水晶の剣   作:あだヒメ

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問・神は無力か、はたまた否か?

 

ぐるり。

 

アルムの視線の先にいた暫定〈マスター〉の視線が、天井から外れてグレットを捉える。あまりの不気味さに、そんな音が鳴った気すらした。

 

気づけば天井に投影されていた映像は終わっていて、【原始の鍵(アダムスキー)】は白い画面を光源として映すのみとなっている。

 

「おや、グレットじゃないか。よく来たね」

〈マスター〉は、眼球の後を追うようにして首を回し、グレットを視界の中心に据えた。その姿は、性別を判別するための情報にひどく乏しかった。

 

その身体はオーバーサイズの作務衣越しでも分かるほどに痩せ細り、女性的と言うには肉感に欠け、男性的と言うには非力に過ぎる。

顎あたりまで伸びた髪は乱れ放題で、「こういうヘアスタイルです」と言うよりも「放置していたらこうなりました」とでも言われた方が納得のいく惨状だ。機能性の問題なのか、前髪だけはばっさりと切り揃えられていたが。

 

グレットにかけた声こそ中性的なものだったが、総合して「中性的」よりも「無性的」とでも呼ぶべき人物だった。

 

「それにしても、珍しい来客じゃないか。グレット、そちらのお嬢さんは?」

 

〈マスター〉の視線の向く先が、アルムへと移る。

アルムは反射的にフードを掴み、深く被り直してグレットの背後に隠れた。

明確に視認されなければ、頭上の名前で正体が割れることもない。気休め程度に纏っていた外套だったが、ここで役に立った。

グレットの奥から、破れたフードの隙間を通して視線をぶつけ合う形だ。

 

「細けえ事は省くが…ま、〈UBM〉だな」

 

「へえ。〈UBM〉か」

 

「なっ…!?」

 

グレットのあまりに軽い紹介と、続く〈マスター〉の言葉に、アルムは身構えた。━━━最悪の場合、単身での逃走も視野に入れて。

 

「…素晴らしい!!体組織は…水晶か!何かの素材に使えるかもしれない、いくつかサンプルを採取させてはくれないだろうか!?」

 

「は、はい?」

しかし、返ってきた反応はアルムの想像と異なり、一切の害意を含まないものだった。

その声は弾み、言葉の全てが純粋な好奇心に満ちている。

 

「言ったろ?こいつは生粋の変態(レジェンダリアン)だ、ってな」

 

「は、はい」

 

半信半疑だったその言葉も、実物を目にしてしまえば信じるほかない。

アルムは唖然としながら、ただ頷くことしかできなかった。

 

「流石の私も、変態呼ばわりは御免被りたいんだが…、おっと、自己紹介が遅れてしまったね」

 

 

 

 

 

「私は【遺神(ザ・レガシー)】2043-12-03。まあ、Dec(デック).とでも呼んでくれ」

 

寝転びっ放しの超級職(【神】)は、締まらない絵面のままにそう名乗る。

 

微笑を浮かべる乾き切った唇を、生乾きの舌が僅かに湿らせた。

 

〜〜〜

 

「それにしても、だ。まさか君が、ここに幼い少女を連れてくる日が来ようとはねえ。君は私と同じように、クランでの活動を好むタイプの人間ではないと思っていたんだが…。何か、心変わりのきっかけでもあったのかな?」

 

「うるせえ、誰が〈YLNT倶楽部(ロリコン)〉だ。俺は変わらずソロだッつーの」

 

上体を起こし、左腕で膝を抱えた姿勢で座り込むDec.は、グレットを揶揄うようにくつくつと笑う。

その手の甲には、〈マスター〉であることを示す「六枚歯の歯車を象った時計と、その歯の間から覗く亀の六体(頭、四肢、尾)」の紋章が刻まれている。

 

対するグレットはといえば、━━━部屋の掃除をしていた。

 

細かな金属片に切粉、携帯食料の空き容器。床に散らばったものの中から、明らかにゴミだろうものだけを安物のアイテムボックスに次々と放り込み、残ったものを一箇所に集めて新しい我楽多の山を築き上げていく。

 

そんな作業を繰り返すうちに、まともに歩くことすら困難だった部屋の中に不自由なく歩けるだけのスペースが生まれた。

もっとも、我楽多の山はそのままなので、アルム()から見て汚い部屋であることに変わりはないのだが。

 

グレットは、積み上げられた我楽多の山には決して触れない。

それらすべてが、Dec.の中に明確な使いどころが存在する「素材」だと知っているからだ。

 

「…それじゃあ、依頼の進捗を聞いておこうか。まだ納期は少し先だが、せっかく来てくれたことだしね」

 

掃除の手が止まったタイミングで、Dec.が口を開く。

それが掃除の進み具合を指しての言葉でないことは、アルムにもわかった。

 

「タスクは全部終わってる。多少早えが、注文ついでに渡しちまおうと思ってな」

 

そう言ってグレットは、自身の【原始の鍵】をDec.に投げ渡す。

 

「ぉっと。奇遇だな。実は、私も『報酬』の用意は済んでいるんだ。」

 

それを受け取ったDec.も同様に、グレットに対して【原始の鍵】を放り投げる。

ただし、投げたのは台座に乗っていた方の【原始の鍵】だ。

さらに、その胴体にはチェーンらしきものが巻き付けられていた。

 

グレットがチェーンを外してみると、どうやらそれはネックレス━━型のアイテムボックスらしい。そこらに転がっていたのだろう、適当なアイテムボックスでの引き渡し。グレットにとってはいつも通りのことだ。

 

「今回の報酬だよ。中庭を開けておこう、注文を済ませたら、試運転をしてきてくれ」

 

