水晶の剣   作:あだヒメ

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その旅路(みち)の名は、『捲土重来』

「おい」

アルムとグレットが歩き始めてからしばらくして、グレットが足を止めた。その後ろを歩くアルムの方を向き、それまでの沈黙を破って口を開いた。

「どうしました?」

アルムも足を止め、下に向けていた顔を上げる。木々の合間を抜けて差し込む太陽の光が、外套から覗く瞳に煌めいた。

グレットは言葉を続ける。

「俺たちの目的は〈UBM〉討伐だろ。それなら、互いの手札は知っておいた方がいい。勿論、全部とは言わねえが」

そんな真っ当な提案から、それぞれの情報交換が始まった。

 

 

 

「俺の〈エンブリオ〉はこの鞘だ。TYPE:アドバンス・アームズの【剣怒重雷 タケミカヅチ】。能力は力の吸収と放出。何か質問は?」

その手に掴んだ〈エンブリオ〉に視線を遣りながら、グレットは淡々と言葉を羅列する。

「はい。ちょっといいですか?力の吸収、というのは?」

アルムは、その言葉からでは能力の想像がつかない、といった様子でそう尋ねる。

 

「説明がし辛えんだが…まあ、いっぺんやって見せるのが手っ取り早いか」

そう言うとグレットは、アルムに対して刀を差し出した。

「この刀、抜いてみろ」

「えっと、はい」

アルムは戸惑いながらグレットの言葉に従い、差し出された刀の柄を掴んで引く。しかし、いくら力を込めようと、刀はびくともしない。

アルムは特別STRに秀でているではないが、それでも逸話級〈UBM〉として、ある程度のステータスは備えている。そのステータスを以ってしても刀を動かすことすらできないというのは、アルムに違和感を覚えさせるには十分に奇妙なことだった。

 

「力の吸収ってのはこういう事だ。いくら引こうが、その力を吸収するから抜けない」

これが、グレットが二度見せた超防御のカラクリだ。どのような威力だろうと、純粋な物理攻撃には滅法強い。それが、グレット・アレグレットという〈マスター〉だ。

 

「なるほど」

「放出は…まあ、言葉のままだ。…ちょっと退いてろ」

納得を見せるアルムを他所に、グレットは説明を続ける。アルムに手を離すよう促してから、【タケミカヅチ】から刀を抜く。

 

刀を地面に突き刺したグレットは、腰に着いたポーチ型のアイテムボックスから双刃の短剣を取り出す。そして、肉厚で明らかに鯉口と幅の合わないそれを、【タケミカヅチ】の鯉口へと押し込んだ。

すると、何らかのスキルの効果だろうか。【タケミカヅチ】が物理法則を無視して流動し、短剣を隙間を作ることなく納めてしまった。

 

「グレットさん、今のは…?」

「《エッジ・アジャスター》。剣に合わせて鞘のサイズをある程度自動で調整する。まぁ、言っちまえばそれだけのスキルだ。…『ある程度』ってのがなんとも俺らしいがな」

 

〈エンブリオ〉はほとんど例外なく、〈マスター〉の在り方を映す鏡だ。そこに映った一面に思うところでもあるのか、僅かに諦めを感じさせる声がアルムの疑問に答える。

 

「出力は…0.5%でいいか。《疾封刃雷(タケミカヅチ)》」

グレットは傍の木に鯉口を向け、自身の〈エンブリオ〉の名を呼ぶ。

その声に呼応するように、【タケミカヅチ】はその内に込められた運動エネルギーを解き放った。その力で短剣は亜音速の初速を得て飛翔し、狙い通りに木の幹へと突き刺さった。

 

「そんじゃ、これで俺の方は終いだ」

 

 

 

 

 

「私のスキルは『これ』です。まだ、あまりよく分からないですけど」

グレットの説明が終われば、次はアルムの番だ。

アルムが出した右手には、アイスピックだと言われれば納得してしまうほどに大きな、水晶のミシン針が握られていた。その針穴に通された光の糸が、やけに目を引く。

 

「裁縫、か?」

「はい。これで二つの物を刺すと、その二つを縫い付けられる…みたいです」

「…へぇ」

【縫魂晶器】の由来ともなったその力に、グレットは舌を巻く。一撃で勝負を決め得る切り札ではないが、この力が役立つ場面も多いだろう。グレットも【タケミカヅチ】の汎用性はかなりのものだと自負しているが、アルムの能力は、汎用性という点ではグレット以上だった。

 

「なかなか使えそうじゃねえか。細かい事は、使ってりゃその内わかんだろ」

アルムの予想以上の有用さに、グレットはそう言ってニヤリと笑った。

 

〜〜〜

 

・レジェンダリア 〈サヴェナ湖〉

 

「見えたぞ。あそこだ」

アルムとグレットが、互いの手札を開示してから半日ほど歩いた頃。〈サヴェナ湖〉から少し離れた高台の上で、グレットは木々の間から覗く小島を指差す。

 

〈サヴェナ湖〉は、〈サヴェナ樹海〉の中心に位置する湖だ。

「〈サヴェナ樹海〉の湖だから〈サヴェナ湖〉」という安直なネーミングに違わず、この湖の環境も〈サヴェナ樹海〉と同じく平凡そのものだ。湖の中心に円形の小島がある以外には目を引く特徴もない。〈サヴェナ樹海〉唯一の特徴である純竜級のモンスターの中には水に適応した種や飛行種はおらず、魔鏡から隔離された小島は平穏の様相を呈していた。

