを確認すると、千冬もまた動き出す。向かう先は食堂だ。恋敵がいない今、ナナに煽られて一夏に手料理を振るうのだと息巻くラウラと、それに付き合わされている一夏の確認のために。
ナナの精神状態もそうだが、そちらもそちらで心配だ。主に一夏の胃腸的な意味で。憂鬱な千冬の心情とは裏腹に、歩くたびに踏み締める絨毯はどこまでも柔らかであった。
◇◆◇◆
翌日の朝。
シャルロットの機体の点検と整備も突貫で終わらせ、デュノア社のプライベートジェットに乗って一行はイギリスへ。機内で渡された今朝の朝刊の一面記事は『フランスの聖女、ジャンヌダルクの再来。世界初、デュアル・コア搭載のリィン=カーネイションとシャルロット・デュノア‼︎』と大々的な謳い文句とシャルロットの写真が。
英雄然とした、アリーナでの記録写真は凛々しいもので、思わずナナの口角も固まってしまう。
「こいつァ、随分とまた………」
「……え?嘘っ⁉︎手の込んだ悪戯とかじゃないよね⁉︎」
シャルロット自身も知らないことだったのだろう。偶々目に入ったのか、ナナの手から新聞を引ったくると記事に目を通す。それがフェイクニュースではないとわかると、へなへなと通路にへたり込んでしまった。
なんだなんだ、と疑問を浮かべる通路を挟んだ一夏に、ナナが丁寧に説明を。あー、と溢した言葉は同情か、それとも慰めか。それは漏らした張本人である一夏にもわからない事。会社の宣伝のため、と言う事はシャルロットも理解できることであるが、せめて一言報告が欲しかった。
「うう………暫く外歩けないよ………」
「えっと………カッコよく撮れてるじゃないか?」
「そう言う問題じゃないの‼︎」
まぁ、そうだろうと一夏は思う。
いくらシャルロットとアルベール、その距離感が父娘のものでなく会社の上司部下のものと明確になったとしてもこれは酷い。年頃の女子にしていい仕打ちではないだろう。
シャルロット本人としても、どうせ撮られるのならもっとばっちり決めていたし、それこそ好きな人の目に入る可能性があるのなら確実に決め込んでいる。それを何の相談もなく、報告もなく実行したアルベールにシャルロットの右拳が震えた。
「にしても、シャルロット。聞いた話じゃ、
くつくつと喉奥で笑って、揶揄うように眉尻を上げるナナ。その言葉に、シャルロットは握り拳を解いて少し苦笑い。自分でもあそこまで言うつもりはなかったのだ。
「まぁ、うん………でも、半分くらいはナナのせいだからね?」
「
それは随分な責任転嫁だ、と眉を顰めるナナに、一夏も何となく話が読めたのだろう。納得がいったとばかりに、再びあー、と声を漏らした。
「なるほどなぁ………どんな感じだったんだ?」
「うーん………殴る手伝いはしてやる、って言われたよ。お金次第で」
「だよなぁ」
うんうん、とわかってますとばかりに頷く一夏。シャルロットもまさか共感してくれるとは思わず、けれど思い人が共感してくれた事実が恥ずかしくて頬を赤く染める。ついていけないのはナナだけだ。
「オイ、オイオイ。なンの話だよ?」
「ナナの励ましで、シャルロットは前に進めたって事だろ?」
「うん、そうだね。前までなら、なあなあで済ませてたかもしれないから………だから、ありがとうね、ナナ」
ナナからすれば覚えはあるが、そこに激励なり相談なりを受けたつもりはない。ただジメジメと鬱陶しいからケツを蹴り上げたようなものだ。
だからこそ、この感謝に戸惑うし、不愉快よりも困惑と気恥ずかしさが勝ってしまう。視線を逸らして首に手を当てると「…………おぅ」と小さく返した。
素直じゃない反応に、2人はくすりと笑う。それが余計に気恥ずかしくて、誤魔化すように首のISに触れながら話題を逸らす。
「チッ………それより、
「ラウラなら料理本読んでるぞ?」
一夏の言葉に数秒の沈黙。そして、意味を理解したナナは顔を覆って天を見上げた。理由はわからないし、知りたくもないが、少なくともこの男が100%関わっていると察したからだ。
「え?何があったの?」
「いや、昨日一緒に夕食作ってたんだけどさ、途中で千冬姉が様子見に来て、もう少しまともなものはできないのかって言われたのが、引きずってるみたいで………」
一夏の言葉は半分正解で半分誤り。
