IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

7 / 52
6話

 

 

 ちゅんちゅん、と朝を告げる鳥の声がナナの耳に入る。もう朝が来たのかと口の中で転がし、欠伸をひとつ。睡魔はないのだが、気持ち的な問題だろうと首を鳴らす。

 

 鳥が朝を告げる2時間前には起床し、自由行動が許されていない身としては漸く動ける時間である。元来、睡眠時間は多くて4時間、短ければ1時間未満で活動してきた身。そも、今まで安眠できるような環境ではなかったのだ。普段ならば依頼のための移動や準備にかける筈の時間は、そのまま座学の時間へと割り当てられた。

 

 睡眠学習で知識は多少あるとは言え、他よりも二歩も三歩も遅れている身。不純な動機ではあるが安いプライドに傷がつくため、こうして教科書を読み漁るようになったのだ。

 

 教科書を閉じ、そのままカバンへ。そろそろ同居人が起きる時間である。音を立てず、滑るようにして移動したナナはベッドの中へ。狸寝入りを決め込んだと同時にアラームがなった。

 

 

「うーん………」

 

 

 しばらく鳴ったアラームを止め、隣のベッドの更識楯無が目を覚ます。寝ぼけ眼を擦りながらナナの存在を確認すると、そのまま洗面台へ。シャワーの流れる音を確認してナナは身体を起こす。

 このひと月で慣れたのだろう、隙をよく見せるようになった楯無。襲われる心配をしていないのか?と疑問を覚えるが、相手は国家代表にして学園の生徒会長。襲われた所で返り討ちにできる自信があるのだろう。ナナ自身、全く持ってその通りなのだと思っているのだが。

 

 さて、今のうちに身支度を整え、忘れ物がないかのチェックを。忘れた時の千冬の怒りが怖いのもあるが、何よりこう言った所を真面目にしておけば一夏への好感度はキープできると目論見を立てているからだ。お陰で周囲からは雰囲気や言葉遣いはさておき、真面目な生徒として認識されているのである。無論、千冬は警戒を一ミリたりとも緩めてはいない。昨夜も一夏と共に大浴場を使おうとしたのだが、それよりも早く呼び出しをくらい雑務を押し付けられたのだ。

 

 一夏も一夏で姉の言うことには従う姿勢を見せているので、千冬からの信用は急務。だが難易度が高すぎるのも事実である。やはりISでねじ伏せるくらいの実力差は必要かと考えを纏めていればシャワー室の扉が開く。

 

 

「ふぅ………あら、おはよう」

 

「………ああ」

 

 

 濡れた髪をタオルで拭きながら出て来た楯無。少しだけ紅葉した頬と肌着のみの姿に、ほんの少しだけドキリと心臓が跳ねる。裏社会に生きていたとは言え、ナナも年頃の青年。薄いとは言え、そう言った感情がある事に自身でさえ驚いている。任務終了後、自身は変わらず裏社会に戻れるだろうかと疑うくらいには。

 とは言え、最優先事項は一夏のデータの確保。そして自身の自由だ。その為ならば楯無を踏み台にすることに忌避感はない。

 

 

「毎朝早いわね。ちゃんと寝てるの?」

 

「no problem。テメェこそ、夜遅すぎンじゃねェのか?」

 

「このくらい何ともないわよ」

 

 

 実際、生徒会の仕事やナナの現状報告、そして更識家当主としての仕事。どれも膨大ではあるが、今のところ緊急性の高いものは少ない。それに、自身の右腕である布仏虚のサポートもあり問題はないのだ。

 そんな事情は露ほども知らないが、本人がそう言うのだ。「そうかい」と言葉少なに話を切ると腰を上げる。向かう先は食堂である。今の時間であれば千冬の監視のもと朝食にありつけ、尚且つ楯無も朝の準備を進められる。規則正しい、なんとも素晴らしい生活だと何度目になるかわからない皮肉を心の中でこぼす。

 

