IS 首輪付きの死刑囚   作:桜大好き野郎

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7話

 

 

「海っ!見えたぁっ!」

 

 

 トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げる。

 臨海学校初日、天候にも恵まれて無事快晴。陽光を反射する海面は穏やかで、心地よさそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。

 

 けれど、そんな風景とは反対にナナの心は暗雲が立ち込めている。理由は否応なしに水着の件を思い出してしまうからだ。

 楯無が選んだ水着は自身の好みのデザインで、機能性も申し分ない。それだけに自身の事を知られている気恥ずかしさと、尾行を放り出してまで水着選びに没頭した後悔が押し寄せてしまう。

 

 余談であるがその後、ナナを揶揄うために楯無は部屋で水着に着替えその姿を見せつけている。帰ってきた瞬間に水着の楯無が出迎えるものだから、ナナは面食らっていた。それまではよかったのだが、苦し紛れに呟いた「………似合ってンじゃねェか」というナナの一言で楯無も恥ずかしくなり、なんとも甘酸っぱい空気を経験している。

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 

「なんだ、ナナ。テンション低いな」

 

 

 ナナの後ろに座っていた一夏が身を乗り出してナナの様子を伺う。その隣のシャルロットは先日の買い物の礼にとプレゼントされたブレスレットを眺めてはニヤニヤとしている。通路を挟んで隣、セシリアの羨ましそうな視線に気がつかないくらいには浮かれていた。

 

 

「HAHAHA、ちょっとネ。楽しみで寝不足ナだけだよ」

 

「へぇ、ナナでもそう思うんだな」

 

「どう言う意味ネ?」

 

「いや、なんかナナって偶に達観してるっていうか、こう見ている位置が違うっていうか………年上感?みたいなのがあるからさ」

 

 

 だから楽しみにしていたのは意外だと、言外にそう告げる一夏。実際、水着を着れるという高揚感があるのは否定しない。だが、同時になぜその程度の事で高揚するのだと叱咤する自身がいるのも事実。ぐちゃぐちゃな感情に振り回され、より一層そんな自身に腹が立つ。

 冷静になれ、と意識するが脳裏に浮かぶのは真剣な表情で水着を選ぶ楯無の姿。人目のないところで「Goddamn」と叫びたいところである。

 

 

「ななんってば案外子供っぽいとこあるからね〜」

 

 

 ナナの代わりにそう答えたのは隣の席に座る布仏本音。臨海学校にて楯無がついて行く事はできず、そして教師としての役割もある千冬も四六時中監視できるわけではない。

 そこで白羽の矢が立ったのは楯無家に仕える布仏家。同じ一年であり、事情を説明しやすいという点で任命されたのだ。ただし、本人ののほほんとした雰囲気もあり、あくまで本国から監視が命じられている程度にしか教えられていないが。そこを深掘りせずに了承するのは仕えている者故の判断なのか、それとも能天気なだけなのか。

 ちなみに、何度言い含めても改善されないあだ名に関しては既に諦めている。

 

 

「へぇ。あ、でも確かに、食堂で飯食ってる時なんかはそうだよな。好きなもの大事そうに食ってるし」

 

「そうそう〜。特に唐揚げとか好きだよね〜」

 

「OK、stopネ。2人とも」

 

 

 これ以上は羞恥のあまり暴れ出しそうだ。一周回って冷静な判断を下せる様になるが、今も胸の内で燻っている感情。いつから腑抜けになったんだと叱咤し、ナナ・オーウェンの役を思い出す。

 そう、この臨海学校はまさしくチャンスだ。千冬の目も届きにくく、楯無の代わりの本音も隙だらけ。データ採取の時間は必ずある。その為には一旦、楯無の事など忘却しておくのだと自身に言い聞かせ、窓の外を眺める。窓に映る作り笑いを携えるナナとは裏腹に、空と海はどこまでも青く澄んでいた。

 

 

「そろそろ目的地につく。全員席に座れ」

 

 