事実は栄養だけ取れれば良いと、軍人思考のラウラの料理を見た千冬が「もう少し見た目にも気を遣え」とアドバイスしたのが始まり。
尊敬する教官の一言に胸を刺されたが、胸を押さえて足腰を震えさせながら「で、ですが!味が良ければ!それに、夫婦は欠点を支え合うものです!」と反論。「そうかもしれないが、欠点を直す努力はしろ。それを疎かにした結果が離婚だ」とカウンターパンチを喰らって今度こそKOと相成ってしまったが。
名誉挽回、汚名返上するべく努力するラウラの姿は眩しいもの。けれど、今ではないだろうとツッコミを入れたい。
「はぁ………シャルロット。悪ィが止めてやってくれ。天使がラッパを吹く前にする事じゃねェ」
「そうだね………それじゃあ、また後でね」
ひらひらと手を振って2人に別れを告げると、シャルロットは前の座席へと。ラウラの座る席へと身を乗り出して、今作戦へと意識を戻し始めた。
千冬には休め、と言われているが、はい分かりましたと素直に頷くようなナナではない。オータムの尋問や移送等は千冬の領分のため諦めているが、それ以外で目を光らせる。
最終確認とばかりにO.V.E.R.Sとエクスカリバーの資料に再び目を落とし、そしてすぐに隣からの視線に気がつく。何か期待を込めた、ナナからすれば鬱陶しい視線は止む事はなく、そして我慢の限界が来たナナは資料から視線を外さずに問いただす。
「はぁ………なンだ、一夏?エサはやらねェぞ」
「野良猫かよ、俺は………いや、なんか手伝えることないかなぁって」
「ねェよ」
取りつく島もないとばかりに、息もつかせぬ一刀両断。わかってはいたが、容赦のない反応にがくりと一夏は肩を落とす。
「で、でもさ、休めてないだろ?」
「テメェがラウラといちゃついてる間に休ませてもらったよ」
ぐさり、とナナの嫌味が一夏の胸に刺さる。単に自身が楯無と離れ離れになっている八つ当たりなのだが、そんなこと知るよしもない。胸を押さえて蹲る一夏に、ため息を漏らしてナナはそちらに視線をやった。
「一夏、別にお前が邪魔だってわけじゃねェ。テメェの仕事はここじゃねェって言ってンだよ」
「うぐぐ………でも、俺は何にもしてないだろ?」
「ラウラやシャルロットの相手してンだろ」
もしラウラとシャルロット、二人同時に面倒を見ておけと言われたら今頃ナナは潰れていただろう。それを考えれば、片方だけでも負担してくれる一夏の存在はありがたい。例え、一夏自身がトラブルホイホイだとしても、一定の感謝はしている。
それでも納得がいってないのか、不満げに顔を逸らす一夏にナナは仕方がないと薄く笑う。
「安心しろよ。作戦が始まれば嫌でも働いてもらう。テメェの仕事はそこからだよ」
「………ああ、わかったよ」
納得はいかないが理解はしたようで、不承不承頷く一夏。家族などいたことのないナナであるが、弟がいればこんな感じなのだろうと頭の隅で考える。
もっとも、織斑計画から生まれた被検体同士。あながち間違いではないのかもしれないが。
「ん?あれ?そう言えば千冬姉は?まさか操縦席………とかじゃないよな?」
「あぁ、今頃オータムの奴を
千冬は現在機内の後方、普段ならばCAが使う休憩室で楽しくお喋りと洒落込んでいる。内容やどのような事が行われているか、ナナすら知らない。けれど、五体満足で済めば御の字だろうと予想していた。
深く突っ込めば血みどろの話になるとわかったのか、「へ、へー………」と曖昧に返事して窓の外へと視線を移す一夏。本能的に危険を察知できる、ある種長生きするタイプである。
『アテンションプリーズ。本機はまもなく、イギリス国際空港、ロンドン・ヒースローへと到着します。乗客の皆様におかれましては、安全ベルトの着用をお願いします』
機内に流れるアナウンス。落ち着いた声色で流れたそれに、全員が軽く反応した。ようやくイギリスへ降り立つのだと。作戦が本格的に始まるのだと意識が切り替わる。
ちらり、と窓の外へとナナは視線を向ける。
暗い雲に覆われたロンドンは、ちらほらと雪が舞い落ちる。寒くなりそうだ、と少し憂鬱な気持ちを抱え、窓の外の暗雲を睨むのであった。
◇◆◇◆
「うわっ、寒っ‼︎」