 廊下に出ればどこからか聞こえる喧騒の声。声からして箒と一夏、そしてラウラである。これはまた、朝から元気な事だとまた皮肉を。死ぬことはないだろうが、怪我をしたらその血液サンプルをどこかで拾えないだろうかと考えながら食堂へと向かうのであった。

 

 

「朝から酷い目にあった………」

 

「HAHAHA、世の男からすれば喜ばしい事だロウ?」

 

「なら変わってくれよ」

 

「No thank you。命が惜しいヨ」

 

 

 学食で食事をとっていれば時間と共に一夏が合流する。その後ろには当然のごとく箒とラウラがいた。どうやらいつの間にやら一夏のベッドに潜り込んでいたラウラ。それも裸でいたのだから一夏も大慌て。その現場を箒に見られての騒ぎだったらしい。

 トーナメント以降、一夏へ好意を寄せるようになったラウラ。一夏は私の嫁だと公言する彼女に羞恥心と言う言葉はないらしい。そこに裏の目的はないようではあるが、本国はそうもいかないだろう。子を身籠るように指示されてもおかしくはないと暫く目を光らせていたのだが、この様子を見る限り心配はないと考えている。

 例え子を宿し、本国へと帰還するよう命じられてもこの調子ならばそれを断り、意地でも一夏の側にいる事は想像に容易い。

 

 余談ではあるが、トーナメント後にナナはラウラから謝罪を貰っている。主にトーナメント戦や日頃の横暴に対してだ。これはナナに対してだけでなく、クラスメイト全員に行われており、あまりの変わり様に全員が首を縦に振るしか出来なくなっていた。

 邪魔だ邪魔だと散々言われ、妨害も多々されたがナナ自身そこまで気にしていない。と言うよりも、眼中にない。最終目的のために和解する事など、苦でもなんでもないのだ。

 

 

「それよりも篠ノ之、また一夏に暴力かイ?言葉によるCommunicationはどこにいったのカナ?」

 

「む………それは、ついカッとなってだな」

 

「Nonネ。暴力的なのは男女問わずして嫌いだヨ。ねぇ、一夏?」

 

「ん?まぁ、そうだな」

 

「うっ………その、すまなかった」

 

「お、おう。なんかしおらしい箒ってのも珍しいな」

 

「一夏。youはyouで一言余計ネ。親しき仲にもレーギあり、なんだロウ?」

 

 

 言外に箒も箒だが一夏も一夏である、と告げれば2人して罰が悪そうな顔を。そうしていれば、今までパンを食べていたラウラが何かに納得したように「ふむ」と声を出すとナナに視線を向ける。

 

 

「ひとつ聞きたいのだが、いいか?」

 

「なンだイ?」

 

「一夏を振り向かせるにはどうしたらいい?」

 

「HAHAHA………Why?」

 

「ん?聞こえなかったのか?一夏を嫁に迎えるにはどうすればいいのか、と聞いたのだが?」

 

「OK、自分の耳がnormal(正常)なのは確認できたヨ」

 

 

 なぜ自身にそんな事を聞くのか。そんな言葉を在らん限りの罵倒と共に繰り出したいが、それはぐっと抑える。動揺する箒も、変な事は言わないでくれと懇願の視線を送る一夏も、この際無視する事にしたナナ。朝から頭が痛いと両手で頭を抱えながら心の中で神を罵倒する。なぜこんな馬鹿をこの世に生み出したのだ、という具合に。

 一頻り罵倒し、冷静さを取り戻すとため息をひとつ。ナナ・オーウェンと言う人物に気持ちを切り替えてラウラの質問へと向き合う。

 

 

「Ahh、ボーデヴィッヒ。なんでそんな事をオレに聞くのカナ?」

 

「恥ずかしい事に、今まで私は軍にいたからな。男女の機微というのに疎い。その点、キサマは慣れているだろう?」

 

「人並みにはネ」

 

 

 主に裏社会で培った技術なのだが。主にターゲットに近づくためにどの様な人物が好まれるのか、また周囲の人間にどう映るのか。それが出来なければ殺しを生業とする事ができず、自然と感情の機微には敏感である。無論、理解し難い事も多々あるのだが。

