青白い照明が等間隔に並び、無機質な廊下に人型の影を落とす。
影の主…【魔剣聖】グレット・アレグレットは、入り組んだ廊下を迷うことなく進んでいく。
金属板を仕込んだブーツが、これまた金属の廊下を規則正しく踏み鳴らす。
幾度となく道を曲がり、昇降機に乗り、グレットは最下層へと辿り着いた。
薄暗い部屋の中で、グレットは声を張る。
「おーい、起きてるかー?」
グレットの視線の先にいるのは、地べたに寝そべる人影だ。
吹けば飛ぶような痩せぎすの体躯は、その様を「倒れている」と表現した方が相応しいのではないかとすら思わせる。
「もちろんだとも!さあ、【
その有り様とは裏腹に、人影の口からは活力に満ちた声が響く。
生命力の割り振りを間違えたとしか思えない声と、眼光。
【遺神】2043-12-03だ。
━━━━━
「…へぇ。機能は全部【ジェム】任せで、本体は【ジェム】作成と貯蔵に特化してんのか」
「指向性や安全性に課題は残るが、魔力タンクを仕込むよりも省スペースかつ大容量だ。面白い発想だよねえ」
グレットとDec.は、天井を見上げながら言葉を交わす。
天井に映し出されているのは、グレットが持っていた【原始の鍵】に保存されていた映像だ。
映像は、工房だろうと思しき部屋の机を映している。そこに置かれているものこそが、【遺神】の目的であるロストテクノロジーの産物だ。
幾何学模様が刻まれた分厚い金属板に、黄金の【ジェム】が嵌め込まれている。
Dec.の依頼でグレットが遠くへ出向き、【原始の鍵】で映像を持ち帰ってくる。その後にこうして鑑賞会をするのが、二人の習慣となっていた。
その副産物として、グレットは本職の【技師】にも引けを取らない量の知識を身に付けている。教材の影響か、そのラインナップはいくらか偏っているが。
「さて、楽しい雑談はこのくらいにして、本題に入ろうか」
欠点やその改善案など、いくらか意見を交換した後に、Dec.が口を開いた。
「…グレット、今は暇かい?」
「ま、時間に余裕はあるが…どうした?」
ボスモンスターの討伐か、先々期文明の遺物調査か。
グレットは、今回もそうした大口の依頼かと身構える。
「なに、そう複雑な話じゃないよ」
「私と遊ばないかい?」
Dec.は寝そべったまま、グレットへと手を伸ばす。
それは、
依頼のようなギブ・アンド・テイクなど挟まず、一方がもう一方に尽くすこともない、どこまでもニュートラルな交流。
そんなもの、いつぶりだろうか。
子供の頃には毎日のようにしていたこと。しかし、今となっては〈Infinite Dendrogram〉の中ですらほとんどしていないのではないだろうか。
「いいね、乗った」
故に、グレットは迷わずその手を掴んだ。
「それで、何をするんだ?」
「ああ、それだがね」
「━━神話級〈UBM〉に喧嘩を売ろうと思う」
Dec.は、こともなげにそう言ってみせた。
その指がパチンと鳴るのと同時に、【原始の鍵】によって投映されていた映像が切り替わる。
そこにあったのは、一座の山だった。
━━━━━
それは、先々期文明末期に山を掘り抜いて造られたシェルターだった。
"化身"の災禍から逃れるため、数多く建造された施設のうちの一つだ。
それらは共通して"化身"の目から逃れるための機構を備えており、【アンティキティラ】でなければ発見できなかっただろう。
Dec.が先々期文明の叡智を求めて映像を読み取ってみたら、そこに〈UBM〉が巣食っていたというわけだ。
グレットは、この場所のことを映像でしか知らなかった。
その映像はグレットに依頼できないタイミングで、Dec.がドローンを用いて調達したもの。グレットは関与していないのだ。
「にしても、実際見てみると壮観だな」
その感嘆の声は、古代の巨大建造物を見て漏れたものではない。
「…マジで"巣食って"やがる」
それが、シェルターとしての体を成していなかったことに起因するものだ。
グレットが通ってきた扉と、探知系のスキルを弾くいくつかのジャマー。それ以外の設備が、食い尽くされたかのように綺麗さっぱり消えていた。
床や壁、天井すらも例外ではなく、荒々しい岩肌が剥き出しになっている。
グレットがその惨状を見て最初に感じたのは、下手人の
シェルターのほとんど全てを食い荒らしておきながら、山肌に偽装された扉とジャマー、それらに繋がる配線だけは完璧な形で残してあるのだ。
完璧に残された入り口付近の設備と、その先に広がる獣の巣穴の如き光景。
そのアンバランスさに、極めて高い知能が感じられる。
それらの役割と、その内部構造を把握していなければ不可能な犯行だ。
それだけでも、下手人が相当に機械に精通した手合いであることが見て取れた。
