水晶の剣   作:あだヒメ

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命が照らすもの
明けの明星、閃光となって


・アルター王国南部 国境地帯

 

「はぁッ……はッ…!」

夜明け。木の葉に覆われた薄暗い山林の中を、一人の少女が駆ける。

少女の全身には無数の傷が刻まれ、顔は苦痛と憔悴を色濃く写していた。

一晩続いた逃亡劇の末に、その足取りにふらふらとしたものが混ざり始める。

 

「待てやクソガキィ!」

その背後から怒号が響く。少女が振り返ると、そこには彼女を追う男の姿があった。

男の名はストロンガー土偶。その奇抜な名前からも分かる通り〈マスター〉だ。

 

 

「はッ…はッ……ぅぁッ!」

一心不乱に駆けていた少女だが、疲労の果てに木の根に足を取られて倒れる。

少女の足が止まったことで、それまで一定だった土偶との距離が一気にゼロになった。

 

「ちょこまかと逃げやがって…。やっと追いついた…ぜッ!」

土偶はニヤニヤとした笑みをその顔に携えながら、起き上がろうとする少女の背を蹴り付ける。

この場面だけを切り取って見れば、彼の言動は悪党のそれにしか見えないだろう。

では、ここに情報を一つ付け足すとどうだろうか。

 

 

 

「…とっととくたばって、オレの特典武具(・・・・)になりやがれッ!」

 

 

 

『少女は、ヒトならざる者___〈UBM〉である。』

それを証明するように、少女こと【縫魂晶器 アルム】の身体は、人体ではありえない水晶の輝きを放っていた。

 

非人間範疇生物(モンスター)を殺して生きる。それがこの世界の摂理であり、危険度の計り知れない〈UBM〉相手なら尚更だ。

故に、この場面における土偶の行動は至極当然のものだと言えるだろう。

 

「死ねェッ!」

土偶の雄叫びと同時に、虚空より鋼鉄の鮫が現れる。

鮫の頭部は両刃斧を模した異形に肥大し、現実のシュモクザメを思わせるフォルムをしていた。

土偶は無造作に鮫の尾を掴み、その斧頭をアルム目掛けて振り下ろす。

迫る衝撃と痛みに備え、アルムは両目をぎゅっと閉じた。

 

 

静寂。

 

この瞬間、ただ無音だけが場を支配していた。

衝撃も痛みも、一向に訪れる気配がない。

仮に振り下ろされた刃が見掛け倒しのハリボテだとしても、水晶の身体とぶつかれば音くらいは鳴るはずだ。

一体何が起きているのか。膨らむ疑問に耐えかねたその頃、アルムの頭上から声が響いた。

 

「おいガキ、聞こえてるか?」

「え?」

その声に目を開ければ、壮年の男が視界に入る。

アルムに振るわれた凶刃は、男が突き出した鞘に納められた、刀の鍔に止められていた。鞘を掴むその手の甲には"丸の中に迸る稲妻"の紋章が浮かぶ。

 

くたびれた革鎧を纏うその背は強者らしき風格を感じさせないが、音もなく鮫斧を止めたその力は、紛れもなく超常の___〈マスター〉の中でも上位のそれだった。

 

「てめェ!横取りかぁ!?」

〈UBM〉の討伐という千載一遇のチャンスに入った邪魔立てに、土偶は飛び退きながら声を荒げる。

「いいや?別に特典が欲しいわけじゃねえからな」

 

「んだよ、ならとっととそこを…「断る」は?」

退け、と続けようとする土偶の言葉を遮り、男は明確に『NO』の意思を突きつけた。

 

「特典に興味はねえが、俺はこのガキに用があんだよ」

「ってわけで、俺はお前の敵じゃない。分かったらそこを動くなよ」

男は背後のアルムにそうとだけ言うと抜刀し、片足を引いて構える。

 

「ならテメェからぶっ殺してやる!《天海魚群(ヘヴンズ・スクール)》!」

何らかのスキルを発動した土偶は、あろうことか鮫斧で自身の腕を数度切りつける。

刹那、虚空よりいくつかの金属の球体が現れた。金属球はガシャガシャと音を立てて変形し、土偶の握るそれと酷似した機械の子鮫となる。

 

男へ食らいつかんと宙を泳ぐ機械鮫の奥で、土偶は回復魔法で切りつけた腕を癒した。

 

「【教会騎士】か、こりゃまた面倒な…ッ!」

男はそう吐き捨てると刀を振るって、一体の機械鮫を両断した。そのまま返す刀で他の個体を切り裂こうとして…刃が空を切る。

 

刀を見れば、刃が半ば__機械鮫を切った部分から消し飛んでいた。

これこそは、機械鮫の死亡時に発動する固定ダメージ攻撃《堕天鮫牙(フォールン・ファング)》である。

 