 

 

「副官であるクラリッサにも助言は貰っているが、助言は多い方が良い」

 

「ああ、そう………。一夏、君はどンなladyがタイプだイ?」

 

「それをここで聞くのか⁉︎」

 

 

 いつもなら騒がしい朝の食堂も、今この時ばかりは静かなもの。誰も彼もが聞き耳を立て、側にいる箒さえ同じ様にして一夏の好みを探ろうとしていた。当の本人は答えられるわけがない、と騒ぎ立てているが周囲からの圧にそろそろ屈しそうである。

 なんとか穏便にこの場を切り抜けられないものか、と思案する一夏に救いの手を差し伸べたのは、他でもないラウラであった。

 

 

「嫁がどんなタイプが好きだろうと関係ない。私の色に染めるだけだ」

 

 

 ぽかん、と。そんな擬音がぴったりはまるくらいには、聞き耳を立てていた全員の口が開いた。あまりの男らしい発言に逆に恥ずかしくなってしまう始末である。

 

 

「Ah……OK。そのままattackすれば、大丈夫だヨ」

 

「うむ、やはりそうか」

 

「オイ‼︎」

 

 

 一夏の抗議の声が聞こえるが、どうしろと言うのだ。ここまで確固たる自我を持つ人間を諦めさせる術を、ナナは知らない。馬鹿馬鹿しいと心の中で吐き捨て、席を立つ。助言を得たなら即行動、朝食を食べさせようとするラウラと、それに対抗して自分もと一夏との距離を詰める箒。恨めしげな一夏の声が聞こえたが、努めて無視する。これ以上付き合ってられないのだ。

 

 

「わああっ!ち、遅刻っ………遅刻するっ………!」

 

 

 部屋へと戻る道中、珍しく慌てた様子のシャルロットとすれ違う。どうやら寝坊したらしい。自身と同じ真面目な生徒として通っているのに珍しいものだと思いながら、今の食堂は騒がしい。大人しく食事にありつけるものとは思わない方が良いだろう。まぁ、度を過ぎれば千冬の一喝が飛んで静かになるだろうが。

 

 自室に戻れば楯無の姿はない。別棟である2年寮へ朝食を取りに行ったのだろう。だからと言って自由があるわけではない。部屋にある複数の監視カメラがある限り、羽を伸ばす事は不可能なのだ。それでも隙というのはあるのだが。

 流石にプライベートまで覗くつもりはないのか、シャワー室とトイレにはカメラはない。洗面台に行き、服の裾から取り出したのは小さな紙切れ。そこに書かれているのは仕事仲間とのやり取りだ。

 

 なんとか首輪の爆弾を解除できないものかと望みをかけていたのだが、現状それは不可能だと判明した。ISのネットワークの侵入は勿論だが、学園自体独立したネットワークを使用しているためハッキングは不可能。出来たとしても最先端のファイアーウォールがそれを阻むのだ。

 唯一内部からバックドアを作成すればいけるかもしれないが、清掃員という立場上それも難しい。機を見て行うつもりらしいが、少なくとも数ヶ月単位先の話であるとのこと。

 

 当初の予定通り、一夏のデータを得なければ自由となれない事が判明したのである。落胆はあるが、サブ案が潰れただけだ。気を取り直し、監視カメラを誤魔化すように顔を洗う。それが終われば後は授業に出るのみ。カバン片手にナナは、自身の目的を再確認し授業へと望むのであった。

 

 

 余談ではあるが、シャルロットは結果として遅刻。それに加え、一夏を抱えISを展開してまで回避しようとしたのだから千冬は大層お怒りであった。罰として2人には教室の掃除が言い渡されたのである。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 放課後の教室で2人きり。

 

 それだけ聞けば青春の1ページのようではあるが、実際やっているのは罰としての清掃。IS学園では僅かな時間でもIS教育に回した方が良いと理由の元、外部の清掃業者に依頼しているのだが、こうして罰として言い渡されることもある。

 

 家事掃除が得意の一夏はやる気を見せ、そして恋心を寄せるシャルロットはどうしても意識してしまう。夢に見たシュチュエーションであり、遅刻した原因。それがまさか正夢になるとは思いにもよらなかったのである。

 

 今ならば邪魔も入らず、告白もいけるのではないか?