その下手人こそが、今回の標的たる〈UBM〉だ。
「やるか」
グレットは、半開きの扉を蹴り付ける。大した力も込められていないそれは、シェルターの強固な扉を凹ませるには至らない。
むしろ逆だ。扉を構成する金属が隆起し、刃の形を成す。
本来ならば、そんなことは不可能だ。
扉は魔法によって保護されており、【賢者】の鉱物操作魔法程度ならば弾いてしまう。
それを可能にするのが、グレットの装備するブーツ…【
ブーツを通して扱う鉱物操作魔法のコスト・クールタイムを大幅に軽減し、操作速度を向上させ、耐性や
操作の内容を「刃の形成」のみに絞ることによって成立した超強化が、先々期文明の防御を上回った結果だ。
シェルターにはいくつもの通路が存在し、そこから〈UBM〉を探し出すのは容易ではない。
故に、グレットはその刃を【タケミカヅチ】へ納め、
「《
━━刃ごと、扉を吹き飛ばした。
【タケミカヅチ】の起点となる刃を生み出し、あらゆる状況に突破口を開く。
それが、【タケミカヅチ】機能拡張用武装【地雷】の本領である。
『侵入者発生。侵入者発生。エントランスを即刻破棄し、居住区画を順次隔離します』
直前まで正常に動作していた扉が、自らの異常を察知して警報を鳴らす。
しかし、それだけだ。
エントランス━━この場所を封鎖するための設備も今はなく、ただ、けたたましい音が鳴り響くのみ。
それが、グレットとDec.の狙いだった。
逆転の発想だ。
探すことができないのなら、敵を誘き出してしまえばいい。
そして、その作戦は功を奏したらしい。
「…っ、お出ましか」
それは、獣だった。
鋼を骨格に、黒いケーブルを筋肉として構成された四足は、獣顔負けの強靭さを備える。
ケーブルの上から複数の装甲が重ねられた胴体は、柔と剛の双方を黄金比で兼ね備えた究極の鎧だ。
そして、その頭部。
紅く金属質に輝く
ケーブルが鬣として立ち並ぶその様は、まさしく百獣の王と呼ぶに相応しい威厳を放っていた。
『VOOOOOO…』
その名は、【百機王 フォー・フォーカス】。
このシェルターを食い荒らした張本人にして、あらゆる兵器の頂点に立つ、神話級の怪物だ。
想像以上。
グレットの心境は、この四文字に尽きる。
これが神話級、〈超級〉にも迫る理外の怪物か。
グレットは確信している。間違いなく、自分は勝てない。
グレットは、【原始の鍵】に嵌められた宝石を押し込む。
その直後、凄まじい衝撃が響き━━
「いやあ待ったよ!いよいよ、私の出番という訳だ!」
━━天井をブチ抜き、真っ逆さまに落下してきた【アンティキティラ】の甲羅が、【フォー・フォーカス】を押し潰した。
備え付けのジャマーを逆手に取った、奇襲の一手である。
繰り返そう。グレットは、天地がひっくり返ろうと【フォー・フォーカス】には勝てない。
しかし、Dec.と二人ならばどうか。
「おいおいどうした神話級!?寝てないで、
正々堂々とは程遠い初撃を経て、神話級〈UBM〉との戦いが始まった。
━━━━━
【フォー・フォーカス】は、それが劣化"化身"とその〈マスター〉と呼ばれる存在なのだと知っている。
二千年前、先々期文明の栄華を終わらせた"化身"と同種の存在らしい。
その反応はスペリオルクラスにすら届かず、サイズダウンと呼ぶにはいくらかサイズダウンしすぎていたが…【フォー・フォーカス】はそれで構わなかった。
かつての兵器どもを下した"化身"を、劣化とはいえ自らの手で下す機会が訪れた。
そう考えた方が
久しぶりの力試しの機会、
「━━俺たちと遊ぼうぜ!」
故に、【フォー・フォーカス】はその誘いに乗ることにした。
『VOOOOOW!』
その咆哮は、言葉にするとこうなる。
━━せいぜい楽しませて見せろ、劣化"化身"の〈マスター〉ども。
半ば地面に埋没した【フォー・フォーカス】は、鬣で【アンティキティラ】を投げ飛ばした。
『おいおい、嘘だろう!?』
Dec.は空中で驚愕の叫びを上げるが、それはごく当然のことだ。
全身に張られているケーブルは、生物でいう筋肉に相当するパーツであり、それが集まった鬣は言うなれば、巨大な筋肉の塊なのだ。
その程度の力技は容易い。
宙を舞う亀を尻目に、【フォー・フォーカス】はしなやかな四肢で地を蹴り、グレットへと肉薄する。
その勢いのままに、前脚を振り上げ、爪を振るう。
たったそれだけの攻撃だが、
「神話にしちゃ単調なんじゃねえ、のッ!」
対するグレットが取り出したのは、十字架の如き大剣だ。
鍔の両端と柄頭に斧のような丸刃を備えた異形のそれを、【タケミカヅチ】へと納刀し、爪に合わせて突き出す。
両者が衝突し、【タケミカヅチ】が衝撃をゼロにする。