「チッ、固定ダメージまで付いてんのか!?」

使い物にならなくなった刀を目の前の機械鮫に投げつけた男は《瞬間装備》によって新たな刀を取り出した。機械鮫を斬れば刀が使いものにならなくなる。故に、刀の峰で機械鮫を打ち払っていく。

 

幸いなことに機械鮫のステータスは低く、不殺という制約の上でも遅れを取ることはなかった。

 

「ガキ、ちょっと丸まってろ!」

「え?…あっ、はい!」

アルムは、戸惑いながらもその指示通りに動く。機械鮫の一部はアルムにも襲いかかるが、防御を固めた水晶の体にはその牙は通らないらしく、そのうちに狙いを男に変更した。

 

しかし、土偶の自傷により絶えず召喚され続ける機械鮫を相手に、ついには傷を負い始める。

その直後、男の傍らに金属球が現れ、機械鮫へと変形して男に襲い掛かった。

 

(召喚の条件は「ダメージを与えること」、自傷じゃなくてもいいのか…!)

このペースならば当分負けはしないだろうが、戦い続けるほどに不利になる。男がその現状に歯噛みしていると、自傷と回復を繰り返していた土偶の動きが止まる。

 

「これで終いだ!!《親鮫咬(フォルネウス)》!」

〈エンブリオ〉の必殺スキルを発動した土偶は、彼の〈エンブリオ〉たる鮫斧___【魚群影斧 フォルネウス】を振り回し、その顎に召喚した機械鮫を喰わせる。

フォルネウスが機械鮫を喰らう度に土偶の動きは速くなり、より速く次の機械鮫を喰らっていく。

 

機械鮫で削りつつ時間を稼ぎ、必殺スキルによるステータス増強で押し切る。それが、土偶の「必殺」だ。

周囲の機械鮫を喰らい尽くした土偶は、跳ね上がったステータスの暴力で男をねじ伏せんと迫る。

 

戦局を自らの「必殺」の型に持ち込んだ土偶は、勝利を確信する。

しかし、彼は肝心なことを失念していた。

 

 

 

「出力2%…《疾封刃雷(タケミカヅチ)》!」

 

 

 

何も、「必殺」を持つのは土偶だけではない。

上級の域に達した〈マスター〉のほとんどは、それぞれが無二の「必殺」を得るのだから。

 

フォルネウスを叩きつけんと振り上げられた腕に閃光が煌めき、腕が根本から吹き飛んだ。

 

「いやぁ、馬鹿正直に突っ込んできてくれて助かったぜ。おかげで狙い易かったよ」

血飛沫と共に後ろに倒れる土偶を踏み付けた男は、煙を上げる鞘の鯉口を、銃口の如く土偶に突き付けて笑う。

 

「クソッ、フォルネウス!!」

土偶が振り回すことを前提としているが、フォルネウスはガードナー系列の〈エンブリオ〉だ。故に、土偶の手を離れようと自律して行動することができる。

その声から主の意図を汲み取ったフォルネウスは、男を噛み砕かんと大口を開けて宙を邁進する。

 

「残念、遅い」

しかし、その牙は男には届かない。

再度鯉口から放たれた閃光に、土偶の頭部が消し飛ばされる。自身の〈マスター〉の死により、フォルネウスもまた光の塵となって霧散した。

 

「…ふぅ。もう動いていいぞ」

男はチン、と小気味いい音を立てて刀を納め、アルムの方を向く。

 

「えっと…あ、ありがとうございます!」

「お前に用があるっつったろ。その前に死なれちゃ困るんでな」

「それで…用って、何なんですか?」

 

アルムは首を傾げた。男が「興味はない」と言っていようと、特典武具に勝る用事など想像がつかなかったからだ。

 

「ただの質問だよ。お前、なんであいつと戦わなかったんだ?勝ち目はあったろ」

男はそうとだけ答える。

 

実際に、男の言うことは正しかった。

アルムには機械鮫の牙をものともしないENDがあり、土偶と一晩の逃走劇を演じるに十分なAGIがある。立ち回り次第では勝つこともできただろう。

しかし、そんな「もしも」に意味はない。

 

「…ふふっ」

この時のアルムの心境を表すなら「たったそれだけの理由で?」となるだろうか。

男のそんな回答に、アルムは凝り固まっていた口角を綻ばせた。

 

「あ?」

アルムは、怪訝そうな顔で彼女を睨む男に向かって言葉を紡ぐ。

「怖かったんです。いきなり襲われて、でも戦ったことなんてなくて」

「だから…助けてくれて、本当にありがとうございました」

 

「…用があっただけだっての」

男はばつが悪そうに、頭をガリガリと掻きながら言い捨てる。

 

 

「じゃあ、もう行っていいぞ」

そうとだけ言うと男は、アルムに背を向けて歩き出した。

 

「あ…あの!」

アルムは遠ざかる背中を呼び止める。

「何だ?」

 

「"依頼"を一つ、受けてくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…報酬は、私の命(特典武具)です」

そして、決意に満ちた面持ちで話を切り出した。

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