水晶の剣   作:あだヒメ

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悪魔は水底、一万光年

・〈サヴェナ湖〉 小島

 

「説明が…、足りなさすぎます…っ」

たった今被り直したフードを固く握りしめるアルムは、グレットに恨めしげな視線を向ける。先の空中散歩に対する不満が、その一挙一動から見て取れた。

 

「…おいおい、説明はしたろ?『スピードを出すからしっかり掴まってろ』、何も違わねえじゃねえか」

アルムの精一杯の抗議も、そう言って悪戯っぽく笑うグレットには響かない。

「そういう、話じゃ、ないんですよ…」

アルムは呼吸を整えながら、怒気を孕んだ言葉を並べる。

 

その心境を示すかのように、怒りに震える手に握られたフードから、繊維の断裂音が無数に重なって響いた。

 

当然といえば当然だ。何しろこの外套は、グレットが〈Infinite Dendrogram〉を始めてから数週間…上級職に就いて間もない頃に購入したもの。低レベルながらも《防塵》や《破損耐性》などのスキルを備える頑丈な品ではあるが、〈UBM〉に握られることなど想定していない。逸話級の握力を前に、お値段五万リルの外套はあまりに無力だった。

 

「…あ」

 

その音が、怒りに熱されていたアルムの頭を急速に冷やす。自分は何をやっているのか。感情に任せて他人のものを壊すなんて、人として(・・・・)やっていいことではない。

頭は確かに冷やされているはずなのに、その頭が回す思考はひどく冷静さを欠いている。

 

しかし、思考が鈍ろうとすることは変わらない。アルムは「やってしまったことは仕方がない」などと割り切っているわけではない。むしろ、失敗は引きずるタイプだが、今はそんなことをしている時間はない。

そんなことは後でだってできるのだから、今すべきは謝ることだけ。

 

「別に構わねえさ。俺が持ってても使いやしねえんだ」

 

しかし、アルムの謝罪よりも先に、グレットが口を開いた。

「悪いと思うなら、そいつはお前が待ってろ。そいつの処分にゃ前々から困ってたんだ」

押し付けられるなら大助かりだと、グレットはあくどい笑みを浮かべる。

 

「んじゃ、行こうぜ」

「待ってください」

「…ぁあ?」

 

小島の中央へと歩き出したグレットを、アルムが呼び止める。

「グレットさんが気にしてなくても、謝らないわけにはいきません」

「だーかーら、んなもんいらねえっての。それだけ持ってろ」

「勿論持ちますけど、それとこれとは話が別です。大人しく謝られてください」

 

伊達に水晶製の頭をしていない、流石の頭の固さである。アルムは己のすべきことを、一ミリだろうと曲げるつもりはなかった。

 

「あのなあ、んなことやってる時間があんのか?」

「ありません。それでも、最低限の礼儀を捨てるわけにはいきませんから」

 

……

………

 

「…だぁぁあ!ったく、好きにしろ!」

 

同じような問答を数度重ねた後、ついにはグレットが折れた。

 

「では。…本当に、すみませんでした」

 

〜〜〜

 

「…ところで、『行こうぜ』っていうのは?」

フードに空いた穴から差す日光に目を細めつつ、アルムは普段通りといった様子で口を開く。

惚れ惚れするような所作で頭を下げ、上げた直後にこれなのだから、実に素晴らしい切り替えの早さだ。

もっとも、グレットの言うように時間は有限だ。故に素早い切り替えは理に適っている。

理に適ってはいるのだが、

 

「どーーも納得いかねえ」

「どうしました?」

「なんでも。…んで『どこに行くのか』だったか?」

「はい」

先のやり取りでもそうだったように、会話ではグレットはアルムに敵わない。

そのことを学習したグレットは、話題を逸らすことで溢れてしまった悪態を誤魔化す。

 

「どこに行くわけでもねえよ。あとは『入室』だけだ」

入室。その言葉の意味に頭をひねるアルムを他所に、グレットはおもむろに腰のアイテムボックスへと手を突っ込む

取り出したのは、グレットの手のひらに収まってしまうほどに小さな、機械仕掛けの小亀だった。

中心に大きなものが一つ、その周囲に角度をつけて六つ。半球状に配置された歯車が甲羅となり、カチカチと駆動音を鳴らす。中心の歯車の軸には、青い宝石が嵌っていた。

 

「グレットさん、その子は一体…?」

「【原始の鍵(アダムスキー)】。ここの扉を開くための鍵、ってとこだな」

その名が示す通りに、【原始の鍵(アダムスキー)】の縁甲板は円形に薄く広がり、胴体の下には三つ、球状の脚部が存在している。

頭部が縁甲板の下に隠れていることもあって、そのシルエットは完全に典型的な未確認飛行物体(アダムスキー型UFO)のそれだった。

 

「扉、ですか?扉なんてどこにも…」

「だろうな。初見じゃわかりゃしねえ」

 

首を傾げるアルムを尻目に、グレットは【原始の鍵(アダムスキー)】を掴んでいるのとは逆の手で、甲羅の宝石を押し込む、

押し込まれた宝石は青く輝き、その光に呼応するように、歯車はより強く駆動音を響かせる。

 

「っ、揺れて…!?」

訂正しよう。駆動音の大元は、甲羅の歯車ではない。

アルム達が立つ小島、その土の下で、駆動音の大きさに見合うだけの"何か"が起動している。

 