 千冬の言葉に全員がさっと従う。流石の指導力である。

 言葉通りほどなくしてバスは目的地である旅館前に到着。4台のバスからIS学園1年生がわらわらと出てきて整列した。

 

 

「それでは、ここが今日から3日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

 

 よろしくお願いします、と。千冬の言葉の後、全員で挨拶する。この旅館には毎年お世話名になっているらしく、着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀した。

 

 

「はい、こちらこそ。今年の1年生も元気があってよろしいですね。あら、こちらが噂の………?」

 

「ええ、まあ。今年は男子がいるせいで浴場分けご難しくなってしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな。それに、いい男の子たちじゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者」

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

「ナナ・オーウェン。nice to meet you」

 

「うふふ、ご丁寧にどうも。清洲景子です」

 

 

 そういって女将さんはまた丁寧なお辞儀をする。その動きは気品のあるもので、ちらりと隣の一夏に視線を向ければ緊張している様子。なるほど、こう言う手合いがタイプなのかと1人納得していれば千冬に頭を叩かれる。

 

 

「礼儀はしっかりとしろ」

 

「いえいえ、外国の方なんでしょう?どうぞ、お構いなく」

 

 

 礼儀云々は建前で、実際は余計な詮索はするなと千冬の目が訴えていた。愛されてるねぇ、と内心で皮肉を込めれば余計に視線が鋭くなる。

 

 とりあえずは荷物を置く為に、各自割り振られた部屋へと案内される。さて、一覧に書かれていなかった男子の部屋はどこだろうかと旅館内を歩く事少し。ようやく見えてきた目的地には、ナナからすれば死刑宣告のような文字が書かれていた。

 

 

「えーっと、千冬姉。ここって………」

 

「織斑先生だ。見ての通り、お前たちの部屋は私たちと共同だ」

 

 

 ドアに張られた紙には教員室の文字。見間違いかと思い2、3度読み返すが、間違いはないようだ。

 

 

「最初は別室という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるということになってだな。結果、私と同室になったわけだ」

 

 

 それも建前であり、本当は自身の監視のためだろうということは嫌でも察するナナ。予想はしていたが、それが現実として突きつけられると落胆も一入。夜中にでも、と用意した採血セットは無駄になりそうである。

 

 室内は広々とした間取りになっており、外側の壁が一面窓になっている。そこから見える風景は素晴らしく、海がばっちりと見渡せる。東向きの部屋だから、日の出も綺麗に見えるだろう。

 そんなもの、今のナナにはなんの慰めにもならないのだが。

 

 

「おおー、すげー」

 

「Beautifulネ。一夏、早速Swimしに行こうヨ」

 

「おっ、いいな」

 

「ああ、オーウェン。お前には話がある。少し待て」

 

「え?ナナ、なんかやらかしたのか?」

 

「HAHAHA、キミの中でどンなイメージなのサ。OK、一夏。先にgoしててヨ」

 

「せっかくだし、少しくらいなら待つぞ?」

 

「こいつの本国からの通達だ。部外者のお前が聞くわけにはいかんだろう」

 

 

 千冬の一喝もあってか、渋々と言った様子で部屋を出る一夏。足音からして扉の裏で聞き耳を立てる様な真似はしていないのだろう。それを確認した千冬はナナに視線を向ける。その鋭い視線に飲まれる事なく、ナナは呆れた様にため息を溢した。

 

 

「わかっているだろうな?」

 

「OK。てめぇの目の届く範囲で無茶しねェよ。ったく、ご苦労な事で」

 

 

 ナナの嫌味も千冬には響かない。警戒を緩めるわけにはいかないのだ。その先に待っているのは家族の、弟の危機なのだから。この程度で揺れるとは、ナナも思っていない。もしそうならばどれだけ依頼が簡単なものだったか。

 

 

「ンで?どれだけ間を開けりゃいい」

 

「なんだ、まさか本当に海に行くのか?」

 

「行かねェ方が不自然だろ」

 

「そうか。まぁ、水着を選んでもらっている様だしな。人目につく限りは止めん」

 

「…………水着は関係ねェよ」

 

 