投げ渡された【原始の鍵】を台座に置いたDec.は、グレットに背を向けながらそう言葉を添える。

 

「それじゃあ注文だ。こいつに《看破》阻害の装備を。あとは…そうだな、STRデバフもつけてくれ」

 

グレットは、アルムを親指で差しながら端的に要望を伝える。

 

「へえ?随分と変わった注文だねぇ。申し訳ないが、親愛なる君の頼みだとしても、私は性犯罪には加担しかねるよ。幼気な少女から抵抗する力を奪うだなんて、私にはとても…」

 

Dec.はその注文に数瞬困惑した後、それから仰々しく目元を手で覆い、首をふるふると横に振った。

 

「うっせえカス。そんなに俺に変態(ロリコン)であって欲しいか?あ?」

 

「ハハッ、冗談じゃないか。…それで、目的は?」

 

「どうも、こいつは〈UBM〉になりたてらしくてな。上がったステータスに慣れねえのか、うっかりでモノをぶっ壊しやがる。慣れるまでに、これ以上装備をやられちゃ敵わねえ」

 

アルムのフードに視線を向けて、グレットは苦笑混じりにそう漏らす。

 

「へ…?」

 

アルムが見せた先の失態。その要因を驚くほど正確に言い当ててみせたグレットに、アルムは驚愕の視線を向ける。

 

「あ、違ったか?」

 

「いえ、ただ…」

 

意外に、私のことをよく見ている。そう言うのは自惚れのような気がして、アルムは言葉の途中で口を閉じた。

グレットは一瞬首を傾げこそしたが、それ以上続きを気にする様子もない。

 

「…つーわけで、注文は以上だ。いけるか?」

 

「お安い御用だとも。3時間もあれば十分だ、その間、試運転は入念に頼むよ?」

 

「へいへい。ああ、作業の邪魔だけはするなよ?それだけ守りゃあどうとでもなる」

 

グレットは反転し、誰に対してでもなくそう言うと昇降機の扉を潜る。

アルムは、その意味がわからないまま後に続こうとして━━

 

「おっと、君はこっちだよ。君の装備なんだ、君がいなきゃ作りようがないだろ?」

 

━━Dec.の言葉に、その足を止める。

アルムは、グレットの言葉の意味を、数秒遅れて理解した。

 

 

 

 

 

「さて、君の名前は?」

 

「…アルム、です」

 

「それじゃあ、アルム君。何か気になることはないかい?なんだって構わない、存分に聞いてくれ」

 

そんなわけで始まった装備制作は、自己紹介から始まった。

この会話は、装備を作るのに必要なものなのだろうか。

その存在意義を、アルムは見出すことができずにいた。

 

「「何故そんな会話を?」とでも言いたげな顔だねぇ。なァに、準備運動のようなものだよ。こうしていた方がアイデアが湧いてくるんだ」

 

「それなら…、【遺神】というのは、どういうジョブなんですか?」

 

一応納得は行った様子で、アルムはパッと浮かんだ疑問を口にする。

 

「いい質問だ、アルム君!【遺神】は言うなれば『ロストテクノロジーの使用』に特化した生産職だよ」

 

その質問が気に入ったのか、上機嫌のDec.が指をパチンと鳴らす。

決して大きくはない乾いた音が、狭い部屋ではやけに響いて聞こえた。

 

「ロストテクノロジー…?」

 

「そう、忘れられた技術(ロストテクノロジー)だ。失伝した、受け継ぐ者がいなかった技術、と言い換えてもいい」

 

それだけではアルムに伝わらないことも想定のうちだったのか、Dec.はスラスラと言葉を紡いでいく。

その掌には、いつの間にやら皿が一枚乗っていた。

 

その皿から漂う香りに、アルムは覚えがあった。

 

「簡単な例え話だ。これはグレットが作ったカレーライスなんだが…。君、これと同じものを作れるかい?」

 

アルムの故郷は僻地でほとんど人の出入りがなかったため、材料のスパイスを買うためには、街から商品を仕入れてくる商人を頼る必要があった。

その分割高で、毎日のように使えるものではなかったが、何度か口にしたことや、母の代わりに作ったことはある。

故に、アルムはほとんど考えることなく口を開いた。

 

「無理、です」

 

「へぇ?何故だい?」

 

「はい。まず、どんなスパイスを使っているのかがわかりません。それに、どう混ぜるかによっても味は変わってしまいます」

 

「…ハハハハハッ!素晴らしいッ、その通りだとも!カレーライス一つ作るにしても、スパイスの選定に配合、火加減に水加減と、いくつもの違いが生まれるわけだ!」

 

その回答が随分と気に入ったようで、Dec.は大層ご機嫌な様子だ。

 

「さて。ならば、だ。このカレーライスを作ることができるのは、グレットだけということになる」

 

「…では、グレットがそのレシピ(技術)を記したメモを失くしてしまったら?」

 

「そのレシピが、"ロストテクノロジー"になる…ですか?」

 

「正解だ、アルム君」

 

「そして私は、そんなレシピ(技術)を扱うことに特化した超級職だ。そのまま作るのは当然として、カレーパンにだって、ドライカレーにだってできる」

 

それを聞いて、アルムの頭に一つの疑問が浮かぶ

 

「それって、何も作れないんじゃ…?」

 

「…」

 

当然だろう。失くしたレシピを読むことなんて出来るはずがない。

実際にメモを失くしたのなら、見つければいいだけの話だ。

しかし、これはあくまでも例え話。

例え話故に「失くしてしまった」ものは探しようがないのだ。

 

 

 

「…君、想像以上だよ」

 

 

 

 

 

正解だ(・・・)




Dec.には明確にモチーフがいます
それが誰ネス何オンなのかはご想像にお任せしますが
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