 そんな事を考えてしまうくらいには胸が高鳴り、頬が熱くなっていた。

 

 

(い、いけるんじゃないかな?今だってシャルってあだ名をつけてもらえたし、何よりこんなチャンス巡ってこないかもしれないし)

 

「ね、ねぇ、一夏!」

 

「うん?」

 

 

 ドキドキと、期待半分恐怖半分で高鳴る心臓。机を運ぶ一夏の後ろ姿に声をかける。断られたらどうしよう。友達のままがいい、といわれたらどうしよう。そんな不安が胸中に渦巻くがもう後には引けない。乾いた唇を濡らし、一大決心を決めたシャルロットが裏返りそうな音で声を絞り出す。

 

 

「ぼ、僕は、君のことーーー」

 

「ありゃ?生徒さんがいるニャア」

 

 

 ガラガラと、間の悪い来訪者がシャルロットの決心を嘲笑うかのように姿を表す。淡い色のツナギと帽子を深く被り、モップとバケツを手にしているのは清掃業者の人である。小柄な体型の女性であるが、首から下げられた清掃のプレートは間違いなく学園が発行したものだ。

 

 

「あ、ここは俺たちでやるんで大丈夫です」

 

「あー、もしかして罰掃除だったかニャ。せんぱーい、連絡来てますニャ?え、来てる?それは失敬失敬。あ、男子生徒ってことは………もしかして噂の織斑一夏くんかニャ?いやぁ、こんなとこで会えるなんて役得ですニャア。これは少しお近づきに………え、ちょ、先輩?引っ張らニャいで。せっかく有名人と話せる機会ニャ、大事にしニャいと。ちょ、せんぱーい⁉︎」

 

 

 一方的に捲し立て、そして一方的に連行されていった業者の人。帽子の横から覗く金髪が名残惜しそうにドアの向こうへと消え、後に残るのは気まずい空気。いや、シャルロットが一方的にそう思っているだけなのだが。

 

 

「なんかすごい人だったなぁ………あ、シャル。今なんか言いかけたよな?」

 

「う、ううん。何でもないよ」

 

 

 この様な空気で告白出来るほど、肝は太くない。落胆するシャルロットに、ああそうだ、と思い出した一夏が声をかける。

 

 

「そうだ、シャル。ひとつ頼みがあるんだ」

 

「うん………何かな?」

 

 

 心の中では折角の機会を潰された怒りと、迷わずに告げれば良かったという後悔。めそめそと胸の中で泣いていればその両手が握られた。

 突然の行動にシャルロットが疑問を浮かべていると、真剣な顔で迫られ、告げられた。

 

 

「付き合ってくれ」

 

「ーーーえ?」

 

 

 シャルロットは、世界が止まる音を聞いた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

「それで、オレのトコに来たワケネ」

 

「う、うん」

 

 

 日も沈みそろそろ寝静まろうという時間。その様な時に自室に来訪して来たのはシャルロットであった。心ここに在らずとばかりの間抜け面を晒していたのはそれが原因だったのかと当たりをつける。

 

 告白された嬉しさ反面、この様な時間に相談しに来る程の緊張もあるのだろう。だからと言ってなぜ自身に相談するのか意味がわからないが。

 同室の楯無が面白そうだから、という理由で招きいれたのが不運の始まりである。当の本人はシャワーを浴びるふりをして聞き耳を立てている大変趣味のよろしい真似をしていた。

 

 

「Ah……とりあえず、なンでオレに相談を?」

 

「恋愛経験豊富って聞いたから、かな。違った?」

 