 ナナの反応に、おや?と思う千冬。てっきり嫌味のひとつでも返すと思いきや、恥ずかしがるように顔を背けたのだ。監視カメラ越しに楯無との触れ合いは見ているが、どうやら映像以上に親密になっているようだ。

 年相応の、反抗期まっさかりの少年のようなナナに面くらい、少し千冬が呆ける。誤魔化すように喉を鳴らすと、ナナは海に行くための道具をまとめ出した。

 

 

「んん!………心配しなくても、流石に人前じゃやらねェよ。精々、監視を強める事だな」

 

「あ、ああ………もうあいつも海に出ている頃だろう。行ってこい」

 

 

 千冬の許可を得た途端、飛び出す様にして部屋を出るナナ。その後ろ姿を眺めながら思い耽る。初めの印象とは異なり、人間味が垣間見えるナナ。同室の楯無も貢献の賜物である。

 犯罪者といえ、まだ子供。少し警戒を解いて………いや、それすら演技やもしれん、と四苦八苦する千冬。思考の海に沈む彼女を目覚めさせたのは、隣の部屋の山田真耶であった。

 

 

「あの、織斑先生?大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ、はい。すいません、少し考えごとを」

 

「あ、もしかしてオーウェンくんの事ですか?さっきすれ違った時、いつもと様子が違ったんで………何かありました?」

 

「………いえ、何も。警戒を緩めるつもりはない、と伝えただけですよ」

 

 

 ここで警戒を緩める様な事を言えば、周囲も感化されてより一層ナナの行動範囲は増えるだろう。その隙に一夏を攫われる様な事になれば取り返しはつかない。今はまだ、確信できる要素と信頼が足りないのだ。

 

 

「それよりもどうしました?」

 

「ああ、そうでした。明日の予定の確認と、揚陸艇の貨物リストの詳細を確かめておきたくて」

 

 

 臨海学校といえど、教師の仕事は変わらない。生徒のために授業を組み、内容を確認させて、実践させる。特に各国のエリートの集うIS学園ではその内容も一層濃いものでなければならない。

 新米教師の部類である自身には荷が重いと思いつつも、山田から受け取った書類に目を通す。外から聞こえる生徒たちの楽しげな声を聞き、少し顔を出すのもいいかもしれないとやや現実逃避気味に考える千冬であった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「Oh、fucking hotネ」

 

 

 千冬の言葉通り更衣室には一夏の影はなく、既に海に出たようだ。続く様にナナも水着に着替え海へと繰り出す。既に大多数の生徒は出揃っているらしく、浜辺からは姦しいほどの声と人で溢れかえっていた。

 見目麗しい女子たちの水着姿。この光景を写真に撮ればいくらで売れるだろうか、と皮算用をひとつ。その手のマニアなら100万は硬いだろう。カメラが無いことが悔やまれる。

 

 

「あ、オーウェンくんだ!」

 

「わっ!髪纏めてるのもいい!」

 

「織斑くんの水着もいいけど、ラッシュガードも捨てきれないわね………」

 

 

 更衣室から浜辺へと降りて行けば、そこかしこから聞こえる声。小声のつもりかもしれないが、ナナの耳にはばっちりと聞こえていた。

 女子たちの言う通り、長い黒髪はうなじの辺りで一纏めに。楯無が選んだ水着は黒いラッシュガードと白地に黒で南国の葉が描かれているルーズタイプ。捕まった時や懲罰で出来た傷を隠せるため、お気に入りである。

 

 ただでさえ男という点で人目を引くが、引き締まった身体と高い身長、長い手足というモデルのような体型でいつもより視線を浴びていた。声をかけるのも憚れる様な美しさなのか、はたまた牽制し合っているだけか、声をかけられる様子はない。

 しかし、例外とは何事にも存在しており、そんなもの歯牙にもかけない者もいる。

 

 

「あ、おーい、ななーん」

 

 