 

「誰もいませんけど、本当にあそこで合ってますか?」

人は愚か、建物すら存在しない小島を見て、アルムは困惑する。小島は開けていて、ただ見えていないだけ、ということもないはずだ。

 

「ま、初見じゃそうなるわな。行ってみりゃ分かるさ」

「行ってみれば、ですか…」

 

含みを持たせてそう呟くアルムの視線は、グレットが差した指よりも少し下…湖畔に向けられていた。

 

湖畔には、まばらで、かつ満遍なく。水を求めて湖へと集まったモンスターの姿が見える。

これがただのモンスターならば、この程度の物量はどうとでもなる。しかし、ここに集まるモンスターは、その全てが純竜級なのだ。正面突破を試みて下手に刺激すれば、碌なことにならないのは想像に難くない。

 

「グレットさん」

二人で協力してここを越えようにも、アルムのスキルは『縫合』だ。この状況を打破しうるようなものではない。

「あれ、どうにかできますか?私の"コレ"は、お役に立てなさそうです」

故にアルムは、この局面の全てをグレットに託すことに決めた。

 

「…貸し一つだ、いいな?」

出会ったその日にこれなのだから、凄まじい適応力と肝の太さだ。グレットは呆れ気味に眉を顰めながら、その場に膝を付いて腕を後ろに垂らす。

 

「えっと…これは?」

「見りゃ分かんだろ、乗れ」

確かに、その姿勢を見れば『背負う』以外の選択肢は消えるだろうから、『何を』しようとしているのかは分かる。

しかし、アルムが問いたいのは、グレットがアルムを背負おうとしている『理由』なのだ。急に背負うと言われても、困惑するばかりである。

 

そんなアルムの様子に痺れを切らしたのか、グレットは再び口を開く。

「ったく…。今から俺はかなりのスピードを出す。お前が振り落とされなきゃなんでもいいが、俺の手が塞がっちゃあ困る。となると背負うのが手っ取り早い。これで十分か?」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

「よし、手え離すな。あと舌も噛むなよ?」

「え?」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「いやあああああああ!?」

「ああ、クソッ!そこで叫ぶんじゃねえ!」

空中で納刀しながら、グレットは背後から響く悲鳴に声を荒げる。

悲鳴の大元であるアルムの方に顔を向ければ、アルムのフードは風に吹かれて意味をなしておらず、水晶細工の毛髪が太陽光を反射して煌めく。その光のさらに奥には、先程まで二人がいた高台と、そこから生えた土塊の刃が見えた。役目を終えたそれは、崩れながらグレットから遠ざかっていく。もっとも、現在進行形で宙を舞い、遠ざかっているのはグレットの方なのだが。

 

お世辞にも快適とは言えないこの空の旅は、【タケミカヅチ】によってもたらされたものだ。

グレットの装備に付与された土属性の魔法で刃を作り出し、それを【タケミカヅチ】に納める。あとはそのまま必殺スキルを発動すれば、大地そのものである刃よりも軽い鞘が、宙に向けて撃ち出されるという寸法だ。その上に乗れば、飛行だってできる。安全性にさえ目を瞑れば、ではあるが。

空に危険なモンスターが生息する〈Infinite Dendrogram〉では滅多に使うことのできない移動手段ではあるが、その危険性も〈サヴェナ樹海〉であれば無視できるほどのものだ。前述の通り、飛行するモンスターは生息しておらず、他所からのモンスターが通ることも少ない。もし遭遇したとしても、一体ならば撃退できるだけの力がグレットにはあるし、これまでも実際にそうしてきたのだから。

 

「はぁ、はぁ…っ。すみません、取り乱しました」

耳元の騒音から気を紛らわせようと、グレットがそんなことを考えている間に、アルムも落ち着きを取り戻したらしい。己の失態を恥じているのか、グレットの首に回した腕を掴むアルムの力が、少し強くなる。

 

「いや、いいさ。みっともなく喚けんのはガキの間だけだからな」

今のうちに満喫しとけ、と続けて、グレットは小さく笑う。

「撤回してください。私、ガキじゃないです」

「へいへい」

息を整えたアルムは「ガキ」呼ばわりされたことに対して不服げな声を上げるが、グレットに軽く受け流された。

 

そんなやり取りをしている内に、空の旅は折り返し地点…頂点からの落下へと突入した。

「あの、これ、着地どうす…ぃやあああああああ!!」

空からの落下など、普通に生きていればまず体験しない。少なくとも、アルムの常識の中では。落下という、より死に近い未知の恐怖に、アルムは絶叫する。

「こうすんだ…よ!」

絶叫に呑み込まれた問いに答えながら、グレットは先程刀を納めた【タケミカヅチ】を眼下へと投げ飛ばす。腕力に落下の速度を重ねて放たれた【タケミカヅチ】は、小島のすぐ傍、湖の浅瀬へと突き刺さった。

そこから数秒の間を空けて落下してきたグレットは、寸分の狂いなく柄頭の上へと着地する。

 

「ほれ、着いたぞ。…って、聞いちゃいねえか」

【タケミカヅチ】で衝撃を吸収し、落下死を免れたグレットは、跳躍して小島に上陸する。その際に、刀の鍔に足を掛けて【タケミカヅチ】の回収も欠かさない。

そして、その背で目を回すアルムを見て、溜息混じりの苦笑を漏らした。

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