空港到着後、専用タラップを用いて空港内へと移動。底冷えする寒さが防寒対策を怠っていた一夏を襲う。思わず両腕で自分の身体を抱く一夏の背後から、コートが被せられる。
「わぷっ⁉︎」
「ったく………何してンだよ。人間辞めて氷像にでもなるつもりか?」
皮肉全開であるが、一夏を思っての行動。相も変わらない不器用さに、一夏は苦笑い。それを面白くないと見つめるのはシャルロットとラウラである。
「…………アレでよくあの本を否定できるよね」
「うむ。クラリッサが言っていたが、やはり恋愛にもカモフラージュがあるらしいな」
「オイ、そこ。クソみてェな妄想垂れ流してンじゃねェぞ」
背後から聞こえてきた声に牽制をかければ、2人揃って明後日の方向を向く。けれど、ラウラたちの言葉は真実であり、時折見せるナナと一夏の距離の近さのせいで本が厚くなるのだ。
それが原因だとは露知らず、納得いかないと鼻を鳴らすナナ。そして、シャルロットたちの背後、千冬の姿を確認する。
その傍のオータムは叫ばないようにと猿轡を噛まされているが、本人にその気はないようで。なんだったら、意識もないようで。何があったのかは知らないが、どうやら相当絞られたらしい。
けれど、情報は吐かなかったようで、千冬は浮かない顔。苛立ち混じりに簀巻きにしたオータムの首根っこを掴んで引きずっている。
触らぬ神に祟りなしと、ナナだけでなく、周囲の人全員が視線を逸らしていた。
「あー………確か、合流地点にはセシリアたちがいるはずだよな?」
「あ、あぁ、そう聞いてるぜ」
「は、早く行かないと、みんなに悪いよね」
「そ、そうだな。即時行動は基本だ」
千冬の怒りの矛先が向かないように、4人揃って足早に空港のロータリーへ。その甲斐あってか、予定よりも少々早くセシリアたちと合流する事ができた。
「一夏さん!みなさん!………こほん。ようこそ、我が祖国へ」
久々の再会にぱあっと表情が明るくなったかと思えば、それを少し恥て一呼吸置く。そして恭しくカーテンシーを。その所作はさすがお貴族様と言わんばかりで、様になっているそれに思わず一夏が言葉を無くす。
「久しぶりね、あんたたち。シャルロット、フランスで随分活躍したみたいじゃない?」
「うぅ……やめてよ、鈴。せっかく忘れてた所なのに」
「ラウラ、息災でなにより」
「うむ。箒の方も………いや、元気ではないな。疲れているのか?」
「あぁ、まぁ………姉の相手をしていてな」
「このクソみてェなシステムに頼らなきゃならねェのは業腹だが……バックアップはできンだろうな、簪?」
「もちろん……任せて………」
合流を果たして、それぞれ思い思いに会話する中、不自然に沈黙を保ったままの自分に叱責をする一夏。いつもと違うセシリアの姿を見て驚いただけだと、必死に言い訳を。
けれど、何か喋ろうとしても言葉が出てこない。「あー」だとか、「うー」だとか、喃語にも似た呻きが精一杯。どうしたのか、と小首を傾げるセシリアの仕草に余計に言葉が詰まる。
ドキドキと、まるで自分のものでないように、鎮まる事を知らない心臓。千冬に怒られる時や、ナナと特訓に勤しむ時とは違う胸の高鳴りにどうすればいいのかわからない。
「あの、一夏さん?いかがされました?」
やがて痺れを切らしたのか、視線を逸らす一夏の視界にセシリアが映り込む。突然の出来事にヒュッと空気を飲み、呼吸が一瞬止まる。
いつもと違うその反応に、周囲も視線を注ぐのだから一夏の頭は混乱するばかり。どうする、どうしよう、とそればかりが頭の中でぐるぐると回り、視界が狭くなる。
やがて世界がくるくると回り出し、倒れ込みそうになるその身体をナナが支えた。
「ったく、何やってンだ………オイ、ティータイムは終わりだ。遺言は後で書いておけ」
「な、な………」
「喋ンな。疲れたンだろ?絞首台に上がるまで休んでおけ」
作戦前の緊張として誤魔化したが、それとは違う一夏の反応。色恋に自覚が宿るのはいいが、流石に今はやめてくれと言うのがナナの本音。作戦前に仲間割れが起きるのは、心の底から勘弁して欲しいのだ。
専用機持ちたちからの訝しむ視線を無視して、一夏に肩を貸しながら用意されていた軍用車両に乗り込む。作戦前から始まる面倒ごとに、頭が痛いと幹部を抑えるナナであった。