 ふりふりと、余った袖を振り回すのは本音である。水着というよりはキツネの着ぐるみパジャマといった方がしっくりとくる装い。どうやら泳ぐつもりはないようだ。

 その背後には仲のいい友人が2人、本音を止めようとしているがそれも虚しい奮闘らしい。ナナが近づけば小さな本音の影に隠れてしまった。

 

 

「Hi、本音。似合ってるネ。Foxカナ?」

 

「そうだよ〜。ななんも決まってるね〜」

 

「thank you」

 

 

 水着を褒められることは、楯無の手柄を褒められているようでまた羞恥心が込み上げてくるが、それも一瞬。任務の事を思い出し、胸の奥底にぐっと沈め込んだ。

 本音と会話をしながら、さて一夏はどこにいると周囲を探る。男女混合ならまだしも、比率が1対9ならばわかりやすい。目的の人物はすぐさま見つかった。なぜか鈴音を肩車しており、余計に悪目立ちしている。

 

 

「Hi、一夏。お待たせ」

 

「おりむ〜、やっほ〜」

 

「おー、待ってたぞ。それにのほほんさんまで。あ、髪纏めたんだな、似合ってるぞ」

 

「HAHAHA、一夏も水着似合ってるよ」

 

「ちょっと、あたしにはないの?」

 

「凰も似合ってるネ」

 

「アンタじゃないわよ!」

 

 

 からからと笑うナナだが、状況を把握する。泳ぐ前の一夏を捉えたはいいが、どうやら良い雰囲気とはならなかったようだ。オレンジと白のストライプデザインのタンキニタイプの水着も褒められていない様子。まぁ、普段からの距離が近いせいもあるかもしれないが。

 

 

「HAHAHA、それは残念。似合ってるのにネ。ねぇ、一夏?」

 

「お、おう。まぁ、よく見れてないけど、チラッと見た感じ似合ってるな」

 

「へ、へぇ………」

 

 

 ちらり、と感謝を伝えるような視線を向けられ肩を竦めて返すナナ。肩車のおかげで赤い顔を見られなくてよかったな、と皮肉を胸の内でこぼす。まぁ、当の本人は突然黙って頭で顔を隠す人間に困惑しているようだが。

 

 

「あっ、あっ、ああっ⁉︎な、何をしてますの⁉︎」

 

 

 そのタイミングでやってきたのはセシリアだ。手には簡単なビーチパラソルとシート、それにサンオイルを持っている。

 こちらは鮮やかなブルーのビキニ。腰に巻かれたパレオが優雅な印象を更に増長させていた。

 

 

「な、何って、肩車よ、肩車」

 

「されてる一夏は役得ネ、役得」

 

「いや、小学校の頃からこんなんだから、ぶっちゃけ慣れた」

 

「は、はぁっ⁉︎アンタ、女の子を肩車して………このっ‼︎」

 

「うおっ⁉︎危ないからあんま揺れるなよ‼︎」

 

「おりむ〜、次私ね〜」

 

「わ、わたくしを無視しないでいただけます⁉︎」

 

 

 ざくり、と。砂浜に刺さったパラソルからセシリアの怒り具合が計り知れる。周囲からの視線もあり、このままでは肩車の順番待ちの列が出来そうなので鈴音を一夏から降ろすナナ。私の番だとばかりに一夏の肩に乗ろうとする本音をついでに止めておくことも忘れない。

 

 

「鈴さん………?今のはいささかルール違反ではないかしら………?」

 

「そんなこと言って、どうせセシリアだって一夏に何かしてもらうんでしょ?じゃあいいじゃん。ねえ?」

 

「いえ、それは………」

 

「え、何もしてもらわないんだ。じゃあ、あたしがーーー」

 

「し、してもらいますっ!一夏さん、早速サンオイルを塗ってください!」

 

「oh、大胆ネ。ああ、そンなサービスはnothing。持って来られても対応はしないヨ」

 

 

 ここぞとばかりに周囲から私も、私も、と声が上がるがそれを窘めようとするナナ。けれど、こちらからの声は届かない様で既に集まった女子たちはそれぞれ道具を取りに行ってしまった。