「《
放たれた必殺スキルはその衝撃を丸ごと反射し、【フォー・フォーカス】を仰け反らせた。
そうして生まれた空隙で、グレットは一回転。
遠心力を乗せた刃を、鋼鉄の胴へと叩きつけた。
"対物理最強"の十八番は装甲を叩き割り、ケーブルの何本かを断つが、その奥の中枢を破壊するには至らない。
『VUUUUU…』
その一撃で後退した鋼の獅子は、地に爪を突き立てて静止する。
━━【超音波振動刃】効果微細。劣化"化身"の特性によるものと推定。
そしてあろうことか、その爪を撃ち出してみけた。
三本の爪が四足分、計十二本の刃が回転しながらグレットを襲う。
「な…ッ!?」
グレットはそれらを回避し、避けられないものは叩き落としていくが、超音速で迫り来る【フォー・フォーカス】にまでは対応できない。
【フォー・フォーカス】はその顎門でグレットを食らわんとして…その姿が、グレットの視界から掻き消えた。
「ナイスカバー!」
『さあ、私も混ぜてもらおうか!』
その射手は、Dec.が駆る機械仕掛けの戦象だ。
天竜式煌玉獣、【
その身には、かつてレジェンダリアの【高位錬金術師】によって生み出された、衝撃を蓄え、放つ性質を持つ【トネル鉱石】を備える。
運動記憶金属とでも言うべきそれがもたらすのは、直角の軌道変化すら可能とする超次元の曲射だ。
グレットには、その姿が見えていた。
だからこそ、【フォー・フォーカス】への対処をDec.に任せ、被弾を最小限に抑える選択ができたのだ。
『…』
何も【フォー・フォーカス】は、その存在に気が付かなかった訳ではない。
三者はこの時、一直線上に並んでいた。
故に、味方を巻き込むリスクを孕んだ砲撃はできない。そう考えての行動だったが、誤算だった。
【象牙之天災】の異次元の曲射が、自らの演算を上回ったのだ。
その事実を受けて【フォー・フォーカス】の内に溢れたものは、純然たる欲求だ。
━━食いたい。
今すぐ食らい、自らの糧としてしまいたい。
長らく感じていなかった、
それを満たすため、【フォー・フォーカス】は己の機能を解放する。
その名は《極点回帰》。
【フォー・フォーカス】に与えられた力の名にして、存在意義そのものだ。
「…なんとなく想像しちゃいたが、骨が折れるな」
『やはり、一撃で破壊する他ないだろうね』
二人は互いに近付きながら、そう言葉を交わす。
その視線の先にいるのは、万全の【フォー・フォーカス】だ。
【アンティキティラ】が砕き、グレットが穿ち、砲弾により吹き飛ばされた装甲も、既に新品同然に修復━━否、新造されている。
撃ち出した爪もまた、別の兵器へと換装されていた。
その姿が、さらに変化する。
虚空に六門のガトリング砲が現れ、鬣を成すケーブルが伸びてそれらと繋がった。
そう。それはケーブルであり、ワイヤーではないのだ。
その本質は、機械同士の接続にこそある。
それこそは【フォー・フォーカス】の基本スキル、《極点回帰》。
あらゆる機械を食らい、己の一部とする力だ。
『VAAAOOW!』
「第二ラウンド━━」
『━━開始といこうか!』
六門のガトリング砲が、主の意思に応えて一斉に火を噴く。
かつて煌玉獣の副武装として開発された魔力式銃器は、ケーブル越しに動力を得て稼働する。
「【入道雲】、展開!」
グレットはそれを【入道雲】で受ける。
透き通る黒水晶の傘布は、前方全体を防御しつつも視界を確保することができた。
傘布越しに【フォー・フォーカス】の動きを注視しながら、グレットは徐々に距離を詰めていく。
【象牙之天災】の装甲は【トネル鉱石】と神話級金属の合金であり、蓄えた衝撃を常に放出し続けることで、一定以下のダメージを無効化する。
「【怒涛砲】、発射だ!」
その足切り性能は、ガトリング砲のような攻撃には滅法強い。
ガトリング砲を無効化した【象牙之天災】は、その鼻から再び砲弾を放った。
砲弾もまた、軌道変化のために【トネル鉱石】を素材としている。
その働きによって弾幕を無効化し、砲弾はその中を突き進む。
砲弾は、着弾と同時に蓄えた衝撃を解放し、ガトリング砲の一つを粉砕した。
『…グレット!』
「オーケー!」
弾幕に開いた穴へとグレットは迷いなく飛び込み、【入道雲】を収納する。
「出力最大、20%!」
「《
━━そうして放たれた刃が、【フォー・フォーカス】の左眼から首、腹にかけて、その身体を貫通した。
生物ならば致命傷、否、即死の大打撃だ。
それを真正面から受けた【フォー・フォーカス】の四肢は力が失い、大きくよろめく。
『VOOOOOAAA!!』
そう、生物ならば、だ。
生物ならざる鋼の獅子は、憤怒の咆哮を轟かせながら、隻眼でグレットを睨め付けた。