そして、徐々に力強くなる駆動音に比例するように、芝に覆われた土からは金属製の構造物が伸びる。土をすり抜けるという、物理法則を無視した挙動で。

六角柱としか言い表しようのないそれは、三メテルほどの高さまで伸びると駆動音と共に静止し、六つある側面の内、一つずつ間隔を設けた三つが左右にスライドする。

 

そうして開いた六角柱の内部。その中央には、腰ほどの高さまで伸びた細い円柱が一本、グレット達を出迎えるかのように鎮座していた。

円柱の上面には、球状の窪みが三角形を描くように三つ。

 

グレットは円柱に近付くと、【原始の鍵(アダムスキー)】を乗せた手を円柱へと伸ばす。

原始の鍵(アダムスキー)】は球状の三脚を器用に動かし、掌から円柱へと飛び乗った。

 

「とっとと乗れ、置いてかれたかねえだろ?」

そう言うとグレットは、首だけを動かしてアルムを一瞥する。それに合わせて、【原始の鍵(アダムスキー)】もアルムの方を向いて「乗りな」と言わんばかりの視線を向けてくるものだから、アルムはつい吹き出してしまう。

 

「ふふっ。…っとと、はい!」

アルムが六角柱に駆け込むとの同時に開いていた三面の扉が閉じ、六角柱…もとい、地下へと続く昇降機が動き出した。

 

〜〜〜

 

・【?????】地下

 

昇降機が止まった先で、幾重にも枝分かれした廊下を、グレットは勝手知ったるといった様子で進んでいく。

歩いては同じような昇降機に行き当たり、その度に更に下層へと下りていく。

最初は物珍しさに辺りを見回していたアルムも、しばらく歩くうちに代わり映えしない光景に慣れ、ただグレットの後ろを付いて歩くようになっていた。

 

もはや見慣れた昇降機に乗り込みながら、グレットは軽く首を回し、視界の端でアルムが付いて来ていることを確認する。

 

自分は、そんなにも迷子になりそうに見えるのだろうか。アルムはそんな不満を抱きながら、グレットに続いて昇降機に乗り込んだ。

 

もう何度目かも数えていないが、今と同じような後方確認が道中のあらゆる場面で行われていた。過保護気味なそれに対して思うところはあったが、グレットが悪意を持って子供扱いしている訳ではないことはアルムにもわかる。故にアルムは、その不満を口に出すことはしない。

 

そんな思考を終えるのとほぼ同時に、昇降機特有の浮遊感がふっと消える。

 

「…さて、いよいよお前は『あいつ』とご対面なわけだ」

「…っ」

 

そう聞いて、アルムは思わず唾を呑む。グレットから変人だと聞いていたのもあるが、それ以上に不安なのは、これが【アルム】にとって三度目の対人コミュニケーションであること。

 

一度目は土偶、二度目はグレット。もっとも、土偶とはまともな会話をしていないのだが。

 

そして、三度目へと繋がる昇降機の扉が開いた。

 

しかし、グレットもアルムも昇降機の中から動かない。グレットもそうかはアルムにはわからないが、少なくともアルムは動けなかった(・・・・・・)

 

その原因が、目の前に広がる異様な光景だ。

等間隔に並んだ白い照明に照らされていた上層とは異なり、薄暗い部屋だった。

床には何らかの工具やボルト、布の切れ端や短剣などが無数に散乱し、あちこちで我楽多の山を築き上げている。その隙間も、床に直接殴り書きされた何かの図面が埋め尽くしていた。

 

そんな混沌とした部屋の中で、異彩を放つものが二つ存在した。昇降機のそれと酷似した円柱の台座と、その上に置かれた、グレットのものと同一の【原始の鍵(アダムスキー)】だ。この二つだけは、この混沌の中でも人工物としての秩序だった美しさを失わずにいる。

 

原始の鍵(アダムスキー)】の甲羅に嵌められた宝石が放つ光だけが、今この部屋に存在する光源だった。

宝石から放たれた光は、天井に映像を映し出す。

 

【鍛治師】の作業風景だろうか。工房の中、細身の青年が、赤熱する金属塊に鎚を叩き付ける。金属同士がぶつかる度に、二つの間に緑色の光が溢れた。

 

映像からその大元である【原始の鍵(アダムスキー)】へと視線を戻して、アルムは気が付いた。

原始の鍵(アダムスキー)】が乗る台座の傍に、人が倒れている。

 

「グレットさ」

あの人が例の〈マスター〉なのか。倒れていて大丈夫なのか。そう言葉を続けようとするアルムを、グレットは手だけで制する。

 

グレットの目は、倒れているその人物を見ていた。

グレットの視線を辿るようにして、アルムの視線もその人物へと向かう。

 

四肢は床に力なく投げ出され、一切の生気を感じさせない。

指先はまるで枯れ枝のようで、乾き、裂けた唇と相まって死人と見紛うかのような有様だった。

 

それでも、その瞳だけは爛々と命の輝きを灯し、瞬きすらせずに天井を…そこに映る鍛治師の像を見つめ続ける。

一切の不純物を写さないその瞳は、夢を追う少年のようでも、欲望に狂った悪魔のようでもあった。

 

 

 

悪魔(少年)は、その口に満面の笑みを浮かべていた。

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