 面倒な事に巻き込まれる前に離脱を、とその場を去ろうとするナナだったが、その腕を本音に掴まれる。ほんわかとした雰囲気の笑みを浮かべているが、その腕が如実に伝えてくる。私の目の前から離れるな、と。

 

 撒くことは容易いが、それで反意ありと見做され行動制限されてはたまったものでは無い。本音を監視に選んだのはこれが理由かと、天を仰ぐ。人目がなければ罵詈雑言をぶちまけているところだ。

 

 

「コホン。そ、それでは、お願いしますわね」

 

「え、えーと………背中だけだよな?」

 

「い、一夏さんがされたいのでしたら、前も結構ですわよ?」

 

「いや、その、背中だけで頼む」

 

「でしたらーーー」

 

 

 セシリアは首の後ろで結んでいたブラの紐を解くと、水着の上から胸を押さえつけてシートに寝そべる。

 

 

「さ、さあ、どうぞ?」

 

「お、おう」

 

 

 紐解いた水着はシートと体に挟まれているだけの状態で、セシリアは無防備な背中を一夏に見せている。その仕草と体にドキリ、としていることは傍目からでもよくわかる。初めてなのか、拙い仕草でサンオイルを手に塗る一夏を眺めながら、何を見せられているんだと叫びたくなるナナ。

 羨ましそうにそれを眺める本音と鈴音を置いていきたい所だが、生憎それは許してもらえない。新手の拷問だろうか、と考えるのも無理はない。

 

 

「Ah、一夏。サンオイルは先に手で揉んで温めるヨ」

 

「お、おう。こ、こうか?て言うか、ナナの方が詳しそうだし、ナナに任せた方が………」

 

「わ、わたくしは一夏さんと約束してましてよ⁉︎」

 

「その通りネ。オレは部外者ダヨ」

 

 

 だから早くこの場から解放させてくれ、と懇願の視線を一夏に送る。その思いが通じたのか、首を縦に振った一夏は覚悟を決めた様で慎重にサンオイルをセシリアに塗る。

 

 

「ん………。いい感じですわ。一夏さん、もっと下の方も」

 

「せ、背中だけでいいんだよな?」

 

「い、いえ、せっかくですし、手の届かないところは全部お願いします。脚と、その、お尻も」

 

「うえっ⁉︎」

 

 

 困惑した視線がナナに送られる。けれど、ナナにできる手助けなどこの状況では皆無だ。ちらり、と鈴音に視線を向ければ先ほどの借りはこれでチャラだとばかりに頷いた。

 

 

「はいはい、あたしがやったげる。ぺたぺたっと」

 

「きゃあっ⁉︎り、鈴さん、何を邪魔してーーーつ、冷たっ!」

 

「一夏、この隙ネ。向こうに行くヨ。このままダト、今日一日中サンオイル塗るだけで終わるヨ」

 

「そ、そうだな。悪い、セシリア。後は鈴に任せた」

 

「そ、そんな、一夏さーん‼︎」

 

 

 ひゃあん、と言う喘ぎ声にも似たセシリアの叫びを背後にナナたちは逃げる。遠くからではあるが、シートとパラソルを持った集団が見えたのだ。捕まるわけにはいかない。

 よたよたと走るスピードの遅い本音を途中から俵抱きにして運び暫く。ようやく撒けたか、と確認のために後ろを振り返る。確かにサンオイル軍団は撒けたが、どうやら一夏も突き放してしまったらしい。

 

 遠くを見ればシャルロットとラウラ、そして幾人かとのビーチバレーに興じている。1人になった所を掻っ攫われたようだ。

 挽回は難しいと判断したナナは本音を降ろし、砂浜へと腰を降ろす。初日の自由時間を目一杯楽しまんと、各々海を満喫している。それを羨ましいと思う感性を、ナナは持ち合わせていない。ご苦労な事だ、と皮肉をこぼすのが精々だ。

 

 

「おー、おりむーたちビーチバレーしてる〜。私たちも行こうよ〜」

 

「勘弁してほしいヨ。行くなら本音だけでgoネ」

 

「え〜、でも〜おじょー様やおねーちゃんに頼まれてるし〜」

 