「どうなってるノ、この学園」

 

 

 朝の話から既に尾鰭がつき過ぎている。あまりにも早い広まり様に天を仰ぐナナ。事情を知っているだろう、楯無が扉の向こうで笑いを抑える気配がして舌打ちを溢しそうになるが、それを唇を結んでぐっと堪える。

 深呼吸ひとつして意識の切り替えを。ここでシャルロットを無碍にするのは容易いが、そうなると外聞が悪い。敵に塩を送るようで気が引けるが、結局奪えばいいこと。何の問題もないと自身を納得させる。

 

 

「ともかく、Congratulations(おめでとう)

 

「うん、ありがとう。それでね、明日のお休みに街に買い物に行く予定なんだけど、これってデートだよね⁉︎な、何を着ていったらいいかな⁉︎」

 

 

 I don't give a fuck(知るかボケ)、と叫びたい気持ちを必死に抑えるナナ。早くも相談を聞いた事を後悔していた。

 ここでの質問は服装ではなく、恐らく下着のことだろう。シャルロットの頭の中では既に愛の名を冠するホテルに行くまでの想像をしている。小声ではあるが「そ、そんな、早すぎるよ、一夏………ああ、でも一夏になら………」と1人妄想を繰り広げながら身悶えしているのだから間違いない。

 それこそ同性であり同室の者に聞けばいいだろうに、と考えたところでそれは無理だと棄却する。シャルロットの同室はラウラだ。最悪の場合、学園中に話が広まった末に一夏が死ぬ。まだ死体を確保できる準備は整っていないのだ。それは先送りにしておきたい。

 

 

「ううん………イヤ、他に当てはあるだロウ?山田teacherなンてどうだい?」

 

「その………まだ噂を広めたくないなぁって。後、同じ男の子なら一夏の好みもわかるかなって」

 

「Ah………一夏は単色を選ぶ傾向があるネ。あまり装飾の少ない、無難な物がいいンじゃないカナ?」

 

「本当⁉︎それなら沢山あるよ、ありがとう‼︎」

 

「good night。明日の為に、早くsleepしなヨ」

 

「うん‼︎今度何かお礼するから‼︎」

 

 

 手を振ってご機嫌です、と全身で表すシャルロットを見送ると膝から崩れ落ちる。ひとりであれば今頃罵倒を繰り返しているところだ。

 

 

「ご、ご苦労、様………」

 

「笑ってンじゃねェよ………‼︎」

 

 

 半笑いで肩を叩く楯無に一発お見舞いしたくなるが、向こうにISがある以上不可能。行き場のない怒りを床に叩きつけ、どうにか二人の仲を引き裂くまでは行かずとも、一夏を強奪するチャンスはないかと考えてそこでふと思い出す。

 まさかとは思うが、もし予想が合っているとしたらあまりにもシャルロットが哀れだ。敵味方関係なく、そう思ってしまう程に。

 

 

「………更識。オレが外出申請出したの覚えてるか?」

 

「今日の昼間の事でしょう?ひとりにはさせられないから、私か織斑先生がついて行く予定だけど」

 

「…………あいつのデートは明日って言ってたよな?」

 

「…………まさか、とは思うけど」

 

 

 それだけで楯無も察したのだろう。半笑いから一転、笑顔が引き攣る。そして嘘だと言ってくれとばかりの懇願の視線が向けられるが、ナナは首を横に張る。現実はそう甘くない。

 

 

「外出の理由は一夏と買い物に行くため………それも明日だ」

 

 

 絶句、とは正にこの事だろう。付き合ってくれ、と言うのは男女関係ではなく買い物に、と言う話だったのだ。朝方に一言余計だと伝えたが、今度は言葉が足りない。「Goddamn(くそったれ)」と叫んだナナを責める事は楯無にはできなかった。

 

 

「ま、まだよ。まだそうと決まったわけじゃ………」

 

「あいつの今までの行動からして、可能性が高いのはどっちだ?」

 

 