「見える位置にいればOKでショ?」

 

「あ、そっか〜。じゃあ待っててね〜」

 

 

 言っておきながらなんだが、それでいいのか、とツッコミたくなるナナ。よたよたと本人からすれば全力疾走する姿を眺め、そしてすぐさまUターンしてくる。何かあったのか?と疑問を浮かべれば何故かナナの隣に座り、袖から出した防水ケータイで写真を一枚。

 

 

「あのね〜、お仕事してるよ〜っておねーちゃんに見せるんだ〜」

 

 

 それだけ言うと今度こそ一夏たちの所へと向かう本音。虚偽報告になるだろうが、そこは言うまい。しかし、と海ではしゃぐ面々を眺めながらナナは考える。

 バスの件で悶々としていた感情は今はなく、冷淡な目で周囲を見渡せる。それはありがたい事だが、なぜあの様な事になったのかと今後の活動のためにも思案せねばならない。

 

 原因は言わずもがな、楯無だ。楯無が選んだ水着を着る、というだけで心を乱されたと言うのは癪だが認めねばならない。では、なぜ乱されたのか?考える可能性はふたつ。ひとつは転校してから今まで、殆どの時間を共に過ごした相手がいなくなった解放感から。そしてふたつめはーーー

 

 

(………オレがアイツを意識しているから、か?)

 

 

 そう考えて鼻で笑う。愛だの、恋だの、自身には必要ない。そうでなければ裏社会で生きていけない。ハニートラップ然り、そんなものの為に損をする事になってしまう。

 

 だから、いらない。

 

 そんなもの、必要ない。

 

 必死にそう自身に言い聞かせるが、どうしても楯無との生活が脳裏にちらついてしまう。頭の中で楯無を惨殺する。けれど、それを覆すように何度も思い出は蘇る。より一層、鮮明に、決して忘れるものかと主張するように。

 

 

「クソが………」

 

「どうかしたのか?」

 

 

 どうやっても好転しない頭の中。それを一旦冷そうと腰を上げる。だが、思わずこぼした言葉を、いつの間にやら近くにいた一夏に聞かれていたらしい。なぜここに?と考えたが、どうやら思っていた以上に考え込んでいたらしく、ビーチバレーは終了していた。

 

 

「oh、聞かれちゃったネ。それで、どうかしたのカナ?」

 

「いや、泳ぎに誘いに来たんだけど………余計なお世話だったか?」

 

「Non。チョット考え事してただけだヨ。それより、girl'sと遊ばなくていいノ?」

 

「いや、楽しくはあるんだけどさ………その、目のやり場に困るって言うか………それに、せっかくだし男同士で遊びたいしな」

 

 

 一夏の言う事もわかる。健全な男として、水着で飛び跳ねる女子というのは中々に唆るのだろう。理解はできるが、共感できるかと言われればNOなのだが。

 

 

「HAHAHA、光栄だネ。ナラ、Swiming timeネ」

 

「おっ、そうこなくっちゃ。よし、そしたらどっちが早く泳げるか勝負しようぜ。負けた方がかき氷奢りな」

 

「OK。せっかくだし、gallery呼んでやるヨ」

 

「うえっ、そんな大袈裟な………」

 

「おや?galleryの前で負けるのが怖いのカイ?」

 

「そこまで言われたら、引けないな」

 

 

 どっちにしろ、頭を冷やすところだったのだ。これも渡りに船、利用させてもらうとしよう。声をかければギャラリーはすぐに集まり、殆どの一年が見守る中、一夏との勝負へ。

 身体を動かしたお陰なのか、悩んでも仕方がない事は既に頭の隅へと追いやられ、勝負がつく頃には空と同じ様に晴れ晴れとした気持ちを迎えていた。

 

 回遊制限のブイをUターンし、同時に岸へと到着。互いの健闘を讃え合い、かき氷で祝杯を上げることとなった。

 殺し屋としてどうなのか、と言われるかもしれないが、ただの学生のように夏を楽しむナナであった。

 

 

 

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