 それを言われてしまってはぐうの音も出ない。学園での一夏は真面目ではあるが、男女の機微に激しく疎い。人並みに興味はあるのかもしれないが、自身に向けられる好意を自覚していないのは論ずるまでもなく。

 可愛い後輩が無自覚に乙女心を弄ぶ姿に天を仰ぐ楯無。しばらくして気を持ち直すと、袖から出した扇子を開く。書かれているのは「尾行」の二文字。

 

 

「追うわよ。このままじゃ一夏くんが刺されかねない」

 

 

 そこまではない、と言えないのが辛いところである。どころか、最悪蜂の巣にされる事もあり得るのだ。ナナの頷きを確認すると、早速作戦を練る2人。その会議は夜遅くまで続くのであった。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 翌日の朝。つまりは週末。天気は快晴、風邪も心地よく、お出かけにはぴったりの陽気であろう。集合30分前には集合したシャルロットと一夏。初のデートだと浮かれるシャルロットであったが、無情にも一夏は告げる。「今日は買い物に付き合ってくれてありがとな」と。

 それだけで全てを察したシャルロットの表情は言うに及ばず。絶望とは正にこの事だろう。膝から崩れ落ちなかったのは奇跡である。

 

 悪気のない一夏は責められず、それでもやりようのない怒りに任せて手を繋ぐ事には成功した。唯一の救いはナナが来れなくなった事だろう。もしデートの体も成せないのなら、灰色の鱗殻をぶつけていた自信がシャルロットにはあった。

 

 そのまま駅前へと歩き出す2人を覗く影がふたつ。ナナと楯無である。

 

 

「とりあえず、一夏くんは無事みたいね」

 

「むしろ、よく許されたな」

 

「貴方が気づかずに付いて行ってたら、ただじゃ済まなかったでしょうね」

 

 

 昨晩の作戦会議を要約すれば、シャルロットにデート気分を味わわせて誤魔化そう、である。流石に勘違いしている事を事前に伝える勇気は2人にはなく、そして一夏に忠告するにも本人が理解していなければ意味がない。2人からすれば苦肉の策なのだ。

 

 

「この後の予定は何かしら?」

 

「来週の臨海学校のための水着を購入、場所は駅前のデパートのはずだ」

 

「どこかに寄り道する可能性は高いわね………カップル割のお店なんかに入れば、より気分を味わって貰えるんだけど」

 

「てめぇの家の力でなンとかならねェのか?」

 

「流石にこんな事で使えないわよ」

 

 

 目的のデパートは二つ隣の駅である。孤島に学園がある故に学園の移動手段はモノレールのみ。しかも、一夏たちのように来週の臨海学校に向けて水着を新調する学生は多々いるのだ。見つからない様に早めに集合したのは賢い選択だと言えよう。

 まぁ、何事にも例外があるように、今回もその例に相応しく目撃する目はあるようだが。

 

 

「………あそこにいるの、鈴ちゃんにセシリアちゃん、それにラウラちゃんよね?」

 

「…………乱入するようなら止めるぞ」

 

 

 鈴音とセシリアは元より買い物に行く予定だったのだろう。そしてラウラが偶然合流と言った形だろうと当たりを付けるふたり。3人も物陰に隠れて様子を伺っていることから、今すぐ割って入るような事はしないようである。

 

 ふたりは知らない事だが最初、一夏とシャルロットが手を繋いで駅に入って行った姿を目撃した鈴音とセシリアは間違いなく割って入るつもりだった。しかしそれを止めたのはラウラ。得意の天然を発動して無邪気に割って入ろうとするラウラを見て、我に返ったふたりがそれを止めたのだ。もし止めなければ最強と殺し屋が全力で止めに入ったのである意味命拾いである。

 

 余談であるが、ナナと更識は変装している。と言っても帽子を深く被ってサングラスをかける程度ではあるが。だが、この程度の変装でもぱっと見ただけでは記憶に残らず、人影に紛れ込むことは可能だと2人は知っていた。

 

 

 さて、一夏たちを尾行する3人を更に尾行する2人というなんとも間抜けな状況であるが、なんとか駅前のショッピングモールへ。当初の予定通り水着売り場へと向かった様だ。

 

 

「そういえば貴方、水着持ってるの?」

 

「あ?………そういや持ってねェな。それがどうした?」

 

「ちょうどいいわ。ついでに買っちゃいましょ」

 

「オイ、尾行はどうすンだよ」

 

「この調子なら大丈夫よ。あの子たちも、態と乱入する事はないわ」

 

「そりゃ信頼ってやつか?」

 

「そんなのじゃないわよ。好きな男の子が取られそうでヤキモキしてるかも知れないけど、同じ女の子としてあの状況に割って入るような子たちじゃないでしょうし」

 

 

 強いて言うなら女の勘よ、と告げる楯無に胡乱な視線を。そんなあやふやなモノをどう信じれば良いのかという視線だ。そんなものは楯無自身がよくわかっている。ナナが感覚ではなく理論や堅実さを優先するタイプだということも。

 しかし、そうとしか言えないのだから仕方がない。人の心を、もっと言えば乙女心を詳しく説明できる人間などそういないだろう。

 

 

「………ハァ。なら勝手に選んでくれ。オレは尾行を続ける」

 

「あら、ダメよ。貴方の監視の方が優先だわ」

 

「チッ………わかったよ。ただし、あいつらが暴走するならそこで終了だ」

 

「決まりね。さ、行きましょ」

 

「待て待て。テメェが選ぶつもりか?」

 

「目を離せないから当然ね。あ、それともお姉さんの水着を選びたいのかしら?」

 

 

 そうと決まればと手を引く楯無がニヤニヤと、揶揄う様に笑みを浮かべてこちらを伺う。反射的に反抗すれば思う壺だと判断したナナ。溢れそうな舌打ちを抑え込み、頭を冷やす。こいつの思い通りになってたまるか、という思惑に陥っている段階で既に楯無の術中であるのだが。

 眉間に皺を寄せるナナに、流石に揶揄い過ぎたかと反省する楯無。冗談だ、と言おうとしたその時である。何の躊躇いもなく手を引いたナナが女性専用の水着売り場へと歩き出すではないか。

 

 

「ちょ、ちょっと⁉︎」

 

「あ?なンだ?水着選ンで欲しいンだろ。まさか、男物を履く趣味でもあるのか?」

 

 

 逆転した立場を勝ち誇るかのように、悪どい笑みを浮かべるナナ。それがカチンときて、楯無は不敵に笑う。そっちがその気ならばそれに乗るだけだ。

 

 

「いいわ。その代わり、変な物は選ばないでしょうね?」

 

「安心しろ。てめぇこそ、下手なモン選ンだらただじゃおかねェ」

 

「あら、これでも目は肥えているつもりよ」

 

 

 互いに笑顔で、しかしサングラスの奥から視線を飛ばし中空で火花となる。そんな光景を幻視しながらお互いに引けない勝負が始まった。お互い相手を感嘆させるようなデザイン、色、性能を吟味する様子は真剣そのもので、もしこの場に千冬がいたらこう突っ込むだろう。「お前ら、どこのカップルだ」と。

 

 目立たない様に尾行すると言う点では良いのかも知れないが、残念ながら既に2人の頭からは尾行の2文字は消えている。頼みの千冬も試着室に2人きりとなったシャルロットと一夏を叱るのに手一杯であった。

 

 それぞれがお互いを唸らせる水着を買い、勝負は引き分け。そこでようやく尾行を思い出したが時既に遅し。合流したセシリアと鈴音、ラウラの5人で少し早い昼食へと向かっていた。これでは最早尾行する意味はない。肩を落として帰路へと着くふたり。

 道中、まるでデートのようだったと互いに思ったが、そこで恥ずかしがって弱みを見せる訳にはいかない。結果として、どこかギクシャクとした関係のまま1週間を過ごし、臨海学校の日を迎えるので合った。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。